Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(5)

by しもじ  







04 「エヴァ四号機の復活。これは予定外の出来事だな。」
03 「我々のシナリオにはなかった事態だ。この修正、容易ではないぞ。」
02 「まさか聖杯の力をこのように使うとはね。」
01 「で、どうするの?このまま手をこまねいているわけはいかなくってよ。」
04 「それはわかっている。だが、我らのエヴァシリーズでは、勝てん。
    オリジナルのエヴァにはな。」
03 「だから早めに潰しておくべきだったのだ。それを...。」
04 「過ぎたことはいい。」
03 「予定より早いが、伍号機を使うか。」
02 「まだ早い。パイロットの準備ができていない。」
01 「なら早く呼び戻しなさい。あの小娘を。」
02 「知っているの?」
01 「いつまでも隠しおおせるものではなくってよ。」
00 「そうか、ならば話も早いな。」

ブンッと音がして新たなモノリスが会議に加わった。

00 「準備はできている。エヴァ伍号機、いつでも投入は可能だ。」
01 「ならば....」
00 「だが状況は変わりつつある。もう少し様子を見てからでも遅くは無い。」
01 「怖じ気づいた訳?それとも連中に情が移っちゃったのかしら?」
00 「私を愚弄する気かね、ガブリエラ。」
02 「今の言葉、不敬に当たるぞ。」
01 「フン!我々委員は対等ではなかったの?
    いつから議長閣下の専有機関に成り下がったのかしら?」
04 「やめろ。今は仲間割れしている時では無い。」
03 「そうだ。それで、議長。いつまで待てば良いのですかな?」
00 「月の位置が変わるまで、あとしばらくの辛抱だ。
    その時、勝負は一度で決するだろう。」
03 「最終決戦というわけか?全兵力を投入しての。」
00 「そうだ。そしてその場で事を起こす。」
04 「ゼーレのシナリオに似ているな。」
00 「シナリオだけはな。だが、目的も、結果も違う。」




















第十三話


ブラック・ハウリング
 「黒き咆哮




















「ほーう、これがあの人造人間エヴァンゲリオンですか。」
「どうですか、時田博士。お気に召されましたか?」
「いやー。こいつはどうも、まいりますね、まったく。
 どうせ私は機械屋ですからね。生体部品はさっぱりわかりませんよ。
 おまけにこの資料。どこもかしこもブラックボックスばかり。
 良くこんなもの、動かしていましたね、赤木博士は。」
「動かさざるを得なかったのですわ。
 そうでもしないと使徒には勝てなかったのですから。」
「いや、それはまあ、事情は大体わかってるつもりですがね。」

時田シロウ。JAを設計した先技研筑波の主任研究員である。
エヴァのサルベージの報を受けて、さっそく筑波からやってきた。

「状況は今も同じですわ。」
「JAは、我ながら、良くやってると思いましたが?
 作戦しだいでは充分使徒に対抗できることを証明したと思ってますよ、私は。
 それに、今も筑波では五号機の製作に取り掛かってます。
 もっとも、今度は一からの製作なのでだいぶかかると思いますが。」
「ええ、JAは確かに良くやっています。
 ですがそれでも、最終的には我々にはこのエヴァの力が必要です。」
「私は一介の技術者なんで政治の方は良くわかりませんが、
 例のヨーロッパとアメリカのエヴァ・シリーズ。アレ絡みの話ですか?」
「ええ、そうです。」
「なんとか和解することはできんのでしょうかね。
 その...何でしたっけ、その団体は。」
「『聖なる新月』ですわ。」
「人と人が殺し合って、何が人類の未来、ですか。」
「それは私達科学者の考えることじゃありませんわ。
 政治家達がなんとかすべき領分でしょう。」
「私はそうは思いませんね。我々も研究者である前に一人の人間です。
 もっとも、実際どう行動すればいいのかとなると途方にくれますが。」
「当面の敵は、使徒。それを倒すのが最優先ですわ。
 彼らと戦うにせよ、和解するにせよ、その前に使徒にやられては...」
「元も子もない...。そうですね。」

時田シロウはそう言ってケージを出ていった。
入れ違いにアスカがケージにやってきた。
反対側の入り口のところで時田が出て行くのをじっと待っていたようだ。
同じ所にいれば喧嘩をせずにはいられない性格の彼らとしては、
なるべく顔を会わさないのが最善の策であることをお互い自覚していた。

「ふーん。これが新しい私たちのエヴァか。中々いいじゃない。
 これでS2機関さえ動いてくれれば鬼に金棒なんだけどな。」
「そうね。色々やってるんだけど、どうしても動かないのよ。」
「まだ当分はアンビリカルケーブルのお世話になるわけか。
 それで、マヤ。いつから私はこれに乗せてもらえるの?」
「あら、聞いてないの?
 このエヴァのパイロットはあなたじゃないわよ。」
「え〜〜〜〜〜!」
「青葉君、いえ青葉司令から聞いてなかったようね。」
「初耳よ。じゃ、誰が操縦するのよ!まさか、パイ?」
「いいえ、トウジ君よ。」
「ええ〜〜〜〜!なんで鈴原なの〜!
 私の方が成績もいいし、実績だってあるのに。
 鈴原なんて、3人の中で最低の成績じゃない。」
「アスカ。これは、その成績を総合的に判断した結果なの。」
「どういう事よ、マヤ。」
「確かにどの科目をとってもアナタのほうが成績がいいわ。」
「ほら、ごらんなさい。」
「ほとんどの科目でトウジ君を圧倒的に引き離してる。
 でもね、格闘戦だけは、トウジ君はあなたと対等に渡り合ってるわ。」
「でも、アタシの方が優秀なことに変わりはないでしょ。」
「アスカ。エヴァのJAに対する最大の優位点は何?」
「そりゃ、敏捷性ね。決戦兵器だもの。近接戦闘ができなきゃ使えないわ。
 あっ!」
「そういうこと。エヴァで近接戦闘を挑み、JAはロングレンジで援護する。
 だからアナタより彼をエヴァに乗せた方が、いえ、正確に言うなら、
 彼よりもアナタをJAに乗せた方が総合的に有利なのよ。
 わかるわね。」
「ええ。仕方ないわね。わかったわ。
 でも一つだけ覚えておいてね。」
「なに、アスカ。」
「私、後方で援護するだけでは絶対に満足しないからね。」

総合点ではトウジに勝るものの平均的な成績のパイもJAに回されていた。
前衛にトウジの駆るエヴァ、後衛にアスカとパイのJAが二機。
次の使徒に備えて、シミュレーションが開始された。



