Star Children 第一部

「そして、宇宙(おおぞら)に / Fly me to the stars」







地上の混乱をよそに、宇宙船はひたすら金星目指して虚空を飛んでいった。
計画通りに彼らは旅を続け、計画通りに目的地に到着した。
金星を巡る楕円軌道の遠日点に付いたのがちょうど一週間前。
そしてたった今、最後の軌道修正を終え、予定の周回軌道に乗ることに成功した。

「ナイス、シンジ。一発なんてアンタにしてはやるじゃない。」
「当たり前だろ、アスカ。」

船は金星をちょうど24時間で周回する軌道に入った。
地球の静止軌道にほぼ相当する高度と速度ではあるが、
金星の自転速度が極めてゆっくりであるため、地上に対して静止してはいない。
高度約4000kmの高空を超音速で飛んでいた。

「目標を肉眼で確認。
 よし、すべていいわね。
 シンジ、アマテラスにコンタクト。」
「了解。」

先行していたアマテラスは既に金星を30回も周回していた。
現在、アマテラスUと同じ軌道の100kmほど前方を飛んでいる。

「プロトコル送信。
 アマテラスの受信を確認。
 起動コマンド送信。
 メインコンピューター起動。
 よし。」
「アマテラス、主エンジン起動。」
「主エンジン起動します。
 3、2、1、主エンジン点火。」

主スクリーンに先行するアマテラスの像が写っていた。
その後方に突然光が灯ったと同時に、スクリーン全体が暗くなった。
目を保護するため前方監視カメラが自動的に感度を落としたのだ。
彼らの到着を待つあいだスリープモードに入っていたアマテラスは再び目覚めた。

「じゃあ、シンジ、ここは任せたわ。」

アスカが艦長席を立って、部屋の外に向かう。
部屋の外には彼らの居住区と、シンクロルームがある。

「じゃあ、って、ちょっと待ってよ、アスカ。」
「何、シンジ。」
「何って、操縦は僕が....。」
「却下。」

その一言は、シンジに有無を言わせない響きを持っていた。
この目、この口調のアスカは危険だ。シンジの本能がそう告げていた。
それでもなお、10年前より成長したシンジは一応の抵抗を試みる。

  逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃ....

「却下って、そんな。ずっと前から決めてあっただろ、
 艦長はアスカ、操縦士は僕って。」
「ああ、それね。退屈なのよね、艦長って。
 何もトラブルも起きなかったしさ。
 だからイイじゃない。少しぐらいやらせてよ。」
「そんな....。だからって....。」
「何、その目は。文句あんの?
 艦長命令よ。」

  この目をしたアスカには何を言っても無駄だ。
  時には人間、逃げる事も必要だよな。うん。

アスカは知らない筈だが、大気圏突入は忘れられないくらい感動的だった。
地球でHSSTを使ってシンジは何度も再突入訓練をやっていた。
アスカもシミュレータは何回か経験しているが、実際とは雲泥の差だ。
HSSTに精神をシンクロさせて、成層圏をダイブする。
当然、目は使えない。身体で感じるのだ。
イオンの航跡を残し、重力に引かれながら滑空する。
やがて、大気圏に入ると同時に視界が開ける。
時には遥か下方のコバルトブルーの大海原。
あるいは一面に広がった真っ白な雲海。
アスカが当然の如く艦長職を主張したのでシンジはしかたなく操縦士になった。
だけど、思わぬ所で役得があったのだ。

  ちぇ。しょうがない。

こうなったら、もう何を言っても無駄だった。

「いいわね、アンタはそこでしっかりモニターしてるのよ。
 このアタシの勇姿をね。
 やっぱ、金星(ビーナス)に最初に降り立つのは世界一の美人でないとね...」

なんか勝手な事言いながら、宇宙服からプラグスーツに着替えるアスカ。
プシュッ。
手首のボタンを押すと、空気が抜けて身体にスーツがフィットする。
ハッチを開けて、シンクロルームのシートに座る。

