死者の道 第九話

 

「神様がくれた悪魔の印」

 

 

「だめだめ!もう一回初めから!」

監督がNGを告げる声がスタジオに大きくこだまする。

「なんで、こんな事しなくちゃだめなのよ、、、、」

「文句言わないの!!それに自分のせいでしょ、自業自得よ!」

ミサトは鬼のような形相でレイを叱りとばす。

「こんな事なら一枚にしとけばよかったなぁ、、、、、」

半分泣きの入っているレイとは対象にアスカはスチール撮りを順調にこなす。

「イメージ的にはショットの連続だから、、、、、」

CM撮りには慣れているアスカはスタッフとの連携も上手くいっていた。

一方レイは、、

「どうして私だけが、、、、シンちゃんやカオルはやらなくて済んでるのに、、、、、」

「いいから最初からやり直すわよ!!出来るまで何度でも!!」

「は、、、、ぃ、、、、、」

ミサトの勢いに押され、今回は素直に従うレイであった、、、

 

二枚同時にアルバムを発売する事を、なかば強引に強行したシンジ達は条件と引き換えにある程度のプロモーション活動を受け入れた。テレビの出演、レコード店のイベント、地方ラジオへの出演、巡業周り、

そして、今回のCM出演、一気にシンジ達は多忙な生活に突入した。

「ねぇミサト、なんでアスカと一緒なの?」

「元々はアスカ一人の話だったんだけど、アスカのシングル録り、遅れてるでしょ、」

「シンちゃんが作曲してるやつ?」

「そう、その曲がタイアップに間に合わなさそうなの、それで急遽あなた達の曲を使おうって話になったのよ。クライアントもあなた達の曲、すごく気に入ってくれてね、」

「それで、私と、アスカが一緒に出る事になったわけ、」

「そうよ、願ってもない 話じゃないの、」

「、、、、、、、そうですね、、、、、、、」

レイの感情のこもらない返事に、ミサトがどすの利いた声でレイの肩に手を回し、耳元で言う。

「まさか、、、、逃げようなんて、思ってないわよねぇ、」

ミサトの目つきは尋常ではない。

「アンタ達の我が侭のせいで、うちの事務所、倒産するかもしれないってのに、まさか、死ぬ気で掴んできた仕事から、逃げるんじゃないでしょうね、」

「、、、、、、頑張らせていただきます、、、、、」

「分かればいいのよ〜、分・か・れ・ば。」

ミサトは不気味な笑みを残し、去っていく。

(逃げたら、絶対殺される、、、、今回だけは絶対に、、、、、、)

背筋が少し寒いレイだった。

 

「シンジは来ないの?」

「シンちゃんはカオルとラジオ出演、」

「あいつが?ちゃんと喋れるの?」

「さっき聞いてたんだけど、、」

「シンジの出演したラジオを?」

「、、、、カオルは適当に話すんだけど、シンちゃん、ずっと沈黙してたわ、」

「、、、、、、、、、やっぱりねぇ、」

そんな会話をしながらも順調にスチール撮りをこなしていく二人。

CMの内容は新しいデザイナーブランドのイメージ広告で、モノクロショットの連続で、交互にアスカとレイが映り、最後に二人が一緒に映るだけのシンプルなものだった。しかしモノクロのバックで激しいポーズをとるアスカと、まったく動かず視線を遠くに向けるレイの静寂な空間はまったく正反対の物で、交互に映るワンショット、ワンショットが強烈に印象深い。

長い手足を十分に使い、野生動物の様な強い流れを作るアスカ。

レイはまるで人形のような表情に、強烈な獣の瞳で睨み付ける。

そして、最後にキャッチコピーを二人で叫ぶ姿は、まさにブランドイメージにはまっていた。

「生きる獣の世代が選ぶ服、」

 

 