同時に、「聖なる新月」に対抗するための宣伝工作も開始された。
ミホとケンスケがネットワークを通じて集めた合法・非合法の情報を元に。
彼らの存在が公の場にさらけ出され、「ネオ・ゼーレ」の呼称が与えられたのはこの時期からである。
その名称には、自らの立場を善とし彼らを悪とする政治的な意図が込められていた。



03 「奴等め、無駄な悪あがきをする。」
00 「だが、効果的なのも確かだ。現に中国政府は...」
04 「あそこは前から我々に懐疑的だった。大きなダメージではない。」
01 「切り捨てるべき人数が増えただけのこと。かえって好都合だわ。」
03 「しかしよりにもよって、あのゼーレなどと...。
    奴等こそ、ネオ・ネルフと呼ばれるべき存在ではないか。」
00 「そう呼んでも、奴等は痛くもかゆくもないだろうな。」
04 「ゼーレとネルフの再度の対決。
    マスコミの奴等が泣いて喜びそうなネタだな。」
01 「マスコミなど!腐肉に群がるハイエナの集まりが!」
00 「しかし、トリニティまで浸透されたのは痛かったな。」
    博士、もう大丈夫なのだろうな。」
02 「新たな防壁を敷きました。あと一週間は大丈夫かと...。」
01 「それしか保たないの!ご自慢のシステムが聞いて呆れるわ。」
02 「彼らのハッキング技術が驚異的だった。それは認めましょう。」
00 「良い。一週間もあれば充分だろう。そうだな?」
04 「は。イワンは既にラグランジュ・ポイントに到達しました。
    後はエンタープライズのマクファーソン司令次第ですな。」
01 「彼は大丈夫。信頼できるわ。」
04 「では後は月を待つだけですな。
    ワルキューレも準備は既にできている。」
03 「彼らには一週間をやろう。最後の一週間を。」
02 「その時が来て、せいぜい我らに感謝するが良い。」




イタリア、トリノ。
ブンッ。
モノリスが消えた。
彼女の姿が元の人型に戻った。

  「ネオ・ゼーレ」か。
  実体に気付いていないのはおそらく将軍閣下だけだろうね。
  ユーリは何も言わないけど、気付いている。
  ガビーは裏で何か考えてるようね。
  まあ、あの女に何かやられるようでは私達もおしまいだけど。
  セイラ。あなたを巻き込むべきではなかったのかしら。
  せめて他に適格者がいたのなら....。

彼女はそのままエレベーターに向かい、
トリニティの安置されている地下室へと降りていった。




ロシア、サンクトペテルスブルグ。
ブンッ。
モノリスが消えた。
彼の姿も元の人型に戻った。

  さて、どうやらもう一幕はあるようだな。
  彼らの正義が勝つか、我らが勝つか。
  あるいは第三の道が開けるのか。
  これだから、賭け事はやめられんわい。

彼は机の引き出しをあけると、注射器を取り出した。
腕にゴム管を巻いた後、静かにアンプルの中の液体を血管に注入していった。

  ことに、命を張った大一番はな。

ふーっと息をついて、薬が効きはじめるのを静かに待った。




アメリカ、セントルイス D.C.
ブンッ。
モノリスが消えた。
彼女の姿も元の人型に戻った。

  せいぜい今のうちに踊っていなさい。私の掌の上で。
  最後に笑うのは、ただ一人。
  このガブリエラ・ロックフォード=パートリッジよ。
  彼らでも、あなた達でもないわ。

テレビを付けた。CNNの24時間報道番組にセットする。
彼女の顔が映り、最新の世論調査の結果が示されていた。
満足を覚えた彼女は、大統領執務室の豪奢な椅子の上でまどろみ始めた。




フランス、パリ。
ブンッ。
モノリスが消えた。
彼の姿も元の人型に戻った。
ドアを開けて外に出て、大声を張り上げた。

「副官。副官はいるか。」

すぐに副官が駆けよってきた。

「例の計画、一週間後に実行に移す。
 各部隊に連絡しておけ。直に伝えろよ。
 無線なんぞを使用して、くれぐれも気取られる事の無いようにな。」
「は、将軍。」
「よし、では行け。」

執務室に入ると、秘書が一人、彼を待っていた。
官能的な体つきをした赤毛の娘だ。
ブラウスの上のボタンを大胆に外し、彼を誘っていた。

  よしよし、私を待っていたのか。
  それならたっぷりと可愛がってやるとしよう。
  お前は本当に可愛い奴だよ。
  この前の無愛想な女とは大違いだ。
  ワシの言う事を素直に聞いていれば、悪いようにはしなかった物を。

彼は秘書の腰に手を回して抱き上げると、そのまま隣の私室に消えていった。




ドイツ、ベルリン。
ブンッ。
モノリスが消えた。
彼女の姿も元の人型に戻った。

  父よ。
  私達のやろうとしている事は、本当に正しいのでしょうか?
  以前は疑問を持つ事など考えもしなかった。
  だけど今は....。
  何故、あなたは失敗したのですか?
  何故、あなたは易々とあきらめたのですか?
  人類がこのままゆっくりと滅んでいくのを眺めているのが、
  それが正しい道だと言うのでしょうか?
  教えてください。
  父よ。

だが、彼女の祈りに応えてくれるものはなかった。









「野辺山の天文台より緊急連絡。
 現在地球に高速に接近しつつあるUMAを発見。
 パターン青を検出。これを使徒と認定。
 現軌道における落下予測では、第三新東京市を直撃。
 推定到達時間はおよそ三時間後。
 充分な警戒を求む。」
「総員、第二種戦闘配置。
 繰り返す、総員、第二種戦闘配置。」

ウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

警報のサイレンが全市に鳴り響いた。

「どう思う、冬月。」
「うむ。第十使徒サハクイエルの様に、ここを直撃するつもりか。」
「あり得ない事ではない。」
「ああ。だが今回はエヴァは一体しか無い。
 受け止めるのはまず無理だろうな。
 正直言って、今これをやられると辛いな。」

その思いは、マヤや青葉も同じだった。
各地の天文台に急いで連絡を取って、追加情報を求めた。

「まずいわね。後2時間ちょっとでは、全員避難するのは不可能よ。」
「だが今回の相手はサハクイエル程はデカくないようだ。
 なんとかなるかもしれないな。」
「同じ事よ。あの高度から墜ちてきたら、運動エネルギーだけでも相当よ。」
「逃げるか、戦うか。二つに一つか。サキちゃん、P+の評価は?」
「脱出に賛成が3、反対が2です。」
「割れているな。反対しているのは?」
「ルークとクイーンです。」

  ルーク。葛城三佐か。
  まあ、彼女らしい選択ではあるか。
  あの時、強行を主張したのも葛城三佐だったな。
  あの時は成功した。さて今度はどうかな。
  そして今度は赤木博士もか...。