「ハッチ密閉。」
「ハッチ密閉します。」
「LCL注入開始。」
「LCL注入開始。」
「マルチスクリーン投影開始。」
「スクリーン投影開始。」

アスカの指示にシンジが復唱し、操作する。

「ハーイ、シンジ。見えてる〜?」
「ああ、アスカ。ばっちり映ってるよ。」
「じゃ、シークェンス、スタート。」
「接続シーケンス、準備開始。」

それを合図に起動シークェンスの複雑な一連の手続きが自動的に続けられた。
ペンペンが逐一状況をモニターし、画面に表示する。
時々、重要事項は音声でも報告する。

「主電源全回路接続。」
「起動用システム、作動開始。」
「パイロット、接合に入ります。」
「システムフェイズ2、スタート。」
「シナプス挿入。結合開始。」
「パルス送信。」

その声も男性だったり女性だったり、しかも数人を使い分けている様でなかなか芸が細かい。

「パルスおよびハーモニクス正常。」
「シンクロ、問題なし。」
「オールナ−ブリンク(全神経接続)終了。」
「中枢神経素子に異常なし。」
「再計算。誤差、修正なし。」
「チェック、2590までリストクリア。」
「絶対境界線まであと、2.5、1.7、1.2、0.9、0.6、0.4、0.3、0.2、0.1」

そして、ついに声が告げた。

「突破。」
「ボーダーライン、クリア。」
「アマテラス、制御下に入りました。」
「シンクロ率、42%」

LCLが充填された室内を何かが通り抜けた。
そして、アスカはアマテラス(天照姫)になった。

「アスカ...」
突然黙り込んだアスカに、心配になったシンジが声をかける。

「だ、大丈夫よ、シンジ。」

心なしか、返事をするアスカの声が上ずっていた。

  何、これ。気持ちいい。
  空を飛ぶのがこんなに気持ちいいなんて...

「アスカ!」

  ハッ!そうだ。こんなこといつまでもしてられないんだっけ。

「これより、大気圏に突入します。」
「アスカ、気を付けてね。」
「大丈夫よ、シンジ。
 このシンクロシステムはこのアタシが自ら設計したのよ。
 万に一つの失敗もな考えられないわ。」

  いや、そうじゃなくってさ。

シンジのそれは、声にはならなかった。

  アスカは突入訓練やってないんだろ。
  ブリーフィングも真剣に受けてないし。

その代わりに、真剣なまなざしで計器をチェックした。

  まあ、アスカなら何とかなる、いや、何とかするだろうけどさ。

一方のアスカは、初めて空を飛ぶ不安を感じていた。
しかし、それ以上に快感と期待感が勝っていたのも事実だ。

  やっぱ、無理矢理操縦を変わって正解だったわね。
  こんないいものなら、地球でも訓練を受けとくんだったわ。
  さて、今度は再突入か。
  ぶっつけだけど、アタシなら、まあ何とかなるでしょ。
  さあ、アスカ。いくわよ。

アスカが意識を下に向けると、アマテラスもそれに従って下降を開始した。
銀翼の機体が、希薄な大気の抵抗を受けて減速しながらも高度を下げていく。
強化セラミックタイルに覆われた機体が摩擦によって白熱する。

二人とも、金星を甘く見ていた。
確かに大きさ、重力などは地球と金星はほとんど変わらない。
しかし、大気の組成は根本的に違っていた。
また、金星のほうが遥かに高温だった。

30分後。

  何よこれーーーー。

確かに何とかはなったものの、道中は苦痛を極めた。
二酸化炭素や硫化水素が主成分の金星の大気は地球よりも重く、機体にぶつかって来た。
その衝撃がズシンズシンと、シンクロしているアスカにも伝わってくる。
より電離しやすい性質の大気を稲妻が走り、ビリビリと身体に電撃が走る。
熱センサーを切っているのがせめてもの救いだ。

