慟哭の刻

 

 

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                 4.

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  ・・・人形で居たかった、昔みたいに。感情のない人形だったらこんなに苦しま

 ないで済んだ。碇君・・どうして私に感情を与えたりしたの?どうしてこんなに苦

 しまなければいけないの?

 

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  私は何かの夢を見ていた。何の夢かはよく覚えていない、ただどうしようもない

 寂しさと辛さが胸を締めている。だが何故か今の微睡んだ状態から動きたいとも思

 わなかった。体を少し動かして楽な姿勢をとろうとすると、肩から何かがずり落ち

 るのを感じた。誰かがそれを掛けなおしてくれる。優しい人だな、誰だろう?・・

 ・・優しいんだったらシンジかな?

 

  ・・・・裏切った

 

 えっ?

 

  ・・・・ずっと欺いてた

 

 誰が?

 

  ・・・・家族のふりをしていた

 

 違う!

 

  ・・・・あの男の息子

 

 違う!違う、違う!シンジは・・シンジは・・・

 

 

  アスカが何かに弾かれたように急に身を起こした。掛けられていたカーディガン

 が床に落ちる。一瞬今自分の居る状況を理解できずに辺りを見回すとそこにはシン

 ジが居た。

 

 (そっか・・・昨日シンジはミサトに・・・)

 

  そのことを思い出して顔を曇らせるアスカにシンジは優しく微笑んだ。

 

 「おはよう、アスカ」

 

  アスカは、驚いた顔のままでじっとシンジを見ることしかできなかった。

 

 「どうしたの?随分うなされてたみたいだけど大丈夫?」

 

  昨日までアスカの存在さえ受け入れようとしなかったシンジ、そして昨日ミサト

 にあれだけ酷いことを言われたシンジ、そのシンジが今日は自分に微笑んでくれて

 いる。そのことを疑問に思わないわけでもなかったが、今はただ嬉しかった。シン

 ジが微笑んでくれたことが。アスカはただ涙を流し続けた、昨日とは違った涙を。

 

 (涙って・・・枯れない物なんだな。それとも昨日とは違う涙だからかな?どっち

  だって良いわ。やっと・・・やっとシンジが帰ってきてくれたんだから)

 

 

 

 

 「みんなはどうしてる?」

 

  アスカが落ち着いた頃を見計らって、シンジは今までのことを尋ねてみた。アス

 カもあまり詳しいことは知らない。ずっとここにいたのだから。ミサトのことは知

 りたくもなかった。アスカの知っているのは一人の少女の現状だけだった。

 

 「綾波が・・・・」

 

  シンジはわずかの躊躇の後、はっきりと言った。

 

 「会いに行くよ・・・・会わなけりゃいけないんだ・・・」

 

 

 

  シンジがレイの病室に入ったとき、レイは変わらず惚けていた。シンジの姿を見

 たときほんの一瞬視線を向けたがすぐに元に戻った。だが、隣に寄り添っていたア

 スカにとってはそれだけでも十分目を見張るべき変化だった。

 

 (やっぱ、シンジじゃなきゃダメなのか。この娘にとってもシンジは特別な存在な

  のね)

 

 「綾波・・・・・・綾波?」

 

 レイからの返事も無ければ反応もなかった。

 

 「綾波・・・元気だして・・・・と言っても無理かもしれないけど・・・僕だって

  昨日やっと現実を受け入れようって思えたんだから。でもね、やっぱり逃げちゃ

  ダメなんだよ。逃げたって何も変わらないんだから。

   父さんに押しつけられた運命だったって言うのならはねつけてみようよ、僕と

  一緒に頑張ってみようよ。少なくとも一人っきりじゃないんだから何とかなるか

  もしれないだろ?」

 

  シンジは言いながら、自分の言葉に疑問を感じていた。自分は本当に現実を受け

 入れたのか?逃げてないのか?立ち向かっているのか?・・・・分からなかった。

 だが、レイを助けるためなら言ってみるべきだとは感じていた。今、レイを助けら

 れるのは自分しかいないという義務感や使命感に似た感情がシンジの心を占めてい

 た。

 

