これはほんの少し昔の話。悲劇をまだ知らない頃の話。皆で笑いあえた日の話。

 

 

「過去よりの使者 4」

 

 

 「澪、外堀はもう埋め終わったの?」

 「へぇ、気づいてたんだ」

 「そりゃ、あれだけ何度も見せられればね」

 「なんや、二人だけの会話にはいっとんな」

 「イヤーンな感じ」

 「昼休みが終わる頃にはみんなにも解るわよ。私の転校記念興業第一段よ」

 

  こちらでは和やかな空気が流れていた。人数あわせに澪が連れてきた二人も結構

 かわいいので、トウジもケンスケも頬がゆるんでいる。しかし温暖な気候なのはこ

 こだけで、教室の窓際は氷河期に突入し、ドア側では二つの太陽が燃えていた。

 

 「ごっそさーーん」

 「トウジ、行こうよ。今日はB組の人達とサッカーする約束だろ」

 「そやったな、ほないこか。悪いけど今日はシンジ借りてくで」

 「いいわよ、私も今日はやることがあるから」

 

 にっこり笑う澪の顔の意味をシンジはよく知っていた。

 (マッドエンジェル始動だな)

 

 

 しかし、校庭に出たものの、試合どころではなかった。

 

 「鈴原、お前も隅に置け無いな。A組の委員長とつきあってんだって?」

 「B組じゃ全員知ってるぜ。さっきD組の奴にあったらあっちでも噂になってるっ

  て言ってたな」

 「俺も聞いてるぜ。そういやC組でもそんな話してたなぁ」

 「何だトウジ、やっぱりそうだったのか。前々からそうじゃないかと思ってたんだ。

  この裏切り者」

 

  試合は一時中断されトウジへの糾弾が始まった。必死に否定したり怒ったりする

 トウジであったが、こういう場合は本人の意志は丁重に無視されるものと決まって

 いる。今朝のシンジと同じだ。

 

 

  そのころA組の教室では・・・・・

  よそのクラスの友達と話していたものがキャアキャア言いながら戻ってきていた。

 

 「ヒカリ!みずくさいじゃない。鈴原君と正式に付き合ってるんなら言ってくれれ

  ばいいのに」

 「そおよ、よそのクラスの子に教えて私達に黙ってるなんてあんまりだわ」

 「なんのことよ知らないわよ!」

 

  顔を真っ赤にして否定しているので皆照れているとしか取らない。そんな様子を

 暖かく見守る者が一人・・・澪である。澪の最大の特技は誰とでもすぐに仲良くな

 れることだ。おそらくこの学校で彼女に敵意を持っている者は二人以上いないだろ

 う。当のヒカリにしても、昨日の放課後だけで親しくなっている。その特技を最大

 限に生かして彼女は午前中だけでA組を除く全クラスに噂をばらまいていた。そう

 外堀は完全に埋まっていたのだ。

澪が何もしなくても内堀も埋まり始めていた。本人達の意志とは無関係にトウジ

 とヒカリは学年公認のカップルとなっていった。

 

 

 「澪〜〜〜〜おんどれどういうつもりじゃ!」

 

  噂の根元を突き止めたトウジが教室に引き返してきた。ちなみにA組の者も全員

 彼女のことを澪と呼ぶように言われている。問いつめるトウジに澪は平然と答えた。

 

 「あれ、付き合ってるんじゃなかったの?ごめんね、転校してきたばかりだったか

  ら、よく解らなかったの。でも好き合ってるように見えたんだけどな〜〜〜」

 (・・・・よくもまあぬけぬけとそんなことが言えるよ)

 「とっ、とりあえず、この話は間違いやったって言うとけよ!」

 「必要ないんじゃない?洞木さんだってまんざらでもないみたいだし、どうせなら

  このまま付き合っちゃえば?」

 「私はその・・別に・・・」

  澪は真っ赤になったヒカリを見てからトウジの方に聞いてきた。

 「鈴原君はどうなの?洞木さんのこと嫌い?」

 「アホいえ!嫌いなわけないやろ!・・・・・そっそのつまりやな、クラスメート

  なんやし特に嫌いやっちゅうわけないやろ、そういうことや!」

 

  あわてて言葉を濁そうとしてももう遅かった。全員の興味はトウジとヒカリが付

 き合っているかではなく、それをいかにして二人の口から語らせるかに移っていた。

 

 「あのねぇ、洞木さんははっきりとあなたのこと好きだって言ってるんだから、ど

  う思ってるのかぐらい答えなさい!男のくせにはっきりしないわねえ。まるでシ

  ンジ君じゃない」

 (僕を引き合いに出さないで欲しいな)

 

  今の澪に何かを言っても不利になるだけだと知っているシンジは黙っていたが、

 ヒカリはそういう訳には行かなかった。

 

 「いつ私がそんなこと言ったのよ!」

 「時々お弁当作ってあげてるんでしょ、それでとぼけられると思う?第一、昨日の

  放課後ある人からはっきりと聞いたもの。『ヒカリが鈴原君のこと好きだって言

  ってた』って」

 「え・・・・そんな・・・だれよ!ばらしたの!ちゃんと口止めしてたのに」

 「う・そ・よ、いくらなんでも昨日会ったばかりなのにそんなことまで話してくれ

  ると思う?洞木さん、友達はもっと信じないといけないわよ」

 

