Maxfill's NEON GENESIS EVANGELION Short Story

何度否定し、何度無意識の内に、そして何度自らの意思でエヴァに乗った事か…。
今ではあの頃の事は鮮明に覚えている様で、ぼんやりとした物しか残ってない様な気がする。
「今日は…シンクロ率58.76%だったわ。やっぱり60を切っちゃったわね。」
苦笑しながらマヤさんが言う。どうやら、僕の年齢が上がる度にシンクロ率の上限が徐々に下がってきているみたいだ。
「…母親を…必要としなくなってきている年齢だからね。」
複雑な顔をしながら、そうリツコさんが説明してくれた事がある。
それでも、指示されている動きはまだ出来るみたいだし、MAGIの予想よりもシンクロ率の低下スピードは遅れているみたいだ。まだ僕はエヴァに乗る事が出来る。二十の半ばくらいにはもう完全にシンクロしなくなる様だけど。
「もう、シンジ君も19かぁ。時間が経つのはホント早いわね。」
そういうマヤさんも老けてきたのだろうか、シンクロテストが終わる度に、僕の顔を見ながら毎回同じ事を言う。
使徒…と呼ばれていた敵性巨大生物は全て消えた。そして最後の敵、「同じ人類」に因って世界はまた混乱に陥ってしまった。
僕が今だに必要とされ、エヴァに乗りつづけているのは、その同じ人類が創り出した使徒と同類に近い巨大兵器がある為。要は戦争が起こっているのだ。
全ての使徒を殲滅し、サードインパクトはNERVの目的通り防ぐ事が出来た。けど、ゼーレと呼ばれる組織と父さんの計画にズレが出て、互いに相手を「消そう」とした。
最初に襲ってきたのは戦略自衛隊。同じ国の同じ人間を相手に僕達は戦う事になった。
それが良かったのか悪い事なのか今だに分からないけど、僕達は勝った。そして今も生きている事が出来る。
ゼーレは父の反撃で闇の中に葬られ、日本国政府は責任を追及され、議員全てが入れ替わった。
その影響で世界各国の軍事バランスが崩れ、日本重化学工業がやっていた様に、各国で秘密裏に行なわれていた大型兵器開発が表ざたになり…争いが始まった。
ゼーレの崩壊と共にNERVが徴収したエヴァ量産機。同時にドイツを残して他の支部を全て破壊。
父さんはそれを次々と実行し…そしてそれが終わると行方不明になった。
どうやら、自分が推し進めていた計画も頓挫したらしくて、そのまま父さんは消えてしまった。
今は冬月司令代理がNERVを切り盛りしている。
「相手がゼーレや使徒だった方が…幾分か気分が楽だったな…。」
疲労の為か、すっかり老けこんでしまった冬月司令代理はそうボヤいていた。
父さんが「消えた」頃、同じくしてリツコさんと、そして綾波も行方不明になっていた。
リツコさんはその1週間後にミサトさんに因って引き戻され、今では前と同じく普通に勤務している。何があったのかはミサトさんしか知らないだろう。僕も聞いていないし、聞こうとも思わない。
綾波はその後3週間後、つまり父さんが居なくなってから一ヶ月後に諜報部の人達に因って発見された。
山奥の山荘を借りていて、暫くそこで過ごしていたらしい。そして綾波は手首を切り、自殺を図ろうとしたらしいけど、たまたま通りがかった管理人に見つかったと聞いた。今でもその傷痕は残っている。
綾波は今でも僕達と同じくエヴァのパイロットだ。
「やっほぉ、シンジ君。調子はどぉ?」
今も前も変らずのミサトさんの口調だ。ケージのコントロール室に入ってくるなり、元気に声を掛けてくれる。
「まぁまぁです。」
僕は苦笑しながら答える。
「パキスタン政府は和平案に調印したわよ。これで暫くはまた落ちつけるわね。」
「よかった。」
心の底からそう思う。戦自を相手にした時から比べれば大分気も楽にはなってきているけど、やはり同じ人間を相手にしたくはない。
霧島マナ…彼女が乗った戦自機動兵器を僕が相手をし、そして彼女を死の間際にまで追い詰めてしまった。今でも彼女は病院から出る事は出来ないでいる。
日本国内を安定させるまで、NERVが総力を挙げてでも半年掛かった。そして今はアジア…そして世界を相手に戦っていると言っても過言じゃないだろう。
皆が量産機を狙って侵攻してくる。第三新東京市は何時でも廃墟だ。再建するだけ無駄になっていく。
今では、日本政府をNERVが強引に動かし、地上に代わる場所、このジオフロントを拡大し、新たに都市を作っている。地上に残っているのは兵装ビル郡だけだ。
「でも、まだコアの変換が完全じゃないから、まだまだ休めませんね。」
量産機のS2機関を利用し、零号機・弐号機、そして僕の初号機にも搭載している最中だ。
「…そうね…もしかしたら、死ぬまで休めないんじゃないかしら?」
冗談顔で言ってはいるものの、ミサトさんの言葉は余りにも説得力がある様に聞こえる。その場に居る全員が一斉に溜息を吐いた。
「では、特に問題が無ければ、僕は帰りますが…。」
「ええ、いいわよ。ご苦労様。」
一端に軍人と同じ様な敬礼をリツコさんにして、僕はコントロール室を後にした。