「お疲れさまでした。」

スタッフは器材の撤収に入っていた。

「初めてにしちゃぁ、まあまあね、」

「二度とごめんだわ、、、、」

「その割には頑張ってたじゃない、シンジもいないのに、」

アスカは引き上げながらレイに話し掛ける。

「約束したんだ、、、、シンちゃんと、」

「なんて?」

「絶対に逃げ出さないって、どんな辛い事でも、道を、世界を見つけるまで、逃げ出さないって、、、」

「そう、、、」

何の事か分からないアスカはとりあえず聞き流す。

「ところで、あんたさぁ、」

「なによ、、、、気持ち悪いわね、、、、」

さっきまでの表情とは別人の様ににやけた顔をしたアスカに、レイがたじろく。

「確かプロモーション周り、やらないんだよねぇ、」

「そうよ、そのかわり、今回のCM出演ひきうけたんだけど、それがどうしたのよ、、、」

「じゃあ明後日からの北海道には行かないんだ、」

確認するたびに表情が崩れていく、

「カオルも行かないし、シンちゃん一人よ、」

「私もねぇ、くくく、、明後日から北海道なんだ、」

アスカの表情は筋肉が無いぐらい緩んでいた。

 

 

 

カオルとシンジはラジオ局の駐車場にいた。

「はぁ〜、、、、」

「落ち込んでるねぇ、」

二人とも革のパンツにT−シャツといったラフな服装でいる。

「どうして、喋れないんだろう、、、、」

「いつもより話していたほうだよ、」

「そうかなぁ、、、、、」

シンジは何かに不満だからとか、スタイルで喋らないわけではない。単純に話せないのだ。

一つの質問に真剣に考え過ぎたり、自分の気持ちをすぐに言葉にできなかったり、本人は話しをしようと懸命なのだが、どうしても時間が許してくれなかった。

「明後日から北海道だろ、」

「どうしよう、カオル君もいないで、、、僕ひとりじゃ、、、」

「大丈夫さ、君はいつもの純粋さを失わなければ、きっと集まってくれる人達もシンジ君が多くを話すなんて期待してはいないよ。」

「うん、、、、」

シンジは明後日の事を考えると不安になる。

「昔の場所に戻る気分はどうだい、」

カオルはエンジンをスタートさせる。

「住んでたんだろ、昔、」

「思い出したくない、、、、」

「忘れたいのかい、辛い思い出を、」

「、、、、、、うん、」

「誰も苦しみからは逃れられないよ、シンジ君もそれは分かっているはずだろ。」

「、、、、うん、、」

「なら自分の過去と戦ういい機会じゃないか、」

「逃げてるわけじゃないんだ、、ただ、、」

「なんだい?」

「あそこで僕は一度死んでるんだ、」

シンジはエンジンをスタートさせ、鉄の固まりにまたがる。

「だから、また死ぬのが恐いのかもしれない、、、、僕は心を失ったんだ、あの時、、、」

「でも君はまだ僕の前にいる、存在は消えてないさ、」

「そうだね、、、、」

寂しく笑顔を作るシンジは心から溢れ出る感情に困惑していた、

 

 

