死者の道 第六話

 

「ハートにひびが入るほど」

 

 

「本当に学校に通うの?」

シンジはバイクのエンジンの調子を確かめながらアスカに話し掛ける。

「なによ、私が学校にいたら都合悪い事でもあるわけ。」

「い、いや、別にないけど、、、」

「じゃあ何なのよ、さっきから同じ質問ばかりで」

「いや、、今まで高校って通った事無いんでしょ、大丈夫なのかなぁと思って。」

「大丈夫よ、あんたと違って、私は英才教育を子供の時から受けてきたんだから、高校程度のレベルはノープロブレムなの。」

そう言ってシンジのバイクの後ろにまたがる。

アスカは黒のスリムジーンズに紺色のTシャツ、上にはブルーチェックのシャツを着ている。

「じゃあ何で学校に通うなんて言い始めたの?」

「う、うるさいわねぇ、いいから早くいくわよ!」

「はい、はい、」

シンジがバイクにまたがって発進しようとした瞬間、上の方から声が聞こえる。

「シンちゃ〜ん、」レイがベランダから顔を出している。

(うわ!!起こさない様に出てきたのに、、、、、、どうしてこういう時だけ早起きするんだろう、、、、、)

「シンちゃん、帰ってきたら分かっているわよねぇ、」

顔は笑顔だが、目はまったく笑っていなかった。

鬼の笑顔ってあんな感じなんだろうな、とシンジは思いつつも発進させる。

一昨日の夜、アスカが言ったシンジとの約束とは、突然学校へ通うと言い始めたアスカの送り迎えだった。一応レイには説明したが、レイの怒りは収まらず、いまだにシンジへのお仕置きは続いていた。

 

「ねぇ、シンジ」「なに?」学校に着きバイクから降りるとアスカが話し掛けた。

「今日さぁ、帰ったら何されるの?」

「、、、、、、あまり考えたくない、」

「辛いなら、帰らなきゃいいじゃない。今日は仕事ないんでしょ。」

「そんなことしたら、余計怒らせる事になるよ。」

「お仕置きって何されてんのよ?」

アスカはお仕置きされると分かっていてレイの元に帰るシンジが不思議だった。

「、、、、、、、言えない、、、、、、言えないんだよ、」

「なによ!私には言えない様なことしてるんじゃないでしょうね!!」

「言えないよねぇ、シンジ君」

カオルがいつのまにかシンジの隣の来ていた。

「まさか、あんなことしてるなんて、恥ずかしくて言えないよねぇ。」

「カ、カオル君、誤解するような事言わないでよ。」シンジが耳まで赤く染めていう。

「シンジ!まさかあんたレイと変な事してるんじゃ、、、、、、」

「変な事ってなんだい、アスカちゃん、」

カオルの突っ込みにアスカも赤くなる。

「と、とにかく、その話しはまた今度にして、早く教室に行こうよ、ね、」

焦るシンジ、不機嫌なアスカ、カオルだけがいつもの笑みを浮かべていた。

 

2017年 4月末、アスカの編入は他の生徒達にはショッキングな出来事だった。

編入初日は学校中がパニックになり、普段余り他人と接しないシンジも何故か、知らない生徒からアスカのことで質問され続けていた。

「はぁ、、、、疲れる。」昼休み、やっと解放されたシンジは体育館の裏で一人で大きくため息を吐く。

「ずるいよなぁ、カオル君はどっかに消えてしまうし、アスカはわざと意味ありげな事を答えるし、、、、」

何処へ行っても、アスカとシンジの関係は質問された。その度に、アスカはあいまいな答えをし、シンジは他の生徒から質問攻めにあっていた。

「そうだよなぁ、アスカって有名人だもんなぁ、、、、、、、」

 

惣流・アスカ・ラングレー。

蒼い瞳と、日本人離れした顔立ち、同じ歳の子では考えられないスタイル、そして、不思議と他人を魅了する明るい笑顔の彼女は、12歳で子役として映画界にデビューした。

初めはそれほど重要な役ではなかったが、彼女への映画出演依頼は増えていった。

そして、アスカの魅力はスクリーンを通して日本中に広がっていき、アメリカ本土からも映画出演依頼が来るようになった。

アメリカの一部に成っていた日本だが、アメリカとの文化、価値観の差は大きく、特にエンターテイメントについては日本人がアメリカ本土で認められる事は難しかったが、アスカはアメリカ本土でも広く受け入れられ、何度かハリウッド映画にも出演していた。