ジオフロントの天井から振り降りてくるファイバーの明りも、今はすっかり暗くなってきている。地上の太陽も沈んだんだろう。
赤い光と所々に置かれている街灯が、辺りを薄っすらと照らしている。
職員専用の駐車場に留めてあるYAMAHA SEROW255WEのロックチェーンを外し、ゆっくりとイグニッションキーを廻す。
4サイクル単気筒の重いとも軽いとも言えないエンジン音が辺りに響き渡った。
ミサトさんが気を利かせてプレゼントしてくれたオフロードバイク。随分昔の車種らしいけど、それはミサトさんの趣味も混じっているのかもしれない。
「…帰る…か…。」
ミサトさんの家は引き払った。いや焼失したと言うべきだろう。新たに家を支給される事を切っ掛けに僕らはミサトさんの家を出た。ミサトさんはまた一人暮しに戻った。
「じゃ、もうミサトの家に行く事は無いわね。態々ゴミ棄て場に足を踏み入れる様なものだわ。」
とはリツコさんの言葉。
僕も無責任なのか、世話になっておいて別居する事になった途端、ミサトさんの家には滅多に行く事は無くなった。正直怖いのもあるけど。
スロットルを廻し、ギアを入れる。
『帰る家…ホームがあると言う事実は、幸せに繋がるよ。』
昔の親友の言葉。
そう、確かにその言葉の通りかもしれない。
…帰ろう、僕達の家に。きっと、幸せが怒って待っているだろうから。






華の灯火




「へぇ〜、そうめんかぁ。」
「別に手抜きした訳じゃないわよ。」
別にそういう言い方をした訳じゃないのに、そういう答えが帰ってくる。彼女らしいと言えばそうだけど…もう少し素直になって欲しいと願うのは贅沢なんだろうか?
大きなボウルの様なガラスの器に結構な量が入っている素麺。年中この暑い気候の中なのに、こういったものを食べるのは随分と久しぶりな気がする。
「肉料理とかで体力付けるのもいいけど、バテる前に水分補給しないとね。」
涼しい顔をしながら素麺を啜る彼女。ツルツルと小気味良い音と立てながら、その口の中に吸い込まれていく。
彼女の対面に、彼女と同じ様に素麺を啜る僕。
何気ない食卓の一場面だ。
「で、どうだったの?」
「…うん…やっぱり60切っちゃったよ。」
「そう…しょうがないわよね。」
努力すれば報われるものでもなく、システムの問題でもなく…自然の成り行きと言った所だろうか。
早いところ僕達が乗れなくなるまでに、事態が収束してくれる事を願っているのは僕だけでは無いだろう。
「さ、食べ終わったら行くわよ。」
「え?行くって??」
失言。言い終わると同時に思い出した。余りにもタイミングが悪過ぎる。自分でもイヤと言う程に味わっている不器用さが恨めしい。
「…アンタねぇーっ!!」
怒るのも当然だろう。約束を一瞬でも忘れたのだから。
彼女は怒ると言うより呆れたのか、食べ終わった食器を持って、それ以上は何も言わずに片付けを始めてしまった。
「ゴメン!忘れてないよ!花火でしょ?さぁ用意して行こうか!」
更に自分でも思うくらいに不様な態度。僕はよくこうやって彼女を怒らせているらしい。その度に許してくれる彼女に甘えているのかもしれない。
反省しなきゃ…。
食べ終わった自分の食器を持って、気付かれない様に彼女の後ろに行く。幸い僕のヘタな忍び足は、洗い物をしている彼女には気付かれなかった。
両手で食器を持ち、彼女の頭上へ。そしてそのまま食器をゆっくりと下ろしていく。
驚いた彼女はピタっと動きが止まった。
僕はそのまま食器を流し台に降ろし、当然、後ろから彼女を抱く様なカタチになる。
「ゴメン…一瞬でも忘れた僕がバカだったよ。」
何時からだろう。こんなヤサなセリフが平気で言える様になったのは…。
そして彼女の横顔に自分の顔を持って行き、頬に謝りのキスをする。
彼女の顔が見えない。動きが止まったまま、ゆっくりと俯いてしまった。でも、耳が赤くなっているから泣いてる訳じゃないみたい。
「そ…そん…そんなんで…許して貰えると…お、思ったら……もう!アッチ行ってっ!!」
泡が付いたままのスポンジを投げかけてきた。見事、僕の顔の真中に辺り、目の前が泡だらけになる。
一緒に住み始めてから数ヶ月経つのに、彼女はまだ初々しさを残したままだ。
別に慣れて欲しいとは思わないし、この愛しいくらいに可愛気のある反応は何時までも残ってて欲しいくらいだ。逆に僕が小慣れている様で、なんとも可笑しい。
多分真っ赤な顔をしているんだろう。スポンジを帰しに来た僕の顔も見ずにそっぽを向いてしまう。僕は流し台の所にそれを静かに置き、リビングへと退避した。
「…シンジのクセに…シンジのクセに…シンジのクセに…」
背中に聞こえる彼女の呪いの言葉…だろうか。何時もこんな事ばっかりやっている訳じゃないけど、こういう時には、いつも彼女が言っている言葉だ。
…シンジのクセに…
自分でもそう思う時がある。今だってそう思うし。
女性…いや人とすらも付合いをする方法を殆ど知らなかった僕が、今じゃこんなヤサ男みたいな事まで出来てしまう。
何時、何があって、なんてものは検討も付かず、今の自分がこうして居る。ホント、不思議だ。
「寛いでいるヒマがあったら、出掛ける準備をしなさい!」
まるで母親の小言の様だ。
彼女に知られない様に、小さくクスクスと笑いながら、着替えるべく僕は部屋に行った。
と、言っても僕だけの部屋はもう存在しない。
この部屋には僕と、そして彼女の物が置いてある。割合としては…やっぱり彼女の物が多いけど。
キャビネットは一つ。クローゼットも一つ。そして、ベッドも一つ。
数ヶ月経ってもまだ見慣れない部屋。それは彼女だけでなく、僕もそうだ。
二人で一緒にこの部屋に入る時は未だに緊張してしまう。
そんな部屋を見渡しながら、ラフなTシャツとジーンズに着替える。

