Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(4)

by しもじ  







「まさか、まさか。あれは....。」
「そんな。だって、あれは....。」

呆然として青葉とマヤが同時につぶやいた。

「そうか、やはりな。」
「ああ。そうだ、冬月。」

発令所のメインスクリーンに映った3体の使徒。
そして、それと戦う白い巨体。

「彼らは用意していたのね。」
「エヴァンゲリオン、いや、忌むべき存在、エヴァ・シリーズか。」
「ああ。どうやら、奴等のシナリオが見えてきたよ、冬月。」




















第十ニ話


  「復活の...!」






















盾を手にするもの。
矛を手にするもの。
剣を手にするもの。
3体の白い巨体が各々鎧を身にまとい使徒に相対していた。

直立型の使徒が何かを吐き出した。
熱線。
一体のエヴァが盾を構えて防いだ。
たちまち赤熱する盾。
盾を捨ててジャンプした。
倒れた盾の後ろで、ビルが融けだしていた。
飛び上がったエヴァが取り出したナイフが空中で光った。

地を這う使徒が何かを吐き出した。
溶解液。
2機目のエヴァは右に左にステップして躱した。
エヴァの足元の道路が次第に溶けていった。
躱しながらも距離を詰め、あっという間に至近距離に近づいた。

空飛ぶ使徒が何かを掃き出した。
光る円盤。
3機目のエヴァは手に持つ矛でそれをはじいた。
はじかれた円盤により斜めに切断されたビルが崩れ落ちる。
エヴァは使徒から一旦離れ、矛を構えて狙いをつけた。

数瞬後、
地上に立っていたのは三体のエヴァのみ。
立っていたモノは頭部のコアをプログナイフで一突き。
地を這うモノは体ごとコアを真っ二つに剣で切り裂かれ、
空飛ぶモノはビルに身体を縫い付けられていた。

三体のエヴァが雄叫びをあげた。

「フオオオオオオーーーー。」
「ガアアアアアアーーーー。」
「グォオオオオオーーーー。」





「圧倒的じゃないか.....。」
「つ、強い。強過ぎる。」
「何故、エヴァが....。」

司令部には困惑が広がっていた。
その上方に設けられた顧問席では、

「どうする、碇。
 今攻めてこられてはひとたまりもないぞ。
 JAではエヴァに対抗できん。」
「策はある。目には目を。エヴァにはエヴァをだ。」
「何?」

だがゲンドウは冬月の疑問に応えずに、

「青葉司令。提案がある。」
「なんでしょう。」
「新たな脅威に対抗するために『サルベージ計画』の検討を要請する。」
「サルベージ計画?」
「ああ、そうだ。
 青葉司令、冬月マヤ博士。
 後で顧問室まで来てくれ。詳しい話をする。」

それだけ言うと、ゲンドウは顧問室に下がっていった。
碇ユイ、冬月コウゾウの二人も彼に従った。
数分後、AA司令青葉シゲルと技術部長冬月マヤが部屋に入った。
分厚く重いオークでできたその扉が閉まった時、
室内で交わされたであろう会話は、絶対に部屋の外に漏れることはなかった。







その日の夕方。新静岡総合病院。
空港から二人の患者が運ばれてきた。
鎮静剤が効果により二人とも眠ったまま病室に運ばれたのが一時間前。

彼女は目覚めると、すぐに別室に連れていかれ、検査を受けさせられた。
検査を終えて診察室を出ると、男が一人待っていた。

「あっ、トウジ。」
「どやった?ヒカリ。」
「あっ。問題ないって。母子ともに順調だそうよ。」
「そうか、そりゃ良かった。」
「あのー...」
「なんや?」
「アスカ、アスカは大丈夫?トウジ、知ってる?」
「今から案内するさけ、自分で確かめてみい。」

そして、彼女を従えて歩きだした。
ヒカリの心配は、すぐに解消した。

「アンタ、バカー!必要ないって言ってるでしょ。
 患者のアタシ本人が言ってるのよ。さっさと退院させなさいよ。」

元気な、いや、元気過ぎる声が聞こえてきたからだ。

「アタシには時間がないのよ。金星でシンジが待ってるんだから。」

会話している相手の声は聞こえてこない。

「当たり前でしょ!歩いていける訳ないじゃない。
 日向に言ってロケットを作らせるのよ。
 そんなのもわっかんないの?」

だがアスカの声だけはドアを越えてフロア中に響いていた。

「どや、心配して損したやろ。」
「ううん、そんなことない。
 向こうを出た時は、ホント、ひどかったんだから。
 良かった、アスカが元に戻って。」
「ああ、いつものうるさいアイツのまんまや。
 なんでも、使徒の精神攻撃がかえって良かったらしいわ。
 うまいこと刺激になって、閉じこもった心が出てきたんだとさ。」
「ふーん。」
「ま、そのせいか、前よりも更に攻撃的になったようやな。」

ドアを開けて部屋にはいる。

「...ですが精密検査だけでも受けて頂かないと...。」
「ったく、何度言わせるの!って、あっ、ヒカリ!」
「アスカ!」

ヒカリの想像はちょっとだけ裏切られた。
腰に手を当てて仁王立ちし、抗議をまくしたてているアスカ。
当然のごとく、そんな姿を思い浮かべていた。
だが現実のアスカは、威勢だけは良かったものの、ベットの上に座っていた。

「なんや。威勢のいいのは口だけやったんか。」
「仕方ないでしょ。まだ体力が戻ってないんだから。今だけよ。」
「大丈夫なの、アスカ?」
「ええ。こんなの、退院すればすぐに元通りよ。」
「ワイは聞いとるで。2週間はリハビリにかかるって。」
「2日よ。それだけあれば充分よ。それなのに、このバカ医者ども...」
「アスカ、あんまり無理しないでね。」
「わかってるわ。でも...。」
「時間が無いんやろ。それもわかっとるがな。
 けど、焦ってもしゃあないで。
 使徒を倒さん限り、金星に行くのは無理や。」
「そんなもん。ロケットにありったけのN2爆弾を積めこんで、
 そいつを1万発も落とせば充分よ。」
「か〜っ。惑星ごと破壊する気か〜、おのれは?
 大体、今の地球にそんなもん作っとる余裕があるんかい。」
「アスカ、知らないの?」
「えっ、何?」
「使徒、今、地球にも何体か飛来してるのよ。
 私たち、それと戦わなくちゃならないの。」
「えっ、じゃあ、アレは夢じゃなくて、本物の使徒だったの?」
「アレ?ええ、そう。
 トウジがJAに乗ってやっつけたから良かったけど...。」
「そう。鈴原、一応お礼を言っておくわ。」
「いらんわ、んな礼。ホンマに偉そうなやっちゃな。」
  ・
  ・
  ・
  ・