さらに、彼女はシンガーとしての評価も高く、JAPANN州のトップテンには、発売するシングルは常にトップテンに入っていた。

しかし、彼女はタレントと呼ばれていた。女優でもなく、歌手でもなく、タレントというあいまいな言葉で呼ばれた。その大きな理由は、彼女には主演作品がなかったからだった。

常に話題になり、誰もが知る有名人になったアスカだが、何かが欠けていた。

彼女自信その事に気がついてはいた。

そして、その事が常に彼女を焦らせていた、、、、、、、

 

「シンジ!!どうして私一人置いて逃げるのよ!!」

シンジの束の間の休息は終わりを告げる。

「別に置いて逃げたわけじゃないよ、、」

「じゃあどうしていきなり居なくなるのよ!まったく、こっちは取り囲まれるは、質問攻めにあうわで大変だったのよ!」

「じゃぁ、なんで学校に通うなんて言い出したんだよ。いつも僕が一緒って訳にはいかないんだよ。」

「分かってるわよ。でも最初慣れるまでは一緒に居たっていいじゃないの。」

「素直に淋しかったって言えばいいのに」またいきなりカオルが現われる。

「、、、、あんた、どうしていつもいきなり登場するわけ?」

アスカはカオルを訝しげに見る。シンジは今まで消えていたカオルを不満気に見る。

「おや、シンジ君も僕に何か不満があるのかい?」

「カオル君、一人で何処かへ消えてしまうから、、」

「黙って消えた事に怒っているのかい。」

「いや、怒っているわけではないけど、、」

「じゃぁ心配してくれてたのかい、うれしいよ、僕が居なかったからといって、心配してくれていたなんて、やっぱり君は僕を、」そういってシンジの手を取る。

「い、いや、、そうじゃなくて、、、」手を握られ、おもわず後ずさりするシンジ。

「なんだい、いつもはもっと僕に優しくしてくれるのに、アスカちゃんの前だとつめたいねぇ、」

「な、何てこと言うんだよ、アスカ、違うから、、、、、、」

カオルの手を振りほどき、アスカの方を見るシンジの目には完全に誤解しているアスカが映る。

「あんたって、、、、、そういう人間だったんだ、、、、、、」

「アスカ、誤解だよ、、僕は、」上手く言い訳できないシンジ。

「、、、、、あんたって、最低ね。」

吐き捨てる様につぶやき、アスカは去っていく。

「カオル君、どうしてあんな事言うの!アスカ誤解してるよ。」

「まずいのかい、僕とシンジ君が仲良しだと。」

「そういう訳ではないけど、、、、」

「わかった!中途半端に仲良しだからいけないんだ。いっそのこと深い仲に成ればいいんだ。」

明るい表情のカオルの言葉が終わると同時に、シンジもカオルから去っていった。

 

 

                                               

「ミサトは?」

「まだ寝てるわ、シンジ君達しばらくはレコーディングだけだから、ゆっくりできるって言ってたけど、」リツコは隣に座る加持に答える。

「そうか、その間に俺達は事を進めなければな、碇教授の方は?」

「相変わらずよ。でも情報収集はかなりすすんでいるようね。」

「死者の道か、、、俺にはまだよくわからんなぁ、」

公園のベンチに座る2人。遠目に見れば夫婦に見えなくも無いが、二人の距離は縮むことはなかった。

「全ての客観的事実、人間の判断範囲内の事実を無にし、現象、物体の本来の真実を見せる道。そしてその先には、生命の始まりと終わりを生む場所がある。そこにたどり着けば、苦渋に満ちた現世に戻る事無く、解脱できる。」

