Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(2)

by しもじ  







「後部格納扉、オープン。」
「全緩衝装置、出力最大にて待機。」
「誘導システム、問題なし。
 ポッドはこちらの指示に従っています。」

次々と船内を指示が飛び交う。

「それにしても、変ですねえ。さっぱり応答がないなんて。
 まさか....」
「さあな。それももうすぐわかることだ。
 ハッチを開くのは、誰だ?」
「パイです。彼が志願しました。」
「そうか。」

「入ってくるぞー。」
「よっし。まかせろ。
 電磁ロック、始動。
 強制減速、マイナス0.5、1.0、1.8。
 よし、それでいい。」

ドシーン。
猛烈な音がして、救命ポッドが隔壁にぶちあたる。

「パイ、入ります。」
「気をつけろよ、パイ。」
「はい。ピ、ポ、ポっと。
 ロック解除。手動でハッチを開きます。
 よいしょ、っと。」

ドアをあける。
中の空気が外にもれてきた。
もわーっとした淀んだ空気だ。
フィルター越しでも、あまりいい環境とは言えないことはわかる。

「うわ、なんだ。
 あれは...司令!
 生存者一名を確認。
 あの髪の色...アスカさん?
 ドクター! 至急来てください。」
「どうした!」
「ひどく衰弱しているようです。
 シンジさんの姿はどこにもありません。」
「そうか。わかった。
 パイはそのままアスカ君についているように。
 意識が戻りしだい報告せよ。」
「シェン....。」

横で会話を聞いていた副官のレイファが悲しそうな目でつぶやいた。

「ま、そういうことだ。
 詳しい事情はアスカ君から直に聞くしかないが、
 シンジ君が身を犠牲にしてアスカ君を救った、のだろうな。」
「では、やはり。」
「ああ、残念だが無理だな。
 もう既に、4日もたっている。
 宇宙服を着たとしても、酸素は保つまいよ。
 救命ポッドにしても、ここまで来るのにぎりぎりではないか。」

そう言って沈黙したシェン。
だが決断は早く下さねばならなかった。

「ようし、このまま最大加速で地球に帰還する。
 航路変更の準備を急げ。
 金星をフライバイして速度を稼ぐ。
 観測班はUMAの存在に充分注意しろよ。」

氷の固まりの最後尾に500m程突き出ている支柱。
その支柱の先端に対称に取りつけられた4基の水素核融合エンジン。
臨界条件を維持しつつ休眠状態にあったエンジンに三重水素が供給された。
推進剤を兼ねる重水と混合され、プラズマの塊となってメインドライブを一気に突き抜ける。
氷の彗星が再び加速を開始した。
蒼く光る航跡を残して。




















第十話


「最初の戦い」

























「右舷後方より、UMA接近!」
「速度、0.3光速。急速接近中!」
「距離、1000kmの所を通過中........通過しました。」

これで、三度目だった。
彼らは何もできなかった。
ただ黙って、使徒が地球に向かうのを眺めている事しか。
使徒に攻撃されない事を祈りながら。

「ふうー。行ってくれたか。」
「その様ですわね。」
「しかし、辛いな。こうして何もできず、指をくわえて見ているだけ、というのは。」
「仕方ありませんわ。昆崙には武器なんて積んでいませんもの。」
「おまけに、その都度加速を中止しなくちゃいかん。
 一刻も早く地球に戻らねばならん、というのに。」
「あともう少し、もう少しの辛抱です。」
「わかっている。だが、わかっていても、耐えるのは辛いものだ....。
 ところで、アスカ君の様子はどうだ。」
「パイが熱心に介抱はしてるのですが、肝心の本人の気力の方が...。」
「そうか...。」

地球を出発して以来延々と加速を続けてきた分、帰りの時間は短かった。
昆崙は、すでに地球軌道に向けて最終アプローチに入っている。
3時間後に居住区だけ離脱する準備が行われている最中だった。
最小限の質量だけ残し、地球の公転速度にまで10Gで急減速するのだ。
乗組員は全員LCL製の緩衝装置の中でそれに耐えねばならなかった。
一方、取り残された本体である氷の彗星は、そのまま加速を続ける。
ただひたすら虚空の彼方に向けて。
どこか宇宙の彼方で燃料が尽きるその日まで。





