慟哭の刻

 

 

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

                 9.

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 「最後の戦いだと?何と戦うつもりだシンジ」

 「父さんと・・・・・いや、父さんの人類補完計画と」

 

 司令部の者全員が沈黙し、この成り行きを見守っていた。

 

 「世迷い言を。人類補完計画を潰すとでも言う気か?それはお前の手で人類を滅ぼ

  すと言うことだぞ。それにお前も既に協力を約束したはずだ」

 「僕が約束したのはエヴァに乗ることだけだよ・・・・でも、もうこんな理屈どう

  でも良いよね。確かに人類が滅びる可能性はあると思うよ。でもそれが絶対だな

  んて誰にもいえないじゃないか」

 「クロノスは絶対だ」

 「それじゃ、クロノスは、ゼーレがセカンドインパクトを起こしたり、補完計画が

  行われる可能性も予測して人類は滅びるって言ったの?それを起こしても人類は

  滅びるって言ったの?予測していたのなら父さん達のしたことはまるで無意味な

  人殺しだ!予測していなかったのならクロノスの予測は完全じゃないって事だろ」

 「詭弁を」

 「詭弁なんかじゃない!クロノスがどれだけ優秀か知らないけど、コンピュータで

  人の考えや行動を予測できるはずがない。人類が滅びるなんて誰が決めたんだよ!

  例えそうだとしても20億の人を殺す権利が誰にある?より多くの人の命を救う

  ためだって言うの?それこそ詭弁だ!大の虫を生かすために小の虫を殺すなんて

  事は確かにあるかもしれない。でもそれは決して小の虫を殺して良い理由にはな

  らないんだ。理由にしちゃいけないんだ。それは大きな物を救ったんじゃなくて

  小さな物を見捨てたんだと分からなくちゃいけないんだ。人の運命を数字だけで

  決定できるの?多くの人を救うために少数の人が犠牲になるのをしかたないで済

  ませないでよ!」

 「愚かな・・・・シンジお前には失望した。お前は初号機の力を手に入れていい気

  になっている様だが私が手にしている力はネルフそのものだ。初号機は所詮ネル

  フの一部、お前の力など私の前では無意味だ。その事にさえ気づかぬくせににつ

  まらぬ感傷でだだをこねるな」

 「ネルフがゼーレの一部であるように?MAGIがクロノスの一部であるように?

  本当に無意味だと思う?」

 

  わずかにゲンドウの眉が動いた。常にゲンドウの側にいた冬月にはそれが怒りの

 反応だと分かった。今までまるで問題にしていなかった相手に痛いところを突かれ

 たのだ、独自の理論で相手を押さえてきたゲンドウにとっては屈辱的だろう。

 

 「・・言いたいことはそれだけか?ならば茶番は終わりだ。初号機外部電源をカッ

  ト、LCL圧縮濃度最大、急げ!」

 「父さん・・・話はまだ・・・・」

 

  一瞬の躊躇いの後、命令は実行された。以前のように初号機で基地を襲うと言い

 出すことをオペレータが恐れたためだ。

 

 「ダメです、全ての信号を受け付けません。」

 「何?どういうことだ?」

 「碇、相手は100%のエヴァだ。外からの干渉を受けなくても当然だ」

 「・・・・・・ならば、保安部!すぐに数人司令部に来させろ。ここにいる者達を

  拘束する。シンジ、これが何を意味するか位は分かるな」

 「い、碇司令!」

 

  現実を何も知らないオペレータ達は事態の展開についていけず混乱した。何故自

 分達が拘束されねばならないのか?

  その他の者達は悔しさで歯がみした。ここまで来ても自分達はまた碇司令の道具

 として扱われてしまう。シンジの邪魔をしてしまう。だが、自分達とゲンドウの間

 はガラスで遮られている。当然防弾であるだろうし、反抗する手段さえない。

 

 (このガラスはこのために・・・・また碇司令の掌の上で踊らされるの?)

