死者の道 第三話

 

「河豚を食す者」

 

 

ミサトとマヤは車でシンジ達のマンションに向かっていた。

「偶然でもシンジ君がアスカを保護してくれて助かったは、」

ミサトは一晩中警察と事務所を往復して一睡もしていなかった。

「そうですね、マスコミも今のところは大丈夫ですし。」

マヤも関係者への連絡、本日の仕事のキャンセルで昨夜から一睡もしていない。

「アスカ、さっきの電話では大丈夫だと言ってましたけど、」

「そうね、でもしばらくはゆっくり休ませないとだめね。見かけほど強い子じゃないわ。」

「えぇ、」

マヤもアスカがいつも無理をしてでも頑張ってきた事をよく知っているだけに、しばらくは休んで欲しいと思っていた。だが、ミサトとは違いアスカが自分自身の才能について悩んでいたことは知らなかった。

「アスカ、どうして才能があるかなんて悩んでいたのでしょうか」

「シンジ君達よ。」ミサトには分かっていた。

「シンジ君達は始めから自分達のサウンド、方向性を持っていてそれを表現できる力を持っているわ。それに加えて天性のキャラクターや、カリスマ性を持っている。だから、セールス、批判、評価なんて彼らの音楽には無意味なのよ。でも、危険な存在でもあるわ。あまりにも純粋すぎて他の要素をまったく受け付けなくなるかもしれないし、逆に存在が強すぎて他人の才能を傷つけるかもしれない。

アスカの場合は、その後者かもしれないわね。今まで自分で選択せず私達の敷いたレールに沿って進んできたわ。でもいきなり同じ歳の、ほぼ完成された才能、しかも一級品の才能を見せ付けられたんだから

まったく気にならないわけはないでしょうね。」

ミサトの表情は真剣だった。

「でも、まったく変わらずに、シンジ君達の音楽を受け入れている子達もいるじゃないですか。」

「それはね、気がつかないだけよ。まぁ、気がついて悩むって事はアスカも本物って事かもね。」

マヤにはアスカが何故かとても可哀相に思えた。

そう、あの時のシンジとアスカの会話がよみがえってくる、、、、

 

 

 

レイを突き飛ばしたアスカは何も考えられずにいた、いや、考える事が恐かったのだ。昨日からの出来事を思い出すと、自分を冷静に保てなかった。あの足音は、あの文字は、あの男は、そして自分の瞳が、自分の恐怖感が、なぜ、誰が、どうして、、、、、、

レイが何か言ってる事は解っているが、反応できない。自分の殻に閉じこもってしまいそうだ。子供の時と同じように、暗い自分では認識できない内面の宇宙に引きずり込まれそうになる。

どうしたらいいの、どうしたら、、、、、

 

「どうだい、アスカちゃんの様子は。」

加持は動かないアスカを少し離れて見ている。

レイはただ首を横に振るだけだった。

「助かりました、加地さんがいてくれて」

「いや、偶然とは恐ろしいもんだね、」

ペットショップの前で座り込んで動かないアスカを背負ってマンションに連れ帰ったのは加持だった。

「でも、私ひとりじゃどうすればいいか分からなかったし、、、、」

「まぁ、結果的にお役に立ててよかったよ。しかし、マスクして座り込んでいる子がアスカちゃんだったとわねぇ、しかもレイちゃんまでいっしょとは、犬猿の仲じゃなかったのかい?」

加持はレイの緊張をほぐすように少しおどけて話す。

「そうなんですけど、、、、、」

レイの中でのアスカの位置は変わりつつあった。昨日からのアスカを見ていると何故か、単に嫌いな奴という感じではなくなってきていた。

「それにしても、一体なにがあったんだい、」

「、、、わかりません。」

レイには本当に何が起こったのか分からなかった。スーパーを出るとそこにはペットショップの前で立ち尽くしているアスカがいて、近寄るといきなり叫び、レイを突き飛ばした。そして、その場に座り込み動かなくなってしまった。そこに加持が現われた。偶然でも必然でも、レイには救いだった。

だが、戻る途中も戻ってからもアスカは動かず、瞳は瞬きはするが焦点は定まっていないままだった。

 

