Star Children 第二部(1)

「大地の鎮魂歌 / The requiem for the earth」

by しもじ  







02 「女神の星が蒼く光り輝く時.....。
    予言は成就された、記録通りに。」
04 「女神...アルテミスではなく、ヴィーナスとはな。」
02 「あの子、文学もたいそう愛でていたからね。」
01 「まったく。変に知恵を付けるから混乱するのよ。
    月に向かわせたのが、まったくの無駄じゃない。」
02 「仕方ないでしょ。あの子がヒトの文化を気に入ったのだから。」
03 「心配ない。修正はまだ十分に効く。」
02 「女神の星が蒼く光り輝く時、楽園の門は三度開かれ、」
01 「追われし子らは土に還る。」
04 「聖なる卵は星の方舟。」
03 「我らが御魂を導かん。」

その詩、あるいは予言、は死海文書にも載っていなかった。
少年は、唯一信頼していた少女にのみ、それを伝えていた。

02 「では儀式の準備を。」

01番と表示されたモノリスが最初に消えた。
   「神の力を再び我が手に。」

03番と表示されたモノリスが消えた。
   「栄光と破滅。進化と滅び。我らの未来は二つに一つ。」

04番と表示されたモノリスも消えた。
   「ふっ。ついに宴がはじまるか。」

最後に02番と表示されたモノリスが消えた。
   「これで良いのですね、あなた....。」

残された暗闇を沈黙が支配していた。






















第九話


  「それぞれの選択、それぞれの戦い」
























宇宙探査船『昆崙』のブリッジはまさに沸騰していた。

「いったい、どうなってるんだ。」

『使徒達の集団に取り囲まれた。』という緊急報告が最後だった。
やがて、アマテラスU爆散の報告が観測室からもたらされた。

有効な情報が得られないまま、シェンは昆崙を金星に向ける命令を発した。
『昆崙』が使徒に攻撃されるという危険は承知の上の決断だった。
敢えて危険を冒してまでそうする価値がある、と考えたかった。

「司令、観測室からの報告です。
 0次方向に新たな噴射炎を確認。
 アマテラスUの救出ポッドのものとスペクトル形状が一致します。」
「噴射炎?何個だ?」
「1つだそうです。」

  あるいは二人とも助かったのかも知らん。
  なんとか希望が見えてきたな。

「よし、航路を再計算。
 最大加速でランデブーポイントに急げ。」
「もう、独断で命令を発させていただきました。」
「そうか、ありがとうレイファ。」





イカルスシティ、国連航空宇宙管制センター。
この事態の最中において『昆崙』からの通信が唯一彼らの得られた吉報だった。

「そうか、救出ポッドが確認できたか。
 良かった。脱出できたのかも知れんな。」
「しかし、通信には依然、応答がないそうです。」
「パイロットが意識不明の重体なのか、
 最悪、誰も乗っていない可能性も考えられます。」
「むう。
 昆崙には呼びかけを続けるように連絡してくれ。
 それと、各地の天文台に連絡。
 すべての観測機器を金星に集中させるように。
 どこかで超新星が起きようが、パルサーを発見しようが、どうでもいい。
 例えビッグバンが起きようとも、金星以外には目を向けるなよ、とな。
 次に、日本の先技研に連絡を取れ。
 固有波形パターン識別装置を天文台にリンクさせるよう依頼してくれ。
 使徒が地球に向かってきても絶対見落とすんじゃないぞ。」

それだけ指示を出しおえると、日向マコトは次官室に入った。
すぐさま受話器を取り、秘話回線であらかじめ教えられた番号をダイアルする。

「日向です。」
『ああ、その後、どうなったの?
 例の使徒は無事退治できましたか?』
「ええ。しかし、例のガス状巨大使徒消滅後、金星に複数の使徒がいきなり現れました。
 アマテラスUは直後、爆散。
 パイロット二名の生死は現在のところ不明です。
 新たな使徒に関する詳しい情報も、ありません。」
『そう、ご苦労様でした。
 新たな情報が入りしだい、また連絡してください。』
「しかし博士。こんな事態になるとは...」
『聞かされていない、と言いたい訳?
 私達だって総てを知っている訳では無いわ。
 金星に使徒が残されている事なんて知らなかった。
 もしそうだと知っていたら、貴重なチルドレンをわざわざ行かせるものですか。
 今回の件は不幸な事故です。
 あなたもプロなら、早く忘れて気持ちを切替なさい。
 彼らが地上にやってくる前に。』





