これはほんの少し昔の話。悲劇をまだ知らない頃の話。皆で笑いあえた日の話。

 

 

【過去よりの使者 1】

 

 

 よく晴れ渡った空の下、シンジ達はとりとめのない話をしながら登校していた。

 

 「なあ知ってるか?今日B組に転校生が来るんだって」

 「転校生?めずらしいなあ。シンジ、新しいパイロットでも見つかったんか?」

 「そんな話は聞いてないけど?」

 「それがさ、俺の仕入れた情報に寄るとすっげーかわいいこらしいんだ。」

 (こいつどこでそんな情報仕入れるんだ?)

 「ほんまかいな、後で見に行こうで!」

 「・・・・・・・・・・やめといたほうがいいと思うよ・・・・」

 

  すさまじい殺気をトウジも感じたのか、あわてて口をつぐむ。

  

 (平和だ・・・・・)

  シンジはそう思わずにはいられなかった。このところ、使徒の襲撃もない。ア

 スカともレイともそこそこ仲良くやってるし、問題になりそうな事はなにもなか

 った。しかし彼は忘れていた。嵐はいつも突然、前触れもなしにやってくること

 を。

 

  そして嵐はHRが終わった直後にやってきた。担任が出ていったと思った次の

 瞬間、一人の女の子が入ってきて叫んだのだ。

 

 「シンジ君!いるーーーーーー?」

 

  セミロングの髪をした、いかにも元気いっぱいと言った感じの娘だ。そしてかな

 りかわいい。

 

「みっ澪?なんでここに?」

 

  唖然として叫ぶシンジを見つけた彼女はすかさずそばに駆け寄り、いきなり抱

きついた。

 

「ひっさしぶりーーーーーーー。元気だった?」

 「やっやめろよ。みんな見てるよ。」

 「今更恥ずかしがることないじゃない?私達の・な・か・で」

 「どんな仲だよ〜〜〜〜」

 

  二人のやりとりはクラス中の注目を集めていた。

 

 「シンジ・・・知り合いか?」

 

  おそるおそるといった感じでようやくケンスケが問いかけてきた。シンジが答

 えるより早く、彼女はシンジの体を離し自分に注目している面々に答えた。

 

 「あなた達シンジ君の友達?あたし佐伯澪、今日B組に転校してきたの。

  よろしくね!(ハアト)」

 

  魅力たっぷりの笑顔にウインクのサービスを付けて答える彼女に男子生徒が殺

 到した。

 

 「ワシ鈴原トウジって言うねん。トウジってよんでんか・・・」

 「俺、相田ケンスケ。シンジとは親友で・・・・」

 「俺、佐々木・・・・」

 「俺は・・・・」

 

  シンジとは普段ろくに話したことのない連中まで”親友”を名乗りだした。み

 んな本能的にシンジと友達といった方が良さそうだということを感じたらしい。

 そのとき始業ベルが鳴りだした。

 

 「いっけなーーい、1時間目に送れちゃう。じゃシンジ君、あとでね!」

 

  それだけいうとあっという間に彼女は去っていった。当然残された男子の矛先

 はシンジに向かう。

 

 「シンジ!あんなかわいい娘とどこで知りおうたんや!?」

 「ああ!聞いたこと無いぞ!」

 

 バン!!

 

 「あんたたち、いい加減にしなさい!!もうベルはなってんのよ!早く席につ

  きなさい!」

 

  ここでヒカリの怒りが爆発し、恐れを抱いた男子は全員席に引き上げた。

 

 (まったくトウジの奴・・・委員長怒らすような事するなよ。あいつ結構鈍い

  んだから・・・)

 

  どうやら人のこととなるとよく見えるらしい。トウジに輪をかけて鈍いシン

ジは自分を見つめていた2組の視線に気づきもしなかった。

 

  授業が始まり最初の五分でシンジのパソコンの画面はメールで埋め尽くされ

た。内容は「あのいけすかない、男に愛想振りまいてる、どあつかましくてか

わいげのない女何者なの?とっとと答えなさいこのバカ!」等という乱暴な物

から「あの娘誰」という簡潔な物まで様々だったが、ようは皆彼女が誰なのか

知りたいようだ。シンジはクラス全員からメールが届いたのを確認してから返

事を出した。

 

 「彼女、佐伯澪とはここに来る前の中学で一緒だったんだ。小学校も一緒で家

も近くだった。いわゆる幼なじみって奴だよ。」

 

  クラスの半数ほどは納得したようだが残りは「紹介してくれ」だの「幼なじ

みってだけで抱き合うの?」などしつこく聞いてくる。面倒くさくなったシン

ジは無視することにした。

 

 (どうせここで何言ったって、澪が来たらぶち壊されるんだから・・・・・・

  澪のことだ1時間目が終わったらすぐ来るだろうな。こりゃしばらくは平穏

  な生活はのぞめないな。)

 

  1時間目が終わるとシンジの予想通り澪はやってきた。

 

 「さっきはいきなりでろくに挨拶もしてなかったわね。改めて、お久しぶり、

  シンジ君!」

 「(いきなり抱きついといてよく言うよ)・・・なんで澪がこの学校に転校し

  て来るんだよ?」

 「父さんの仕事よ!シンジ君も第三新東京市に行くってたから会えるかなとは

  思っていたけど隣のクラスとはねーーー。やっぱり私達は赤い糸で結ばれて

  るんだわ!」

 「シ・ン・ジーーお前ただの幼なじみやってゆうとったんちゃうのかーーー」

 「ほ〜〜〜〜そういう関係か〜〜〜〜」

 「ごっ誤解だよ。澪!変な言い方するな!」

 