話していると、どんどん時間が経っていった。
いつのまにか、外の景色はすっかり暗くなっていた。
特別に面会時間を延長してもらっていたのだが、
さすがにもう帰らねばならぬようだ。

「じゃ、今日はもう帰るわね。」
「邪魔したな。」
「アスカ、あんまり駄々こねないで、検査はしっかり受けるのよ。
 明日、アイちゃんを連れてくるから、それまでいい子にしてるのよ。」
「な、なんてこと言うのよ、ヒカリ。」
「フフッ、じゃあね。」
「うん、ヒカリ。バイバイ。」

病室を出てから、ヒカリはトウジに話しかけた。

「ねえ、なんか、さっきのアスカ、かなり無理してるみたい。」
「なんや、ヒカリも気づいとったんか。
 まあ、無理もないやろ。惣流にしてみれば。」
「そうね。目の前で碇君が....」
「ああ。そやけど必死で前向きになろうとしている。
 惣流も戦っとるんや。」
「ええ。」
「まったく、罪な奴やで、センセ。
 この手で捕まえて、2、3発殴ってやりたいわ。」
「アスカ、頑張るのよ....。」









その夜.....
御殿場にある某ホテル。

「ねえ、エヴァをサルベージするって本当なの?」
「ああ、碇顧問は本気だ。マヤちゃんもできると言ってる。」
「エヴァ初号機を?」
「いや、初号機じゃない。四号機だ。」
「四号機?S2機関の暴走で消滅したと言われるアレ?」
「そうだ。」
「そう....。でもどうやって?」
「これは、極秘だからね。たとえ君でもまだ教えられない。」





シゲルは5時間程前のやり取りを回想した。
顧問室。影の司令室とも言われる部屋。

「しかし、それは...。」
「不可能かね?」
「いえ。理論上は可能です。しかし...。」

突然の計画案に、マヤは一応の反論を試みた。

「そのやり方では干渉できるのはせいぜい2秒が限界です。」

厳密には諸条件が若干違うものの、マヤも同様の試みを考えたことはあった。
その目的は今回の計画とは全然異なっていたが。
空間転移、俗に言うワープ航法の理論的可能性を検討していた時である。
複相空間理論の応用として非常に興味深いテーマだった。
だがシミュレーションを何度試みても、特異点はすぐに相転移を起こしてしまい、
自己干渉効果によって異空間への回廊が閉じてしまう結果しか得られなかった。
しかも相転移までの2秒間というのは相当に楽観的に見た数字である。

「奥の手を使う。1秒も必要ないだろう。」
「奥の手?! いったい何ですか、それは?」
「今は明かせない。その時になればわかる。」
「では、そこまでは仮に良しとしましょう。
 でも、回廊が開いたとして、どうやってそこからエヴァを...?」
「JAを使う。」
「JAをディラックの海に飛び込ませるつもりか、碇?」
「それではパイロットに対する負担が...」
「それはトウジ君に頑張ってもらうしかない。
 シンジは16時間は耐えた。不可能ではない。」
「しかしあれは...。」

あくまでも反対しようとするマヤを青葉は遮った。

「マヤちゃん。イエスかノーで答えてくれ。
 本当にこの計画は不可能ではないんだね。」
「ええ。詳しくは検討してみないとわかりませんが、
 できなくはない、いえ、できると思います。」
「わかった。ではAA司令として正式に要請しよう。
 この先の事を考えると、我々にはどうしてもエヴァ必要だからね。
 技術部は最優先で準備に取り掛かるように。
 顧問団の皆さんは、その奥の手とやらをよろしくお願いします。」
「聞かないのかね、青葉君。」
「ええ。冬月教授。いずれわかるのなら、それで充分です。
 今は碇顧問のお言葉を信じます。」

 『こいつを信じるとろくなことはないぞ。』
冬月はそれを口にはしなかったものの、明らかに顔に出ていた。





  やっぱり、信用されてないのね、私。

「でも、こんなところに居ていいの?
 あなたは司令でしょ?」
「それは副官の君も同じじゃないか。」

マヤ達技術部の面々は、今ごろ寝る暇もなく仕事している筈だった。

「とはいうものの、俺に手伝えることなど殆どないさ。
 技術部の連中がやってることは難しすぎてわからないし、
 碇顧問達も何を考えているのか教えてくれないしな。
 今できることは、せいぜい明日の戦いの為に英気を養っておく事ぐらいさ。」
「却って体力を消耗しちゃうんじゃない?」
「ふっ。それもいいさ。」
「や、やん!
 ちょっと、あん!
 待って、イヤ、やめてよ。まだ....」
「やめて?
 ここはそうは言ってないよ、セイラ。」
  ・
  ・
  ・

「今日は、いつもと違って強引なのね。」
「こういうのも、たまにはいいだろ。」
「悪くはないけど....、いつもの優しいシゲルの方がいいわ。
 どうしたの?何か、あったの?」
「......。」