 

  以前と違いそれを仕方ないと思う者は誰一人居なかった。

 

  勝ち誇った顔でシンジの反応を待つゲンドウ、だが反応はなかった。そのことに

 苛立ちを高めるゲンドウとは対称的に冬月は何かを考えているようだった。保安部

 からの人員も到着しない。

 

 「何をしている?早くこい」

 「ふむ・・・ひょっとして逆アクセスかね?シンジ君」

 「はい・・・」

 「何?どう言うことだ冬月!」

 「シンジ君が命令を出したのだろうさ、碇。おそらくこの部屋からの通信がカット

  されているのだろう」

 「馬鹿な!初号機にそんな能力はない!」

 「今の初号機は使徒と同じだろう。ならばコンピュータにアクセスできたとしても

  不思議はない。どうした碇?お前がこの程度のことに気づかんとは」

 

  正直気づくはずもなかった。ゲンドウはシンジの変化にも力にも何の関心も持っ

 ていない。最も弱き御しやすき者としての認識しかないのだから。そしてシンジの

 手にした力に気づいた今でもそれは変わらない。少なくとも精神的にはシンジの上

 にいると確信しているゲンドウは落ち着き払って問いかけた。

 

 「それで、どうする気だ?私を殺すとでも言うのか?」

 「僕は・・・人を殺したくはありません。例え父さん達が間違っていたとしても。

  それをやったら、正しい物のためなら何でもするという父さん達と同じだから。

  出来ればもう一度考えて欲しいんだ。補完計画をすることが正しいことなのか?

  それが使徒の様な哀しい存在を生み出すことになるとしても」

 「どういうことだ?」

 「僕がエヴァにシンクロした時に見た記憶・・・正確には元になったアダムの記憶

  だけど・・・そこにあったのは、「人」の記憶だったんだ。未来だか過去だか分

  からない、それどころか僕達と同じ世界かさえも・・・僕達の想像もできないほ

  ど遠い世界のことかもしれない、ひょっとしたら補完計画が成功したときの僕達

  自身かもしれない。それでも間違いなく「人」だったんだ。

 

 

  ・・・始まりはいつだったのか分からない。それまでも同じ事が何度も繰り返さ

  れてきたみたいなんだ。どの世界でも、どの人達も滅びる可能性に怯えていた。

  そして巨大な力を見つけたときそれを使って世界を制御された物にしようとした。

  新しい器に古いエネルギーを移し変え、自分達の理想を作ろうとした。確かにほ

  んの最初の内は理想の社会が出来たように感じたかもしれない。

 

   けどね・・・・うまく行くはずなんてなかったんだ。心を失った時点で、もう

  それは人と呼べる存在ではなくなったんだから。只指示通りに動くロボットに過

  ぎないんだから。人の成長も変化も可能性も全て奪ったんだから後は朽ちて行く

  しかなかった。それがどれくらい保ったかは分からないけどそんな不自然な世界

  が何百年続こうと大した意味はないんじゃないかな?器に取り込まれた人々も永

  い夢を見ていただけだし、自分で考えることさえ出来なかったんだし・・・・・

  只与えられた情景を見ているだけで、そのことにさえ気づかなかったんだし。

 

   唯一起きた変化と言えば、絡み合った魂が同じ指向性を持った時、その器は一

  つの存在となったということ。自我を持ったこと。同時に人としての属性も消え

  去っていったという事。より多くの意志を共有した物は他の器よりも強力な力と

  自我を持つまでになり、個体差も産まれたこと。

 

   その世界の終わり方までは分からない。世界を制御していた人々が狂ったのか、

  死んだのか、取り込まれたのか・・・もしくはその者達の想像をも超えるほどに

  器が成長したのか。とにかくその世界には自我を持った器、何の目的も持たない

  生命しか残らなかった。

 

   それが起きたのが器達の意志かどうかも分からないけど。とにかく器の一つが

  世界を越えた。そして他の器もその後を追って同じ世界にやってきた。そしてそ

  の器達は新しき世界で新しい呼び名を受けたんだよ。「使徒」と言う名を」

 

 

  それは哀しい物語。人の愚かさを思い知らされる哀しい物語だった。

 