後片付けも終わり、彼女の準備も整った。
「じゃ、行こうか…アスカ。」
「うん!」
最後の最後まで守り通したいもの…このアスカの笑顔。



最初は別居だった。
別に互いを嫌っていた訳じゃない。ただ、二人とも必要以上に互いを意識してしまっていた時期だった。
「じゃ、別の棟にする?」
二人が同じ意見を言ったのは、「ミサトさんの家から出る」だった。それから先は、二人とも何も考えては居なかった。
ミサトさんは最初は猛烈に反対し、そして残念がりながらも僕達二人の意見を聞き入れてくれた。
「そうよね…いつまでも子供じゃないものね。」
複雑な顔をしながらも、なんとか笑いを造ろうと努力しているみたいだ。そういう表情を見ると、少し僕も辛くなってくる。
「今なら何所だって空いているから好きな場所を選べるわよ?」
そのミサトさんの言葉にアスカはふるふると首を振るだけだった。
「じゃ、シンちゃんと一緒がいいの?」
振り続けられた首は、その言葉で止まった。
「………の、隣。」
「ぷ…クク…あはははは!!やっぱりね!!」
「な、何よぉ!何が可笑しいの!?それに『やっぱり』って何よっ!!」
笑い続けるミサトさんに、アスカの喧々とした抗議が長々と続いた。
その中で、僕はアスカの言葉に半ば安心している自分が居る事に気付く。
アスカと二人で生活なんて、どうしよう?…と悩んでいたからだ。
今思うと、何とも情けない理由だ。
そうして、三人それぞれの生活が始まった。
ミサトさんはミサトさんで、アスカはアスカで、そして僕は体験した事の無い、本当の一人暮しを始める事になる…筈だった。
「シンジ〜、お腹減った。何か作って。」
「何でジオフロントにもゴキブリが居るのぉ!!シンジぃ!!」
「シンジ、この前買ったCD聞かせてよ。」
「シンジ、シャワー壊れちゃった。ちょっと貸して。」
「シンジ…暇。」
ご飯作るのは別にいい。ゴキブリが苦手なのも仕方が無い。CDだったら、アスカの部屋にもコンポは置いてあるだろうに。僕の家のシャワーが使えるのに何で?同じマンションなのに。それに暇って…。
そう言った数々の理由を挙げて、アスカは半ば強引に僕の部屋に入り浸る事になった。
そして、それが暫く続いた後。
「ゴメンねぇ、二人のマンションが民間に移管される事になったの。別の棟を用意したから、悪いけど引っ越してくれない?」
ジオフロントの区画拡張と共に、荒廃した地上に代る場所を造り民間にも開放する事になった。
そして、NERVの職員が民間区画に住んでいるのも都合が悪いらしく、独身に限ってだが、専用のマンションへと引っ越す事が義務付けられた。
そこには作戦部や技術部の人達も集まり、「独身寮」とか「宿直発令所」とか呼ばれるマンションとなる。
ミサトさんやリツコさん、青葉さんに日向さん、マヤさん、冬月司令代理なんかもそこに住む。層々たるメンバーが集まった。
綾波、アスカ、そして僕もそこに住むように言われる。
「どうするの?」
半ば意地悪でミサトさんは聞いたのだろう。ニヤついた顔をしながら曖昧な質問をアスカにした。
「…シ…シンジと……一緒に…」
顔を真っ赤にして俯きながら小さな声で答えるアスカ。
意外な素直さに驚いているミサトさんと、そして…そんな事をその場で初めて聞いて動揺している僕が居た。
「そうか…碇に見せ付けられないのが残念だな。」
笑顔で言ってくれた冬月司令代理。
「やっとシンジ君も葛城さんの呪縛から逃れる事が出来るんだ。」
ミサトさんのズボらさを知っている日向さん。
「若い時の同棲って…憧れたよなぁ。」
遠い目をしながら答えた青葉さん。
「一緒に住むって…やっぱり…その…アレよね?」
アスカ程じゃないけど、赤い顔をしながら何やら勘違いをしているマヤさん。
「念の為にコレを渡しとくわ。」
「な、何ですか?」
「避妊具と痛み止めよ。シンクロ出来なくなると困るから、渡しておくわ。」
怖いくらいに真剣な表情でそれらを渡してくれたリツコさん。
「シンジ君…困った事があったら言ってね。身体で教えて…」
言いかけた途中で後ろからアスカに蹴られたミサトさん。
僕は苦笑するしかなかった。結婚する訳でもないのに…。
でも同棲は同棲。互いを嫌っていればする事は無く、互いに好きでいられるから一緒に住む事が出来る。
皆それぞれ形は違えど、僕達がそうなった事を祝福してくれた様だ。


