Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(7)

by しもじ  







「ユイィーーーーー。」

女神はついに力尽き、地に堕ちた。
男の叫び声が、発令所に響き渡った。




















第十五話


「太平洋を血に染めて」






















光壁が一瞬途切れ、再び街を覆ったあと、すぐに消えた。
この時、先行していた偵察部隊は二子山山頂まで進出していた。
彼らはユイが墜ちて行くのを確認し、報告した。

「よし、予定通りだ。第三波の着弾までは?」
「あと1分以内です。」
「第四波は?」
「全機準備出来ています。」
「着弾を確認後、発進せよ。とどめを刺すのだ。」

そして、洋上の艦艇から発射された巡航ミサイルが一斉に街に襲いかかった。
第三新東京市周辺は眩い光に包まれた。
その光は限りなく白かった。
対消滅によって放出されたエネルギーの一部が光となり、
ガンマ線から長波、超長波まで、あらゆる波長の光が周辺を埋めつくした。
レーダーを始めとするあらゆる機器が一瞬、効かなくなった。
数十秒の空白の後、偵察部隊の隊長はそこに予期せぬ物を見出だした。

第三新東京市は依然健在だった。

「何故だ。何故、陥ちない!」

スタボード中将は報告を受け、艦橋で吠えた。
第三新東京市は再び青い光に包まれていた。





「ATフィールドです!」
「えっ!?」

第三新東京の誰もが、その時、死を覚悟していた。
が、死はいつまで経ってもやってこなかった。
代わりに現われたのはまたもあの『聖なる障壁』。
モニターには、地上に墜ち意識を失っているユイの映像がまだ映っていた。

「出力3オクトを越えています。先のフィールドとほぼ同等の強度です!」
「発信源は?」
「市内です。それ以上はわかりません。」
「まさか、使徒?」
「いえ、このパターンは....ヒトです。」
「ヒト...? ユイさんは?」
「現在、医療班が向かってます。碇顧問も一緒です。」
「どういうことなの!?」

その、マヤの疑問に答えられるものはいなかった。
ただ発令所に立ったまま、待つ事しかできなかった。
結界の中で、時間だけが過ぎていった。
30分程たった頃、ケージから連絡が入った。

『エヴァ四号機、修理完了しました。』
「もう出れるの?」
『応急処置ですが、左腕も出力60%までなら問題なく動きます。
 そこから先は我々の保証外ですが、後はエヴァ次第ですね。』
「パイロットの容体は?」
『まだ、昏睡中です。危険な状態は脱しましたが搭乗は無理かと...。』
「アタシが乗るわ!」
「アスカ!」
「惣流!」

紅いプラグスーツのアスカ。
決意がはっきりとその瞳に現れていた。

「セイラには、借りを返しておかないとね。」





「やはり鍵はATフィールド、ですか。」

大統領特別補佐官は言った。

「あれだけの強度でこれだけの時間となると、まさに人間業とは思えませんな。」
「ATフィールドなんて物、持っとるだけで充分に化け物だ。」
「おや、知らないのですか。アレは人なら誰しも持っているものなのですよ。
 使い方を知らない、というだけで、あなたも、ね。」
「なんだと!?」
「もはやそれはネルフだけの秘密でもなんでもありません。
 おいそれと一般人に公表するような事柄でもありませんがね。」
「ふん。それで、何か打つ手はあるのか、補佐官。」
「ありますよ。あなたはお気に召さないかも知れませんがね。
 簡単なことです。エヴァを使えばいい。」
「またあのデク人形に頼るのか。それにあれは今修理中だろう。」
「ええ。ですが、片腕の伍号機でもATフィールドの中和ぐらいできる。
 それにいくら聖杯といえど、生身ではエヴァにかなう筈はないでしょう。」
「聖杯?なんだそれは。イエスの血を受けたという、アレか?」
「聖杯とは、碇ユイのコード名のことですよ。
 彼女の身体は、例の事件の時にエヴァによって再構成されたいわば杯なのです。
 そこに碇ユイというかつてエヴァに取り込まれた人間の魂が盛られている。
 アレはそういう存在なのですよ。」
「やはり、化け物か。」
「地上で最も神に近い存在、と言えるかも知れませんよ?」
「俺は認めん。俺の信じる神は一つだ。」
「...まあ、それもいいでしょう。
 とにかく、エヴァを使う以外他に手はありませんよ。」
「わかった。不本意だが、命令を出そう。
 だが大丈夫なのか?また向こうのエヴァが出てきたら....。」
「そうですな。まあその時はその時です。
 そう、今度はATフィールドを中和したままで、N2でもぶつけて見ますか。」
「だが、そんな事をしたら....」
「おや?あなたがエヴァの心配ですか?」
「いや、そういうわけではないが....」
「これは大統領命令です。
 『敵の排除を最優先。そのためには味方の損害は一切無視せよ。』とね。
 無論、味方の中には、あのエヴァも含まれる。そうでしょう?」
「.....。」





「行けるの?」
「まあ、なんとか。出来るところまでは直しておきました。
 右腕は...ちょっとね。蒸発しちまったんでしょ。
 一から再生っていうのは時間がかかりますからね、いくらエヴァでも。」
「それでいいわ。」
「輸送手段のほうは、また歩いて行ってもらいます。いいですね。」
「仕方ないわ。ここに輸送機は降りられないのはわかっているから。
 で、アレの分析は済んだの?」