大気圏に入ってからも、不快感は一向に消えない。
 
「視界はゼロ、か。
 何もわかんないわ。
 レーダーを視覚化してモニターに出して。」

スクリーンが変化する。

「これでもないよりはましか。」
「アスカ、そのままの高度を維持。あと100kmで予定の着陸地点だ。」

アマテラスは地上2000mで、雲の中を飛んでいた。
もともとHSSTの機体をベースにしているだけあって、飛行はお手のものである。

「ねえ、シンジ。高度を下げるわけにはいかないの。」

なんとかして雲の下に出て、視界を確保したかった。

「だめ。今降りたら山脈を越えられない。
 あと2分、我慢して。」

かつて蓄積された地形データを元に、シンジがナビゲートする。
ただし、25年以上前の古いデータだ。
最近の地形観測は、分厚い雲にはばまれてうまくいっていなかった。
ここ25年でいかなる変化が起きたのか、それを突き止める事も今回の調査目的の一部である。

「あっ、何?」

その時、何かがアスカの後方をよぎった、ように感じた。

  気のせい、かしら...

だが、振り向いても何もいない。
レーダーにも何も映っていなかった。

「どうしたの、アスカ。」
「ううん。なんでも無い。ただの気のせいね、きっと。」
「よし、もういいよ、アスカ。」
「わかった。じゃ、降りるわよ。」

一気に高度を落として雲の下に出る。
視界が開ける。
目の前には、大きな湖が広がっていた。。

「あったわ、シンジ。
 着陸予定地を視認。
 アマテラス、着水します。」

そのまま高度を少しずつ下げて、水面に向かう。

「ちょっと速いか。
 フルフラップで減速。
 ランディングギアも出して。
 よし、着水。」

着水の瞬間、衝撃が伝わってくる。

「よーし、いい子ね。
 そのまま、そう、そう、OK。」

ゆっくりといき足を殺しながら、岸に向かう。
しばらくして、ランディングギアが浜辺に乗り上げた。

「よーっし。着陸成功。
 どう、シンジ。ばっちりでしょう。」

ふーう。
シンジは安堵のため息をはいた。

「アスカ、着陸成功おめでとう。
 一発で成功させるなんて、さすがアスカだね。」
「まあね、当然よ。」
「じゃ、交代するからハッチを開けて。」
「だめ。まだダメよ。」
「どうして。今度は僕の番だよ。」
「すぐ変わってあげるわよ。
 でも、その前に、これは譲れないわ。」
「これは、じゃなくって、これも、だろ。」
「うるさいわよ。
 ペンペン、アマテラスとのシンクロカット。
 続いて、ジェットエンジェルにシンクロして。」
「了解、艦長。」

  ちぇっ。ズルいや、アスカばっかり。

再び、シンクロ作業が開始される。

「主電源接続完了。」
「第二次接続、開始します。」
「ハーモニクス、全て正常位置。」
「第3次接続を開始。」
「セルフ心理グラフ、安定しています。」
「A10神経、接続開始。」
「ハーモニクスレベル、プラス20。」
「オールナ−ブリンク終了。」
「中枢神経素子に異常なし。」
「チェック、2550までリストクリア。」
「2580までクリア。」
「絶対境界線まであと、1.5、1.1、0.8、0.5、0.3、0.2、0.1」
「絶対境界線突破。」
「JAU、起動。」
「CASMシステム作動。同期補正0.1」
「固定具、排除。」

「格納ハッチ開いて。」
「ハッチ開きます。」

アマテラスの後部に設けられた格納庫の扉が上に開く。

「ジェットエンジェル、アスカ、発進します。」

アスカのかけ声と同時に、JAUがぬーっと半身を起こし、続いて立ち上がった。

「よーし。それ、ジャーンプ!」
「あ、アスカ、無茶だよーーー。」

シンジの制止も聞かず、JAUがジャンプする。
反動でアマテラスの機体が大きく揺さぶられる。

「ブースター、点火!」

空中でJAの足に付けられたロケットブースターが点火された。
一段と高く舞い上がる、JAU。

「これこれ。こうでなくっちゃ。
 よーし。あそこ!」

アスカが目を着けたのは、岩だらけの視界の中に開けた平らな一角だった。

  なんて言っても最初の一歩はねぇー。
  人類の記念跡になるんだから、それなりの所に記さなくっちゃ。
  砂浜じゃ、すぐ消えちゃうじゃない。
  勢いをつけて、固い大地に刻みこんでおかないとねぇー。
  『これは小さな一歩であるが、人類にとっては大きな一歩』てヤツを。