「そう、でも誰もが行けるわけではない。神の選んだ人間のみが進める。そして、その道を世界に開くか、閉じるかを決めるのも選ばれた人間のみ。」

「だが、分かっている事はそう書いてあった古書の存在のみ。完全にその道の存在を信じるには不確定要素が多すぎるんじゃないかい。」

「でも、科学者としては興味深いわ、生命の存在を理解できる道なんて。」

「おいおい、どこにもそんな証拠はないんだろ。君のような優秀な科学者がそう簡単に信じたら、」

「あら、優秀な科学者ほど予測と認知で動くのよ。もっとも西洋思想中心主義者には無理だけど。」

「デカルト以降の形而上学は確かに優れていたが、それでも東洋思想にはかなわなかったと、」

リツコは少し笑い、遠くで遊ぶ子供たちを見る。

「どちらが優れているかではないわ。構造主義、ポスト構造主義もとても優れていたし、チベットの密教、仏教思想も優れている。私には、生命の真実を知るにはとても役に立ったわ。でも、死と再生を、終わりと始まりと捕らえるか、永遠に続く輪廻の一部と捕らえるかの違いはおおきかったけどね。」

「人間は誕生の喜びを知らなくても、死の恐怖は知っている。不思議なもんだ、」

「シンジ君達は私の望みをかなえてくれる、唯一の存在なの。」

「彼等は物ではない。ちゃんとした人間だ。たとえ、選ばれた子供であっても、、、」

「でも加地君も知りたいんでしょ、自分の感じる恐怖の正体を、」

加地は黙っていた。

「あなたも感じるんでしょ、生きる事への恐怖を」

リツコの問に加持は黙っていた

いや、答えを見つけられなかったのだ。

自分の過去、そして今の自分のいる立場、すべてが仕組まれていて、1つの道に繋がっている気がしていた。そう感じることで、どこかに導かれているような気がしていた、、、、、、、

突然、加地の携帯が鳴る。

「はい、、、、、そうですか、分かりました、直ぐに行動に移ります。」

「教授から?」リツコは大体の内容が分かっていたようだった。

「あぁ、行ってくる。また、とびっきりの恐怖の瞬間を味わってくるよ。」

テナーサックスのケースを肩からぶら下げて、ベンチを立つ。

「彼等、今度は誰を狙うの?」

「誰からも愛がもらえない子さ、」

そう言って加持は去っていく。

 

 

                                              

昼休みが終わる頃、シンジとアスカは5時限目の科目の教室にいた。

「ねえ、」アスカとシンジは、周りに人が来ない様に、教室の真ん中の端に席を取っていた。

「なに、」だいたいやる気のある生徒は前の席、やる気の無い生徒は後ろの席に座るので、真ん中は比較的すいていた。それでもシンジとアスカに近ずこうと、近くの席に座ろうとする生徒もいた。

「こないだの事、どう思う。」「どうって言われても、」

「佳恵は本当に私を落とし入れようと付き人になったのかなぁ、、、」シンジの方は向かずに話す。

「僕は事務所で、すれ違う程度だったから、よく分からないよ。」

「よくねぇ、励ましてくれたんだ、、、、、いつか主演映画も撮れて、歌も自分で作れる様になれるって、だから自分を信じるんだって、、、、負けてはだめだって、、、」

「でも、アスカが飲んでた薬は岡村さんが勧めたものでしょ、、、それにコカ成分がはいっていたってミサトさんが言ってたし、それに、、、」

「あの時、していたマスクから揮発性の特殊な幻覚剤が検出されたのも聞いてるわ。」

「気がつかなかったの?」

「普通マスクする時って、鼻がまったく利かないから、分からないのよ。でも携帯用にって持ってきてくれたのは佳恵だったわ。」

「ふ〜ん、でも、今となっては本人が失踪中だから分からないよ。」

「そうね、、、、、」

2人は周囲の人間に聞かれない様に、小さな声で話していた。それが周囲の人間にはいい雰囲気に見え誰もがそういった関係なのかと2人を疑っていた。最もその理由の1つには、午前中あまりにも質問攻めを受けたアスカが、最後には切れてしまい大声で叫んだ言葉にあった。

「私に質問がある人は、シンジを通してからにしてちょうだい!!!」

その瞬間、シンジは教室を逃げ出していた、、、、、

(何か、視線が痛いなぁ、、、)