  アスカはシンジの言葉を聞いてようやく思い当たった。あの夜のシンジの言葉の

 意味に。

 

  《アスカ・・・・・人間って、結局愚かな存在なのかあ》

 

  そう考えても不思議はないだろう。前の世界の犯した過ちをまるっきり同じ形で

 繰り返そうとしているのだから。歴史は繰り返す・・・・そんな安っぽい言葉で納

 得できないほどに、哀しいまでに・・・・。ふと、アスカはこの世界に来た使徒達

 は自分達とまるで同じ過ちを繰り返そうとしている人々を見てどう思ったのだろう

 と考えた。

 

  レイも考えたリリスを前にしたときの渚カヲルの言葉と態度を。あの時彼は全て

 を知ったのだろう。だからこそ死を選んだのではないか?自分達が、人間のするこ

 とは如何に愚かかを知って。自分達の存在に、全てに絶望して死を望んだのではな

 かろうか?

 

 

 「それがどうした?使徒が補完計画に失敗した者達だと言うのなら、それは計画が

  不完全か、正しく実行されなかったためだ。我々は違う、ユイの立てた計画は完

  璧だ。そして私はその計画を正しく実行することが出来る。シンジ、分かってい

  るのだろうな。お前の言っていることは単なる独りよがりだ。その為に人類を滅

  ぼすか?ユイの意志を踏みにじるか?」

 「違うよ父さん。母さんは・・・少なくても今の母さんは補完計画を望んでいない。

  僕の考えに賛成してくれて、協力してくれてるんだ」

 「ふっ、見え透いたことを。ユイの事を一番良く知っているのはこの私だ」

 「父さんの知っているのは昔の母さんだよ、エヴァに取り込まれる前の。エヴァに

  取り込まれて体を失い心だけの存在になる・・・・・補完計画に似ていると思わ

  ない?母さんは自分が補完される立場に立って気づいたんだ。こんな物は人の幸

  せじゃないってね。母さんは望んで何かいない、こんな計画望んでいないよ。母

  さんは自分が間違ってると思ったからこそ、父さんにも考えてもらおうって言っ

  て・・・・・・」

 「ユイは只一人私の理想を正しく理解してくれた者だ。私達の考えはお前などには

  理解できん」

 「分かってくれないんだねやっぱり・・・・・・けど、考えてみたら皮肉なもんだ

  よね。父さんとこんなに話したの初めてじゃないかな?完全に反対する立場にな

  らなくちゃ話もできなかったなんて・・・」

 

  その悲しげな声は父に向けられた物か、自分に向けられた物か。ついに分かり合

 うことが出来なかった自分達親子3人に向けられた物か・・・

  

  シンジの声が流れた。悲しみを振り払うかのような決意に充ちた声が。

 

 「エヴァ・・・アダムより産まれし初号機の兄弟達・・・・僕に君たちに命令する

  事が出来るのなら、最初で最後の頼みを聞いてよ。エヴァンゲリオン全機、AT

  フィールド全開で外部放出、同調!」

 

  震動・・・正確ではないがそう表現するのが一番近いかもしれない。世界中の人

 々が自分の体の内からわいてくる不快な震動を感じた。

 

 「何?これ!」

 「・・・・・・・」

 「気分・・・悪い・・・」

 「く・・・・」

 「クエ!?」

 

  ペンペン一人が平気な顔をして不快そうにしている人々を不思議そうな顔で眺め

 回していた。その目が開いたままになっていたエヴァ格納庫の画面を映すと急に驚

 いて暴れ出した。不審に思った人々がそれを見ると一様に驚きの声を上げた。今ま

 さに零号機の首が落ちようとする瞬間だったのだ。

 

  続いて弐号機の腕が抜け落ち、二体の足がほぼ同時に砕けるとエヴァは地に這っ

 た。拘束具だけがバラバラに散らかっており、その隙間からはどろりとした物が流

 れ出していた。

 

  彼等は知るべくもないが、同様のことは世界各地で起きていた。日本に向かうた

 めに空輸準備中のエヴァシリーズ、倒した使徒から採取した細胞、奇跡的に回収を

 免れた第三新東京市の片隅にあるほんの一片の肉片に至るまで全てが溶けだしたの

 だ。

 

