Star Children 第一部

「そして、宇宙(おおぞら)に / Fly me to the stars」







「みつけた!」
「Gehen!」

二人の叫び声は、完全にユニゾンしていた。

「Offnen!」    (← O は、ウムラウトです)

アスカは続けて叫ぶ。
シンジはそのドイツ語の単語は知らない。
しかし意味はわかる。英語のオープンはシンジも知っている。
しかもこの状況で、他に取り違えようは無い。
ハッチを開ける。

気流が乱れる。
機体がロールする。
使徒のコアを見失わないように全力で空を翔びながら、
機体を必死で制御しロールを抑え込もうと努力するシンジ。

左右に大きくロールするアマテラスにも関らず、
いや、そんなもの既に彼女の眼中にはなかったのかも知れないが、
半身をアマテラスの上に乗り出して、絶好の機会を伺うアスカ。
その眼光は、獲物を狙う紅い雌豹。

獲物を追う事、10分少々。
ついにアマテラスは雲型使徒のコアの上方45度、
飛び掛かるには絶好の位置を占めた。

「今だ!」

シンジが叫ぶ。
しかしアスカはまだ飛ばない。
彼女は空気を読んでいた。
そして...

「Asuka, gehen!」

JAの機体が天空に舞った。




















第八話


  「絶叫」






















天空を舞う、アスカの機体。

やった!

と思った一瞬、そいつは視界から突然姿を消した。

「え、え、えーーー。」

正確には上に逃げたのだが、自由落下状態のアスカには追って行くことは不可能だ。
そして、正に捕まえようとしていた時だっただけに、体勢が崩れた。

空中で錐揉み状態になり落下するアスカ。
両手両足を広げ、なんとか姿勢の制御を試みる。
シンジとは違い、正式にエヴァの訓練も受けた身だ。
エヴァによるスカイダイビングも当然経験済み。
身体がそれを覚えていた。

「アスカーーーー。」

叫びながら、シンジ=アマテラスがアスカの下に飛んでくる。
どしーーん。
JAはアマテラスの閉じた格納庫の上にまたがる形で乗っかった。
アマテラスは非常な衝撃を受ける。
当然、シンジの腹にも相当なショックが伝わった筈だ。
だが、それについては表に出さず、シンジはコアを追撃する。

さらに、20分後。
再び使徒のコアを捕捉した。

「今度こそ。」の思いがアスカにはある。

再び慎重にチャンスを伺うアスカ。
そして、キラリっと青い目が光った一瞬。
今度は何も言わず、アスカは再び天空の住人となった。



両手を広げ、落下速度を加減しながら使徒に迫るアスカ。
そして最後の一瞬。
またしても、使徒が視界から突然来得る。

「Nein! Oben? Ja!」

今度はアスカも予期していた。
使徒をロスとすると同時に、スラスターを噴かしJAも上昇した。
そして、見事使徒のコアを捕獲成功した。

「Fing! Gute!」

そして、秒読みを開始する。

「Drei !」
「Zwei !」
「Eins !」
「Vernichten !」

臨界ギリギリまで高められていた反応炉から最後の制御棒が抜かれた。
プルトニウムから発生する中性子を遮る物が何もなくなり、核分裂の連鎖反応が暴走を始めた。
と同時に、右腕左腕に取りつけられたそれぞれのN2爆弾が起爆した。
3方向から取り囲むように使徒にエネルギーが集中する。
相乗効果によって、破壊力が増幅された。
そして、JAもろとも使徒のコアが爆散した。

