Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(3)

by しもじ  







「はあぁー。」

男の躰が離れていった時、女の口から息が洩れた。
しばらくの間、満ち足りた悦楽の余韻を二人は味わった。
男は女を見つめ、女も男を見つめた。
男は顔を近付け、彼女の唇にそっと口づけをする。
女はそれを受け入れ、そっと男の後ろに手を回し躰を引き寄せた。
長い接吻。
二人の躰が再び重なった。



それから....時計の長針が四分の一回転した後....。
男はベッドの上に寝ていた。右腕で女の肩を抱きながら。

「なあ、」

何か言いかけて、口を閉ざす。

「なに?」
「いや....何でもない。」
「どうしたの?」
「ん、うんー。」

  君は一体....
  いや、ダメだ。話せない。

男は沈黙した。
すると今度は女から話しかけた。

「ねえ、」
「ん?」
「なんであの時私を誘ったの?」

  知ってるの?
  私の事。
  だからなの?
  それとも....。

「あ?さて、どうしてだろうね。
 君を抱きたかったから、かな。これじゃ理由にならないかい?」
「なんで抱きたくなったの、私を?」
「さてね。君が美人だから、というのもあるがそれだけじゃない。
 内面にビビビっと来るものがあったのかな。」
「ありがとう、お世辞でも美人って言ってくれて。」
「お世辞じゃない。」
「で、抱いてみて、どう?抱きごこちは。」
「最高だね。君とこうしていると、心が安らぐ。
 なんかこう...うーん、なんていうかな...?」

  相性がいい、というのかな。ピッタリ嵌まる、というか。
  もう俺もいい年なのに、な。10才も年下の女の子に...。

「ヒトを好きになった事、ある?」
「ああ、何度もあるよ。」
「私の事、スキ?愛してる?」
「ああ、好きだよ。愛してるさ。」
「嘘。」
「嘘じゃないさ。」
「でも、あなたは心を開こうとしない。
 いつもどこかに隠してる。」

  そんなことはない....いや、そうかもしれない。
  だがそれは...君も...同じ。

  それは私も、同じ、か。
  なんで、こんなこと、聞くんだろ、アタシ。

「ねえ、あなたの真実は、どこにあるの?」
「....。」

  教えて。少しでも、あなたの事、知りたい。

「今は....ここ、かな。」
「バカ。」

元気になった下半身を指す男。
そこに手を伸ばして触れる女。
そのまま男の身体に馬乗りになって、再び行為を始めようとする。
シーツがめくれ、女の身体があらわになった。

「きれいだよ、セイラ。」
「バカ。」

  今は、それでもいい。
  たとえ見せかけの愛でも、いつか壊れるモノでも...。
  それで幸せを味わえるのなら、構わない。
  残された時は、もうわずか。
  ねえ、シゲル。運命ってあなたは信じる?

  ここには裸の俺と裸の君しかいない。
  セックスしている時はただの男と女だから。
  敵も味方も、そんなことどうでもいい。
  余計な事なんて考える必要は無い。
  今はただ情欲に溺れていたい...。



そして....
ブラインドの隙間から朝日が洩れ、男は目覚めた。
女は男の胸に半分身体をあずけ、寝息を立てていた。
安らかな寝顔。
その顔を見ながら、

  ホントに、惚れちまったかな。

そんな想いが男の頭をかすめた。



その時、二人の携帯電話が同時に鳴った。




















第十一話


「守るべきモノ」

























ビクッっとセイラの身体が震え、目を覚ました。
青葉はサイドテーブルに置いた自分の携帯を取って既に話しを始めていた。

「何、そうか。
 わかった。ああ、ああ。そうか...」

セイラはそっと立ち上がり、全裸のまま、自分のハンドバッグを取り上げた。
青葉はそれを横目で見ながら、話を続けた。

「今、そこに誰がいる?
 ああ、ああ、ああ....」

鳴りつづけていた携帯を取り出し、彼女も話し始める。

「はい、セイラです。
 えっ、使徒が?
 ハイ、ハイ、わかりました。すぐそちらに向かいます。」

時計をちらっと見て、青葉も話す。

「わかった。1時間でそちらに行く。
 それまではケンスケ君に...ああ、そうしてくれ。
 何かあったらまた連絡を頼む。
 じゃ、よろしく。」

二人同時に電話を切った。

「悪いな、セイラ。
 服を着替えに家まで送って行く余裕はない。
 先に急いでシャワーを浴びてくれ。
 その間に朝食の用意を頼んでおく。
 車の中で食いながら行こう。」