「幸せって…案外ちっぽけなモノね。」
「でも、それで十分だよ。」
「そうね。」
本部寄りの地底湖の近くにある小さな公園。公園と言っても何かがある訳でもなく、緑地が整備されているだけだ。
その近くにバイクを止め、袋一杯に詰めこんだ花火とバスケットを持って、湖の辺へと歩いていく。
「たかが花火よ。それなのにこんなに浮かれる自分が居るなんて。」
言葉とは裏腹に、アスカの顔は満面の笑みを浮かべている。僅かな月明かりが集光され、このジオフロントに蒼白い光を降り注ぎ、その顔を照らしている。
「ねぇアスカ。一緒に暮らし始めてもう数ヶ月だけど…どう?」
「それこそ思ってたよりもちっぽけなモノね。構えていた自分がバカみたい。」
やっぱり言葉とは違う。アスカはまたそっぽを向いてしまい、言い終わると同時に、小走りに先を行ってしまった。
「ミサトぉ!リツコぉ!お待たせぇ!!」
先に到着していた二人に駆け寄っていった。
「今晩わ、アスカ、シンジ君。」
「遅かったわねぇ、何やってたのかなぁ?」
何時も変わらないリツコさんに、相変わらず茶化すミサトさん。
「こんばんわ。今日は少し明るくて助かりますね。」
「そうね、上じゃ月が煌々と照っているんでしょう。」
ミサトさんのからかいに、また喧々と答えるアスカを横に、僕とリツコさんは塞がれた上を眺めた。

そうあの時も月は煌々と輝いていた。久しぶりに地上から見上げる月は、やけに印象的だった。
零号機自爆の痕跡も殆ど残っておらず、兵装ビル再開発の混雑した埋立地と、まだ残っている小さな湖の群れ。その一つ一つに月の姿が反射している。
「順番が逆になっちゃったわね…。」
アスカは僕に背中を向け、頭をポリポリと掻きながら話し始めた。
訓練の後、アスカは「上に出よう」と言って、半ば強引に僕を連れてきた。場所は偶然にも、僕がカヲル君と出会った場所。
「アタシ…アタシね…」
薄手のワイシャツと珍しくジーンズを履いているアスカ。湖面から反射している月明かりが、そのワイシャツを少し透けて見せている。身体のラインがぼんやりと陰になって見えてしまう。そして同じくその光に照らされた綺麗に手入れされている長い髪。
「アタシ…シンジの…」
「綺麗だね…」
思わず口に出てしまった。
「え?」
「あ、いや…その……アスカ…綺麗だなって…思って…」
別に話しを聞いてなかった訳じゃない。けど、見惚れていた事は確かだった。
アスカは怒ったのか、一瞬僕に顔を向け、そしてまた背中を向けてしまう。
「ゴ、ゴメン…話しの途中だったね。」
下を向いたまま、アスカは僕の方にゆっくりと近づいてくる。暗くて良く表情が見えない。やっぱり怒らせてしまったのだろうか。
僕の目の前にくると、一回深呼吸した。僕は殴られるのかと思い、一瞬身構えてしまう。
そのアスカの次なる行動に、僕は何も出来ずにいた。
胸倉を掴み、強引に僕を引き寄せる。そして僕の背中に手を廻し、苦しいくらいに抱きしめてきた。
今の今迄気付かなかった。何時の間にか、僕はアスカの背を越えていたらしい。アスカの額が僕の顎の下にある。
「アタシ…シンジと一緒に居たい…。だって…」
くぐもった声は、僕の耳からでは無く、身体から直接聞こえてきた。
「だって…シンジの事………」
「僕もアスカの事、好きだよ。」
僕がアスカに唯一譲れないものがあった。これは絶対僕がするべきだった、そう自分に課して来た。
言葉にしないとはっきりとは伝わらないのは分かっている。でも、ミサトさんの家を出てから、僕は彼女の気持ちを分かっていた。多分、アスカも分かっていただろう。
互いにそれを感じながらもタイミングを外し、時には勇気が出ずに自分から逃げていった。
でも突拍子も無くやってきた切っ掛け。特にアスカはこれを最後のチャンスと思い、気持ちを振り絞って僕を呼んだのだろう。
けど、やっぱり僕から言いたかった。これと言った理由なんて無いけど、アスカには譲れない部分だった。
「僕はアスカの事が好きだ。だから一緒に住もう。」
僕は震える手でアスカの頬を押さえ、その顔を上げさせた。
何も答えないアスカは、その顔で十二分に返答してくれていた。目に大粒の涙を貯めて。
そしてゆっくりと目を閉じ、その柔らかい唇へと自分を近づけていく。
甘く、心地よい胸の苦しみ、永遠の様な一瞬。


「さぁ始めるわよ!NERV初の花火大会っ!!…って4人しか居ないけどねぇ。」
「じゃ、かんぱぁい!」
「乾杯!!」
ミサトさんとリツコさん、そしてアスカまでがビールを開ける。僕だけがジュースを持っている。
「付合い悪いわねぇ。」
「しょうがないだろ?飲めないんだから。」
ミサトさんとリツコさんは国産の缶ビールを。そしてアスカは輸入モノのシュロッサーアルト瓶を豪快に飲み始めた。
僕は飲めない。正確に言うと飲んだことが無いだけだけど。
もう7月も半ば。地軸は戻らないまま。そして季節と言うものすら無くなっているらしく、僕が産まれてからはずっとこんな暑い気候が続いている。ミサトさんやリツコさんが言っている「夏」や「冬」っていうのは知らない。でも、花火は7月から8月に掛けてやるものだって言っていた。
「仕事ばっかりじゃ身が持たないわよ。偶にはパァっとやろうよ!」
アスカのその一言に同調したのは、ミサトさんじゃなくてリツコさんだった。
「そうね…ここの所、張り詰めていてばかりだったからね。」
和平調停が上手く行き、何時までかは分からないけど、僕達も一息付ける時間が出来た。戦闘から帰ってくるエヴァを修理しなければならないのはリツコさんの仕事だし、やっぱり一番疲れているのかもしれない。
ともかく、リツコさんがそう言い、そしてこのささやかな祝宴の準備をしてくれた。と、言ってもやっぱり忙しいのか、場所と花火と飲み物くらいしか準備出来なかった様だ。
リツコさんに任せっぱなしも悪いので、アスカと僕は相談して、花火の追加の買い付けと、ツマミになる簡単な料理を持ってきた。
「あら、相変わらずマメねぇ。良い旦那さんになれるわよ。」
バスケットを開けるなり、リツコさんがそう評してくれた。素直に喜びたい所だけど、やっぱりからかわれているのが分かるから、苦笑いで返してしまう。
「ホラホラ、シンジっ!!早く花火も始めようよ!!」
上機嫌なアスカが、手にした花火ごと大きく手を振った。
「そうだね、始めよう。」
…花火だけじゃなく…色々と……