「やったわ!」

アスカはもう思考を日本語に戻していた。
完全なタイミングだった。確信はある。

「いや、どうかな。」

シンジは慎重だ。
その時、個体情報判別装置のスクリーンに変化が現れた。
急速に、青が消え、緑が広がる。

『使徒、完全に沈黙。』
『目標、消失しました。』

その音声が、日向と青葉に似ていたのはご愛敬というものだろう。

「ふう。」

アスカは一息つく。

『いえ、コレは...』
「何!?」
『エネルギーが収束しつつあります。危険です。爆発します。』
「爆発ぅー。使徒がーーー。」

しかし、シンジは気を抜いてはいなかった。
急速にアマテラスを降下させる。
着陸のことは考えない。

『ダメです。間に合いません!』

音声モニタが、青葉風の声で知らせる。

『きます!』
「シンクロカット!」

かろうじて、間に合った。
もう、アマテラスの機体がどうなったかなんてわかったものじゃない。
数秒遅れて、衝撃波がアマテラスUを通過する。
まだこの距離だと、振動はまだ減衰しきらない。
ほぼ真空に近いとはいえ、艦体が大きく揺さぶられる。
そして、第二波が来た。



惑星一面を覆う黄金に輝く爆炎。
大地は悲鳴をあげ、山が砕け空に飛び散る。
大きな土塊が爆風に巻かれ、高く高く飛びあがる。
直径10mから100mにも及ぶ岩塊ですら成層圏を突破する。
それ以下の塊は、それこそ無数に宇宙に放出されていた。

「直撃!」

ドーン。
破滅的な音とともに衝撃が襲う。
続いてもう一度。
ドーン。
断続的に振動と破壊音が幾度もした。
アスカとシンジは抱き合って、
ただ互いの体を寄せ合っていることしかできなかった。

5分後。

「まだ生きてる。」
「ほんとだ。助かったんだね。」
「ええ。」

そこでショックをいちはやく克服したのはシンジ。

「ペンペン。損傷をチェックして。」
「は、操縦室に行かなきゃ。LCL回収。ハッチ開いて。」
「まだだ。アスカ。外の状況を確認するのが先だ。
 圧力リークなし。空気清浄。よし!」

LCLが回収され、ハッチが開く。
外は、固定されていなかったものが散乱しており、
見かけはひどく見えるものの、実質的に大きな損傷はなかった。

ホッとする二人。
顔を見合わせ、笑顔をみせる。
そこへ、セルフチェックによる損害報告が始まった。

『主幹電気系統、異状なし。
 センサー類、損傷率80%。
 うち、恒久的損傷は推定30%。自然回復の見込み20%は有望
 左舷燃料タンク破損。隔壁閉鎖前に燃料の30%を損失。
 右舷空気タンク全壊。予備酸素全失。
 S2機関異常なし。出力正常。
 生命維持システム、105%に低下。
 艦体構造ストレス、基準値の15%。
  ・
  ・
  ・ 』

報告は良いもの悪いもの、区別せずに続けられる。

「アスカ、これ!」
「わかってるわ。
 ペンペン!残存空気であとどれだけ持つ?計算して。」

すぐに答えは出た。
2時間。
そこから先は空気は次第に汚くなっていく。
酸素が減り、二酸化炭素濃度が増える。
船室の総容量から、すぐに窒息することはないが、
昆崙まで持たないのは計算の苦手なシンジでもわかる。

シンジは最悪の事態を予想した。
(宇宙服や救命ポッドからかき集めれば...)
(いや、せいぜい2日伸びるだけか。)
(一人なら、なんとか保つ、か?)
青くなりながらも、フル回転で考えた。

だが、アスカは狼狽えなかった。
成算がきちんとあったからだ。

「大丈夫よ。燃料はまだたっぷりあるわ。
 そうよね、ペンペン。」
「クェ。」
「でも、いくら燃料があっても、これじゃ昆崙まで空気が保たな...」
「ストップ。シンジ。あなた、この船の燃料を忘れたの?」
「エッ。」
「水よ、水。エッチ・ツー・オー。
 さーて、シンジ君。HOのOってなんだか知ってる?」
「あっ。酸素だ。」
「そう。幸い、S2機関は無事。主電源系統も生きてる。
 つまり電気はたっぷり使えるわ。
 後は、道具を作って電気分解すればいいのよ。
 じゃ、あたしは酸素を作ってくるから、後はヨロシクね。」