二人が急いで急造の新発令所に行くと、
すでにもう戦闘態勢が整えられていた。

「高軌道衛星からの映像です。」
「ほおー。なんだこれは。」

感心したような声をあげたのは冬月顧問。
全長100m、最大直径10mの光る葉巻。
そう形容するのがもっとも適当だろう。
あるいは空飛ぶミミズ、といっても良い。
節状の構造がハッキリと見える。
なにかのリズムに合わせているのか、各節が明滅を繰り返しながら、
ゆっくりと空を飛んでいた。

「現在、沖縄の東南東200kmの海上に位置しており、
 高度30000mでゆっくりとここ、第三新東京に向かっています。」
「迎撃態勢は?」
「F−15DJ3によるASAT高空迎撃は失敗。
 逆に使徒のソニックブームによって全機撃墜されました。」
「嘉手納のAWACSから入電。
 移動しながらゆっくりと降下しているようです。」

オペレーターシートに座ったケンスケと村雨が交互に答える。
当直だった彼らは一睡もしていないはずだ。

「JAとトウジ君の準備は?」
「パイロットはエントリー完了。
 参号機は130秒で出れます。」
「わかった。四号機は?」
「まだ、筑波からは連絡が有りません。
 現在は調整中の筈ですが...。」
「時田氏に連絡。調整を急ぐように言ってくれ。」
「はい。ですが....間に合いませんよ、多分。」
「わかっている。」
「猫の手も借りたい、ってとこね、青葉君。」

サキと青葉のやりとりにマヤが入ってきた。

「ああ。敵の手の内もまだわからないしね。」
「情報が少な過ぎる、か。
 こうなってみると、葛城さんって偉大だったのね。」
「ああ。だけど、あれは半分以上は運だよ。」
「強運も実力のうちってね。」
「それで、どうします?
 ここにくるまで待ちますか?」
「そうしよう、ケンスケ君。
 だが、その前に情報だけは収集しておきたいな。
 嘉手納基地に連絡して陽動を掛けさせろ。」

指揮所の上方、かつては司令席のあった位置。
今は顧問団がそこに位置している。
中央の椅子には冬月コウゾウが座っている。
その右後方に碇ゲンドウ、左後方にユイが立っている。

「やはり、今度もここが目標か。」
「ああ、そのようだ。」
「何故だ? ジオフロント、黒き月はもうないのだぞ。
 それともまだ、何か隠されているのか、ここに?」
「死海文書にはそのような記述はない。
 知っているだろう、冬月。」
「ああ、だがな、碇。
 18番目以降の使徒も無かったぞ。」
「.....。」





同時刻、
カリマンタン島、イカルス市。
聖フローレンス国際病院、特別病室。

患者が一人、そこに寝ていた。
その隣の部屋では、医師と一人の女性が話をしていた。

「大丈夫です。肉体的にはまったく異常はありません。
 体力も今は落ちていますが、リハビリをすれば元の生活に戻れます。
 ただ酸欠で脳にダメージを受けたため記憶がかなり混乱していますね。
 今は自分が14才だと信じ込んでいるようです。
 何かきっかけがあれば自分を取り戻せるのでしょうが....。」
「そう....ですか。」

  きっかけ、か。
  日本に連れ帰って、アイちゃんに会わせればあるいは....。
  でも、それでダメだったら....。

「これ以上、彼女について我々にできることはありません。
 彼女の移送に関しては、そういう事なのでまったく問題は無いわけです。
 移送の準備はできてるのですか?いつ、発たれるおつもりですか?」
「飛行機の方は特務次官の特別離陸許可も降りていますから、
 24時間いつでも大丈夫です。あとは彼女が空港に来ればいつでも...。」
「そうですか。では救急車を一台、ご用立てしましょう。
 2時間程いただけますか?」
「ええ。よろしくお願いします。」