  はめられたと知ったヒカリは真っ赤になって黙り込んでしまった。その様子があ

 まりにも弱々しげなので、周りの者もつっこみずらかった。もちろんそうでない者

 も居たが。

 

 「さてと、これで洞木さんからの告白は終わったし、次は鈴原君の番ね。それでは、

  どうぞーーーー」

 「どうぞやあるかい!人おちょくんのもたいがいにせいよ!」

 「おっ、落ちつけトウジ」

 

  シンジ達周りにいた者が切れたトウジを必死で押さえつけた。

 

 「澪!もういいだろ」

 「ちょっと物足りないけどこんなもんか。これ以上やるとシンジ君にも迷惑だろう

  しね。でも鈴原君、早く答えてあげなよ。それじゃね」

 

  最後の方は少し真面目な口調で言った澪だが、切れたトウジには通じなかった。

 シンジは気づいたが、この状況で真面目な一言が無力であることにも気づいていた。

 

 「またんかーーい」

 (これ以上やらなくても十分迷惑だよ〜〜〜)

 

  この間、不思議とアスカがおとなしくしていたおかげでこれ以上話がややこしく

 ならなかったのは不幸中の幸いと言えよう。

 

 

  放課後澪が顔を見せたときはトウジも落ち着いていた。『女を殴る気か?』と言

 われて闘志が鈍ったし、澪の言ってることに後ろめたさを感じていたせいもあった。

 

 「今度の日曜うちで引っ越し祝いのパーティーやるんだけど来ない?シンジ君とあ

  なた達二人は招待するわよ。全部で十人ぐらい呼ぶつもりだから、後の人はA組

  で希望者を募るって事でどう?」

 「B組の人は?」

 「ご心配なく、土曜日にやるから」

 (相変わらず凄い行動力だな)

 

  この会話を聞きつけた男子は立候補すべく、すぐに駆けつけてきた。女子もいき

 たそうではあるが、男子ほど積極的ではない。その時今まで机でおとなしくしてい

 たアスカが澪の前に歩み寄り、胸を張って言った。

 

 「シンジが行くなら当然私も行くわ!文句ある?」

 「文句はないけど、シンジ君のプライベートには関係ないんじゃなかったの?」

 

  かかったとばかりに澄ました顔でアスカが答える。

 

 「あーーーら、これも任務よ。だいたいなんで私がこんなバカと一緒に住んでると

  思うの?パイロット同士のユニゾンを高める為なのよ。従って、プライベートだ

  ろうがなんだろうが、ずっと一緒にいなくちゃいけないの。まっ、しょうがない

  わよね、任務なんだから。というわけで日曜日私も行くわよ!いいわよね、さっ

  きあなた、任務に支障が出ないように気を付けるって言ってたものねぇーー。」

 

  今度は流石の澪も言い返せなかった。昼休み以降アスカが机におとなしく座って

 いたのは、この理屈をずっと考えていたためだった。

 

 「私も行っても良いかしら?」

 

  突然後ろから聞こえた声に、皆がびっくりして振り返るとそこにはレイがいた。

 

 「任務なら私にも関係あるもの」

 「・・・解ったわ、二人とも来て頂戴。それじゃ後5人ね」

 (この泥棒猫!せっかく人が苦労して言い負かしたのに横からかっさらおうってい

  うの?そうは行くモンですか)

 (碇君と・・・・一緒にいたい・・・・)

 (案外やってくれるわねこの二人。まあ綾波さんを招待するのは計画通りだけど。

  でも、この程度で引き下がっちゃマッドエンジェルの名が泣くわ!)

 (アスカも素直じゃないんだから・・・・・・パーティーに行きたいんならそうい

  えばいいのに。綾波が来たがるっていうのは意外だけど良いことだよね。澪がす

  ぐOKしてくれてよかった。優しいからな、澪は)

 

  澪は当然レイのことも聞いていた。クラスの噂ではレイは人付き合いが全くない。

 彼女に話しかける者はシンジくらいしかいないし、彼女が関心を示すのもシンジく

 らいのものだ。シンジの方がどう思っているかははっきりしないが、レイと話して

 いるときのシンジの様子からするとまんざらでもなさそうである。一部では本命は

 アスカではなく、レイであるとの噂も流れていた。レイが恋愛に興味があるかとな

 るともう誰にも解らなかった。

  澪はとりあえずシンジとレイの関係は保留することにした。アスカの時と違い情

 報量が少なすぎる。

 

 (シンジ君ならたとえ好きじゃなくても、自分より人付き合いが下手な人がいたら、

  面倒見ようとするだろうな。自分の姿とだぶるだろうし)

 

  そこで澪は二人をパーティーに招待し、自分の目で確かめてみようと思ったのだ。

 

 (それに・・・シンジ君と何でもなくても、友達がいないなんてかわいそうだもん。

  友達になってあげたいし、A組の人達とも仲良くなれる機会を作ってあげた方が

  いいよね)

