死者の道 第四話

 

「不良少年の歌」

 

 

500人ぐらい入るライブ会場は超満員だった。オールスタンディングのフロアーには革パンツをはいた少年少女たちが所狭しに立っていた。オープニング前の会場は今にも爆発しそうな雰囲気を強烈なパンクロックサウンドが創り出す。聞く人によっては単なる雑音も、ここにいる人間にとってはステージが始まる前の興奮剤になる。

開演時間は過ぎている。誰もがレッドとブルーとグリーンのストライプの幕が開くのを待っていた。

誰かが奇声をあげる。それに反応するように何処かで奇声があがる。そして、連鎖は広がり大歓声がスピーカーから流れる音楽を消し去る。誰もが待っていた。シンジ達が登場するのを。

 

「まったく、いつまで待たせるのよ!時間通りにどうして出来ないのかしら。」

「まぁ、まぁ、シンジ君たちは気持ちを持っていくの大変だから。」

「そんなのみんな同じよ。まったくいつもシンジ達には甘いんだから。どうせ、レイがぐずぐず言ってるのよ。」アスカはなかなか始まらないステージにいらいらしていた。

「そうねぇ、20分も過ぎているのに、少し遅いわねぇ、」

マヤも2階の関係者席でステージが始まるのを待っていた。

「もう、デートの時にも遅れてくるんだから。」アスカが不満そうな声で言う。

「それは本当にレイちゃんが邪魔してるのかもね。」マヤが笑いながら答える。

「聞きに来てくれるお客様は神様だって言ってた人もいるぐらいなのに、まったく、、」

 

アスカの愚痴の途中で照明が一瞬で落ちる。同時に激しいアシッドジャズ変わる。

暗闇の中ステージ前方に流れるように人が集まる。激しいビートが煽りまくる。

スピーカーの雑音と人々の雑音がうねり全てを引き込む様な空間を作り出す。

2階で座っていたアスカは何故かとても緊張していた。

シンジ達のステージを見るのは初めてだが、期待と不安が彼女の血液の循環を圧迫する。

ステージから目が離せられない。まだ開かない幕を拳を固めながら、ただ見つめていた。

 

全てを切り裂く様にシンジのブラックビューティー(ギターのこと)が唸りを上げる。

いつもの様に歪んでいるが、バランスよく全ての音域からでるサウンドは全てを消していく。

カオルのカウントがいきなり入る。幕が一気に開く。

そして全てが始まる。

長い物語、シンジ達3人が信じる不思議な世界が、、、聞く人の心を突き刺しながら、、、、

 

 

 

同時刻、新東京国際空港の成田にインドからの最終便が到着していた。

加持はその最終便で現われるはずの人物を待っていた。

ロビーにはあらゆる国籍の人々で溢れていた。

日本がアメリカの一部となり、一つの州になってから外国人(純日本人でない)の流動は激しくなった。未だ経済大国日本、テクノロジーとあいまいな文化を持ち、宗教、人種差別の割と少ない国。

同時にナショナリズムを強く持たない国でもあるが。

加持はこの国が独立していた時代をよく知っている。日本語が母国語であった時代、世界中が狂気していた時代、そして、自分がまだ幼かった、純粋に世界を愛せた時代を思い出していた。

(せめて、シンジ君たちの世代の子供たちにも教えてあげたいのだが、、、、、もう、俺には無理か。)

加持の教えたい事は何か、それは加持の心の奥深くにしまわれたままだった。

「お待たせ。」

ゲルマン系の血が少し混ざっているような顔立ちの女性が、フライトの疲れを見せずに微笑んで立っていた。

「やぁ、ひさしぶり、」

「えぇ、5年ぶりぐらいかしら。」

「あぁ、5年前と同じ美しさで嬉しいよ。」

加持は彼女の荷物を手に取る。

「碇教授と冬月教授は」加持は周囲を見回す。

「先に行くところがあるって、」

「行くところって、、、まさか」

「そう、シンジ君達のライブを見るんですって。」

「へぇ、あのふたりがねぇ、、、じゃあ今晩はりっちゃんと二人きりって事かな。」

「残念でした。私はミサトのマンションに泊めてもらう事になっているから、」

「じゃあそれまでは二人っきりでいられるわけだ、」

加持は誘うように彼女を引き寄せる。

「ミサトを悲しませる様な事はしないの。ただでさえ、私達は、、、」

そう言って彼女は少し悲しそうな顔をする。二人は黙って駐車場に向かってく、、、、

 

 

 