 「リリスは!」

 

  リリスも同様だった。エヴァと同じく腐り落ちるようにその身を溶かしていた。

 第二使徒リリス・・・・一度も心を持たずに滅んだ者。ある意味使徒やエヴァより

 も不幸な存在だったのかもしれない。

 

  エヴァもリリスも溶け去ったとき不快な震動も止んだ。

 

 

 

 

 

 「・・・・共鳴?共振?」

 

  リツコが漏らしたつぶやきで全員がほぼ正確に事態を把握した。ここにいる者は

 事態を理解できるほどの知識を有している。

 

 「そうか・・・・シンジ君は全てのエヴァのATフィールドを外向けに展開させた」

 「結果、エヴァもリリスも自分を守るための力は失われた」

 「同じ波長で発せられたATフィールドは共鳴作用でその力を強める」

 「その力に耐えきれなくなったエヴァは崩壊したんですね」

 「そう・・・おそらく細胞レベルでね。これで二度とエヴァシリーズを作りなおす

  ことは出来ないわ。さっきの不快感はおそらく使徒と極めて近い構造を持つ人間

  だからわずかに影響を受けたんでしょうね」

 「シンジ!何でもっと早くやらないのよ!」

 「うん・・・・でも自分の意志を持った使徒にはこの方法は通じないから。だから

  これをやる前にアダムを倒さなくちゃ成らなかったんだ。でも、これで初号機以

  外のエヴァも使徒も全て無くなったよ・・・・」

 

 「貴様・・・・・」

 

  呪詛のようなゲンドウの声も誰も気にしなかった。ミサト達にとってはかえって

 心地よい響きである。

 

 「後・・・・・一つ・・・か。今になってやっと分かった気がするよ、使徒達が、

  アダムやカヲル君が本当に望んでいた物が。あの時カヲル君は生きることを望ん

  でいるようには見えなかった。けど、別に死を望んでいたわけでもなかった。彼

  等が望んでいたのはたぶん否定されること。自分達がしてきたことを、自分達の

  存在そのものが間違いであったと誰かに言って欲しかったんだと思う。そして同

  じ過ちを繰り返して欲しくなかったんじゃないかな」

 「シンジ、貴様は何のためにその様なことをする?私は人類を救うために補完計画

  を行ってきた、貴様は人類を滅ぼすであろう行動を何のためにするのだ!」

 

  シンジの答えによどみはなかった。

 

 「僕に勇気を与えてくれた人達のために・・・・そしてその人達が作って行くだろ

  う未来のために・・・・僕は、戦う」

 「お前は英雄にでもなるつもりか!この世界を救った救世主を気取るつもりか!」

 

  冬月はこの言葉に場違いなおかしさを感じて笑いを抑えた。だがシンジにとって

 この言葉は冗談にはなり得ない。

 

 「違う!僕は英雄や救世主になんか・・・・何か特別な物になりたかったことなん

  か一度もないよ!僕が・・・ずっと望んでいたのは普通の生活・・・普通の両親

  と暮らし、学校で友達と過ごし・・・・普通でいたかったんだよ。普通でいさせ

  て欲しかったよ!」

 

  その言葉がシンジの心からの叫びだと彼を知っている者には分かった。

 

 「母さん、もう終わりにしようよ。こんな悲しいことは全部終わりにしよう。もし

  補完計画がうまく行ったとして、そんな未来に何の希望があるの?それは種とし

  ての人が残るだけで人間が残る訳じゃないよ。偽りの安息に何の意味が有るって

  言うの?どんな苦しみがあったとしても、その中にあるたった一つの楽しみのた

  めに人は生きられるものだろ?僕はこう思うんだ、永遠に絶望もない、希望もな

  い世界よりも、絶望の末にたった一つ希望のある世界の方が光輝いているって。

  しちゃいけないよ、こんな計画。奪っちゃいけないよ、人の未来や希望を。

 

