慟哭の刻

 

 

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                 1.

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  少年は心を閉ざした。ある意味当然の事かもしれない。今、彼がどれだけ傷つい

 ているのか分かっている者は誰一人居なかった。周りの大人はいかにも彼の心を理

 解した様な顔をする。そして、その上でなお「がんばれ」という。

 

  彼は自分が何かすることで誰かが傷つくのを恐れていた。だがそれは臆病と呼べ

 るのだろうか?この街に来て彼は多くの物を得た。だが、その全てを失った。彼自

 身の行動の結果として・・・・・たとえそれが彼自身の望んだ行動ではなかったに

 しても。そして、そんな彼の心を理解しているとも思えない大人達の言うことを聞

 くのも苦痛以外の何物でもなかった。

 

 

  ある日そんな少年の姿を見かねた彼の保護者は一つの決意をした。彼が大切に思

 っているはずの少女達の現状を知らせること。少年以上に生きることに絶望してい

 る少女の事、少年以上に社会との接点をもてない少女の事。彼女達の過去、現在を

 知る限り全て語った。彼女にとってこれは一種の賭だった。ひょっとしたら今以上

 に心を閉ざすかもしれない。そうして欲しくないと言う想いを込めて彼女はこう言

 った。

 

 「私達に出来ることはもう何も無いわ。二人を救うことが出来る人が居るとしたら、

  それはあなたしか居ないの」

 

  少年の目に精気は戻らなかった。失敗だったかと思われたが、少年はベットから

 腰を上げると部屋を出ていこうとした。彼女とすれ違うとき彼は疲れたような笑い

 を浮かべてこう言った。

 

 「僕に何が出来るか分からないけど・・・・・・やれるだけはやってみます。二人

  には元気になって欲しいから。・・・・でも、もし、うまく行ったら・・・・・

  もういいでしょ。これ以上は勘弁して下さい」

 

  人生に疲れたとしか見えない彼の後ろ姿を見た彼女は、自分のしたことが正しい

 事なのか自信が持てなかった。

 

 

 

 

 

  シンジはレイの部屋を訪れた。レイはシンジを見ても顔色一つ変えずに言った。

 

 「何」

 「・・話があるんだ、ちょっといいかな?」

 「ええ」

 

  部屋は相変わらず散らかっていた。彼女はシンジを部屋に入れはしたが、周りを

 かたそうともせず、飲み物を出すわけでもなく、ベットに座った。シンジもそれを

 気にする様子もなく、レイに向き合うようにして腰を下ろした。

 

 「全部聞いたよ。リツコさんから綾波が生まれたところも見せてもらったし、ミサ

  トさんからは綾波がATフィールドを張ったって事も」

 「それで」

 「正直驚いた。前に綾波が自分は3人目だって言った意味がやっと分かったけど。

  いろいろ考えた、それでやっと僕の中での考えがまとまったんだ。」

 「考え・・・」

 「うん・・・・気休めにもならないかもしれない、いや、綾波にとってはどうでも

  良いことかもしれないけど・・・・僕にとって君は綾波レイだと思う。初めてあ

  ったとき重傷だったのにエヴァに乗ろうとした綾波、父さんのことを悪く言った

  時殴ってきた綾波、僕を守ってくれた綾波、笑った綾波、母さんを感じさせてく

  れた綾波、何を考えてるのか分からないけど時々素顔を見せてくれた綾波、そし

  て僕を守るために死んでいった綾波・・・・そう言ったこと覚えてる?いや、た

  とえ覚えていなかったとしても、僕にとって君は綾波レイだよ。僕の友達、僕達

  と同じ人間だよ。・・・それだけ言いたくて」

 

 少しの沈黙の後、レイはぽつりと漏らした。

 

 「私・・・・碇君を守って死んだこと以外知ってる・・・でも、覚えてるんじゃな

  い、知ってるだけなの。体や記憶は前の私と同じ、でも違うの。私はあなたの知

  っている綾波レイじゃない」

 「また、会いに来て良い?」

 

  瞬きしてシンジを見つめるレイにシンジは優しく、そして寂しげに微笑んだ。

 

