Star Children 第一部

「そして、宇宙(おおぞら)に / Fly me to the stars」





第一話


  「クイーン・アスカ」






「シンジ、いよいよね。」
「うん。」
「用意はいいわね。」
「うん。」
「じゃ、行くわよ。」

すぅーっと一息吸って、それからゆっくりと吐き出す。
さすがのアスカもこの場面で緊張しないわけには行かなかった。
しかし息を吐き終えたとき、いつものアスカに戻っていた。
前に向き直って通信をオンにする。

「管制室、こちらアマテラスU。発進準備完了。許可、求めます。」
『アマテラスU、こちら司令官。発進を許可する。』
『進路、オールクリーン。カタパルト、準備よし。』
「了解。ラッチ、切り離し願います。」
『切り離した。』
『射出準備完了。加速に備えてください。』
「了解。」
『秒読み、始めます。』
「どうぞ。」
『3(スリー)』
『2(トゥー)』
『1(ワン)』
『射出!』

ガッツンと一瞬だけ衝撃があった。
その一瞬で探査艇アマテラスの艇体はステーションから少しだけ力積を受け取った。
ゆっくりと慣性でステーションから遠ざかる。

「シンジ?」
「大丈夫。異常はどこにもないよ。」
「よし。」

再びマイクに向かう。

「管制室、こちらアマテラス。異常なし。
 このまま加速準備に入る。」
『待て、アマテラス。まだ近過ぎる。』
「了解。」

はやる気持ちをどうにも押さえられない。

(いよいよねー。)

とはいえ、今加速を始めたらステーションは粉みじんになってしまう。
そのまま5分が経過した。

『よし、アマテラス。もういいぞ。安全距離を今越えた。』
「了解。加速に入ります。シンジ!」
「推進剤、注入準備OK。主エンジン異状無し。出力60%。」
「了解。では、これより昆崙に向けて航行を開始します。」
『管制室、了解。』
『艦長、目標の位置はわかっているな?』
「もっちろん。ワタシをだれだと思ってるの?」

(まったく、生意気な奴だ。ほんとに頭に来る。)

宇宙ステーション「エンタープライズ」の司令官、ハリス・マクファーソンは思った。

(身体だけは一人前に成長したようだが、性格はガキのまんまだ。
 なんぼ優秀かは知らんが、もっと性格のいい奴をなぜ選ばんのだ、下の連中は。)

『わかった。いいから早く発進したまえ。』

「了解。」
『艦長、こちらで秒読みをします。それに合わせて発進して下さい。』

オペレーターが告げる。

「了解。」
『3(スリー)』    「ドライ」
『2(トゥー)』    「ツバイ」
『1(ワン)』     「アイン」
『アマテラス、ゴー!』 「クイーン・アスカ、ゲーヘン!」

オペレータの秒読みに合わせてアスカも声を上げ、
『ゼロ』の瞬間に合わせてコンソールのボタンを押した。

推進剤がメインドライブに供給される。
そして、それは加速されて一気にアマテラスのメインノズルから吹き出した。

機体にGが加わる。
しかし加速感は、堪え難いものではなかった。
ジャスト、1重力加速度。
それがこのまま数時間続けられる。
そして、そのあとしばらく等速直線運動を続けた後に、
反転して同じく1Gでの減速を開始する。
「昆崙」とランデブーするまでのスケジュールは正確に算出されていた。
そして今も、光学観測のデータを元に、リアルタイムに再計算がなされている。
すべて、コンピューターが最適な指示を操縦士に出すのである。
その計算は「エンタープライズ」でも、そして更に離れた地上の基地でもフォローしている。
人間の操縦士が間違える余地など、どこにも無かった。