「マヤちゃん。赤木博士については君の方が詳しい。
 クイーンが反対する理由は何だと思う?」
「P+に移植された人格はあくまでもフェイク。
 疑似的な思考をエミュレートさせているだけであって、
 先輩とは全く関係ないわよ。それを忘れないで。」
「ああ、それでもいい。参考にはなる。」
「先輩はともかく、確かにクイーンらしくない判断だとは思うわ。
 これだけ不利な状況から、逃げる事を拒否するのは...」
「何か我々が見落としている事実がある、という事か。」
「その可能性はあるわ。ただ、クイーンはそれを示さないのよ。」
「理由を提示しないのか?何故?」
「こんなことは疑似人格のプログラム上あり得ないわ。
 何か理由があるなら隠す事はできない筈なのに...」
「だが、明らかにはしていない。」
「それは...わからないわ。」

  まさか....いえ、そんなことあり得ないわ。
  疑似人格がネットワーク上で勝手に成長するだなんて。

「何か原因が他にあるのかもしれないわね。
 ミホちゃんに言って、早急に調べてもらいます。」
「わかった、そうしてくれ。」

ケンスケがタイミング良く入ってきて、話を切り替えた。

「それで、青葉司令。どうしますか?
 多数決に従って、逃げ出しますか?」
「いや、ケンスケ君。それはしない。」
「では、高空迎撃に賭けるわけですか。」
「いや、ここで使徒がくるのを待つ。」
「では座して奇跡を待つ、という訳ですか。」
「奇跡ってのはちょっと違うな。俺が期待しているのは、必然ってやつだ。
 どうも、この街には何かがあるような気がする。
 使徒はこの街を破壊するのが目的でやってくるのではない。
 使徒がこの街を目指す理由。
 ネオ・ゼーレが企てている何か。
 クイーンが解答を拒否した理由。
 全てをリンクさせるモノがどこかにあるんだ。ただ、俺達が知らないだけで。
 使徒はこの街をただ破壊したりはしない。それに賭けようと思う。」
「確証は?」
「確証は無い。これは、俺のカンだ。」



3時間後。青葉の賭けは成功した。
使徒は、高度1000mまで降下した後、ATフィールドを広げて減速した。
そのまま第三新東京市郊外に着陸し、中心部に向けて移動を開始した。

『おいでなすったわね。』
『来ましたね。』
『来おったな。』
『じゃ、いいわね。
 パイがパレットガンで敵を牽制。
 鈴原は、近接戦闘を挑んで囮になって。
 隙をついてアタシがP・ライフルで仕留めるわ。』
『パイ、了解。』
『こらぁ。なんでワイが....』
『あら、そういうのは昔っから殿方のお役目と決まってるのよ。
 おほほほほ。』
『ええやろ。手本を見せてやろうやないか、惣流。』
『なんですって!』

「あいつら、勝手にやりやがって。」

無線を聞いていたケンスケが怒る。

「あら、でも理に適った作戦よ。」
「ああ。戦闘の分担も演習通りだ。」
「しかし...。」
「うまく行けば、なんでもいいのさ。」



使徒はズルズルと地面を這いずりながら、ゆっくりと侵攻を続けていた。
今回はいきなり直上まで落下してきたため、防衛線上での攻防はない。
従って、この使徒に関する予備データが全くなかった。
また使徒落下の際の衝撃で、使徒周辺のモニタ、センサは死んでいた。

近隣に配置された各部隊、兵装ビル群は各個に待機しながらも、
いざという時にエヴァを援護できるように戦機をうかがっている。
そのエヴァは、フォーメーションを組みながら二方向から前進し、
ついに使徒を肉眼で捉えられる距離まで近づいた。

『何よ、アレ。気持ちワル〜い。』
『ジェリー状使徒、ですね。』
『ああ。いわゆるスライムって奴やな。』
『あ、それ知ってます。Angel Questですね。中文版を持ってますよ。』
『スライムって言っても、あれはメタルスライムね。』
『確かにそんな色や。けど、あんまりかわいくないで。
 どちかっつーと、”はぐれ”の方やな。』
『そこまですばしっこいかしらね?』
『さあな。やってみればわかるやろ。』
『そうね。』

スマッシュホークを手にしたエヴァは使徒の進行方向で待ち構えた。
その後方からはパイのJA四号機がパレットガンを構えている。
トウジが走り出したら、いつでも援護できる体勢だ。
そして使徒の右90度方向からは、ライフルを手にしたJA三号機が
密かに狙いをつけながら機会を窺っていた。

その時、オペレータの一人が、通信を読み上げた。

「太平洋艦隊旗艦、『ジョージ・ワシントン』から入電です。
 『現在、使徒と思われる物体と交戦中。』
「ちっ、こんな時に!」
 『現在位置は東経168度、北緯30度地点付近。』
「相原君!どのへんだ?」
「ミッドウェー島西方100海里というとこです!」
 『物体は西へ高速で移動しつつあり、まもなく交戦エリアを離脱する見込み。』
「要するに、逃げられたってことか。」
 『速度、推定で150ノット以上。なおも加速しつつあり。』
「なんて、速さだ。」
 『本体が厚い装甲の様なもので被われており、
  対潜魚雷、対艦ミサイル、共に命中するも効果は軽微なり。』
「そりゃ、使徒だもの。」
 『ハンマーで追跡は試みるが、撃破の見込みは薄い。
  使徒は日本に向かっていると考えられる。
  諸君の勇戦を祈る。以上。』

その間も、エヴァと二機のJAは徐々に使徒に迫りつつあった。
躊躇している時間はあまりなかった。

「百里と三沢に連絡。対潜哨戒機を飛ばして、東方を警戒せよ。
 使徒を発見したら、攻撃せずに追尾するように。」
「攻撃しないんですか?」
「どうせ、弾の無駄だ。推定到達時間は?」
「まだ10時間以上はありますよ。大丈夫です。」

だが、その見込みはすぐにくつがえされた。

「再び『G.ワシントン』より連絡です。
 使徒が消えたそうです。」
「消えた?どういうことだ?海中に潜ったと言うことか?」
「いえ、文字通り『消えた』のだそうです。
 レーダー、ソナー、共に反応がありません。
 S−2なら時速500マイルで巡航できます。
 それを振り切ったのか、あるいは....。」

その答えはすぐにもたらされた。
スクランブル発進した四機の対潜哨戒機ではなく、
新横須賀沖を遊弋中の護衛艦『はやかぜ』によって。

『こちら、護衛艦「はやかぜ」。現在正体不明の物体と交戦中。
 戦況は著しく不利。既に機関部が損傷をうけ、操舵は不能。
 沈没も、もはや時間の問題だろう。救助を...
 ウ、ウワー!!!!』