  くそっ。
  何を考えているのだ、博士は。
  人類の未来のための組織ではなかったのか?
  何か裏がある。何か...。
  あのゼーレ、あるいは人類補完計画のような何かが。
  ....やめよう、考えるのは。
  今は考えてもどうにかなる時ではない。
  とにかく、できる事をするだけだ。
  組織の事も、日本の事も忘れて。
  シンジ君。アスカちゃん。どうか、どうか生きていてくれ。





ロシア、サンクトペテルスブルグ。
バスローブをまとった女は静かに電話を切った。

「彼は気付いているようね。」

豪奢な椅子に腰かけた男がそれに応じた。
右手にブランデーグラスを持って。

「どうするね。」
「気付いても彼にはどうにもできないわ。
 そうね。見張りをつけて監視しておけばそれでいいでしょう。」
「随分と消極的だな。」
「やたらと殺せばいい、というものでも無いでしょう。
 それに彼にはまだ利用価値があるわ。」

「フン」と小さくつぶやいて、男はグラスの中身を飲み干した。





会議途中に議場を抜け出した極東国連軍総監が戻ってきて報告した。

「たった今、国連本部からの通達が届いた。
 今回の事態に対し、国連軍は、総体としては動かないことが決定された。」

「使徒発見」の報以来、これが3回目の幕僚会議である。
これまで会議はまったく進展していなかった。
それも仕方の無い事だった。
何せ、敵が間近に現れたわけではなく、敵に関する情報も無い。
また、上部組織である国連本部もこれまで沈黙を保っていた。
おそらく政治レベルでは色々とあるのだろうが、実務レベルには知らされない。
使徒が来襲したら真っ先に矢面に立たなくてはならない軍としても、動きが取れなかった。

総監の発言を受けて参謀長がただちに発言を求めた。

「それは、我々は、何もしない、ということでしょうか?」
「私は今、『総体として』という言葉を使った。
 各地域軍は、それぞれの地域政府と協同して事にあたる。
 まあ、そういう事だ。」

考えてみれば、それは妥当な結論とも言えた。
今回は、使徒がどこに表れるか、全く見当もつかないのである。
おまけに使徒は複数確認されており、同時に違う場所に現れるかもしれない。
なんだかんだ言っても地球は広いのだ。
一匹の使徒を倒すために全軍を挙げていては、他の場所に別の使徒がやってきても何もできない。
兵力分散の愚、と言われようが住民を守るには仕方ない。
しばらくの検討ののち、一同はその結論に達した。
そして、実務レベルの検討が予備的に開始された。
本格的な検討は政府関係者と後に行われる。
今は関係各部門の内部的意思統一が目的である。

ところで、一同とは別の結論に到達した者も中にはいた。

  なるほど。確かに筋は通っている。
  だが、裏を返せばこれは....。
  まず、彼らは自分達の身を守るだけの戦力がある、という事。
  あるいは、自分達の所には使徒は来ないという保証があるのか。
  その上で、我々に手を貸す気はない、と宣告したわけだ。
  我々が使徒に倒されることを期待しているのか。
  または、使徒との戦いで我々が疲弊するのを計算したか。
  やつらの目的はどこにあるのか?
  まだ何か隠されているのか、ここに。

「....君。」
「青葉..君。」
「はっ。」
「青葉君。どうしたね、先程から呼んでいるのに。」
「失礼しました、閣下。」
「まあいい。キミはどう思うかね。」
「はあ。」
「JAだよ。JA。役に立つのかね。」
「それは、使ってみない事には、なんとも....。」
「キミの所には、何か有用なモンが転がっていないのかね?」
「例えば、例の、ほらなんと言ったかね、エヴァガリアーとか言うの。」
「エヴァ。エヴァンゲリオンですか?」
「そうだ、それだよ。
 アレが2、3体、地下の倉庫にでも落ちてたりはしないかね。」
「いえ。全てのエヴァはサードインパクト時に消失、もしくは破壊されました。
 唯一残っていたエヴァ初号機も、今は宇宙の彼方です。
 私は専門では無いのですが、国連宇宙開発機構にいる友人の話では、
 現在は海王星軌道のはるか外側に達しているらしい、とのことです。
 また、実験に失敗して破棄された機体もジオフロントと共に宇宙に消え去りました。」

  黒き月の再発見は極秘中の極秘。
  おそらくはここにいる連中は知りもすまい。

「こうなって見ると、惜しい事をしたねえ。
 一体位、どこかに保存しておけば良かったものを。」

  くっ。
  この平和ボケした連中が。
  何言ってやがる。もう忘れたのか?