加速が始まってしばらくすると、最初の指示が出た。
バーニヤを噴かして軌道を修正する。

「よし、軌道に乗ったわね。管制室、確認を求む。」
『こちら、管制室。軌道を確認。問題を認めず。』
『…ザ…ザッ…こちらタケシントベース。…ザ…異常なし…。』

ステーションの返事から少しのタイムラグを置いて、地上の基地からも確認のコールがあった。
天候の影響か、若干のノイズが含まれているようだ。

「まあね。当然よ。」

先に述べたように、別にアスカが偉いわけではない。
コンピュータの指示通りに飛んでいるだけなのだから。

『こちら、昆崙。こちらでも確認した。』

さらに少し遅れて、昆崙からも返事が来る。

『途中の航路には特に問題は無し。
 こちらは予定通りに航行している。
 早く追いついてくれ。
 待ちくたびれちまうぜ。』

それに別の声が加わる。

『ゆっくりと二人だけの世界を楽しみたいのだろうが、悪いな。』
『間違えて、月に行ったりしないでくれよ。
 これがほんとのハニームーーン、なんちゃってな。』

「ちっ。言いたいこと言ってくれるわね。
 こっちが昆崙についたら覚えてらっしゃい。」
「ア、アスカ。怒んないで。冗談だよ、きっと。
 それにアスカも自分でおんなじこと言ってたじゃない。」
「覚えてるわよ。でも、他人に言われると腹が立つのよ。」
「アスカ。あんまり怒るとしわが増えるよ。」
「くっ。アンタも言うようになったわね。」
「ははは.....。」

航行が安定していると、操縦者には別にすることがない。
制御をほとんどコンピュータに任せているから、
2人、などと言うとんでもない小人数で航宙ができるのである。

「あのさ、ところでさ、さっきの発進時の『クイーン・アスカ』って何?
 どういう意味なの。それにゲーヘンはドイツ語だけどクイーンって英語だよ。」
「アンタ、バカぁ?この艦の名前に決まってるでしょうが。
 それに固有名詞なんだから英語もドイツ語も無いのよ。」
「でも、この艦は『アマテラスU』だよ。」
「それはステーションを離れるまでの仮の名よ。
 今はこの艦は『クイーン・アスカ』に生まれ変わったの。」
「そ、そんな。勝手に...。」
「いいの。昔から船の上では艦長の権限は絶対だったのよ。
 アンタ、まさか艦長に逆らうつもり?」

(艦長じゃなくたって、逆らうとアスカ、怒るじゃないか。)
とは言えず、シンジが黙っていると、

「いいわね。艦長に逆らったら縛り首よ。わかったわね。」
「うん...。でも、どうして『クイーン・アスカ』なの?」
「ま、いいじゃない。昔っから、その名前に憧れてたのよ。」

(クイーン・アスカ、だって。変なの。
 そりゃ、アスカは内でも外でも『女王様』してるけどさ。
 わざわざ船の名前にしなくたっていいじゃないか。)

「何よ、その顔は。文句あるの。」
「いや、別に...。」

実は小さい頃読んだ数少ない日本の漫画の影響であった。
飛行船のような宇宙戦艦に乗った女海賊。
アスカと同じ栗色の長い髪に、長いまつげ、切れ長の目。
トレードマークは頬の傷と髑髏の旗。
彼女が貫いていた『自由』『独立』の精神には大いに感じるものがあった。
実にアスカ、4才の時である。

(やっぱ、戦う女の象徴よね−。)