「南海を警戒中の護衛艦ヤクモより入電。
 ワレ、 御前崎沖150km付近に未確認巨大物体を発見。
 現在、本州を目指して約50ノットで北上中。
 指示を求ム。」
「映像を受信。スクリーンに映します。」

オペレータをしているのは先技研からやってきた朝霧サキ。
冬月マヤに従って、科学者・技術者が十数人、京都から第三新東京に来た。
村雨ヨウイチもやはり駆り出され、使徒の分析を担当している。

「パターン分析。ブルー。
 使徒です。」

かつて、青葉の数少ない決まり文句。
今、青葉はその報告を聞く側に立っていた。
司令、といっても権限の少ない現在の立場は当時の作戦部長程度である。
彼はオペレータ達のすぐ後ろに陣取って状況を見つめていた。
旧ネルフの第四発令所。
これが急遽改修され、現在AAの司令本部として機能していた。

「使徒の狙いはなんだ?」

青葉はそっと自問する。
彼がこの地に本部を置いたのは幾つか理由があったが、
ジオフロント無き今、使徒が襲来する理由がわからなかった。

「青葉司令。」

上階の特別顧問席から声がかかった。

「使徒はここに来る。ただちに迎撃準備を。」

特別顧問席の三人はここでの命令系統に入っていない。
あくまで助言をする、という立場でこの場に参加していた。

  なんで、碇司令はそう言い切れるんだ。
  なにかまだ、俺達の知らないことを隠してるのか?
  いや、追求は後だ。今はコイツをどうにかしないと。

あまり長く考えている時間的余裕は与えられていない。

「各部隊に連絡。富士川、三島に防衛線を展開!
 富士、沼津、裾野、御殿場、三島、各市に避難勧告!
 迎撃システム稼働準備。総員、第一種戦闘配置。
 JA参号機、ただちに起動準備を開始!」

AA最初の戦闘指令が下された。









AAの結成から、最初の使徒がやってくるまで約二ヶ月。
すべてが順調だったわけではない。
迎撃態勢を作り上げるため、各実戦部隊の掌握に青葉は東奔西走した。
司令本部と定めたのは第三新東京市。その防衛設備も強化せねばならなかった。
とりわけ苦労したのが警察機構=内務省との折衝だった。
汚染された幹部達を時には力ずくで排除し、組織の健全化を図った。
首相の全面的な協力がなければ、使徒を前に内なる敵とも戦うはめになる所だった。
なんとかすべてをやり遂げ、すべての準備が整うまでに7週間が過ぎていた。
かろうじて最初の使徒に間に合った訳だ。

彼が第三新東京に入ったのはAA結成の1週間後だった。
伊吹、いや、冬月マヤと新名古屋で合流した。
彼女は司令部の核となる、技術スタッフを帯同していた。
そこから東海道リニアで東進し、静岡からヘリで第三新東京に入った。

第三新東京はあの時のままだった。
破壊された街。
だが、10年の歳月が過ぎても、まだ機能は死んでいなかった。
彼らは第四発令所に入った。
第14使徒ゼルエルの襲来後に外部に急いで建設された野戦指揮所。
サードインパクトまで一度も使う事がなかったが、
その後の短い混乱期に第三新東京市の核として機能した施設である。

いろいろな感慨を持ちながら、青葉とマヤは扉を開けた。
そこには、碇ゲンドウとその妻ユイが待っていた。
ゲンドウが司令席に座って。
ななめ後方にユイが静かに立って。