シンジは今日、学校に来てからの数時間の間で完全にアスカ信仰者を敵にまわしていた。

「ねぇ、ここあいてる?」

そう言って一人の女性がシンジの隣の席に座ろうとする。

「えぇ、開いてるけど、、」

「そう、」黙ってシンジの横に座り、講義の準備を始める。

アスカとは違う雰囲気だが、おそらくハーフだろう。艶のあるブロンドは天然のもので染めている形跡はなく、日本人より外国人の血の方が強く出ている顔立ちは、ブラウンの瞳と調和がとれていた。

シンジはいきなり横に座った女性に戸惑いを覚え、横目で彼女の顔を盗み見していた。

「なにか私に用、」

机の上の教科書から視線を移さず、シンジに問い掛ける。

「い、いや、、別に、、、、、」焦って答えるシンジ

「そう、」一言だけでまた黙って教科書を読み始める。

「ちょっと、シンジ、、」アスカが小声でシンジを呼ぶ。

「何気にしてるのよ、あんた、女の子が横に座るといつもそうなの、」アスカの目は不機嫌そうだ。

「そんな事はないけど、、、」

「だったら横目で盗み見なんかしないの、単に隣に座っただけじゃん。」

アスカは、自分以外の女性にシンジが興味を持つ事が許せないらしい。

「単に座っただけじゃないわ、」視線は教科書のまま発言する。

「え、、、」シンジはアスカから隣の女性に視線を移す。

「私、シンジ君のファンなの。」

「ぼ、僕の、、、、」シンジは彼女の急な発言に驚く。

「私、ノエシス・ノエマ。ノーマでいいわ。よろしくね、シンジ君。それと後ろの人も。」

視線はシンジに向けられているが、無表情なノエマの瞳は、細めた目で睨むアスカも捕らえていた。

 

 

 

                                              

レイは雑踏の中を歩いていた。

シンジはアスカと一緒に学校へ行ってしまった。

今日は仕事はなく、1日フリーでいられるのだが、なぜかレイは心に空洞を感じていた。

(シンちゃん、やっぱりアスカがいいのかなぁ、、、、そうだよね、私はこんな性格だし、犯罪者だし、シンちゃんにお仕置きするし、それに私の体は、、、、)

レイはお気に入りのゴーグルサングラスを首にぶら下げ、黒の長袖のシャツにぼろぼろのブルージーンズ、腕にはリング、指には骸骨の指輪、黒いブーツを引きずるように歩いていた。

(体だけつながっていても、お互いにキズを慰めあっても、心だけは手に入れられないんだよね、、、

私とシンちゃんは似ている、だから引かれて一緒にいる、でもアスカはシンちゃんとは違う、違う魅力でシンちゃんの心を奪っていく、、、)

ふとショーウインドの中の人形に目が止まる。

全身を緑色の毛で覆われ、汚いトラッシュ缶に住んでいる有名な人形が並んでいた。

(私もこんなにかわいく、皆に愛してもらえたら、、、、、親の愛情も貰えなかった私には無理な話しよね、結局バンドやってるのも、有名人になれば私を大切にしてくれる人が増えると思ったからかも、でも結局自分がいかに不良品かって思いしらされただけだけど、、、、、)

レイは確かに上手く周囲の人間と付き合えなかった。シンジやカオルとは別な意味で他人を避けていた。避けるというより、恐がっていた。生まれた時から捨てられていた自分を、誰も受け入れられるわけない、そう思い込んでいた。シンジ以外は、誰も無理だと、、、、、、、、、、

(まぁ、あまり考えてもしょうがないわね、)

気を取り戻し、レイは町を流していく。流すといっても、レイの行くところはCDショップ、本屋、雑貨屋ぐらいなもので、間違っても楽器屋にはいかなかった。

(おもしろい映画でもやってないかなぁ、、、、、)

そう思い映画館に行くと20世紀後半に父親に殺された、黒人シンガーの生涯を映画化したものが上映されていた。

(これ、シンちゃんいい映画だって言ってたわよねぇ、、、、これにするか、)

レイはチケットを買い館内に入って行く。

そして、レイが入るのを確認した後、男が1人、チケットを買い求める。

「大人1枚、」男が金を渡そうとした時、後ろから声がする。

「学生1枚、追加で、」

 