「何とか、今から造る事はできないのかね。
 その、エヴァなんとか、と言うヤツを。」
「我々にはアダム細胞の一片も、手元にありません。
 また、持っていたとしても、今から作っていては間に合わんでしょう。」
「そういうものなのかね。」
「そういうものです。」
「では、キミの所は役に立たない、と言う訳だね。」
「いえ、そうは言っておりません。
 エヴァは無い、と言うだけです。
 ネルフがかつて開発した武器の中には、使徒を倒すのに充分な破壊力を持ったものもあります。
 ATフィールドさえ中和できれば、の話ですが。
 また、ATフィールドごと使徒を倒せる武器、ポジトロンライフルも3丁残っています。」
「ほう、それは心強い。」
「ああ。これで決まりましたな。」

  何が決まったんだ?

「だいたい、私は昔からこの青年に目をかけていたのですよ。」
「おや、提督。あなたもですか。実は私もなんですよ。」

  だから、何の話をしているんだ?

「では諸君。これで依存はないな。」
「ええ、閣下。」
「はい。もちろん。」
「やはり戦いは若者の仕事ですからな。」

  若者?
  オレの事か?

「戦略兵器管理局局長補佐、青葉二佐。」
「はい、閣下。」
「本日ただいまをもって、貴官の一佐への昇進、
 および、使徒問題対策委員会の極東国連軍代表を命ずる。
 さっそく、本日夕刻の委員会に出席してくれ。」
「責任は重いが、頑張ってくれたまえ。」
「日本国の未来が君の双肩にかかっとるぞ。」

  要するに責任をみんなオレに押しつけた、と言う訳か。
  この狸どもめ。

会議室の外にでると、一人の初老の男が青葉を待っていた。
その男も幕僚会議の一員であり、青葉とは旧知の間柄だった。

「青葉君、力になれなくて悪いが、頑張れよ。」
「あ、相田査閲本部長。」
「連中の考えていることは子供でもわかるよ。
 何かあった時のために責任を誰かに押しつけたいのさ。」
「ええ。それは、わかっています。」
「だがな、逆に考えてくれたまえ。
 あんなやつらに任せるわけにもいかんだろうが。
 だから私は賛成したのだ。」
「あ....。」
「あの恐怖を知るものは、現役では今は君しかおらん。
 おそらくは、君にやれないのなら、誰にもできんよ。
 私も陰ながら協力させてもらうから、頑張ってくれ。」
「.....。
 そうだ、部長。息子さんの事、なにかご存じですか?」
「息子?ああ、ケンスケの事か。
 いや、全然知らんよ。
 そういえば、ここ何週間か、連絡も無いなぁ。
 アイツがどうかしたのか?
 また軍用コンピュータにハッキングでも仕掛けたか?」
「いえ、そういう訳ではないんですが。」
「ならいいんだがな。」
「対して重要な用件があるわけではないんですが。
 部長がご存じないのであれば結構です。お騒がせしました。」
「そうか。まあ、とにかくだ。
 あまり肩肘張らずに頑張ってくれ、青葉一佐。」
「はい、相田部長。」





青葉は廊下を歩いていった。考え事をしながら。
何しろ、これから考えなくてはならないことは山ほどあった。

  ふえー。しかし参ったね。
  昇進はともかく、使徒をオレが相手にすんのかよ。
  オレに葛城三佐の真似をしろって言うのかよ。
  なんかイヤな予感はあったんだよね。
  今朝の夢は珍しく女の子がたくさん出てきたのにもう少しで目覚めちゃったし。
  セイラはいつの間にか先に帰っているし。
  そりゃ、朝食の準備までしてくれって行ったけどさ、
  モーニングコーヒーぐらい一緒に飲んでも罰は当たらないと思うんだよな。

と、後ろから声がかかった。

「青葉二佐?」
「ああ、セイラか.....じゃない。
 モーゲンスターン二尉。
 たった今、一佐に昇進がきまったよ。」
「それは、おめでとうございます。」
「めでたいもんか。ついでに使徒対策委員会の軍代表もやらされる羽目になった。
 ああ、そうだ。午後の予定は全部キャンセルだ。
 夕刻の会議までにちょっと調べたい事がある。一人でいたい。
 それと、私用ですまないのだが、後で軍病院に行ってくれないか?」
「軍...病院ですか?
 どこか、お加減でも....。」
「いや、至って健康だよ。今のところはな。
 後で胃がきりきりと痛みだすような事になるかもしれないがね。
 そこの特別室に冬月コウゾウという人が入院している。
 その人の様子を見て、後で状態を報告してほしい。」
「その人、重要な御方なんですか?」
「ああ。ネルフ最後の司令だよ。」