「ちょっとシンジ!!どうしてレイと一緒なのよ!」

「シンちゃん!!どうしてアスカと一緒に行くのよ!」

シンジとカオルが席に着く前に、先に来ていた二人は叫ぶ。

「Yellow Note Clube」

海外にジャズレーベルを持つこの世界では世界的に有名なジャズクラブだ。

今晩は加持のトリオ演奏に、シンジ達は誘われていた。

「ちょっと、なんで私と二人じゃないの!」

「、、、そんな事一言も言ってないよ、、」

「どうしてアスカと二人で行くのよ!」

「、、何処に二人で行くんだよ、」

「「どうしてこの女と!!!」」

迫り来る二人の形相を見て、シンジはやっぱり一人で来るべきだったと強く思った。

「まぁ、二人とも落ち着いて、これじゃぁシンジ君もなんの事か分からないじゃないか、」

カオルが二人を落ち着かせながら、席に座らせる。

「じゃぁ私からね!」

逆三角形の目つきでシンジを睨み付けていたアスカがシンジに食って掛かる。

「あんたがデートに誘ってくれたから仕事も速攻で終わらせて来たのに、なんでこの女がいるのよ!」

「誰もデートだなんて言ってないだろ、、、」

「一緒とも言ってなかったじゃない!おまけにカオルまで一緒だなんて!」

「じゃぁ帰ればいいじゃない、うるさい女、」

レイが呆れた顔でつぶやく。

「なんですって!!あんたこそ帰んなさいよ!」

アスカがレイに掴みかかる、

「なによ暴力女!」

レイも立ち上がり応戦する。

「ちょっと二人とも喧嘩しないでよ!」

シンジが懸命に止めにはいるが、アスカとレイの勢いは止まらない、

「アンタ達!いいかげんにしなさい!!」

厳しい口調の声がクラブ中に響き渡る。

「まったく、少しは場所と他人への迷惑を考えなさい!」

ミサトが呆れた顔で二人を引き離し座らせる。

「いい、もし乱闘始めたら二人とも外に放り出すわよ、わかった!」

ミサトの言葉に反応もせず互いに牽制し続けているアスカとレイ。

「、、、、返事は!!!」

ミサトは半分切れながら叫ぶ。

「、、、はい、、、、」「、、、わかったわよ、、、、」

しぶしぶ返事をする二人。

「まったく、シンジ君も大変ねぇ、今度普通の優しくて、かわいい女の子紹介してあげるから、早くこんな猛獣のような女達とは別れなさい、」

「そんな事したらミサトさん、二人に殺されますよ、」

ジャックダニエル・ビールを片手にカオルが笑いながら言う。確かに、ミサトの言葉に反応した二人は、本当にミサトを刺してもおかしくない様な目つきをしていた。

「アスカも、レイもそんな目つきでミサトさんを見ないで、二人が悪いんだから、、」

「違う、、、、」「え、、」

「シンちゃんが悪いんだよ、、、」

「僕が、、どうして?」

レイは不満そうにすねた声でシンジに抗議する。

「シンちゃんが、アスカと二人で北海道に行くから、、、、」

「二人っていっても仕事だよ、レイ、ミサトさんやマヤさんも一緒だし、」

レイは口を尖らせながらいじけている。

「きっと、、アスカはシンちゃんに迫りまくるんだ、、、」

「大丈夫だよ、二人っきりじゃないんだから、」

「きっと、、私がいない事をいいことに、アスカはシンちゃんを犯すんだ、、、」

「レ、レイ、、そんな事ないよ、、、」

「きっとシンちゃんが泣き叫んでも、アスカは止めないよ、、、、」

「、、、、、レイ、、何処かおかしいよ、、、その発想は、、、、」

「おかしくないわよ!アスカの顔を見てよ!」

アスカはレイの言葉を想像して、どこかにトリップしていた。

「シンちゃん!わざわざ猛獣と一緒に行く事はないわ!!お願いだから考え直して!」

「ちょっと、なに勝手なこと言ってるのよ!仕事なんだし、レイは自分で行かないって言ったんでしょ。」

勝ち誇ったようにアスカがレイを見下す。

「うわ〜ん、シンちゃん、こんな女に汚されるぐらいなら、私が先に、」

「ちょ、ちょっとレイ抱き着かないでよ!」

「あんた私のシンジに触らないでよ!」

絡み合うシンジを尻目に冷静なミサトが話し始める。

「、、、取り込み中悪いんだけど、」

「シンちゃんここで私と、」「レ、レイ、、止め、、、」「だめよ、私が先に食べるんだから、、、」

まったくミサトの話しが聞こえていない。

「、、、、レイとカオル君も行くのよ、一緒に。」

「「「え!!!!」」」

「さっき事務所から連絡があって、向こうで2,3個所でライブが決まったの。」

「、、、て、事は、、、、、」

「そう、三人で行くわよ、北海道に。それとアスカもね、」

呆然自失のアスカは、そのまま椅子に崩れるように座り込む。

それとは反対にレイはシンジにしがみ付く。

「やった!シンちゃん一緒に北海道だ!!」

「、、、、最初っから我が侭言わずに、行くって言ってれば、、、、、、」

「なんか言った?」

「いえ、、、何にも、、、」

シンジは黙ってレイに抱き着かれるままにしていた。

「ずいぶんと、急な話しですねぇ、」

「そうなのよ、私もびっくりしてるんだけど、まぁ、いい話しなんだからいいじゃない、」

「そうですねぇ、、、」

カオルには何かが心に引っかかっていた。

「まぁ、とにかく明後日から北海道よ、みんな、頑張ってね。」

 

 

 

加地はテナーサックスを持ち、周りの事などまるで気にならない様な表情で現れた。

小さなステージにはドラムとアップライトベースだけが乗っている。

黒人のドラマーがバスドラを強く踏み込む。18インチの締まったサウンドが低く鳴る。

シンバルに位置を確認し、ベーシストとアイコンタクトをとる。

加地は軽く挨拶をし、しばらくは空中を見つめていたが、シンジ達を確認すると突然吹き始めた。

コードの拘束も無い、リズムの束縛もない。だからといって無法地帯のサウンドではない。

何かを感じ取り、言葉ではないなにか違う記号を表現するため、あらゆる道を探している。

一人でブローし続ける加持にとって、まさに旅の始まりだった。

一言を数分かけて表現する、一瞬のブローで意志を伝える、まさに言葉という記号に頼らず人間のもつエネルギーのみで他人の心に響く加地のサウンドはたった一人の演奏でも聞く人を十分ひきつけた。