「遅かったな。」

ゲンドウの第一声がそれであった。

「もう三日もここで待っていたのですよ。」

ユイがそれに付け加える。

「はあ。いろいろとあったものですから。
 それより、ご無事で何よりです、司令。」
「もう私は司令ではない。」

ゲンドウの口調は厳しい。
あの頃の様に。

「だが、もし何か私にできることがあれば、協力させて欲しい。」

そして、ニヤリと笑みを唇の端にうかべた。
それは、この男なりの、感情表現なのかもしれない。
そうだとすれば、不器用な男である。

こうして、ネルフの元司令が特別顧問として迎え入れられた。

送電施設を復旧し通電が開始されると、街は甦った。
夕方の街に街灯がともり、兵装ビルから明かりがもれた。
夜間も急ピッチで作業が続けられていた。
マヤが連れていた技術員達はシステムの再構成にかかり、
大量に動員された工兵達がハードウェアの修復に徹夜した。



この夜の街明かりを見て、予期せぬ来訪者が司令部にやってきた。
セキュリティシステムは最優先で更新されていた。
だからIDが無いと指揮所には入れない筈なのに、彼は苦にしなかった。

「やあ、みなさん。ご苦労様。
 青葉さん、マヤさん。お久しぶりです。
 オヤジさん、ユイさんもお元気でなによりです。」

彼の着ている迷彩仕様の野戦服は、極東国連軍制式のものとは微妙に違う。
旧戦略自衛隊の放出品の森林用迷彩服だった。
が、その違いは大したものではなく、工兵であふれかえる街では違和感はない。
巡回する衛兵達が彼を咎めなかったのは、そのおかげだろうか。
セキュリティシステムを通り抜けたのは、後に従う少女の能力だろう。
その少女も野戦服に身を包んでいた。
まるで似合わない、だぶだぶの、草原用迷彩服。
左手に携帯電話と接続したノート型端末を抱えていた。

「ミホちゃん。良かった。無事だったのね。」
「驚いた。ケンスケ君じゃないか。どうしたんだ。」

彼らも司令部に迎えいれられた。
ミホはすぐにコンピュータシステムの主任の座につき、マヤの負担を軽減させた。
ケンスケはJAのパイロットを志願した。

「僕もチルドレンの候補だった。なら僕にもできる筈です。
 戦わせてください、青葉司令!」
「ケンスケ君。君の気持ちはわからないでもない。
 だが君には、君にしかできない、君にならできることがある筈だ。
 そこの所を良く考えて欲しい。」
「僕にしかできないこと...?」
「君は、パイロットの資格があるかもしれない。
 だが使徒と戦うだけが戦いじゃない筈だ。君ならわかるだろ。」
「ケンスケ君、あの日の誓いを覚えてる?
 見える敵だけが私達の敵じゃない事、忘れないで。」

彼はパイロットを断念し、司令部に席を与えられた。
平時は情報収集と分析に勤しみ、戦時には作戦参謀の役目を果たす事になった。
司令部の陣容が整いつつあった。



彼がこの街を司令部に定めたのはいくつかの理由がある。
第一にわずらわしい民間人がいないこと。
第二に日本の国土のほぼ中心に位置し、対応が取りやすいこと。
第三にかつての機能を再利用すれば、新たに要塞都市を造るより安上がりな事。
幾分かの手入れは必要だったものの、住居や交通網は昔のものが利用できた。

「第147兵装ビル、稼働試験をクリア。」
「第三多連装ロケット砲部隊、配置完了。」
「JRリニア敷設チームより連絡。作業終了。新静岡−新横須賀開通しました。」

復旧作業を司令部で監督中に、その電話はかかってきた。
青葉の専用回線にかかってきたのを受けたのは、副官のセイラ。

「司令、一般回線で青葉司令に応答を求めています。
 どういたしますか?」
「誰からだ?」
「日向マコトと名乗っています。」
「マコト?マコトかぁ。
 わかった。でる。貸してくれ。」

携帯を受け取る。

「よお。マコト。久しぶり。そっちの状況はどうだ。
 こっちも大変だが、そっちはもっと大変じゃないのか?」
『ああ。ゆっくり寝る間も無いくらいだ。
 が、そんなことはいい。今、司令部か?』
「ああ。そうだ。」
『そうか。碇司令もそこにいるか?』
「ああ。どうしたんだ、マコト。」
『音声をスピーカーに出してくれ、彼にも聞こえるように。
 どうせなら、一度に全部済ませたい。』
「ああ、別に構わないが....。
 セイラ。回線を内線に転送。
 サキちゃん。スピーカーとマイクをつなげてくれ。
 碇しれ...顧問。
 イカルスシティの日向から電話が入りました。」

