これはほんの少し昔の話。悲劇をまだ知らない頃の話。皆で笑いあえた日の話。

 

 

「過去よりの使者 2」

 

 

  教室に6時間目の終わりを告げるチャイムが響いた。

  (や・・・やっとおわってくれたか・・・僕が何か悪いことでもしたか〜〜)

  シンジは疲れ切っていた。昼休みが終わり教室に帰ってきてから今まで、教室中

 から発している悪意の波動を受け続けていたのだ。確かに悪いことはしていないが、

 校内を案内してる間中澪と腕を組んでいては一人者の恨みを買うのは当然だ。もっ

 ともシンジに言わせれば澪が離そうとしなかっただけなのだが・・・。

  彼の天性の鈍さは少々の嫉妬程度は受け流してしまうのだが、流石にクラス中の

 悪意には耐えかねるようだ。

 

 「何ぼさぼさしてるのよ、とっとと帰り支度ぐらい済ませたらどうなの?」

 

 (あ・・・・今日は訓練があるんだっけ。B組は確か・・・・国語か。どうせ

  延長してんだろうな、一言声かけていきたいんだけど)

 

  国語の西村先生はほとんど毎回授業を延長する為、生徒からマークされていた。

 今日のように6時間目だったとしてもお構いなしなのだから・・・・。

 

 「早く!」

 「・・・ちょっとまってよ」

 (何せかしてんだよ、・・・・今日から新しい訓練だって言ってたから、そのせい

  かな?しょうがない、澪には明日謝るか。)

 

  しかし世の中はそんなに甘くなかった。ようやく支度を済ませたシンジ達が教室

 を出たとき、B組の授業が終わったのだ。

 

 「シンジ君!私を放ったらかして帰るつもり?しかも、女の子と連れだって!」

 「あっいや・・・これからNERVにいかなきゃならないんで・・・」

 (澪にどの程度話してても良いのかな?)

 「あっそうか、エヴァンゲリオンの操縦訓練ね。じゃそっちの二人が他のパイロッ

  ト?よろしくね。」

 「澪、知ってるの?」

 「あのね、考えたら解るでしょ。この時期にこの街に来るってことはNERVに関

  係してるってことでじゃないの。当然ある程度のことは聞いてるわよ」

 「でも、澪のお父さんってお医者さんじゃなかったけ?」

 「何するのかまでは知らないわ。それより早く行かないでいいの?あの娘すっごい

  顔で睨んでるわよ。」

 「え・・・じゃ、じゃあまたあした」

 

 走り去るシンジを見送った澪は、ゆっくりとA組の教室に入っていった。

 

 

  NERVに向かう間、3人はほとんど口をきかなかった。正確にはシンジが話し

 かけようとしても、二人とも睨みつけるだけだった。

 (なんなんだよ、一体。ちょっと支度に遅れたくらいでそんなに睨まなくても・・

  それとも今日のお弁当が気に入らなかったのかな?昼休みから機嫌悪そうだった

  ものなあ。綾波もいつもは返事位してくれるのに。綾波でも機嫌の悪い時ってあ

  るのか・・・。)

  レイが感情を表しているのが嬉しいシンジであったが、その理由までは考えもし

 なかった。

 

 

 「前にも言ったと思うけど、今日から新しい試験を追加します」

 

 着替えを済ませた3人にリツコが告げた。

 

 「どんな試験ですか?」

 「簡単に言うと、パイロットの精神状態とシンクロ率、戦闘能力、安定度等の関連

  を調べるの。これはあなた達の能力を引き上げると共に、新たなるチルドレンを

  選抜するための重要なキーにも成りうる大事な試験よ。その為に精神医学の大家

  である佐伯教授にお越し願ったのだから」

 (佐伯?・・・まさか・・・)

 

 その時ドアが開いて学者風の中年男性が入ってきた。

 

 「佐伯さん?」

 「やあ、シンジ君久しぶりだね」

 「あら、シンジ君を知ってるんですか?」

 「ええ、娘の友達で以前家にも遊びに来てました。澪とはもう会ったかい?」

 「はい・・・・相変わらずでしたけど・・・」

 「そう言わないでくれ。この街に来ることを一番喜んでいたのは澪なんだから」

 

  どうやら、この人が澪の父親らしいと気づいた二人は落ち着かない気持ちで会話

 を聞いていた。その為、その時のシンジの顔に暗い影が差しているのにも気づかな

 かった。

 

 

 

  試験自体は何の問題もなく進んだ。といっても訓練中にいろいろ話しかけられて

 いるだけなのだが。どうやらその時の心理変化を数値にとっているらしい。

 