  何か、あったのね.....。





それは三時間程前のことだった。
作戦部長、相田ケンスケが内密の話がある、と言って彼を呼び出したのは。

「ようやくミホが『ケルビムの門』まで突破してくれました。」
「ケルビムの門?」
「トリニティ・システムですよ。
 データベースにアクセスするにはまだ関門がいくつか残ってますが、
 リアルタイムに送られてくるデータならなんとかトラップできる様になりました。」
「そりゃあ、凄い。で、何かつかんだのか?」
「ええ。さっきようやく手が空いたんで、昨日のログを見たんですが...。
 これです。」
「なんだ、これは。読めないじゃないか。」
「ええ。まだ暗号の解読はちょっと。
 かなり複雑なシステムを使ってますから。
 なんとかデコードした後に潜り込もうとはしてるのですが...。
 それより、この送信場所に注目してください。」
「ロシア、ペテルスブルグ。フランス、パリ。
 アメリカ、セントルイス。そして日本は...ここか。」
「ええ。こいつは連中の秘密会議ですよ。」
「どうしてそう言い切れる?それにイタリアがないぞ。
 トリノだったか?確かロンバルド博士は...。」
「彼女は今、ロシアに居ます。ボリソフの館に滞在中です。」
「そうか。」
「間違いなくこの街にスパイが潜入しています。
 それもかなり大物じゃないでしょうか。
 ひょっとしたら、例の『G』とか...」
「ああ、そうかもな。」
「どうします?」
「取りあえず、この話は内密に、まだ誰にも知らせるな。
 ハッキングの方はこのまま進めてくれ。」
「スパイのあぶり出しの方はどうしますか?
 簡単ですよ。もう一度送信してくれば、一発で...。」
「いや、それはいい。こちらでやる。
 後でデータを俺の個人端末に送ってくれ。
 そうだな、明日の朝になってからでいい。
 それと、今後も何かあったら逐一教えてくれ。」
「わかりました。」

何か釈然としないものを青葉の態度に感じながらも、ケンスケは命令に従った。
誰も居ない、今は使われていない倉庫に、青葉は一人取り残された。

  さて、どうすれば良いのか...。
  こんな時、アナタならどうしますか...加持さん。





「なあ、一つだけ、君に聞きたいことがある。」
「何?」

  いよいよ来たのね、恐れていた時が。

「君は、何故、日本に来たんだい?」
「それは...だから前に言った通り...」
「ここには盗聴器はない。確認済だ。その心配はしなくていい。
 誤魔化さないで、本当の事を言ってくれ。」
「嘘じゃないわ。」

  ここに来たのは本当に偶然だったのよ。
  でも、信じては貰えないでしょうね。

「昨日、ここからトリニティに発信された情報をキャッチした。」

  まさか...!
  プロテクトはかかっていた筈よ。
  ダミーだって...いえ、天城さんね。
  迂闊だったわ。トリニティが陥とされるとはね。

「その様子だと、どうやら心当たりがあるようだね。」
「ええ。でもどうして...」

  私を保安部に引き渡さないの?

  苦しまずにそうできたら、やっているさ。
  できないから、悩んでいるんだ。

「君にも事情があるだろうし、その事を咎めるつもりはない。
 表向きは戦争してる訳ではないから拘束する理由も無い。
 だけど、なんとか立場を変える訳にはいかないのか?
 無論、必要なら連中にはばれないような偽装を...」
「いいえ、無理なのよ。そういう問題ではないの。
 あなただって自分の信じるモノを易々と変える気は無いでしょう。
 私もそう。正しいと信じているからやっているのよ。」
「じゃあ、君はすべて知っているのか。その上で....。」

  ただのスパイじゃなかったのか。
  くそ!なら、なんでオレに近づいたんだ。

「そうよ。」
「たとえ、人類が滅びても、か?
 フォースインパクトで。」
「人類は滅びないわ。
 私達は人類を破滅から救うためにやっているのよ。」
「かつて、ゼーレも同じ事を言っていた。」
「そうね。」

  あなたは、いえ、あなた方はみな、ゼーレを、父を誤解しているわ。
  あの碇夫妻や冬月教授でさえも...。
  彼らは真に人類の、種としての未来を憂いていたのよ。

「もしそれが本当に正しい道なのだとしたら、教えてくれないか?
 オレにも判断するチャンスをくれないか?」

  もしかしたら....いえ、だめね。
  もうその段階は過ぎてしまった。
  私たちがあと半年早く出会えていたのなら...。
  それに、あなたはきっと賛成しない。優し過ぎるから。

「今はだめ。もう少し考える時間を頂戴。
 そう、明日の晩。それまでに心を決めるわ。
 だから、もう少し、待って、シゲル。」
「わかった。待つよ。」
「ありがとう、シゲル。」

セイラはスタンドのスイッチに手を伸ばした。
部屋は夜の帳につつまれた。

「抱いて。お願い、私を抱いて。
 今はもう何も言わないで抱いてちょうだい。
 何もかも忘れるぐらい、強く、強く。」





  もう、シンデレラ・タイムはおしまい、か。
  さよなら、シゲル。
  アナタの事、何があっても忘れないわ。
  本当に愛してたのよ....シゲル。

朝。青葉が目覚めた時、セイラはベッドの隣にはいなかった。
その日、第三新東京市からAA司令の有能な副官が姿を消した。





新静岡総合病院、303病室。
早朝、アスカは何者かの気配がして目覚めた。
だが部屋には他に誰もいなかった。
ただ、花瓶に新しい二輪の花が飾られていた。
それは昨晩眠りにつく前にはなかった物だった。

「変ね。看護婦さんじゃ、ないわよね。
 紅薔薇と白百合か。
 なんだったっけ。何か頭にひっかかるわね。
 この花....。」







司令付副官の失踪は、設立間もないAAに少なからぬ波紋を投げかけた。
特に司令本人の受けたダメージが最も大きかった。精神的にも、実務面でも。
が、現在の第三新東京市には、そのことを深く追求している余裕はなかった。
「サルベージ計画」は動きだしていたし、使徒に対する備えも怠れなかったからである。
慢性的な人手不足の中、副官の後任は作戦部長が兼務することが決められた。

技術部は以前にも増して忙しくなった。
マヤは、家にも帰らず1日24時間ぶっ続けで働いた。
その甲斐もあって、2日後には早くも計画のマスタープランが完成した。
ただし、そのプランには肝腎な部分はすっぽりと抜けていた。
3日目の顧問室で再度の会合において、その空隙も埋められた。
新たにわき上がった疑問には、マヤは答えを出すことができなかったが。