同日夕刻。
第二東京市、内閣総理大臣公邸。

「さて諸君。本日集まってもらったのは他でもない。
 例の金星の使徒について話し合うためだ。
 むろん、こんなことを言わなくとも皆承知の事と思うが。」

開口一番、『非常事態に強い』と謳われる首相はそう言った。

「まずは、見慣れぬ顔の者が一名おる。
 紹介しよう。極東国連軍代表の青葉シゲル一佐だ。」

首相は事前に青葉のプロフィールを知らされていた。

「諸君の中には彼が若いと思う者もいるかもしれないが、
 こう見えても彼は使徒に関してはベテランだ。
 なんと言っても、あのネルフでオペレータをやっていたのだからな。」

  いや、そう買いかぶられても困るんだけどな。
  実際に指令を出していたのは碇指令や葛城三佐達で、
  俺達オペレータはただ見ていただけなんだから。

「さて、それでは本題に入ろう。
 まず使徒の迎撃が各地域政府に任されたのは知っていると思う。
 それで、どのような体勢でこれに望むか、と言う事だが、
 私が思うに、これはやはり使徒迎撃用の特殊機関が必要だろう。
 どうかな?蜂谷内務大臣。」
「はあ。確かに警察や機動隊では使徒に太刀打ち出来ませんからなあ。
 すると、またネルフを復活させる訳ですか?」
「いや、あのような超法規的機関をつくる訳にはいかんよ、君。
 時限立法で総理府直属の特務機関、ということでどうだろう。
 情報は常に閣議にのみ報告。あとは我々の判断で公開するもよし、しなくもよし。
 いわゆる通常の軍事力、諜報力も直接与える必要はなかろう。
 代わりに関係各機関はこれに進んで協力する様に、内閣総理大臣のお墨付きを与えることにする。
 これでどうかな。何か問題はあるかな、古田法務大臣。」
「いえ、有事でありますから、時限立法ならば問題ありますまい。」
「国会の方はどうかな、鳥羽官房長官。」
「野党もこの問題では反対しませんでしょう。
 なにせ、自分達の命もかかってますからな。」
「良かろう。ああ、何かね、蜂谷君。」
「その特務機関の責任者はだれがなるのでしょうか。」
「そりゃ、君。もちろん決まっているだろう。
 こんな適任の者は探しても他に五人といるもんじゃない。
 いやー、国連軍もいい人間を推薦してくれた。」

  あちゃー。やっぱりそうくるか。
  まあ、一応、だめもとで抵抗してみるか。

「何か、問題はあるかね、青葉一佐。」
「あー、小官は国連軍に属する一軍人でありまして、
 上官、極東国連軍本部の命が無い事には....。」
「もちろん、総監には話はつけてある。既に了承済みだ。
 君は当面の間、特別軍事顧問として日本政府に出向、ということだ。
 当然、使徒に関しての君の権限は国連軍の通常の命令系統に優越する。
 正式には君の指示を首相である私が国連に発することになるわけだが。
 どうだね。」

  根回しまで完璧にすませてやんの。
  食えないジイさんだな。
  まあ、覚悟はしてたけどね。

「と言うことでしたら小官には何の問題もありません。
 謹んで、その大役、承りたいと存じます。」
「あのー、総理?」
「蜂谷君、まだ何かあるのかね。」
「はあ。警察も、その、彼に協力しなくてはならないのですか?」
「ああ。必要とあれば、当然、だ。何か問題があるのかね?」
「いえ。特に今の所は....。」

  そりゃ、アンタにとっちゃヤバい話だろうさ。
  悪いが連中の走狗に手加減はしないぜ。
  アンタも覚悟を決めておくんだな。

「首相、その部隊の名称はどうされます?」
「そうだな。奇を衒ってもしょうがなかろう。
 ま、無難に、使徒迎撃隊『 Angel Attakers 』ってところでいいんじゃないか?
 略してエー・エーだな。」

この辺のお役人感覚は、20世紀末から対して変わっていないらしい。
高橋首相。
非常時にも動じないのかもしれないが、平時でもセンスはなかった。

ともかく、こうして、Angel Attakers、通称ダブル・エースは誕生した。
その最初にして最後の司令を青葉一佐は勤めることになった。

後の人は、彼のことを
  『 Captain Aoba, the Angel Attaker 』
通称、シー・トリプルエース、あるいは単に、トリプルエースと呼び称えた。
(ホントに称えてたのかどうかは、実は定かではない。)





後刻、官邸に青葉は一人取り残された。
青葉の頭ももう切り替わっている。
というか、開き直ったという方が正しいのだろうか。

「さて、まずは青葉君。
 早速だが、組織づくりから始めてもらわなければならん。
 実動部隊は国連軍、あるいは機動隊にまかせるとして、
 司令部や、君を補佐するブレインが必要だろう。」
「はい。
 司令部に関しては、取りあえず今の私の局から横滑りでいいと思います。
 幸い、使徒が襲来するまでにまだ時間があります。
 司令部の補強はその間に、おいおい済ませようと思います。
 次に、ネルフの所蔵兵器を扱ううえで、技術部が必要です。
 これには、先技研から何名かを招聘しようと思います。」
「ふむ。先技研か。冬月マヤ博士かね。」
「ええ。それと、時田シロウ博士です。」
「時田博士。すると、やはりJAかね。」
「ええ。エヴァ向けに作られた兵器ですから、やはり。」
「JAで大丈夫なのかね。」