「さて、と。2時間は暇があるわね。寝室でも行きましょうか、シンジ。」
「アスカ、何を言ってるんだよ、いきなり。」
「艦長命令よ。」
「だめだよ。当直中に持ち場を離れるなって言われてるだろ。」
「大丈夫よ。何も起きやしないわよ。それにハルだっているんだし。」
「えっ、ハルって何?」
「これよ、これ。」
「これって、ペンティアムUのこと。」
「そうよ。ハル(HAL)よ。この由来はねえ...。」
「知ってるよ、それ位。『2001年宇宙の旅』は昔読んだからね。」
「そう...。(つまんないの。)」
「でも、それって縁起悪くない?HALは反乱を起こすんだよ。」
「そう言われて見れば、そうね。わかったわ、名前を変えましょう。」
(変えるって...。いいのかな、勝手に。)
「どうしようかしら。いいのが思い付かないわね。
 大体、喋るコンピュータって悪役の方が多いのよね、昔っから。
 ほら、アンタもボケボケっとしてないでなんか考えなさい。」
「うー、わかったよー、アスカ。」
(て言っても僕の意見なんて普段は全然聞かないくせに。)
(それになー、あんまりぴったりって名前、無いや。)
「そうねー。あんまりぴったりって言うのは無いわね−。」
(あ、そうだ!)
「あのさ、アスカ。」
「何、シンジ。いいの思いついた?」
「うん。あまりいいかどうかわからないけどさ、これってペンティアムUだろ。」
「ええ。それがどうしたの。」
「だからさ、ペンティアム・ツー。略してペン・ツー。つまり...。」
「わかったわ。まあ、シンジにしてはいいんじゃない。
 ちょっとベタなダジャレだけどね。
 いいわね、今日からアナタはペンペンよ。」

最後の一言は、壁の集音マイクに向かって放たれたものだ。

『クエッ。クエッ。』

すぐに返事が帰ってくる。

(あれ、なんかコイツ、妙にノリがいいな。コンピュータらしくないや。)

と感じて一瞬けげんな表情を浮かべたシンジだったが、すぐに、

(マヤさんの新しい疑似人格プログラムかな、きっと。
 すごいな。今にもほんとに会話ができる人工知能ができそうだな。)

思い直して、出口の所で「早く来い」という無言の要求をあらわにしてるアスカに急いで従った。

寝室、と言ってもいわゆる家庭のベッドルームとはわけが違う。
各乗員には狭いながらも個室が与えられていた。
当然、シンジとアスカも本来は別室である。

アマテラスU(またの名をクイーンアスカ)の場合は、
艦長命令により副操縦士の個室は物置と化していた。
そして、副操縦士の寝台は艦長室に運びこまれていた。
つまり、アスカの言う寝室とは、艦長個室の事であった。

エンタープライズでは、ハリス司令が規定を厳密に解釈し、
乗員の、他の乗員への私室への入室を禁止していた。
むろん、夫婦といえども例外は認めなかった。
そのため、アスカとさんざんにやり合っていたが、方針を変えることはなかった。
逆に、アスカとシンジの個室の前に歩哨まで立てることすらした。
伝統的な海軍軍人であった彼には艦内の風紀の乱れは許せないことだったのだ。

(こうしてシンジと二人っきりになるのは久々ね。
 早くゼロGでも試してみたいけど、取りあえずは...ね。)

さて、作者としては、あまり個人のプライバシーを覗く行為は好きではない。
よって、寝室で何が行われているかは詮索しないことにしよう。



アマテラスUは「エンタープライズ」を離れ、
最初の母艦となる「昆崙」へと向かっていく。

それは同時に、地球圏を離れ星の世界に足を踏み入れる事でもあった。
地球の重力を逃れ、真空の世界に出たものはまだ千人にも満たない。
さらに地球の軌道を離れ、太陽系の惑星世界を目指すのは、彼らが最初の人間であった。
(無論、先行している昆崙のクルーを除けば、であるが。)



「ふー。ようやく行ってくれたか。
 これだけ離れてしまえば、我々の管轄外だな。あのレッド・ハリケーンめ。」
「司令は彼女がお嫌いなようですね。」
「当たり前だ。誰があんな女、気に入るものか。」
「彼女、ステーションではちょっとした人気者でしたよ。ご存じでしたか?」
「ああ。知っているぞ。君もそのファンクラブとやらに入っていたろう。」
「は、はあ。」
「まったく。これだから近頃の若い者は...。」
「はあ、しかし、あれ程の美女ですからね。地球でも滅多にお目にかかれませんよ。
 しかもあの若さで頭も良いし気立ても良いし。
 あれで、まだ独身だなんてちょっと信じられないでしょう。」
「バッカもん。奴はとっくに結婚しておるわ。
 旦那は一緒に居たあの副操縦士だ。」
「えっ。しかし、姓が違うし、結婚してるなんて一言も...。」
「姓が違うのなんて今時珍しくもないだろうが。
 気立てが良い、だと。まったく。クルーの前では猫をかぶっていたな。」