そして、4日目。
主要スタッフがブリーフィングルームに集められた。

「使徒と戦うには、今のJAでは限界があることは諸君も認識していると思う。
 またエヴァシリーズに対抗するためにも、我々にはエヴァが必要だ。
 そこで碇顧問の提案に従い、エヴァンゲリオン・サルベージ計画を遂行する。
 ではまず、技術部から冬月博士に計画について説明してもらう。」

そう言って青葉が一歩後ろに下がり、
白衣をまとったマヤが代わりに一歩前に出た。

「サルベージのターゲットはエヴァンゲリオン四号機です。」

スクリーンにはエヴァ四号機の写真と性能諸元が映し出された。
その機体は、色ちがいだが弐号機にそっくりである。

「これを人工的に作ったディラックの海から虚数回廊を開いて回収します。」

映像がかわった。
第12使徒レリエルの映像。ディラックの海がビルを吸い込んでいく。
皆、沈黙を守ってマヤの次の言葉を待った。

「理論的側面については技術部ですでに検討しました。
 これから、その概要をざっと説明します。」

一旦言葉を切って、タンブラーの水をコップに入れて飲んだ。

「ご存じのように我々は四次元の座標によって構成される時空にいます。
 その空間にストレスを与え強い歪みを生じさせると、特異点が形成されます。」

画面表示がかわり、一連の数式になった。

「その一連の形成過程を示したのがブハーリンの拡張特異点定理でありまして、
 これを折り畳み方程式で解くと、さまざまな異なる形状の特異点が導き出され
 ます。これまでの理論研究において実に20を越える特異点が提示されていま
 す。しかし2015年以前に実際に確認された特異点は、重力崩壊場タイプ、
 いわゆるブラックホールやクエーサーなどの天体に限られていました。ところ
 が第11使徒レリエルとの戦闘において、我々人類は初めてそれ以外の種類の
 特異点を確認したのです。それが、いわゆるディラックの海、虚数空間への窓
 です。」

マヤの説明は延々と続けられた。
数式が提示され、解説が加わえられ、また別の数式が表示されていく。
だが、悲しいかな、それを理解できるものは限られていた。
技術部の人間を除けば、二名しかそれに該当する人間がいなかった。

 『特異点定理』は宇宙物理学の分野で1960年代後半から70年代にかけて
盛んに研究された。その代表格はペンローズ(英、1931〜2005)とホーキング
(英、1942〜2000)であろう。特異点とは元々は数学用語で、関数 F(x) にお
いて、その値が定義できない変数 x の領域を指す。特異点定理とは「宇宙空間
には通常の物理法則が通用しない点(空間)が存在する」事を示したものである。

 その特異点の代表例が、言わずとしれたブラックホールである。燃え尽きて過
剰な自重をささえきれなくなった恒星が収縮し、重力崩壊を起こしてできた特異
点である。何者をも吸収し光すらも抜け出せないほどの重力を持っており、遠方
からは原理的に観測不可能な「見えない特異点」である(間接的に観測は可能で
ある)。一方、1972年の富松−佐藤時空解に代表される観測可能な”裸の特
異点”の存在も古くから示唆されてきた。

 これら多くの特異点を体系化し、さらに量子論的に拡張したものが1999年
のブハーリン(露、1958〜2000)の「拡張特異点定理」である。残念なことに、
同じ年に2ヶ月早く葛城博士の超螺旋理論が発表され、さらに翌年にセカンドイ
ンパクトが起きたことにより、彼の業績が広く認められるのには五年の歳月を要
した。

 折り畳み方程式とはロンバルト・シニア(伊、1968〜2015)が開発した、特異
点を含む時空方程式の解法である。その特長は、6次元空間に拡張した時空方程
式を文字通り"折り畳む(folding)"ことにより4次元の特異点を連続的に取り扱う
点である。たまたま学会で来日した際にふと目にした折り鶴が発想の原点だった
というのは有名な逸話である。

 今、一枚の折り紙がある。その二次元の面が我々の住む時空間だとしよう。ま
ず紙を折り曲げる。すると、垂直な二つの面ができるが、それぞれの面は二次元
を維持している。今、我々が片方の面上にいるとして、トコトコと歩いていくと、
折れ目にぶつかる。そこで世界が途切れるのであるが、なんとかして折り目を越
えるとまた今までと変わらぬ平面の世界が始まる。この折れ目が特異点(この場
合は特異線と呼ぶべきか)なのである。紙を丸めて円錐形にすれば、頂点に特異
点ができる。ブラックホールに相当するのは、紙に針で穴を開けたと思えばよい。

 二次元の世界では特殊な空間だった特異点も三次元の世界でみればなんという
こともないわけである。実際には、拡張特異点定理から導き出された全ての特異
点を定式化するのにはさらにもう一つ余分な次元が必要だった。



「このタイプの特異点の特徴は、空間が閉じていないことです。
 特異点の向こうには虚数空間が無限に拡がっており、
 さらに虚数空間はワームホールを通じて他の宇宙へとつながります。」

マヤは話を続けた。

「よう、虚数ってなんや?」
「アンタ、バカ?そんなことも知らないの?
 複素数は高校で習ってるはずでしょ、日本では。」
「かもしれんけど、憶えとらんなー。」
「アンタ、それでも教師なの?」
「体育大出の先生にんなもん誰も期待せえへんわ。」

マヤがコンソールを操作すると、また新たな式が表示された。
今度は虚数空間の説明が始められた。

「さて、この虚数空間というのは....」

 物の重さ、大きさ、時間、力の強さ、エネルギー、.....。我々が目にす
る物理量は全て実数である。だから我々は実数の世界に生きている。古典力学=
ニュートン方程式の時代はそれで良かった。が、20世紀初頭に花開いた量子力
学は、我々がいつまでも実数の世界に安住していることを許してはくれなかった。
原子・分子の世界を扱う波動方程式は、複素微分方程式であった。これは、さら
にミクロの世界である原子核や素粒子のための「場の量子論」でも同様である。
すなわち世界は複素数空間で出来ており、我々はその実数部分への射影を目にし
ているだけなのである。