  ・・・・レイの反応はなかった。シンジの必死の説得にも何の反応も見せなかっ

 た。言葉を変え、話す内容を変えた説得が続いたがレイの目は何も見ていなかった。

 やがて言葉の尽きたシンジは黙ってレイを見ている位しかできなくなった。それは

 ずっと隣で控えていたアスカも同じである。

 

 「碇さん、今日はもうそれぐらいにしておいて下さい」

 

  長い沈黙の後、入ってきた看護婦はそう告げた。レイの体力は落ちてきているし、

 シンジとて今朝やっと病状が安定したところである。無理は出来ない。

 

 「・・・綾波、また明日」

 

  仕方なくシンジ達が席を立ち、病室から出ようとした瞬間レイの口が動いた。

 

 「碇君・・・・お母さんに会いたい?」

 

  それは何の感情も込められずに放たれた一言、そして最も残酷な一言。彼に答え

 られるはずのない一言。

 

 

 

 

  廊下に出て、扉を閉めた瞬間シンジはその場に崩れ落ちた。

 

 「シンジ・・」

 「・・・自惚れてたのかな・・・・僕だったら綾波の心が分かる、僕にだったら綾

  波も心を開いてくれる・・・そう、自惚れてたのかな?・・・・そうじゃなかっ    たのに・・綾波の心何て何も分かってなかったのに・・・僕に心を開いてくれる

  はずもなかったのに・・・・」

 

  心配そうに肩に手を添えるアスカに向かってか、それとも独り言かは分からぬが

 シンジは悲しげなつぶやきを漏らした。レイの一言でシンジも気づいてしまったの

 だ。自分の存在が無条件にレイに受け入れられる時は終わってしまったことを。

 

 

 

  嘘は付けない、ついたとしてもそれに満足してもらえるはずがない。母に会いた

 いという想いは間違いなくシンジの中に存在するのだから。そして母に会うと言う

 ことは綾波レイという存在が消滅してしまうことを意味するのだから。

  自分の存在そのものがシンジの願いを裏切ってしまう、それを意識してしまった

 レイにとって、シンジは無条件に自分を受け入れてくれる存在ではなくなったしま

 っていた。もうシンジはレイの救いになってやれなかった、少なくとも今は。

 

 

 

 「まったく、近頃どうなってるんだよ。赤木博士に続いて、今度は葛城三佐が反乱

  だとはね」

 「俺達の知らない何かが有るんじゃないのか?」

 「青葉さんは何か知らないんですか?」

 「俺もびっくりしてるぐらいだからなあ」

 

  他のオペレータと話していたシゲルは少し離れたところで内にこもっているマコ

 トとマヤの方を見た。2人の反乱理由は知らされていない。当然様々な憶測が流れ

 るが、その全てが2人を慕っていたマコトとマヤにとっては辛い物だった。しかし、

 真実を知らないことが彼等にとっての唯一の救いなのかもしれない。司令部全体に

 上層部に対する不満と猜疑心が渦巻き始めていた。

 

 

  シンジはその日の朝もレイの部屋に向かった。あれから毎日である。レイはあの

 日の一言の後一度も反応を見せない。それでもシンジはレイに会いに行くのをやめ

 ない。それはシンジがしなくてはならないことだったから。

  シンジ達が病室の前に来たときそこには数人の黒服を着た男達が居た。シンジは、

 胡散臭そうな目を向けたが彼等に反応はない。その時ドアが開きベットごとレイが

 運び出されてきた。

 

 「ちょっと!なにしてるんですか!」

 「碇・・シンジ君、それに惣流・アスカ・ラングレーさんだね。我々はネルフ監査

  部の者だ、これからエヴァンゲリオンの機動試験を行うのでチルドレンを連れて

  くるよう命令を受けている。君たちも来たまえ」

 「そんな・・・・いやです!これ以上父さんの言いなりにはならない!第一綾波が

  そんなこと出来ないことぐらい見たら分かるでしょう!」

 「我々の受けている命令は連れていくことだけだ。その後のことは知らない。連れ

  ていけ」

 「やめろーーー!」

 