「オ−ホホホホ。」というアスカの高笑いがハリスの耳にこだまする。
ステーションの若い男性乗組員にかしずかれているアスカの姿も目に浮かぶ。

「まったく、あの雌狐め。
 また私の職場をめちゃくちゃにしおって。」
「また、と言われると、司令は彼女をご存じだったのですか?」
「ああ。インパクト前にちょっとな。
 少しは成長したかと思ったが、全く変わっておらん。
 いや、表面を取り繕う技術だけはうまくなったようだな。」
「はあ、そうなんですか。」
「私が海軍に居たのは知っているだろう。
 その時、私の乗っている艦に一ヶ月ほど便乗してきた。
 そのあげく、私の愛機も含め、なにもかもぶち壊して行きおった。」
「はあ、それは、なんと言うか...。お気の毒でした。」
「栄光ある合衆国太平洋艦隊はおかげで壊滅。
 その時の司令はノイローゼになって退役だ。」
「彼女がやったんですか?」
「いや、ある程度はしかたないところもあったがな。
 それに半分はもう一人の無茶苦茶な女の責任だ。
 まったく、戦艦を自沈させてゼロ距離射撃など、考えだしおったバカ者のな。
 だが、あいつは、こともあろうに私のF35を踏んづけおったのだぞ。」

まったく何度思い出しても腹が立つものである。
しかし司令官という今の立場上、怒りを簡単に表に出すわけにはいかない。
常に冷静に。激昂して我を忘れるようでは勤まらない。
今のは危なかったな、と思いつつも、ふうっと息を吐いて頭を冷ます。

「まあいい。
 これで我々も本来の目的に専念できるというものだ。
 スケジュールはどうなっている?」
「は、今のところ予定通りに進んでおります。
 新しいモジュールが来週打ち上げられるそうです。
 それと、一緒にまたお客さんが来るそうです。」
「またか。まったく宇宙ステーションをホテルと勘違いする輩が増えてこまるな。」
「今度のは、例の...。」
「そうか。ま、なるべく丁重に迎えるとしようか。」



航宙は静かに続けられていた。
今、アマテラスは加速をやめ、慣性で地球から遠ざかりつつあった。



『艦長、昆崙から通信が入っています。
 おつなぎしてもよろしいでしょうか。』
「う、うーん。」
「アスカ、ほら、起きてよ。通信だって。」
「うーん。シンジぃ。むにゃむにゃむにゃ...。」
「アスカ。」
『艦長、おつなぎしてもよろしいですか。』
「わかった。僕がでる。音声をつないでくれ。」

「こちら昆崙。司令のシェンだ。」
「こちらアマテラスU。副操縦士のシンジ・碇です。」
「おお、そうか。先程、リアルタイム通信圏に入った。
 ランデブーのための航法データを送るから受信準備を願う。」
「了解しました。」
「うーん、何よぉ、シンジぃ。誰とはなしてんのぉー。」
「しー、アスカ。静かに。」
「おやおや、お休み中だったようだな。起こしてすまなかった。」
「いえ、あ、その...。」
「はっはっはっ。若いなー。ま、そろそろ仕事にかかってくれよ。
 昆崙、以上。送信終わり。」

「ペンペン、航法データの受信準備を頼む。」
『了解しました。』
「ほら、アスカ。起きなさい。」
「うーん。」
「起きないと、こうだぞー。」
「ヒヤッ。」
「こんなこともしちゃうぞー。」
「ヒャッヒャッ。ちょっと、何すんのよ、シンジ。」
「何って、アスカが起きないから。」
「今、起きたわよ。だから...。」
「だから?」
「もっとして。」
「ちょ、ちょっと。アスカー。」