NEON GENESIS EVANGELION : Heart of Fireworks





赤い火。
硝煙のニオイ。
飛び散る火花。
音を立てて飛んでいくもの。
でも、これは戦争なんかじゃなく、遊びの花火。
無邪気にはしゃぎ、心から笑って過ごせる時間。戦争とはまったく逆だ。
ロケット砲、パレットガン、ランチャー、プログナイフが放つ閃光、ATフィールドの赤い光…。
同じ光と匂いを発するものが、こんなにも差があるなんて皮肉なんだろうか?
それとも、この花火と戦争なんて少しの差しかない紙一重の存在なのかもしれない…。
子供の様に遊ぶ花火。隣の国が気に食わないから喧嘩する。他の国に在るものがどうしても欲しいから奪う。お金を儲けたいから騒ぎを起こす…。
理由は突き詰めれば単純だ。複雑にしているのは「大人達」が勝手にしている事だろう。
でも、そんな中で生きて行くには、戦わなければならない。
自分を守る為、自分の大切な人々を守る為…自分の敵と自分自身を相手に…戦わなければならない。
「何考えてんのよ!?遊ぶ時はちゃんと遊ぶっ!分かった!?」
手持ち用の花火とライターを握ったまま、アスカは僕をしかる。その姿に凄く説得力を感じてしまった。
「そ、そうだね。こんな事だって、何時も出来る事じゃないから。」
「そうよ。ちゃんと働いて、ちゃんと遊ぶ。健康に生きていくにはこれが一番ね!」
NERVで「ちゃんと」働くと確実に過労死してしまうだろうが、アスカの言葉にも一理ある。どちらか一方に偏ってしまうと、不健康になるのは自明の理だろう。
「大体…アンタが楽しんでないと…アタシも楽しめないじゃないの。」
やっぱり同じ事を僕は繰り返している。
直そうと思ってもなかなか直らない。やっぱり僕はニブいのかもしれない。