それは中学生でも知っている化学の基本的な事実。
水に適当な電解質塩を溶かし、あとは電極を突っ込めばよい。
陰極側に集まった水素はS2機関に送り燃料とし、
陽極側に集まった酸素を集めて、壊れていない空のタンクにおくる。
真空の宇宙に冷やされて、それは自然と液化するだろう。
システムの変更には船外作業が少々必要になるが、難しくは無い。
必要な道具もすべてそろっていた。
アスカは宇宙服に着替えた。
鼻歌混じりで。

  電源は第3系統から使えばOK。
  電極は、そう、第1給水パイプのイオン濃度検出器が使えるわね。
  あとは3番バルブを閉じて、酸素配管にバイパスすれば簡単だわ。
  なーんだ。やっぱり簡単じゃない。
  アタシってホントに天才ね。

そのまますぐにエアロックに入る。
内扉をロックし、排気ポンプのスイッチに手をかけたその時、

「アスカ!」

シンジの叫び声。
かなり切迫している。
「何?」と叫び返す間もなく、
続いて衝撃。

「キャアー!」

狭いエアロック無いを上下左右に叩きつけられるアスカ。
宇宙服のおかげで外傷は免れたが、脳が激しく揺さぶられる。
そのまま、アスカは気を失った。







地球。
日本の首都、第二東京市。
すでに時刻は夕刻。
日は西に傾き、今しも暮れようとしているその時。
東の空に異変が起こった。
突然、星が輝きを増したのだ。

一瞬、小さな星は太陽に匹敵する程の明かりを放ち、
そしていつもの明るさに戻った。

『宵の明星、明けの明星』

天文にそれほど明るく無い人でも、その星は知っていた。

男もそれを見た。

「むう。」

男の妻もそれを見た。

「あなた.....。」

二人の胸を不吉な予感がよぎった。



「あら?」

彼女は買い物をしている所だった。
今朝から世間を騒がしている使徒パニックの事は知っている。
市場でも、奥さん連中はその話で持ちきりであった。
練達の主婦でもある彼女だが、そんな話には耳を傾けなかった。
どうせ話の半分はデマに決まっている。
委員長たる自分がそんなデマに躍らされてどうするの。
その辺の感覚は、中学時代に身につけたモノだ。
それに使徒が攻めてこようがなんだろうが、食わずに人は生きていけない。
そして家には万年欠食ジャージ先生が腹をすかして待っている。
おまけに今は、二人の幼児も預かっている。
突然の値上げに抗議しながらも、お買い得品を見極め、値切り、
栄養のバランスも考えながら夕食のメニューを構成していく。
料理好きの彼女にとって、もっとも充実した時間。
そんな時だった。

「へんねえ。何か悪い事が起きなければいいんだけど....。」



同時刻。
カリマンタンと呼ばれる島の宇宙基地は大パニックだった。

「昆崙との連絡が途絶えました!」
「マウイの電波望遠鏡が過剰入力でやられました。」
「ニューメキシコはどうだ!アルバカーキに至急連絡を。」
「ハッブルVもやられました。補償回路にも損傷!」
「くそ!ペルーもだめか。」
「回復まで相当時間がかかります。」
「東はだめだ。」
「ウィグルはどうか。あそこは大丈夫じゃないか?」
「ダメです。あと30分は地平線の下です。」
「ヒューストンに要請。至急偵察衛星を打ち上げられたし、と。」