爆発音がそれに続き、無線はそこで切れた。
空電ノイズだけが聞こえている。

「『はやかぜ』がやられたか。
 どう思う、マヤちゃん。同じやつかな。」
「ええ、多分。そんなに使徒があちこちにいるとは思えないもの。」
「バカな!瞬間移動でもしたというんですか?」
「だが事実だからな。ケンスケ君、それは受け止めなくては。」
「わかっています。しかし....。」
「『はやかぜ』は新横須賀にいた筈。そう遠くはない。
 これは、そんなに長くかからずにくるぞ。」

まだケンスケは納得した表情ではなかった。
だが、いくら考えてもそれだけで答えが出るはずもない。
すぐに頭を切替えて、三人のパイロットに指示を出した。

「三人とも、聞いていたな。二正面作戦は避けたい。
 1時間以内にそいつを退治して、次のやつをやっつけるぞ。」

『ハイ』
『きっつい注文やで〜。』
『ホント。でもやるッきゃないでしょ。』
『わかっとるがな。いくで、惣流。』

「1時間どころか、30分でも間に合うかどうか。」
「ああ、確かにヤバい。それに、もう一度瞬間移動されるかも知れん。」
「どうします?あっちには整理券でも渡して待ってもらいますか?」

どんな時でも、軽口を叩くだけの余裕は失わない。
それがケンスケの取り柄でもある。

「いや、ここは最も信頼できる部下に万事託してみようと思う。」
「えっ。」
「君にまかせる。なんとかして強羅の絶対防衛戦で食い止めてくれ。」
「なんとかって....わかりました。やってみます。」
「できるだけ早く、こっちを倒して救援にむかう。
 それまでたのんだぞ、ケンスケ君。」
「はい、司令。」

思わぬところで重大使命を与えられたケンスケは急いで地上に向かった。
待機していたヘリに飛び乗って強羅の指揮所に直接行くのだ。
その間に、手にしたトランシーバーで使徒の情報を集め、
同時に各所の作戦部隊に指示を与えはじめた。
ノートパソコン型の端末を持った天城ミホがそれに続いた。

「手駒はあまり多くないな。
 さて、これでいつまで、使徒を支えていられるか....」

ケンスケの活躍を読みたい方はこちら 


一方、残された側では、既に戦闘が開始されていた。

『くるわよ!』
『うわっ!』
『もらったで!』

スマッシュホークの一降りで、エヴァに向かって伸びてきた使徒の身体が切れた。
そのまま使徒に駆け寄って、斧を上段から振り下ろした。
ズザッ。斧は使徒の身体を簡単に切り裂いて、そのまま突き抜けた。

『なんや、この手応えのない感触は!』
『鈴原さん、右からも来ます!よけて!』
『オウ!』

ババババババッ。パレットガンの連射音がビル街にコダマする。
使徒のATフィールドは既にトウジのエヴァによって中和されている。
エヴァめがけて身体を変形させて伸ばした触手のような部分が四散した。

『こっのー!どこがコアなのよ。どこを狙えばいいの〜。
 えーい、こうなったら女のカンだわ!鈴原、邪魔よ!どきなさい!』
『ワッ!惣流、ちょっと待てや!』
『待たない!いっけ〜!』

ズガーン。ポジトロンライフルの発射音が響く。
使徒の身体に大穴があく。
アスカの勘は、宝くじ並に当たらないらしい。

『やったの?』
『まだや。』
『どうして〜?』

大きな穴はすぐにふさがった。
トウジに切られた跡も、同様である。
その上、先に分断された身体の一部がニョロニョロと動いて、
元の本体に合体した。

『こんちくしょー!』
『こんにゃろー!』
『きりがないよ、これじゃ。
 司令室、弾切れです。替えの弾倉を下さい。』

その後もいろいろな攻撃を試みるが、いずれも決定打となりえなかった。
状況としては不利ではない、というか圧倒的に有利である事に変わりがない。
だが、殲滅もできないまま、刻一刻と時間が過ぎていった。

「まずいわね。時間がないわ。」
「ケンスケ君からは?」
「だいぶ苦戦している様ですが、なんとか持ちこたえています。」
「こっちと一緒か。」
「このままでは埒があかないわね。」
「ああ。ここまでの戦闘から、使徒についての分析は?」
「今やってます。P+は審議中です。」

ピー!

「でました!
 95%の確率で、あの使徒は群生体。
 すなわち、細胞の一個一個が生きている使徒で、
 それが集まってあの身体を構成している可能性が高いそうです。」
「だから切っても切っても、元に戻るのね。」
「勧告は?それも出たのか?」
「ハイ。全部で二案です。」
「言ってくれ。」
「一案目はルークの提案で、N2兵器による全細胞の即時完全滅却です。」
 ですが、この案には他の四台が反対しています。」
「何故だ?」
「確実性の問題、本部施設への損害、...等々です。」
「確実性?」
「ええ。補足資料によれば成功率は最高で2.7%。
 それも現在我々が保有する全てのN2兵器を使った場合で、です。
 場合によってはそれ以下ということもあり得ます。」
「それで?」
「成功しても失敗しても、第四芦の湖がここにできます。
 これは、全機共通の結論です。」
「それでもなお、提案しているのか、ルークは。
 ルークは何か再反論のような事を言っているのか?」
「はい。ええと...一言に要約するとですね...
 『何もしないで待ってるよりはましでしょ。』ってところですかね、これは。
 かなり曖昧なんですが、使徒を放置した場合の損害を特に強調しています。」
「.....。」

およそコンピューターに似つかわしくない解答である。

「で、もう一つの提案とは?」
「使徒に人工的に合成したウイルスを打ち込む、というものです。」
「ウイルス?その目的は?」
「使徒を複数の細胞が集まってできた生物と見なした場合、
 全細胞を同時に破壊しなくては、回復する可能性を否定できません。
 ならば、むしろ遅延効果を発揮するウイルスが効果的と思われます。
 細胞の機能を狂わせて各細胞の連携を妨害した上で殲滅するか、
 あるいは、自己免疫機能を異常増大させ自らを食いつくさせるか。
 また、人工的に進化を促して自滅に追い込む事も可能である、
 と言うことです。」
「そのウイルスはどの位あればできるんだ?」
「はあ。一週間は使徒を研究する必要がある、と解答しています。
 非常に興味深いサンプルなので、できれば捕獲したい、とも。」
「提案者は?」
「クィーンです。」
「.....。で、やはり反対意見があるのだろう?」
「はい。四台ともです。特にルークが強硬に反対しています。」