頂点に到達し、そのまま放物線を描いて地上に降りていくJA。

「よーっし、そのまま、そのまま。
 アレ、アレ、アレー!?」

地面が近づいてくるにつれて、それが細かく揺れているのがわかった。
まるで風で波が立っているかのように。

「ウッソー。
 ヤダ、ちょっと、ヤーーーー。」

バッシャーン。
平らな地面に見えたそれは、沼地であった。
幸い、沼はそれほど深くなく、JAは自力で脱出することができた。
(脱出できなかったら、調査計画はどうなっていたのだろうか。)

「イヤーーーーー。」

ともかく、JAUは金星の大地に立ったのである。





















第六話


  「JA、大地に立つ」






















もとい、






















第六話


カオスほ し
混迷惑星




















「そうか、そちらはそんなにヒドイのか。
 ああ、わかった。
 うん、そうしよう。
 奴等もバカではない。十分に気をつけてくれ。
 ああ。ああ。では、また。」

第二東京市のとあるホテルの一室。
二人は身分を偽って宿泊していた。
あれから1週間。
世界は混沌の海の真っ只中にあった。

「あなた、どうでしたの。」
「非道いものだ、ヨーロッパは特にな。
 研究所から一歩も外を歩けないそうだ。
 今のところは政府の護衛がいるからいいが、それもいつまで持つのやら。」

法王暗殺に続いて、北アメリカ合衆国大統領、ヨーロッパ連邦首相、南アフリカ統一評議会議長と、
世界各国の要人が立て続けに暗殺された。
犯人はいずれも『G』と呼ばれる超一流のスナイパーだった。
それからだった。
各地で、『ネルフ狩り』と称される活動が盛んになったのは。
特にヨーロッパでの混乱は一段と激しく、
ネルフ・ドイツ支部の流れを酌む、ハウスホルツァ−研究所の前は
連日、暴徒が押しかけて投石行為などが繰り返されていた。
警察は個々の暴動に対応するのにおおわらわで全体の治安を維持するだけの余力はなかった。
各地は実質的無政府状態に陥りつつあった。

こういった動きは、アジア、特に日本では無縁の物だった。
少なくとも表向きは。
欧州や北米からの輸入が途絶えがちになり、物価が少し上昇した。
目に見える影響はそれぐらいのものか。

「まあ、こちらも大差はないか。
 表向きは平和だが、逆に言えば市民にそれだけの力がないだけのこと。
 既に内務省はヤツらの影響下にある。
 これで日本の警察機構は形骸と化してしまった。」



先日、第二東京市の一市民の住居を何者かが襲撃した。
治安維持の名目で街頭の各所に警官が立ち、
夜間の外出が厳しく制限されるようになったにもかかわらず、である。

襲撃は深夜に速やかに行われた。
そこの住人は、ある友人からの警告を受け事前に脱出していたので無事だった。
ちょうどそれは法王が暗殺された日のことだった。

ゲンドウは、スナイパーの立っていた鉄塔の上から暗視スコープで一部始終を見ていた。
侵入者は、米軍(北米連合軍)特殊部隊だった。

「やれやれ、私も買い被られたものだ。」

彼の独り言は闇の中に消えた。
その日以来、彼らはこうしてホテルを転々としていた。



ほぼ同じ頃、長野市郊外の住宅地では爆発事故があった。
警察は、事件をガス爆発事故と発表した。
幸いにして死傷者はいませんでした、とニュースは伝えていた。
もし深夜の事件に目撃者がいたら、10人の黒づくめの男たちが密かに侵入し、
爆発の直後に二人が抱えられて慌ただしく去っていくのを見たことだろう。
明らかにその二人は重傷を負っていたのだが。

その住居の所有者は、新進気鋭のカメラマン相田ケンスケ氏。
警察の調査によれば、彼は取材旅行中であり連絡が取れなかった。
彼の仕事関係の友人・知人達、誰一人彼の居所を知らなかった。