『碇司令、いや、特別顧問。お久しぶりです。』
「ああ。日向君。」
『先程、昆崙との連絡がようやく取れました。
 金星のデータは後程公式に送りますが、今回は非公式の第一報です。』

日向の口調が変わった。
感情を出さぬよう、ビジネスライクに話しはじめた。

『昆崙からのメッセージです。
 GMT21:00。アマテラスUの救命ポッドを格納。
 生存者一名。艦長惣流アスカ・ラングレー。
 栄養失調と酸素欠乏により意識不明なれど、生命に異常なし。
 同乗者なし。他のポッドは発見できず。
 操縦士碇シンジは残念ながら生存の見込みなし。
 遺体の回収を断念し、地球への帰途に向かう。
 アスカ君はまだ意識は戻ってませんが、直に回復する見込みだそうです。
 酸欠も、後遺症を与えることはない、とのことです。
 シンジ君は....シンジ君は....、
 碇司令。僕がついていながら.....』

『生存の見込みなし』
このフレーズが出た瞬間、司令部では何人かの肩がびくっと震えた。
ゲンドウは、いつものポーズを変えなかった。
ユイも、いつものようにゲンドウに寄り添うように立っていたが、
イスの背もたれにあてた両手で身体を支えねばならなかった。
そして、ちいさくつぶやく。

「あなた....。」
「ああ。」

ゲンドウも小さく答えた。
そして、日向を遮った。

「状況は了解した。
 日向特務次官。アスカ君は無事なのだな?
 いつごろ帰還の予定だ。」
『はい。問題が無ければ、あと二週間です。』
「では、彼女が地球に帰還次第、こちらに送ってくれ。
 青葉司令。彼女を、JA四号機パイロットとして登録する。
 パーソナルデータを準備しておいてくれ。」
「碇司令!」
「あなた!」

その時、後方から声がした。
司令室からだれかがやってきたのだ。
車椅子に乗って。

「相変わらずだな、碇。
 肝腎なことは説明しようとしない。
 だから他人に誤解される。」
「冬月か。もう大丈夫なのか?」

ふりむきもせず、それに応じるゲンドウ。

「あまり、大丈夫ではない。
 だが、私を置いていくことはないだろう。」
「無理はするな、冬月。」
「ああ、わかっているよ。
 だが、いいのか、碇?」
「問題ない。」
「正直に言ったらどうだ。
 仕事をする事で、思い出す間も与えぬほど仕事に溺れる事で、喪失の痛みを和らげる
 それがお前のやりかただった.....ユイ君の時もそうだ。」
「人は常に何かを失いながら生きていく。
 忘れる事ができるから、失った重さにも耐えられるのだ。
 仕事があれば、想いを昇華させるのがより楽になる。」
「碇...。お前はどうなんだ。
 もっと正直になった方が楽だぞ。」
「哀しむことはどこでも、いつでもできる。
 後で、すべて終わった後でもな。
 シンジは我々の心の中にいる。
 今は、それでいい。」
「あまり素直ではないな。」
「あら、先生。
 そういう所が可愛いんじゃないですか。」
「ユイ君....」
「でも、この人の言うとおりです。
 今は、泣いている時ではありません。」
「ユイ君。君は...強いな。」
「いえ、先生。でも、立ち直ろうとしてる所ですわ。
 泣いて、それでシンジが帰ってくるのなら、いくらだって泣きますわ。
 でもそうではない。
 だから、だから....。」
「まあ、いい、二人とも。
 この場は私が代わる。
 君たちは、今日はもう休め。」
「冬月!」「冬月先生!」
「何も言うな。
 いいから、さあ、行け。」
「あなた、お言葉に甘えましょう。」
「ああ。冬月、後を頼む。」