  シンジは黒服の男達に飛びかかろうとしたが、あっさりと押さえられ羽交い締め

 にされた。必死にもがくがびくともしない、その間にレイを乗せたベットは運ばれ

 ていった。視線の端に押さえられたアスカの姿も見える。

 

 「手荒にしても良いという命令も受けている」

 

  そう言い放った男はシンジの腹に拳を見舞った。シンジの意識が遠のいていく、

 自分が無力であることを思い知らされながら。

 

 (く・・そ・・・僕に・・・もっと力があったら・・・自分で・・何かを選べるだ

  けの・・・)

 

 

 

  シンジが目を覚ましたとき目にしたのは、見慣れた、決して目にしたくない光景

 だった。肌に感じる生温い液体の感触、肺を満たす不快な固まり。

 

 (ここは・・・エヴァの中!?)

 「い・・・いやだーーーー!出せ、ここから出してくれ!お願いだから出してよ!」

 

 「サードチルドレンの意識が回復しました。シンクロ率変動中・66、53、34

  58、60、19、38・・・・安定しません!・・・あ!」

 

 モニターの中のシンジが何かを吐き、苦しみだした。

 

 「危険です!このままでは嘔吐物が気管に詰まってしまいます」

 「テストを中止、チルドレンの意識が回復し次第、司令室へ連れて来させろ」

 

 

  アスカもレイも無理矢理エントリープラグに押し込まれていた。だが当然シンク

 ロしようとする意志があるはずもない。2人ともシンクロ率は0%であった。

 

 

 

 

  シンジが目を覚ましたとき目にしたのは、もはやよく見知ってしまった天井であ

 った。ただ、側にいたのはレイでもアスカでもなかった。無表情にシンジを見てい

 る黒服の男が一人居るだけだった。

 

 「気がついたか?」

 「・・・・・・・・」

 「すぐに司令室に行きたまえ、他の2人も行かせる」

 

  シンジは静かに身を起こすと黙って男の命令に従った。もはや反抗する気力もな

 いものと決めつけ、男は冷笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 「シンジ、大丈夫?」

 

  部屋には既にアスカとレイが居る。アスカは連れてこられたシンジに駆け寄りそ

 っと腕に手を添えた。その手を握り返しながらシンジは部屋の反対側に置かれてい

 るベットを一瞥した。そこには相変わらず何の反応も見せないレイが横たわってい

 る。

 

 「そろったか・・・今日の機動試験について言っておくことがある」

 「ミサトさんはどうしたんですか?それはミサトさんの仕事でしょ?」

 

  冷ややかとも言えるほど冷静なシンジの口調に、アスカは思わずシンジの顔を見

 た。そこには何の感情も浮かんでなかった、怒りも悲しみも。ゲンドウはシンジの

 反応に少し眉を寄せたかの様に見えたが、すぐに冷静さを取り戻し語りだした。

 

 「彼女は反乱を起こした、拘置中だ」

 「反乱・・・・・」

 

  シンジにはミサトの考えたこと、したことが分かる様な気がした。多分彼女は今

 の自分と同じ様な心境だったに違いないと。

  冬月はゲンドウの反応に嫌悪を覚えた。普段シンジ達の質問に答えようともしな

 い彼がわざわざ答えた理由を思って。

 

 (シンジ君に反抗の意志がある限り周りの物を一つずつ壊して行くつもりか・・・

  何度見ても納得の行く物では無いな)

  

