Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(6)

by しもじ  







『メーデー、メーデー。
 今、我々はサンダーバードの編隊に攻撃を受けている。
 繰り返す、敵は国連軍の艦載機、F−35Sサンダーバード。
 メーデー、メ−...』

そのAWACS機の緊急送信は、そこで途絶えた。
おそらくは、撃墜されたのだろう。
無警戒に戦闘機をそこまで近づけたのが迂闊だったと言う事になる。
と言っても、決して搭乗員は油断していた訳ではない。

アクティブレーダーキャンセラー(ARC)。
北米連合が独自に開発した新技術である。
反射するレーダー波に干渉し中和して、レーダーから物体を消す事ができる。
一種のジャミングとも言えるのだが、その効果は大きく違う。
干渉されている側は、無効化されている事に全く気づかないと言う。
国連極東軍は貴重なAWACS機をゲームの緒戦でまず失うことになった。



太平洋をひたすら西に進む一群の艦隊があった。
百里基地を飛び立ち日本の東海上を警戒していたAWACSがやられたのは、
その中の空母から飛び立った3機の戦闘機による仕業だった。

艦隊の旗艦は最新鋭の空母ジョージ・ワシントン。
これはサードインパクト後に進水した唯一の正式空母である。
ロナルド・レーガン、カールビンソン、マジソン・スクウェア、
そしてオーバー・ザ・レインボウの4隻の空母がそれに従っていた。
直衛部隊はイージス巡洋艦、フリゲート艦、駆逐艦など25隻。
海兵隊師団を満載した揚陸艦、高速輸送艦、補給艦がその後方に控えており、
その護衛部隊にもやはり十数隻の戦闘艦が付いていた。
さらに加えて、海中にも彼らの仲間は潜んでいた。



1時間ごと、1分ごとに彼らは日本列島に接近していた。
決戦の火ぶたが間もなく切られようとしていた。




















第十四話


  「血戦、第三新東京市」






















 【AA本部、発令所】

AWACS機の緊急送信は、ここ第三新東京市のAA本部でも捉えられた。
すぐに第2種警戒警報が発令され、街は緊急警戒態勢に移行した。
各地の航空基地を中心に攻撃が始まったのは、その直後だった。

「どうでした、高橋首相の話は?」

青葉が電話を切ると、すぐにケンスケが尋ねてきた。

「だめだ。この件は使徒絡みではないから、我々の管轄ではないそうだ。」
「では、抵抗するな、と?」
「いや、この街の防衛に関しては作戦行動の許可をもらった。」
「でも援軍は期待できず、ですか。」
「ああ。が、どっちにしろ大した違いはない。
 すでに厚木と入間は沈黙。百里も長くは保たない。」
「小松は?」
「あそこは首都防衛用の虎の子だからな。出せるわけがない。」
「あっけなく、制空権を奪われてしまいましたね。」
「まあ無理もないさ。みんな、こんな事態は想定してなかったからな。
 それに相手は世界最強の機動部隊と言われた太平洋艦隊だ。」
「それで、他の街はどうなるんですか?
 陸上部隊だけで上陸阻止を試みるとか、市街戦で抵抗するとか?」
「いや、その辺は上の方で政治的に決着したそうだ。
 連中は新横須賀、新小田原、新沼津の3港と厚木基地を接収する。
 他の街には一切手出しはしないそうだ。
 こちらの陸上部隊が動かないこと、それが交換条件だ。」
「政治決着、ね。他の街を護るために我々を売り渡すことがですか?」
「仕方ないさ。無防備な市民を護ること。それも政治の役目だ。
 市街地を空爆でもされたら、一溜まりもないからな。」
「とにかく、ここだけで頑張るしかないわけですね。」
「ああ、そういうことだ。」



 【Gワシントン、艦橋】

「フン。抵抗すらしないのか。弱虫どもめ。」

史上最強の機動部隊を率いる、マックス・スタボード中将がうなった。
派手な戦闘を期待していた、それが早々に裏切られたことがわかったからだ。

「まあいい。タダでくれるというなら貰っておくさ。
 全艦、半速前進。海兵隊をただちに上陸させろ。」
「司令官、市民の避難に1時間の猶予を与える、という約束では?」
「構わん。無視しろ。」
「しかし...。」
「命令だ。聞こえなかったのか?」
「いえ....。」
「返事は?」
「アイアイサー。命令は確かに受領しました。」
「よし。」



 【第二東京市、首相官邸】

「ただいま入った報告によりますと、たった今、海兵隊が上陸したそうです。」
「そうか。随分と早いな。」
「はい、明らかに我々との合意に違反しています。」
「抗議はしたのか?」
「ハイ。が、返事はありません。」
「市民の避難は?」
「はっ。既に地元警察の誘導により開始していますが...」
「まだ時間がかかりそうか。」
「はあ。なにせ、突然のことで、かなり混乱が見られますから...」

時間稼ぎにもならんかったのか、と首相は舌打ちした。
「聖なる新月」=「ネオ・ゼーレ」についての報告は受けていた。
良くわからないが第三新東京市が要(かなめ)らしいことも聞いていた。
フォースインパクトを起こさせるわけにはいかない。
がそれ以上に、政府の首班としては、市民の安全を第一に考える必要があった。
太平洋艦隊との取り引きは、首相としては苦渋の決断であった。
せめて青葉達の為に時間を稼ごうとしたのだが、それすらも果たせなかった。

「中国は?」
「彼らは、北方の脅威に対処するので精一杯かと。
 何せ、ロシア軍が長い国境線の反対側で控えてますからな。」
「わかった。だが、話をする価値はある。その時間もな。
 主席に電話してくれ。日本の高橋から話がある、と言ってな。」



 【Gワシントン、艦橋】

「今のは、明らかにマズイのではないかね。
 合意に違反したとなれば、後々、問題にならんかね。」

脇に控えていた民間人がそう言った。
彼の名は、オーウェン・マスト。組織から送られてきた顧問である。
公式には、安全保障問題担当大統領特別補佐官、を名乗っている。

「構わんよ。勝てば官軍、と言うではないか。
 それに合意に違反した、とは私は思っていない。解釈の違いだよ。」
「ほう?」
「民間人の避難を妨害しろと言った覚えはない。
 一時間後に我々の憲兵が交通管制を始めるまではな。」
「行動を起こさない、と言う約束は?」
「アクション(戦闘行動)はしない、と言ったのだ。
 部隊の移動や展開はそれには当たらない、そうは思わんかね。」
「詭弁だな。」
「我々の使命はなんだ?勝つことだ。
 そのためなら何だってやるし、正当化される。
 それが戦争だ。わかったかね、文官さん。」
「....。」
「さて、そろそろ約束の一時間だ。
 全空母に連絡。これより第三新東京の空爆を開始する。
 コード、XYP−37。オペレーション・ジェリコ、発動!」