  また、あのわけのわからない感覚に立ち向かわなくてはいけないの?
  正直ぞっとしないわね。
  いくら再出撃の命令を受けたからといっても。

「はい。どうも、アレはアンチATフィールドの一種の様ですね。
 それも中和するタイプではなく、侵食するタイプですね。」
「中和でなく、侵食?」
「ええ。侵食です。
 中和するんであれば、相手のATFの正反対の位相をぶつければいいんです。
 言い方を代えれば、対象の存在を全否定する情報を、と言ってもいい。
 侵食の場合は、ちょっと違うんです。
 相手の情報をちょっとだけ歪めて空間に投影するんですな。
 今度は干渉効果によって不協和音が増幅されるわけです。
 そうすると、乱れたフィールドが音源にフィードバックしてそれを破壊する。
 出力がエヴァに比べ圧倒的に弱いのでそこまでいくことはないと思いますが、
 安全回路が働いて自動的にATFの放射をエヴァが止めてしまった、と。」
「そこまでわかっていて、何故我が方では実用化しなかったの?」
「しないんじゃなくて、できないんですよ。理屈ではわかっていてもね。」
「対策は?」
「ありません。」
「とにかく我慢して耐えるしかないのね。」
「ATFを消せばいいんですよ。そうすれば干渉は無くなります。」
「ATフィールド無しで戦え、と言うの?」
「相手がエヴァじゃなければそれで充分でしょ、中尉。
 それに相手がエヴァなら条件は一緒ですよ。向こうも干渉を受けますから。」
「そう、ありがと。少しは気が楽になるわ。」
「どういたしまして。
 で、いつ出られますか?」
「今すぐにでも。急いでエントリーを準備して。」
「わかりました。」

  間違いなくアスカの仕業、ね。
  まったく、やってくれるわね。



『起動シークェンス、秒読み入ります。』
『起動指数、1.1、0.5、0.3、0.2、0.1。』
『エヴァ伍号機、起動!』
『ハーモニクス正常。シンクロ率82%、安定しています。』
『全神経接続、異常なし。』
『S2機関、出力30%。問題なし。』

「エヴァンゲリオン伍号機、セイラ、出ます!」





『どう、アスカ。具合は?』
「なんか、ジャージの匂いがする。」 「まあ、今のところ特に違和感は感じないわ。」
『コア・プログラムの書き換え、うまくいったみたいね。
 じゃ、次のシークェンスに入るわよ。』
「いいわ。」

第一次接続では表層意識レベルだけの接続しかなされない。
エヴァからのフィードバックは常に制御システムを中継して伝達される。
従って精神汚染の危険は非常に少ない。いやまったく無い。

ブンッ。
エヴァのスクリーンの模様が変化しはじめた。
第二次接続が始まったのだ。
パイロットとエヴァの深層意識までがダイレクトにリンクされる。
彼女の意識が外に流れ出す。同時にエヴァからも何者かが彼女の中に入ってきた。

10年前のそれはアスカの母親、惣流キョウコ・ツェッペリンのそれであった。
その事に気付いたのは最後の最後になってからだったが。
それまで十数年間も、彼女を守ってくれていたのだ。
エヴァはただの人形なんかではなかったのだ。

なじみ深い感触。
彼女に差し伸べられた手。
彼女はそれを握り返し、応えた。

  ママ。
  ママなの?
  ママ。
  私を見て。
  私を守って。
  私と戦って。

だが今回のそれは、違った。十年前とは。
応えてから、気がついた。

  何、これは?
  ママじゃない。
  誰、私を見てるのは。

『第三ステージに異常発生!』
『28から65ブロックにかけてノイズ増大!』
『中枢神経素子に拒絶反応です!』
『パルス逆流!』
『起動シークェンス中止。停止プラグを入れて!』
『停止プラグを挿入します。』
『神経接続切断。エヴァ、ほぼ常態に回復しました。』
『暴走はなんとか避けられたみたいね。アスカは?』

はあ、はあ、はあ。
アスカは荒い息をはいていた。

  何だったのよ、アレは。
  何か、わからない、へんな感じ。

『大丈夫、アスカ?』
「マヤ。もう大丈夫よ。」
『どうしたの?』
「わからない。違うのよ。変なのよ。」
『じゃあ、残念だけど起動実験は中止ね。
 エヴァを動かせないのはきついけど...』
「待って。もう一回やらせて。」
『できるの?』
「わからないわ、自信無い。でも...」
『それじゃ、やっぱりだめよ。少なくとも...』

そこで、ケンスケがマヤの肩をたたいて呼ぶのをアスカは見た
二人の会話のうち、マヤの話している声だけが漏れ聞こえる。

『何、ヒカリさんから?
 なんでこんな時に。今忙しいからって...
 えっ?トウジ君が目覚めたの?わかったわ。
 アスカ、ちょっと待っててね。』

ケンスケがマヤに何かを渡した。携帯の受話器のようだ。
モニターの向こうでマヤは受話器を持って話しはじめた。
しばらくして、マヤが話し終えた。

『ヒカリさんがあなたに話があるそうよ。回線をつなぐわ。』

Sound Onlyの文字と共に、新たな回線が開いた。

『アスカ?
 トウジが、どうしてもアスカに伝えたいことがあるって。』
「鈴原がぁ?
 意識が戻ったの?」
『さっき、ちょっとだけね。今は寝てるわ。
 伝言を私に伝えて、またすぐにね....。』
「そう。それで、何だって?」
『私には良くわからないんだけど....そのまま伝えるね。
  「みんな、ええ人達やで、惣流。
   怖がることはないんや。
   心を解放して受け入れるんや。
   一人で戦っとるんやないで。
   お父んや他の人達が力を貸してくれる。」
 だって。わかる、アスカ?』
「鈴原のお父さんって確か....。」
『ん。10年前のあの時の事故でエヴァと一緒に....。』

  エヴァ。アダムより造られし、魂の容れ物。
  魂の与えられなかったエヴァの躰には、魂が必要だった。
  それが、魂の座。エントリープラグ。
  チルドレンと呼ばれたパイロット達。
  それとは別にエヴァに取りこまれた人。
  ユイさん。それに...ママ。

