これはほんの少し昔の話。悲劇をまだ知らない頃の話。皆で笑いあえた日の話。

 

 

「過去よりの使者 5」

 

  このところA組の昼食は異様な雰囲気に満ちている。先週、澪がシンジ達と昼食

 を取るようになってから緊張感に包まれていたが、今週に入ると何と澪がレイを誘

 ったのだ。

 

 「綾波さん、お昼私達と一緒に食べない?」

 「いいわ・・・」

 

  そう答えると、レイはパンだけの簡単な昼食を持ってシンジの隣の席に腰を下ろ

 した。収まらないのはアスカだ。シンジの左右を澪とレイが占領しているのを見て

 黙っていられるはずがない。

 

 「ヒカリ!私達も行きましょう!」

 「ええ!」

 

  よそのクラスの女子と楽しげに昼食を取るトウジを見かねていたヒカリはすぐさ

 ま反応した。普段一緒に昼食を取っていた他の者は、君子危うきに近寄らずとばか

 りに遠慮した。

  こうして集まった9人がそれぞれの思いで昼食を取っていた。多くの友達と楽し

 く昼食を取っているとしか思っていない者が1人、火花を散らしている者が3人、

 自分たちだけの世界に入っている者が2人、戦闘状態とラブラブ状態に挟まれ動き

 のとれない者が3人。

 

  澪は主に昔話を使ってくる。

 

 「ねーシンジ君覚えてる?5年の時担任だった西先生。おもしろかったねー」

 

  それに対抗するアスカはやはり最近のエヴァの話になる。

 

 「シンジ、近頃のテストなんなのかしらね?心理試験とか言ってるけど、ちっとも

  おもしろくないし」

 「あっそれって父さんの仕事でしょ。どんな事してるの?」

 「うるさいわねー。あんたと話してんじゃないわよ」

 

  その間隙を縫ってレイが話しかける。

 

 「碇君、今日いい天気ね」

 「そっ、そうだね」

 

  それを見た二人は争うようにシンジに話しかける。この繰り返しである。

  一方トウジ達は

 

 「委員長、この肉団子うまいな!」

 「本当!よかった気に入ってもらえて」

 

  完全なラブラブ状態である。既に学年公認の仲にされてしまっているので、今更

 突っぱねるのもばかばかしいと言ったところだろう。それでも本人達は自分たちが

 ラブラブ状態などとは思ってもいないようだ。

  B組の女の子2人+ケンスケはこの状態に挟まれ、抜けることもできない同士と

 して仲良くなってきていた。同類相哀れむと言ったところか。

 

 (俺だって、俺だって・・・・)

 

  魂の叫びを胸に秘めながら、おごるからと言って、二人と遊びに行く約束を取り

 付けようとするケンスケであった。近頃彼の懐は暖かい。強力な収入源が増えたせ

 いだ。澪の写真の売れ行きは上々で、アスカをしのぐ勢いである。

 

 「あーーうまかった。よし、シンジ、ケンスケいこか。はよいかな場所無くなって

  しまうわ」

 「悪い!俺今日はちょっと」

 「そうか、そやったな。ほな行くでシンジ。」

 

  一人分かれて教室を出るケンスケを見て、澪の目が光るのにだれも気づかなかっ

 た。

 

 

 

 「ほい、そっちは5枚だったよな。」

 

  ケンスケは校舎裏でバイトに精を出していた。独り身を脱するためにもデート代

 を稼がなくてはならないのだ。客足が途絶えた頃、意外な人物が顔を見せた。

 

 「繁盛してるみたいね、相田くん。」

 「みっ澪!?」

 (まずい!アスカと互角にやり合う澪に知られてしまった)

 

  顔から血の気が引いていくのを彼は意識した。

  澪は写真リストを確認してから言った。

 

 「ふむ・・・変な写真はなさそうね。これならいいか。それじゃ3割って所でどう?

  もちろん必要経費はそっち持ちね」

 「え・・・・3割って?」

 「私の取り分よ。モデル料+販売権利金ってとこね。それとも販売中止の方がいい?」 「・・・・分かったよ」

 

  満足げに去って行く澪を見ながらケンスケはしみじみと思った。女は恐い!

 

 

 

  休み時間の間も澪はレイによく話しかける。

 

 「綾波さん、本好きなのね。どんな本読んでるの?・・・・・うっわぁーーーーー

  難しそう。小説とかは読まないの?私そういうのだったらいっぱい持ってるから

  今度貸したげよっか?」

 

  レイはシンジが居なくなると、曖昧な相づちらしきものをうつだけだ。その様子

 を見た者は残らず不思議がってる。何故、ライバルのはずのレイにかまおうとする

 のか?と。

 

  澪はこの前のパーティーでレイの性格が分かったような気がした。

 

 (この娘がしゃべるのはシンジ君が居るときだけなんだ。他に心を開ける人が居な

  いのね。昔のシンジ君みたい。ここの人達ってそういうの気にならないのかな?