「極東国連軍が頑張っているのがせめてもの救いか。」
「青葉さん、大丈夫かしら。」
「彼なら大丈夫だろう。
 あそこには味方も多いからな。」

極東国連軍司令部は戦略自衛隊とネルフ本部直衛部隊を主力にサードインパクト後に設立された。
武官は圧倒的に戦自出身者が多いが、文官は逆にネルフ出身者が有力ポストを占めていた。

「それより心配なのは相田君と冬月だ。」
「そうですね。」
「まあ、わざわざ入院中の冬月にこれ以上の手はださんと思うが、
 なにせ年寄りだからな。」

冬月がその場にいたら、怒っただろう。
「年寄り」と言われては。
が、その冬月は今、意識不明の重体である。
何者か、おそらくは「G」と呼ばれる暗殺者、によって狙撃されたのだ。
今彼の命があるのは偶然の産物以外の何者でもない。
たまたま振り向こうとしたその瞬間に弾丸が命中した。
発射から弾着までのわずか3秒たらずの間の出来事である。
体がほんの少しひねられたことで、弾は心臓をそれ、ろっ骨を打ち抜いて肺を貫通した。
もし彼の体の開きがもう少し大きければ、弾がそれたことに気づかれたならば、
狙撃手は躊躇なくとどめの第2射を撃ち込んだだろう。
「G」はそういう男だった。

突然の凶行に崩れ落ちる冬月。
その後から鳴り響くライフルの咆哮。
ボディーガードたちはその時、なすすべもなく立ち尽くしていた。
まさに一瞬のスキ、であった。

冬月はまず地元の市民病院に運ばれ、
後に、青葉の一存で軍の付属病院に移転した。
窓もない部屋で、24時間体制の警護と看護が続けられているが、
本人は依然として死線をさまよっているところだった。

「あなた。私達、いつまでこうしていれば...。」
「さあな、ユイ。
 今回の騒動、我々がシナリオを書いた訳ではない。
 死海文書も、オリジナルは失われて久しい。」
「シナリオが無い、ということはあるのかしら。」
「その可能性も無い訳ではないが、少ないな、ユイ。
 それよりも問題なのは、果たして役者がシナリオ通りに演じ切れるか、だ。
 二流の演出家ではゼーレの上は到底望めんからな。」

ゲンドウはカーテンを少し開けた。
窓の向こうの夜の街明かりがサングラスに反射する。

「やつらが失敗するか、我らの予想を上回るか。
 出て行くのは、その時だ。」







1日目

今日の仕事は穴掘りだった。
別にJAがシャベルでエンヤラ掘るわけではないが、
それにしても退屈な作業だった。
掘削機を大地にセットしてボーリングを行ない、金星の地質学的な情報を集めるのが目的だ。
残りの時間はいろいろな測定機器の検査に当てられた。
アスカに言うと怒るだろうけど、彼女の無茶な着陸のせいでいくつかの計器が不調になったのは間違い無い。
だから僕が操縦するって言ったのに。



2日目

今日は移動日。
JAで300km離れた第二観測ポイントへ向かう。
途中、いくつかの山や谷を越えた。
確かに、こんな移動はキャタピラ式の車ではできないだろう。
平地ではほとんど走りっぱなしだった。
別に僕の身体が疲れるわけじゃ無いが、何か疲れた感じがする。
結局、途中で時間切れ。
僕達のアマテラスUは24時間で金星を周回しているから、実動時間は10時間しかない。
明日の午前中(船内時間)に移動を終わらせ、午後はまた穴掘りだ。



金星の自転速度は地球に比べると遥かに遅い。
朝になってから2500時間近くたって、ようやく星に夜が訪れるのである。
星の自転に対し、相対的に船が止まって見える軌道、静止軌道にアマテラスUを入れることは難しくは無い。
そうすれば、確かに24時間ぶっ続けで作業する事も可能ではあるが、高度が非常に高くなるために通信に支障をきたす。
そのようないくつかの事情を考慮した上で、人類の体内時計にあった24時間周回にしたのである。
通信は、情報量を維持するために超短波が使われる。
すると回折しにくくなって、1日のうちの半分は星の影になってシンクロできないのである。
作業時間は1日10時間。
これを1時間交代でアスカとシンジが交互に作業した。
このような状況で連続してシンクロしつづけるのは1時間が限界であるし、
一日あたりの述べシンクロ時間が5時間というのもパイロットの疲労を考えると都合が良かった。