 

  澪は基本的に誰にでも優しいのだ。たとえそれが恋敵になる可能性がある相手だ

 としても。澪が優しくなれないのは恋愛に関する事だけ、特にシンジに言い寄ろう

 とする者に対するときだけである。だから先程のシンジの的外れの思いもあながち

 間違いとは言えなかった。

 

 

 「おじゃましまーーす」

 「みなさんいらっしゃい。澪がお世話になっています。我侭な子ですから大変でし

  ょう?」

 

  少々おっとりした感じだが、優しそうな澪の母親がシンジ達を出迎えた。

 

 「シンジ君久しぶりね。向こうにいたときも大きくなってからは、あまり家に来て

  くれなかったものねぇ。でもこっちにシンジ君がいてくれて本当に良かったわ。

  友達がいてくれると澪も心強いでしょうし」

 「ええ・・・そうですね」

 (澪が?澪ならアメリカだろうがケニアだろうが2、3日で友達が出来そうだけど

  な)

 

  パーティーと言っても澪の母の作った料理やケーキを食べながら談笑するだけだ

 ったが、皆楽しんでいた。特にこの中には母親のかもし出す暖かい家庭の雰囲気と

 縁の無い者も多かったので、雰囲気だけでも満足していた。加えて澪の母親は料理

 の達人であった。出てきた総ての料理は瞬く間に姿を消した。

 (へぇ、結構おいしいじゃない。私としてはシンジの料理の方が好きだけどさ)

 

  そんな中、シンジ一人が時折浮かない顔をしていた。気を使ってか最初に挨拶に

 顔を出したきりだったが、澪の父がいることを知っていたからだ。

 

 (場所こそ違っているけど・・・澪の家に澪の家族か・・・やっぱりダメだな。ど

  うしてもあのことを思い出してしまう)

 

 「あら、どうしたのシンジ君。あまり食べていないようだけどおいしくなかった?

  そっちの子もあまり食べてないわねぇ」

 「あっいえ、そんなことないですよ。ちょっと考え事をしていたもので。綾波は肉

  が食べられないから・・・」

 「そうだったの?ごめんなさいね綾波さん。澪、ダメじゃないのそういう事は前も

  って言っといてくれなきゃ」

 「だってえーーー、私も知らなかったモン。シンジ君!知ってたならちゃんといっ

  といてよ」

 「ごめん」

 「別に碇君のせいじゃないわ」

 「そーーよ!悪いのはシンジじゃなくてあなたでしょ!パーティーをするって言う

  んならそのぐらいの準備しとくものよ!」

 

  他の者はそんな言い争いを楽しげに見ていた。

 

 「騒がしいこっちゃな。そやけどアスカと澪が言い争うのは解るけど、綾波までと

  はな。珍しいこっちゃ」

 

  確かにレイもぼそりぼそりではあるが二人の言葉に反論している。それに澪の母

 親は楽しげに、シンジはおろおろしながら参加していた。

 

 「碇君がらみだからでしょ。大体今日自分から来たいって言い出したのよ。それだ

  けでも驚きだわ。」

 「まあな。そやけどシンジも幸せな奴やの。それとも不幸な奴ちゅうべきか?」

 (そんな不幸なら俺もなりたいよ)

 

  目の前で繰り広げられる女の戦いに、ほのぼのした会話。そのどちらとも縁のな

 い彼は、一人影を背負って眼鏡を光らせていた。今クラスで一番余裕がないのは彼

 だろうから。

 

 

  そのころ澪の父は、部屋で明日から始める実験の準備に追われていた。昨日ゲン

 ドウから彼の望んでいた研究の許可が下りたのだ。

 

 

 「委員会からの依頼です。あなた方が使徒の実態を知るために培養している使徒の

  細胞の研究をさせてもらいます」

 「何のためだ?」

 「あの人達は心配しているんですよ。今の技術で肉体を作ることは出来ますが、そ

  の時心はどうなるのかと言うことを。それを確かめるための研究です。人と同じ

  体の構成をしながら遥かに強い体と心を持つ使徒、使徒ならばあの人達の求める

  体と心の再生を試すのにうってつけですからね。しかし彼らは何を考えているん

  でしょうねぇ、体と心の再生とは。永遠の命でも手に入れるつもりか、それとも

  神にでもなろうとしているのか」

 「解った、許可しよう。詳細は赤木博士に聞きたまえ」

 

  礼を言って佐伯教授が退出した後で冬月がやや心配そうに尋ねた。

 

 「あの男、どこまで知っているのだ?」

 「奴が知っているのは所詮委員会のことだけだ。ならば奴が何をしようとこちらに

  損はない」

 

 

 

 

 「ここが使徒細胞の研究所ですか、私はてっきり第三新東京市内に有るものと思っ

  ていましたが」

 「万が一の時、総てが無に帰らないようにするための用心です」

 「それでは来週から始めさせてもらいます。増殖中の使徒のコアを用意しておいて

  下さい」

 

 こうして彼の研究が始まった。

 

 

 

(続く)

 

 



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