アスカはほとんど放心状態で格好もそのままでフローリングの床に座り込んでいる。マスクも帽子もそのままでいるが、何も話さない。瞳もまったく動かないままだった。

レイも何が何だか解らないまま動かないアスカを見ている。

「一応さっきマヤちゃんに連絡いれといたから。ミサトといしょに今こっちに向かっているってさ。」

「え、っそ、そうですか。」

レイは加持の言葉に軽く返事を打つが、気持ちはアスカに向いたままでいる。

「一体何があったのよ。」

レイはアスカに問い掛ける。だが、アスカはまったくなにも言わない。

(まったくシンちゃんも私にこいつ押し付けて、学校行っちゃってさぁ、、、、まいったなぁ)

「アスカ!!聞こえる!私よ!レイよ!返事しなさい!」

座り込んでいるアスカの帽子とマスクを乱暴に 取って顔を前後に揺らす。

「助けて、、、、」「え、なに!!」アスカがやっと反応を示した。

「助けて、誰か、、、、、助けて、、、、、」

涙が落ちる。

「アスカ!!しっかりしてよ!アスカ!」

「お願い、、、、、、誰か、、、、閉じ込めないで、、私を、、、、、、」

アスカは救いを繰り返す、自分の世界で落ちていく自分を止められずに、、、、

「アスカ!」

レイにはどうする事も出来ずただアスカを抱きしめるだけだった、、、、

 

 

 

シンジとカオルは学校のバイク置き場にいた。

「大丈夫かい、単位やばいんじゃないのかい?」

「うん、、でも、今はアスカが心配だ。」

「ふ〜ん、ア・ス・カ・が心配か、、、、」カオルはからかう様に繰り返す。

「、、、、そんなんじゃないよ。」シンジは少し照れて答える。

「じゃあ、何なんだい。他人に興味のないシンジ君をそこまで引き付けるアスカちゃんは?」

カオルはエンジンをスタートさせる。革のパンツに穿き込んだブーツ、素肌の上にライダータイプの革ジャンを着ている。ヴィンテージタイプのヘルメットにはゴーグルが付いている。

「僕らがレコーディングしている時にアスカが来たんだよ。」

「へえ、ファーストの時かい。」

「うん、僕らがレコーディングしている時、隣のスタジオにいたんだよ。」

そう言ってシンジもエンジンをスタートさせる。

「それは知らなかったなぁ、僕は会ってないよ。」

「バック録りは終わっていて、僕の歌をのせるだけの段階だったから、カオル君はいなかったんだよ。でもレイがいてまたいつもの様に言い合いが始まって、」

「それで、」

「レイがまた怒って出ていって、アスカが怒りの矛先を僕に向けてきたんだよ。」

「アスカちゃんも、怒らなければいい子なんだけどねっ」

「その時、色々話をしたんだよ。」

「色々な事って?」カオルが少し目を細めてまた意地悪く聞く。

「実は、、、、」

 

 

シンジは走らせる。不安の中を鉄の固まりを風に近いスピードで。

周りはすべて嘘だから、目の前にある道の先に何かを見つけられると思い、走り、自分の血液の流れる音を聞く。だが、今は明らかに違う目的で走っていた。

(なぜだろう、、こんなに胸が壊れそうなのは、、、、まさか、、、、)

不安というよりも、自分の心が締め付けられる苦しさを感じながら、、

 

 

「まったく、どうなってんのよ!」

ミサトはマンションの入り口に着くと同時に、ドアを開け走りだす。

「ま、待って下さい!」

マヤも後を追う様にエレベーター向かう。

先ほどの加持からの連絡で、アスカの様態を知らされ2人はかなりの焦りを感じている。

(なぜ、アスカが、、)(狙われているの?誰がいったい、、)

二人が入り口をセキュリティー・カード・キーで開けた瞬間、けたたましいエンジン音が後で響いた。

「ミサトさん!」

シンジは叫ぶ。ミサトの表情から何かがあった事を悟りながら、、、

 

 

 

部屋の中ではアスカを抱いたレイがそのままでいた。

レイにはただ小さく呟いているアスカを抱きしめるしか出来ずにいた。

その後ろで加持は二人を無言で見つめていたが、ふと、ある事に気がつく。

「レイ、ちょっとアスカを放してくれ、」

「え、」レイが自らアスカを放すより早く、加持がアスカを自分の正面に向ける。

アスカは瞳を大きく開いたまま、小さく震えている。

加持はその瞳を覗き込み、そのまま動かない。

「どうしたんですか、」レイが問い掛ける。

 