 【AA本部、発令所】

「早いな。もう攻撃して来たか。」
「時間ピッタシです。張り切ってますね。」
「まずは攻撃機による空爆か。教本通りだ。
 海兵隊も2個師団以上が上陸しているらしい。
 そっちも来るかな?」
「いずれは。でも、こっちにエヴァがあるうちは手を出さないでしょう。
 歩兵ではエヴァに手も足も出ないことくらいわかっているはずです。」
「とすると....。」
「問題は、いつ彼らがエヴァを投入するか、ですね。」

攻撃部隊の第一陣の優先目標はレーダー施設だった。
対レーダーミサイルによって、第三新東京の7割のレーダーが無効化された。
残りの3割も、ひたすら沈黙を守ることで、身を隠していた。
次の目標は、対空ミサイル施設と対空機関砲。
手痛い犠牲を払いながらも、攻撃機は着実に目標を殲滅していった。

「じり貧だな。」
「仕方ないですよ。制空権を完全に奪われてますからね。」

第二、第三波の攻撃が繰り返された。
目標は対地ミサイルや兵装ビルに移っていた。
多くの部隊を地下に隠しているとはいえ、その損害は決して少なくない。

「回線をカットされました。P+の能力、20%に低下。」
「送電線もやられました。予備電源に切り替えます。」

「やることはやってくるな。」
「そのへんは、連中に抜かりはないでしょう。」
「だが、この程度ではこの街は陥とせない。」
「やはり、エヴァ、ですか。」
「ああ。」
「エヴァが来たら、どうするんですか?」
「降りてくる前にポジトロンライフルで迎撃する。
 そのための準備はできている。」

エヴァ四号機と2機のJAは既に地上に出ていた。
3機ともパレットガンを連射して航空機を迎撃していた。
エヴァ四号機のATフィールドに守られながら。
この動く対空砲台は絶大なる戦果を挙げていた。



 【Gワシントン、艦橋】

「ちっ。やはりエヴァか。なんとかならんのか。」
「無理ですな。これまでに20機はアレにやられました。
 相手にしない方が利口というものでしょう。」
「それぐらい分かっている。言ってみただけだ。
 あれの相手をするのは我々じゃない。
 だが、遅いぞ。まだ来ないのか?」

その時、通信担当の士官が現われた。

「ほう。ようやくお出ましになったようだ。」
「天使のラッパをかき鳴らし、そしてジェリコの壁は崩れる。」
「アレが天使なものか。あれは悪魔だよ。」
「だが、我々に味方する良い悪魔、というわけですな。」



 【第三新東京市】

それは突然、天から降ってきた。
その様に、彼らには思えた。
東日本のレーダーサイトはまだ生きており、
彼らが輸送機を発見しだい警告が出るはずだった。
が、警告は一切なかった。
気付いた時には、高度3000mの雲の間から降りてくる所だった。
ポジトロンライフルに持ち替えて迎撃するヒマは、無かった。



『ビッグマムよりグランパ、ビッグマムよりグランパ。』
「こちらグランパ。」
『たった今、リトルガールを投下した。繰り返す、リトルガールを投下した。
 これより撤収する。以上。』

グランパ(Grand-pa、祖父)とは旗艦ジョージ・ワシントンのコード名である。
偉大なる建国の祖父、ということだ。
ビッグマムとは、一機のステルス戦略爆撃機B−2F改の事であり、
エヴァンゲリオン専用キャリアーとしてここまでエヴァを運んできたのだ。
そのステルス性能は最新のARCシステムによって大幅に向上しており、
各地のレーダーサイトはその接近にまったく気付かなかった。



『アレは....』
『エヴァ?』
『そうやな。どう見てもエヴァや。』









 【某所、仮想会議システム】

04 「時は満ちた。」
02 「10年の空白の時を経て、黒き月は本来の姿に還る。」
03 「ヒトが三度生まれ変わる。その時がついに来たのだ。」
04 「ロンギヌスの槍は既に打ちこまれた。」
02 「エヴァシリーズも12体目がようやく完成した。」
03 「オリジナルを入れてちょうど13体。」
02 「儀式を始める準備はすべて整った。」
03 「だがその前に、地上のゴミを掃除せねばならぬ。」
01 「箱船に乗る資格を持つは、選ばれた者のみ。」
03 「我らを邪魔する愚か者に鉄槌を。」
04 「エヴァ四号機と聖杯たる碇ユイ。まずその力を封じねば。」
02 「彼らとて、我らを阻むことはできぬ。」
01 「エヴァ伍号機。その力、見せて貰いましょう。」









 【AA本部、顧問席】

「ついにエヴァのお出ましか。」
「ああ。だが....」
「どうした、碇。それにユイ君も。」
「先生。あれは、違いますわ。ゼーレのエヴァシリーズでは有りません。」
「何だと。外部装甲を換えただけ、ではないのか。」
「ああ。恐らくは、伍号機、いや、六号機か。」
「まだ残っていたのね。」
「伍、六号機はたしか建造途中で計画変更、廃棄されたはずだろ?
 パーツを零号機と弐号機に当てるために解体されたと聞いていたが...。」
「どうやらそれは違ったようですわね。
 余ったパーツを使って誰かが再構成したのかしら。」
「四号機と伍号機の性能は互角。後はパイロットの差か。」
「ダミーでは無いのか。」
「ええ。感じが違いますわ。アレにはヒトが乗っています。」
「人か。ならば、六番目のチルドレン、と言うわけだな。」
「ああ、そうだ、冬月。ゼーレの隠し玉、6thチルドレンだ。」



 【AA本部、発令所】

その情報はすぐに階下に伝えられた。

「なんだって!?」
「エヴァ伍号機と六番目のチルドレン、だそうよ。」
「今、どこに?」
「わからないわ。ビルの間に降りたのまでは確認してるけど...。」
「危険だな。JAは下げさせよう。」
「そうね。その方がいいわ。」

  しかし、六番目のチルドレン、か。
  まさか、ね。

「サキちゃん。向こうのエヴァに回線、繋がるかな?」
「さあ。どうでしょう。」
「やって見てくれ。」
「ハイ。」

「JAはポジトロンライフルを装備して見晴らしのいい郊外まで退却。
 エヴァはそのままEブロックを警戒してくれ。」

村雨が三人のパイロットに指示を与えた。
発令所の反対側では、ケンスケが口角泡を飛ばしていた。

「じゃ、Bブロックにはいないんだな。
 わかった。次はFブロックだ。直に確かめるんだぞ。
 Dブロックには無人ヘリを飛ばす。
 何、Eブロック?
 なんでそんなところにいるんだ。そこはいいって言ったろ。
 ああ、わかった。わかった。
 エヴァ?そいつは味方だよ。
 何、色?なんでそいつを先に言わん!
 マズイ、トウジ!」



 【JA3号機、アスカ】

ビルの影から突然、白いエヴァが現われたのをアスカは見た。
トウジのエヴァがまずタックルで跳ね飛ばされた。
隙をつかれて誰も全く反応できなかった。
つづく回し蹴りで、パイのJAも吹き飛ぶ。
白いエヴァの動作は流れるように優美だった。
彼女のJAのみが戦場に残された。
白いエヴァはJAの後ろに回り込み攻撃態勢に入った。
アスカは反応しようとしたが、機体はついていかない。
振り向くのが精一杯だった。
やられた、とアスカが考えた瞬間、突然エヴァの動きが止まった。

  何、どうしたの?