いったいこの質問を何度聞いたことか。

「やってみないとわかりません。
 が、JAも10年前より格段に進歩しました。可能性はあります。」
「そうか。」
「それと、これは首相の政治力が必要になると思うのですが....」
「なんだね、言ってみたまえ。」
「は。顧問として、ある人物の登用を要請します。
 おそらく、使徒を倒すためにはこの方の力添えが必要になるでしょう。」
「ほう、それは、誰かね。」
「碇ゲンドウ氏。およびその夫人です。」
「これはまた。難しい事を言ってくれる。」

彼らは、特にゲンドウは、先のインパクトにおける戦犯の一人である。
既に刑期を終えたとはいえ、多くの反対の声は容易に予想できる。
彼の、ネルフの犯した、独善的な行為を人々は忘れてはいまい。

「しかし、私の判断では絶対に欠かす事はできません。」
「わかった。考えておこう。
 ただし、その前にゲンドウ氏と会って話がしたい。
 できるだけ早く手筈を整えてくれ。」
「はい、首相。」

しかし、実は青葉は知らなかった。
この夫婦が今、どこにいるのかを。





その夫婦はその時、そこから20kmと離れていない所にいた。
世間との接触を避けるため、上高地のあるホテルに偽名で宿泊していた。
山道を散歩に出ていた彼らは、ホテルに帰ってようやく使徒のニュースに触れた所だった。

「ユイ、準備はできたか。」
「ええ。」
「もう二度と、この服を着る事などない、と思っていたのだがな。」
「あら、あなた。では何故、取って置かれたのかしら?」
「戒めのためだ。己への。」
「でも、やはりあなたにはそれが似合ってますわ。」
「そうか?
 喫茶店のマスターもなかなか悪くない、と思っていたのだがな。」
「あらあら。
 あなた、近所の高校生になんて言われてるのかご存じないの?」
「なんだ、ユイ?言ってみたまえ。」
「ダメです。教えてあげません。」
「ユイ!」
「それはそうと、これからどちらに?」
「青葉君と接触するのも一つの手かも知れない。
 しかし、今、彼の下に私が行くのは混乱の種になるだろう。
 直に彼と接触する方法も我々にはないしな。
 冬月もあのザマだし、ケンスケ君も音信不通。
 となれば目指す所は一つしかない。」
「そう。そうですわね。」
「始まりの街。そして終わりの街へ。」





「ねえ、ケンちゃん。
 いったいいつまでここに居るの?
 アタシ、もう飽きちゃったよー。」
「悪いな、ミホ。
 もう少し待ってくれよ。」
「えー。こう毎日毎日こんな何も無い野っ原でさ、
 ケンちゃんの戦争ゲームばっか見ててもつまんないよ。
 それに食事だってマズイしさ。」
「Cレーションは栄養バランスの取れた理想的な食物なんだぞ。
 それに、時々は飯盒炊さんだってしてるだろ。
 それとな、戦争ゲームをバカにするなよ。これは男のロマンなんだから。」
「バッカじゃないの。ただの一人芝居じゃないの。
 『小隊長殿、自分はもうだめであります。』
 『バカ、お前を置いていけるものか。』
 とか言ってさ。
 それに料理ったって結局カレーじゃないの。」

と言いつつも、一人で出て行こうとは思わない。
時々、近くの街まで降りて買い出しに行くが、必ず帰ってきた。

一方のケンスケだが、彼も時を待つあいだ遊んでいる訳では無い。
ちゃんと携帯電話+ノートパソコンで情報収集は怠り無い。
もっとも、後で請求される電話料金は想像したくないものだが。
すぐ身近に自分よりも優れた天才ハッカー少女がいるのも忘れて、
あちこちのサーバーに侵入して最新の情報を拾っていた。
今も、そうだった。