「レイ!アスカ!」入り口が開きミサト達が部屋に入ってくる。

そして、アスカの状態を見て一瞬止まるがすぐに側に駆け寄る。

「アスカ、アスカ!しっかりして!」

ミサトとマヤが叫ぶが反応を示さない。その状態を見てさらに焦るミサトとマヤ。

「落ち着け、葛城、今はなにを言っても無駄だ。」加持が冷静に言う。

「とりあえず、アスカをベットまで運ぶんだ。レイ、着替えを用意してくれ。」

「え、私Tシャツしかないけど、、、」

「とりあえずは何でもいい、マヤ、手伝ってくれ。」

「は、はい」

加持はアスカを抱き上げ、レイの部屋に運ぶ。レイとマヤはその後を追う。

 

「大丈夫だよ、シンジ君。」

なにも言わずに黙って、後ろで立っていたシンジにカオルが話しかける。だが、シンジの表情は鋭く、厳しいままだった。シンジには起きている出来事が何故か別世界のように思えていた。

昨日までの日々とは何かが変わって行く、そんな気持ちを押さえられずにいた。

「何が、、、、」

どうすればいいのかシンジには分からなかった。

だがシンジもアスカの変化に気がついた。

「カオル君、」「なんだい」

「アスカの目の色、、、、」「どうかしたのかい?」

「何か、、、違うような気がする、、、」「え、」カオルが少し驚く。

「透き通る蒼さが無くなっている様な気がするんだ、、、、、」

 

 

 

 

マヤとカオルが飲み物を配る。ミサトと加持はコーヒーを、レイはコーラを、マヤとカオルは紅茶、シンジはビタミンウォーターをそれぞれ飲みながら、リビングに集まった。誰の顔も厳しい表情であったが、心で思う事は各自様々だった。

「ストーカーの仕業でしょうか。」マヤが沈黙を破る。

「いや、昨日までの出来事ならばそうも考えられるが、」

加持は少し前にシンジから昨日の一件を聞いていた。

「アスカの状態は明らかに精神的な圧力、内面への暴力を受けたものだ。仮に直接的なショックを受けたとしてもあそこまで酷くはならないだろう。もっと、アスカの心を壊すような何かがなければ、、、」

「アスカがうずくまっていた場所の周りには?」

「誰もいなかったわ。私が見つけたときには、それに、あの格好じゃアスカだって気がつく人間はほとんどいないはずよ。」レイはコーラを片手に膝を抱えている。

「やはり警察に届けたほうがいいのでは、」

「そうねぇ、、、」ミサトは何かを考え続けていた。

「葛城、昨日の落書きの件は何かわかったのか。」

「それがねぇ、犯人らしき人物、痕跡はまったく無し。それどころか入り口のセキュリティーシステムの防犯カメラにも住人以外は写っていなかったそうよ、」

「じゃあどうやってドアに、、」マヤは不安げに話す。

「それだけじゃないわ。あの文字を書いた血の様な物の成分を更に分析してもらったんだけど、、」

「あの、動物性の血液と何かの実を混ぜた液体のことですか、」

「ちょっと、スプレーじゃなかったの。」レイはシンジを睨む。

「え、い、いやあぁ、、」シンジは焦る。

「ふ〜ん、、、、、後で、お仕置きよ。」冷たい笑い顔でさらりと言う。

「、、、、でも、、、、」

「なに!!文句あるの!!私にアスカを押し付けて出ていったくせに!」

「、、、、、、、、、、ありません。」あきらめるシンジ。

「まあ、シンジ君へのお仕置きは後でゆっくりしてもらうとして、葛城、結果はどうだったんだ。」

シンジはレイの口元の不気味な笑みに寒気を感じていた。

「それがねぇ、動物性の血液は豚のものらしいんだけど、混入物がね、どうやらコカの葉特有の反応があったらしいのよ。」

「コカの葉って、コカインの原料の、」マヤが更に不安げな表情になる。

「そう、でも元々はボリビア・ペルーの山脈で採れていたんだけど2000年以降の紫外線増加に伴ってコカの葉も性質を変えてきていて、今は昔ほどの麻薬的な成分は含まれていないわ。でも、含まれていた成分には純度が98%を超えているものらしいの。」