加持のテナーが一瞬止まる、そしてベースとドラムが同時に加持の世界に入ってくる。

いや、入るというより一緒に飛躍を始める。3人が3人のメロディーを時にはぶつけ合い、時には助け合い、そして苦しみ、楽しむ、まさに心の存在を証明するかの様なステージだった、、、、

 

「すごいなぁ、、、」

「そうなの?」レイはジンライムを片手に結構酔っていた。

「そうだね、正直加地さんがここまで凄いとは思わなかったよ、」

シンジとカオルは言葉少なく深い感動に酔っていた。

「なに言ってるのよ、もともと加持はあのぐらい吹けたのよ、ただ今まで本人がやる気をださなかっただけで、本気になればこのぐらいの演奏は当然よ、」

ミサトは自分の事の様に、嬉しそうに話す。

「どうしていままでそんなに大きく活動しなかったんですか?」

シンジが質問する。

「う〜ん、いわゆるスランプってやつかなぁ、テクニックも方法論も持っているんだけど、、、、心の問題が大きかったんだと思うわよ、」

「心の問題ってなによ?」

アスカもワインをすでに1本開けてかなり酔っていた。

「それは私にも分からなかったけど、今は何か一つの道が見えたみたいね、」

ミサトは演奏の終わったステージ、数分前まで拍手の嵐の中深々と挨拶を加持を思い出していた。

きっと心に何か小さな光を感じる事ができたんだろう、きっと自分が見たい世界の道が見えたんだろう、

そんな満足した表情だったなぁ、、、、

ミサトはなぜか自分までも嬉しくなる気持ちを押さえられず、笑顔になっていた、、、

「僕たちと目指すところは近いかもね、」

カオルはすでにジャックダニエルビールを5,6本飲んでいるがそれほど表情は変わっていなかった。

「そう、加地君言ってたわ、あなた達のプロデュースしてずいぶん自分が助かったって、二ヶ月ぐらい前に見た時のステージとはまったく別人のようだもん。」

「そうなんですか?」

シンジは一人オレンジジュースを飲んでいた。

「あなた達のサウンド、創造する世界はとても独特で、純粋で、他人を傷付け、そのくせやたらと寂しがる世界、だから逆に加地君は力強い意識の世界を求めたんだと思うわ、きっと、、、」

「僕たちのサウンドがきっかけですか、、、」

「シンジ君の世界は純粋すぎるから、誰もが心を痛くするのさ、」

カオルはシンジに微笑む。

「僕もそうだった、、、、あの時始めてシンジ君の歌を聴いた時、、、、、優しさとか、寂しさとかの言葉なんかまったく及ばない世界、でも自分が生きてるんだと強く感じさせる世界、そんな心を感じたんだ、、、、、」

 

 

 

シンジとレイが、加持の家に転がり込んでから2ヶ月近くたっていた。

加持はシンジ達を元の世界に戻す事も、ここに留まる事も勧めなかったが、シンジ達の気持ちを否定する事もしなかった。

「一緒に住むかい、新しい家族を作るのも悪くはないなぁ、」

笑いながら大人の笑顔で話す加持に、シンジ達は心を少しずつ開いていった。

シンジは加持の影響で音楽に興味を持ち始め、加持の家にあった古いギターを引き始めた。

レイも昔、拾ったボロボロのギターを持ち込みシンジと一緒に練習し始めていた。

昼間学校に通うシンジと、バイトに行くレイ、そして夕方からは二人でギターの練習をする。

そんな生活が続いていたある日、加持が一人の少年を連れてきた。

「渚カオル、」

無表情な少年は小さく、絞り出すように声を発した。

まるで自分の存在を嫌うかのように、自分の存在が許せないかの様な少年は、シンジともレイとも視線を合わせずどこか遠くを見詰めていた。違う世界から迷い込んだ人間のように、、、

「ねえ、シンちゃん、どう思う、」

「どうって何を?」

「あいつよ、カオルの事。」

「そうだなぁ、、、いつかきっと僕たちとも話す様に成るよ、」

「うん、、、でもこないださぁ、、、、」

 