やれやれ、またルークか、と思いつつ、青葉は次の質問をだした。

「そのルークの反対理由を教えてくれ。」
「ええと...また要約ですが、
 『何アンタ、悠長な事言ってんのよ。』って感じですか。」
「おいおい、ホントにコレ、コンピュータなのか?」
「村雨君の意訳に問題があるんじゃないかしら?」
「いえ、まずそのままだと思います。」
「どれどれ...」

マヤが村雨の手元に行って端末を覗きこんだ。
マシンの思考過程を自動翻訳したログが表示されているが、
マヤは読みはじめるとすぐに不審な顔から、さらに困惑した表情になった。
続いて猛烈なスピードでキーボードをたたきはじめ、スクロールする画面を目で追った。
P+の審議記録である。しかもバイナリの。

「あら、ホントだわ。確かにそんな感じね。」
「たしか、ルークにはモンテカルロ法に基づいた確率過程制御タイプの
 思考回路を重点的に組み込んであったよね。その影響かな。」
「ええ、可能性はあるわね。」
「まあ、今はいい。これも、後で調べておいてくれ。」
「わかったわ、青葉君。」

P+の提案を採用するか、否か。
採用するとしても、どちらを採るか。
前者は危険が多すぎる。後者は不確実だ。
しばしの間、青葉は考え込んだ。

「他の勧告案は無いのか?他の3台は何も言ってないのか?」

藁にもすがりたい気持ち、という奴に青葉はなっていた。

「いずれも、情報不足のため判断を保留しています。」
「勧告が出てるだけ、ちょっと変に見えてもあの2台の方がましなのか。」
「プログラムに個性を持たせたのが、正解でしたね。
 どんな状況でもどれか1台は必ずなんとかしてか解答を出せるなんて、
 さっすが、マヤさんですね。」
「個性が有りすぎるのも善し悪しよ、サキちゃん。
 ここまで極端に違いがでるようなプログラミングはした覚えが無いわ。
 ミホちゃんが返ってきたら、ゼロレベルからのフルデバッグ、やるわよ。」
「え〜。また、徹夜ですか。」
「そういう事になるわね。」

その時、川に藁が流れてきた。

「クィーンが先の勧告に補足提案を出しました。」
「なんだ!?」

村雨の叫びに、すぐに青葉は応じた。

「基本的な勧告は変わっていません。使徒の捕獲方法についての提案です。
 極超低温に使徒を冷却すれば、止められる可能性が高い、というものです。」
「その根拠は?」
「使徒からの放射スペクトルには特定のマイクロ波が強く観測されています。
 スペクトル分析の結果、体内になんらかの液体があることが示唆されます。」
「体液、か。」
「ええ、そうです。水とはちょっと違う未知の物質のようですが。
 液体なら冷やせば固化するのは、物理学の常識です。」
「使徒が、常識に従うとは思えないがな。」
「細胞間の摩擦係数が増大して、動きが鈍くなることも考えられます。」
「どう思う、マヤちゃん。」
「そうね。可能性としてはありえるわね。」
「じゃ、行けそうかな。」
「なんとも言えないけど、有望な提案ではあるわ。」

そこで青葉は後ろをふり向いた。
顧問席には例によってあの三人が控えている。

「何か、ご意見がありますか?」
「いや、無い。」

ゲンドウの返事はそっけない。

「ああ、私も特に思いつかないな。
 君のいいと思うようにやりたまえ、青葉君。
 多分、それがベストだろう。」
「私もそう思いますよ、青葉司令。」

冬月とユイが口を添える。
青葉は再び前に向き直った。
モニターには、エヴァとJAが奮闘している様子が映し出されている。

『あー、もう。しつこいわね。
 なんとかならないのー!』
『なんとかして動きを止めないと。』
『んなこと、言われなくてもわかってるわよ、パイ。』

口で色々と言い合いながら、手を動かすのはやめない。
青葉は決断した。

「クィーンの提案を採用する。至急、冷却材を集めてくれ。」
「液体窒素なら、ここにもかなりあるけど?」
「できるだけ多い方がいい。その方が確実だろう。」
「そうね。となると、ここのだけじゃ、足りそうに無いわね。
 近場の大学、研究所、工場に問い合わせて集めてみるわ。
 けど、時間がかかるわよ。」
「1時間、いや、できれば30分で頼む。必要なら施設を壊してもいい。
 タンクごとヘリで運んで上空から投下する。」
「わかったわ。できるだけ急ぐように頼んでみる。」
「頼んだよ、マヤちゃん。」

マヤはサキの隣のシートに着いて、コンソールをいじりだした。
マヤが液体窒素、ヘリウム等の貯蔵所を探し、サキが輸送の手筈を整え始めた。

「では、青葉司令...」
「いや、取りあえずは足止めできればいい。
 そして、その間にもう一匹の、今強羅にいる使徒を叩く。
 こいつの処理は、その後でゆっくりと考えればいいさ。」
「要するに、順番を入れ換えるわけですか。戦う順序を。」
「ああ、そうだ。ま、それも作戦がうまく行ったらの話だがな。」



そして1時間が経過した。
すでにヘリが4機集まっていた。
あと8機、12t程は手配ができていたが、まだ時間がかかる。
そちらは直接投下ということで、計画が調整されていた。
トウジだけ一旦待避して直接計画をの説明を受けた。
他の二人は、地上で使徒を釘づけにするので忙しい。

「いいわね、トウジ君。」
「へえ。」
「じゃ、5分後に出します。頼んだわよ、トウジ君。」

地上ではすでに予備冷却用の液体窒素の放出が始められていた。
すぐに水蒸気が白い霧となってあたりを覆いはじめる。
そこへ、背中に大きなタンクを背負ったエヴァが射出されてきた。
防寒使用のD型装備に身を包んでの登場である。

『はじめるで〜。惣流、パイ、準備はええな?』
『はい。』
『ちょっと、勝手に仕切んないでよ。』
「アスカ、いいわね。」
『ハイハイ。わかったわよ、マヤ。こっちもOKよ。』

無造作にエヴァは使徒に接近していった。
そのための、防護のための、D型装備でもある。
使徒が身体を伸ばしてくるのにも構わず、液体窒素を使徒に掛ける。
二機のJAも隙をついて装備を取り替え散布に加わった。
77ケルビン、−196℃の液体が使徒から体温を奪っていく。

「どうだい、マヤちゃん。」
「今の所、うまく言ってるようね。」
「液体窒素でも、効果がかなりある、ということか。」
「冷えたところは動きが止まってるように見えますね。」
「弱ってきているのかしら。」
「そう見えるわね。
 トウジ君、そこ、もっと集中的に散布して。」
『ハイな。』
「アスカ。周りにもしっかりかけるのよ。」
『わかってるって。』