会場は異常な雰囲気に包まれていた。

MC無しの進行、何も無いステージ、特に大きなアクションがあるわけでもなく、客を煽るわけでもない。だが客はダイビングをくりかえし、人の上に人が流れて行く。誰もが狂ったようにシンジ達の創り出す物語の世界に酔っている。後ろで喧嘩している者もいる。しゃがみこんで動かない者もいる。

だがそんな事に関係なくステージ上で淡々と演奏していくシンジ達。

そんな3人を2階で見ていたアスカは、いつのまにか震えていた。

「曲順、曲目まったくちがうわねぇ、」

マヤが横から大声でアスカに話す。このうるさい会場ではしかたがないことだった。

「え、そ、そうねぇ」

アスカはあいまいな答えをする。そんなアスカを見てマヤはまた大声で話す。

「大丈夫よ。きっとあの曲やるわよ、リストにはないけれど。」

「う、うん、、」

アスカははっきりとは答えない。

業界の人間にはライブの曲進行表が渡される。よって、次の曲、いつまでやるのか、アンコールはあるのかなど事前に知らされている事がほとんどであった。特に新人のコンサートなどは招待が大半な為、客のほとんどが次に来る出来事が分かってしまう。これほど見ていてつまらない事はないと思うのだが、シンジ達はまったく進行どうりには演奏していなかった。曲順もその場で決め、アンコールも今までやったことはなかった。

マヤの言葉とは逆に、アスカはあの曲をステージでは歌って欲しくなかった。

アスカが聞いた、あの時、自分の為だけに歌ってくれたシンジの物語、純粋で少し悲しくて暖かい歌は、アスカ一人の為だけに歌って欲しかった。

あの時、アスカを救った不思議な歌は、アスカだけの物にしておきたかった、、、、

 

 

                                             

2週間前、

シンジはギルドの12弦アコースティックを持っていた。JF65と呼ばれるこのアコースティックギターはサイド・バックがメイプル材でできていて、厚みのあるサウンド、というよりも高音の抜けが個性的で好き嫌いが分かれるところだが、シンジはこの12弦をとても気に入っていた。

「さぁ、シンジ君、歌うんだ。アスカちゃんの事だけを考えて。」

「でも、僕の歌なんかでアスカを救えるわけないと思うんだけど、、、」

シンジには信じられなかった。瞳の色が変わってしまったアスカを治療するわけでもなく、自分の歌で救えると言われても、素直に納得できなかった。

「カオルも加地さんも、本当はからかっているんじゃないの、」

レイも半信半疑でいる。

「レイ、君も何かを感じるだろう。シンジ君の歌には。」

「それはそうだけど、、、、今回は、」

「いや、シンジ君の歌以外ではアスカちゃんの心にダイビングは出来ないんだよ。」

カオルがレイの言葉を遮る様に答える。

「ちょっと加持君、、、、ってあいつどこ行ったの?」

ミサトも加持に聞こうとしたが、加持の姿はなかった。

「加持さんなら、さっき出て行きましたよ。」

カオルがさらりと言う。

「この大事な時に、またいなくなって。言いたい事だけ言って、いなくなるんだから、、、、」

ミサトはぶつぶつ怒り出す。

「でもカオル君、」シンジが話す。

「アスカがこうなてしまったのって薬物のせいなんでしょ。だったら、直ぐに病院に連れていった方がよくないかい。」

「いや、アスカちゃんの心は奥深く閉じこもろうとしている。それは単に薬物のせいだけではない。

おそらく、ペットショップの前での一件で精神的錯乱状態に引き込まれたんだと思うんだ。しかも、間接的にね。」

「そんな事可能なの、」

「わからない。でも、もしシンジ君が上手くアスカちゃんの心にダイビングして2人で飛躍してくれればアスカちゃんからその時のことを聞けるはずさ。その為にも、」

シンジとカオルは真剣に見つめあう。

「わかった、とにかくやってみるよ。カオル君を信じてね。」

「信じるのは僕じゃない。君自信の世界をだよ。強く信じるんだ、君の物語、サウンド、純粋さを。」

アスカは半開きの瞳を天井にむけたままレイのベットの上で横たわっている。

シンジはベットの脇に座りしばらくアスカを見ていた。

実はシンジは知っていた。明るく振る舞うアスカだけでなく、悲しむアスカ、淋しがるアスカ、辛そうなアスカ、頑張るアスカ、そしてシンジにやさしくしてくれるアスカ。

あの時、ファーストアルバムのレコーディングをしていた時に2人っきりで話して以来、シンジとアスカの距離は近くなっていた。シンジはその時の事、それ以降の事を思い出していた。