何が起こったかはわかっていた。
だが知りたいのは、今、どうなっているのか、だった。
そして、これからどうなるのか、も。







気がついた時、彼女はまだ宇宙服を着ていた。
見慣れぬ空間。
どこにいるのか気付くのに、数秒を要した。

  これは、救命ポッド。
  どうして、アタシが....。

「良かった、アスカ。
 気が付いたんだね。」

シンジの声。
周りを思わず見回す。
だが、狭いポッドの中に、他に人影は無い。
声は、スピーカーから流れていた。

「シン....ジ?」
「アスカ。良かった。本当に良かった。
 まさか、もう目覚めないかと思った。」
「...シン..ジ...。
 どうしたの、アタシ?
 なんでこんな物に乗っているの?
 どうしてシンジは乗っていないの?」
「ゴメン、アスカ。
 こうするより他に手はなかったんだ。」
「どうして、シンジが謝るの?」
「今、説明するよ。」



「アスカ!」

シンジが叫ぶ直前。
計器が一部、回復した。
左側のスクリーンが点灯する。
一面に、青い点。
それは、個体情報識別装置がつながっていた。

  まさか、使徒?
  また?
  倒した筈なのに?

『新手の使徒?』

ミサトの声が叫ぶ。

『10、20、いや、100を越えてるわ。』
『完全に囲まれてるわね。』
『あの使徒を倒したせいで、新たな使徒達を目覚めさせたというの?』
『あるいは、これが月の力かしらね。』
『いけない、くるわ!』

一瞬、自失していたものの、すぐ我に返る。

  今、外に出ちゃダメだ!

