花火を見に行きたい
 アスカが急にそんな事を言い出したのは、八月になったばかりのある日の事だった



昇桜花


「碇君達、遅いわね・・・
 何かあったのかしら?」
「惣流がまたなんかやらかしたんちゃうか?」

 ヒカリの問いに、一番確立の高い考えで返答するトウジ
 二人は第三新東京駅の銀の鈴の前に来ていた
 今日、トウジはシンジに、ヒカリはアスカに呼び出されて、ここを待ち合わせ場所にしたのだ
 しかし、その張本人がまだ来ていない
 ヒカリがシンジ達の家に電話しようかと言いかけた所で、やっと二人の姿が見えた

「お待たせー」
「ほんまに待ったわ」
「ねえアスカ、一体何やってたの?」
「文句はバカシンジに言ってよ
 こいつ折角の祭りだって言うのに、普通の服来ていこうとしたのよ?」
「ご・・・ごめん」
「しっかし・・・もう一人バカが居たわね、まさかとは思ってたけど」

 アスカはため息を吐きながら、トウジの方を見る
 トウジはやはりジャージだった
 しかも夜用の白ジャージなだけに、更に質が悪い

「別に私服でも良いと思うけど・・・」

 とは、ヒカリの弁
 少し考えてみれば、祭りに行くのにわざわざ浴衣来てくる中学生男子の方が少ない事に気づく
 しかし、アスカの頭の中では既に『祭り=浴衣』の方程式が定着していた
 その事で討論していると、少し経ち電車が駅に到着した


 駅の人の数は少なかったので、二人はあまり気に留めていなかった
 しかし、四人は電車内の人の多さに唖然とする事になった
 座席が空いてないのは当然の事
 しかし吊り輪はおろか、人が立っていられるスペースすら空いていなかったのだ
 入口付近の乗客が降りたのは不幸中の幸い
 四人はそのスペースが無くなる前に、その場所へと滑り込んだ

「ちょっと鈴原! どこ触ってるのよ」
「しゃーないやろ、こんな人で込み合ってるんや」
「バ・・・バカシンジ! どうしてあんた向かい合って立ってるのよ!」
「今更向き変えられないんだから、もう手後れだよ!」

  キィィィ・・・・

「す、鈴原!? 手、退けて・・・」
「い・・す、すまん、やりとうてやってるんちゃうんや!」
「バカシンジ! あんたわざとやってるでしょ!」
「く、苦しい・・・けど・・・ちょっと嬉しいかも )(=^^=)( 」
「いい加減にしなさい!」


 アスカの膝蹴りが、シンジの鳩尾にめり込んだ

「ぐはっ」
「き、汚いわね! 浴衣汚れちゃうじゃない!」
「アスカがやったんじゃないか・・・うぅ」
「鈴原・・ダメ・・・」
「い、委員長!? 何言うてんのや!?」



 芦ノ湖前の駅に着き、恥ずかしさで顔を赤らめてるアスカと、鳩尾を押さえてうずまっているシンジと、一人でいやんいやんしているヒカリと、必至に誤解を解こうとしているトウジが、人波に流されて下車した
 そのまま流されるように駅を出て、第三芦ノ湖行き臨時便のバス停に並ぶ
 五分おきの発車予定と言う事もあり、すぐにバスに乗る事ができた
 無論、先程と同じような状況になる

「シ、シンジ! どこに手やってんのや!」
「仕方ないじゃないか!」
「ヒカリ・・・手・・・」
「え・・あ、あ、あ、あ、あ、あ、その・・・」


 ほんの少し、何かが違っていたが・・・


 それから約三十分後
 ふと後ろの窓景色が視界に入り、シンジは頭に?マークを出した
 駅があるのだ、すぐそこに
 =、全然進んでいない事になる
 横の窓を見ると、道路一杯につまった自家用車
 その少し前方に、シンジ達より先に発車していた臨時便と思われるバス
 他の乗客もその事に気づいたのか、少しずつ騒ぎ始めた

「なんや、どうかしたんかいな?」

 目の前にいるトウジが、シンジに問う

「僕の後ろを見れば分かるよ」
「センセーの後ろ? ・・・なんやあれ、わいらが降りた駅やないか」
「この三十分、全然進んでないんだよ」
「はぁ? はよせんかったら花火終わってまうで」
「アスカ、どうするの? ・・・アスカ?」

 シンジが振り向いたその先には、顔を赤らめたままうつむいてるアスカとヒカリがいた

「アスカ、どうしたの?」
「別に・・・何でも無いわ」
「ならいいけど・・・あ、それより」

 そのまま言葉を繋げようとした時、バスのドアが開いた
 乗客の一人が運転手に降ろしてくれと言ったみたいだ
 その一人が降りると、他の乗客達も後に続き、皆ぞろぞろと下車した

「シンジ、どうするんや?」
「じゃあ僕たちも降りようか」
「せやな
 イインチョー、わしらも降りよか」
「・・・うん」

 そう言って、シンジ達も皆に紛れて下車した
 ふと運転手のほうを見ると、やはり怒っているようだ
 その横では臨時便と言う事で乗車していたバスガイドが、乗客達に向かって頭を下げている
 シンジ達はそんな光景を見ながら、皆と一緒に祭り会場へと足を運んだ
 その途中、ヒカリがシンジ達に言った

「あ、もう花火あがってるみたいよ」
「え?」

 シンジはその言葉につられて、ヒカリが指差した方向を見る
 そこには僅かながら光の後
 そして次の瞬間、また新しい花火が夜空に咲き乱れた
 光が四方八方に広がり、そこで更に弾け、光が残る
 赤や青で、夜空は彩られた
 シンジ達は花火を見物しながら、会場へと歩いていった


 臨時便が出ているだけあって、会場は結構遠い
 シンジ達がそれに気づいたのは、皆と一緒に会場に行く途中だった
 既に帰りのバス――これもかなり混み合っている――が出始め、祭りも終わりに近づいているようだ
 時刻は8:40分前後
 花火が9:00までだとして、後20分しか余裕がない
 皆もそう思っているのだが、しかしこの人込みではどうする事も出来ず、ただ歩いて会場に向かうだけだった


 会場に着いた時には56分、しかし夜空に花火は一つも咲いていなかった
 今からまだ人が来ると言う事もあり、祭りは賑わってはいたが、花火がないのでは殆ど意味がない
 極一部、ヤキソバととうもろこしが食べれれば良いと思っている人を除けばだが
 そんな事でアスカが頬を脹らましたいた時、丁度アナウンスが聞こえた

《今から本年度第三芦ノ湖祭りメイン、『昇桜花』を打ち上げます
 ご来場の方は芦ノ湖上空をご覧ください》

 そして、四人は空を見上げた


 空に昇る一筋の光り
 やがてそれは消えていく
 しかしそれも一瞬
 輝かしいほどにそれは弾け
 大輪の桜が夜空に咲いた
 それは見る者を圧倒させるほどに
 綺麗だった


「来て、良かったね」

 少し経ち、シンジが口を開く
 その語尾に続くように、会場に来ていた人々から歓声の声があがった

「・・・うん、そうね」

 アスカはまだ、花火の余韻を引きずっている
 ヒカリもまた、夜空を見上げたままだった

「んぅ? なんかあったんかいな(モグモグ)」

 その声に、三人は後ろを向く
 ヤキソバを食べる事に熱中していて花火を見ていない少年が、一人そこにいた
 口の中に大量のやきそばを含んだままで



 花火の音より大きく
 平手打ちの音が鳴った





おわり

学 e-mail:peru@pluto.dti.ne.jp

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