エヴァは一歩一歩、使徒目指して歩いていった。

「今よ、トウジ君。タンクに切替えて。」
『了解。』

十分に近付いたところで、トウジはセレクタをひねった。
地下のタンクにつながるホースから、背中のタンクに切り替わる。
背中に背負っているのは、液体ヘリウムのタンクだ。

「おっ、効いてる、効いてる。」

使徒の身体が小刻みに震えはじめた。
苦しんで、悶えているように見えなくもない。

「おかしいぞ、これ。」
「どうしたの、村雨君。」
「使徒の表面温度が急激に下がりつつあります。
 先程までのグラフに比べ、変化が大き過ぎます。」
「どういうこと?」
「さあ。」

その間に、急いで各地から集められた液体ヘリウムが全部撒きつくされた。
本部施設に蓄えられていた液体窒素も残り少なくなってきた。

『ネタ切れや。タンクの中身、全部つこうたで。』
「よし、トウジ君。そこから待避してくれ。
 ヘリから残りの冷却材を全部落とす。
 アスカ君とパイ君は引き続き、窒素の散布を頼む。」
「待って。様子が変よ。」
「どうした!?」

マヤの叫びに応じて、青葉は投下の指示を出すのを止めた。
見れば、使徒の動きは完全に停止していた。
使徒の様子をモニターしている村雨とサキが続けて言った。

「これは...」
「逆にどんどん使徒自身が熱を吸っています。」
「何ですって!?」
「−200℃、250、260、265、268、どんどん下がります。」
「逃げて、トウジ君。」
『逃げろって、言うたかて...』
「−273.15℃、絶対零度です!」
「嘘、なんで、動けるの!?」

「自らの構造を変え、極低温に適応したか。」
「絶対零度すら、奴にとっては最早脅威ではありえない。」
「環境に合わせて進化する生物。まさに究極の生命体ね。」
「あるいは死すら乗り越えることができるのか?」
「あり得ない話だ、冬月。進化の行き着く先は、死あるのみ。
 完全な生命体、などというものはありはしない。」
「だが、これで我々に打つ手が無くなったのも、事実だ。」
「ああ。」

使徒がD型装備の周りに絡みついていく。

「エヴァ、表面温度がどんどん下がっていきます。
 機体温度も低下中。防寒装備がほとんど機能しません。」
「ヒーター最大。」
「もうやってます。駄目です、保温材が凍結します。」
「まずい。これじゃ動きが取れんぞ。」

『くそ。動け、動け、動け、動け、動け。』
『司令部。火炎放射器かなんかないの?このままじゃ...』
『ナパームでもなんでもいいです。とにかく出して下さい。』
『ビクとも動かへん。どうなっとるんや。動け、動け、動けぇーー!』

「あっ。」
「どうした!」
「エヴァ内部に熱源反応。これは...
 S2機関です。S2機関が稼働しています!」
「どうして今ごろ。今まで全く動かなかったのに。」
「何でもいい。これでトウジ君は助かるのか!?」
「エヴァ、体温上昇中。」

『オオオオオオオーーーーーーー!』

トウジが吠えた。

バーン!
急激な熱膨張に堪え切れなくなったD型装備が音を立てて破裂した。
使徒の身体も、エヴァの周りにくだけ散った。

「S2機関の出力、なおも上昇中!」

『なによ、コレぇ〜。』
『あち、あち。』

熱波がエヴァの周囲を襲った。
それは、JAとて例外ではなかった。

「アスカ、パイ。ビルの影に待避して。直射は避けるのよ。」
「凄い、放射熱が....。
 これで、中心温度はこの程度だなんて、信じられん。」

ビルの外装が融けはじめた。
が、エヴァの特種装甲にはなんの影響も見られない。

エヴァの周りに散っていた使徒の身体がぶくぶくアブクを立て始めた。

「これは....使徒、活動停止。」
「パターン消失。完全に沈黙しています。」
「これは....死んだのか...使徒が?」
「内部にエネルギー反応は一切有りません。」

『ウオォーーーーーーー!』

トウジが勝ち鬨の声を上げた。

『すごい、これが、エヴァか。』
『まだまだよ。ホントのエヴァの力はこんなもんじゃないわ。』

「エヴァ、S2機関の出力が通常に戻ります。」
「パイロット、異状無し。」
「機体の状態も良好です。」

いつの間にか、使徒のからだは完全に融けきっていた。
路上の染みのみが、使徒が存在していた事を示しているに過ぎなかった。

「エヴァの発した高温はともかく、これは使徒が自滅したように見えるな。
 常温から低温へ、そして今度は高温へという急激な温度変化の繰り返しに
 身体の進化がついていけなかった、ということかな。
 そして自ら発した熱によって自らを蒸発させてしまった。」
「ああ、そうだろう、冬月。」
「動きを止めるだけが目的でしたのに、運が良かったのね。」
「天は自らたすくモノをたすく、と言う。運だけでは無い。」
「ええ、そうね。」

『なんだかんだで使徒も倒せたし、ついでにエヴァのS2機関も動いたし、
 これぞまさしく、「棚からひょうたん」ね。』
『それを言うなら、「棚からぼたもち」やろ。』
『「ひょうたんから駒」とも言いますね。』
『見ろや、惣流。中国人のパイでさえ、ちゃんと言えるで。』
『うっさいわね。「猿の百日紅(さるすべり)」って言うでしょ。
 たまには間違える事もあるわよ。』
『「猿も木から落ちる」や。』
『「河童の川流れ」と間違えたのかも...。』
『あー、もういいでしょ。ホントにしつこいわね。』

会話をモニターしている発令所にクスクス笑いが広がった。
顧問席の冬月は非常に渋い顔をしている。
ユイはいつも通りにこやかに。ゲンドウの表情は変わっていない。

司令と言う立場上、青葉が止めに入った。

「あー、君達。漫才はそこまでにしてだな..」
『何が漫才よ!』

言ってから、アスカは気がついた。

『あ、青葉司令!?ス、スイマセン。』
「まあいいけどね。とにかく、だ。
 次の使徒がすぐにやってくる。
 遊んでいる時間は....」

その時、一瞬だが画像が乱れた。
そして、東方に巨大なキノコ雲が上がる。

「N2地雷を使用したのか。あっちも、相当おいつめられてるな。
 作戦部長につないでくれ。現状報告を聞きたい。」

オペレーターが操作すると、ただちにケンスケに無線がつながった。

「現状報告を頼む。後どの位、持ちこたえられる?」
『ちょっと待って下さい。
 そうか、駄目か。わかった。もう少し、頑張ってくれ。
 ああ、できるところまででいい。無理はするな。