しばらくの沈黙の後、アスカは答えた。

「そう。それでだいたいわかったわ。
 要するに、エヴァと一緒にディラックの海に落ちたヒトの魂が、
 エヴァの中に取り込まれている、ってことでしょ。」

  欠けた心の補完。
  エヴァはいつも、魂を求めていた。
  だから....。
  多分、そうなのだろう。
  鈴原がそう感じたのならば。
  でも、私にそれができるかしら...。

「....わかったわよ。どっちにしろやるしかないのよね。
 ヒカリ、鈴原が起きたら言っておいて。
 『ありがとう、やって見るわ』ってね。
 ついでに私の代わりに熱いキスでもしてあげてね、いつもの様に。」
『な、何を言うのよ。』
「今更、照れること無いでしょ。やることはやってるんだから。」
『な、何を言うのよ。』

(鈴原ヒカリ。現在妊娠中である。)



「再起動シークェンス、始めていいわよ。」
『本当に大丈夫なの?』
「さあね。多分できるわ。正体はわかったんだし。」
『わかったわ。始めて頂戴。』
『了解。起動シークェンスに入ります。
 フェイズ2までダイレクトに移行、いいですね。』
「やってちょうだい」

   ・
   ・
   ・
『絶対境界線突破まであと、1.1、0.5、0.3、0.2、0.1。』

  さあ、アスカ。
  もう後には戻れないわよ。
  ママ、シンジ。私に勇気を貸して。
  来た!
  さあ、私を見て!
  私に触って!
  私を感じて!
   ・
   ・
   ・
  これは....光?
  暖かい。
  受け入れてくれたのね。
  これが...エヴァ。
  本当の...エヴァ。

『エヴァ四号機、起動!』
『ハーモニクス誤差修正0.01。シンクロ率79%で安定。』
『全神経接続、オールクリア。』
『S2機関、現在稼働中。異常有りません。』
『全ロックボルト開放。』
『いけます。』

「アスカ、行きます!」





「ユイ、気がついたか。」
「あなた....」
「無茶をしおって。」
「ごめんなさい。でも、ああするしか....」
「わかっている。だが、残される身にもなって見ろ。」
「.....。」
「まだ平気なのか?」
「多分。なんとか身体を維持出来るぐらいには残っているみたい。
 自分で考えていたよりも、蓄積されていた力は大きかったようね。」
「そうか。」
「ギリギリのところで自然に放出が止められた....出せなくなったの。
 ...変ね。私...、あの高さから墜ちた筈なのに....。」
「お前は、まるで鳥の羽が舞い降りるように、ゆっくりと墜ちていった。
 私が駆けつけた時は、意識を失って、地面の上に横たわっていたよ。」
「そう.....。
 !! 街は!?今、どうなっているの?」
「無事だ。それだけしか言えん。
 お前が墜ちた後、またミサイル攻撃があった。
 その時、また新たなATフィールドが街を守ってくれた。
 あれは....シンジなのか?」
「さあ、わかりませんわ。私にまだ力があれば....。」
「まあ、それで、今はどうなっているのかはわからん。
 それからずっとここに籠りっきりだったからな。」
「あなた.....」
「ユイ....」





『エヴァ伍号機、接近中。』
『もうすぐよ、アスカ。気をつけて。』
「わかってるわよ、マヤ。」



『エヴァ四号機は元箱根まで進出してきた。
 そこで迎撃するつもりのようだ。』
「以外と早かったわね。」
『ああ。向こうの方が重傷に思えたのだがな。
 少なくともパイロットは無事とは思えなかったのだが。』
「ノウハウの差ね。それに....」

  パイロットは多分違うわ。
  乗っているのは....彼女ね。





「四号機、敵と接触しました。」
「敵通常部隊の様子は!?」
「海兵隊が近くまで進出している筈ですが...」
「それはいい。こちらの地上部隊で対応できる。JAも使えるしな。」
「航空部隊は全て空母、または厚木に帰投した模様です。」
「再爆装をしてるのか、いや...」

敵の空襲がまた中断しATフィールドも消えたため、通信が回復した。
地上回線はほとんど切断されたため、衛星回線がAAの頼みの綱であった。
そしてAAの反撃は静かに始められた。

「様子を見ている。そうか、そう言うことか。なら、この間に....。
 ミホ、始めよう。」
「了解。ケンちゃん。
 さあ、みんな、出番よ。行ってらっしゃい。」

『ホント、あの子。人づかいが荒いわね。』
『仕方ないでしょ。人じゃ無いんだから。』
『それもそうか。あ、何々。ワールド・ビア・データベース。面白そうね。』
『置いてくわよ。』
『待ちなさいよ。アンタに置いてかれたら迷子になっちゃうでしょ。』
『あきれたわね。まだその方向音痴、治らないの?』
『うっさいわね。』

「チャック、ビリー、トマスが制御下に入りました。」
「続いてスティーブ、ポールからも応答有り。」
「これで北米の主要戦術コンピュータは押さえたな。バレてないだろうな。」
「もちろん。そんなヘマはしないわ。」
「次はEUか。総本山のトリニティまで行けるかな。」
「さあ。Pプラスを直接ぶつけるのはこれが最初だから...。
 でも、第三層まではもうフリーパスよ。」

Pプラス。
ネットワーク型仮想計算機システム。ミレニアム計画の試作一号機。
その本体は特定のハードウェアに依存せず、ネットワーク上にのみ存在する。
そして配下の全ての計算機資源を統合し、各マシンを渡り歩きながら演算する。
合法的なハッキングを前提に設計された新世代の人工知能OSである。

それを作ったのは『パペットマスター』こと天城ミホ。
彼女は自律型AIウィルス、パペットを駆使する天才ハッカーでもあった。
まさに彼女のためにあると言っても過言ではない計画である。
そして合法的なハッキングを前提に設計されたプログラムは、
当然のことながら非合法なハッキングにも有効に使えた。