恋人ではないが、気になる異性。レイやミサトとは違う何かを持っている女の子。

その子が今、ベットの上で別人の様になっている。何か訳の分からない物に脅えて、しかも救えるのは自分だけと言われ、シンジは何が何だか分からなかった。

だが、シンジはもう一度見たかった。アスカのあの蒼い瞳が、生気の溢れる唇が。

(信じよう、カオル君を、僕の歌を、、、、、)

シンジはいきなり歌いはじめた。

マヤもミサトも驚く。

レイは表情を変えず、ただシンジを見つめていた。

カオルは窓の外のただ一点だけを見つめていた。

シンジは歌う。

物語を。

愛や恋なんて言葉はない。

人生応援歌でもなく、皮肉を込めた歌でもなく。

シンジの作り上げた町、少年、少女、その子達の心を。

やさしさも、悲しみも、関係ない。

ただ、きれいなメロディーにのせて、世界を歌い上げる。

誰もがその世界に引き込まれそうになる。

そう、レイも、ミサトも、マヤも、そしてアスカの心も、、、

 

 

 

 

 

 

シンジはバイクに乗ってある湖の側の小さな町に着いた。

そして小さな酒場にはいる。

古びたステージでは30歳ぐらいの女がブルースを歌っていた。

シンジは小さな女の子を連れて、2階の部屋へ行く。

彼女は脱ぎながら自分が今日14歳になったことを告げる。

そして誰もが自分を愛してくれて、お金もくれる事を自慢する。

きっと神様にも愛されていると、

シンジはその子を抱きながら、聞く。

「アスカって子知らない。」

「その子なら、湖にいるわ、」

「湖のどの辺?」

「底」

シンジは次の瞬間裸で湖に潜っていた。

冷たくもなく、暖かくもなく、暗い夜の湖をシンジは潜る。

そして、眠っているアスカを見つける。

底の泥に沈んでいくアスカ。

シンジが手を伸ばす。ぎりぎりでアスカの手を握る。

だが2人とも底に引き込まれそうになる。

シンジは苦しむ。だが、これで死ねると思うとこのままでもいいと思う。

その時14歳の娼婦が2人を救い上げる。

そして、神様に嫌われてしまった事を二人に告げ何処かへ消えて行く。

シンジは全裸で、シンジの服を着たアスカを後ろに乗せバイクで町を去る。

旅は続く、果てしない大地を見つめながら、次の町へと鉄の固まりを走らせる、、、、、

 

 

 

 

 