 【AA本部、発令所】

その様子は、発令所のスクリーンにも映しだされていた。
パイロット達に注意を発する直前に、まずトウジが、次にパイがやられた。
サキがエヴァ伍号機の通信回線を開いたのは、ほぼそれと同時だった。

「エヴァ伍号機の通信回線を見つけました。
 モニターに出します。」

スクリーンにエヴァ伍号機のパイロットの映像が映し出された。
そこに映ったのは、青葉が一番恐れていた画像だった。

  ちくしょう。なんだって....



 【エヴァ伍号機】

『セイラ、本当に君か!?』

エヴァ伍号機のスクリーンに『Sound Only』の文字が現われた。
そして聞き覚えのある声がした。
パイロットはすぐにその声の持ち主に思い当たった。

「その声、シゲルね。」
『やはり、君だったか。』
「こんな形で会いたくは無かったわ。」
『俺もだよ。』

そこへ割込んでくる声。

『何やってんのよ、戦闘中に!』

  この声は...アスカ。
  元気になったのね。



 【JA3号機、アスカ】

「何やってんのよ、戦闘中に!」

そう言うのと同時に、アスカは白いエヴァに切りかかった。

『よせ、無駄だ。』
『無駄よ。JAじゃ相手にならないわ。そんなこともわからないの、アスカ?』
「無駄かどうか、やって見ないとわからないでしょ!」

おりゃあーー!

掛け声とともに、アスカはパンチを放った。
が、あっけなくエヴァによけられ、逆に腕を取られて投げられた。
機体の性能が違いすぎた。

「ちっ!」
『変わってないわね、アスカ。』
「何気安くアタシの事呼び捨てにしてんのよ。
 アンタに名前で呼ばれる覚えなんて無いわ!」

そういいながら、左腕を伸ばしてエヴァの足をすくおうとする。
が、それも寸前でかわされ、今度は背負い投げで100m離れたビルに叩きつけられた。

「がはっ!」
『まだわからないの、アスカ。
 アスカ・ローゼンロット!』

  誰?
  ローゼンロット?
  薔薇の...赤?

不意に、昔の記憶が蘇る。

「セイラ!あなたなの?」
『久しぶりね、アスカ。もう10年以上になるわね。
 こんな形で再会したくはなかったけれど...』
『アスカ君!知ってるのか!』

  セイラ。
  白百合のセイラ。
  セイラ・リリエヴァイセ。

「何故、あなたが!?」
『私のファミリーネーム。それで気付かない?』
「たしか....ローレンツ....。
 まさか、キ、キール・ローレンツ!?」
『そう。私の父よ。
 もっとも、会ったことは三回くらいしか憶えてないけれど。』



 【AA本部、発令所】

「ローレンツ!?
 モーゲンスターンと言うのは偽名だったのか。」
『いいえ、嘘ではないわ。
 あの事件の後、引き取られた祖母の姓よ。
 ローレンツって言うのは色々と問題があったから...。』

  なんてことだ。
  くそ、そういうことだったのか。

青葉の顔が険しくなっていった。
それを心配そうにケンスケとマヤが見ていた。



 【JA3号機、アスカ】

『アスカ。そのJAでは、エヴァの敵ではなくってよ。』
「わかってるわよ、そのくらい!」
『退きなさい。今なら見逃してあげる。』
「いやよ!逃げるくらいなら....」
『なら、覚悟してね。』
「手加減なんか、いらないわよ!」

再び立ち上がって、JAは走り出した。

『バカな!
 やめるんだ、惣流。ここは退け!』

  退けるわけ無いじゃない!
  もう、逃げるわけにはいかないのよ、私は!
  逃げないって決めたのよ。

一分後。
勝負は一方的だった。
エヴァ伍号機は無傷。
反対にJA3号機はほぼ全壊。
パイロットの腕はともかく、機体の性能に差がありすぎた。



 【AA本部、発令所】

「エヴァ四号機、再起動!トウジ君が気がつきました。」
「JA4号機も行けます。」
「トウジにはエヴァに向かわせろ。JAでは無理だ。」
『わかったで。まかしとき。』
[パイ君、ポジトロンライフルを出します。
 隙を見て....わかってるわね。」
『パイ、了解。』

発令所も混乱が続いていた。
ケンスケとマヤが中心に指示を出して対応している。
だが、司令の青葉は先程から一言も発していなかった。
その間に、アスカのJA3号機はエヴァ伍号機と対峙していた。
JA3号機の足が一歩前に出た。

「やめるんだ、惣流。ここは退け!」

ケンスケの制止もむなしく、両機の間に戦闘が始まった。
そして、決着もあっけなくついた。

「JA3号機、完全に沈黙。
 可動部の95%まで損傷、もしくは作動不能。」
「機関部には異常なし。」
「パイロットも無事です。」
「反応炉は緊急停止せよ。」
「緊急停止。」
「地上班、パイロットの救出急いで。」
「何、出れない?そうか。それは仕方ないか。
 わかった。まかせる。とにかく善処してくれ。」

映像でも、一方的にJAがやられていくのがわかった。
これで反応炉とコックピットが無傷なのが信じられないくらいである。

「トウジ、まずJA3号機から引き離すんだ。」
「パイ君、聞いてるわね。
 あなたはその間にアスカとJAを回収して。」
『パイ、了解。』
『了解や。』

完膚なきまでに叩きのめされたJAと、それを見下ろすエヴァ。
動かないJAの操縦レバーを握って懸命に動かそうとするアスカ。
そして、どこか悲しそうに見えるセイラ。
発令所のスクリーンにはその3つの映像が同時に映し出されていた。
そしてそれをじっと青葉は見つめていた。



 【エヴァ四号機、トウジ】

「セイラはん、あんさんに恨みは無いんやけどな、
 ワイにも意地がある。護るもんがここにおるんや。
 負けるわけにはいかんのや。」

のそっという感じでビルの間からゆっくりと伍号機に近付いていった。

『バカ、そんなんじゃ近付いてる事がバレるぞ。』
「女相手に、不意打ちなんてできるかい!
 ワイは漢やぞ!行くで〜!」

ケンスケの言葉を無視し、一層大きな音を立てた。
そして伍号機を目の前にして闘いの叫びを上げた。

フォオオオーーーー

それは伍号機がアスカのJAを粉砕した直後だった。
エヴァ伍号機が振り向いてから、四号機は走り出した。
ガキッと鈍い音がして、肩からエヴァとエヴァがぶつかりあった。



 【エヴァ伍号機、セイラ】

  ごめんなさい、アスカ。
  だけど、あなたが悪いのよ。
  こうなるのはわかっていた筈なのに...。

その時、彼女の背後で物音がした。
ハッとして振り向こうとすると、今度は雄叫びが上がった。

  エヴァ四号機!?