数日前の夜、レイがシャワーを浴びようとバスルームのドアを開けると、カオルが上半身裸で立っていた。

「ご、ごめん、、わざとじゃ、、、、、、、」

レイは謝りの言葉の途中で息を呑み込んだ。言葉を忘れ、ただ視線をカオルの体から離せずにいた。

「珍しいかい、、、、」

カオルは自分の腕、腹、背中に装飾された刺青に引き込まれそうなレイを無表情に見つめる。

「この腕は宇宙の終わり、背中からお腹にかけて描かれているのは悪魔の印、、、、生まれるべきでない僕には一生取れない印が必要だったのさ、、、、」

「、、、自分で、、、、、入れたの?」

レイはカオルの体に吸い込まれそうな感触を感じていた。芸術でもなく、もちろんファッションでもない、ただ憎しみだけが、人類の苦痛だけが印された刺青の模様。なぜ、この少年にそんな印が、、、、

「気が付いたら入れられていたのさ、、、父さんに、」

まるで他人事の様に話すカオル。そのまま素肌にシャツを羽織り、自分の部屋に戻っていった。

 

 

「、、、、という事があってね、、、、」

「そうなんだ、、、」

シンジは黙ってギターを弾き鳴らす、

「私ねぇ、もう一度聞いてみようと思うんだ、、」

「レイ、他人の過去にあまり深入りするのは良くないよ、」

「うん、、、でも、感じたんだ、、きっと誰かに触れられたいんだって、自分の過去と一緒に向かい合ってくれる誰かを探している、、、、、そう、感じたんだ、、、」

シンジはそれでも黙ってギターを弾いている。何かを心で感じ、自分の中で問い掛けている様な目つきで、黙ってギター弦を見つめている。

レイはそんなシンジを見つめていたが、しばらくすると部屋をでていった。

 

月は好きだ、満月より三日月のほうが好きだ、

まるでナイフのような月に触れたら、僕もこの世界から逃げられるのだろうか、

きっと迎えに来てくれるよ、大きなリムジンにのった死神が、僕を探しているから、

ここにいても同じなの?

悪魔の印は消えないの?

僕は、、、、、、

マンションの屋上で一人で月を眺めるカオルは、左腕の傷を見つめる。

「綺麗な傷だね、」

気が付くとシンジが後ろに立っていた。

「僕もあるんだ、同じところに、、、、ほら、」

シンジの腕にも傷があった。

「傷に綺麗も汚いも無いよ、ただ残っているのは苦しみの思い出だけさ、」

「そうだね、苦しみかぁ、、、」

そのままシンジも一緒に月を見る。黙って眺め続ける二人の髪を、透明な風が吹き抜ける。

「見つけたんだ、」「、、、何を、」

「歌いたい事、」「、、、、それで、」

「聞いてくれるかなぁ、」「、、、、どうして僕が?」

「カオル君をイメージしたんだ、勝手にだけどね、」

「僕を、、」

「うん、レイから話しを聞いてね、、、そしたら、どうしてか分からないけど、いろいろ浮かんできたんだ、」

そういってシンジは横においてあったギターを弾き始める。

イントロもなく歌い始めるシンジは震えた高音で、恥ずかしそうに少し下を向きながら、、、

手のひらに風を渡す為に、目には見えない気持ちを伝えるために、、、、、

ありったけの勇気を込めて歌う、、、

 

 

 

 

 