「ちょっとまった、純度98%っていったら最高級じゃない!」レイが身を乗り出して叫ぶ。

「そんなに、高い物なの?それって。」シンジにはなんの事だか分からない。

「あのねぇ、コカの葉を天日で乾燥させ、アルカリ塩酸で処理したものをケシロンや硫酸で溶かし、固めたのをコカインペーストって言うんだけど、大体1kgのコカの葉から1gぐらいしか採れないのよ。

それ自体は余り純度は高くないんだけど、その後再度ケロシンで溶かし、上部に出来るアルカロイド層をあつめると、その時点で純度は60%ぐらいになるの。

 さらに、アルコールで濾過し不純物を取り、過マンガン酸カリウムを入れて濾過、乾燥させてコカイン基剤の完成。水に溶けるようにエーテルで処理して乾燥させると98%の純度の黄金の薬、コカイン塩酸塩が出来上がり、一発で天国を見物できる品物になるわけ。まぁ、私はいつも60%ぐらいだったんだけど、、、、、、はっ!」

周りの人間全員、レイを呆れた表情で見ている。

「なんでそんな事知っているんだい。」

カオルが意地悪く聞く。

「い、いやぁ、、はっは、あははは、、そんなに詳しいって訳ではないんだけどね、、、、、、、。」

誰一人として信用していないといった表情でいる。

「なによ!本当にコカインしか私は知らないのよ、他は何も知らないんだから!」

(レイそれだけ知っていれば充分だよ、、、、)誰もがそう思っていた。

「でもなぜ、そんな物を混入した血で、、」マヤがもっともな質問をする。

「そうよ、今1kg、10万ドル以上はするのに。」

「レイ、あなたには色々聞かなきゃだめな様ね、後で、た〜ぷりとね。」

ミサトの怒りを隠した笑顔がレイの目の前に迫る。

「それはともかく、理由はなんだろう。」加持は真剣な表情のままだった。

「でもコカの成分だけじゃなく色々混入されていたみたい、」

結局何が混入されているか分からないままだった。

誰もが下を向き考え込んでいる中、カオル一人が不敵な笑顔でいた。

「アスカちゃんが中毒だからさ。」

「はぁ?どういう事。」レイが聞き返す。

「DrugQueenってことさ。」

「、、、、、、、、、なにそれ、」レイは呆れ顔だった。

 

                                                

アメリカ、オレゴン州。

果てしない大地。地盤は固く岩がむき出しになり、土は乾燥し風と共に風化世界を促進していく世界。

焼けるような空気は全ての振動を遮断し、音や視界の存在を許さないような世界。

空は本当の青さを忘れ白い光で全てを壊す様になってしまった世界。

そんな大地に人工的なビルが建てられている。

「シュラウド農作物研究所」と書かれたこの建物は過去に世界を救った研究機関が存在していた。

世界中がダイオキシンと紫外線増加による発癌率の上昇で、1日に100万人死んでいた時期、誰もが世界の終わりを叫んでいた時代に圧倒的な化学力と飛躍的な理論をもってダイオキシン性癌に効く特効薬を開発した研究機関がこのビルのなかにあった。だが今はその研究機関に携わった人々もいなくなり、ただの農作物の研究を進めているだけであった。

表面上は。

「シュラウド農作物研究所」ここには世界中の穀物の種子、約60万種の種子が蓄積保存されている。

そしてあらゆる環境下において穀物として成育できるように遺伝子資源を改良している、いわゆる種子混合化(ハイブリット)が行われている。通常、系統の違うもの同士をかけあわせた新種の種子は一代限りで終わる。主に染色体が安定しない為である。だが、2000年以降、世界の異常気象はハイブリット化された穀物が、たとえ一代限りの種子であろうと、人類が生き延びる為には必要とされた。