 

 

                                              

 

レイは人気の無い劇場の真ん中に座る。

平日の昼過ぎの為、人は疎らにしかいない。

パンフレットを読むレイはマーヴィン・ゲイと呼ばれるこの映画の主人公の事は知らなかった。

(ソウルか、、、、私も歌えたらなぁ、、、シンちゃんの様にすごくなくてもいいから、、、、、)

会場が暗くなり、スクリーンには協賛会社のコマーシャルが流れる。

次回上映の予告編がながれ始めた時、レイの隣に同じ歳ぐらいの男が座る。

がら空きの劇場で、横にわざわざ座ったこの男にレイは当然嫌悪感を憶える。

睨むレイをまったく気にせずに、穏やかな表情でスクリーンを見つめる男は、何か小さくつぶやいている。整った顔立ちは、どこかシンジににているが、どこか悟りきっている感じがする。

「ちょっと、なんでこんなに席あいてるのに、わざわざ横に来るのよ。」

レイは嫌悪感を露にする。しかし男はただ何かをつぶやくだけだった。

「ねぇ、いいかげんにしてくれる、せっかく映画を見に来たのに邪魔しないでよ、」

それでも何かをつぶやき、レイを見ようともしない。

「あんた、喧嘩売ってんの!」レイは男の胸座を掴む。

「照見五蘊皆空、色不異空、空不異色、是諸法空相、」

男がレイに聞こえるようにつぶやく。

「、、、、、なに、あんた。」男の胸座はとりあえず離す。

「僕は必然であり、偶然でもある、君にとってではなく、、、、」

何を話しているのか聞こえないぐらいの小さな声でつぶやいている。

レイには訳が分からなかったが、とりあえず立ち去ってもらいたかった。

「、、、、ねぇ、私さぁ、これでも普段忙しいから、宗教に勧誘されている暇はないの、わかったらさぁ、」

レイの言葉が終わるか終わらないうちに、スクリーンが変わる。

そして、1人の老人が映し出され話し始める。

「我々には第3の知恵が必要なんだよ、レイ君。」

レイはスクリーンに映った老人に語り掛けられ、驚きと同時に恐怖を感じた。

「な、、あんた誰、え、映画は、、、何、、、どうなってるの、、、」

混乱する中、レイの手を隣の男が握る。

「な、なにすんのよ!」

手を振りほどこうとするが、男は静かにレイを見つめる。

「とりあえず、話しだけ聞こう、たとえ現実でも夢であっても」

男がレイを諭す様に静かに話す。

「なんで私が、あんた達誰なのよ、」

「ここではどんなに騒いでも僕の認知した世界だ、逃げ出すのは不可能だよ。おとなしく話しを聞こう、危害は加えないよ。」

そう言うと男はスクリーンに目を移す。

同時にレイの周囲は椅子が消え、全てが浮いた世界になる。

とてつもない重力を感じる。体が潰れるというより、世界が縮む感じだ。

しかし、すぐに全てが感じなくなり、重力より解放される。

レイは無重力を感じ、支えの無い実感が恐怖を煽る。

「恐がらなくてもいい、少し君と話しをしたいだけだ、アスカ君の時とは違うよ。」

スクリーンの老人の言葉にレイが反応する。

「まさか、あんたが、、、、」

「それについては今は答えは避けよう。」

「あんたがアスカをあんな目に合わせたの!」

レイの脳裏に瞳の色を無くし、無気力に横たわるアスカが浮かぶ。

「まぁ、待ちたまえ、今は彼女の話しではなくある一族の歴史を話そう、」

「そんなもん、聞きたくないわよ、」

レイの心を恐怖と、錯乱が支配していく。

「あんたがアスカをあんな目に合わせた張本人なのね。」

「今は答える事はできない。だが話しの最後に答えよう。」

そういって老人の映像は3Dフォノグラムとしてレイのそばに近ずいていく。

時と空間は歪む、恐ろしい重力で全ての価値観を変える為。

レイは自然的態度を狂わされていた、、、、

 

 