「あー。ケンちゃん、アタシに内緒でそんなもの持ってるー。」
「あ、ミホ。これはヤバいから君は見ちゃダメだ。」
「ヤバい?はっはー。さてはどこかのエッチサイトね?」
「あ、こら、だめだ。あーあ、見ちゃったか。」
「なに、カテナチオ?聞いたこと無い名前ね。」
「そりゃ、そうさ。
 なにせ世界一堅固な要塞『トリニティ』のアクセスポートだからね。」
「ふーん。で、ケンちゃんはそこを破ろうとしてるわけね。」
「ああ。でもまだここから先は一歩も入れてない。」
「この先に、何があるわけ?」
「さあね。世界征服の陰謀か、はたまた人類補完計画か。」
「ぷっ。からかわないでよ。」
「本当だよ。だから僕は命を狙われたのだし、
 君と一緒にここに隠れなきゃならなくなったんだ。
 できれば、ミホを巻き込みたくなかったけどね。」
「真剣、なのね。それにその背中の傷も....。」
「ああ。君のお父さんには話してある。」

あの後、彼はミホの実家、諏訪に一旦避難することにした。
他の場所、特に彼の家などは危険に思えたからだ。
痛みを押して、諏訪までたどり着いたが、そこで彼は気を失った。
気付いた時は三日後で、すでに治療の終わった後だった。
ミホの父親は開業医だったのだ。
彼はケガの原因を見抜いていた。だから話さないわけにはいかなかった。
『わかった。ケンスケ君。ミホを頼んだよ。』
それだけ言って、彼は彼らを送り出してくれた。

その後、検問を越えてここまでたどり着くのにも相当の苦労があったのだが、それは別の物語である。
機会があれば、いずれ語られるであろう。

「今まで私に秘密にしてたのね。」
「ああ、ゴメン。だけどこれは君の安全を考えての事なんだ。」
「ストップ。もう私は知ってしまったのよ。
 これからは、隠しごとは無しよ。」
「ああ。」
「じゃ、それ、貸して!」
「へっ?」
「『へっ?』じゃないの。私がやってあげるって言うのよ。
 カテナチオだろうが、ビスタチオだろうが、私の敵じゃないわ。」
「あ、ああ。」
「ふーん。これは、こんなノートじゃ全然ダメね。
 うち(先技研)に繋ぎましょ。さあ、起きるのよ、私の可愛い人形達。ダンスの時間よ。
 いい子ねー、カース。まずはあなたからよ。さあ、踊りなさい。」

『パペットマスター』
相田ケンスケが、その妙技を直に見るのは、実はこれが初めてだった。
鉄壁かと思われたトリニティが堕ちるのも時間の問題の様に彼には思えた。





「ゲンドウ氏とは連絡がつかず、か。
 冬月司令も今だベッドの上。」
「青葉一佐。時田博士から連絡です。
  万事了解。至急そちらに向かう。
  JAは即時使用可能1台。製作中が2台。
  改造作業は可能な限り急がせるように既に指示してある。
 との事です。
 それで、JAをどこに輸送するか、尋ねてきております。
 あと、パイロットはどうするのかも。」
「パイロットには一名、心当たりがある。
 エヴァでの実戦経験者だ。
 もっとも、あんなことの後で、引き受けてくれるかは疑問だがな。」
「わかりました。どのように手配しましょう。」
「ああ、これはオレが自分で行くよ。
 知り合いだからな。」
「では、輸送先の方は?」
「それは、AAの司令本部を置く所に持ってきてもらおうか。
 我々もそこに移動するし、他のみんなにも移動命令を出して置くように。」
「で、それはどこでしょうか。」
「この日本で、使徒が現れる蓋然性の最も高い街。
 使徒を倒すために作られた街。
 第三新東京市だ。」





買い物から帰ってきたヒカリはそれを目にして走り出した。
家の前に止まっている大きな車。
その脇に立ってあたりを見回している黒服のサングラス男。
その黒塗りの車を見た時、いやーな予感にとらわれた。
何故だかわからない。女の直感とでもいうのだろうか。
トウジに何か....?

「やあ、ヒカリさん。お邪魔してるよ。」

そこにいたのは青葉シゲル。
彼女は特に親しいと言う訳でもないが、話をしたことはある。
アスカの家、いや、碇家でも何度か会っている。
ケンスケとも仲が良いらしい。
今は、国連軍の何とかいう部署で結構偉い身分らしい。
そのくらいしか知らなかったが。

そのとなりに居るのは美人の外国人。
ブリーフケースを脇に置き、きちんと正座している。
秘書、かしら?
あの二人、できてるわね。(これは女のカン。)

トウジも既に学校から帰っていた。
昨今の状勢絡みで学校は短縮授業。下校時間は早くなっていた。
なんだかでれーっとしている。
あの美人の女を見てるのね。
あとでオシオキしてやんなくちゃ。

そんな事を考えていると、すぐに青葉が話しはじめようとする。
どうやら、彼女が帰って来るのを待っていたらしい。

「ちょっと待って下さい。」

隣の部屋に行く。
レイとアイはまだお昼寝しているようだ。
ペンペンはトウジの隣にちょこんと座っていた。
まるで、当然自分も話を聞く権利がある、とでも言うように。

台所に行って、お茶を入れる。
茶棚から、適当な茶菓子を見繕い、籠にいれる。
お客さんにお茶も出さずにいちゃ、だめじゃないの。
まったくトウジったら、気が利かないんだから。