振り向きおえた伍号機のモニタに、黒いエヴァンゲリオンの機体が映し出された。
そして、黒いエヴァがこちらに向かい、走りはじめた。
彼女も身構えた。
鈍い音とともに、肩に衝撃が走った。

  くっ。

まともにぶつかり合った反動で一旦離れた両者の機体は、
すぐにがっぷりと組み合った。
手と手を組みあわせて、力くらべの態勢である。

「さすがにエヴァ。パワーではやはり互角、か。」
『JAとは違うんや。JAとは。力くらべなら負けへんで〜。』
「機体性能が同じなら、後は操縦者の資質が決め手。
 なら、負けはしない。負ける筈が無い。」
『エヴァの操縦は要は気合いと根性や。
 浪花男のど根性、受け取ったれや〜!』

四号機の目が光った。力の差が徐々に出はじめた。
そして一気に伍号機を組み伏せにかかった。



 【AA本部、発令所】

「おおっ」
「エヴァ四号機、シンクロ率90%に上昇。」
「ハーモニクス、誤差0.00001。」

力で四号機が押し切りそうな態勢になって、発令所に歓声が流れ出た。
だが、それにもかかわらず、逡巡を続ける男が一人。
ついに見かねて、マヤが声を掛けた。

「青葉君、いえ、青葉司令。
 あなたはこのAAの司令なのよ。わかってる?」
「マヤちゃん....。」
「いつまでそうしてるつもりなの。
 そうしていれば、物事がすべてうまく収まるとでも思ってるわけ?
 みんな、あなたの指令を待ってるのよ。」

とても10年前のあの伊吹マヤからは想像できないセリフである。
10年の歳月、そしてその間の変化がマヤを強くした。

「だけど、オレは....」
「あなたとセイラさんの間に何があったかは、この際関係ないわ。」

はっきりと本人達に確認したことは無いが、
二人の間に関係があった事、それは事実だろうとマヤは考えていた。
あの青葉シゲルが今回は本気みたいだ、とも何度か思った。
それだけに彼がショックを受けているのはわかる。
だけどそれは公人としては許されない事だとマヤは認識していた。

状況は若干異なるものの、これは10年前のあの日を立場を変えて再現していた。
セイラという現実の前に、今、自ら動く事を止めている青葉シゲル。
それは戦争という現実の前に、ただ震えている事しかできなかった彼女の姿でもあった。

「あなたはAAの指令なのよ。
 あなたが指揮をしないで、誰がするのよ。」

数瞬の沈黙。青葉は顧問席を見上げた。

「碇司令、自分に代わり指揮を頼みます。」
「逃げるの!?」

答えたのはゲンドウではなく、冬月だった。

「どうした、今更。」
「自分は....司令としては不適格です。
 敵のパイロットと...その...関係が有りまして、
 冷静に指揮が出来るとは思えません。
 よって、司令を辞職いたしますので後任をお願いします。」
「それはできん。」

ゲンドウが即答した。

「何故ですか。」
「AAの司令を任命できるのは日本国の首相だけだ。
 ここには君に代わり得る人間はいないのだよ。
 それが法というものだ。」
「お前が今更そんなことを気にするのか?」
「おかしいか、冬月?」
「いや、まあな。」
「私は一度、禁を犯した人間だ。
 一度なら過ちとして許される事も、二度目は無い。
 そういうことだ。」

(うまく逃げたな、碇。)
(ああ。だが、彼には司令を続けてもらわねば困る。)
(そうだな。その方が彼のためでもある。
 今逃げたら、いずれ後悔するだろうからな。)
(ああ。)

「冬月司令...」
「私も碇と御同様だよ。
 青葉君、現実から目を逸らすなよ。
 すべてを受け入れて、そこから始めるんだ。
 後悔の、無いようにな。」

再び、青葉は俯いた。

「青葉君?」
「ああ、わかっている。
 わかってるんだ。だが....」

そこで再びだまりこんだ後、しばらくして、

「ごめん、もう少し、もう少しでいい。
 時間をくれ。頼む。」

最後の言葉を言った時、マヤにはこれがあのシゲルと同一人物とは思えなかった。
いつもの陽気さが影を潜め、深い哀しみに沈みこんでいた。
結局、マヤはこの頼みを受け入れた。

「わかったわ。ケンスケ君、しばらくあなたが司令代行よ。」
「えっ、僕が?」
「大丈夫。みんながフォローするから。いいわね。」

と言っても、仕事が変わるわけではない。
青葉が機能していなかった間、彼が戦場を実質的に仕切っていたのだから。
変わったのは、責任の重さ。司令と言う立場のもたらすプレッシャー。

青葉は一人、通路を歩いて発令所から出ていった。
自分の心にケリをつけるために。



 【エヴァ四号機、トウジ】

「エヴァの操縦は要は気合いと根性や。
 浪花男のど根性、受け取ったれや〜!」

そう叫んで、彼は一層の力を込めた。
どこか奥のほうから無限の力が湧き上がってくる。
先日の戦闘以来、そんな気がするようになった。

じりじりと押されて、ついに伍号機が膝をついた。

  よっしゃ。もう一息や。

そう思ったのも束の間、気付いた時はまた宙を飛んでいた。

  なんや。どうしたんや?



 【エヴァ伍号機、セイラ】

  くっ。私だって、こんなところで負けられないのよ。
  10歳の時から受けてきた訓練は、伊達じゃないのよ!

力負けして膝をついた刹那、伍号機は力を逆にゆるめた。
四号機の態勢が崩れたと見るや、すかさず反対側の足で蹴りを出す。
四号機の腹が前蹴りで痛打される。
が、伍号機の姿勢も良くないのでダメージはほとんど与えられない。
セイラはそのまま足を四号機の腹に添えるようにして、背の方に倒れ込んだ。
手は組み合ったままだ。
四号機が伍号機に覆い被さる態勢になった時、足に力を込めて跳ね上げた。
いわゆる柔道の巴投げ。その変形技だ。

  どうやら格闘技はアマチュアの様ね。
  エヴァに関節技が効くとは思えない。
  なら...