「現在、絶滅と思われる種子は100万種とも言われている。」

研究所とは思えない、まるで工場のような場所に一人の老人が立っている。

彼の後ろには様々な国籍を持つ人々がついて歩いている。

「我々は様々な穀物を世界中に供給する反面、あまりにも多くの植物を犠牲にしてきた、、、

命、神が与えた物かもしれないが、単なるDNAの中のヒトゲノムによる情報伝達方法の手段なのかもしれない。だが、いまだに我々の科学では解明されない世界だ。生命は人工的な物へと変化するのか、それとも、さらに、、、、、」

この老人の言葉を黙って聞く人々の目にはこの後開かれる、新種のハイブリット種子の競売の事以外は映ってはいなかった。

「人が生き続けるには、他の生命を犠牲にする必要がある。だが、必要以上の絶滅、破壊、汚染を文化という名のもとに欲望をむき出して行う人間を、われわれは救う必要があるのか、、、、まぁ、私もその醜い人間の一人だがなぁ、碇よ。」

老人の呟きは後方の私利私欲で固まった表情をした人々には向けられず、過去この研究所にて志しを共にした人物に向けられていた。

「シーラー博士、そろそろ今日の品目を教えて下さい。」

「そうですとも、これだけの政治家、企業家、宗教家を集めたのだから、単なる新種の種子ではないわけですよね。」

「是非とも我が国に、3万人を超える難民の為にもぜひ、、、」

「いやいや我が企業にお預けになれば、世界中の、、」

会話はシーラー博士と呼ばれた人物とは、まったく別のところで一方的に進んでいた。

「博士、」一人の研究者らしき人物が近寄り、シーラーの耳元でささやく。

シーラーは興味深そうな笑いを浮かべ、研究員に小さな声で告げた。

「碇の息子の能力を見逃すな。」

 

 

 

                                               