そして、シンジが叫んだ。
だが、衝撃は直後にやってきた。

習慣が、シンジを気絶から救った。
コックピットに席を点いた時、安全ベルトをシンジは忘れなかった。

「くぅ。」

Gで身体がシートの上で跳ね回ろうとする。
ベルトが身体に食い込む。
操縦席のシートの持つ、対ショック機構がフルに作動して、衝撃をやわらげた。
衝撃が止んだ直後。

『やられたわ。』
『ええ。機関ごと、持ってかれたわね。』

「被害状況報告!
 何が起こったんだ!」

『正体不明の使徒が、本艦後部に直撃。』
『居住区周辺を除く、後部構造が全壊。』
『恐らく、使徒に食われたものと推定。』

  使徒に....。
  喰われた...。
  S2機関が..。
  ハッ。そうだ、アスカ。
  アスカは...。

「アスカはどこにいる?
 無事なのか?」

『艦長は、今エアロックにいます。
 外傷無し。過呼吸気味なれど、許容範囲内。
 衝撃で気絶している様です。』

  良かった。無事か。
  はっ。空気が。空気が足りないんだっけ。
  どうする。どうすればいい。
  考えろ、シンジ。
  時間が無い。

「計算せよ。
 残りの酸素はどれだけある?」

『およそ1時間半です。』

「それは、艦のタンクの話だな。」

『ハイ。』

「救命ポッドに手持ちの酸素を全部持ち込んで、
 どれだけ保つ?
 宇宙服の酸素ボンベも全部含めてだ。」

『およそ、50時間。安静にしていれば60時間。』

「一人でなら?」

『シンジ君!』

「一人でなら?」

『120時間。』

「救命ポッドで最大加速を使用した時の、
 昆崙との接触に要する時間は?」

『110時間プラスマイナス10時間。』

  ギリギリ、か。

状況は、明白だった。
選択肢は一つしかなかった。

「アスカ.....。」

アスカを一人、救命ポッドに乗せる。
ありったけの酸素ボンベを中に固定し、配管を接続する。

何か言うかな、ともシンジは思ったが、船内スピーカーは沈黙を守っていた。
ただ、船内モニターは黙々と作業を続けるシンジをジーと見つめていた。







「僕は、アスカを守るって、あの時決めたんだ。
 何があっても。
 命に代えても。」

「バカシンジ....」

泣きながら、アスカが答える。

「アタシの幸せは、アンタと一緒にあるんだから。
 アンタがいなければ、アタシは絶対幸せにはなれないんだから...。」

「ごめん、アスカ。
 でも、キミに生き延びて欲しいんだ。
 これは僕の我儘かも知れない。
 お願いだ、アスカ。生きて...」

「イヤよ。
 私だって決めてるのよ。
 死ぬ時は、バカシンジと一緒だって。
 シンジが死ぬなら私も....」

「アスカ!」

強い調子でシンジが話す。

「ダメだ。そんなこと。
 アイは、アイはどうなるんだ。
 彼女には、母親が必要だ。」

「....アイ....。
 ....母親....。」

「アスカ.....。
 行ってくれ。
 そして、そして、...
 アイを頼んだよ。」

「シンジ...。」

「大丈夫。僕は簡単に死んだりはしないよ。
 ここで、金星で待っている。
 キミが迎えに来てくれるのを。」

  そんなことはできはしない。
  空気も食料もないではないか。
  それに、船はじき、軌道から落ちる。
  その前にまた使徒に襲われなかったとしても。

「アスカ.....。
 アイ..」

プッツ。
音がして、無線が切れた。

  どうしたの?
  何があったの?
  まさか...。
  もう....?

『無線が切れたようね。
 この感じだと、電池が切れたか、配線がショートしたか。
 いずれにせよ、直したとしても交信はもう無理ね。
 この距離ではね。』

  リツコ...?
  どうして...?

『昆崙が見つかったわ。
 これから、加速に入るから、気をつけてね。
 もっとも、このポッドじゃ、たかが知れてるけど。』

  加速?
  シンジを見捨てて?
  アタシ、一人で?

「イヤ!やめて、リツコ。
 シンジを置いて逃げるなんてできない。
 止めて!止めなさい!」

『だめよ。このポッドはアナタの管制下にはないわ。
 シンジ君の言葉の意味を忘れないで。
 あなたが生きる事。それが彼の希望だという事を。』

  イヤよ、シンジ。イヤ。
  もうイヤなのよ。一人になるのは。
  イヤ。





彼女が一人、悲嘆にくれていた時。

「切れた。
 故障か。電池切れか。まあ、似たようなものか。」

『故障です。F17ブロックに火災発生。
 このため、追尾アンテナの配線がブロックされました。』

無機質な声がそれを告げる。

「ありがとう、ペンペン。」

『クェ。』

どういたしまして、という感じでペンギンの鳴き声で答える。
クスッと笑って、シンジは話しを続けた。

「修理は可能かい?どれぐらいかかる?」

『3分です。F17ブロックを迂回して、E回路経由で接続します。』

またしても、無機質な応答。

「そう。3分か。じゃ、もう少し僕と話をしてくれませんか、ミサトさん。」

『シンジ君!』

「そして、3分たったら、アナタも行って下さい。」

『シンジ君。知っていたの...?
 いつから....?』

「さあ、ミサトさんに気付いたのは、ついこの間です。
 ペンペンがおかしいのはだいぶ前に知っていましたけど。
 もしかして、バレていないと思っていたんですか?」

『それにしては、態度が自然だったから...。
 それに、あんな緊急事態だったから...。』

「アスカはね。彼女は多分、気付いていないと思いますよ。
 彼女はずーっと興奮状態だったから。
 だけど、醒めてくれば、そのうち彼女も気が付くでしょう。」

『思い出せば。思い出す気になれば。だけれど、ね。』

「そうですね。」

『それで、シンジ君。どこまで知っているの?
 アタシ達の事、不思議に思わないの。』

「そんな余裕、ありませんでしたから。
 気付いた時は、『良かった。とにかく生きててくれたんだ』って
 ほっとする気持ちで一杯だったし。」

『そう。ありがとう。』

「応答はリアルタイムだったから、船外ってことは無い。
 でも、船内に密航するスペースなんてどこにもない。
 とすれば、答えは自ずから限られてくるでしょ。」

『名探偵シンちゃん、ってわけね。』

「とにかく、どんな形であれ、二人が生きていてくれた。
 その事実だけで、ぼくは充分でしたから。
 どうやったのかは知りませんが。
 あの時、僕でさえ、二人は死んだと思ってたのに。」