 最も簡単な虚数は、負数の平方根であろう。-1の事を数学では i と表し、こ
れが虚数空間の基底になる。虚数空間では、一部数学法則が実数空間と異なる。
和や差は実数空間と同様に成立するが、積や商が空間の外に出てしまうためだ。
実数の四則演算では虚数は生まれないが、虚数は掛け合わせると実数になる。当
然ながらそこを支配する(古典力学的な)物理公式も実数空間とは異なるのであ
る。これにはアインシュタインの一般相対性理論ですら例外ではない。

 数学の世界では、複素空間は2次元の座標空間を用いて表される。実数軸と、
それに垂直な虚数軸によって定義される世界である。任意の複素数は、この平面
内の一点として表される。さらに位相空間を導入すれば、任意の複素数は原点か
らの距離と実数軸からのなす角θ(オイラー角と呼ばれる)で表現することもで
きる。我々が普段目にしている物質の殆どは、実数空間にしか存在しないと言っ
て良い。つまり、θは常に0である。だが、中には例外もある。光子がその代表
例であり、その存在は一定の角速度(すなわち光の周波数、色に対応する)を保
ちながら、周期的に実数空間と虚数空間を行き来する。(E(t)=E0・e-iwt
また、あまり一般には知られていないが、クォークの接着剤として知られている
三種のグルーオンもこの性質を持っている。

 先程の折り紙に話を戻すと、実数空間は紙の表側、虚数空間は裏側に相当する。
メビウスの輪、という物をご存じだろうか。虚数空間への特異点とは、紙をねじっ
て裏面を表面に接続したモデルに対応する。物理的には、超高密度のエネルギー
場に固有振動数で定在波を起こし、時空反転させることで特異点=虚数回廊を開
くことができる。すべての粒子は特異点上で一旦光子変換され、同等のエネルギー
と位相を持ったフォノンに還元される。そして反転した時空の元で再構成され、
虚実の壁が越えられるのである。



「....今回のサルベージ計画では、松代にあるS2機関の実験用プラントを利
 用してこの虚数回廊を開きます。」
「S2機関を故意に暴走させるわけですか。」

パイが言葉をはさんだ。
さすがは『ミラクル・チャイナ』と呼ばれた神童である。
彼はここまでの話を完全に理解していた。

「そうです。」
「しかし、それは危険では?」
「かつての米国ネルフ第二支部の様に半径100km以内の物体がすべて
 ディラックの海に飲み込まれて消失してしまうのでは?」

後の発言は相田ケンスケ。
完全な理解にはほど遠いものの、懸命に話をフォローしている。

「その通りです。そしてそれこそが正に今回の目的です。
 S2機関内に閉じ込められているS2場を開放すると、
 打ち込まれた核を中心にして内部でマイクロ・ビックバンが発生します。
 さらに10−34秒以内にインフレーションがおこり、急激な膨張が始まります。
 この過程でS2場が完全に崩壊し、いわゆる暴走状態となるわけですが、
 実空間に解き放たれたエネルギーが特異点となって虚数回廊が開きます。
 インフレーションが終了すると内部宇宙は次第に冷えていきます。
 すると特異点を支えるエネルギーの供給が絶え虚数回廊は閉じます。
 これにかかる時間は、およそ1万分の1秒程度です。」
「1万分の1秒!一瞬じゃないですか。」
「ええ。でもそれは超高速で膨張する内部宇宙から見た場合の話です。
 我々の世界から見た場合は、相対性理論に基づき時間は遅くなります。
 シミュレーションでは、コンタクト可能な時間は0.5秒から2秒に
 相当すると推定されます。」
「2秒。でも、やはり....。」
「ええ、いざ飛び込もうとする前に閉じてしまうでしょうね。
 だから、それは別の方法で支えなければなりません。」

マヤはちらっとゲンドウのほうを見た。
ゲンドウがうなずく。『君が話したまえ』という意味だろう。

「それには、内向きのATフィールドを使用します。」
「エー・ティー・フィールド〜?!」

素っ頓狂な大声をあげて、アスカが立ち上がった。
彼女もまた、マヤの講義を理解できた人間の一人である。
そして経験と知識に基づき、ATフィールドに関する第一人者を自認していた。
彼女の専門分野であるバイオセンシングとも密接に関連している。
いくら体力的に弱っていたからとはいえ、自分に一言の相談もなしに計画が進
められた事に対する抗議の一声であった。

ちなみに、現在はなんとか車椅子に乗って動き回れる程度には回復している。
短時間なら、今のように立って歩くこともできるようになった。

「あなたに相談しなかったのは、その必要がなかったらよ。」
「でも、私のラボにあるATF増幅装置の試作1号機を使うのでしょう?」
「いえ、それは使わないの。アスカもわかっているとは思うけど、
 仮に使ったとしても、ディラックの海を支えるには出力が足りないもの。」
「でも、ATフィールドなんて、他にどうやって....。」
「それはまだ明かせないわ。けど、できるのよ。」
「エヴァも無しに?」
「ええ。今は技術部を信じてもらうしかないわ。」

  本当は、技術部じゃなくて、碇司令を、なんだけどね。
  まあ、アレを見せられちゃあ納得するしかないわ。
  でも、アレを見たとき、アスカはどう考えるのかしら。

  何か隠してるわね。
  いくらマヤでも、こんな短時間でアタシの研究を越えられるはずはない。
  ATフィールド...心の壁、聖なる光...。
  エヴァ...それに使徒。渚カヲル。綾波レイ。
  まさか...、いくらなんでもまさかね。

「ちょっと僕には今までの科学的、技術的な話は難しすぎるんでね、
 冬月博士ができる、と言われるなら、今は信じるしかないですね。
 ですが、その後はどうするんですか?  回廊が開いたとして、うまく長時間維持できたとして...。」