冬月は前に向い、高みから顔をだした。

「青葉君。」

これまで、碇夫婦が誰かと話をしているのはわかっても、
誰と話しているのかわからずにいた司令部の面々に納得の顔が広がる。
碇夫婦が突然の様に席を立った後に座ったその顔を見て。声を聞いて。

「冬月司令!」「おじいちゃん!」

「マヤ君....。あれほどそう呼ぶなと言っておいたのに。
 青葉君。碇は今日はもう下がるそうだ。
 代わりと言ってはなんだが、私では不足かね。
 私も顧問団に加えて貰いたいのだがね。」
「冬月司令。司令なら、喜んでお願いします。」
「そうか、ありがたいな。」
「お体の方はもうよろしいのですか?」
「心配するな。年はわきまえている。無理はせん。
 さて、碇の指示の続きだがね。
 惣流君の扱いに関しては変更は無し。
 無論彼女がそう望まなければ話は別だが、多分、彼女もそう望むだろう。
 それと、いずれにせよ、金星の話を直に聞きたい。
 従って、彼女の日本送還は大至急に行ないたい。
 そうだな、誰か、彼女の知り合いを派遣すべきだろう。
 ああ、手配のほうは、よろしく頼む。」

悲報に続いて使徒に関する膨大な情報が入ってきた。
その数、およそ100体。
正確な数、その形態は依然として不明だったが、
飛行能力を有する多くの使徒が、地球に向けて次々と飛び立ち初めていた。
すでに初期の報告で、数体が地球に向かっているのはわかっていたが、その数は脅威であった。
各個体の飛行能力に差があるようで、同時にそれが襲来しないのが不幸中の幸いだった。



数日後、JA参号機が仮設ケージに格納された。
それに伴い、パイロットが家族を連れてやってきた。
JAのパイロット、鈴原トウジは松代で再訓練を受けていた。
その妻、鈴原ヒカリも彼に従っていた。二人の少女と一匹の鳥を連れて。
彼女もパイロットに志願していたが、医学検査の後、はねられた。
本人も、検査結果を見て、それを受諾した。
が、トウジと離れ離れになるのは承知せず、預かっている二人の少女も連れて、やってきた。
避難を進める周囲に対しての彼女のこう言って譲らなかった。

「だって、今度の使徒はどこに来るのかわからないんでしょ。
 なら、どこに住んでいても一緒じゃない。
 むしろ、この街の方が安全かもしれないわ。
 お願いです、青葉さん、マヤさん。
 私は、二人で、トウジの活躍を見守りたい。
 許可してください。」

トウジも敢えてこれには反対しなかった。
彼女の希望は受け入れられた。
同じ日、彼女は友人達の運命を知らされた。
数分間の沈黙の後、彼女は自分の役目を了承した。
その二週間後、すなわち二日前、彼女はイカルスシティに向けて日本を立った。
だから、今彼女はここにはいない。
その夫、鈴原トウジがJA参号機で初陣を迎えたその時に。









「使徒、駿河湾沿岸に上陸。」
「富士川第一防衛戦突破。
 沼津を経て、一路、第三新東京を目指してます。」
「三島を突破されました。
 速度をゆるめず、第三新東京に依然侵攻中。」

時々刻々、戦況が報告される。
そして、ついに使徒が第三新東京に現われた。
司令部のモニターにその映像が映される。

「来たな。」
「ああ、すべては、これからだ。」
「大丈夫でしょうか。」
「さあな。青葉君と鈴原君に期待しよう。」

「兵装ビル。稼働率14.8%。迎撃準備完了。」
「厚木のF−15FJ、攻撃準備良し。」
「JA参号機、配置につきました。」
「地対地中距離ミサイル部隊、発射準備よろし。」

「よし、トウジ君。
 外しても無理するなよ。
 JAでの格闘戦は極力避けるように。」
「わかっとるがな。青葉司令。」
「では、作戦開始。」

鈴原トウジ。JA参号機パイロット。
JAに乗り込んだ彼は、じりじりしながらその時を待った。
この一ヶ月の間にJAは急遽改造が施されエントリープラグが内蔵された。
強力な結界ともなりうるATフィールドの前に遠隔操縦は不利だからである。
人の造りしモノ、ジェットエンジェル。
神の造りしモノ、使徒。
その戦いの時が迫っていた。