   僕は信じてる人は愚かな人ばかりじゃない。アスカ、綾波、ミサトさん、トウ

  ジ、ケンスケ、委員長・・・その他に出会ったいろんな人達。あの人達が作る未

  来が絶望しかないなんて事あり得ない。

 

   それでも・・もし・・もし万が一人が父さんや母さんの言うような愚かな存在

  だとしたら・・放って置いたら自らの愚かさによって滅びるような存在だったら

  ・・・・それはそれでしょうがないじゃないか。少なくとも人が人でなくなって

  まで生き延びようとするなんかよりよっぽど自然なことだと思うよ」

 

  このシンジの言葉はゲンドウを完全にを凍り付かせた。

 

 『人が人として滅びることがしょうがない!?』

 

  それはゲンドウが初めて聞く言葉だった。今まで冬月を初め様々な人が彼等の計

 画に反対を唱えてきた。その度に彼はこう言ったのだ。

 

 「ならば、人類が滅ぶ方をお前は選ぶのか?」

 

  こう言われた者は残らず言葉に詰まっていた。人類が滅びても仕方ないと言いき

 った者はシンジが初めてだった。この時初めてゲンドウに動揺が走った。自分は敗

 北するかもしれないと言う不安が心をよぎった。

 

 「シンジ!貴様自分が何を言っているのか分かっているんだろうな!貴様は人類の

  破滅を望むのか!」

 

  だがシンジはゲンドウの言葉を聞いていなかった。彼は最後にやることが残って

 いた。ただ一つ。

 

 「でもね、僕は信じてる。人はそんなに愚かじゃないって、愚かだとしても変わる

  ことが出来るって。僕でさえ少しは変われただろ?だったら誰にだって変わる事

  は出来ると思うよ。僕は・・・人を救ったり出来ない。だけど、只信じる。だか

  ら・・もう終わりにしよう。一人が寂しいのなら、僕が一緒にいるから」

 

  シンジの言葉の意味を理解するのにわずかな時間が必要だった。それに気づいた

 者が声を上げようとした瞬間シンジの最後の声が響いた。

 

 「ATフィールド全開・・・・反転!」

 

  音声が、画像が、全ての情報が一瞬にして歪んだ。初号機はすさまじい光に包ま

 れ位相空間の歪みからその姿さえもぼやけて見えた。先程アダムを葬った力を今度

 は初号機が自分に向けて収束させているのは明らかだった。

  アスカがレイがミサトが叫ぶ、必死の思いを込めて。だがその声はシンジの元へ

 届くことなく宙へ消えた。

 

  ここより先何が起きたかは後に多くの人の証言があるが、そのどれもが食い違っ

 ていた。ある者はそれは光だったと言った。ある者はそれは闇だったと言った。眩

 いばかりの閃光、7色の光、世界を白一色で塗りつぶしたかの様な情景。虚空、混

 沌、星一つ無い深夜、世界を黒一色で塗りつぶした様な情景。あるいはそれらが混

 じりあった世界。

  また、それが続いたのは一生懸かるのかと思えるほど永い時間だったとの意見も

 あれば、ほんの瞬きするほどの間だったと言う意見もあった。

  只一つ言えるのは、人達がそれぞれの時間の間、それぞれの情景を見た後訪れた

 のは同じ光景だと言うことだ。

 

  初号機はその場から完全に消えていた。爆発や移動などと言うレベルではない。

 初号機がその場にいないと言う以外は完全に先程と同じだった。まるで初号機など

 最初から何処にも居なかったように。

 

 「シ・・・・ン・ジ・・・・」

 「碇君・・・・」

 「シンジ君・・・・・・」

 「シンジ・・・・君・・・」

 

  呆然とした人々のつぶやきがあちこちから漏れる。まだ完全に事態を受けとめて

 いないのか、誰も目立った反応は起こさない。その中で只一人違うつぶやきを漏ら

 す者が居た。

 

 「ユイ・・・・」

 

 ・・・・・彼はついに生涯只の一度も血を分けた実の息子を愛することはなかった。

 

 

 《続く》

 



メリーさんの部屋に戻る

inserted by FC2 system