「病院よね、ここ。さっきの人、看護婦さんかな。
 そう言えば、どこかヒカリに似てたわね。
 大人っぽかったからコダマさんかな?ヒカリのお姉さんの。」

「アタシ、どうしてここにいるのかしら....。
 えーっと。エヴァに乗って、出撃して、それで....。
 うーん。私、やられちゃったのかな。」

「エヴァ? そうだ!使徒は?
 無敵のシンジ様がまた倒したのかな。それとも優等生かしら。
 やだな。死んでも借りは作りたくなかったのに...。」

「ふぁーあ。なんか、また眠くなっちゃったなー。
 何か、大事な事を忘れてるような気がするのに...。
 どうでもいいや。そのうち思い出すでしょう。」

二時間後、特別機は 日本に向けて離陸した。
乗客は二名だけ。
妨害を避けるため、フライトプランは提出されなかった。
このため、不幸なことに使徒の情報が彼らには伝えられなかった。





「目標、芦の湖上空に到達。」
「距離、5000m。」

スクリーンは先程から使徒の映像を写していた。
沖縄、嘉手納基地から発進した第二迎撃中隊の映像である。

「ATフィールドは健在なり、か。」
「守りにかけては、ほぼパーフェクトですね。」
「攻撃だって、ほら。」

突然、使徒が身体を震わせた。
近くを飛んでいた戦闘機が、触れもしないのに墜ちていく。

「ソニックブームか...。」
「ATフィールドの新しい使い方ね。」
「このあいだの奴よりたち悪いぞ。」
「どう、マヤちゃん。ポジトロンライフルで貫通できるかな?」
「至近距離まで近づければ、可能かも...。」
「どのくらい?」
「さあ、ネルフのだと、出力が弱いから...2000m位、かしら。」

スクリーンが切り替わる。
現在の状況だ。
使徒は湖の上空をゆっくり移動していた。

「四号機は?」
「先程、離陸準備に入ったという連絡を受けました。
 C装備です。パイロットはエントリー済み。」
「あと一時間はかかるか。待ってはおれんな。
 よし、トウジ君。出てくれ。
 装備はポジトロンライフル。
 4番から射出する。」
「はいな。待ってました。」
「そのままビルの影に隠れて待機。
 射程に入りしだい、狙撃してくれ。」
「了解、司令。」

トウジの乗るJAが地上に出た。
すぐにポジトロンライフルを装備し、使徒に狙いを定めた、

  まだや、まだ遠い。
  早く来いや。何をやってやがんのや。

使徒はゆっくりと接近した。

『射程まであと1000m』
『あと500m』

距離を告げるサキの声がスピーカーから聞こえた。

『あと100m。
 えっ、何?』

サキの声が突然変わった。
あわてている。
トウジにはわかった、その原因が。

「げっ、なんや、アレ!」

思わず声に出してしまう。
使徒の形が変形していた。
長い紐のような身体が前後に押しつぶされて、
平面の薄い円盤に変わった。
丸い面がこちらを向いている。

「使徒、変形しています。」

見ればわかるのに、律義にサキは報告した。

「中央のアレ、コアでしょうか?」

ケンスケが青葉に尋ねる。

「ああ、多分な。」
「周りのあの球は、なんでしょうね。」
「知らんよ。使徒に聞いてくれ。」

円盤の中央に、コアがハッキリと見えた。
それを中心にした正五角形の頂点に小さな青い球体があった。

「あれも全部コアだとしたら、厄介ですね。」
「ああ、だが、取りあえずそれは無視しよう。
 トウジ君、聞いてるか。」
「はいな。」
「取りあえず、あの中央のコアが目標だ。
 他は忘れていい。中央一点だけをしっかり狙うんだぞ。」
「よっしゃ。まかせとき。」