  しょうがない、私がやってみるか。人が人に対して心を閉ざすなんてそんな悲し

  いこと無いモンね)

 

 こういった澪の優しさとは別に、マッドエンジェルとしての打算もあった。

 

 (この娘の一番の売りは他の人とは違う雰囲気よね。それがシンジ君にだけ向けら

  れるって言うのはやばいな。だけどいっぱい友達作ればそうはいかなくなるし、

  悪くても五分五分には持ち込めるわ)

 

  だがこれは、自分から状況を不利にしているのではないか?という不安を消すた

 めに考えられたものであろう。

 

 

 

 

  その日の午後は体育であった。体育はA,B組合同で、男子はサッカーの試合、

 女子は陸上であった。

 

 「いっけーーーシンジ君、ゴール!ゴール!」

 「ちょっと澪、どっちの応援してるのよ。碇君はA組よ」

 「決まってるじゃない、シンジ君の応援よ」

 

  臆面もなく言い放つ澪、B組の男子としてはおもしろいはずがなかった。せっか

 くクラスにA級の美少女が入ってきたというのに、よそのクラスの者しか見ていな

 いとは。

  当然シンジのマークはきつくなる。囲まれた中からなんとかケンスケにパスを出

 すシンジ。普段からシンジはすぐパスを出すのであまり目立たない。そのパスは正

 確なのだが。

 

 

 「うおりゃーーーー」

 

  かけ声と共にケンスケからのセンタリングをボレーでたたき込むトウジ。ボール

 はバーの遥か上を越えていった。

 

 「あり?」

 「こらーー鈴原!何やってんのよ!」

 「そうわめくなや、次は決めたるさかい」

 

  恥ずかしげも無く、グラウンドを挟んで交わされる会話を聞いて皆あきれていた。

 澪が転校してきてから今日までの間に、澪によって作られたカップルはトウジ達を

 含め3組。独り身には辛い状況が出来つつあった。

 

 「シンジ!そんなとこでぼーーっとしてないで走りなさいよ!私が応援してやって

  るんだから一点ぐらい取りなさい!」

 

  アスカも負けずに叫んでいる。

  流石にレイはじっと見ているだけだ。口の中で何やらぼそぼそ言っているかにも

 見えるが、誰にも聞き取れない。

 

  シンジからのパスがトウジに通った。トウジのシュートは今度は枠の中に行った

 が、キーパーにはじかれてしまった。その時、いつの間に詰めていたのか、シンジ

 がこぼれ球に駆け寄り、ゴールへ押し込んだ。

 

 「やったーー!ナイスゴーール」

 

  女子の間から歓声が起こった。

  このところ3人以外の女子の間でもシンジの人気はうなぎ登りである。澪ほどの

 かわいい娘がベタ褒めにするのだから、シンジの良いところが目立ってきたのだ。

 もっとも3人と対抗しようというほどの度胸がある者は居なかったが。

 

  A組のみんながシンジに駆け寄り祝福する。

 

 「はは、・・・・ちょっちょっと痛いよやめろって。誰だよ拳で殴ってるの。いて

  っ、蹴らないでよ」

 (うるせーこの野郎!)

 

  輪が解けるとそこにはボロボロになったシンジが居た。何故か離れた者の中にB

 組の男子も混じっていた。

 

 

 

 

  ある日妙なうわさが広まっていた。澪が他校の男子を叩きのめしたというのだ。

 あの華奢な娘がそんなこと出来るのかと言う声が圧倒的だったが、シンジは頭を抱

 えていた。

 

 (またやったのか〜〜〜。頼むから巻き込まないでくれよ。)

 

  巻き込まれないはずがない。

  問いかける面々ににこやかに澪は答えた。

 

 「本当よ。だって弱い者いじめしてるの見てほっとける?これでも昔、少し武道や

  ってたんだ」

 「へーーー澪がね。強いんだ」

 「まっね。でもシンジ君ほどじゃないわ。彼とは一緒に道場にかよってたのよ。シ

  ンジ君の方が筋が良いっていわれてたもの」

 「えーーーー!シンジがーーー?」 

 

  みんなの視線が一斉にシンジの方を向く。

 

 「そうは見えへんけどな。ホンマかシンジ?」

 「知らないよ」

 

  機嫌を損ねたようにシンジは横を向いた。クラスのみんなはほとんど信用してい

 なかった。なんせ澪の言うことだ。

 