 「シンジ、今日のような安定しない、低いシンクロ率では役にたたん。次回からは

  シンクロ率を98.9%以上、100%以下で安定させろ」

 「僕が・・・僕が父さんの計画に賛成しているとでも思ってるの?そんな計画僕は

  嫌だ、認めない、絶対にやるもんか!」

 「ならば好きにしろ」

 「え?・・・・・」

 「新しいパイロットをお前の友人の中から選抜するだけだ。お前が嫌がり逃げ出し

  た物をそいつに肩代わりさせる。お前がそれを望むのなら好きにしろ」

 「・・・・・・・」

 「何故なの・・・何で私達なのよ!何で私達の友達を使うのよ!」

 「第壱中学の2−Aはチルドレン候補生で構成されていた、そこからパイロットを

  選ぶのは当然の事だ。

   そもそもチルドレン候補生とは、その者の生前に両親がエヴァの研究に関与し

  ていた者のことだ。お前達は皆生まれる以前からエヴァの影響をいけていた、そ

  の力がエヴァとのシンクロ率をを上げる、パイロットの選別条件となるのだ。そ

  うでなければ候補生全員がネルフ関係者の親を持つなどと言う偶然はあり得まい?

  お前達は皆生まれたときから今の役割を運命づけられているのだ」

 

  シンジの中に怒りが芽生えた、運命、運命、運命!・・・自分達の人生を、今ま

 での苦しみをそんな言葉で片づけられるのには納得がいかない。

 

 「他の人でもうまく行くんですか・・」

 「正直、ユイの救出どころか補完計画の成功さえもおぼつかんだろうな。だが、そ

  うなればゼーレが私達に変わり補完計画を行うだけだ。言っておくが奴等の計画

  は私達以上にお前の感性にそぐわぬ物だぞ」

 「ゼーレの?補完計画って一つじゃないの!?」

 「まだ話してなかったか。現在我々とゼーレは敵対している。我々の計画は以前話

  したな、ゼーレの計画も当初は同じ物だった。だが、時が経つに従い奴等は自分

  達が手に入れた力に酔い始めた。

 

  『自分達のように優れた者達が神の力を手に入れた、なのに何故他の愚かな者

   達の平穏を考えてやらねばならないのか?いや、むしろ他の者達が自分達に

   尽くすのが当然ではないか?』

 

  とな。奴等の計画とは人類全体を自分達の実験所にしようと言う物だ。奴等は既

  に狂っている、力という物はどんな麻薬よりも強い狂気性が出るようだな。奴等

  にとって大切なのは自分達の理論の実践だけであって、人類のことなど何も考え

  ていない。人類全てをモルモットに出来るのならさぞかし広大な実験が行えるだ

  ろう事は認めるがな。

   シンジ、お前が望むのはこちらの未来か?お前がエヴァに乗らないのならば、

  現実となるのはこちらだ」

 

  シンジは俯いたまま唇を噛んでいた。父の言葉を嘘とは思っていない、事ここに

 及んで自分を騙す必要があるとは思えない。だが、だからといってゲンドウを受け

 入れる理由にはならない。ゲンドウの計画に反論する言葉をシンジは必死で探して

 いた。

 

 「でも・・・でも、母さんが本当にそんな未来望むと思うの?自分が助かるために

  綾波を犠牲にして、人類を助けるために心を奪って・・・そんなこと母さんが望

  むはずがないよ!」

 

  だが、シンジの言葉の返事はゲンドウの冷笑と、冬月の哀れむような目だった。

 

 「シンジ君、君には辛いことかもしれないが、認めたくないことかもしれないが・

  ・・そもそも人類補完計画の発案者はユイ君なんだ。彼女がサルベージされるこ

  とを望んでいるかまでは知らないがね。

   だが、補完計画の実現のためにはユイ君の存在が欠かせないのだ。私や碇には

  行政処理能力や実行力、指導力などはある。だが計画力や想像力等の基本発想に

  ついては頭が固すぎるのでね・・・ユイ君の存在は不可欠なのだよ。そうでなけ

  ればいかに碇とて補完計画と平行してサルベージ計画を進められん」

 「か、母さん・が?・・う・・・そ・だ・・」

 

  今度こそ完全にシンジの反応が止まった。ほとんど記憶にさえない母への想い、

 それさえも明確な形が取られる遥か前に踏みにじられたのだ。沈黙したままのシン

 ジに対してゲンドウが決断を促した。

 