JAが狙撃態勢に入った。
まだ射程まで若干の距離を残している。
そのまま待つ。
すると、使徒がまた変化した。

ピカッ!
五つの光球が不規則に明滅を始めた。

「なんや、あれ。
 ふわーーーあ、アレ、なんやろ。
 力がハイらへん。」

「マズイ。こいつには催眠効果があるぞ。
 映像をカット。モニターを赤外線映像に変更。
 そうだ!トウジ君は?」
「パイロット、精神攻撃を受けています。
 D帯に異常発生!心理グラフが乱れています。」
「いかん、JAのスクリーンをカット。
 トウジ君の神経接続も同時にカットしろ。」
「カットしました。
 ダメです、精神汚染が止まりません!」



  なんや、これ。
  気持ちええのー。
  フワフワ浮いとるがな。
  どうしたんやろ。
  おっ。くすぐったいがな。
  なんや、止めれ。

最初に感じたのは快感だった。
優越感、と言ってもいい。
続いて色々な感情が混じり合う。
だが、その中を圧倒的に占めていたのは、やはり快感だった。



「トウジ君、トウジ君!」
「パイロットの脳波からα波を検知。」
「おかしいです。脳波は安定しています。
 なのにこんなに乱れるなんて。」
「半覚醒状態のまま浸透を受けてるというの?」
「なんでもいい。なんとかならないのか?
 このままじゃ、トウジが、トウジは...」
「電気ショック開始。」

ガクン!
ショックでトウジの身体が揺さぶられる。
だが、パイロットは深い催眠状態から戻ってこない。

「だめです、効果ありません。」
「パルス電圧をあげろ!」
「これ以上は危険です!」



気がつくと、世界が変わっていた。
彼は攻撃されていた。

  いてっ!
  なんや、エヴァのエントリープラグ?
  なんでワイ、ここにおるんや?
  そうや、戦うんや。
  敵。敵、敵。攻撃してくるやつは敵や。
  こいつやな!
  紅いやつ!
  このヤロー。お返しや。
  次!
  青い一つ目。
  ヨッシャ!ざまあ見さらせ。
  最後、紫か。
  へっ。口ほどにもない。
  ナツミ、見取ったか。兄ちゃんやったで。
  お前の仇、取ってやったで。

目の前に妹の姿が浮かぶ。
悲しそうに微笑んでいた。

  なんやお前。せっかく兄ちゃんが頑張って仇討ったのに嬉しないんか?

彼女が消えた。
代わりに周りの映像が目に入った。
倒した三体のエヴァが三人の人間に変わっていた。
鮮血にまみれ、ビクンビクンと痙攣している惣流アスカ。
片腕を失い、苦しみのたうち回っている綾波レイ。
そして、血みどろの頭で、こちらを睨む碇シンジ。

  うわーーーーーー。

黒いエヴァの手が、シンジの首を絞めていた。

『何故、僕の首を絞めるの?』

悲しい目をしたシンジが彼に話しかけた。
慌てて放そうとする。が、手が彼の意思通りに動かなかった。

  ちゃう。
  ワシは何もやっとらん。

『じゃあ、この手は何?』
『アンタ、アタシ達を殺す気ね!』
『憎いのね、エヴァが。』

  ワイやない。
  操られとるんや。
  乗っ取られとるんや。
  ワイは抵抗したんや....でも、できんかった。

過去の記憶が夢に重なり、トウジは混乱した。
その間も、彼のエヴァはシンジ=初号機を攻撃しつづける。



「トウジ君、しっかりして!
 返事して!どうしたの!」
「煙幕弾。あの光を何とかするんだ。」
「煙幕弾、発射。」
「だめです、効果ありません。
 煙幕を光が透過します。」
「ただの光じゃないってわけ?」
「LCLの防護機能を最大にあげろ!」
「もうやってます!」
「汚染域、さらに拡大。」
「A10神経にも侵食しています。」



  これはワシの意思やない!

『ホントに?』

どこかから声が聞こえた。

  ホンマや。

『ホントに?
 エヴァを憎んでいたんでしょ。』

  嘘やない。どうしようもなかったんや。

『エヴァを壊したかったんでしょ。』

  ちゃう。

『総てをエヴァのせいにして、忘れたかったんでしょ。』

  何をや?