一時間前。
主要メンバーが会議室に集められた。

「富士川防衛線の映像です。」

サキが報告する。
体高30mの白い紡錘体、それをささえる四本の足。
目、なのか、なんらかの器官なのか、半球状の突起が対称的に4面に5段。
その器官の色は赤から青に不規則に変化していた。
そこに一団の空対地ミサイルが弾幕となって襲いかかった。
近接信管により弾頭が爆裂するが、衝撃は突如として生じた光の壁に遮られた。

「ATフィールド、ですね。」

ケンスケは実戦でATフィールドを見るのはコレがはじめてである。

「相転移空間が肉眼で確認されました。」
「それほど強くはなさそうだな、碇。」
「ああ。」
「それでも通常兵器を防ぐには充分な強さです。
 また、使徒自体の身体も強固な装甲で覆われレーザーでは傷一つ付きません。」
「レーザーが当たるのかね?ATフィールド越しに?」

冬月が驚いた声で尋ねる。

「三島では、何発か命中が確認されてます。」
「どうも多方面からの同時攻撃に弱そうですね。」

ケンスケの指摘通りだった。
レーザーが命中したのは全て後方または側方からで、
前方からの何らかの攻撃と同時の時だけだった。

「動きが意外と速いな。」
「ええ。光学兵器でも42%がATフィールドで中和、13%が命中。
 残りの45%は物理的に回避されています。」
「光速で飛ぶレーザーをよけるのか!」
「信じられませんが、実際のデータです。」
「そうなると、遠距離からの一点狙撃は無理か...。」
「Pプラスの判断では、成功率は1%以下です。」
「ミサイル、誘導火砲のたぐいもあの装甲とATフィールドの前では....。」
「効果なし...か。生半可な攻撃は通用しないという事か。」

「問題は、コイツのコアがどこにあるか、だな。」
「ああ。」
「マヤちゃん?」
「スーパーコンピューター、Pプラスの推測によると、
 88%の確率で本体のほぼ中央に埋めこまれているようです。」
「中央か。厄介だな。」
「ああ。」

「攻撃は、してこないのかね。」
「はい、冬月顧問。現在まで、一切の反撃は確認されていません。」
「それは、無気味だな。この程度の攻撃ならと無視しているのか、力を貯えているのか。」
「あの...ひょっとして攻撃能力が無いのでは?」

サキのその意見は無視された。

「JAでの近接戦闘、も無理か。」
「敏捷性で遥かに劣りますから...。
 Pプラスの解答は、反対3、条件つき賛成2でした。」
「マヤ君、何かね?その条件というのは。」
「使徒を何らかの手段で固定する事が可能ならば、です。
 コレを提示したのは、ナイツです。
 また、キングは他に手段が無いならば、という前提を提示しています。」

P(ピー)・プラス。
革新的スーパーコンピュータ計画、ミレニアムの試作一号機である。
先技研のオリジナル・ペンティアム(デルポイ)をベースとし、
松代のマギ2改を始めとする日本各地のスーパーコンピュータを
12ペタビット/秒の回線で繋いで束ねたネットワーク型コンピュータである。
  ナイツ、ルーク、ビショップ、クイーン、キング
五つの疑似人格から構成されるのはペンティアムと同じである。

「兵装ビルの稼働率は...っと14.8%か。」
「100%復旧してもこの使徒には通じんよ。せいぜい足止め程度だ。」
「それでもないよりはマシです。牽制にはなります。」
「状況はあまり芳しくないですねぇ。」
「作戦部長。何かあるかね。」

冬月の声に、待ってましたとばかりにケンスケが答えた。

「はい、一つやってみたい手があります。」





かくして作戦名、「先手必勝」が発動された。
命名はフォースチルドレン。

使徒はゆっくりと侵攻をつづけ、ついに第三新東京に入った。
作用はよくわからないが、その巨体は宙に浮いていた。
足が地面についていない。
ふわふわと漂いながら、ある交差点に差しかかった。