しばらくしてアスカが先に部屋を出てきた。
そのままシャワールームに向かう。
宇宙空間では水は貴重品である。
99%の効率で回収して再利用しているが、ロスは避けられない。
そのため、特にシャワーなどは使用そのものが制限されているのが普通である。
そして身体の洗いかたについての細かいマニュアルまで付いているものだ。
まあしかし、この艦の場合は特別で、水は比較的ふんだんに用意されていた。
と言うか、任務の性格上、シャワーを頻繁に使うのは仕方のないことであるから、
使用回数に制限は付けられていなかった。

「ふんっふふっふんふーん。」

鼻歌混じりでスポンジでこすり、身体を泡まみれにする。
お湯を使えるのは最初に身体を濡らす時と、最後に泡を落とすときだけである。
その時だってお湯と温風が同時に出てくるので、いわゆる地上のシャワーとは感覚が違う。
泡は、洗い流すと言うより、吹き飛ばすと言う方が正確かもしれない。
そのために、洗剤も特別製のものが開発されていた。

「シンジー。出たわよ。」

大声で叫ぶ。どうせこの艦には他に誰も乗っていない。気にする必要は無い。
もっとも、ドアを閉めていたら聞こえるはずは無いのだが、
シャワーでご機嫌なアスカはそこまで頭が回っていないようだ。
と、同時にシンジがシャワールームの扉を開いた。

「アスカ、長いよ。もう5分しか残ってないよ。」
「うるさいわね。レディーに文句言うんじゃないの。」

どうやらすぐ外でずーっと待って居たようだ。
アスカがまだいるにもかかわらず、その場で急いで服を脱いでシンジはシャワーに飛び込んだ。
まあ、夫婦だから別にいいんだけどね。
アスカはシャワー室を出て、パイロットシートに向かった。
その通路上で、ブザーが鳴り始めた。

『ビー、ビー。警報、まもなく加速に備え居住区の回転を停止します。零Gに各員備えてください。以下の施設は使用を停止します......。』
『ビー、ビー。繰り返します。警報、......。』

そのままシートに座って待っていると、シンジが戻ってきた。
髪を乾かしている暇はなかったようだ。
身体だって十分に洗う時間があったとは思えない。

ちょっと悪いことしたかな、シンジに。

と思わないでもないアスカだが、決してそれを口にはださない。
表情や態度に表れることもない。
アスカの返事は常に行動である。(もし忘れなければ、であるが)
知らない人間には非常にわかりにくい感謝の表現をするのである。

ま、そこがアスカらしくていいんじゃない。

とは、それに対するシンジの日頃の思いである。
照れがあるからやはり言葉には出さないが、見ていればわかる。
表情や行動の端々に、それは明らかに現れていた。

確かに彼らは似合いの夫婦であるようだ。



『居住区の回転を停止します。』
『停止しました。』
「副操縦士、チェックして。」
「アイアイ。居住区、異状無し。」
「よろしい。減速準備。」
「減速準備、入ります。」
『減速準備、完了。』
「固定確認、異状無し。いつでもOKです。」
「昆崙、こちらアマテラス。これよりランデブーのための減速に入ります。」
「了解、アマテラス。データは受け取っているな。」
「はい、昆崙。」
「あらためて言うまでも無いと思うが、本艦の後方には障害物が多い。  近づく時は気をつけてくれ。
 昆崙、以上。オーバー・アンド・アウト』
「了解。いいわね、シンジ。気をつけるのよ。」
「わかってるよぉ、アスカ。」
「だめよ、シンジ。この席に着いたら、アタシの事は『艦長』と呼ぶのよ。」
「ハイハイ。艦長。」
「ハイは一つ。」
「ハイ、艦長。」
「じゃ、減速に入ります。」
「了解。減速開始します。」