『でもホントにスゴイわね。』
『何が?』
『あの子よ。イロウル顔負けね。』
『そんなに!』
『ええ。あなたもバレたら消されるかも知れないわよ。』
『げぇ。ゴ、ゴメンだわ、それだけは。』





「状況は!?」
「箱根外輪山内でエヴァ四号機と接触。現在戦闘中です。」
「第三新東京市内では無いのか。」
「はい。敵のエヴァが一足早く迎撃のため南下していた模様です。」
「何をやっていたんだ、新沼津の技術屋どもは。」
「最善はつくしました。」
「そんな事はわかっている。言ってみただけだ。」
「はっ。」
「近接戦闘か?」
「はい、その様です。」
「ならば航空攻撃はできんな。今エヴァを失うのは得策ではない。」

第三新東京のATフィールドを中和するにはエヴァがどうしても必要だった。
近接戦闘でないか、あるいは戦闘が第三新東京市内であれば話が違ったのだが、
この状況では伍号機に被害を与えずに四号機だけ攻撃することは不可能だった。

「第三新東京の様子は?」
「ATフィールドは現在展開されていません。
 敵の地上部隊はまだ健在な様です。JAも二機、残されています。」
「海兵隊を突っ込ませるのも自殺行為か。航空支援抜きでは。
 それに航空攻撃を仕掛ければ、どうせATフィールドを展開するのだろう。
 そうなれば突入部隊は袋のネズミだ。
 今はまだ、手をだせんか....。」





その頃、アスカの乗るエヴァ四号機はセイラのエヴァ伍号機と対峙していた。
白い巨人と黒い巨人が向かい合う。
先刻の戦闘をほぼ再現した形であるが、外見上の違いが大きく2ヶ所あった。
白い巨人の片腕が欠けている事と、黒い巨人の両肩が赤く染められている事。
後者は、パイロットが無理(無茶?)を言って無理矢理染めさせた物である。
全身の色を変更する時間は無かったのでアスカもそれで我慢せざるを得なかった。

「セイラ。さっきの借りを返しに来たわ。」
「アスカ。そこをどいて。邪魔をしないで。」
「そうはいかないわ。今度はさっきの様にはいかないわよ。」
「戦うしかないの?」
「あなたが大人しく帰るんなら話は別だけどね。」
「それはできないわ。」
「じゃ、仕方ないわね。」

両機とも、それぞれの武器を持って身構えた。

「片手なの?それでアタシと戦う気?
 そう、修理が間に合わなかったのね。」
「アスカが気にする必要は無いわ。
 アナタ相手には、コレくらいでちょうどいいハンデよ。」
「何を...!
 いいわ。左腕神経接続解除。それから切断。」
『アスカ、何を!?』
「止めないで、マヤ。」
『だけど....』
「さあ、コレで対等よ。セイラ。
 さっきの続きと、14年前の決着、まとめてつけてあげるわ。」
「アスカ、まだあんな事覚えていたの?」
「当たり前よ。あんな形で逃げられて、アタシの気がすむわけ無いでしょ。」
「しつこい女はね、男に嫌われるわよ。」
「うっさい。」
「じゃ、行くわよ。今度は手加減しないからね。」
「できるもんならやってみなさい。
 トォリャァアアアーーーーー。

そして、二人の死闘が始まった。





ほぼ同時刻、太平洋上を低空で飛ぶ一機の飛行機があった。

「おい、もっと低く飛べないのか。
 これじゃすぐに見つかっちまうぞ。」
「無茶言わんで下さい。これは戦闘機じゃないんですぜ、だんな。」
「だが....。」
「これ以上は無理ですって。これでも安全高度を大幅に下回ってるんですよ。
 アッシの腕がなかったら、とっくに海面にぶつかってるとこなんですから。」
「わかってる。」
「ならそこで黙っていて下さい。
 まったく。操縦室に入れるんじゃなかったよ。」
「ああ。....あれは、何だ?」

前方に何かが居た。
一瞬だけだが、何かが見えた。

「何です、だんな。何もいませんぜ。」
「いや、確かにいた。もう一度今のコースを飛んでくれ。」
「ようがす。」
「アレだ。ちらっとだけだが、また見えた。
 ホラ、あれだ。左の海上をよーっく見てろ。まただ。」
「おう。なんだ!?確かにいやすぜ。」

その時、突然それは実体化した。

「あっ、危ない。」

パイロットは初めて見るその姿・形に気を取られすぎていた。
副操縦席に座っていた日向がとっさに操縦桿を引かなければ、
突然延びてきた何か器官のようなものにぶつかるところだった。

「うわっとっと。助かりやしたぜ、だんな。」
「気をつけてくれよ。それと高度をもっと上げてくれ。」
「はい。アレは....何ですかい?」
「多分、アレは...使徒だ。」
「使徒!アレがですかい。もう大丈夫やろうか?」
「ああ、多分、この高度なら大丈夫だろう。」
「おっ、また消えちまった。
 あいつ、北に向かってましたね。」
「目的地はわかっている。第三新東京市。間違いない。
 高度をもっと上げてスピードも出せ。レーダーも入れてくれ。」
「それじゃ、簡単に見つかっちまいやすぜ。」
「ああ。それが目的だ。太平洋艦隊にも警告をしなければ。
 通信機は....これか。」