10日目

あーあ。
なんだか面倒くさくなってきちゃった。
金星に着いて以来、走ってるか、機械を設置してるか、その二つの作業ばっか。
そりゃ、そんなことは事前に充分わかっていたけどさ。
景色もなんかこう、地球と代わり映えがしないしさ。
どこに行っても木が一本もはえていない事だって、かえって殺風景なだけ。
まだ30分も走らなきゃいけないのー。
シンジー。早く変わってよー。



11日目

今日、六回目の移動を終えた。
これでようやくこのセクターの機器の設置を全て済んだ。
明日はいよいよベースキャンプに帰還だ。







「青葉二佐、ヨーロッパ全域に戒厳令が敷かれたそうです。」

セイラ・モーゲンスタ−ンが報告した。

「戒厳令!?
 こりゃまた穏やかじゃないね。」
「しかし、治安の維持には有効です。」
「そりゃそうだが。いったいまた、どうして。
 軍部がクーデターを起こした、という訳ではないのだろう?」
「ええ。というか、少なくともそのように聞いています。
 欧州議会が、地域政府の要請に基づき、治安維持の全権を軍に委譲したそうです。
 無論、事態が正常回復するまでという時限的な措置ですが。
 従って、この布告は完全に合法なものだそうです。」

  合法、ね。
  要するに、欧州議会もとっくに傀儡に成り下がっていた、ということだろう。
  そしてこれで連中が表に出てくる素地が整えられた、という訳だ。
  恐らく北米も数日中に同様の事態になるに違いあるまい。そしてロシアも。

「それで全権が欧州国連軍総監、ド・ブラン中将に受け渡された、と。
 どんな奴なんだい?君の元ボスは。」
「良くも悪くも、典型的なフランスの男、という感じですね。
 欧州の軍人、特に旧いタイプの人たちには絶大な人気があります。
 あと貴族的な容貌や、というか実際に貴族な訳ですし、スタイルに一部の女性達も惹かれる様ですわね。
 ヨーロッパの社交界では、白公爵はとっても人気がある、と聞きました。
 ただ外見だけでなく、実際に頭もとても優れていますわ。仕事も精力的にこなしますし。」

  あたら有能な軍人だっただけに、新しい秩序に順応できなかったと言う訳か。
  さて、訊くなら今だな。

「なぜ、君は彼の所からここに?
 彼の下に居れば、栄達できただろうに。
 なんといっても彼は今、欧州を実質的に握ってるんだからね。」

  さあ、なんて答えるのかい?
  僕の可愛いスパイさん。

「彼、を、拒絶、したから、です。」

一言一言区切ってセイラは質問に答えた。
青葉には、それを答えるのに相当な努力を要している様に思えた。
まるでイヤな思い出を振り切ろうとしている様に。

  マズイ質問だったのかな。
  でも、しない訳にもいかないじゃないか。

「拒絶?」
「ええ。彼の、そのー、あのー、誘いを断ったんです。
 そういうのは好みではなかったから。
 でも....。
 さっき言ったように、彼は良くも悪くも典型的フランス男なんです。
 きっとプライドを傷つけられたと感じたんでしょうね。
 あのまま欧州にとどまることはできませんでした。
 幸い祖母の生まれた日本には彼の影響は及んでいませんでしたから、
 数少ない影響力をを駆使してなんとか転属した、と言うわけです。」
「影響力?」
「ええ。まあそれほどの事はできませんけど。
 女の、特に秘書のネットワークをあまり馬鹿にしてはいけませんことよ、青葉二佐。」
「えっ」
「あなたのお話も、ここに来て色々とお教えしてもらいましたからね。」
(うっわー。)
「こう見えても私、結構嫉妬深い女ですのよ。
 それと、護身術としてジュージュツを小さい頃から習っていましたからね。」