「泣きたい時に泣けばいい、それが普通よ…ってミサトに言われた時、本当にショックだったわ。今頃そんな事に気付くなんて……。」
リハビリが終わり、最初に弐号機に再搭乗したアスカ。起動指数よりやや上回る程度だったが、通常動作が出来る範囲内だった。それを喜んだアスカは泣くに泣けなかったらしい。理由は分からないけど、それをミサトさんが慰めていた時の話だ。
それからアスカは良く素直な表情を出すようになってきた。良く笑い、良く泣く。本当に「彼女らしく」素直な表情だ。
そして、アスカが僕の家に越してきた初日の夜。
生活に必要なものは全てNERVが揃えているので、アスカも僕も持ってくるものと言ったら、普段使っている食器と衣服、そして小物くらいなものだ。引越しと言っても半日程度で終わってしまう。家具とかは殆ど同じ様な物が既にあり、僕達はその程度で済んでしまった。
リビングには大きな座椅子といった程度の薄いソファーがある。あらかた片付いてしまった僕は、そこでテレビをぼんやりと眺めていた。
「隣…」
少し手間取っていたアスカも片付けが終わったのか、僕の横に立ってそう言った。
ここはもう「僕達」の家なんだから遠慮なんか必要ないのに…。そう思っていたので、アスカの言葉の意味が少し分からなかった。
アスカは少し顔を赤らめながら、目線をずらしている。
「あ、ゴメン…」
ようやく意味が分かり、僕は身体を少しずらし、アスカが座るスペースを空けた。
単にアスカが隣に座る。同じ部屋で。ただそれだけだ。
けど、そのアスカの存在感は大きく、そして意識させるのに十二分なものだった。
こうなるともうテレビどころじゃない。目はテレビを見ているけど、感じ取れるのは隣のアスカの気配だけ。
チラっと横目でアスカを見る。
アスカは目線をテレビより少し下に落して大人しくしている。と思ったら、少しずつ僕の方に寄ってきた。
ほんの数ミリずつだろうか。アスカの肩が僕の腕にくっつくまで1時間くらいは掛かっただろう。
近づくにつれ、感じ取れるアスカの体温。直接触れなくても、その温かみを感じる事ができる。それと同時に心臓の鼓動も少しづつ早くなってきた。
軽く触れ合うだけ。そしてピタっとくっつく。
その瞬間、アスカは我慢出来なくなったのか、頭を僕の肩に乗せてきた。いや、乗せると言うより埋めたと言ったほうがいいかもしれない。
「…シンジ…」
「な…何?」
「…ううん…なんでもない。」
7階だから虫の音も聞こえない。街の音も静かだ。テレビの音も聞こえる筈なのに聞こえない。
耳に入ってくるのは、アスカの吐息と鼓動だけ。
「…しぃんじ…」
「何?」
「うふ…なんでもないよ。」
力は抜いている筈だ。でも身体が動かない。動かせない。
ソファーの上で僕は固まったまま、アスカに寄りかかられている。
「…シンジィ…」
「ど…どうしたの?アスカ?」
「…一緒に居るんだね、シンジと…」
「う…うん…」
アスカが何時の間にか眠ってしまうまで、それは続けられた。
気が付くともう午前1時にもなっている。自分がその間、何を考えていたのかも思い出せない。
気が付いた時には、アスカが僕に寄りかかったまま動かなくなっている。
「…アスカ?」
返事が無い。代りに返ってきたのは心地よさそうな寝息だけだった。
「寝ちゃったんだね。」
アスカを起こさない様に支えながら、僕はソファーから立ち上がる。一旦そこにアスカを横にして、僕は固くなった体を解す為に背伸びをした。
パキパキっとこきみ良い音が身体中から出て、よっぽど固くなってた事を教えてくれた。
数度屈伸をして足も和らげる。そしてしゃがむと同時にアスカの顔を覗き込む。
特に初めてじゃないけど、凄く新鮮味を感じるアスカの寝顔。本当に安らかな顔でスヤスヤと寝ている。
僕はそのままアスカの顔を眺めているのも悪くないな、と考えたけど、いくら常夏とは言えここにこのまま寝かせるのも身体に悪い。
もう一度身体を柔らかくしてから、ゆっくりとアスカを抱きかかえた。
幸いな事に、引越しで疲れたのかこの程度では起きなかった。そのままアスカを寝室へと抱えていく。
壁やドアにアスカをぶつけない様に慎重に進みながら、寝室のドアを開ける。自分でも器用な事をしたと今でも思っている。
「体力を使う仕事をしている人は、腰を大切にしないとね。まぁ、別の意味も含まれているけど…。」
そう言ってミサトさんとリツコさんからの引越し祝いの品、セミダブルのウォーターベッド。
凄く高級なものを頂いたとは思っているけど、結構複雑な心境だったりする。
その真新しい見慣れない寝所に、アスカを降ろした。
音も無くゆっくりとベッドの中に沈むアスカ。
柔らかく包まれていく様な感触は、確かに心地よさそうなものだ。その感触を楽しみたいとは思ったけども、アスカの身体から静かに腕を抜き、少し考えてしまう。
…一緒のベッドに寝る事。
小さかった頃から、そんな事をした覚えが無い。僕は何時も一人で寝ている。凄く当たり前の事だ。
けど、これからは違う。何時もアスカと一緒であり、寝る時も当然一緒。一緒のベッドで寝て、そして同じベッドで朝を迎える。
そのベッドで既に寝ているアスカの姿が、余計に違和感を僕に感じさせた。
今日は引っ越してからまだ初日。男としての欲求も複雑に絡み、寝れない夜になるのは困る。
…今日はソファーで寝よう。
僕は音を立てない様に、寝室を後にしようとした。
「…シンジ…」
背中に声が届く。部屋を出ようとする足を止める。
…寝言かな?
そう思ったが、その声に続き衣擦れの音が聞こえ始めた。
僕はゆっくりとベッドの方に向き直る。
やっぱり僕は不甲斐ない。驚く事しか出来なかった。
アスカは上半身を起こし、僕の方を向いている。露になっている肩と腕。シーツで胸元を隠し、恥ずかしそうにそのシーツを胸の前で押さえ俯いている。
そして脱ぎ捨てられた服が床に落ちていた。
「…シンジ…何所行くの?」
安易に想像出来る状況。シーツだけが隔てているだけで、他は何も無い。
「あ、あ、あの、その…そ、そ、ソファーで…」
異様なほどに大きな音を立てて飲み込まれる唾。
「…シンジ……一緒に……」
分かっている。彼女が何を言おうとしてるかは十分に分かっている。
確かに僕の目線は、その透き通るくらいに白い肌と、腕で挟まれているのとこの状況の所為で余計に存在感があるその胸に釘付けにされている。
身体はアスカの元に飛んでいきたがっている。頭は混乱しっぱなしだ。でも、心がそれに踏み込めないままでいる。
「…どうして?…私とじゃイヤ?」
動揺している僕に、悲しげな目を向けるアスカ。
そんな事は無い。決してそうじゃない。逆にアスカじゃないと駄目だ。アスカと一緒に…。
けど、違うんだ…。何が違う?…
…分からない。けどまだ駄目なんだ。
僕は耐えきれずに背中を向けてしまう。
「ゴメン、アスカ。僕はまだ……。」
どうしてそんな事を言ってしまうのだろう。自分で自分を殴りつけたくなる。
「…シンジが躊躇してたら…アタシだって…アタシだって何時までも覚悟を決められないじゃない…」