「はい、どうぞ。
 そちらの方も、どうぞ、お楽になさって下さい。」
「ご親切に。ありがとうございます。」
「ああ、ヒカリさん。こちら、僕の秘書のモーゲンスターン二尉だ。」
「セイラです。よろしくお願いします。」
「あ、鈴原ヒカリです。」
「さて、じゃ、本題に入らせてもらうよ。
 トウジ君。君の力を貸して欲しいんだ。」
「ワシの、力、でっか?」
「ダメよ、トウジ。絶対OKしないで。」

ヒカリが途中で遮った。

「ダメよ、も何も、まだなんもわからへんがな。
 青葉さんの言うこと、最後まで聞いてみいへんと。」
「聞くまでもないわ。何か悪い事に決まってるもの。」
「ヒカリ、まあ落ち着けや。
 頼まれとるのはワシや。だから決めるのもワシや。ええな。
 青葉さん。機密事項っちゅうのがあるんは知ってます。
 けど、ワシ、頭悪いよって、ズバッと言うてくれまへんか。
 その方がスッキリするわ。秘密なら守るよって。」
「しょうがないか...。」

ポリポリと頭の後ろに手をやって掻く仕草をする青葉。
できるだけ、直截的な表現はしたくなかった。トラウマに触れるから。
だが、こう言われては仕方がない。

「君は、また、エヴァに乗ってくれ、と頼まれたら、どう答える?」
「あまり単刀直入とは言えんのとちゃいまっか、その質問の仕方は。
 要するに、エヴァに乗ってくれ、と言うとんのやろ。」
「トウジ.....。」
「それと、それだけでも無いんでっしゃろ。
 エヴァに乗って、例の、金星に現れた使徒と戦え、っていうことや。」
「ああ、トウジ君。ずばり言うと、確かにそうだ。」
「他に、手は無いんですか。」

ヒカリは心配そうにトウジを見やってから、尋ねた。

「いや、可能な限りの手は打つつもりだ。
 だが、やはり最後は汎用人型決戦兵器の出番になるかもしれない。
 君は現時点で最も有望なパイロットなんだ、トウジ君。」
「知っとるやろうけど、戦闘訓練て言ってもワシも二日しか受けとらんで。」
「それでも、だ。他には人型決戦兵器に乗ったことがある者は地上にはいない。
 そして、エヴァにシンクロした事がある者も地球には今、君しかいない。」
「ああ、シンジと惣流は金星だものな。
 ....わかりました。
 OKしますわ。ワシでお役に立てるんなら。」
「トウジ...。」
「済まんな、イインチョ。
 でも男ならやるべき事はやっとかんとな。
 誰かが乗らんとあかんのや。それにワシが指名された。
 これを受けんでは男がすたるで。」
「トウジ...。」
「それにな、ヒカリ。
 ワシがやらんかったら、誰か代わりにあれに乗るんや。
 誰かって、誰のことだと思う?」
「あっ.....。」
「そうや、シンジや惣流はもう充分戦った。
 今度はワシの番や。
 そういう事や。」
「トウジ....。」
「大丈夫や。今度はあないなヘマはせん。
 五体満足で帰ってくるって。
 今は、ワシにも守るべきもんがおるんやからの。
 イインチョを泣かすような真似は絶対にせえへんって。」
「トウジ...。」

  トウジ...。
  そんなあなただから、私はあなたが好きなの。
  わかったわ。もう止めない。頑張ってね。
  でもね....。

「じゃあ、いいかい。
 ビジネスライクで済まないが、ここと、ここにサインをお願いしたんいんだが。」
「ちょっと待って、青葉さん。」

ペンを持って今にもサインしそうなトウジをヒカリは制した。

「何だい?」
「トウジについては、それで良いとして、私にも条件があります。」
「条件?」
「ええ。トウジが選ばれたのは、なんらかの適性試験をパスしたからですよね。」
「ああ。そうだが?」
「じゃあ、お願いがあります。
 どこだが知りませんが、トウジと一緒に私も行きます。」
「ヒカリ!」
「そして、その適性試験とやら、私にも受けさせて下さい。
 もし、通ったら、いえ、絶対通って見せるけど、
 私もエヴァに乗って戦います。」
「何を言うんや、ヒカリ。」
「私、以前アスカから聞きました。
 私達の中学は、チルドレンの適性を持った生徒が集められていたんだって。」