ケンスケが指示を出している声がスピーカー越しに聞こえた。

『どうも、失礼しました。
 N2地雷を使用したのですが、まるで効果がありません。
 地面に大きな穴は開きましたが、使徒に与えたダメージはゼロ。
 今、そいつは穴のそこからゆっくりと這い上がりつつあります。
 申し訳ありませんが、防衛線をこれ以上持ちこたえられそうにありません。』
「わかった。いや、むしろ良くやってくれた、と言うべきだろう。」

その通りだった。予定の1時間はとっくに経過している。

「相手はどんな奴だ?」
『見た目は、でっかいダンゴ虫ってところですかね。
 移動速度は結構速いです。直進に限って言えばの話ですが。
 猪突猛進を絵にかいた様な印象を受けました。
 その代わりその破壊力は大したもので、
 港に横付けして防壁代わりにしていた護衛艦が真っ二つですよ。
 そのまま倉庫街を突っ走って、通り抜けた後はまっさらな更地になってました。』
「攻撃力はわかった。防御の方はどうなんだ。」
『それはもう、N2を耐えきったぐらいですからね。
 戦車砲も誘導ミサイルも、その外骨格にひび一ついれられません。』
「ATフィールドは?」
『確認していません。ただ、必要ないんじゃないですか、アイツには。』
「ああ。君の話を聞いた限りではそうかも知れんな。」

ドン、ドーン。
無線の背後で砲声が鳴り響いた。

『今、奴が姿を現しました。最終防衛線も長くは持ちません。』
「わかった。強羅絶対防衛線の放棄を許可する。
 速やかに撤収するように。」
『了解。が、あと15分、なんとか粘って見ますよ。』
「無理はするなよ。」
『わかってます。』

ケンスケの活躍を読みたい方はこちら 

「聞いていたな、君たち。
 このまま、ここで使徒を迎え撃つ。
 今のうちに装備を交換して準備をしておこう。」
『了解。』
「それぞれの武器を射出します。順番に受け取って下さい。」

サキがそう言って、コンソールを叩いた。
まず、ソニックグレイブ。これはトウジが取った。
既にぼろぼろのD型装備も脱いで、いつものエヴァに戻っている。
続いて新しいポジトロンライフル。弾は3発まで充填済みである。
パイにバズーカランチャー。パレットガンでは効果が薄いと判断したためである。
アスカにも、ランチャーが渡された。

「みんな、準備はいいわね。
 来るわよ。」
『ハイ。』『いいわよ。』『オウ!』

三人三様の返事を返す。
街の向こうからヘリが飛んできた。
そのさらに遠くには砂煙が上がっている。
使徒がヘリを追いかけているように見えた。

パタパタパタパタ。
いや、間違い無かった。使徒はヘリを追いかけている。
時速100kmくらいだろうか、そのためにヘリはわざと速度を落としていた。

『こちら、相田です。
 現在、使徒を第三新東京にむけて誘導中。
 どこに連れてきますか?』

ケンスケだった。

「了解。そのままメインストリートを東進してくれ。
 東環状線との交差点で攻撃をかける。」
「相田、了解。」
「みんな、用意はいいな。
 トウジ君は隙を見てビルの上から飛び移ってくれ。
 そのまま上部の赤いコアを狙うんだ。」
『了解や。』
「アスカ君とパイ君は左右に別れて射撃。
 トウジ君を援護するように。」
『了解。』
『鈴原の援護なんて気が進まないけど、了解。』



『おっりゃぁあああー

予定通り使徒が交差点まで到達した時、トウジは掛け声をあげながらジャンプした。
同時に、左右からバズーカランチャーによる砲撃が加わる。
だが、使徒の硬い外骨格の前にダメージを与えることはできない。

『そんな。ATフィールドは中和してるはずなのに。』

トウジは右手のソニックグレイブを放さずに、
左手で外骨格の表面を手探りして、掴むところを探していた。
使徒は速度を落とさず走り続けている。
このまま行くとコアを突き刺す前に振り落とされてしまいそうだった。
一瞬、赤く光る小さな突起に手が触れた。

突然、使徒が急停止した。
トウジのエヴァが振り落とされた。
慣性で前に一人で飛んでいく。

『下手くそ!』
『なんやて〜!』

100m程前方に飛んで、一回転してトウジは態勢を立て直した。
すぐに使徒に向き直る。
使徒は一旦止まって、突進のための力を溜めているように見える。
トウジも使徒に備えて、青眼に構えなおした。
突進を躱しながら、コアを突き抜く姿勢だ。
一応、高校と大学で剣道はやっているし、授業でも教えている。
武道の心得もそれなりに、ある。
にらみ合いがしばらくの間、続いた。

三本離れた道路を並行して走っていたアスカは、ようやく使徒に追いついた。
使徒は交差点のど真ん中で、撃って下さいと言わんばかりにしている。

『チャンス!
 こんな奴、これで、おっしまいよ!』

そしてそう言って、ライフルの狙いを定めた。

『射て〜!』
『やった、命中や。』

蒼い射線が使徒に向かって伸びた。
狙いはあやまたず、使徒の赤く光るコアに命中した、
その筈だった。

『弾いた?!なんて装甲なの!』
『なんやて!』
『アスカさん、危ない!』

その直後、使徒が向きを変えて突進を始めた。

『キャーーー!』

いきなりの突進に避ける暇もなく、JA三号機は使徒に弾き飛ばされた。
空中に高く飛ばされたJA。

『チッ。』

スラスターを噴かして体勢を整えようとする前に、
ガシッっと何者かによって足がつかまれた。

『しょ、触手ぅ〜〜〜〜!』
『なんせ、使徒、やからな。』

金色に光る幾本もの細い紐のような物体。
それが使徒の前頭部から伸びてきたのだ。
空中にいるJAの足を掴んで逆さに吊った。

『この、この、この。放せ、放せ!』

JAは必死になって、じたばたもがいた。
ズキューン。
手にしたポジトロンライフルを闇雲に発射する。
1発目は一応使徒の身体に当たったが、簡単に弾かれてしまった。
跳弾が兵装ビルの一つを貫き、向こうの山まで飛んでいった。
二発目はデタラメの方向に飛び、トウジの乗るエヴァをかすめた。

『わっ、危ない。よせ、惣流。』

そこで、弾切れ。
カチッ、カチッ、カチッ。

『こんちくしょー!』

アスカは叫ぶが、さらにJAの身体を絞めつけはじめた。
そして、細い触手が隙間からJAの関節部に侵入し、壊しはじめた。
さすがに完全なロボットであるJAとの融合は使徒でもできない。
が、それでもシンクロしているパイロットに負担はかかる。