四号機は地面に叩きつけられた。
セイラはすぐに伍号機を立ち上がらせ、四号機に馬乗りになった。
マウントポジション。
格闘技の世界では、上の人間に圧倒的に有利な態勢である。
肩に手を伸ばしてプログ・ナイフを手にした。
そして四号機の腹部、コアのあるところに狙いをつけて振り下ろした。



 【エヴァ四号機、トウジ】

気付いた時には、伍号機に馬乗りされていた。

  ッ!

間一髪のところで振り下ろされようとするナイフを受け止めた。
そのために両腕がふさがる。
力の入りにくい体勢のため、片手では足りなかった。
そこに、左手で頭部を殴られた。
シンクロしているため、衝撃はトウジに直に伝わる。

  ガッ。

続いて、エヴァ四号機は伍号機の左手でタコ殴りにされた。
躱す事も防ぐ事もできない。
耐えかねてパイロットが失神すれば伍号機の勝ちである。

「ガッ。こらっ、待てや。
 グオッ。この野郎ー。
 オオゥッ。だー、止めんかい。
 アベシッ。ヒデブッ。」

そして、彼は、キレた。



 【AA本部、発令所】

一部始終は、発令所のスクリーンでもモニタされていた。

「まずいぞ、この態勢は。」
「そうなの、ケンスケ君。」
「マウントポジション。
 この不利をひっくり返すのは大変だ。」

タコ殴りにされるエヴァ四号機。
そのうちに、計測器にまず異常が現れた。

「トウジ君のシンクロ率が上がりつつあります。
 今、93%、94%、95%も突破。」
「S2機関、出力増大中。明らかに異常です。」
「また、暴走?」
「ハイ。でもエヴァではありません。
 暴走は、トウジ君です!?」
「シンクロ率、100%。
 これは....なんてこった!」

過去、シンクロ率100%を記録したパイロットは3人。
400%を記録した碇シンジ。フィフスチルドレン渚カヲル。
そしてサードインパクト直前の惣流アスカ。
100%と言うことは完全にエヴァと同化する事であり、
生身の人間では理論上あり得ないと考えられた数字であった。
シンジはその代償としてエヴァに取り込まれた。
自ら使徒でもあったカヲルは例外とするべきであろう。
アスカはエヴァの狂気に引き込まれ一時的に狂戦士と化した。
つまりは、100%ということは、そういうことなのである。



 【エヴァ四号機、トウジ】

  こんニャロメ〜!

心の叫びとともに、ついに彼はキレた。
それと同時に四号機の出力は上昇をはじめる。

  おお。力がたぎってきよる。
  行ける、まだ行けるでぇーーー。

シンクロ率は限りなく100%に近付いた。
プログナイフを持った伍号機の右腕を押し戻す。
足を踏んばってブリッジの体勢に移行をはじめた。
そして腰のバネで一気に伍号機を跳ね飛ばした。

「だぁああーー!」

トウジはすぐに立ち上がったが、伍号機ももう体勢を整え直していた。
そのまま距離を取って対峙をしばらく続けた。
両者とも息を整える必要があった。

「はぁはぁはぁ。
 良くもやりおったな。
 もう許せん。パチキかましたる。」

トウジ。バーサーガーモードに突入。
プログナイフを抜いて、伍号機に突進をはじめた。
その速度、パワー、共に伍号機を凌駕していた。

  ウリィィイイイーーーーー。

四号機の動きが加速する。
伍号機の後ろに回った。
振り向いたエヴァにナイフを一閃。
躱されたところでそのまま裏拳を見舞って、勢いをつけて回し蹴りを放つ。
伍号機は一発で吹き飛んだ。



 【エヴァ伍号機、セイラ】

動きが急に速くなった四号機に、セイラはついて行けなかった。
いきなりの連続攻撃に吹き飛ばされ、ビルに背中を打ちつけた。

「がはっ。
 何、何が起きたの?
 くっ、は、疾い!」

目前にもう四号機が迫っていた。
かろうじて、放たれたパンチを躱す。
全く反撃する余裕が無かった。

『この〜!チョロチョロと逃げおって〜!』

一方的な攻防が始められた。
速度と力で勝る四号機相手に、防戦一方に追い込まれた。
冷静に考えれば、つけいる隙は確かにあった。
が、動きの速さが隙を隠し、力の強さが技を拒んだ。

  これが...フォースチルドレンの実力!?
  このままでは...、私...、負ける!?



 【AA本部、格納庫】

「ちっ、やられたわ。」

回収されたJAからアスカは降ろされた。
外傷は特になく、医務室に連れていかれるのをアスカは拒否した。
そのまましばらくケイジに立って半壊したJAを眺めていた。

「まったく、見事なまでに叩きのめされたわ。この私が。」
「機体の基本性能が違い過ぎますよ。仕方ありません。」

整備員が慰めの言葉をかける。

「ん。ありがと。でも、ごめんね。
 カッとなって、判断を誤ったのは事実だわ。
 仕事をかえって増やしちゃったわね。」
「いいんですよ。気にしないで下さい。」

意外にもアスカはサバサバしているように見えた。
彼女は、パイロットルームに一人、引きあげていった。
パイロットルームは完全防音になっている上に、
壁には柔らかいクッションが張ってあった。
アスカが拳を傷めることはなかった。

  次は...負けない。絶対に。



 【エヴァ伍号機、セイラ】

一方的な攻防はしばらくの間続いた。
攻撃に対応するのが精一杯だったセイラも、やがて気がつきはじめた。

「これは....そう、そういうこと。」

ようやく冷静さを取り戻し、相手がどういう状態かを理解したのだ。
そうとわかれば、状況は違って見える。
さすがに防戦一方のこのままでは埒があかないが、対応策はあった。

「あなたは愚かな選択をしたわね、フォースチルドレン。
 確かに動きは速くなった。パワーも私より上だわ。
 だけど...」
『ホワァァアアアーーーーー。』
「読めるのよ!」

冷静に観察し、相手の予備動作から攻撃を予測する。
狂戦士はフェイントなど使わない。その怖れは無い。
攻撃を躱す際にも、それで大きな余裕が生じた。

『ルァァァアアアーーーーー。』
「攻撃は単調!」

連続攻撃はパターンが限られていた。
2撃目が事前に予想できれば、カウンターを合わせることはできなくはない。
ただ、単純なカウンターでは動きの速い四号機には通用しないだろうが。