再びケンスケが口をはさんだ。

「JAで特異点にダイブして、虚数空間の内部からエヴァを回収します。」
「回収しますって...」
「無論、それがそれほど容易なことではない事は、わかっています。
 が、そのための理論があり、手段があるのですから不可能ではありません。」
「前の事故の際、四号機が修理不能なまでに破損していないという保証は?」
「エヴァのATフィールドを信じるしかないわね。」
「もう十年も立ってます。その間に生体部品がやられてる可能性は?」
「虚数空間の中では時間軸には主観時間が支配的に作用します。
 心を持たないエヴァには時間は止まっていることと同義でしょうね。」
「そもそも同じ位置に出られる保証すらないじゃない。
 エヴァの消えたネバダとここじゃ、1万km以上離れてるのよ。
 どうやってそれだけの距離を移動するつもりなの?虚数空間の中で。」

アスカがまた割込んできた。

「虚数空間の中で距離のような実空間のゲージはあまり意味を持たないわ。
 特に今回のような膨張しつつある宇宙にリンクしている場合はね。」
「前回と同じ宇宙にリンクする見込みはあるの?」
「あなたが考えているよりはおそらく高いわよ、アスカ。
 前回の事故をシミュレートして出したパラメータを用いれば、
 かなりの確率でエヴァの元までたどり着けるはずよ。」

マヤは再び数式を使って説明を始めた。
ネルフ米国第二支部のS2機関の稼働実験プランに始まって、
消滅映像から推測されるエネルギーレベル、臨界反応時間...。
あらゆるデータが示された上で公式に代入され、結論が導かれた。

「従って、この計画は幾つかの未知の要素を多分に含むものの、
 成功の見込みは大いにあります。」

マヤが説明を締めくくった。

「虚数空間内でJAの能動的行動は可能なの?」
「法則さえわきまえていれば、それは不可能ではないわ。
 これにはエヴァ初号機の時の経験がおおいに役に立ちました。
 JAにはそのための改良を既に施しつつあります。
 パイロットは通常空間と同じようにJAを操縦することができます。」
「パイロットは?」
「トウジ君を考えているわ。あなたにはまだ無理でしょ。
 それにパイにはエヴァとシンクロした経験が無いから。
 トウジ君!」
「は、はい〜。なんでしょうか?」

アスカの隣に座って舟をこいでいたトウジは突然声を掛けられて、
びっくりしたように立ち上がった。

「やってくれるわね。」
「ええ、マヤさんのためなら、この男鈴原、例え火の中水の中。」
「そう。じゃあ、お願いします。」
「トウジ君、頼んだよ。」

アスカが小声でトウジに話しかけた。

「アンタ、ちゃんと聞いてたの?」
「何をや。」
「マヤはアンタに死ねって言ったようなもんなのよ。
 JAに乗ってディラックの海に飛び込めってね。」
「....お、男鈴原に二言はないわ。
 それでもええ。やるといったらやるんや。」
「いい覚悟ね。それだけは誉めてあげるわ。
 ところで、さっきの言葉、後でヒカリに伝え置くわね。
 『マヤさんのため』ですって、フフフフフ。」
「それだけは堪忍や、惣流。
 そないな事されたら、また帰ってからヒカリに搾り取られる。
 頼む、惣流。なんでも言う事聞くから、堪忍してくれ。」



最後に青葉が締めて、その日の技術ミーティングはお開きとなった。

「本作戦をこれより『イザナギ作戦』と呼称する事にする。
 決行は2週間後。場所は、中国はゴビ砂漠。
 すでに中国政府の了解は取ってあり、資材の供給も現地で受けられる。
 では次に、作戦に参加するスタッフを発表する。
 まず、JA参号機とパイロットのトウジ君。
 さらに予備としてJA四号機とパイロットのパイ君。
 そのメンテナンス要員。
 技術部は全員行ってもらう。当直に必要な最低限の人数を除いて。
 村雨君、君が残って技術部を統括して下さい。」
「はい、わかりました。」
「作戦部は全員残留。
 最後に、僕も現地に行く。
 ケンスケ君、君に司令代行をお願いする。いいかな?」
「了解です、青葉司令。」
「では、これで本日のミーティングは終了する。
 全員、解散。各自の任務に戻ってくれ。」









そして、2週間後。
作戦決行の日がやってきた。









「JA三号機、配置につきました。」
『いつでもいいで、マヤさん。』
「ユイさん?」
『いつでもどうぞ。』

マヤは後ろを振り向いた。
特別顧問席。だが、そこには本来あるじたるべき人が不在だった。
碇ゲンドウ、さらには冬月コウゾウの姿も見えなかった
再び前を見た。
シゲルと目があう。

  青葉君。いいわね。

かれはこくり、とうなずいた。

「イザナギ作戦、スタート!」
「第一安全弁、閉鎖。」
「超伝導コイル、最大電流に到達。」
「第二、第三安全弁、閉鎖。」
「コントロールレバー、最大。」
「S2機関、出力上昇。」
「セーフティーロック、解除。」
「磁場キャビティ内、飽和します。」
「中心に重力歪みを観測。プラス1.0。」
「出力レベル、85、93、100。臨界突破!
 なおも上昇中。105、120、150、加速していきます。」
「重力歪み、さらに増大中。」
「最終安全装置、カット。」

「さて、いよいよか。」
「ええ。あと10秒ってとこかしら。」
「碇司令を信じれば、うまく行くはずだが。
 抑え込みに失敗すれば、ここもドカン、か。」
「もしそうなっても、苦痛を感じるヒマも無いわね。
 ディラックの海に飲み込まれるのは一瞬のはずよ。」
「ありがたいお言葉ですな。」

「制御限界突破。S2機関、暴走に入りました。」
「ゲージが振りきれました」
「メルトダウン。格納容器の融解を確認。」
「時空反転が始まります。」
「総員、耐ショック耐閃光防御準備。」
「3、2、1、来ます!」

だが、衝撃は来なかった。
実験場の中央は淡い光につつまれていた。





「そろそろ始まったころかしら。」

最低限の当直要員を残して人気の失せた発令所。
そこに今、アスカはいた。
司令席に座って勤めを果たしているケンスケと話していた。

「ああ、そうだな。
 現地時間で正午、と言っていたからそろそろだ。」
「しっかし、JAを2機とも持ってくなんて、どういうつもりなんだか。」
「仕方ないさ。サルベージに必要なんだから。」
「その間に、ここに使徒が攻めてきたらどうするのよ。」
「そのために、僕がいるのさ。」
「あら、アンタに何ができるって言うの?」
「さあね。でも、やってみなくちゃわからないさ。」
「あ〜ら。お気楽です事。」
「作戦部長ってのはね、楽観主義者にしかできない仕事なんだ。
 僕もようやくわかってきたとこなんだけどね。」