シンジは歌った。

自分の持てる感覚をすべて注いで、アスカの心に届くように歌った。

誰も何も言わなかった。

誰もが見えない映像を感じ、その世界を体験し、何とも言えぬ感触を感じていた。

不思議という言葉では表現できない、不思議な感覚が心に残る、

誰もが心の輪郭を感じる事が出来たような歌に、全ての言葉を失っていた。

そんな中、アスカの小さな寝息だけは聞こえていた。

さっきまでのうつろな瞳は閉じられ、穏やかな寝顔であった。

「アスカ!」シンジがアスカを揺する。

「アスカ!聞こえる!」

「こら!起きろ!返事しろ、アスカ!」レイもアスカを起こそうとする。

二人がアスカの体を揺する。

「う、、うぅん、、、」

「アスカ」ミサトとマヤも近寄る。

「、、、、、シンジ、、、、、」アスカが僅かに目を開ける

「アスカ、聞こえる、、、、」シンジは元の蒼い瞳を確認する。

「アスカ、、よかった、、、」シンジは元の唇の色を確認する。

アスカはまだ意識がはっきりとしてはいない様子だった。

「シンジ、、、」「なに、」「シンジさぁ、、、」はっきりしない意識で喋る。

「シンジ、助けに来てくれたんだよね、、、私の奥まできてくれて、、、」

「あぁ、何とか見つける事ができたよ、、、」

シンジには何のことか分かっていた。

「湖の底って、、、暗くて、、、恐いんだ、、、、、」

「大丈夫、もう、大丈夫だよ、」

「そうね、きっとシンジは何処にでも助けに来てくれるよね、、、」

「あぁ、、」

虚ろな瞳でシンジを見るアスカは少し微笑む。シンジも優しそうな笑みを浮かべる。

「ちょっと!!」横で見ていたレイが間に割り込む。

「なに、良い感じになってんのよ!気がついたんなら、さっさと起きなさいよ!私のベットなのよ!」

「レイ、、、」アスカがレイの方を向く。

「な、何よ、」「ありがとう、、」「え、、、、」

いきなりで驚く。

「レイも、助けてくれたんだよね、、、シンジと私を、、、、」

「、、、なに言っんの?あんた、大丈夫?」

レイには何の事だかさっぱり分からなかった。

「でもね、レイ、、、」「何よ、、」

「娼婦にだけはなってはだめよ、、、、神様に嫌われても、、、、」

一瞬レイの顔から血の気が無くなる。

「な、な、な、何言ってんのよ!!!!」

レイの大声が響く。アスカはまだ寝ぼけていた。

レイは訳の分からぬ苛立ちを押さえられずに立ち上がり叫ぶ。

「私は生まれてからシンちゃん以外の男はしらないわよ!!!」

「「「え!!!」」」

カオル以外の全員がシンジを見る。

それまで寝ぼけていたアスカがいきなりシンジの胸座をつかむ。

「あんた!どういう事よ!!!」シンジを殺しそう、いや、殺すつもりで叫び、首を絞めはじめる。

「ご、、誤解、、、だよ、、、」シンジは恐怖で身動きできずにいる。

「あんた!私に嘘ついてたのね!!」首を絞める手に力が込められていく。

「レ、、レイ、、、、ちゃんと、、、説明してよ、、、、し、、死ぬ、、、、、」

「あら、私は本当の事言っただけよ。シンちゃんの肌しかしらないわよ、」

レイが勝ち誇ったようにアスカを見る。アスカは逆三角形の目つきでレイを睨み付ける。

(とても、さっきまでベットで横たわっていた人物と同一人物とは思えないわね、、、)

ミサトは半分呆れた笑い顔で成り行きを見ていた。

「ほら、アスカ、シンジ君本当に死んじゃうわよ」

マヤがシンジに助け船を出す。

「きっと、シンジ君も男の子だから我慢できなかったのよ。しかたなかったのよ、」

、、、、助け船にはならなかった。

「マヤ!どういう事よ!」レイがマヤにつかみ掛かる。

「きゃぁ!!」逃げるマヤ、追いかけるレイ。

「シンジ、今晩ゆっくりと聞かせてもらうわよ!わかった!まったく、あんたは、、、、、」

意識の無いシンジにアスカは怒鳴り散らしていた、、、、。

 

カオルは窓際で感情の無い笑みを浮かべた表情で状況を見ていた。そして、窓の外をさりげなく見る。

その視線の先には、、、、

 

 

 

「分かりました。」

そう言って岡村佳恵は狙撃用ライフルを構える。エレクトリックトリガーに指をかけつつ、スコープからシンジを狙う。感情の無い表情で照準を合わせる。スコープにシンジを捕らえる。

トリガーに掛かった指に力を入れる瞬間、シンジの前にカオルが入る。

「ちっ」

彼女はそれでも体制を崩さず、スコープから覗き続ける。

だが、カオルがいきなり指を上に指す。まるで佳恵に合図でも送るかのように。

佳恵がシンジ達のマンションのビルの屋上をスコープで覗く。

そして、そこで捕らえた物が、彼女が人生で最後に見たものになった。

 

ズキューン、、、、、、

一発の弾丸がM-16カスタムから発射される。

弾丸は佳恵の額を打ちぬく。

加持は何事も無かったの様に、銃をおろしタバコを吸う。

そして、少し寂しげな表情でカスタムM-16を分解しサックスケースにしまう。

まだ暑い薬莢をポケットにしまい、屋上を後にした、、、、、

 

 

 

                                             

 ライブは最後の曲になっていた。

「次、ラスト」最初で最後のシンジのMCと共に始まるラストナンバー。

荒いカッティングでリズムを刻む。レイとカオルが16ビートで対応する。シンジのサウンドのテンションが音域と共に上がっていく。フロアーの観客は狂喜乱舞している。

一瞬、全てが同時に止まる。そして、歪んだマイクがレイの絶叫を大音量で会場に響かせる。

そして、切れの良いギターのリフが入り直ぐにシンジが歌い出す、、、、、

 

「サンキュー!バイバイ!」

レイが大きく手を振る。シンジはフラフラになりながら、ステージ袖に消えていく。カオルはレイの側で満足そうに会場を見回す。会場の拍手、絶叫、興奮はなくならない。

誰もが心を解放した2時間近くのライブだった。決して偽物ではなく、デジタルやクチパクでは得られない真実の世界を体験した人達には決して消える事の無い物語だった、、、、、