 「選べ!人類を生き延びさせるために私に従うか、己の心の安息のために人類を滅

  びの道へと誘うか・・・・私の計画を否定するならば、代わりとなる計画を考え

  て見ろ!それとも人類が滅びてもかまわんとでも言う気か?」

 

  シンジは答えなかった、正確には答えられなかった、答えたいとも思えなかった。

 

  数分が過ぎた。ゲンドウは煮えきらないシンジの態度に苛立ちを覚えたか、懐か

 ら拳銃を取り出した。シンジはそれを見ていたが何とも思わなかった。

 

 (撃たれるなら別にいいか。自ら死を選んだ訳じゃないし、逃げた訳でもないんだ

  し、しょうがないよね・・・)

 

  だが、ゲンドウが銃口を向けた先はベットに横たわるレイであった。

 

 「いやぁーーーーーーー!」

 

  その光景を目にしたレイが急に反応を示した。レイにとってゲンドウは父親、そ

 れ以上の物である。その存在が自分に向け銃を構えている。その恐怖はいかほどの

 物であろう?レイはシンジではない、この残酷としか言えない運命を享受するだけ

 の強さはなかった。

 

 「我々の補完計画が実現しないのならばレイも必要ない・・・・決めるのはお前だ、

  シンジ」

 

  シンジの目に光が戻った、怒り、嘆き、悲しみ、絶望、恐怖どのような感情があ

 るかは見えない。だが、シンジは今完全に受け入れたのだ悪夢としか言えないこの

 現実を。

 

 「・・・・一つ条件があります」

 「条件だと?お前はまだ自分の立場が・・・」

 「ミサトさんとリツコさんを解放して下さい!」

 「何?」

 「そうしてくれればエヴァに乗ります!2人を開放してくれるのなら・・何もかも

  以前の状態に戻してくれるのなら・・僕はエヴァに乗ります!」

 「・・・・・よかろう」

 

 

  シンジ達の去った司令室で笑いを浮かべるゲンドウに冬月は一言言わずにはいら

 れなかった。自分の言うことに何の意味も有りはしないと知りながら。

 

 「相変わらずお前は取引上手だな、葛城君と赤木君を取引の道具に使うとはな」

 「勘違いするな、言い出したのはシンジだ。それにあの2人を解放することは我々

  にとって持ち札を一つ渡すことになる。不当とも思えんな」

 「言わせるようしむけたのはお前だろう。それにあの2人はもう反抗できん事は私

  にでも分かる・・・・一度心を折られてしまったからな。心を折られた者ほど弱

  い者は無い、どんなにお前を憎んでいてももはや逆らう気力は残っていないだろ

  う」

 「フッ・・・」

 

  ゲンドウは冬月の見識に満足していた。同時に自分の思惑を全て読み切られてい

 ないことにも。シンジは条件を付け、エヴァに乗ることを承諾した。しかもその条

 件も安っぽい自己満足に過ぎない。この瞬間ゲンドウは確信した、シンジの心を折

 ることにも成功したと。

 

 

  レイは病室の戻され、シンジとアスカは解放された2人と会うことにした。部屋

 に気まずい沈黙が流れ、ミサトもリツコもシンジ達と目をあわせようとしなかった。

 

 「お帰りなさい」

 

  沈黙を破ったのはシンジだった、顔に弱々しい笑顔を浮かべながら。ミサトは返

 事をすることが出来なかった。ようやく口から出た言葉は妙によそよそしい物だっ

 た。

 

 「私達を解放するように頼んでくれたのはシンジ君だそうね、どうもありがとう。

  ・・・でも、どうしてなの?」

 「どうしてって・・・ミサトさんは僕の・・僕達の家族だから・・・」

 「家族・・・?私が?でも、私は、私は・・・・」

 

  急にシンジが強い調子でミサトの言葉を遮った。

 