僕は逃げた。その部屋から…そして目の前の現実とアスカから。
今でも背中にはそれが残っている。アスカのすすり泣く声と重みが。


意気地なし。
確かに彼女を大切にしたいとは思っている。けど、そんな僕の勝手な思いこみがまた、彼女を傷つけている事には変わりない。
分かっていてそれが出来ないのは、やっぱり意気地なしなのかもしれない。
結局そのまま、今日まで続いている。
僕はまだアスカを抱いていない。
「ふぅ〜、飲んではしゃぐと酔いが早いわねぇ!」
殆ど半分以上をアスカとミサトさんで打出してしまった。花火の残りも僅かになっている。
リツコさんは殆どやってないみたいだけど、
「やるのも別に嫌いじゃないけど、見る方が好きね。」
と言ってビールを飲みながら、二人がはしゃいでいる姿を見ていた。
良く飲む二人が遊んでいた為、ビールはまだ残っている。
「やっぱりシンジも飲みなさいよ!勿体無いじゃない。」
アスカはビール缶を僕に投げつけた。
「ミサトにばっかり飲ませてたら、それこそ勿体無いわ。」
「あら、ビール会社には有り難い消費者だと誉められたいくらいよ?」
そしてまた言い合いが続く。こうして見ていると、本当に仲の良い姉妹みたいだ。
「ミサトは喜んでたわよ。最近やっと何でも言い合える仲になったって。」
騒がしい二人を余所に、リツコさんが僕に静かに言った。
「そうですか。アスカも口には出さないけど…」
「そうね…。」
以前に少しだけ、リツコさんと父さんとの事をミサトさんから聞いた事があった。今でもやはり何所かに引っ掛かりを感じてしまうけど、僕はリツコさんとの会話の数が多くなってきている。
僕は理系が苦手だからリツコさんの仕事やしている事は全くと言っていいほど分からない。けど、リツコさんは良く僕に話しかけてくれる。
仕事の話やエヴァの事では無くて、もっと日常的なもの。
「ああ見えて、リツコも結構不器用なのよね…。」
僕がその事を何気なしにミサトさんに言った時の答えだ。
凄く曖昧な言葉だったけど、何となく感じ取る事は出来た、のかもしれない。
僕は別にリツコさんに恨みや引け目なんかを感じた事は無い。父さんとの事は正直言えば気になる事だけども、今は知らなくてもいい事かもしれない。
気軽に話し掛けてくれる。僕はそんなリツコさんの気持ちを素直に受け入ようと思っている。
「もうすっかり同棲生活も慣れたようね。」
「いえ…正直言うと、まだ違和感があったりします。」
「あはは、大学の頃のミサトに聞かせたいセリフね。」
「どうしてですか?」
「ミサトは数日間で慣れ親しんで、一週間程で堕落した生活にまで行けた人間よ。」
「…人間の環境適用能力って凄いんですね。」
「そうね、生きた見本だわ。」
こんな会話の中、普段見れないリツコさんの笑顔が見れる。ギスギスとした険しい顔や、モニターを見ている無機質な仕事の顔とは違い、普段の「リツコさん」がこうして見る事が出来る。
それだけでも、僕は価値が在るものだと思う。
生きて行く事、守る事が。
「ほらビール、温くなるわよ?」
「え?ああ、そうですね。」
手にしたままのビール。プルトップを開け、勢いよく出てくる泡ごとビールを喉に一気に流し込んだ。
「飲めないと言いつつも、良い飲みっぷりね。」

エヴァや争い事じゃ無い、他愛もない会話とビール。
夜のやや涼しい空気。
僅かな月明かりを反射する湖。
凄く楽しく、そして懐かしさに似た感じ。
「やっぱり、残ったのはこれね。」
ミサトさんが袋の中から取り出したのは、束ねられた線香花火。
「やっぱりそれが最後まで残るのよねぇ。」
そう言って、ミサトさんからその半分を貰うアスカ。アスカがその中から1本を取り、残りを僕に渡した。
「最後まで希薄な存在感。けど、無かったら違和感があるし、最後になるとその必然性が何故か強調される花火ね。」
リツコさんもミサトさんから花火を受け取る。
僕も束から1本を受け取り、残りはポケットに一先ず仕舞った。
そして、合図する事も無く、ミサトさんが点けたライターに4人とも一斉に点火した。
移った火は弱々しく先端を燃やし始める。
徐々にそれが小さくなり、消えそうになった所で丸くなり始めて、小さな火花を散らし始める。
ちり…ちり…
と僅かな硝煙の匂いを出しながら、その丸い紅点が大きくなって行き、火花の数も増えていく。
「あ!」
アスカは小さな声を上げた。僕のと同じくらい大きくなった先端が足の先に落ちていた。
「えい!」
まだ残っていた僕の花火も、アスカが僕を揺らした所為で落ちてしまった。
「ああっ!酷いよぉ!」
「ホラ、まだ在るでしょ。次行くわよ、次!」
ポケットから束を出して、差し出されたアスカの手に一本渡す。
「あら、私のも落ちちゃったわ。」
最後までもう少しの所で、リツコさんのも落ちたらしい。
最初の一本から最後まで行けたのはミサトさんだけだった。
「普段の行いが良いからよぉん。」
全員一致でその言葉は無視されてしまった。
特に会話も無く、ただ黙って線香花火を眺めている。
2本、3本目と続けていくにしたがって、皆の目線がそれぞれの花火に集中していった。
そして最後の1本づつ。
皆、なかなか火を点け始めなかった。
まだ点火されてない、その花火の先端を黙って見続けている。僕も同じ様にその先端を眺めていた。
最後の一本。
ただそれだけの存在なのに、凄く貴重なものの様に思えてくる不思議な感じ。
僕はその花火に、一つの願いと決心を送りこんだ。
他の皆もそうしていたんだろう。
「よし!」
4人の声が同時に発せられた。そしてまたミサトさんのライターに全員が点火する。
また同じ様に弱々しく燃えていく先端。
…最初は僕も、同じ様に何も無いと思っていた。何も出来ない人間だと思っていた。
消えかかる寸前、そして再び燃えあがる花火。
…同じ事を繰り返した毎日。そして突然父さんからの手紙が来て、ここに来る事になった。
丸くなる先端。そして火花を散らしていく。
…そしてエヴァに乗った。使徒と戦い、綾波、アスカと出会い、それまでとは違う戦いの日々。
落ちると思う程に紅点が大きくなり、激しく火花を散す。
…カヲル君…最後の使徒を倒し、大きな混乱。
紅点が球の形からだんだんと細くなっていき、火薬が入った部分を全て燃やし尽くす。
…いまだに続いている混沌。戦いは続く中、僕はアスカと共に生活を始めた。
そして消えていく火。
そう、これは過去。これからは自分自身で進まなくてはならない。
…よし。
落ちる事無く、最後まで燃えた線香花火。その黒ずんだ先を眺めながら、僕は心の中で決心を固めた。
「さて、お開きにしましょうか。」
3人とも落ちずに最後までいけたらしい。それぞれ満足した顔で互いの顔を見合う。
「久しぶりに楽しい時間を過ごせました。」
僕は心の底からそれを言葉にした。