  周りを取り囲む男子の目に殺気が宿ってきたとき、あっけらかんと澪が言っ

た。

 

 「そおっ、私が一方的にシンジ君に言い寄っていたの!残念ながらまだ落とし

  てないけどね!」

 「なっっにいーーーーーーーーーー」

 

  教室中に叫び声が響きわたった。あまりにも意外な展開だったようだ。

 

 「碇のどこが良いんだよーーー」

 「どうゆう事やねんシンジ!はっきりしてもらおか!」

 

  混乱する者、詰め寄る者様々だが、澪と(意外にも)シンジは割合と平然と

していた。

 

  (マッドエンジェル健在か・・・・・・)

 

  苦笑しながらそう考える余裕があるところを見ると、シンジはこういう状況

 には慣れているようだ。

 

 「けど澪、B組の人たちとまだろくに話してないんじゃないの?先にそっちで

  友達作った方がいいんじゃない?」

 「心配してくれるの?やっぱシンジ君って優しいのね。そうね、とりあえず忠

  告に従っておくか。昼休みにまたくるから、そのとき校内案内してね」

 

  去っていく澪、詰め寄る男子、さっきと同じ光景が繰り返される。胸ぐらを

捕まれながらも案外と冷静にシンジが言う。

 

 「あのさ、恋愛沙汰に関しては澪に関わらない方がいいと思うよ」

 「なんでやねん?」

 「澪の昔のあだ名”マッドエンジェル”っていうんだ。澪にかかったら1の話

  が10ぐらいにされるわ、噂だけのカップルを無理矢理くっつけるわ、勝手

  に人の気持ちを決めつけるわ、とにかくそういう話に関しては見境がないん

  だ。別れさせるなんて事だけはしなかったからまだいいけど・・・・。

  さっきのだってみんなの反応を見て楽しんでたんだから」

 

 (あ・・・・信じてないや)

  周りの目は明らかにシンジの話を疑っていた。

 

 「ほーーーーーーーということは彼女には見境無しに人に抱きつく癖でもある

  のか?」

 「からかわれてんだよ!澪とは幼なじみだけどそういう仲じゃなかったって言

  ってるだろ!」

 

  こうしてシンジは昼休みまでの間に昔のこと、澪との関係を残らず話させら

 れた。

  幼い頃に施設に預けられたこと。施設内でも学校でも友人が出来ず先生を除

 いて唯一の話し相手が澪だったこと。澪は恋愛沙汰が滅法好きで小学校の頃か

 ら首を突っ込みまくっていたこと。そしてここにくるまでの間ずっと一緒だっ

 たこと。

 

 「澪のこと・・・友達としては好きだよ。けど、人の気持ち考えないで土足で

  歩き回るようなときの澪は嫌いだった。そんなときは澪を避けたりもした。

  でも結局はいつも一緒だったな」

 

  昼休みに食事をしながらそう締めくくるシンジに詰め寄ろうとする者はもう

 いなかった。ここに来たばかりの頃のシンジの姿を思い出していた。人との接

 点を持とうとしなかったシンジ、心を閉ざし一人で居ようとしていたシンジ、

 そんな彼がわずかなりとも心を開いていたのが彼女だったのだ。そう理解した

 とき皆シンジと澪の関係を邪推した自分を恥じた。

  その時ようやくシンジは自分を見つめる視線に気づいた。悲しみを含んだ視

 線といらだちを含んだ視線。シンジと目が合うとすぐに逸らされたが、シンジ

 には何故そんな視線を向けられたのか理解できなかった。そう、彼は気づかな

 かった。澪と話しているときの彼の顔が彼女達の知っている「碇シンジ」の顔

 ではなかったことに。彼女達の知らない「碇シンジ」を知っている女性が出て

 来たことにどれだけ彼女達が戸惑っているかという事に。

 

 「シンジくーーーん。」

 

  元気な声が響いた。

 

 「食事終わった?じゃ校内案内してよ。」

 「ちょっと、そう引っ張るなよ・・・」

 

  親しげにシンジの腕を抱え込みながら出ていく二人を見て、教室に再び嵐が

 吹いた。

 

 「シンジのやろうーーーー、一人でいい目みやがってーーー!」

 「なにが”ただの幼なじみ”だよ!親しげにして!」

 

  クラス中の男子と一部の女子が憤っていた。もちろんさっき反省していたこ

 となどきれいに忘れていた。嫉妬という感情は感傷などよりもはるかに強い物

 らしい。そしてシンジ達が出ていったドアには総ての物を焼き尽くすような熱

 い視線と、あらゆる物を凍りつかせるような冷たい視線が向けられていた。シ

 ンジが戻ったときどうなるかは推して知るべしだろう。

 

 「マッドエンジェル」の嵐はまだまだ吹き荒れそうである。

 

 (続く)

 

 

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 皆さんこんにちは、メリーさんでございます。

 

 今回新しく載せてもらったこの「過去よりの使者」、これも新作と言うわけでは

 ありません。エヴァ放映当時に書いたSSでして、私の初の長編でした。

 

 今も文章力があるわけではないですが、このころは輪を掛けてなかったので出す

 まいかと悩んだんですが、HDに埋もれさせるよりはましかとお願いしました。

 

 初心者の文ではありますが、同時にエヴァのことが一番好きだった頃の物でも

 ありますので、おつきあい願います。

 

 



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