極秘情報がだだ洩れだな、青葉は密かに思った。

「だから、私にだって可能性はある筈です。
 私も、私も戦います。
 トウジと一緒に。
 アスカがシンジ君と戦った様に。
 戦いたいんです.....。
 もう、待っていたくはないんです!」
「ヒカリ...。」

しばらく沈黙があたりを支配した。
それを破ったのは青葉だった。

「わかった。確かにそのように手配することは、可能だ。
 こちらとしても、パイロット適格者は喉から手が出るくらい、欲しい。
 だけど、いいんだね、二人とも。」
「ワシはええ。けどヒカリは...。」
「トウジがいいのなら、私もいいわ。」
「そうか、じゃ、二人とも、ここにサインを。」

すらすらとサインする二人。
トウジは横をちらちら心配そうに見やる。
しかし、ヒカリには躊躇している気配は微塵も感じられなかった。

「じゃあ、これで君たちは正式にチームの一員だ。」
「はぁ。」
「明日、迎えの者をよこす。
 急ですまないが荷物をまとめて、出発の準備をしておいてくれ。」
「はぁ。どこに行くんでっか?」
「取りあえずは松代で再訓練を受けてもらう。
 パーソナルデータの更新もしなくちゃんらんしな。
 その後は、我々の本部に来てもらう。
 君たちが出会った街、第三新東京市に。」





『アスカ!アスカ!
 食事よ!食べなさい、アスカ!』
『無駄よ、ミサト。やめなさい。』
『でも、このままじゃ、アスカが...』
『聞こえてないわ。
 それにこのままの方が、何かと都合がいいわ。
 私達の声も幻聴、と解釈されるだろうし。』
『都合って、リツコ!』
『大丈夫よ。3、4日食べなくても生きていけるわ。
 かなり衰弱するのは事実だけどね。
 それよりも生命活動が弱くなれば、酸素の消費量も減る。
 この方が重要だわ。生き延びる確率もそれだけ上がるわけよ。』
『相変わらず非情ね。』
『アラ、私は彼女のためを思って言っているのよ。』

  なんだろう、話し声がする。
  ミサト....。
  リツコ....。
  喧嘩、してるの?
  なつかしい....。
  アタシもよく、シンジと喧嘩したっけ。
  たわいもない事で、すぐ口げんかして。
  意地張り合って仲直りできずに....。
  シンジ....。
  どこに居るの....。
  シンジ....。
  寂しいよ....。
  シンジ....。
  会いたいよ....。
  このまま、アナタに会えるかな....。
  シンジ....。







次話予告


「今回は、珍しくほぼ全員が話しに登場したわね。」
「ああ、そうだな、ユイ。」
「僕、出てないよ。」
「子供の駄々に付き合っている暇はない。
 出ていないのなら帰れ!」

「碇、わしも出ていないんだが。」
「ふっ。問題ない。そのための次号予告だ。」
「おやおや、次号予告の私物化と開放。
 他のみんなが黙っていませんぜ。
 それとも、これもシナリオのうちですか、碇司令。」


「次号予告だけ、ですか?先輩の前ですが...私は...ちょっと...」
「潔癖症はね、つらいわよ。
 セリフが無くなった時、それがわかるわ。」


なんか話がどっか行っちゃってるな。
それでは皆さん。第二部の抱負をどうぞ。

「そうなんだよ。今まで実につらかったんだ。
 それに比べたら、ここは天国だよ。
 なんて言っても天下のAAA様(Aoba of Angel Attacker)だもん。
 これで第2部の主役はもらったも同然。」

「なんかシゲルに差をつけられた気がするな。
 役もグレーなイメージがつきまとってるし。
 ま、それだけ伏線があるということだ。後半で盛り返す!」

「アタシもエヴァに乗れるのかな。
 トウジとユニゾンしたり、同じエヴァに乗ったり。キャッ。」

「来た来た来た来たー。
 僕もついにエヴァ戦士の一員かー。」

「やったるでー。」
「私、作者を尊敬してませんし、自分の仕事しかしません。
 でも、セリフは欲しいです。」

「私たちは、当分出番は無いわね、リツコ。」
「そうね、ミサト。」
「オレはここで見ていることしかできない...シクシク。」「シンジー。帰ってきてよ−。もういじめないからさぁー。
 家事だって半分手伝ってあげるから、帰ってきてよー。」

「あまり年寄りをいじめないでくれよ。」
「すべては、シナリオ通りに。」
「そう、良かったわね。」




次回、第十話

「最初の戦い」


「ようやくワイの出番が回って来たようやな。
 ヨッシャ。
 地球の平和はワシに任せろ。
 ヒカリの平和もワシが守るでー。」

「トウジ、かっこいい。」






第十話を読む


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