『あ〜!』

「マズイ、シンクロカット。急いで!」

トウジは、使徒とJAに駆け寄った。

『くそ、惣流を放せ、このクソ使徒がー!』
「駄目だ、トウジ君。近寄るな。君まで...」

青葉の指示は一足遅かった。
触手はエヴァの方にも伸びはじめる。
最初の数本は手にしたソニックグレイブで刈り取ったものの、そこまでだった。
エヴァの四肢も、金色に輝く触手に搦め取られる。
と同時に、興味を失ったかのようにJAを掴んでいた触手が離れた。
アスカの乗るJAの機体は空中から10m程落下した。

『うわっ、放せ、放せ!』

金色の紐がさらに大量に伸びてきて、エヴァの身体を包み込む。
そしてゆっくりとエヴァを本体の方に引っ張って行き、
ついにはガバッと口を開けて、飲み込んだ。

『く、くっちぃ〜!』
『飲み込まれた!』
『喰った。いえ、喰われたの、使徒に!』

「いかん、トウジ君が...」
「無線は?」
「だめです。通じません。」
「くっそ〜!」
「アスカ、なんとかして。」
『だめ、動力系をやられたみたい。動けないの。』
「パイ君!」
『どうにかって、どうすりゃいいんですか!』

その時突然、使徒がひっくり返った。
腹を上にして、じたばたもがき始めた。

フォオオオオオーーーー!

そして、雄叫びと共に、腹を突き破って現れたもの。
黒い巨人、エヴァンゲリオン。
使徒の血で真っ赤に染まったその身体を直立させて、
両手で使徒の内臓だかなんだか良くわからぬ器官を高く掲げて咆哮した。

フォオオオオオーーーー!

「ぼ、暴走?」

マヤが声をあげる。
あまりの光景ではあるが、驚きに吐き気が込み上げる間もない。
あるいは、結婚して胃が丈夫になっただけかも知れないが。

「トウジ君!」
『鈴原!』
『トウジさん!』
『トウジ!』

腹を食い破られた使徒の痙攣が、少しづつ小さくなっていった。
そして最後までピクピク動いていた節足も、ついには動かなくなった。

「使徒、完全に沈黙。」
「パイロットは無事です。
 かなり消耗しているようですが、意識もあります。」
「シンクロ率、99.9%」
「ハーモニクスも訓練の記録を大幅に更新しています。」
「なんと!完全にエヴァを制御しきってるのか、彼は。」
「それで、この力?凄いわ。」
「火事場の馬鹿力って奴か!彼らしい、と言えばそうだが...。」

エヴァからの無線映像がアスカのJAのコックピットに映し出された。

『ハッ。どうや、惣流。』
『バカ。鈴原のくせに、あんまり心配かけんじゃないわよ。』
『虎穴に入らずんば、虎児を得ず、ってな。』
『狙ってやったの?』
『ま、その辺は偶然やけどな。
 飲み込まれた時は、さすがにちょっとビビったわ。
 そやけど、根性と気合いでなんとかしたったわい。』
『やっぱ、バカだわ、アンタ。』

アスカの最後の小さな声は、興奮しているトウジには届かない。

『お父んの作ったこのエヴァに乗って、負けるわけにはいかんからな。』

  負けられないのは、私も一緒よ。









「これが、使徒。
 そして、人造人間エヴァンゲリオン、か。」

少し離れた高台にある公園で、男はそうつぶやいた。

「まさに、悪魔だな。
 さて、ユーリ。次はあなた方の番ですが...。
 果たして、これに勝てるのですか?」

そして、静かにその場を去っていった。









「これで何体目だ、冬月?」
「パリに現われた3体、アメリカに現われた2体を含め、9つ目だな。」

5日前と2日前の2回にわたり、アメリカにも使徒が現われていた。
そして、ヨーロッパとはまた別のエヴァ3機によって撃退されていた。

「では、取りあえずはこれで最後か。」
「ああ。そうなるな。」

金星からの飛来が確認された数も、ちょうど9体だった。
冬月は声をあげて発令所の青葉に尋ねた。

「青葉君。現在、金星より地球に向かっているUMAは確認しているか?」
「いえ、冬月顧問。ありません。」
「では、今後2ヶ月は使徒は来ないと言う事だな?」
「ええ。おそらくは。」

再び声を下げて、

「と言うことは...」
「ああ、おそらくは....」
「来るか、ここに。」
「最終決戦だ。」
「次はエヴァ対エヴァか。」
「大丈夫だ、冬月。
 ダミープラグ相手なら、我々のエヴァは負けはせん。」
「本当にダミーなのか、アレは。」
「あの動きを間違える筈が無い。」
「ええ、間違いありませんとも、冬月先生。
 アレは最後のシト、渚カヲルですわ。」

今回の使徒・・・二匹  
ハグリエル    
ダイオウメル   

1998年10月 初出  




次話予告




『いかんなこれは。早すぎる。』
『左様。我々の出番が後書きしかないとは予定外だよ。』
『まして、その後書きも形式の変更を許すとはな。』
『もし、(キャラクタによる後書きを希望する)メールが来なければ、
 全ての出番が水泡と化した所だ。』


「委員会への通報は誤報。後書き中止の事実はありませんが。」

『では碇。後書きを中止した事実は無いと言うのだな。』

「はい。」

『気をつけて喋りたまえ、碇君。この席での偽証は死に値するぞ』

「第十二話を調べてくださって結構です。その事実は記録されていません。」

『笑わせるな。事実の隠蔽は君のオハコではないか。』
『まあ良い、碇。今回の件について君の罪と責任には言及しない。
 だが、君が新たなシナリオを作る必要はない。』


「わかっております。すべては、ゼーレのシナリオ通りに。」



「予定外の後書き中止、その事実を知った人類補完委員会による突き上げか。
 ただ文句を言う事だけが仕事の、出番の無い連中だがな。」
「切り札は全てこちらが擁している。彼らはなにもできんよ。」
「だからといって焦らすこともあるまい。今ゼーレが乗り出すと面倒だぞ、配色がな。」
「すべて、我々のシナリオ通りだ。」

「次の話の予告はどうなんだ?
 俺のシナリオには無いぞ、それは。」
「支障はない。地上の使徒の撃退はすべて成功している。」
「国連太平洋艦隊はどうなんだ?」
「順調だ。冒頭からいきなり侵攻が始まるだろう。」
「では、エヴァ伍号機は?」
「予定通りだ。操縦は6thチルドレンがおこなっている。」


  連続して襲来した使徒をかろうじて退けたAA。
  第三新東京市に襲い来る国連太平洋艦隊。
  そしてエヴァ対エヴァの死闘が始まる。
  4thチルドレン 対 6thチルドレン。勝つのはどっちか?


「来週も、サービス、サービス、だよ、冬月。」

(サービスにこだわり過ぎだな、碇。)




次回、第十四話

「血戦、第三新東京市」




「あなたは死なないわ。私が護るもの。」





第十四話 を読む

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