「司令。所属不明の民間機が接近中です。」
「ここは戦闘空域だぞ。撃ち落とせ。」
「しかし、国連の特務次官マコト・ヒュウガと名乗っております。」
「特務次官だと、何の用だ。こんなところに。」
「何か、見えない使徒について警告があるとか...。
 宇宙開発機構の次官と言う事なのでお耳に入れておいた方が良いと思いまして。」
「見えない使徒だと?なんの冗談だ。」
「司令。その特務次官は元ネルフですよ。」
「本当か、マスト君。ならますます信用できんな。
 追い返せ。本当に撃ち落としてもかまわんぞ。戦闘中の事故など良くあることだ。」
「はっ。」
「しかし、司令。一応警戒はしておいた方がいいのでは?」
「ミスター。君はこいつを信用すると言うのかね。」
「いや、念のためですよ。彼が我々に嘘を言う理由がわかりませんのでね。」
「大方、我々を混乱させるのが狙いなんだろ。
 大体、地球にはもう使徒はいないと報告したのは奴の所なんだぞ。」





「畜生。聞く耳も持たないと言うのか。」
「仕方ありませんぜ、大将。大将は元ネルフなんでっしゃろ。
 敵方の言う事をほいほい聞いてくれるわけありませんぜ。」
「それはそうだが...。せめてシゲルには連絡しないと。」
「無線は使えませんぜ。」
「えっ。」
「ほら、あそこ。戦闘機が三機、エスコートしてくれてやす。
 で、その後ろに見える奴。ありゃ電子戦機ですな。」
「くそ!」
「で、どうしやす。北に向かったら間違いなく撃ち落とされますぜ。」
「仕方がない。日本に入るのは無理か。」
「ええ。どうせ全空港が閉鎖されてますよ。回り込んでも無駄でしょうな。」
「みんなには合流できないか....。
 仕方ない。西へ行こう。大陸までは飛べるな。
 香港ルート、まだ使えるか?」





「おい、そこのバイク。止まれ。」

そいつは俺に英語で声をかけた。
まずいな。米軍だ。まだこんなところにいやがったのか。
秘密の地下通路を使って、展開中の奴等の裏手に抜けたと思っていたのに。
やるか?
いや、だめだ。人数が多すぎる。
仕方がない。

「こら待て。」

待てといわれて待つバカはそうそういない。それに俺はバカじゃない。
今はこんな奴等にかまっている時間はない。
タンッタンッタンッ。
ちっ。撃ってきやがった。

「敵だ。敵兵が街に向かったぞ!」

俺はアクセルを全開にして、林道を一気に駆けおりはじめた。
歩兵の奴等にはついてこれない筈だ。
だが、これで警戒されてしまったな。
まあ、なんとかなるだろう。





すでに戦闘を開始してから15分は経っていた。
両者が最初に持っていた武器、ソニックグレイブとプログソードは既に無い。
くの字に折れ曲がった棒と、柄だけになった剣が戦場の隅に転がっていた。
片腕の巨人が二体、今、その肉体を武器として戦っていた。

「タァーーーーー!」

黒い巨人が右後ろ回し蹴りを相手の顔をめがけて放った。
白い巨人が寸前で見切って躱したところに、振り向きざまのバックブローを見舞う。

「クッ。」

セイラはこれを残された左腕でかろうじてブロックしたものの、
さらに回転して襲いかかってきた左足がノーガードの腹に叩き込まれた。
白い巨人が吹き飛んだ。いや、自ら飛んで勢いを相殺した。
だが、アスカの蹴りのダメージを完全に殺すことはできない。

「どう、セイラ。今のは効いたでしょ。」
「まだまだ!」

そう言って、セイラはその場で空に飛んだ。
それを見てアスカは着地の瞬間を狙って迎撃態勢に入る。

「甘いわね。空に飛んだのは失敗よ!」
「ATフィールド!」
「なっ?!」

突然、空中で白いエヴァが加速した。
アスカの頭上を飛び越え反対側に着地すると、すぐにバク転した。
膝でエヴァの赤い両肩にストンと乗ると、そのまま首を挟んで捻りながら投げた。

「くぅっ!」

とっさにアスカは捻りに合わせて自らも飛んだ。
そうしなければ、エヴァと言えども首が折れていただろう。

先の戦闘の時に展開されていた力と技の戦いとは対照的な戦いぶりであった。
華麗な技と技の応酬。
紅い鶴と白い水鳥が戦場を乱舞する。

息つく間も与えない怒濤の連続攻撃とフェイントを織り交ぜた意表をつく攻撃。
攻撃力は互角だった。
相手の攻撃を的確に読む判断力と致命的な一撃をとっさに避ける反射神経。
防御力も互角だった。
決着がつかぬまま、時間だけが過ぎていく。





「何をやっとるんだ。まだケリがつかんのか、アイツ等は。」
「しかし、司令官。両者ともに、なかなか見事な武技ですぞ。
 こういうのはお金を払ってもそうそう見れるもんじゃありません。」
「君はわざわざこんな辺境までカラテの試合を見にきたのか?
 そんなことは、どうでもいいんだ。
 このままでは日が暮れてしまうではないか。」
「だが、他に...」

そこまで言いかけた時、ドーンと大きな音がして艦が大きく揺れた。

「なんだ!?」
「水中衝撃波!」
「何!?」
「正体不明の物体がカッパーマインに激突。
 カッパーマインは大破。」

水平線の向こうに黒煙が上がっている。
最南方を哨戒していたイージス巡洋艦カッパーマインがまずやられた。
そして、南の方から水しぶきが加速しながらこちらに向かって来ていた。

「あれか。あれは、この間の使徒じゃないか?
 AAが倒したという話は嘘だったのか?」
「さあ。こうなって見るとどうでしょうね。
 AAが倒したのが別の使徒なのか、それともコイツが違うのか。
 いずれにしろ、良く似た使徒ではありますな。」
「そんなことはどうでもいい。各艦、任意に迎撃!
 太平洋艦隊の名誉に賭けて、奴をしとめるんだ。」

艦側に装備されたアスロック対潜魚雷が次々と発射されていった。
ハープーン・対艦ミサイルも発射されているが、ほとんど命中しなかった。
自動追尾システムがまったく効かなかった。