実験場の光の中に、黒い闇が見えていた。

「ここまでは予定通りだな。」
「ええ。そして科学の力でできるのも、ここまでね。」
「あとは神のみぞ知る、ということかい?」
「少なくとも、人事は尽くしたわ。」
「トウジ君とエヴァ。それに賭けるしかないか。」
「そうね。」
マヤはマイクのスイッチを入れ、トウジに呼びかけた。

「トウジ君、行って頂戴。」
『えーい、南無三!』

光の中に、トウジが乗るJA三号機が飛び込んだ。





「何、見てんのよ。」

じっとアスカを見ていたケンスケを、彼女は咎めた。

「いや、なんでもない。」
「なんでもないわけ無いでしょ。その目は。
 言いたい事があるなら言ってしまいなさいよ。」
「いや、随分と落ち着いたな、と思ってね。」
「落ち着いた?」
「ああ。前に見舞いに行ったトウジに聞いた話だと、
 今にも金星に飛び立たんばかりに息巻いてたそうじゃないか。
 それに比べると...。」
「仕方ないでしょ。今だってすぐにでも飛び立ちたい、ってのは変わりはないわ。
 ただ、それどころじゃ無い事ぐらい把握してるのよ、今は。
 まず使徒を全部倒さなくちゃ。すべてはそれからよ。」
「ああ、そうだな。」

  ふ〜ん。やはり、アイちゃんを連れて行ったのが良かったのかな。
  ヒカリの言った通りになったな。
  まあこれで、彼女は戦力として計算できそうだ。
  エヴァ1機にJA2機。なんとかなる、か。





勇んで黒い闇の中に飛び込んでは見たものの、
いざとなると不安を感じずにはいられないトウジだった。
モニターは全てブラックアウト。
センサー類もすべて応答なし。
サーチライトで虚空を照らしても、光線は闇に吸い込まれ、何も映さなかった。
機体が今、移動しているのか止まっているのかさえ、わからなかった。

  なんや、これは。
  けったいな暗闇やないか。
  さて、どうすればええんやったか...。

直前に行われたブリーフィングを思い出す。
難しい説明なぞ理解できそうにないトウジのために、
レクチャーが念入りに行われていた。



「いい、トウジ君。虚数空間の中ではモニター類は一切使えません。
 物理法則が実数空間と異なってる以上、観測することすらできないの。
 ただ、より上位の原理は共通に存在する事を許されているわ。」
「はあ。」
「推定では、コンタクトするのは第2インフレーション期の宇宙。
 そこではまだ時間と空間が未分化で非線形になっているために...って、
 トウジ君、この前の技術ミーティング、覚えてるわよね。」
「すんません、マヤさん。あん時は、ほとんど寝とったわ。」
「もう。じゃ、覚えてないのね?」
「はあ。小難しい話は苦手なんですわ。
 簡単にどうすればいいんか、それだけお願いします。」
「わかったわ。トウジ君。
 あなたはエヴァの事だけを考えて。今はそれだけでいいわ。
 後はJAと、私の組んだプログラムを信じてちょうだい。
 S2場の中でもATフィールドがアナタを守ってくれる。
 エヴァがもしまだ無事ならば、必ず引き寄せられるはずよ。」
  ・
  ・
  ・
  ・

トウジにとって、それは長い時間だった。
外の人間にとっては、トウジが消えていたのはホンの数分だったが。
虚数空間の物理法則は、トウジの主観時間にも作用していた。
一秒が、一分にも一時間にも感じられる。
スーツ備えつけのタイマーが進むのがやけに遅く感じられた。
そして....、

  なんや、これは。
  何か、暖かいのー。
  それに懐かしい感じがするで。

その時、トウジの乗るJAは柔らかなヒカリに包まれていた。







「あっちは今ごろどうなったかしらね。」
「さあね。成功したら連絡が来るはずだ。」
「失敗したら?」
「それもすぐにわかるさ。大爆発が起きるからね。
 ここからでも、見えるんじゃないか?」
「うまく行くかしら?」
「マヤさんの説明は聞いていたんだろ。
 俺よりも、アスカの方が正確に評価できる筈じゃないのか?」
「それは、そうだけどね。でも、まさか、ユイさんが....。」
「昔の話は聞いている。ありえない話じゃないさ。」
「でも、と言うことは、レイは...。」
「レイ?ああ、レイちゃんか。
 ひょっとしたら、彼女もそうかもしれない。
 それに、君とシンジの子であるアイちゃんもね。」
「まさか。」
「だけど、どっちにしろ、そんな事は関係ないさ。
 ちょっとばかし力が使えようと、ヒトであることに変わりないんだから。
 ATフィールドは誰もが持っている聖なる光。そうなんだろ?」
「ええ。それは、そうだけど...。」





五分が経過した。
依然、JA三号機は現われていなかった。
実験場中央の淡い光も、その中の黒い闇も、変わりはなかった。
ただ、側に立ってそれを支えている女性の額には、汗が滲み出ていた。

「遅いわねえ、中々出てこないわ。」
「まずいな。ユイさん、そろそろ限界じゃないか?」
「サキちゃん、彼女の精神グラフをモニタに出して。」
「ハイ。」
「これは...、かなりキツそうだな。」
「ええ。なんでまだこのレベルを維持できているのか...。
 とっくにダウンしていてもおかしくは無いぐらい...。」
「あと1分だ。それだけ待つ。そこで実験は中止する。
 トウジ君を呼び戻す準備を始めてくれ。」
「わかったわ。サキちゃん、四号機のパイ君に準備はいいか確認して。
 JAの回収作業、そろそろ行くわよ。」
「了解。」
「秒読みを開始します。後、45秒.....」
「待った、アレは....」

闇が裂けた。

「JA三号機!」
「トウジ君!」

青白く光る光の中に、JAは再び現れた。
左手に、緑の巨人、エヴァ四号機をしっかりとつかんで。



「ATフィールド、全開。」

ユイがつぶやく。
光球は次第に小さくなって行く。
そして、消えた。

「ふーう。終わったわね。」

そうつぶやくと、彼女も空からゆっくりと落ちていった。

  シンジ。力を貸してくれたのはあなた?
  生きているのね。
  今、どこにいるの?