シンジがレバーを引いた。
と、同時に左舷のノズルからジェットが噴出する。
艇はゆっくりと回頭していった。

「今よ!」

再びレバーを引く。
今度は右舷のノズルからジェットが吹き出し、回転のモーメントを殺していく。
完全に静止した時、噴出も止まった。
艇は完全に180度反転した状態になった。

「推進剤、注入。」

今まで眠っていた主エンジンが再び動きだす。
高温の反応炉に推進剤=水が接触し、加熱され、
爆発的な速度で前方に噴出する。

そして作用・反作用の法則に従って、艇には負の加速度を得る。
宇宙艇はゆっくりと、1Gで減速していく。
左下方45度方向に、昆崙が見えた。
宇宙艇は減速を続けながらも、昆崙ベースを追い越していく。

後方からのランデブーは障害物が多いため、前方から近づくのだ。
後方には昆崙がまきちらす推進剤の乱流があり、
振動によってはく離した彗星のかけらなどによって危険な状態であった。
昆崙は現在も加速を続けている。
ただし、その大質量がゆえに加速は非常にゆっくりとしたものであった。
アマテラスUの様な、比較的軽量の宇宙艇がそれを追い抜くのは容易であった。

アマテラスUは再び回頭した。
上下左右のバーニャを複雑に制御し、昆崙の軌道へと艇体を近づけていく。

「昆崙、こちら、アマテラスU。」
「こちら昆崙。どうぞ。」
「予定の軌道に乗りました。加速を中断してください。」
「了解、アマテラスU。15分後に加速を停止する。」

「ペンペン。後は頼んだわよ。」
『クェ。』

ここから先は人間にできるような工程ではない。
主エンジンを止め、バーニャだけを使って昆崙にアマテラスをドッキングする。
そんな技は、ピコ秒単位でものを判断できる、コンピューターの独壇場である。

30分後、無事、アマテラスUは昆崙へ接岸した。



「さ、シンジ。行くわよ。」

返事を待たず、アスカはエアロックから飛び出した。
無論、シンジが宇宙服を着終わっていることぐらいは確認済である。
シンジは無言でアスカに付いていく。
目指すは、50m先にある、昆崙側のエアロックである。

「ふえー。しっかし、でかいわね−。」
「ほんとだね。」
「これ全部かき氷にしたら、いったい何人分になるのかしらねー。」
「さあー。」
「バカね。まじめに考えるんじゃないの。」



それは氷の星であった。。
セカンドインパクトのときに宇宙に飛ばされた南極の氷の固まり。
その中をくり貫いて居住区を作り、エンジンが取りつけられた。

人によって作られた氷の彗星。それが昆崙。

全長1km、幅は最大で200m。

分厚い氷の壁は、宇宙線や宇宙塵から内部の人間を守る障壁であり、
同時に、後部に突き出す形で取りつけられたエンジンの燃料であり、
さらには、人に酸素と水を供給する資源でもあった。



今、その乗り組み員は一時的に2人増えて、14人になった。
金星への旅は、まだ始まったばかりである。






次話予告



『ありゃりゃ。ハードSFの筈が、スペースラブコメになっちゃったよ。
 ま、この二人を主役にして会話させたら、こうなるのはわかっていたけどね。』

「ふっ。当然だ。」

『おや、アナタですか。』

「私もいるぞ。」

『そうですね。じゃあ、次はちょっと外の世界を中心に話を進めて見ましょうか。』

「それで問題は無い。期待しているぞ。」

「こいつはともかく、私はエヴァキャラきっての良識派だからな。
 私を主役にすれば、話がぐんと引き締まるぞ。」

『とかなんとか言って、ホントは主役をやってみたいだけなんでしょー。』

「そ、そんなことはない。」

「あら、先生。そうでしたの。」

「冬月。無理をする必要はない。」

「だから違うと言っておるだろう。」

『まあ、どうでもいいや。とにかく次回は地上が舞台だ。』




次回、第二話

「魂を継ぐもの」




「どうした?続きを読まないのか。読まないなら帰れ。」





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