『まあ、その辺はいろいろと、こっちの事情もあってね。
 話せば長いことになるんだけど、リツコがね....』

「いいです。長話する余裕は無いですし、今の僕が知っても...。
 それよりも、ミサトさん。アスカの事、お願いします。」

『それでいいの?シンジ君。
 あなたは.....。』

「他に方法が無いって、ミサトさんもわかってるでしょ。
 .....。
 でも、残念だな。
 こうしてミサトさんと話してるのに、あの続きができないんだから。」

『続き?ああ、アレね。
 そうね。これじゃ、チョッチ無理みたいね。
 でも、シンちゃん。
 たっぷりアスカとしてるでしょ、毎晩。』

「あっ!
 ミサトさん。
 さては、毎晩覗いてたな!!!」

『シンちゃんもずいぶん大人になったじゃない。
 「ああ、アスカ、アスカ、アスカーーーー!」
 あのチョー奥手だったシンちゃんがねー。
 あんなことや、こんなことまで。』

「ミサトさん!」

シンジの顔はもう真っ赤だ。
そのまま、顔をふせる。
そして、肩を震わせながら、少しずつ顔をあげる。

「ふっ、ふふふ。」
『ふっ、ふふふふ。』
「ははっ、はははははは。」
『ふふっ、ふふふふふふ。』

二人の笑い声がしばらく船室にこだまする。

「ズルいよ。ミサトさん。
 反則だよ。」

『アラ、シンちゃん。
 私は誉めてるのよ。
 大人になったわね、って』

そこへ、第3の音声。

『ミサト!
 まだ、無事だったのね。』
『リツコ!』

「赤木博士。アスカは、アスカはどうでしたか?」

『シンジ君....。
 そう。やはり気付いてたのね。
 アスカは大丈夫よ。多分。
 今は放心しているけど、なんとかなるでしょ。
 ただ、心の傷は、一生癒せないかも知れないけれど。』

  ゴメン、アスカ...。

「さあ、もう行ってください。
 バッテリーが切れたら、あなた達も帰れなくなる。
 ミサトさん。赤木博士。
 アスカを、みんなを、地球を、頼みます。」

『わかったわ、シンジ君。
 もう行くわ。
 でも、サヨナラは、言わないわよ。』

「ありがとう、赤木博士。」

『シンジ君.....。
 あなたは、立派になったわ。立派な大人になった。
 私、あなたを誇りに思うわ。  シンジ君.....。
 そうね。
 帰ったら、今度こそ、大人のキスの、続きをしましょ。
 だから、お願い。
 生きて。
 生きて、そして、帰ってくるのよ。
 お願い。』

「ありがとう.....。
 ミサトさん。」











  ミサトさんも行っちゃったか。
  これで本当に独りぼっちだ。

彼は、立ち上がった。
当たりを眺め回す。
コックピットは比較的傷ついていない。
だが、計器の大半は沈黙している。
メインスクリーンも当然、点いていない。

  別に僕だって死にたくて残った訳じゃない。
  ただ、二人とも脱出する方法が他になかっただけだ。
  ならば、アスカを生き延びさせる。僕にとって当然の選択だ。
  でも、まだ僕だって死ぬと決まった訳じゃない。
  ミサトさんは信じていない。僕だって信じてはいない。
  でも、まだあがく事はできる。
  ミサトさんだって言ったじゃないか。
  『あがきなさい!』って。

彼はコックピットを出ていった。
少しでも長く、生き延びる可能性を探すために。

  結果は同じかもしれない。
  でも、やらなくちゃダメだ。
  精一杯生きたことの証しとして。
  カヲル君が、綾波レイが、僕にくれた命のためにも。
  父さんのために、母さんのために。
  可愛いアイのために。
  そして、何よりも、アスカのために。