14日目

ようやく昨日、ベースキャンプにたどり着いた。
途中で足を滑らして、谷底に落ちるといったハプニングもあったけど、ね。
言っておくけど、よそ見をして谷に気付かなかったのは僕では無い。
今日は休息日だ。
アスカも、今日一日くらいは反省しておとなしくしているだろう。



15日目

さあ、いよいよ第二の観測拠点へ出発だ。
今度はちょうどここから120度西に向かったところだ。
今度もここと同じような六角形の観測網をつくる。
それが終わったら、北極と南極だ。
最後にまた赤道上に戻って、今度はN2爆雷をしかけ爆発させる。
目的は地震波観測による惑星の内部構造の調査だ。
同時に、それぞれの拠点周辺においてもいろいろと調査している。
現に今も、各ポイントの機器からアマテラスU経由で昆崙に情報が流れている。
アスカがまたアマテラスの操縦の件で駄々をこねないといいんだけれど...。





「ダメ、シンジ。
 これは譲れないわ。」
「だけど、アスカ....。」
「しつこいわよ、シンジ。」
「でも、アスカ。
 やっぱりマズイよ。今度はちゃんと静かに着陸しないとさ。
 スケジュールだって計器の調整で1日遅れちゃってるんだから。
 おまけに一昨日だって...。」
「あー、わかったわよ、シンジ。
 じゃあ、こうしましょ。折衷案よ。」
「折衷案って?」
「操縦はシンジに譲るわ。
 だけど、アタシも一緒に乗るわよ。」
「ア、アスカもー。」
「何、なんか文句ある?」
「じゃあ、誰がナビをするのさ。」
「ペンペンがいるじゃない。
 大丈夫よね、ペンペン。」
「クェ。」
「ほら、ペンペンもこう言ってるし。」
「だけど、二人も入ったら窮屈だし、
 シンクロだって余計なノイズが入って乱れるかも...」
「そんなこと大丈夫よ。10年前だってうまくやれたんだし。
 ほら昨日だってアタシ達うまくシンクロしたじゃない。」
「昨日?シンクロって...」
「いやーね、女の私に何を言わせるのよ。シンジのエッチ。」
「あ.....」

赤くなったのはシンジの方だった。

  たしかに昨日はオフで、二人で身も心もシンクロしたんだっけ。
  アスカ...。
  うわー、思い出しちゃったよ。
  マズイ、これじゃかえってノイズが増えちゃうじゃないかー。
  ふー。深呼吸。
  平常心。平常心。平常心。





飛行は順調だった。
心配されたシンジのシンクロ率も、懸命の自制により平常を維持していた。
時々、アスカの胸が背中にあたって、その都度ノイズが入ったが。
一旦大気圏外に出てアマテラスUから燃料を補給後、再び地上に戻る。
再度の大気圏への突入までは、すべて予定通りに行っていた。



大気圏突入後、再び雲の中をアマテラスは飛んだ。

「しっかし、鬱陶しいわねー。」
「仕方がないよ。自然現象なんだから。」
「仕方が無いってねー、モノには限度って物があるわ。
 これで毎日曇ってるじゃない。いったい晴れる日ってあるのかしら。」
「さあ。無いんじゃないの。
 少なくとも上から観測してる限りはね。」
「なんなのよー、もう。
 雨を降らせる訳でもない雲って、いったい何のためにあるのよ。」

とかなんとか、アスカの愚痴を聞き流しながら飛行を続ける。

「あと、150kmで降下予定地点です。
 減速、および降下の準備を始めてください。」

ペンペンが告げる。
そのナビは親切で、しかも正確だった。

  アスカを一緒に乗せて正解だったのかも知れないや。
  アスカのナビじゃ、こうは行かなかっただろうな。
  アスカ、方向音痴だし....。





もう少しで、予定地点にたどり着く。
そんな時だった。アマテラスの前方を不審な物体がよぎったのは。
一瞬だけ視界に現れて、再び白い霧の向こうにそれは消えていった。
しかし、それだけで充分だった。