そこに、合図の指令と同時に襲いかかるミサイルが1発。
続けて周囲に12発。
一発目を回避すると、次のどれかに必ず当たる。
ATフィールドの発生。オレンジ色の相転移空間。
後方から、航空機の誘導ミサイル。
さらには上空から多連装ロケット弾。
回避もできず、じっとフィールドを張って耐える使徒。
一度に一方向しか張れないのか、後方からの攻撃にはダメージがたまる。
血を流すわけでもなく、ひびが入る事もないが、身体を揺さぶられる使徒。
少しずつ、流されるように位置が動いていく。
そして.....。

勝負は一瞬でついた。
地下の壕から発射された陽電子の塊が、使徒の身体を縦に貫いた。
陽電子の流れは、そのまま減衰しながら成層圏にまで達する。
コアを破壊された使徒は、そのままその場に崩れ墜ちた。
爆発することもなく。

「目標、沈黙。」

地面の下に横たわって銃を構えていたJAが起き上がった。

「参号機、損傷無し。すべて正常。」

AA最初の作戦は、こうして終わった。
あっけない、とも言える勝利であった。
まさに完勝であった。



そして、戦いが始まった。









02 「神の御子は宇宙の塵と化した。」
04 「シナリオとは少し違ったが、最大の障害が除去された。」
01 「後は祭壇に供物を用意するだけ。我らの願いがそれでかなう。」
03 「安心するのはまだ早いのではないかな、諸君。
    まだ祭壇を、黒き月を実際に手中に納めたわけではない。」
01 「JAは所詮人の造りしモノ。使徒には通用してもエヴァの敵ではない。」
04 「ダミープラグも既に台数分は確保されている。」
02 「槍もある。月はもう我らのものだ。」
03 「だが、聖杯があの男の元にいる。」
04 「むう。」
02 「我らがシナリオに残された唯一の不確定要素か。」
01 「碇ゲンドウ。あの時、ヤレなかったのが惜しまれるわ。
    なんとしても排除しておくべきだった。」
04 「過ぎた事はいい。それに彼は聖杯によって守られていた。」
03 「私は非難をしている訳では無い。過信は禁物だというだけだ。
    彼らはそのために失敗したのだから。」
04 「心配かね。」
03 「私は戦場ではいつも心配しているよ。」
02 「ならば、将軍ならばどうするのか。」
03 「まず全てのエヴァでTOKIO−3を叩く。
    それから、ゆっくり儀式の準備を始めればよい。」
04 「それは確かに堅実なプランといえよう。だが...」
02 「大幅にシナリオの変更が必要になる。」
01 「そうするための大義名分もない。」
03 「シナリオは変更すれば良い。
    名分は、成功すれば後からなんとでもなる。」
00 「残念だが、将軍。変更は認められない。
    儀式はスケジュールに従わなければならぬ。」
02 「おお。これは議長。いつお戻りに?」
00 「まだ戻った訳では無い。この接続は一時的なものに過ぎぬ。
    もうしばらく代理を頼むぞ、博士。」
02 「わかりました、議長。」
00 「計画を予定通りに進めるのだ。
    時が満つるまで聖地に手出しはならぬ。
    もうすぐだ。あせらずとも長く待つ必要はない。」
04 「では、そのように。」
02 「定められたシナリオ通りに。」
01 「全ては人類の未来のために。」
03 「神の栄光の日のために。」