シンジはキスをする、

カオルを傷つけたナイフに、

そして体中が振るえ出す、、、、

知らない小さな町で、海につながる坂道を歩く二人、

夏の午前中、海の風がまだ純粋でいられる綺麗な町、

誰からも愛されない少女が海辺の道で泣いている、

シンジは少女を優しく抱きしめる、

そんなシンジを見つめ悲しそうな目でカオルは話す。

「この世界は何でできてるの、」

海からの白い風を受け、少女を抱いたままシンジは答える、

「きっと、彼女が流す涙でできてるんだよ、この小さな宇宙は、」

「じゃあなぜ君は歌うの?」

「あの世界では僕の歌は嫌われてたんだ、だから今は背中に白い翼がないんだ、、、」

さっきまで泣いていた少女が、自分の涙をカオルの腕に落とす、、

「だから一緒に歌おうよ、僕たちは天使じゃないけれど、人間でもない、、」

「生きる獣の世代だけど、」少女が小さくつぶやく、

シンジは、純粋な笑顔と、ちいさな優しさで、気持ちを風に伝える、

そして、カオルはその風を体に受ける、

あふれる熱い涙を感じる、

寂し過ぎるほどの優しさを感じる、

カオルは自分の体、心の変化に戸惑いながらもシンジの言葉を受け入れる、

僕が君の体に付けてあげる、綺麗な真珠と貝殻でできた首飾りを、

きっと君の刺青も綺麗になるよ、

僕が抱きしめるよ君の体を、僕の冷たい心を感じとれるかい、

僕も同じ色の血が流れているから、恐がらないでよ、

だからこのナイフで君に付けてあげるよ、

美しい傷を、、、

 

 

 

 

 

「初めて歌ったんだ、人前で、、、、、、」

シンジは恥ずかしそうにうつむいたまま、カオルの方を見る。しかし、カオルは黙ったままだ。

「、、、、どう、、かなぁ、、、、、気に入らなかったかなぁ?」

黙ったままのカオルだが、瞳の色は死の色ではなく、赤い生命の色に変わっていた。

「あんただけじゃないよ、悪魔の印を持っているのは、、、」

「レイ、、、」

いつのまにかレイも屋上に来ていた、

「私の心にもあるんだ、、、悪魔の印が、、、、」

「でもそれはいつか消す事ができる、、でも僕は、、、、」

「大丈夫だよ、僕たちの傷も、君の傷も、きっと美しいはずさ、」

シンジはカオルの左腕の傷に触れる。

「僕も、入れるよ、、、悪魔の印を、、、」

「シンジ君、、、」

「僕も無いんだ、、行くあてが、、何処にも行けないんだ、、」

シンジはカオルの腕を強く握る。

「でも、きっと幸せに成れるよ、誰も知らない、僕たちだけのやり方で、、」

「私達だけが知ってる秘密の方法で、、きっとね、」

レイもカオルの腕に触れる。

カオルはもう無表情ではなかった、作った笑顔でもなく、悲しみに満ちた瞳でもなかった。

綺麗な前髪の奥にある瞳は、小惑星の様ないくつもの輝きを持っていた。

「シンジ君、、シンジ君も僕と同じ血が流れてるのかい、、、」

「きっと、レイも同じだよ、」

「僕の血は蒼く透明なんだ、、、だけど、、、、だけど、、、」

カオルは笑顔を生み出そうと必死に方法を探す。

「僕にもまだやり方はわからないけど、、、」

「私達は一緒に探す事ができるの、、、」

カオルの瞳から純粋な水色が流れ、水色は3人の手、腕に落ちていく、

「神の領域でも、悪魔の道でもいいさ、一緒に行こう、、、」

「シンジ君、、、、」

綺麗な笑顔だった。シンジはこの時始めてカオルの笑顔を見る事になった、、、

「キスしてくれるのかい、僕のナイフに、、、」

「うん、いつか僕たちが蒼い血を流す時に、きっとキスするよ、、」

「私にも、、、してくれる、、、シンちゃん、」

「、、、、どうだろう?」

「ちょっとシンちゃん!!」

透明な風が3人を純粋にする、痛いほど感じる様に、

苦しみと、悲しみと、そして誰にも分からない愛を、、、、、

 

 

 

「シンジ君はドクロと白いハート、レイはバラの花と棘をそれぞれ腕に入れたんですよ、、」

帰り道を急ぐシンジの後ろを、ミサトとカオルが少し離れて歩いている。

「へぇ、そんな事があったんだ、」

ミサトには初めて聞く話しだった。

「あの時の歌は今でも僕の心を信じさせてくれるんです、今は生きてるのか死んでるのか分からない世界でも、きっと魂が進むべき道があるんだって事を、」

「じゃぁその時に流れるの、蒼い血は、」

「えぇ、悪魔でも、神様での、人間でもない印なんですよ、蒼い血は、、、その印が無いと入れないんですよ、死者の道には、、、、」

カオルがつぶやくように放った一言はミサトの心の何かに深く響いた、

「もっとも、シンジ君とっては現状から逃げる道の方が大切でしょうね、」

そう言って微笑むカオルの視線の先には、泥酔したアスカとレイがシンジに絡み付き、3人で階段を転げ落ちていた、、、、、

 

第十話へ続く



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