 「もし、綾波が前のことを言われるのがいやだったのなら謝るよ。でも、こう言っ

  たら悪いけど、今の綾波は以前の綾波でも、新しい綾波でもないよ。以前の自分

  を否定してるのに今の自分を受け入れようともしていない。・・・・・・・・・

  僕も今の自分が何なのか分からない、自分を見失って見つけることもできないん

  だ。だから、それがどれだけ苦しいことか分かっているつもりだし、新しく何か

  を見つけることがどれだけ難しいか分かっているつもりだよ。だけど・・・綾波

  だけでもちゃんとした自分を見つけて欲しいんだ。僕に出来ることがあったら、

  なんでもするから」

 「碇君は見つけないの?」

 「僕には・・・・・・・・・・・・・・・また来るよ」

 

  部屋を去っていくシンジを見たレイは、シンジの弱さを見せられたことで何か希

 望が出てきたような気がした。

 

 (私だけじゃないんだ。私だけだったら自分を見つける事なんて出来ない。私は普

  通の人間でさえないのだから。でも碇君も同じ様な悩みを持っている。だったら、

  一人じゃなかったら、何かみつけられるかも・・・・)

 

 

 

 

  シンジが入ってきたとき、アスカは放心していた。

  シンジはそんなアスカに気遣いの言葉一つかけるわけでもなく、いきなり自分の

 過去を語りだした。記憶にある一番昔のことから覚えている限りの有りとあらゆる

 事を。別に特別なことは言わなかった。施設での生活のこと、学校のこと、自分が

 その時何をどのように感じたかまで。長い長い話だった、面会時間が終わっても話

 は終わらなかった。シンジは帰り際に一言言った。

 

 「明日も来るよ」

 

 (彼奴いったい何しに来たのよ?)

 

 ・・・アスカは気づいてなかった。たとえほんのわずかでも何かに興味を示すこと

 など何週間ぶりかのことだったのだ。少なくとも語り手がシンジだったことだけが

 原因では無い、語られる彼の過去が自分と同じように孤独と寂しさに包まれていた

 ことが共感を呼んだのだろう。

 

  次の日もシンジは病室に来て続きを語りだした。その次の日も・・・。聞いてい

 て楽しい話ではなかった。しかしアスカは聞いていた。話はついにシンジがこの街

 に来てからのことになった。アスカの知らない話、知っている話。アスカとの生活

 まで話し出した。そして、話はついにシンジがカヲルを殺したことにまで及んだ。

 

 「僕は、・・・僕はこの手で僕のことを好きだって言ってくれた人を殺したんだ。

  トウジを傷つけ、綾波を殺し、アスカを傷つけ、カヲル君を殺し・・・・・・・

  もういやだ!どうして僕ばっかりこんな目に遭うんだよ。みんな幸せに過ごして

  居るって言うのに、僕ばっかりつらいめに会って、僕一人苦しんで・・・僕だけ

  が、不幸に・・・なって・・・・」

 

 あまりもの自己憐憫にアスカが切れた。

 

 「あんた、いじけるのも大概にしなさい。自分一人で世界中の不幸を背負ってるつ

  もり?明るく何の悩みもなく幸せな一生を遅れる奴なんて居る訳ないでしょ。み

  んなが何か不幸を苦しみを背負って生きてるのに・・・・自分ばっかりなんてい

  じけてる何て最低!」

 

 その言葉を聞いたシンジは微笑みながら言った。

 

 「・・・・・そうだね、アスカの言うことはいつだって正しいよ。苦しいのは僕一

  人じゃない。みんな苦しいのを必死で耐えて生きてるんだね。・・・・・・・・

  だからさ、さっきの言葉をアスカ自身にも言って上げてよ。苦しいのはアスカ一

  人じゃないって。アスカはエヴァに乗れないことで全てを失ったって言うんだろ

  うけど・・・・・・・僕はエヴァに乗ることで全てを失ったんだ。アスカはまだ

  エヴァに乗ることを選択できる、失った物を取り戻そうと努力できるんだよ。だ

  けど、僕にはエヴァに乗らないことを選択できない、また何かを失うかもしれな

  いのに、それをやめることさえも許されないんだ」

 

  シンジの顔は、話しながらだんだんと沈んだ物へと変わってきていた。それに気

 づいたのか、少し言葉を切ると表情を整え直して言葉を継いだ。

 