 

 

 

 「どうでしたか、佐伯教授?初日の試験の結果は?」

 

  冬月の問いに満面の笑みで彼は答えた。

 

 「実に素晴らしい!3人が3人とも実に複雑な心理の持ち主です。これが通人です

  と、明確な変化が得られずに結果が出ないということもあり得ましたが、この分

  ですと満足のいく結果が出せそうです」

 

  ゲンドウの方に目を移しながら話は続いた。

 

 「特に碇シンジ君。彼は私にとって非常に貴重な素材です。幼いときから時々見か

  けましたが、内向的かつ内罰的な子が過重な負担を与えられたときどのような心

  理状態を示すのか興味が尽きませんな。さらに、私の娘のこともあります。私の

  娘は人の心情、特に恋愛感情を揺さぶるのが上手でしてね。そのことが彼や他の

  二人にどのような影響を及ぼすことになるのか・・・今から楽しみです。」

 「あなたにとっては自分の娘も実験の要素の一つですか」

 

  顔をしかめて問う冬月に対して佐伯は意外そう顔をした。

 

 「まさかあなた方の口からそのような言葉が出るとは思いもしませんでした。私は

  娘の行動による結果を見ているに過ぎません。しかしあなた方は14歳の子供を

  人類のための人柱にしようとしている。医者の立場から言わせてもらえればシン

  ジ君に対する扱いはひどすぎますね。・・・もっとも学者の立場から言えば、あ

  のような貴重な素材を提供していただいたことに感謝しておりますが。」

 

 

 

  笑いながら答えた佐伯教授が退出した後、しばし沈黙が流れた。

 

 「いいのか?あの男深入りしすぎるかもしれんぞ」

 「かまわんさ。エヴァがなんたるかも知らぬものに何が出来る。それに仮にも委員

  会の指示に従って来てもらったのだ、年寄り達の神経を逆撫ですることもあるま

  い」

 

 

  廊下を歩きながら佐伯は満足げに笑っていた。。

 

 「碇シンジか・・・確かに魅力的な素材だが、個人的にはあの父親の方がおもしろ

  そうなんだがな。奴がどのような感情を持っているのか・・・ま、それはこれか

  らの楽しみとしておくか」

 

 

 

  シンジはベットに横たわりながら今日起きたことを考えていた。機嫌の悪かった

 アスカとレイのこと、嫉妬に燃えるクラスメイトのこと、澪のことを話したとき異

 様なほど盛り上がっていたミサトのこと、そして再会した佐伯澪のこと。

 (また澪に会えるとは思ってもいなかったな。あの時の僕にとって唯一の味方だっ

  たからな澪は。また会えたのは嬉しいけど、いろいろ変なこと言わないようにい

  っとかなきゃ・・・)

  シンジな思いは無駄なことだった。この日の放課後、澪はA組でシンジについて

 の噂をかき集めていた。その時、ついでにシンジの過去のこともほんの少し(?)

 脚色して話していたのだ。

 

 

 「シンちゃーーーーん、電話よ!佐・伯・さ・ん・か・ら。」

             ・

             ・

             ・

 「今晩はシンジ君、今日父さんと会ったんだって?ほんと奇遇ね!」

 「・・・電話番号お父さんから聞いたの?」

 「ううん、鈴原君から」

 「(トウジ〜〜〜〜)で、ナンのよう?」

 「鈴原君のことだけどね、洞木さんとつきあってるの?」

 「(今日だけでもう気づいたの?)そんなことないみたいだけど?気に入ったの?

  トウジのこと」

 「ばっかねーーー、それだったらわざわざ聞いたりしないわよ。まだなんだったら

  私の転校記念の第一号カップルにしてやろうって言ってるのよ。転校初日から、

  確かめもせずに動くわけにもいかなかったから、今日は遠慮しといたけどね」

 「・・・二日目で動くっていうのもどうかと思うけど・・」

 「ふふふ、マッドエンジェルを舐めちゃいけないわよ。わざわざシンジ君も知らせ

  ておいてくれたみたいだからね〜〜〜〜。明日楽しみにしててね」

 「ちょっと!澪!」

 

 一方的に切られた電話を置きながらあきれるシンジであった。

 (まあいいか、トウジも委員長も見ててじれったいから。それにおもしろ半分に家

  の電話番号教えたりするトウジも悪いんだし)

 

  電話の前で微笑んでるシンジとリビングでむくれてるアスカを見比べながら、ミ

 サトはもう一本ビールを空けた。

 

 「こりゃ明日からが見物だわ」

 

 

 (続く)

 

 



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