「なにやってやがる。当たらんじゃないか。」
「索敵係は何をやっていたんだ。寝てたのか?」
「いえ、レーダー、ソナー、共に反応はありませんでした。」
「いかん!デシューツに向かっているぞ。ダメだ!」

高速フリゲート艦、デシューツは真っ二つになって沈んでいった。
デシューツは空母マジソンスクウェアの直衛艦である。
そして使徒はまっしぐらに航空母艦を目指して突き進んでいた。

「ああ!なんてことだ。私の艦隊が、空母までが...。おのれ!
 ?!」

突然、彼の視界からその悪夢の物体が消えた。

「消えた?どういうことだ?どこに行ったのだ?」

その問いに答られる者はいなかった。
司令官の視界だけではなく、全員の視界から瞬時に消えていたのだ。
東南東の方角で衝撃音が上がった。
使徒が進んでいた方角とかなり近い。

「ウィラメット、撃沈!」
「なんだ、見えなかったぞ!?」

再び使徒が姿を現した。
そして、別の砲艦カトマイを転覆させてから、また姿を消した。

「ふむ。保護色のような物なのですかな。
 いや、アクティブレーダーキャンセラーの進化した物、と言った方が近いか。
 いずれにせよ、たいしたものだ。電磁波、音波、光波まで制御するとは。
 ATフィールドをうまく応用しているようですな、あの使徒は。」
「何を悠長なことを言っておるのだね、君は。
 やられとるのは私の艦隊なんだぞ!」

さらに、巡洋艦クラマシュ、空母カールビンソンが大破した。
艦隊の被害は増える一方だった。





「ん?どうしたんだ?騒がしいな。」

市街地の路地裏。
目的地を目の前にして街の様子を伺っていた俺は、異変に気付いた。
兵士達が慌ただしく駆けて行く。
武器を手にして海岸に向かう部隊。
これまでは皆、山の方へ、第三新東京の方に向かって移動していた。
どうしたのだろう。
まあいい。これで目的が果たしやすくなったのは確かだ。

混乱を利用して、港にうまく忍び込むことができた。
目指す艦は.....アレだ。

そこで、俺は見つけた。
海の向こうから接近してくる物の存在を。
そして、兵達が混乱している理由もわかった。

「使徒だ!」





「これじゃ、いつまでたっても埒が明かないわね。」

アスカはついに決断した。
そして、肩口にしこまれているプログナイフを取り出した。
愛用のカッターナイフ型プログレッシブナイフ。
チキ、チキ、チキ。
ゆっくりと刃を出して、そして、構えた。

「アスカ。本気の様ね。」

セイラも腰に手を当て、最後の武器を取り出した。
プログレッシブスパイク、と言うのだろうか?
アイスピックの様に尖った針が突き出していた。
貫通力ではプログナイフに勝る武器である。

片腕の状態。その唯一の手に致命的な武器を握る事。
それが意味することはただ一つである。
相手の攻撃をガードする腕は残されていないのだ。
攻撃されたら、躱して避けることしかできない。
否。武器を手にした時から、躱すことなど考えてもいまい。
やられる前に、やる。
防御を一切捨てて渾身の一撃に全てを賭けるつもりだった。

最後の刻に向かって、息を整える二人。
そこに、邪魔が入った。

『6th、命令だ。戦闘を中止して帰還せよ。』
「何?!」
『帰還せよ。命令だ。』
「どうして!」
『使徒だ。使徒が現われた。』
「使徒?」
『そうだ。直ちに帰還して、これを撃滅せよ。』

  使徒?!
  なんで今頃?
  地上の使徒は一掃された筈じゃなかったの...。

一瞬の逡巡。
アスカがこれを見逃す筈がなく、

「もらったぁーー!」
「待って!」
「えっ?」

とっさにアスカは寸止めしようとしたが、勢いのついた腕は止められない。

「くぅっ!」

セイラの心臓に鋭い痛みが走った。
伍号機のコアにプログナイフが直撃したのだ。
幸いにしてコア自体は破損することはなかったが、
それを覆っていた厚い外部装甲はナイフに貫かれヒビが大きく入った。

「何よ、セイラ。」
「使徒よ。使徒が太平洋に現れたの。
 戦いは使徒を倒すまで一時お預け。引いて頂戴、アスカ。」
「使徒?そんなの関係ないじゃない。
 今はアタシとアナタの決着をつけるのが...」
『アスカ。彼女の言う通りよ。その情報は今こっちでも確認したわ。
 まず彼女に協力して使徒を殲滅して頂戴。』
「なっ!?」
『何よりも使徒の殲滅が優先します。それがAAの使命だから。
 それに、アナタにも使徒を倒す理由があった筈よ。忘れたの?』
「....。
 忘れてなんかないわ。
 わかったわよ、マヤ。協力するわ。」
「そう、協力してくれるの。助かるわ。
 伊吹博士。懸命なご決断、感謝します。」
『必要だからそうしたまでよ。感謝してもらう必要は無いわ。』

マヤの返事は彼女にしては意外なほどそっけなかった。
彼女もセイラの裏切り行為は決して快くは思っていない。
彼女にも彼女の事情があることはわかっているが。

  青葉君は何か知っていて、それで悩んでいたのかしら...。
  そう言えば、彼はどこに行ったのかしら...。

そこでふと、マヤは気付いた。
すぐに戻ると言って出ていったきり、帰ってこない。
今まで、刻一刻と変わる状況に対応するのに手一杯で気がつかなかった。

そこまで考えて、すぐに状況に引き戻された。

「で、セイラ。どうすればいいの?」
「まずは、海に行きましょ。新沼津港で使徒を迎え撃つ。」
「武器は?」
「港で伍号機用の予備を支給するわ。何がいい?」
「マヤ?敵のタイプはわかる?」
『固い外骨格に覆われてるわ。それに突進速度が異常に速い。
 このあいだのダンゴ虫みたいな使徒と似たようなタイプね。』
「じゃあ、近接戦闘しかないわね。」
『そうね。多分そうなると思うわ。』
「セイラ。スマッシュホークはあるかしら?」
「ええ。もちろんあるわ。私はハンドガンにするわ。
 じゃ、いいわね。行きましょう。」





