これはほんの少し昔の話。悲劇をまだ知らない頃の話。皆で笑いあえた日の話。

 

 

「過去よりの使者 3」

 

 

   『理由なんてどうでもいいわ、あの娘のことが気に入らないのよ!』

 

  結局、そう結論を下すことにした。

 

  夜もかなり更けているが、彼女は未だ眠りにつけなかった。眠ろうとしてもあの

 佐伯澪のことが頭に浮かぶと腹が立って、すぐに目がさえてしまうのだ。その度に

 壁に投げつけられた本、カバン、クッション等のせいで部屋は無惨な有り様だ。た

 だ、それらが積もっているのがシンジの部屋側の壁だということを彼女が意識して

 いるかは定かではない。

  何故ここまで腹が立つのかをいろいろ考えてみたのだが、それらしい理由を思い

 つかなかったので建設的な思考は捨てることにした。「気に入らないものは気に入

 らない」とりあえず今はそれで十分だった。

 

   『大体あの娘、なんなのよ!いきなりシンジに抱きついたり、腕くん

    だり。シンジもシンジよ、幼なじみかなんか知らないけどへらへら

    しちゃってさ!あれじゃその辺のつまんない男と一緒じゃない』

 

  ここまで考えが及んでも理由が解らないとは、意地張りもここに極まれりといっ

 たところだ。

  その時一つの考えが頭に浮かび思わずニンマリと笑みがこぼれた。

 

   『そおーーだ!明日、私とシンジが一緒に住んでるって教えてやろっ

    と。まっ任務で一緒にいるだけなんだけど、それでもショックだろ

    ーーなーー。ふっふっふ、明日が楽しみだわ』

 

 どうやら彼女は今夜の安眠を得られるようだ。

 

 

 

  同じ時刻、もう一人眠りにつけない少女がいた。いつもなら目を閉じればすぐに

 眠りにつけるのに今夜に限っては瞼の裏に今日会ったばかりの少女の顔が浮かんで

 きてしまう。それを見たくないためにすぐ目を開けてしまうのだ。目を閉じたとき

 に顔が思い浮かぶのはこれで三人目だ。しかし、最初の二人は思い出すだけで安ら

 ぎを与えてくれたのに、彼女は与えてくれない。かえって不安になる。何故こんな

 気持ちになるのか全く解らなかった。今まで一度もこんなことはなかった。

 

   『寝なきゃ・・・』

 

  なんとか眠ろうとして安らぎを与えてくれる顔を思い浮かべようとした。一人目

 の顔を思い浮かべても安らぎは得られなかった。二人目の顔を思い浮かべたとき、

 さっきの不安が倍増した。

 

   『どうして?いつもは安心させてくれるのに・・・』

 

  解らないことばかりだった。試しに二人目と三人目の顔を一緒に思い浮かべてみ

 ようかとも思ったが、とてもその勇気はなかった。

 

 どうやら彼女は今夜の安眠を得られそうにない。

 

 

 

 「アスカ、昨日の夜何か有ったの?うるさくてよく眠れなかったよ」

 「うっさいわねーー、なんでもないわよ。ほら、さっさとお弁当持って。ぼけっと

  してないで行くわよ!」

 (ちぇっ、勝手なんだから。まあ機嫌も良くなってるみたいだからいいけど)

 

 

  教室でシンジを待っていたのは、トウジの一言だった。

 

 「シンジ〜〜〜〜、お前小五まで寝ションベンしとったってホンマか?」

 「なっ・・・」

 「碇君、中一の時小学生に絡まれてたって本当?」

 「学校の帰り道で迷子になったって本当かよ?」

 「だっだれがそんなことを・・・?」

 

  聞くまでもなかった。この学校でシンジの過去を語る人間は一人しかいない。

 

 「うそだーーー!でたらめだよ!」

 「まあ、確かに恥ずかしい過去だろうけどさ、有ったことを否定してもしょがない

  だろ」

 「違うんだって、おねしょは小一で直ったし、絡んできたのは小学生の弟を連れた

  中学生だったし、迷子になったのは臨海学校の時だったし・・・」

 「隠すなって、誰にでも触れられたくないことはあるよな」

 「だから違うって言ってるのに・・・」

 (澪・・・なに話したんだよ)

  どこの世界でもおもしろくない事実よりおもしろい戯れ言の方が受けがいいに決

 まっている。嘆くシンジを見て、青い目の少女といつも以上に赤い目をした少女は

 少しだけ気の晴れる思いがした。

 

 