「ただいまぁ!」
「ただいま。」
静寂な部屋に明りを灯ける。アスカと二人で家に戻った途端、無機質な空間から「家」へと空気が変わっていく。
「あ〜あ、結構汚しちゃったわねぇ。シャワー先に浴びるわよ?」
「うん。アスカ、はしゃいでたからね。」
僕もアスカ程はしゃいでは居なかったけど、家に帰って来た安心感もあり、少し疲れが出てきた。
食べ終わったバスケットの中身の片付けを明日に廻し、そのバスケットはキッチンの端に置いておく。
アスカがシャワーを浴びている間、僕はコンポのスイッチを入れて音楽を聴き始める。

アスカの後にシャワーを浴び、風呂場から出てくるともう12時近くになっていた。そんなに長く風呂には入ってなかったから、結構遅くまで遊んでいたんだろう。
ダイニングにもリビングにもアスカの姿はもう無かった。たぶん先に寝室へと行ったのだろう。
僕は玄関の鍵を閉め、電気を消していく。
そして家の中で唯一電気がまだ付いている部屋の前についた。
ドアを開ける前に深呼吸をする。
何気なく、右手を上げて目の前に持ってきた。
ゆっくりと握り締め、そしてもう一度開く。
今度はギュっと強く握り締め、そのまま腕を下ろした。
…よし。
ドアのノブに手を掛ける。
開かれるドア。
ベッドの上で雑誌を読んでいるアスカ。
「…まだ、起きてたんだ。」
「うん。」
「…もう寝ようか。」
「うん。」
「…電気、消すよ?」
「…うん。」
何時もはそれで一日の終わり。アスカに触れる事無く、ベッドの端で夢の世界に逃げ込んでいた僕。
一旦ベッドライトを点けて、もう一度ドアの所に戻り部屋の明りを消す。煌々とした部屋から、薄暗く柔らかい橙色の光がぼんやりとベッド周りを照らす。
僕は普段通りにベッドに入る。
けど、その動作一つ一つをこなして行くのと合わせて、心臓の鼓動が比例的に早くなっていく。僕は最大限の勇気を搾り出していかなくてはならない。
「じゃ…お休み、アスカ。」
「……お休み…シンジ。」
最後の明り、ベッドライトを消した。
部屋は暗闇となり、徐々に月明かりが薄く差込んでいる事が分かる程に、シルエットを描き出す。
心臓の鼓動が最大限にまで速くなった。アスカに聞こえないだろうか。
シーツの中で、もう一度右手を強く握る。
…もう、決心したんだよ。
「…アスカ…寝ちゃった?」
「ううん。」
背中からくぐもった声が聞こえた。
僕は身返りをして、アスカの方に向き直る。そして勇気を振り絞って、アスカを抱き寄せた。
「え?」
驚いたアスカの顔が、もう鼻の先にある。
暗闇に慣れた目が、薄蒼な明りに反射しているアスカの表情を捉えた。
アスカの見開かれた目を暫く見つめ、そして目を閉じ、ゆっくりと口唇を重ねた。
「…今までゴメンね、アスカ…」
「…」
キスで閉じられたアスカの目が再び開き、僕の顔をその瞳に映り込ませた。
「今日は…今日こそ…その……アスカを抱きたい。」
どれくらいの間があったのだろう。身動きが取れなくて息すらも出来なかった。時間が止まって意識だけが残っているのかとも思えるくらいだ。心臓の音すらも聞こえなくなった。
アスカの瞳に映った僕の顔が歪み始める。
やがてその瞳がキラキラと輝き始め、全体を潤ませた。貯めきれなくなった涙が鼻と頬を伝い、枕へと染みこんでいく。
アスカの腕がゆっくりと僕の背中に周り、そしてギュっと引き込まれた。
僕もアスカを強く抱きしめる。
「…やっと…やっと言ってくれたわね…バカシンジ…。」
たぶん嗚咽だろう。アスカは僕の首筋をかみ締め、声を押し殺している。
「ゴメン…有難う…愛しているよ、アスカ…」
思ったままの言葉。
僕はアスカが泣き止むまで、アスカの髪に自分の顔を埋めた。













それは一瞬であろうとも、僕にとっては永遠。
それはどんなに小さな事だろうとも、僕にとってはの掛け替えの無いもの。
それはどんなに儚いものだろうとも、僕にとっては生きる全て。
散る花と分かっていても生きていたいと思う。
君を守る為に…。
僕の心を守る為に…。
そしてこの、永遠と等しいこの一瞬の為に。






































「このまま時間が止まって欲しい…」
「違うよ、アスカ。時間なんて、今の僕達には関係の無い事なんだよ。」























筆者後書き


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