バッテリー切れが近いのか、廊下の電灯が点滅していた。
彼が部屋に入って1分後、無情にも全ての明かりが消えた。











星が一つ、宇宙に流れた。











狭い室内を沈黙が支配していた。
そのまま時間がただ過ぎていく。

アスカはシートに身を預け、上を向いてつぶやいていた。

「...シンジ...。」
「...シンジ...。」
「...シンジ...。」
「...シンジ...。」

腕は力なくシートの脇にぶらさがっている。
数粒の水滴が顔のまわりを漂っている。



『....スカ?』


(誰かがワタシを呼んでいる。)

ふと、我に返る。
どのくらい時間が経ったのか、アスカにはわからない。
永遠の時間が過ぎているような気がした。
実際には、こうして放心していたのは10分少々のことであったが。



『アスカ....。』

ミサトの声は低く、そして震えていた。
悲痛に満ちていた。
かつて、アスカは一度、やはりスピーカー越しにその声を聞いたことがあった。
思い出したくもない、つらい過去の一部だった。

記憶がダブる。
あの時も、彼女は何もできなかった。
打ちのめされた弐号機の中で、それを聞いていることしか。
そして、今も。

『アスカ...。』

もう一度、声が呼びかける。

「イヤッ。聞きたくない!」

耳を塞ぐ。目を閉じる。かぶりをふりながら、うずくまる。
最悪の知らせ。
ミサトの一声目で、本能的にそれを悟っていた。



だが両手で耳を塞いでも、その声を遮ることはできなかった。

『たった今、アマテラスUの信号が消えたわ。
 閃光と一緒に。』







「イヤ、イヤ、イヤーーーー。







船内に、アスカの絶叫が響き渡った。








次話予告



「あ〜あ。僕、死んじゃったのか〜。
 てっきり主人公だと思って期待していたのに。
 アレ、なんか声が聞こえるぞ。」


「シンジ君。僕と一つになろう。それはそれはとても気持ちのいいことだよ。
 ....イヤなのかい。
 キミは一時的接触を極端に怖がるんだね。
 君の心は、ガラスのように繊細だね。行為に値するよ。
 ....好きってことさ。」


「碇くん。私と一つになりましょ。それはそれはとても気持ちのいいこと。
 二人の心が一つになって溶けだすの。
 これは、私の真実の気持ち。
 碇くんと一つになりたい私の気持ち。
 さあ、碇くん。私と一つになりましょ。」


「ちょっと、アンタ達。アタシのシンジをたぶらかすのはやめてよね。」

「碇くんは碇くんの物。あなたの物ではないわ。」

「いいえ、アタシの物よ。アタシがそう決めたの。
 私たちは、いついかなる時も、身も心も一つなのよ。」


「セカンドチルドレン。惣流アスカ・ラングレー。
 キミは僕と同じだね。」


「アンタ、バカぁ。なんでアンタなんかと一緒にならなきゃいけないのよ。
 私は女で、使徒でもないし、だいたいヤヲイでもないわ。」


「つれないなぁ。
 (シンジ君を)好きってことさ。」


「な、な、な、何を言うのよー!!!
 必殺、アスカボンバーーーーー!!!!
 ホント、使徒は死んでも治らない、ってほんとね。
 とにかく、涅槃の彼方からアタシのシンジにちょっかいださないで!」




「ふう。ようやく消えたわね。
 アレ?シンジもいない。
 ふえ〜ん。シンジ〜。どこ行っちゃたの〜。帰ってきてよ〜。」




と、いうわけで、次回から

Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」編



がはじまります。








次回、第九話

「それぞれの選択、それぞれの戦い」



「ダガハシ、ダガハシ。
 どんな緊急事態にも動じない、ダガハシノゾクに、清き一票をよろしくお願いしまーす。」

「エー。こいつだったのー?高橋首相って。」
「まあ、そんなSSが一つくらいあっても良かろう。」
「何せ、緊急事態だからな。」






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