「20世紀の終わり、地球は大きな病に犯されていた。

もちろんそれに伴い人類も大きな危機に直面していた。

石油資源の枯渇に伴うアラブ諸国の壊滅、、発展途上国による原子力発電事故、異常気象による大都市への打撃、オゾン層破壊により南極大陸の融解、水位の上昇、そして、世界中がダイオキシンによる癌の異常発生によりまさに地獄となっていた。」

当時の様々な写真が映し出される。

「本当の地獄を知らないから、私には比較できないわ。」

いやみを言うレイには余裕はない。

「そう、まさに君の言う通りだ。」老人の口元が笑う。

そしてスクリーンに大きな円卓会議場が映し出される。

「地獄を知らない、いや、存在自体認識できない我々科学者だが、1999年、ウィーンにて緊急会議を開いた。それぞれの分野で世界を代表する科学者があつまり、この地球の病気をどうすればよいか話し合ったのだ。」

「ふん、お笑いね。あんた達科学者が世界中を壊していったんじゃない。経済の発展とか、医学の進歩とかいって、科学の力で世界を把握できると思って地球を半殺しにしたんじゃない。」

「いや、それは半分正解だが、半分は違う。なぜなら人類が地球が滅びる事を願ったのだ。

政治家、企業家、もちろん科学者の一部も己の欲の為だけに、人類の文明の進歩という名のもとで地球を壊していった。我々の警告を無視して、地球に有害な物質をばらまき特殊ダイオキシン性癌という悪魔を生み出した。」スクリーンでは円卓会議の様子が流れていた。

「私は悪魔にあった事無いから、悪魔って意味よく知らない。」

レイはまた皮肉を言う。皮肉でも言わなければ崩れそうだった。

「そう、誰も悪魔にはあった事が無い。なのに、悪魔のようなとか地獄のようなとか、経験のない恐怖を人類は恐れ、それらにつながる初めの出来事を死と決め付けてきた。特に西洋世界ではな。」

スクリーンに悪魔と呼ばれる様々な絵が映し出される。地獄絵図も映される。

目を覆うような残酷なシーンが映し出され、レイは思わず目を背ける。

「我々は科学の限界を感じていた。

死と生の謎が解けぬ限りあの時代の人類を救うことは出来ないと思っていた。

だが相変わらず科学方法論を唱える連中は、宇宙を含めた全ての存在が独立して存在し、なおかつどんなに複雑に入り組んだ構造関係を持っていても、物質の持つ基本部分に還元でき、それらが組み合わさる事で一定の法則を見出せるはずだと、信じて疑わなかった。

その結果、21世紀には世界の人口は半分になっていた、、、、、」

「でもそれも人類が望んだ結果でしょ。同じ人間が歩んだ道よ。」

レイはいつのまにか老人の話しに真剣に受け答えをしていた。

「そうだ、帰納法に頼りすぎた者たちの道こそ、当時の世界の真実であったのだ。」

(帰納法って何?)レイは心でつぶやく。

「理論から出発するのではなく、客観的事実から仮説をつくり、そこに一般的な法則を見つける事だよ。」

黙っていた男がレイの心に答える。慌てて視線を男に移すが、男は黙ってスクリーンを見つめたままだった。

「だが、客観的事実は人間の存在があって始めて存在するのだ。さっき君がいった地獄や悪魔は言葉の意味、すなわち言葉の存在はあるが、だれも客観的に見たものはいない。さらに言えば神の存在はだれも確認した事が無いが、神が示す意味合いは存在する。人間が存在することでだ。」

「ちょっと、そんな事私にはどうでもいいことでしょ。カオルみたいな事言わないでよ。」

「僕はもう少し、具体的に話すんだけどなぁ、」

「うわっ!!!」いきなり後ろから現われたカオルに飛び上がって驚くレイ。

「少し僕にも講義してくれませんか、シュラウド博士。」

 

 

 

                                               

(なんでこんな目にあうんだろう、、、、、)