「姿の見えない尾行者、不思議な血文字、そして、心への衝撃。確かに、奇妙な事ばかりだ。だけどもよく考えてみると、別に奇妙でもなんでもないんだよ。」

カオルは平然とした表情で淡々と喋る。

「どういうことよ」

レイにはカオルが何を言いたいのかわからなかった。

「初めに、誰かに尾行されている、といったのは」シンジの方を見る。

「アスカだよ。」「シンジ君は見たのかい。その人物を?」

「いいや、いきなりアスカがバイクに乗ってきて、、、」

「つまり、アスカちゃんの発言しかないわけだ。」

「でも、アスカは嘘をついている様な感じでは、、、」

「いや、嘘ではないと思うよ。でも、ここで大事なのは、アスカちゃんの発言のみが存在しているってことさ。」カオルは今度はレイの方を向く。

「レイがアスカを発見したときに、アスカちゃんはマスクして帽子を被っていたんだよね。」

「うん、」「誰か尾行者は?」

「いないと思う。」「どうして、そう思うんだい?」カオルが問い詰める。

「だって、昨日の今日だからって、二人で散々回りを気にしながら歩いてたから、、、、」

「離れていた時間は。」「20分ぐらい」

「その間だれもアスカちゃんに接触していない証拠は?」

「わかんないわよ、そんな事。」

「つまり誰かがアスカちゃんに何かをする事はできたんだ。」

ミサト、加持、マヤは黙ってカオルの導こうとしている結論を待っていた。

「でも、アスカも変な奴が寄ってきたら、逃げるなり、叫ぶなりするんじゃ、、、」シンジが会話に絡む。

「そう、つまり誰も面と向かって接触はしていない可能性が高いのさ。」

「つまり、」加持が会話に入ってくる。

「アスカは自分で思い込んでいる世界、もしくは思い込まされている世界に苦しめられているって事かい。」

「そう、犯人は直接的な接触ではなく、間接的に接触できて常にアスカちゃんの行動を把握できる人間の可能性が高いね。」カオルは自分のティーカップに紅茶を新たに注ぐ。

「でもどうやって、」マヤが質問する。

「だからアスカちゃんはDRUG・QUEENなのさ。」

「まさか、、、薬物、コカインってこと?」ミサトが驚きの表情で答える。

「おそらくは、幻覚剤の一種だと思うんだけど。」カオルは紅茶に口をつける。

「おそらくなんらかの方法で、昨日、いや、その前からかもしれないが幻覚的作用、精神高揚作用が出る薬を飲まされていたんだと思うよ、自分では気がつかないうちに。」

「その作用でちょっとした事が原因でも、大きく恐怖感を感じていたと、」

ミサトはアスカが服用していたアレルギーの薬の存在を考えていた。

「でも、ドアの血文字はどうなの。あれは現実だし僕も一緒に見ているし、」

シンジの質問にカオルはもう一度紅茶に口をつけてから答える。

「あれこそ決定的な結果を導く出来事さ。犯人はあの文字を効果的に使ったのさ。」

「どういうこと、、、」シンジは理解できない。

「誰もがあの文字を見て、アスカの言葉を現実世界の事だと思い、そして、アスカを不安定な精神状態に追い込み、さらに、錯乱状態の手前まで追い込む。そのための手段だったわけね。」

ミサトもコーヒーを口につける。

「確か、見た時にアスカちゃんとシンジ君はちょっとした体験をしたんだよね、」

「うん、なんか強い刺激臭がして、文字だけだ視界を覆ってくる様な、、、、、、、まさか、それって」

「そう、きっと何らかの方法で血文字に混合されていた幻覚剤が揮発状になり、それを吸い込んだのが原因だと思えるんだけど。」

「そんな事できるの?」レイは信じられないといった感じだ。

「まぁね、全ては憶測さ。ここまでは。」

「ここまではってどういう事。」

「レイ、今までの話しを総合するとどんな犯人像が見える。」

「え〜と、アスカが薬物中毒者で、シンジや私を誘っている、、、、、、、、、わけないよね。」

またカオルが笑みを浮かべる以外、全員が呆れた表情でレイを見つめる。

「じょ、冗談よ、は、は、、、」

レイはなんとなくこの場にいるのが辛くなってきていた。

「アスカに気がつかれずに、幻覚剤をアスカに飲ませ、アスカの自宅、シンジ君の自宅を知っていて、アスカの行動を把握できる人物。」

ミサトが考え込む。

「決定的って言ったでしょ。入り口の防犯カメラに映らずに、アスカのマンションのドアに血文字を書ける人物は、」カオルが笑みを浮かべる。

「同じマンションの住民!!」

マヤの頭にある人物が浮かぶ。同時にミサトの頭にも。

「付き人の岡村佳恵が、、、、まさか、、」

「彼女のが犯人なら全てが説明できるさ。」

 

                                                

カオルはシンジ達の顔を見回す。誰もが彼の意見には異論はない雰囲気を確認し、話し続ける。

「まぁ、証拠はないけれど、おそらくは彼女が、仕組んだことだろう。」

「でも、どうして、、、」マヤはいまだに信じられない様子だった。

「冷静に判断していけば彼女にたどりつける。おそらく、警察も彼女を疑っているだろう。だが、今回重要な点は動機だ。彼女は自分が犯人だと思われることが分かっていたのに、犯行を実行した。しかも、入念な準備期間をかけて。彼女が付き人になったのは?」

「確か、1年以上前だと思うけど、、」マヤが答える。

「おそらくその頃から計画されていたんだろう。目的はアスカに不安を与え、精神的にアンバランスな時に幻覚剤のような薬で追い討ちをかけて、最後には間接的に何か衝撃を与え、精神的錯乱状態にする。」

加持は確認するように話す。

「間接的な何かって、」レイが質問する。

「人間の脳波は通常に判断できる状態になっていないときには、視覚、聴覚からの認識がある現象を創り出す。おそらく、アスカは聴覚から入ってきた情報に困惑し、視覚的にも困惑していったんだろう、」

「でも、今日一緒に出かけるときはアスカ、普通でしたよ。」

「アスカのマスクを調べてみよう。ひょっとしたら何か含まれているかも、」

加地は原因がマスクにあるのではと考える。

「アスカの身の回りの物は、佳恵ちゃんが買ってきてくれてたんですよね、、、、、」

携帯電話をしまいながら、加地の言葉に悲しそうに反応するマヤ。

「マヤ、佳恵ちゃん、連絡ついたの?」

「行方不明だそうです。誰も居場所が分からないそうです、」

「すでに別人になっているさ、」カオルが冷たく言う。

「そうなの?」レイが不思議そうに反応する。

「レイ、もしカオル君の推測が正しければ、彼女はコカの実を手に入れられて、その実を精製し向精神薬を作り、さらに精神錯乱に追い込む方法をしっている事になる。しかも、アスカやマヤに日々接触しながら、錯乱させる準備を気がつかれずに行ったとなると、彼女は普通の女の子ではないはずだ、おそらく、訓練を受けた特殊な人間だろう。」