 

 

 

「何でアンコールやらないのよ?」

アスカは会場の電気がついても鳴り止まないアンコールの要望に、応えるつもりのないシンジに話し掛ける。だが、シンジはまったく反応しないで上半身裸でブロックの上に座っている。

暗い空を見上げ、黒いブーツで壁を蹴っているシンジから少し離れたところにアスカはいた。

「ちょっと聞いてる、シンジ!」

「だめよ、シンちゃんしばらくは、何も反応しないわよ。」

ボロボロのジーンズに白のタンクトップ、ゴーグル型サングラスを首にぶら下げレイが立っている。

「毎回、こうなのよ、」

ライブ会場の屋上でシンジは放心状態になっている。瞳は何を捕らえているのか、何が聞こえているのか、アスカにはわからない。

「まぁ、しばらくすれば元にもどるわよ。」

そういって、レイはシンジの脇に座る。シンジはそのまま上半身を横に倒し、仰向けに寝転がる。

レイはシンジの顔を黙って眺めていた。彼女には、この時、シンジが永遠の旅に出てしまう可能性があるような気がしていた。だから、いつでも引き戻せるように、でも、邪魔はしない様に静かに眺めていた。アスカもシンジの脇に行こうとするが、カオルが遮る。

「放っておこう」「なによ、あんたには関係ないでしょ。」

「いや、僕はレイの味方だからねぇ、それに、今はシンジ君にとっては心を取り戻している大事な時間だからね、無理に現実に引き戻したくないんだよ。」

「私は邪魔だっていうわけ。」

アスカは少しむっとして応える。

「いや、君もシンジ君にとっては重要な人間だよ。だが、今はレイが自然にシンジ君を戻してくれるのを待った方がいいんだ。」

「なによ、私も邪魔しないわよ。」

「君も経験しただろう、レイがシンジ君と君を湖から引き上げるのを、」

アスカは、あの時の不思議な夢のような映像感覚を思い出した。

「シンジ君にとって、レイは心を蘇らせるのに必要な人間なんだよ。そうしなければシンジ君は旅立ったままになってしまう。自分で描いた死と解脱の旅にね、、、、」

カオルは何故か悲しそうに二人を見つめる。

「私じゃぁ、、、だめなんだぁ、、、、、」

アスカも淋しそうに二人を眺める。

「いや、君はシンジ君の愛を受ける事ができるから大丈夫だよ。」

「え、、」カオルの真顔での発言に顔を赤らめる。

「もう、何度も会っているんだろ、二人で」

「そ、そんなに、な、何度もあってないわよ、、、、、、、レイも邪魔するし、、、、、、、、」

アスカの声は小さくなっていく。カオルは笑顔にもどっていた。

「ふふ、レイが邪魔するのは焼きもちじゃなくて、両親を妹に取られた子供みたいな気持ちだとおもうよ。」

「その割には、私に会わせまいと邪魔ばかりするじゃない。こないだなんか、シンジの事縛ろうとしたらしいわよ。」何度も邪魔されているアスカはいいかげん怒っていた。

「それは、シンジ君が望んでしていることでは、、、、」

「、、、なに、今なんて言ったの?」

「いや、なんでもないよ。それに、レイはシンジ君の事を愛してはいないよ。」

「嘘、どうしてそんな事わかるのよ!」

「レイには分からないんだよ、愛情とか優しさだとかは、」

「どういう意味よ、それ」

「生まれた時から、捨てられていたからね。愛や恋なんて信じていないのさ、レイは。きっとシンジ君には家族として初めて接する事ができた初めての他人だから失うのを恐れているだけさ、」

カオルの言葉を聞き、アスカは何も言えずにただ暗闇にいる2匹の野良猫を眺めていた。

(私もいっしょだよ、、、、なにも知らない、愛や恋の歌を歌っていても何も分かっていない。

だから、形が欲しい、愛情としての形が、この気持ちが愛だという証拠が、、、、、)

 

 

 

 器材の撤収の指示、関係者への挨拶、スタッフへの労いの言葉をかけながら、あらゆる場所に携帯電話で掛け捲る。シンジ達とは対照的にミサトは慌ただしく動いていた。

「大丈夫、アルバムのセールスより購買層のリサーチと地域データを出しといて、、、そう、批評している雑誌と記者も、、、、うん、、、大丈夫、今日の反応から考えればセカンドである程度形になるわ。それじゃぁ、明日、事務所に12時ぐらいには、じゃあ。」