『あの時私を見捨てた事を。』

  ナツミ.....。
  ワシは見捨てたりはしとらん。

『ウソ。』

  嘘やない。必死で探したんや。

『ウソ。一人でシェルターに逃げ込んだ。
 私を一人、家に残して。』

  ちゃう。探したんや。見つかんなかった。
  だから先に行っとるやろと、思ったんや。

『怖かったんでしょう。』

  ああ、怖かったんはホンマや。けど...

『だから逃げ出した。私を置いて。』

  ちゃう!

『私は大けがをした。お兄ちゃんに置いてきぼりにされて。
 一人で、怖い思いをして、死にそうな目に逢って...』

  スマン、ナツミ。

『だから、ホラ、見て。』

シンジの目が光った。ケモノの目だ。
手を伸ばし、逆に黒いエヴァを絞め返す。
ガクン、とエヴァの手がたれ下がった。
攻撃されているのは彼自身の筈だった。
だが不思議と苦痛はなかった。
意識がエヴァから離れた。空に飛んだ。
下には、初号機に蹂躙される黒い参号機があった。
すぐにそれが人に変わった。
初号機はシンジに。狂気の宿る瞳のシンジに。
参号機はナツミに。はらわたをえぐられ、苦悶に悶える。

  やめろ、やめるんやーーーー!!
  わーーーーー!!!

彼は叫んだ。
だが、それは無限の空間にむなしく吸い込まれていった。



「パイロット、脳波乱れはじめました。」
「精神汚染、Y域に到達。抑えられません。」
「これ以上は危険です。自我が崩壊する恐れがあります。」
「生命維持にも支障発生。」
「外部信号入力!リモートでJAを誘導、待避させろ!」
「だめです、拒絶されました。」
「なんですって。JAが?そんな筈...。」
「いえ、違います。トウジ君、自らです!」
「トウジ!」
「なんとかならんのか、くそ!」
「あっ、使徒に変化!反転します。これは...ヤバい!」

使徒が方向を変えた先。そこには一機の旅客機が飛んでいた。



「なんだ、アレは。」

日本近海に近づいて雲の上から高度を下げた時、
機長は一瞬だけそれを目にした。
一瞬だけで充分だった。

「使徒....?」

そうつぶやいた時には、すでに使徒に囚われていた。
他の乗員も同じである。
特別にあつらえられた客室も、同様だった。
窓が開いていなくとも、関係なかった。

  ここは....どこ?
  病院?
  私、何やってるんだろ。
  あっ、トウジ、トウジなの!

『なんや、委員長か。何しに来たんか?』

  何しにって、何しに来たんだろ。
  あっ。
  ハイ、トウジ。これ、お弁当。

『差し入れかい。スマンな、いいんちょ。』

  そんな、そんなことない。

『けどな、悪いんやけど、食えんのや。』

  あ、そうか。ここ、病院だもんね。
  お医者さんに止められて当たり前よね。
  何やってるんだろ、アタシ。

『いや、そうやなくってな。別に止められとるんやないんや。
 ただな....。』

そういって、トウジがシーツをめくった。

『食えんのや。なんせ、何もなくなっちまったんでな。』

身体は、胸までしかなかった。
そこから先は、白い背骨しか残っていなかった。

『悪いな、いいんちょ。残飯処理、もうでけ....。」

  イヤーーーーー!



それは、心を閉ざしていた彼女にも容赦なく襲いかかった。

  何、ここはどこ?

目の前にドアがあった。
ドアを開ける。
すると、目の前には.....。

  なによ、コレ。
  ママはもう死んだわ。
  いないのよ。
  そうよ、自殺したのよ。
  そう、そういう風にね。
  でも、私は怖くはない。
  (今の私には怖くない。昔は怖かったのに。)
  だってママはあそこにいたんだもの。
  (あそこって、どこだっけ。そうだ!)
  いつも私を見てくれてたのよ、エヴァの中で。
  (なんで知ってるんだろう、私。)
  わかったわよ。あなた。
  また私を攻撃しようというの?
  (また?前にもあったっけ、こんなこと。)
  100年早いわよ。
  ほら、こっちを向きなさいよ。
  もう怖くなんかないわよ。