  澪は3時間目の休みが終わってもA組に来なかった。昨日あれだけの行動力を見

 せられた面々は少し意外だったが、シンジには澪が何をしているか解っていた。

 (城を落とすには外堀を埋めろってよく言ってたもんな)

 

 

 

  昼休み、弁当を広げたシンジ達の元に澪が来襲した。

 

 「お昼一緒に食べよ」

 

  横にはB組の女子が二人いる。澪につきあわされたのだろう。3対3ならばトウ

 ジ達が反対する理由は皆無に等しい。もっともトウジは反対した方が身のためかも

 しれなかったが。

  シンジにしても、特に反対する理由はなかった。このクラスで特に反対する理由

 があるものは三人、内トウジ達のことなどどうでもいいのが二人、その内の一人が

 動いた。

 

 「ちょっと、そこのシンジの幼なじみ!」

 「そういう言われ方好きじゃないな、澪って呼んでよ。この名前気に入ってるんだ。

  友達にはみんなそう呼んでもらってるの」

 

 (確か僕と初めて会ったときも、同じこと言ってたな。

  ・・・・・・・・・

  『えっと・・・・さえきさん』

  『みおってよんでよ。このなまえすきなの。おとうさんとおかあさんがくれた

   なまえだもの』

  『じゃ・・みお・・ちゃん』

  『ちゃんづけはやめてね。こどもっぽいのいやなの』

  『(ぼくたちこどもなのに)それじゃ・・・みお』

  『うん、それでいわ。あなたのことシンジくんってよんでもいい?』

  『いいけど・・・ぼくはくんづけなの?』

  『おかあさんからいわれてるの、おとこのこをよびすてにするようなおんなの

   こは、おとこのこにもてませんよって』

  ・・・・・・・・・

  結局澪はあの頃とかわってないのかな?澪らしいけど。)

 

 「(友達になんか成った覚えないわよ、まあいいわ)それじゃ、澪!」

 「なあに?」

 「幼なじみってことぐらいでいい気にならないでよね!私なんかシンジと一緒に

  暮らしてんのよ!(勝った!)」

 「ちょっと・・・・・」

 「本当のことでしょ?」

 「知ってるわよ」

 「へっ?」

 

  意外な澪の答えに思わず間の抜けた声を出してしまった。シンジ達は知らなかっ

 たが、澪は昨日このクラスでのシンジの噂をかき集めている。当然この話も知って

 いた。

  噂から澪が推測した二人の関係は、いじっぱりでベタ惚れなことを自分自身にも

 隠そうとしている娘(もっとも他者に対しては成功していないようだが)とそれに

 まるっきり気づかない鈍い奴が同居してる、端から見ていると夫婦喧嘩ばかりとい

 うことは恋愛関係はあまり進んでいない、仲の良すぎる友達より一歩だけ踏み込ん

 でいる、といったところである。さすが恋愛のスペシャリストだけあって、わずか

 1日の噂で判断されたこの推測はほとんど正しい。ただ一点を除いて。

  無論澪とてまるで平気といった訳ではないが、「恋は勝負だ!」が持論の彼女は

 落ち込むより攻撃に出ることにしたのだ。

 

  にっこり笑いながら澪は続けた。

 

 「でもあなた、シンジ君が好きで一緒に暮らしてるんじゃないんでしょ、NERV

  の任務だから仕方なしに一緒に暮らしてるだけじゃなかったの?」

 「そ・・そうよ!」

 「それじゃ、何も問題ないわ。ただ一緒に住んでいるだけって言うのなら、同い年

  の同居人がいる人や、血のつながっていない姉妹がいる人なんていくらでもいる

  じゃない。そんなこといちいち気にしてたら、恋愛なんて出来ないわよ。ご心配

  なく、任務に支障が出るなんてことは無いように気を付けるから」

 「・・・・・・・・・・」

 「何?」

 「何でもないわよ!!」

 

  大声で怒鳴り去っていくアスカを見ても澪は平然としていた。

 

 「さっ、食べましょ」

 

 『あっ、あのアスカを手玉に取るとは・・・おそるべし!佐伯澪!』

 

  クラス全員がそう考える中、シンジだけは別のことを考えていた。

 

 (結局何が言いたかったんだろう?何で怒ったのかな?ひょっとして澪のことが

  嫌いなのかな?二人とも気が強いし、相性が悪いのかもしれないな。でもだか

  らこそ良い友達になれるかもしれないし・・・出来れば仲良くして欲しいんだ

  けど)

 

 肝心のシンジがこれでは二人の和解など遠い先の話だろう。

 

(続く)

 

 



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