「でも、仮にマスクに薬物が染み込ませてあったとしても、あそこまで精神錯乱状態にもっていけるんですか?」

シンジには、瞳の色が変わるほど強いショックをアスカが受けている事が、薬物だけが原因だとはおもえなかった。

「いや、もし今回の出来事が彼等の計画だとすると、、、」

加地はカオルを見る。

「おそらく、間違いはないと思います。彼等なら、簡単にアスカちゃんを位相空間に入れて、心に深く感情を埋め込む事は可能でしょう。恐怖感とか、焦りとか、不安をね、」

「彼等ってだれ、」

ミサトの質問に2人は黙ったまま、答えることはなかった。

「目的はアスカを今のような状態にする事だけだったんだろう。そして、本当の目的は、、、、、、、」

加持は再び黙ってしまう。

「本当の目的ってなによ。」ミサトは黙った加持の言葉を待つ。しかし、加持からは返事は返ってこない。

しばらくの沈黙の中カオルが静かに話しはじめる。

「シンジ君だよ」

「え、」シンジは固まる。

「シンジ君しかアスカちゃんを救えないんだよ。」

あまりの訳の分からないカオルの発言にレイは何も言えずに、横目で呆れた表情でカオルを見ている。

ミサトとマヤは彼の次の言葉を黙って待っている。

「さっき、アスカちゃんの瞳の色が違うって言っていただろ。

そうだよ、その通りさ。彼らの使う向精神剤は心を崩壊させる。

そして、心を奥深くに押し込めてしまう。科学や物理的な現象では救う事ができない世界へ、自分自身が持つ心の暗い部分に自分で落ちて行く様に導く。それが彼らのやりかたさ。」

カオルの表情は真剣なものへと変わっていく。シンジには何の話しか分からないままだったが、カオルの気迫に視線をそらせずにいる。

「アスカちゃんは、今、彼らの術中にはまっている。そこから救えるのは君しかいないんだよ!」

「ちょ、っちょっと待ってよ。よく分からないよカオル君が言ってる事は。」

「さぁ、歌ってくれ。君の真実の世界の物語の歌を、偽物を切り裂いて真実を蘇らせる、君の声で」

「なんの事なの、、、どうして僕がアスカを救えるの、、」

シンジだけでなくミサト、マヤ、レイのも何を言っているのか分からなかった。

だが、加持だけがシンジに話し掛ける。

「シンジ君。言っただろ、君には資格があるって。」

「加地さん、、、」

「本質を感じることが出来る人間は、本質を表現しようとする。君の歌は、君だけがその世界に引き込まれるだけでなく、聞く人全てを一緒に飛躍させられる。そして、君だけは人の心の奥までダイビングできるんだ。君のもつ真実の世界を歌う事によって。」

「でも、、僕はただ感じるままに歌っているだけだけど、、、」

「それでいいんだ、君の才能は意識の外にある。まるで人間には予想が出来ない偶然の世界を生み出すように、君の歌声は人の心に響き、そして、人の心の奥底に眠ってしまった真実を呼び起こすんだ。」

いつのまにかシンジに加持は迫っていた。

「さぁ、行こう、アスカちゃんの瞳の色が壊れてしまう前に、、、」

カオルがシンジの手を取った。

 

 

                                                

「こちらフグの依頼を受けた者ですが。季節物はそろそろ終わりそうなんですが、」

無線で話す彼女の手には狙撃用のライフルが握られている。

「それでは、フグを味わえんのかな、」

無線の相手も無機質な返事を返す。

「いえ、魚の目利きの結果が別の者から入り次第、さばきにはいります。もしも、旬のものならば、」

「当然料理したまえ。」

「分かりました。」

無線を切り、無表情にスコープから目的を覗く彼女は昨日まで「岡村佳恵」と呼ばれていた人物であった。

いま彼女はシンジ達のいるマンションのビルから、300メートルは離れているビルの屋上から狙撃体制に入ろうとしていた。

 

第四話へ続く



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