 「特に天下一品だったのは殴られ方。相手は思いっきり殴ったつもりでも跡もダメ

  ージもないように殴られる様にするのは天才的だったわ」

 

  澪の冗談混じりのフォローに、みんな納得の笑いを漏らした。

 

 

 

  だがそのことを証明する機会はすぐに訪れた。数日後シンジ達7人が帰り道に寄

 り道をしていると、6、7人の柄の悪そうな奴等が現れたのだ。

 

 「あっちゃーーまずい。この前私が叩きのめした奴等よ」

 

  全員が取り囲まれ人気の少ないところへと歩き出した。逃げようにも7人全員と

 いうのは難しいし、周りに騒がれて困るのは澪も同じだ。しかし澪はその間楽しげ

 にシンジに話しかける。

 

 「やーーーん、私こわーーい。シンジ君助けてね」

 「・・・自分でやりなよ」

 

  シンジが女の子の頼みを無碍に断るとは意外だが、それだけ澪の強さを知ってい

 るのだろう。

 

 「いくら私でも7人も相手に出来る訳ないでしょ。2人でやればすぐよ」

 「・・・・僕がこういうの嫌いなの知ってるだろ」

 「それじゃあの娘達にケンカさせる?鈴原君や相田くんも大して強くなさそうだし。

  シンジ君一人なら黙って殴られてりゃいいだろうけど、やられちゃったら、みん

  などうなると思う?」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「シンジ君!」

 「・・・・・分かったよ・・・・今度だけだよ」

 

  目当ての場所に着き周りを取り囲むように位置する相手。

  澪がトウジ達にささやく。

 

 「二人で女の子達を守ってね。それじゃ・・・行くわよシンジ君!」

 

  相手の前口上など聞く気はない。澪とシンジは同時にそれぞれの正面の相手に走

 りより、ローキックを放った。バランスを崩した相手の首筋に手刀をたたき込むと

 あっと言う間に相手は崩れ落ちた。2人は全く同じ動きだった。まるでユニゾンし

 たシンジとアスカのように。

  状況に気づいた残りの者が襲いかかる。澪とシンジに2人づつ残り一人はトウジ

 と組み合って転がっている。

  レイとアスカはシンジの戦いに見とれていた。シンジは決して自分から攻撃しよ

 うとせずに相手の攻撃を受け流していた。澪の方も同じ所を見るとこれが彼らの学

 んだ戦い方らしい。それはケンカなどではなく優雅に舞を舞っているかのような美

 しさだった。シンジの表情はいつものとぼけた顔ではなく野生味を帯びた顔で、そ

 れも彼女達をどきりとさせた。

 

  シンジは相手が殴りかかってくるのを後ろにかわしながら、突き出された拳をつ

 かんで引っ張った。大きくバランスを崩す相手に対してシンジは深く踏み込み、膝

 を鳩尾に入れた。そして、その一撃で気を失った相手には目もくれず、次の瞬間に

 はもう走り出していた。残った一人に対して向かっていくように見えたシンジだが、

 突然方向を変え横にけりを放った。澪が相手にしていた内の一人がいきなりの攻撃

 に慌てて気が逸れた。その瞬間、その攻撃があると分かっていた様なタイミングで

 澪の足がそいつの顎を蹴りあげた。見事な連携だ。これで2対2である。

 

  こうなれば結果は分かりきっているが、向こうとしても引けないのか向かってく

 る。だが1対1ならば問題にならない。二人は同時に相手の拳をかわして懐に入っ

 た。澪はにこやかな笑みと、「甘い」と言う一言を、シンジは苦々しげな顔と「ご

 めん」という一言をもらす。鳩尾への一撃で落ちた顎を跳ね上げると、あっという

 間に全員活動停止となった。

 

  いや・・・・まだ一人トウジともつれていた。その時になりようやくそいつは自

 分以外全滅したと知り、うろたえだした。とどめをといきり立つトウジ達を押さえ

 てシンジは言った。

 

 「もう、僕達に関わるのはやめてもらえませんか?別に今日のことを誰かにしゃべ

  るつもりもありませんし。何もなかったことにしてもらえませんか?お願いしま

  す」

 

  まるでさっきまでのシンジとは別人である。だが、こちらのシンジが皆の知って

 いる碇シンジである。相手があわててうなずくのを見て、全員引き上げることにし

 た。

 

 

  帰り道に寄ったファーストフード店でシンジは皆の賞賛を浴びていたが、顔には

 苦渋が満ちていた。

 