「そうか、うまくいったか。
 ああ、それでいい。
 司令は君だ。
 万事、まかせる。」

電話が切られた。

「どうだった、碇。
 その様子だとうまくいったようだな。」
「ああ。」

砂漠のまん中に仮設された作戦本部の中は実験成功の報告に沸き返っていたが、
その部屋は静寂につつまれていた。第三新東京市にある顧問室の様に。
そこには今、三人の男がいた。

「それで、シェン大佐。やってくれるかね。」
「ええ、やりますとも。というより、やらざるをえんでしょうな。
 できるかどうかはわかりませんが。」
「構わん。生死も問わん。それで連中を追い詰められれば、それでいい。」
「いいのか?生きて捕まえないと証言を取れないぞ。」
「あまり無理を言わんで下さいよ、教授。
 これほどの腕の男ですよ、こっちがやられる可能性だって...
 いや、むしろその方が確率は高いかもしれません。」
「君でもかね?」
「なにせ相手が伝説の暗殺者『G』ですからね。
 ...はいはい、わかりましたよ、教授。
 なるべく生きて捕らえるよう努力します。なるべくね。
 では、早速ヨーロッパに飛びますので、これで失礼します。」

男が一人、出ていった。

「しかし、いいのか、碇。
 越権行為だぞ、青葉君にも言わずに...」
「それは、十分わかっている。
 だが、彼はまだ若いからな。
 謀略をめぐらすのは、年寄りだけで充分だ。」





白い天井。
彼が最初に目にしたものは、それだった。

  知らない天井や....。
  また、病院か?

枕元にいた女性が声をあげた。

「あ、トウジ。気がついたのね。
 良かった。ずっと起きないから心配したのよ。
 先生、トウジが目覚めました。」

「なんや、ヒカリか〜。」

  そうか、あの後すぐ、気ぃ失のうてしまったんやな。

ディラックの海から自力で脱出したあと、
ハッチ開けて降りようとして...、そこで記憶が絶えていた。
開いたハッチから覗きこんで来たヒカリの顔。
それが最後の記憶だった。

「あのな、ヒカリ。
 夢でな、見たんや。
 お父ん、喜んどった。
 『よう、トウジ。うまくやっとるようやな。安心したで。』ってな。
 『ええ嫁ハンもろうたな。』ってヒカリの事も誉めとったで。
 お父んの夢見るの、久しぶりやったわ。」

相当消耗していたのだろう。
まだはっきりしない頭でそれだけ言って、
トウジは再び眠りについた。

今回の使徒・・・三匹  
ゴジエル    
モスラファエル    
サンダラドン    

1998年9月 初出 / 同年10月 改訂  




次話予告




「なんかまた、わけわっかんない事言ってるわね、今回も。」
「ハードSFに、独自の宇宙理論はお約束よ、ミサト。」
「それで、また解説に引っ張り出された訳ね、私達が。」
「解説するのは私。あなたは茶々を入れるだけでしょ。」
「そりゃ、そうだけどね。」
「ただでさえ出番が少ないんだから、ここに出られるだけましよ。」
「出番に取り憑かれたものの悲劇...、私もか。」

では、赤木博士。今回の話についてコメントを。

「よくもまあ、ブルーバックスの本を一冊読んだだけでここまで書けるものね。
 それだけは、評価してあげましょうか。」

「私、今回の折り紙宇宙理論と似たようなの、どこかで見た事あるわ。」
「『アンタレスの夜明け』(ハヤカワSF文庫)のフォールドスペース、かしら。
 まあ、こういった理論はSFにはよくある話だからしょうがないわね。
 ただし作者によれば、折り紙宇宙は超空間航法とは関係ない、という話よ。
 特異点をわかりやすく説明するために用意したのだって。」

「折り紙上の点と点を結んで『ワープ』、って訳にはいかないのね。」
「ヤ○トじゃないのよ。」

「で、今回の理論、どこまで本当なの?」
「全部よ。ペンローズやホーキングは実在するわ。
 あなたでも、『ホーキング、宇宙を語る』くらい聞いたことあるでしょ。
 ブハーリンやロンバルドも実在の人物よ。物理学会では有名人ね。」

「虚数空間も?」
「そうよ。」
「ホントなの!?」

『葛城、真実はソースと共にある。迷ったら見てくれ。』

「なんで、加持がここにいるのよ!」
「おや、こんちまた、ごきげんななめで。」
「出た草々、あんたに会ったからよ。
 ところで、こんなにくどくど説明する必要があったの?」

「必要だから、そうしたまでよ。」
「なんでユイさんがATFを使えるの?」
「それは、今は明かせないわ。」
「作者やあなたが、そこまでATFにこだわる理由は何?
 ATFって何なの?」

「あなたに渡した資料(TVや映画など)が全てよ。」
「ウソね。」
(リツコも作者も、本当の事は隠してる。
 まだ何かあるのね。秘密が。)




「まあいいわ。今にわかるでしょ。
 と、言うわけで次号の予告するわよ。


  かくしてエヴァ四号機は復活した。
  セカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーも戦線に復帰した。
  AAの持つ唯一つのエヴァ。そのパイロットに選ばれるのは誰か。
  アスカか、トウジか、パイか。
  そして今日もまた、使徒は第三新東京市にやってくる。

 って、題名見れば選ばれるのが誰か、わかるわよ。」
「バレバレ、か。」
「極秘情報がダダ漏れね。」




次回、第十三話

「黒き咆哮」




「我は無敵なり。
 我が影技にかなうものなし。
 我が一撃は無敵なり!」

「ブッ、武技言語!!!?」
「フォオオオオオオオーーーーーー。」





第十三話 を読む

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