 「家族だから!ミサトさんは家族だから!・・・・家族で居たいんです、家族で居

  て下さい、家族で居させて下さい、お願いだから・・・・僕達の・・かぞくで・

  ・・お願いです・・・・」

 

  言葉を詰まらせて俯くシンジを見つめていたミサトは、やがて壊れ物にさわる様

 な手つきでそっとシンジの肩に手を置いた。

 

 「いいの?私が居ても・・・私が家族で居ても良いの?」

 「お願いします」

 「・・・・・・うん・・・・・・ごめんなさい、シンジ君・・・・ありがとう・・」

 「ミサトさん・・・・お帰りなさい」

 「・・・・ただいま」

 

  涙を流し合う2人に少し嫉妬の混じった目を向けていたリツコは、極力興味なさ

 げに声を出した。

 

 「それで、何故私を解放させたわけ?家族でもないし、あなたに好かれているなん

  てことはあり得ないでしょうし・・・恨まれることはあってもね」

 

  シンジは涙を拭いて2人に目を向けた。

 

 「リツコさん、それにミサトさんも協力して欲しいんです、全てを知るために」

 「協力?」

 「はい、僕は・・・人類補完計画に反対だと言いながらその実態を何も知りません。

  今のままだと、父さんの言うように自己満足の為だけに我侭を言ってるんじゃな

  いかと思えるんです。何より自分自身を納得させられないんです。だから知りた

  い、補完計画のこと、ゼーレのこと、エヴァのこと、僕に知ることの出来る全て

  を知りたいんです。その後、どうすればいいのか考えます」

 

  シンジの瞳には強い決意の色が溢れていた。既に強い意志を失ってしまったリツ

 コはその瞳にたじろきながらもにべもなく言った。

 

 「無理ね。私達は既に地位を失っているわ、質量とも大した情報は手に入らない。

  第一、手に入れられる情報も操作が加えられていると考えて間違いない・・・・

  無理ね」

 「それでも良いんです。どうせ、多くの情報を与えられてもそれを理解できるとは

  思えないし。僕は自分が考える材料が欲しいだけなんです、どんなことでも、ど

  んな少しの物でも良いですから。自分に何が出来るのか、何をするのが一番良い

  のか考える材料が」

 「・・・・・・」

 「無理・・・じゃないかもよ、リツコ」

 「ミサト?」

 「まず、今まで私達が知ったことがあるわよね、それにシンジ君がもう少しダダこ

  ねてくれたら復職もあり得るわ。ダメだったとしても、日向君やマヤに頼めば少

  しぐらいの情報の横流しぐらい軽いんじゃない?」

 

  ミサトは冗談めかして言ったが、ある程度の計算も働かせている。自分達が解放

 された以上今述べたようなことはあまり問題がないと判断されたはずだ。ならば、

 自由にとまでは行かなくても、ある程度は可能なはずだ。

 

 「だけどね、シンジ君。私達が協力して上げられるとしてもそこまでよ。それから

  先シンジ君がどういう結論を出しても多分私達は役には立てないわ、我ながら情

  けないけど、もう・・・無理みたい」

 

  冬月達が言ったように、ミサト達の心は折られていた。シンジに協力してやるこ

 とは出来ても行動を起こすことは出来そうにない。

 

 「大丈夫よ、手助けが要るようだったら私が協力してやるわ」

 

  アスカの口調もどことなく重い、それに答えるシンジ笑顔も影が差している。誰

 もが気づいていたのかもしれない、シンジが心を折らない限り選択は辛く、実行は

 不可能に近い道しか残っていないことを。そしてその道は人類の運命を背負わなけ

 れば歩めないことを。選ぶのも実行するのも14歳の子供には重すぎる。

 

 だが・・・・

 

 (父さん、僕は確かに無力な存在かもしれない、父さんのすることに反発さえ出来

  ないちっぽけな存在だよ。でも・・・まだだよ、まだ僕の心は折れていない。僕

  のすべき何かを見つけだすまでは折れはしない!)

 

 

 《続く》

 



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