「シンジ、い、今の...。」
「アスカ....。」
「み、見たわよね。幻じゃ、ないよね。」
「うん。見た。ハッキリと。」

奇っ怪な形。
あり得ない進化の産み出した落とし子。
およそ飛行に適しているとは思われないのに空を飛んでいる。
いかなる地球上の生物とも異なった肢体。
しいて挙げるならば、4本足のイカ、か。

 (作者より
  イメージとしては、バイラス星人を思い浮かべて下さるとうれしいです。
  アレのボディをもっと硬質化して、原色で塗り分けた感じ。
  顔はありません。頭も尖ってますが、3つに割れます
  何?バイラス星人を知らない?
  昔のガメラシリーズのビデオでも探して観て下さい。)

「アレは....。」

そこでアスカは沈黙する。
恐くて次の一言がどうしても出てこない。
シンジもそれを言葉にするのをためらった。
その正体を確信はしていても....。



『間違いないわ。アレは...』

その時、スピーカーから突然声が上がった。
かつて聞き慣れたその声。
だが、今の二人はそれに気付かなかった。
二人が動揺していたと言う事もあるが、そのセリフがあまりにも自然だったからでもある。
さらにもう一人。別の声がスピーカーから流れる。
落ち着いた女性の声。

『使徒ね。』








次話予告



『と、言うわけで長かった第一部もようやく終わりが見えてきました。
 一応これで、主役を張る登場人物が一揃いしたわけです。』

「最後の一人が私って事ね。」

『そういう事になりますか。
 まあ、実はまだ出てきていない人たちもいる事にはいますが。
 あまり言うとバレますから。(もうバレてますか?)』

「僕のセリフもまだ一度もないんだけど...」

『ごめん。忘れてた。
 本当は第4話に出てくるはずだったんだけど、話が長くなったのでカットしちゃいました。
 まあ、次で出で来るからいいでしょ。』

「オリ・キャラも何人か出てきたわね。」

『ええ。天才サイバー少女天城ミホと、純正金髪美女セイラ・モーゲンスターンですね。』

「あら、なんか『純正』って言葉にトゲがあるわね。」

『そ、そんなことないですよ。気のせいですよ。
 それで、ミホちゃんの方は、ケンスケ君救済キャラとしての登場です。
 セイラの方は、おわかりでしょうが、青葉君と絡みます。(もう既に絡んじゃってるし。)
 朝霧サキちゃんと村雨ヨウイチ君はエヴァTVシリーズでのオペレータ3人衆の役割を勤めます。
 ネルオペ3人衆は主役クラスに出世しちゃいましたから。』

「それで、今後の展開はどうなるんですか?」

『それは秘密です。』

(おいおい、それじゃ予告になんねえだろ。)

「私はどうなるのかね。まさかこのまま死んでしまうんじゃないだろうな。」
「ふっ、問題ない。すべてシナリオ通りだ。」
「何?碇、なんて事をいうんだ。」
「ジイさんは用済み。Gさんも用済み。」
「グッ。」
「グォッ。レイッ!」
「レイちゃん。お年寄りをからかうんじゃありませんよ。」
「ハーイ、ママ。」

「ワイの出番はまだかいな。」
「アラ、トウジはまだいいわ。私も日向さんと同じでまだセリフがないんだから。」
「相田ケンスケ、相田ケンスケをお忘れなく。」

「次号予告はいいねえ。SSの生んだ文化の極みだよ。
 そうは思わないかい、碇シンジ君。」

「ここにいたの?カヲル君。」
「次号予告は本筋に関係なく語られしモノだからね。
 出番がなくとも出てこれるさ。このボクの魂は、今キミに会いたい気持ちで一杯だから。」


「アンタ達、また何やってるのよ。
 いい、シンジ。次回はアタシが正真正銘の主人公だってこと見せてやるわ!
 バッチリ活躍して使徒を倒すからよーっく見てんのよ。」




次回、第七話

「使徒達の聖域」





(さてさて、全員ここに出してみたけど、配色を見直した方が良かったかな。)






第七話を読む


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