『ドリャァァアアーーーーー。』
「ボディが隙だらけよ!」
『ガボッ!』

それにはフェイントが効果的だった。
狂戦士はこちらのフェイントには簡単に引っかかった。
ガードの空いた四号機の腹に、久々にクリーンヒットが叩き込まれた。

「暴走と引き換えに冷静な判断力を失ったのが命取りになったわね。
 本能だけで戦っていては、私には敵わなくってよ。」
『グゲッ!』

反撃のパターンも完全に読み切り、そのまま腕を取って逆関節を決める。
そして腕をひねりながら、相手の勢いを利用してエヴァを投げ上げた。
さらに落ちてくるところで頭に蹴りを入れた。

100%シンクロしてるこの状態では、ダメージもすべてパイロットにかかる。
過剰な痛みはブレーカーで自動的にカットされるが、それも完全では無い。
トウジは、その一撃で気を失った。
エヴァ四号機の左腕は折れ、だらしなく地面に転がされた。



 【AA本部、発令所】

「トウジ!」
「トウジ君!」

一時は完全に押していただけに、その逆転劇はショックだった。
これで最後の望みは潰えたか。
パイのJA4号機は残っているが、エヴァ相手にはどうしようもない。
発令所の中に、そんな空気が流れていた。

「どうやらだいぶ苦戦している様ですね。」
「あっ、時田さん。」

フラッという感じで現れたのは、先技研第二研究所の主任、時田シロウ。
戦況はどこかでモニターしていたようだ。

「青葉司令は?」
「ちょっと....その、体調を崩されて、司令室で休んでいます。
 すぐに復帰できると思いますが。
 それで、今は僕が司令代行を努めています。」
「....そうですか。
 では、相田司令代行。ここはこの私どもにお任せ下さい。
 こんなこともあろうかと、密かに用意した甲斐がありました。」

彼の言葉は、いつもの様に自信に満ちあふれていた。

「用意したって、JA伍号機はまだ建造中では...。」
「ふっ、そこがシロートの浅はかさ。
 我らの創意と工夫によって産み出されたJAに不可能はありません。
 さあ、今こそその雄姿を使徒の前に表すが良い。」

そう叫んで、格納庫に通ずるマイクを入れる。

「Jタンク、発進!」

山腹が開いて、格納庫からソレが現れた。
ゆっくりと、ソレは前進を始めた。

上半身は、まさにJAそのものであった。
肩に備えつけられた2丁のポジトロンライフルが光っている。
が、その姿の最大の特徴は下半身にあった。
8両の90式戦車改の上に大きな鉄板が乗せられ、
その上に、上半身だけのJAがくっついていた。

「二足歩行システムは複雑な制御が必要で、納期がかかるんですよ。
 原子炉を積んでるため、どうせJAは格闘戦ができない。
 ならいっそ、足を省いて量産した方がいいじゃないですか。
 ちょっとした、発想の転換、というやつですかな。ふっ。」

時田が自慢げに話しはじめた。
こうなるとこの男の話は長く、嫌みたらしくなる。
決して、本人には悪気がないのだが。

「肩の2門のポジトロンライフルは従来品の倍の出力での連射ができます。
 我々はこれを『ポジトロンバズーカ』と呼んでいます。
 足場が以前より安定したのでより出力を高めることができたわけです。」
「能書きはいいです。行けるんですか?」
「勿論ですとも。」
「では、頼みます。」

どこかに通じていると思われる無線機を取りだして、時田は指示を出した。

「Jタンク、聞こえているか?」
「はい、よく聞こえます。」
「これから射撃データを送る。照準を合わせよ。」
「了解。」

マヤが質問した。

「時田さん、今のは?」
「Jタンクのパイロットです。」
「パイロット?」
「ええ。なんでも戦自でテストパイロットをした事があると言ってました。
 ええっと、名前は....そう、キリなんとか一尉と言ったかな。」
「実戦経験は?」
「これが初陣の筈です。が、どこかのだれかさんよりは優秀ですよ。
 戦自の折り紙付きの優秀な若手だったそうですから。」
「キー、何ですって!」

ちょうどその時、ケージからアスカが上がってきた。
シャワーを浴びて気分も一新することができた。
負けた悔しさは、次の機会への決意に転化された。

時田はアスカのあげた金切り声を無視した。
照準完了の報告がすぐに入ったからだ。

「よし。Jタンク、ポジトロンバズーカ斉射だ!
 なぎ払え!」

時田の一声と共に、両肩の砲口から青い輝線が伸びた。
そのままビルを貫き、唯一立っているエヴァを目指して。

『何?』

伍号機の動きが一瞬止まった。



 【エヴァ伍号機、セイラ】

「何?」

ふとイヤな感じがした。
冷たいものが背筋を走った。
四号機にとどめを刺そうとしていたのを中断して、気配を探る。
そこに亜光速で飛ぶ反粒子のビームが襲いかかった。
一瞬だけ早く、ATフィールドを強化するのが間に合った。

  ポジトロンライフル!?
  どこから?

青い光線を遮る紅い壁。
壁界で陽電子が次々とエネルギーに変わり、容赦なく聖壁を侵食する。
数瞬後、結界もついに破られた。
陽電子の流束は再び目標に向けて走りはじめた。

「あーーー!!」



 【AA本部、発令所】

「やったか?いや....。」
「何よ、はずれじゃない。」

陽電子砲は、ATフィールドを貫いてエヴァ伍号機に命中した。
が、結界を破るのに費やされた数瞬がセイラを、エヴァ伍号機を救った。
伍号機が反射的に動き出したことで、陽電子はコアではなく右腕肘関節部を直撃した。
当然本体にもダメージはあった。が、致命的な物ではない。

「はずしたか。まあいい。次でとどめだ。」
『時田さん、駄目です。今ので基部の固定が壊れました。
 体勢を直すのに時間がかかります。』
「ちっ。強度計算をミスったか。
 シミュレーションでは出力に耐えられる筈なのに。」
「何よ。ダサダサじゃない。相変わらず口ばっかりね。
 まあ、最初から誰もアンタなんか当てにしないけどね。」

アスカが、こちらも何か自信ありげに言い放った。



 【エヴァ伍号機、セイラ】

「くぅっーー。」

伍号機の左腕が途中から消失していた。
痛みに思わず腕を押さえ顔をしかめる。
ブレーカー回路が働き、数秒で痛みは引いた。

我に返ってあたりを見回すと、すぐに射線の跡に気がついた。
いくつかのビルに大穴を開けて真っ直ぐに伸びている。
その向こうに、見知らぬロボット(のようなモノ)があった。

「あれね。」

すぐにそちらに向かおうとした。
片腕なのでちょっとバランスは取りにくいが、戦えないことは無い。
相手はたかがヒトの造りしモノ、JAだ。
ATフィールドと1万2千枚の特種装甲に守られたエヴァの敵ではない。

「JAなんかにやられてたまるもんですか!」



 【AA本部、発令所】

アスカは自信ありげに続けて言った。
スクリーンでは既に伍号機が立ち上がって周囲を見回していた。

「こんなこともあろうかと、秘密兵器を用意しておいて正解だったわ。」
「えっ?」
「白根君、例のモノ、準備出来てる?」

白根というのは先技研第三研究所の研究員で、要するにアスカの部下である。
今は通信担当のオペレータとして当直についていた。

「準備OKです。いつでも出せます。
 第41、第152兵装ビルの屋上にセットしています。」
「エヴァは有効射程内に入ってるわね?」
「ええ。ばっちりです。」>
「ターゲット、ロックオン。」

ダミーを含めて、12のビルの屋上にパラボラアンテナが載っていた。
それが一斉にエヴァ伍号機の方を向いた。

「了解。じゃ、行くわよ。
 アンチATフィールド砲、発射!!