ぶらさがっていたそれが、こっちを向く。
だが、それは、予想もしていなかったもの。
それはシンジの死体だった。

  なんで...シンジ...?
  イヤ、イヤ、イヤーーー。
  そんなのイヤーーー。

死体がいつの間にか動きだした。
彼女の方に歩いてきた。
動けなかった。
彼女の首に手をかけた。
ゆっくりと力を入れてくる。

『さあ、アスカ。一緒に死のう。』
『アスカちゃん、一緒に死んで頂戴。』

  イヤ、イヤ、イヤーーー。
  アンタなんか、シンジじゃない。
  シンジはそんな事しない!
  シンジを返して!
  バカシンジを私に返して!

『アスカ、忘れたの?』
『アスカちゃん、忘れたの?』

  イヤ、イヤ、イヤーーー。
  こっちに来ないでーーー。
  思い出させないでーーー。

『さあ、アスカ。一緒に死のう。』
『アスカちゃん、一緒に死んで頂戴。』

  イヤーーーーー。



「なんでこんな所を民間機が....。」
「違います。あれは...特別機です!」
「なんだって?じゃ、あれには...。
 すぐに引き返すよう伝えろ。」
「だめです。ジャミングを受けてます。無線は使用不能。」
「なんとかならないのか。このままじゃ、アスカ君達が...。」

旅客機が徐々に高度を落とし使徒に向かっている。
いずれこのままでは失速して墜落するだろう。
たとえ使徒に物理的に攻撃されなかったとしても。



気がつくと、トウジは電車に一人座っていた。

『なんや、ここ。電車の中かいな。
 だれかおらんかのー。』

ドアを開けて隣の車両に移る。

『なんやセンセかいな。
 お、綾波も一緒か。珍しいな。』
『そう?』
『誰や、その男。』
『始めまして、鈴原トウジ君、だね。
 君のことは聞いているよ。』
『自分、誰や?』
『渚カヲル。シンジ君の親友さ。
 君と同じだよ。フォースチルドレン、鈴原トウジ君。』
『よう、シンジ。久しぶりやな。
 けったいな連中を連れて、何やっとるんや。』
『トウジ。君に会いに来たんだよ。』
『ワシに...。』
『そうだよ、鈴原君。トウジ君、と呼んでもいいかい?』
『別に...かまへんけどな...。』
『君は...純粋だね。好意に値するよ。』
『カヲル君!』
『やきもちかい?シンジ君。』
『やきもちだなんて、そんな...。』
『碇くん....。』
『冗談だよ。だけど、リリンはいいねぇ。
 やはり未来を託すに値するよ、君たちは。』
『カヲル君...。』
『なんや、漫才しに来たんか?自分ら。』
『そうじゃない、君に教えに来たんだよ。』
『何をや。』
『...守るべきモノ...』
『守る、べき、モノ...?』
『そう。私の場合は、碇くんだった。
 私に微笑みをくれた人。生きる意味をくれた人。
 あなたはどうなの、鈴原君。』
『ワシは....。』
『守るべきもの。それがあると言うことは強さにつながる。
 だが時に、それは弱さでもある。不安につながる。
 物事はすべて等価なんだ。それを忘れてはいけないよ。』
『トウジ。君の守るべきモノは...何だ?
 今、大切にしなくてはならないものは?
 思い出すんだ、トウジ。
 君はこんな所にいてはいけない筈じゃないのか?』
『........。』


「四号機はどうなっている。」
「ダメです。使徒の妨害で、連絡がとれません。」
「くっ。何か打つ手はないのかよ?」
「地上部隊および兵装ビル、各個任意に攻撃開始。」

戦車が主砲を発射する。
同時に多連装ロケット砲、地対地ミサイルなどが使徒に襲いかかる。
だが、すべてATフィールドに遮られた。

「通常兵器では効果は望めまい。」
「ああ。青葉君もそれはわかっている。
 それでも、時間稼ぎになれば良い。」
「時間稼ぎにもならんよ。
 ユイ?」
「はい、あなた。」

碇ゲンドウは傍らに控えるその妻にを振り返った。
妻は、覚悟はできている、とでもいうかのようにうなずき、
そして微笑みを返した。
その時、マイクをひっつかんで、ケンスケがトウジに叫び始めた。