講義は始まっていた。しかしシンジは両隣の女性から感じる、何とも言えない気に困惑していた。

「シンジ君、ここの文章はどう解釈するの?」

クールな口調だが目つきはシンジを誘うように質問するノーマ。

「シンジ、今度のドラマなんだけど一緒に出ない、良い役あるんだけど」

つかさずアスカがシンジに話し掛ける。

「え、、英文だとカオスは一つの集合体を、、、」

「シンジ、聞いてる!」

強引にシンジの顔を自分の方に向ける。シンジの首は勢いよく180度ぐらい回転した。

「いっ!、、、痛いなぁ!!なにするんだよ、」

「あんたが私を無視するからよ。」

「しょうがないだろ、彼女が先に質問してきたんだから!」

シンジは首をおさえながら答える。

「そんなのにかまわなくていいから、シンジ君、」

そういってノーマもシンジの顔を強引に自分の方に向ける。

「それから、私の事はノーマと呼んでね。」

シンジは何かを思い出す。記憶のどこかに同じ印象を持つ出来事があった。

(なんだっけ、、、思い出せないなぁ、でも確かに、、、あ、そうだ)

シンジはアスカの方を向き直し、アスカの顔をじっと見つめる。

「な、何よ急に、」

シンジはアスカの顔、というより瞳を見ていた。

(、、いや、違う。同じ感じがしたけどアスカの時とは違う)

あの時「アスカって呼んでね」と言ったあの笑顔からシンジは何か心に響くものを感じた。

響くというより、ハートにひびが入る程の笑顔をシンジは忘れられずにいた。

(ノーマは違う。笑わないからっていう訳ではないけど、、なにか違う)

ノーマの瞳をシンジはもう一度見直す。ノーマも見詰め返す。

相変わらず笑顔はない。だが何か世界を見通す、無限を感じさせる瞳。

茶色い瞳の奥にある黒いところで彼女はシンジを呼んでいる、そんな気がする瞳。

「ちょっと、なに見つめあってんのよ!あんた、あのホモだけじゃなく、さっき知り合ったばかりの女とも、すぐにそんな仲になる人間だったのね、やっぱり最低な、、、、」

(そうだ、カオル君だ!)

シンジはアスカの言葉をほとんど聞かず、カオルの瞳を思い出す。

(カオル君が僕と始めてあった時、あの時と同じ瞳だ、まるで星雲のような、、、、、)

広大な星雲ガスは不思議な輝きを放つ。無限と有限を同時に持ち、アスカの様な暖かみのある輝きを放つのではなく、暗い世界を見つめそこに生気の反射で輝く様な輝き。だが、生命がうまれ、静かに消える輝き。誰が科学的に説明しても納得できない美しさを持つ輝き。

そんな瞳をしていた。

「カオルに似ている?」ノーマがシンジに問い掛ける。

「え、、カオル君を知ってるの。」シンジは驚く。

「知ってるもなにも、」アスカも興味深そうに聞き耳を立てる。

「私とカオルは同じ構成物質で存在する、深宇宙なの。」

「「、、、、、なにそれ、」」

「無でもあり有でもあるのよ。」

(やっぱりカオル君と同じ人種なんだ、、、、、、、)

シンジとアスカはそう思った。

 

 

 

                                               

「カオル、なんであんたがここにいるの!」

「もちろんレイが心配だからさ。」いつもの笑顔だが軽い感じはまったくない。

「どうやって、、、、」

「入り口からさ、」そう言って後ろを指す。

宇宙のような世界にぽっかりと穴が空いている。

「まぁ、ブラックホールの出口みたいなもんだよ。僕らの現存在世界とこの空間を歪ませるほどの重力をもった世界を繋ぐとしたら、ブラックホールぐらいですよね、シュラウド博士」

「あぁ、たとえ人工的な世界でもだな、、」

レイには何が起こっているのかまったく分からなかったが、自分自身を見失うとアスカと同じ状態になってしまいそうだった為、必死に心を平常に保とうとしていた。

「大丈夫、僕がいれば心を壊されずに済むよ。」

カオルはレイに笑いかけると側にいた男に話し掛ける。

「ひさしぶりだね、ケイ」

「あぁ、」ケイと呼ばれた男はカオルの存在は当然といった感じで、特に見る事もなかった。

「さぁ、教えて下さいよ、現象界の認識の話しを。そして、認識を必要としない碇一族の話しを。」

 

劇場の外が嘘の世界なのか、カオルとレイがいる世界が嘘なのか、判断する神も嘘なのかもしれない、、

 

第七話へ続く



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