 【エヴァ伍号機、セイラ】

「何よこれ。この感じ...。」

いざJAに突撃しようとした時に、それは襲ってきた。
彼女に向けられたパラボラアンテナは彼女の死角にあり、気付かなかった。
アスカのアンチATフィールド砲は建物を突き抜けて彼女に作用した。

  ナンナノヨ.....、イッタイ。
  コレハ...ナニ。
  水?
  海?
  懐カシイ感ジ。
  自分ガダンダン溶ケテイク感ジ。
  自分ガ自分デナクナル感ジ。
  誰カイル。
  誰?
  私?アナタ...私ナノ?
  イエ、違ウ。似テルケド、違ウ。
  アナタハ私ジャナイ。
  アナタ、誰?
  アナタ、誰?
  アナタ、誰?
    ・
    ・
    ・



 【AA本部、発令所】

突然、伍号機の挙動がおかしくなったのをアスカは見逃さなかった。

「効いてるわ!ほら、攻撃開始よ!
 ミサイルでもなんでも、ありったけぶち込んで。」



 【エヴァ伍号機、セイラ】

「くはっ!」

再び襲いかかって来た痛みに、セイラは我を取り戻した。
ミサイルや砲弾が雨あられの様に伍号機に浴びせられていた。

「何?なんでATフィールドが効かないのよ!」

AA側はこれまで地下に隠していた秘蔵の部隊も出して攻撃していた。
一発や二発当たった位ではエヴァはどうという事はないが、
これだけの数となるとさすがにたまったものではない。
ATフィールドが突然消えた、というのもセイラには不安だった。

  シンクロはしている。消えるなんて事は無い筈なのに。

「司令部。こちらリトルガール。撤退の許可を求めます。」

なんとか抵抗を試みながら、通信回線を開いた。

『左腕をやられた様だな。』
「はい。」
『これ以上戦うのは無理か。』
「敵は地上部隊を出してきました。
 現状の伍号機では戦うのが困難かと...。」
『わかった。ローレンツ中尉、後退を許可する。』
「了解。」
『エヴァ四号機は倒した。君は任務を果たした。
 後は我々が仕上げをする。』

新小田原港に専用ケージを備えた特殊工作艦が入港している。
傷付いたエヴァの右腕の修復もそこでできるだろう。
伍号機は走って戦場を去っていった。
パイのJAも、Jタンクも、それを黙って見ていることしかできなかった。
戦場の真ん中では、傷付いたエヴァ四号機が横たわっていた。



 【AA本部、発令所】

「ひ、引き揚げるの?逃げる気?」

アスカが叫ぶ。だがAAの側に追撃する余力などない。
それはわかっていた。
トウジはコックピットで気を失っている。
生命に異常はなさそうだが、精密検査は必要だろう。
JAでエヴァを追ってもなんの意味も無い。やられるのがオチである。

「問題は、なんで逃げたか、だね。」

ケンスケが意味ありげに呟いた。

「N2を使うつもりかな。」
「ええ、そうね、きっと。」
「迎撃体勢は?」
「レーダーはまだかろうじて生きてます。
 が、SAM、対空砲はほぼ壊滅。稼働率は1%を切ってます。」
「今度こそ絶体絶命、かな?」
「どうかしら。」
「地上に出ている部隊を急いで収容。
 地下シェルターの最深部に誘導せよ。
 そこなら、あるいは耐えきれるかも知れない。」

レーダーを監視していた村雨が叫んだ。

「第一波、来ます。戦略爆撃機の大編隊です。」
「ちっ。隠そうともしないのか。」
「こっちに高空迎撃手段が無い事を見抜いてやがる。」

もうお終いか、と誰もが思った時、空が青く輝いた。

「ATフィールドの発生を確認。市街全域を覆っています!」



 【第三新東京市、路上】

「この街を、みんなを、
 ムザムザ殺させるものですか!
 ATフィールド、全開!」

ユイが叫ぶ。
いつの間にか、彼女は地表に立っていた。

『いかん。一人で支える気か?
 バカな真似はよせ。ユイーーーー!』

発令所で、ゲンドウが叫ぶ。
こんなに取り乱したこの男を見るのは、多くの者にとってこれが初めてだろう。

「あなた、ごめんなさい。
 シンジ。私に力を貸して。」

空一面に青い光が拡がり、街を包んだ。
そこに、次々とミサイルが落下してきた。

『バカな。力を使い果たせば、どうなるか....。
 ユイ、また私の前からお前は...。』



 【第三新東京市、住宅区域】

「奇麗でしゅね〜。」
「花火みたい〜。」

幹部用住宅施設の一棟の屋上に、その二人の少女は居た。
お供のペットを一匹連れて。

「クェ!」
「あ、ママだ。」
「ホント、ユイママだ〜。」
「クーァクヮ!」
「きっれい〜。」
「天使様みたい〜。」

それは、神々しいばかりの光景だった。
蒼く光る結界の向こうでは次々とN2弾頭が爆裂して閃光をまき散らしている。
そして街の中心部では、白いワンピースに身を包んだユイが、
両手を上にあげて結界を支える様にして、宙に浮いていた。



 【Gワシントン、艦橋】

「なかなか、やる。まだ持ちこたえている。」

海上で、双眼鏡を手にしたスタボード中将は言った。
遠く離れた地上で連続して輝く閃光、そしてそれに劣らずまばゆく光る絶対障壁。
対閃光用の遮光眼鏡を通しても、ATフィールドがしっかり確認できた。

「だが、生身の身体でどこまで持つか。
 そうだろう?」

傍らに立っていたオーウェン・マストにそう聞いた。
半ば修辞的な疑問形だったが、マストはそれに答えた。
さらに、積極的な攻勢に出ることまで指示した。

「ああ。そろそろかな。
 残りも全部出したまえ、中将。」
「全部か?」
「そうだ。出し惜しみすることはない。
 彼らへの手向けだ。せいぜい派手な花火を打ち上げてやるさ。」
「よかろう。全艦に伝えろ。残りのトマホークも全部くれてやれ。」
「SLBMもだ、中将。」
「アイツ等は私の配下ではない。」
「ソナーを3回叩けばよい。それが合図だ。
 彼らはいつも耳をすまして聞いているよ。」
「聞いていたな、艦長。実行しろ。」
「は、司令官殿。曹長、3発打て。」
「アイ・アイ・サー。」