 「・・・・・・アスカになら出来るよきっと。僕は信じてる。例え万が一出来なか

  ったとしても僕にとってのアスカの存在価値は何も変わらないし。・・・・でも、

  僕なんかがそう思ってもしょうがないかな?また明日来るよ」

 

  シンジが言った言葉は妙にアスカの胸に残った。そんな言葉で納得できるはずも

 ないのに何故か否定しきれない物を感じてしまった。その理由を考えていたアスカ

 がそれに気づいたのは1時間も後だった。

 

 「・・・・・・・・はめられた」

 

  最初からシンジはこれが狙いだったのだろうか?アスカの口から「苦しいのは一

 人じゃない」と言わせたかったのかもしれない。おまけに自分とシンジじゃ立場が

 違うと言わせぬが為に、シンジも全てを失ったことまで言い残して。

 

  シンジの言葉に納得したわけではない。だが、シンジも同じ様に苦しんでいると

 言われては、まるで自分一人でいじけているようではないか、さっきのシンジのよ

 うに。まるでシンジに負けたようではないか。

 

 「冗談じゃない、私の苦しみなんて彼奴にはわかりっこないのに」

 

  明日そのことをはっきりさせようと決めた。彼女自身は気づいていなかったが、

 自分自身を主張しようとしたのは、かなり久しぶりのことだった。これは確かに変

 化だった。

 

 

  シンジは毎日彼女達の下へ通った。そして思ったこと、感じたことを語ってみた。

 

  1ヶ月後、レイが笑った。ほんの少し口元をほころばせただけだったが、生まれ

 変わったレイが見せた初めての表情だった。

 

  2ヶ月後、アスカの口から「あんた、バカぁ?」と言う言葉が漏れた。以前と変

 わらぬ口調で。

 

  3ヶ月後、レイがアスカの見舞いに来た。その一週間後アスカが退院した。

 

  彼女達は普通の者と同じ感覚を取り戻したのか?否。レイは今も外との接触を拒

 むような態度を見せるし、アスカはまだ自分が生きているわけを見つけられずに苦

 しんでいる。

 

  ただ、彼女達は知ることが出来た。少なくともこの世界に一人は、心の底から自

 分の存在を必要だと思っている者が居ることを。エヴァが無かろうと、使徒が来な

 くても、自分が何の力もないただ息をしているだけの存在だとしても、自分自身が

 綾波レイであること、惣流・アスカ・ラングレーで有ることを忘れない限り、彼は

 自分を必要としてくれる。そのことを知るのに、信じることが出来るようになるの

 に随分と時間は掛かったが、決して遅すぎはしなかった。

 

  だから、彼女達は生きることを選んだ、生きようと努力することを選んだ。シン

 ジの想いに答えるために。

 

 

 

  シンジは自分のしたことですぐに彼女達が救われるなどとは思っていない。ただ、

 何かのきっかけにでもなってくれればと思い、自分の気持ちを素直にぶつけてみた

 だけだった。そのことは確かにきっかけになった。彼女達に良い変化をもたらし始

 めたのだから。だが不幸なことに、この行動は悪しき変化へのきっかけともなった

 のだ。そう、血の呪縛が目覚め始めたのだ。

 

 

 《続く》

 

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  皆さんこんにちは、前作[LOST]でここにデビューさせていただいた、

 メリーさんと申します。どうか宜敷m(__)m。

 

  本来なら前作で自己紹介すべきだったんですが、すっかり忘れてました。(^^;;;

 

  談話室の方で少し書きましたが、私は徹底的なシンジ×アスカ派です!!!

 NIFTYの方で主に活動いますが、読むのも書くのもシンジ×アスカが中心と

 いう奴です。少しはどういう者かお分かり頂けましたか?

 ちなみに「たづな派」でもあります。

 

  今回の「慟哭の刻」は24話以降の話を映画とは別の世界で考えた物です。

 映画の影響はまったく受けて居ません。なぜなら去年の内に完成していますから。

 

 アスカとレイが立ち直るシーンが淡泊だと自分でも思いますが、本筋では無いの

 でまあしょうがないでしょう(^^;)

 本編からの分岐だけあって、ラブコメ的な要素はありません。それでもかまわな

 ければ次回からも読んでやって下さい。

 

 

 



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