「トウジ、何やってるんだ!
 ヒカリがヤバい!早く目を覚ませ!
 忘れたのか!守るんじゃなかったのか!
 起きろ、この野郎!起きて戦え!
 お前にしか、できないんだ!
 早く目を覚ませ!起きて戦え!使徒を倒せ!」



  ヒカリ....?
  ああ、いいんちょのことかい。
  そういえば、いいんちょ、おらへんな。
  どうしたんやろ。会いたいな、いいんちょに。
  またベント−、食わせてくれるやろか?
  うまいからなー。
  お礼、言ったよな。忘れとらんよな。
  ヒカリか...。
  しばらく会ってへんなー。元気にやっとるやろか。
  一人じゃないんだから、大事にせにゃ...。
  あぁ...???
  一人じゃない?なんでやったっけ?
  ああ、そや、子供がでけたんや...。
  誰の?
  誰の?
  誰の?
  そうや、ワシのや。
  ワシと、ヒカリの子や。
  結婚したんや、ワシら。
  誓ったんや。ヒカリを守ると。
  そうや。
  ???
  ヒカリがヤバい?
  なんや?
  あれ....あの光。
  あれにヒカリが乗っとるんか。
  なんやて!

『もういいのかい。』
見知らぬ少年が語りかける。
『もういいのね。』
無口な少女、綾波レイ。
『大丈夫。トウジ、君にならできる。』
親しかった友、碇シンジ。 

『センセ。綾波。それに渚、やったかな。
 おおきに。ありがとな。
 じゃ、ヒカリがまっとるさけ。またな。』
『また、君に会えると良いな。』
『また...別れの言葉、再会の誓い。
 そう、トウジ君。またね。』
『トウジ、みんなを頼んだよ。』



「JA参号機、再起動!」
「やった、トウジ、気がついたのか!」
「シンクロ率、回復します。」
「ハーモニクス、誤差修正0.1。」
「これは...。」
『ケンスケ、ライフルや。急いで代わりのよこせ!』
「ああ、わかった。三番で射出する!」

2丁目のポジトロンライフルが渡された。
それを構えるJA参号機。
使徒もそれに気付いた。
再度反転し、またあの光を投げかけた。

『うっさいわ。効くか、んなもん!』
「すごい!シンクロ率、100%。
 ハーモニクス、完全に同調しています!」
『目標をセンターに。センターに。センターに。』

パイロットのつぶやきが音声ピックアップを通じて司令部にも流れた。

「使徒までの距離、3000。」
「トウジ君、まだ遠い、待つんだ!」

青葉が叫ぶ。だがトウジは聞いていなかった。

『大丈夫や、ワシは外さん。絶対当たる。
 待っとれ、ヒカリ。ワイが助けたる。
 当たる。外さん。やったる。やったる。やったる。
 今や!』

青い光線が使徒に向かって一直線に伸びた。
赤い光の壁がそれを遮る。

『もう一発や。』

全く同じ軌道を描いて、再度光線が走った。
空間がエネルギーで飽和する。
壁が、破れた。

『よっしゃ。とどめや!』

ポジトロンライフルの三連射。
使徒の身体を反物質の塊が貫いた。



「ス、凄い。三連射をピンポイント!」
「目標、消失。完全に破壊。」
「総員、第一種警戒態勢に移行。
 すみやかに事後の処理にあたれ。」

戦闘は終わった。だが、事後処理はまだ残っている。

「双子山山頂レーダー回復しました。」
「特別機、制御を取り戻したようです。
 機長と無線がつながりました。出られますか?」
「いや、いい。君に任せる。」
「わかりました、司令。
 では、新静岡空港に誘導します。」
「そうしてくれ。」
「あっ、これは!
 緊急警報!
 東方より、大型航空機接近!」
「何!?」
「正体不明。大きさは爆撃機クラス。
 IFF(敵味方識別信号)を出していません。」
「至急迎撃準備!」

  まずい!まさか、連中か?
  こんな時に....。

「トウジ君!」
「スマン、青葉さん。弾切れや。」
「わかった、地下施設に急いで待避しろ。」
「大型機より、何か分離します。」

  爆弾か?
  間に合うか?