「日向次官。シャトルがたった今着陸しました。」
「わかった。シェン司令に直ちに出頭するように伝えてくれ。」
「了解。」

二時間後、シェンが次官室にやってきた。

「お久しぶりですな、次官。」
「どういうつもりか、司令。直接ここに降りるのは命令違反だぞ。
 エンタープライズに寄港するようにと連絡した筈だが?」
「しかしそれでは24時間は遅くれますからな。うまくいっても。」
「君たちは誰も大気圏再突入訓練を受けていない。」
「我々にはパイがいましたからね。」
「江南の天才児、ミラクル・リトル・ドラゴンか。
 しかし、万が一の事があったらどうするつもりだったんだ。」
「こうして無事降りられました。それでいいじゃないですか。」
「しかし...。」
「それに、エンタープライズになど寄っていたら、我々は拘禁されたでしょうな。」
「何?何を言ってるんだ、シェン司令。」
「おや。私が知らないとでも思ってたのですか、日向次官殿。
 『聖なる新月』、黒き月、法王暗殺に始まる一連のテロ、戒厳令による政権奪取。」
「そこまで知っているのか。でもどうして...。」
「宇宙にいても情報を得る手段はいくらでもあるんですよ。
 伊達に長い事スパイなどという仕事をやっていた訳ではない。」
「だが、拘禁などと...。それはどういうことだ。」
「本当に知らなかったようですね。
 するとあなたはそこまで悪事に荷担していた訳でもないと言う事か。」
「悪事などしていない。我々は大義のために....。」
「今でもそう言えますか?彼らのしている事が大義のためだと。
 使徒が現われ、シンジ君達がああなった今でも。」
「くっ....。」
「お止めなさい、日向次官。あなたはこういう事にはまるで向いていない。
 人間が良過ぎるのですな。それに理想主義者でもある。
 そこを彼らにつけ込まれた。
 今からでも遅くは無い。いつものあなたに戻るんですな。」

そう言って、シェンは後ろを向いてドアに向かった。

「待て、何処に行く。」
「アスカ君の様子を見に。
 いらぬ忠告かもしれませんが、あなたも少し休まれた方が良い。
 そしてよく、考える事ですな。」

そして彼は部屋を出ていった。
ただ一人、机に向かって考え込む男を残して。





白い天井。
彼女が最初に目にしたものは、それだった。

  知らない天井....。
  病院?

枕元にいた女性が声をあげた。

「あ、アスカ。気がついたのね。
 良かった。ずっと起きないから心配したのよ。
 先生、アスカが目覚めました。」

最後の一言は壁についているインタホンに向けられたものだ。
別室でアスカの容体をモニタしている医者達に知らせるために。
そして彼女の顔を覗きこんで、言った。

「アスカ...?」

彼女は応えた。

「あなた、誰?」



1998年9月 初出  




次話予告



「一匹めはえろうあっけなかったな。」

「まあ、最初はこんなもんだよ。」

「ヒカリにええとこ見せたろうと思っとったに、拍子抜けしたわ。」

「いいじゃないか、トウジは。それでもJAに乗れたんだから。」

「ま、まあな。ケンスケ。元気だしや。
 頑張ってれば、そのうちええ事もあるって。」


「そうかな。」

「あ、トウジ。これおべんと。」
「いつもすまんな、いいんちょ。」
「どう?うまくできたかな。」
「いつ見ても、いいんちょの弁当はうまそうやな。」

「おーい。」

「これなんかどう?」
「お、唐揚げかい。ごっつうまいで。」

「おーい。」

「そう、良かった。」
「いいんちょも食べてみるか?
 ほい、あーん。」


「おーい!」

「おうケンスケやないか。まだいたんか。」

「おい!」

「あ、いっけない。お仕事お仕事。
 一番、洞木ヒカリ、次号予告をさせていただきます。

  あっけなく倒れた一番目の使徒。
  だが、二番目の使徒は思わぬ強敵だった。
  精神を犯され、苦しむトウジ。(頑張ってね、私がついてるわ)
  一方、地球に帰還したアスカは....。
  人々の苦悩する先に果たして未来は開かれるのか。
  頑張れ僕らのエヴァンゲリオン。
  戦えみんなのエヴァンゲリオン。

 言っておくけど、これは委員長として公務だからやっただけよ。
 それ以外のなんでもないのよ。」





次回、第十一話

「守るべきモノ」




「アスカ、大丈夫かしら....。」
「ワイの心配はしてくれんのか、いいんちょ。」
「いつか主役になってやる。」





第十一話 を読む

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