駿河湾沖は太平洋艦隊の墓場と化した。
傾き沈みつつある艦。爆炎を上げている艦。既に沈没した艦。
無傷の戦闘艦は数えるほどしか残っていなかった。

「か、艦隊が...。
 私の艦隊がぁ.....」

艦長が「誠に遺憾ながら...」と言う表情で司令に報告を始めた。

「司令。この船は危険です。残念ながらまもなく沈むでしょう。
 消化班、ポンプ班、ともに力は尽くしたのですが...。」
「何故だ。何故、こんな目に....。」
「司令!」

艦橋で、艦隊司令官スタボード中将は絶句していた。
最強と言われた太平洋艦隊の成れの果てを目の前にして、
意味もない事を口走ることしかできなかった。
艦長の報告も完全に上の空の様に見えた。

「仕方ない。副官。司令をお連れしろ。
 幸いまだオーヴァー・ザ・レインボウは無事だからな。」
「はっ。」
「何だ!何をする。」

副官が司令の腕を取った時、ようやく司令は我に返った。

「司令。遺憾ながら本艦はもうダメであります。
 オーヴァー・ザ・レインボウにお移りいただきたいのですが...。」
「そうか。ご苦労。...そうだ!
 マストの奴はどこに行った。しばらく見てないぞ。」
「マスト大統領補佐官殿は先程ハリアーVで沼津に向かいました。」
「ちっ。逃げ足の早い奴だ。まあ、あんな奴はほっとけばいいか。
 それより、艦隊の再編成を急いですまさねばならぬな。
 副官、状況を報告せよ。移動しながら聞こう。」

太平洋艦隊の司令にまで出世したのは伊達ではない。
彼は有能な指揮官であり、戦略家であった。
ただし、あくまでも常識的な状況下においての話であったが。





「どう、相田君。」
「二分前に日本上空を通過した衛星からの映像ですが...。」
「これは...!?」
「太平洋艦隊は空母二隻を失い、護衛艦隊も半減。
 まだ浮いている艦も、あと何隻かはまもなく沈むと思われます。
 戦力的には大きく低下した、と言いたいところなんですが...。」
「違うの?」
「陸上戦力はほとんど上陸済み、装備も陸揚げが終わってますし、
 航空機は接収した地上の基地を使えますからね。
 まだまだ気は抜けませんよ。」
「使徒は?」
「艦隊を相手にするのに飽きたのか、今は陸に向かってます。
 すぐに新沼津に上陸して、ここに向かってくるでしょうね。
 海兵隊を中心に沿岸に大砲を並べて待ってますが、まあ無理でしょう。」
「エヴァは?」
「今、三島付近を下ってる所です。
 このまま行けば、ちょうど使徒の上陸と同時くらいには着きそうですね。」





警備の隙をついて、俺は易々と目的の艦に侵入した。
昔取った杵柄。腕はそんなに錆ついちゃいない。
俺は元々はネルフの情報部の出身だからな。

その艦はとても不格好だった。高速輸送艦隊には相応しくない。
それゆえに、この艦に目指すものがある、と判断したのだが。
そして予想通り、それはあった。

使徒の騒ぎに皆気を取られている為か、警戒は無いも同然だった。
白衣の男を一人締め上げるだけで、第一の目的は達成できた。
それから甲板に上がった俺は、使徒と対峙している二体のエヴァを見つけた。





「アスカ、武器は受け取ったわね。」
「ええ。作戦は?」
「まずは様子見。取りあえず波打ち際に釘づけにしながら弱点を探りましょ。」
「わかったわ。」





使徒が態勢を整えたのがオレにはわかった。
2体のエヴァのほうも準備はできていると見えた。
そろそろ始まるな。
オレは誰にともなく呟いた。
あの白い方には、彼女が乗っている。
黒い方は、肩が赤いからアスカちゃんだろう。

使徒の上半分、海から出ている部分は、新小田原に上陸した使徒とそっくりだった。
甲羅のような硬そうな外骨格に覆われていた。
しかし、下半分はまったく異なっていた。
波打ち際にまでくると、おもむろにそいつは4本足で立ち上がった。
言っておくが、カメには似ていない。決して回りながら空を飛んだりもしない。

オレは彼女たちの勝利を祈りながら、これからどうすればいいのか考えていた。
彼女に会って真実を問いただす。
そのために、司令部を抜け出しここまでやってきた。
そして、真実の一端は手に入れる事ができた。
が、それだけでもオレには重過ぎる事実だった。
彼女を捕まえてなんと言えばいいのか。オレは考えていた。

エヴァは使徒相手に苦戦していた。
硬い装甲に、まったく歯が立たないのだ。
おまけに戦闘中に時々ふっと見えなくなる事があった。
片手の使えないエヴァはミッドレンジで戦うしかないので、
これをやられるとかなりきつい。
しかも相手は空母並みの巨体である。
体当たりでもされたら、エヴァなど容易にふっ飛んでしまうだろう。





「また消えた?」
「アスカ、左よ。」
「くうっ!」

アスカはかろうじて使徒の突進を避けることができた。
セイラはまるで使徒の居所がわかるかの様に楽々と躱しているのに。

「まったくうざったいわね。見えないなんて。」
「アスカ、見えないの?」
「当ったり前じゃない。セイラには見えるの?」
「見えるわけじゃない。感じるのよ。アスカにも出来る筈よ。」
「えっ!?」
「ATフィールド。心を開いて感じればいいのよ。
 そうすればわかる筈よ。」