「迎撃ミサイル発射、用意!」

その寸前、一般用コードで無線が司令部の回線に割込んできた。

『わー。待ってよ、ちょっと。撃たないで!』
「なんだ!?」
『こちら、人民軍所属、パイ・ツェロン中尉。
 JA四号機でただいま降下中。
 使徒の情報を求む。敵は、どこです?』

少年の声だった。中国名を名乗ったが、それにしても流暢な日本語だ。

「ああ....。」

安堵の声が司令部にもれる。

「急いでもらった所、悪いな。
 たったいま、使徒を倒したところだ。」
『そ、そんな。せっかくの見せ場だったのに。』

「IFFはどうした。打ち落とされても文句は言えんぞ。」
『急げって言われたから...。
 人民軍の僕らが、そんなもの知る訳ないでしょ!』
「そりゃ、そうだ。」
『そちらは?』
「AA司令、青葉シゲル一佐。」
『し、失礼しました。
 上官より命を受けております。
 本日付けで、AAに転属したパイ・ツェロン。
 人民軍特科師団出身です。よろし...うわっ、わー。』

どうやら降下用のパラシュートが開いたようだ。
パイはバランスを崩し、エントリープラグの中で一回転した。
映像はなかったが、司令部でもパイがなにかヘマしたことはわかった。

  ふふっ。

だれかの失笑が漏れた。
司令室の緊張がゆるんだ。
今日の大仕事はこれでもう終わった。誰もがそう思った。
パイとの交信はサキが引き受け、本部に誘導を始めた。
他のオペレータ達もみなそれぞれの仕事に戻った。

10分もするといつもの司令部に戻った。
それを確認してから、顧問団の三人は退出すべく後ろを向いた。
その時、メインスクリーンの表示が突然変わった。

  なんだ?

その場にいた一同は驚いて画面を注視した。
それは映像だった。まるで30年以上前の映画を見てるような。

「ケンスケ君。これは何だ?」

端末を操作していた作戦部長を青葉は目ざとく見つけた。
今画面を見て驚いていなかったのはケンスケだけだった。

「たった今、フランスから送られてきた映像です。
 全世界に向け、生放送で発信しています。」
「間違い無いのか?本物か?」
「こいつは本物です。間違いありません。
 偵察衛星をハックして確認しました。」

画面中央やや右寄りにエッフェル塔。
左側には怪獣、いや、使徒が3匹。
空を飛ぶもの。地を這うもの。大地に立つもの。
それが、なにかと戦っていた。

カメラが右側を向く。
そこに映ったものは.....。

「しかし、まさか。あれは....。」
「そんな。だって、あれは....。」

呆然として青葉とマヤが同時につぶやいた。

「そうか、やはりな。」
「ああ。そうだ、冬月。」



1998年9月 初出  




次話予告



「やっと出番があったと思ったら、トウジの夢の中か。」

「すべては夢の中に有る。今はそれでいい。」

「良くないよ。息子が死んじゃってもいいの、父さん?」

「問題ない。」

「やっぱり僕はいらない子供なんだ。」

「そうだ。お前がいなくても代わりがいるからな。
 ユイ。こっちに来なさい。今から予備を一人作る。次も女の子がいいな。」

「はい、あなた。」

「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったな!
 カヲル君とおなじに、僕の気持ちを裏切ったんだ!」


「冬月先生。後を頼みます。」

「またそれか。まったく。
 仕方がない、私が次号予告をするぞ。
 何々、次のタイトルは『復活の...!』か。
 この『!』マークがミソだな。
 セリフでこのマークを多用しそうな奴は....。
 そうか、そういうことか、リリン。」


「冬月先生。セリフが違いますわ。」

「まあいい。
 あとは、今回の話のラストのヒキが問題だな。
 誰が考えても、『アレ』の正体はアレしかないだろう。
 とすると、アレも『復活』する、ということだな。
 まあ、取りあえずこんなところか。」





次回、第十二話

「復活の...!」




「僕も復活したいよ〜。」





第十二話 を読む

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