各水上艦からN2を積んだトマホークU型巡航ミサイルが発射された。
それとはぼ時を同じくして、200kmはなれた海上に水しぶきが上がり、
6隻のミサイル原子力潜水艦からN2搭載のSLBMが放たれた。
片や海上と地上を這うようにして飛び、片や高空に飛び上がって第3新東京市に襲いかかった。



 【第三新東京市、路上】

攻撃が一旦とぎれた。
空爆していた攻撃機たちが退却したためだ。
ユイは一瞬、空を見上げた。
ATフィールドが消えた頭上には、澄んだ青空が広がっていた。

「....?」

猛烈な不安感、圧倒的な恐怖が押し寄せる気配がした。
気を引き締め最後の気力を振り絞って再び結界を作った。
既にもう限界を越えていた。想いだけが彼女を支えていた。
その時、一斉に悪魔の兵器達が襲いかかってきた。

そして女神は、地に堕ちた。






 【イカロスシティ、次官室】

「どうすればいいんだ、俺は。」

あの日以来、彼は次官室に閉じこもって苦悩していることが多くなった。
使徒が来襲している現状では、宇宙開発機構に日常業務など殆どない。
当初は、重要な仕事だった宇宙観測施設からの使徒襲来の情報統合も、
国連の決定後は各地域の国連軍・自治政府組織に引き渡された。
時折、管制室に行って様子を見る以外、自室で書類仕事をする他はない。

「シェン大佐は、俺を非難する。彼らに荷担した、と。
 シゲルたちは呼んでいる。彼らのことを『ネオ・ゼーレ』と。
 確かに彼らには、何か、黒いところが隠されている。それは間違い無い。
 だが、彼女の説明は明確だった。ウソを言っていたとは思えない。
 彼らが今やらなければ、人類はいずれ、滅ぶだろう。
 それは確かに必要なことなんだ。いや、必要なことだと思う。思っていた。」

机の片隅に置いてある電話機をちらっと見やった。
教えられた番号をダイヤルすれば、特殊な暗号化された回線で彼らにつながる。
いや、つながっていた。
今は、何度かけても誰もでない。

「何故、シンジ君とアスカちゃんだったんだ?
 何故、第3新東京市なんだ?
 何故、戦わなければいけないんだ? 人間同士で。
 ロンギヌスの槍とエヴァを使って使徒をすべて黒き月に封印し、
 月の力で人類の再補完を行う。その筈じゃなかったのか?」

彼の問いかけに答る者は誰もいない。

「彼らに実験体を引き渡したのは間違いだったというのか?
 マギのパスコードを教えるべきではなかったのか?
 だが、しかし....。」

「第三新東京市は、今、戦いのまっ最中だろう。
 また、俺はなにもできないのか?
 ただここで、見ていることしかできないのか?」

頭の中に苦い思い出がよぎった。
発令所で、何もしてやれなかった、あの時。

ふと、彼の上司だった女性の顔が頭に浮かぶ。
彼女は最後まであきらめず、戦って、そして死んでいった。

彼女との一度だけの思い出のデート。
彼女は言った。

『逃げてばかりじゃだめよ。自分から一歩を踏み出さないと何も変わらないわ。』
『私もね、後悔してる事は一杯あるわ。いえ、後悔してばっかりね。
 でも、逃げた事は後悔するけど、逃げずに失敗しても後悔はしない。』
『当たって砕けろ、よ。思い切ってどーんと告白しちゃいなさい。
 自信持って。胸を張っていいのよ。
 私から見ても、日向君って結構いけてるわよ。』
『で、どんな娘なの?もしかして、マヤちゃん?』

  .....。
  一歩でも前に進むこと、決して逃げないこと、か。



その日、一機のリアジェットがイカロスシティを飛び立って日本に向かった。




1998年10月 初出  




次話予告




今回は、視点がくるくる変わるので、それを表示してみました。
映像を意識してこういう構成にしたんですが、読みにくかったでしょうか。
皆様のご意見をお聞かせ願えれば幸いです。
では、恒例の解説および次号予告と参ります。


『JAではなく、Jタンクが登場しましたね。相田君、解説を。』
「スゴいっ、スゴ過ぎる。
 これぞ80年代アニメの真骨頂。ガン○ンク!
 いや、70年代アニメの傑作、ゲッ○ー3か!!
 男なら、まさに涙を流して喜ぶべき光景だね〜。」


「あ、足がないじゃない。所詮、未完成品よ。」
「く〜。これだからシロートは困るんだ。
 機動兵器(モビルアーマー)に足など必要ないんだ。
 お偉いさんは、これっぽっちもわかっていないんだから。」


『あと、アンチATフィールド砲ですか。これについては?』
「まさにお約束の兵器ってかんじだね。
 好意に値するよ。」

『おや、カヲル君じゃないですか。
 ひょっとして、あなたも懐かしのアニメマニアだったんですか?』
「知らないものはないさ。
 アニメ漫画はリリンの生み出した文化の極みだよ。
 そうは思わないかい、相田ケンスケ君。」

「ああ。同志よ〜。(感涙)」
「ちょっと。アタシの作った兵器なんだからね、アンチATフィールド砲は。
 そんじょそこらの光子力ビ○ムとか波○砲なんかと一緒にしないでよ。
 ちゃんと科学的にいろいろ研究して作ったんだからね。」

「いろいろって?」
「それは....いろいろと言ったらいろいろに決まってるじゃない。
 アンタばか〜?」


『最後に登場は日向マコト君です。
 コメントと、次号の予告をお願いします。』
「はい、ただいまご紹介に預かりました、日向マコトです。
 ようやく僕の見せ場がやってまいりました。
 このチャンス、命をかけてモノにしてみせますよ。
 絶対にヒーローになって、シゲルを見返してやるんだ。
 ズルいぞ、アイツばっかり。濡れ場までこなしやがって。」

『はあ。』
「では、次号予告です。

   闘いに敗れ、傷を負った鈴原トウジ。
   街を護り、ついに力尽きた碇ユイ。
   そしてそこに襲いかかる第三の魔手...。
   果たして、彼らに打つ手は残されているのか?
   人類の未来を賭けた闘いの火ぶたが今、切られる。

 来週からはもう、眼鏡君(大)とは言わせない。」




次回、第十五話

「太平洋を血に染めて」




「あの子達だけに戦わせるわけにはいかないですから。」
「って、俺のセリフっス。」





第十五話 を読む

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