 「シンジがあんな強いとはな、意外やったわ」

 「澪より強いって言うの本当だったのね」

 「意外な一面を持ってたんだな。シンジ」

 「けど、何で今まで黙ってたのよ。私達に強くも格好良くも男らしくも無いって言

  われ続けて」

 

  その瞬間シンジが爆発した。

 

 「アスカ!アスカの言う強さって人を傷つける力のことなの?人を叩きのめすのが

  格好良いの?そんなのが男らしいって言うのならそんなもの僕はいらない!」

 

  そう言うなりシンジは一人で帰ってしまった。

  呆気にとられるみんなを前に澪はシェイクから口を離して言った。

 

 「ちょっとフォローしておいた方がいいかな?シンジ君が何で怒ってるのか。シン

  ジ君が武道を始めたのはね、先生に言われたからなの。武道でもやって心身を鍛

  えてその暗い性格ををなんとかしろ!とか言われたらしいの。私はシンジ君がや

  るのならって感じでね。シンジ君は筋が良くて、型の稽古やら寸止めの組み手な

  んかは抜群だったわ。でも・・・・道場だけあって実践形式の練習もあったのよ。

  シンジ君が弱かったら問題はなかったんだけど。初めての実践形式の練習の時、

  相手の顔を殴って鼻潰しちゃったのよ。鼻血がたくさん出たけど、怪我自体は大

  したこと無かったわ。でもそれ以来シンジ君は道場に来なくなった。「自分を守

  るとか、鍛えるとかそんなきれい事言っても結局は人を傷つけるものじゃないか!

  それに気づいちゃったんだよ!」そう言ってね。

   シンジ君はずっと一人だったでしょ。友達も結局私くらいしか居なかったし。

  だから人に傷つけられるつらさを良く知ってるのね。そのつらさを知ってるから

  こそ、人を傷つけるのを嫌うのよ。体であれ、心であれね。私がシンジ君は私よ

  り強いって言ったのはそのことよ。シンジ君は人の心の痛みを感じられる人なの。

  そしてそれを防ぐためには自分が傷つくのも我慢できる人なの。私もそれが本当

  の強さだと思うわ。今回みたいに無理矢理私に付き合わせたことは何度か有った

  けど、自分から人を傷つけようとしたことは一度もないんじゃないかしら?ただ

  黙って殴られてるときはあってもね」

 「ワシの場合はシンジに殴ってくれって頼んだしか?」

 

  トウジは自分の一件の事を説明した。

 

 「そりゃそういう状況だったら殴るでしょ。だってなぐらなきゃ鈴原君ずっと負い

  目感じてたでしょ。たとえ嫌なことでも、自分のせいで人が傷つくなら我慢する

  のよ、彼は」

 「じゃ・・・何で碇君にケンカさせようとするの?」

 

  レイの静かで鋭いつっこみが入った。

 

 「そうね・・・確かにシンジ君は嫌がるだろうけど、私はこれからもそうするつも

  りよ。ああいうのはシンジ君の良いところだけど、でももう少し人のことより自

  分のことを考えるところがあってもいいじゃない?私はシンジ君に人を傷つけて

  も自分のために生きるってところも持って欲しいの。もう少し自分を大切にして

  欲しいと思わない?」

 

  確かにシンジは自分の存在を小さく考えすぎるところがある。そのことをここま

 で真剣に考えている澪に皆は尊敬の念を抱いた。レイやアスカさえも。だが同時に

 自分達の知らないシンジを知ってる彼女にいらだちも感じた。さっきのケンカで息

 のあった二人の動きを見た時に感じたのと似たような気持ちだった。

 

 

 

 「ただいま・・・」

 

  返事はないシンジは部屋にでも居るのだろう。

 

 (良かった。顔逢わせづらいモンね。)

 

  さっきシンジを怒らせたことにアスカなりの罪悪感を感じていたのだ。だが、部

 屋に入る寸前シンジと鉢合わせてしまった。

 

 「・・・・お帰り」

 「あっと・・・ただいま」

 「・・・・アスカ、さっきはごめん。勝手に怒って飛び出しちゃって」

 「澪からいろいろ聞いたわ・・・・私の方こそ悪かったわ」

 「・・・・・・・」

 「何よ」

 「いや・・・アスカからそんなセリフが出るなんて思ってもいなかったから」

 「なんですってーーー!」

 「ごっ、ごめん」

 

  少し笑ってアスカは答えた。

 

 「さっきあなたのことを強いなんて言ったのは取り消すわ。あなたはやっぱり強く

  も格好良くも男らしくもない、軟弱でうじうじした暗くて内向的なバカよ」

 

  アスカの言葉に、二人は顔を見合わせて笑いあうのだった。 

 

(続く)

 

 



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