今日のライブにはミサトもレコード会社も大満足だった。

テレビ出演も2回だけで、ファーストアルバムのプロモーションも大掛かりのものでもなく、タイアップがあったわけでもない。だが、シンジ達のアルバムは賛否両論で世間は受け入れた。

不思議な死の匂いのするバンドなゆえ、受け入れられる人達は絶賛したが、受け入れられない人達には不快なサウンドとして批判された。だが、音楽雑誌、トレンド誌に、批判だろうが、絶賛だろうが記事として、載ってしまえば告知になりとりあえずは知れ渡る。

そして、あまりにも多くの雑誌が興味を持ち、独自の感想を載せた為、「Blue Blood Globe」の名前と強烈なビジュアルはロック少年、少女の心を捉える結果となった。

そして、ライブハウス回りの最後の今日のライブは、噂を聞きつけた人達、テレビを見てショックを受けた人達などが本物かどうかを確認する為にきていたが、結果として、本能に近いシンジ達のサウンドを心に刻まれる事になった。

「さすがですね、シンジ君達。」

「まあね、やっぱり才能って言葉になっちゃうのかしら、本当はこんなに人が入るとは思ってなかったのに、」

「チケット、30分ぐらいでソウルドアウトでしたもんね、たいしてプロモーションしていないのにすごいですね。とても、デビューしたてのバンドとは思えませんねぇ。」

「でもこれからもっと大きくなるバンドだからね、私達も頑張らないと。」

「失礼、シンジはどこに、、」

スタッフとミサトの会話に無愛想な男が割り込む。

「すみませんが、どちら様で?」

黒のスーツに黒のシャツ、白のネクタイで赤茶色のサングラスをした男をミサトは疑わしそうに見る。

「いや、いきなりで失礼、私達はシンジ君の身内な物なのだが、」

後ろにいた背の高い白髪の男が穏やかに言う。

「身内?シンジ君からは何も聞いていませんが。」

ミサトは身内と聞き余計に疑ってかかる。シンジからは身内の事は一度しか聞いた事はなかったが、悲しい話しだった。シンジはこの世で身内と呼べるものは冷たい国にいる母親だけだと、、、、

「なにしろ数時間前に成田についたばかりで、シンジ君に連絡できなかったので、」

ミサトは2週間前に起きた出来事以来、シンジ達に近ずく者には警戒していた。

「それではここでお待ち頂けますか、私が、、」

「いや、その必要はない」

加持がいつのまにかミサトの後ろに立っていた。

「加持!あんた、いつのまに、、」

「碇教授、彼等は屋上にいますよ、」

「そうか、」そう一言いって黒スーツの男は去っていく。

「ちょっと、、」止めようとするミサトを加持が遮る。

「大丈夫、僕らも一緒に行こう。」「なに言ってんのよ!訳分からない連中を連れてきて!」

「訳分からない人ではないわよ。」

「リツコ!!」後ろから歩いてきた旧友に驚く。

「な、なんであんたがここにいるのよ!」

「今晩泊めてもらおうと思ってね、」リツコは驚くミサトとは対照的に冷静に話す。

「な、何よ、いきなり!それに、だれよあのスケベそうな髭おやじは!」

「シンジ君の父親よ。」

「え、、、、、、」

 

 

 屋上でシンジの側に立つ二人。アスカとカオルではなく、父親と名乗る人物と、背の高い白髪の老人がレイとシンジを見下ろす。

レイにはこの2人が誰か分からなかったが、さっきまで虚ろな瞳で空を見ていたシンジが、瞳に怒りを込めて睨み付ける人物に嫌悪感を感じていた。

「久しぶりだなぁ」

静かに威圧的にシンジを見下して言葉を発する。

シンジは仰向けになりながら黙って睨みつけている。

レイには分かっていた。この時のシンジがいつもの純粋さを持っているシンジではなく、憎悪を全面に出し殴りかかってもおかしくないぐらい怒りを感じていることが。

「シンちゃん、、、」

「君がレイかね?」初老の男がレイに話し掛ける。

「だれ、あんたたち?」何故かは分からないが、レイの瞳も嫌悪感に染まっていく。

「母さんを殺した人達さ、」

シンジは小さく、怒りを込めて呟いた。

 

暗い空に灰色の雲が激しく流れている。

シンジも、アスカも、レイも、自分達に流れる血の音が聞こえてきそうな夜だった、、、、

 

第五話へ続く



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