  なんであんたが知ってんのよ、そんなこと。

そう思いつつも、彼女はそれを実行した。

  見える。
  本当にそこにいる。
  なんだ。簡単な事じゃない。

「アスカ。できたわね?」
「ええ。でもなんで知ってるの、こんなこと?」
「それはね。私が本当のセカンドチルドレンだった、からよ。」
「えっ!?」
「話は後。それよりアスカ、どうする?
 並みの攻撃じゃ歯が立たないわよ。」
「さっき大口をあけた時にちらっと見えたわ。
 コアは口の中にある。」
「じゃあ...」
「内部からの破壊。これしかないわ。」
「でも危険よ、それは。」
「やるしかないでしょ。」
「そうね。」
「じゃ、アタシが...」
「待って。私がアイツの口を開けるわ。
 パレットガンを支給するからアナタがコアを破壊して。」
「そんな...。」
「ここはまかせて。
 それに、さっきのあなたの一撃で照準システムに誤差が発生してるの。
 ハンドガンも全然狙った所に命中しなかった。射撃には自信があるのに。
 だから私が撃っても多分コアには当たらないわ。」
「でも...」
「いいから。じゃ、行くわよ。」
「あっ、待って!」

エヴァ伍号機は使徒に向かって駆け出した。





何をする気だ?まさか!

オレの予測は当たった。
四号機が武器を取りに行くあいだしばらく時間を稼いでいたかと思うと、
突然、フェイントも入れずに使徒に突っ込んでいった。
使徒がガバッと大口を開けた。
そして、彼女は使徒に飲みこまれた。

四号機が戻って来て、使徒に狙いをつけている。
使徒の方は、飲み込もうとした伍号機が口の中で暴れるので思うように動けないでいる。
やはり、そういうつもりか。





「セイラ、待たせたわね!」
「アスカ、遅いわよ!」

エヴァ伍号機の目が光った。

フォオオオオーーーー!!!

雄叫びとともに、使徒の口が開いた。

「見つけた!」

アスカは引き金をひいた。
パレットガンの弾丸が、光条となって使徒の口に吸い込まれていった。
その先には、コアがあった。

『使徒内部に高エネルギー反応を計測。
 一点に収束して行きます。』
『アスカ、逃げて!』
「セイラ!」
「わかってる。先に行って!」





オレは危険を感じた。
この距離では、ここもヤバイか、ギリギリってところだろう。
少なくとも急いで甲板の下に避難した方がいい。
振り向くと、四号機は既に使徒から逃げ出している。
が、伍号機はまだ使徒の顎から抜け出せずにいた。
何をやってるんだ、と思いながらもオレは走った。

後方で光った。
階下に降りる通路に飛び込んでドアを閉めた途端、爆風が襲ってきた。





爆風がエヴァを襲い、四号機は吹き飛ばされた。
2転、3転、4転。
アスカが起き上がって振り向いた時、そこにもう使徒の躰は無かった。

「セイラ!」

爆心地には、傷ついたエヴァ伍号機が横たわっていた。
外部装甲は高熱によってドロドロに融けかかっている。
露呈していたコアはきっと大きなダメージを受けただろう。
そして、それにシンクロしていたパイロットも....。
通信にも応える気配がなかった。

「マヤ。何とかならないの?」
『ここからでは、なんとも出来ないわ。
 取りあえずプラグをマニュアルで排出して。できるわね。』
「ええ。」
『近くにエヴァの補修施設がある筈よ。』
「えっ?」
『さっき、惣流が武器の供給を受けたやつがそうじゃないか。』
「あ、ああ。」
『そこに連れていけば、後は彼らが何とかするでしょう。
 ここに連れてくるより早いし確実だわ。』
「そ、そうね。」

幸い、プラグの強制排出はスムーズにいった。
エントリープラグは新型だった。
細長いプラグが排出されると同時に、中央部に穴が開いて、
中から卵形のカプセルがせりあがってきた。

「多分、これね。」

半透明のその中には、セイラと思われる物の影が見えていた。
アスカは卵をそっと掴んで、補給艦に向かった。





爆発に続いてやってきた大波に艦は大揺れに揺れた。
転覆はしなかったが、オレは天井に頭を何度かぶつけた。
しばらくすると、船内が急に慌ただしくなった。
つなぎを着た作業員達があたりを駆け回った。
甲板では備えつけのクレーンが動きはじめた音がしている。
オレは、隠れて様子を窺うことにした。

やがて、事態が少しづつわかってきた。
エヴァ伍号機は使徒の爆発にまきこまれて大破していた。
この特殊工作艦に収容する作業を急いでいるところらしい。

  逃げ切れなかったのか。

エヴァ四号機が何か卵のような物を持って艦に向かってきた。
迎撃準備をするかと思いきや、作業員が甲板を片づけはじめた。
エヴァは、その卵のようなものをそこに置いて去っていった。
どうやらそれはエントリープラグの一部だったらしい。
その卵の中に彼女はいた。
少なくとも、生命は無事だったようだ。
が、かなりヤバイ状態なのかもしれない。
意識を失っているように見えた。

医務室を見つけるのに、それ程問題はなかった。
船の構造は、侵入してから最初に確認していた事だ。
処置をするのを見届けてから、ドクターには眠ってもらうことにした。

どれぐらいの時間がたったのだろう。
そんなに長くはなかった筈だ。
彼女が目を開いた。

「シゲル!
 ここは...?」
「君たちの特殊工作艦シャープトゥースの医務室だ。」
「....。」

彼女はしばらく状況に戸惑っていた。

「どうして?こんなとこまで。」

オレは答えた。

「君に会うために。」
「私に?それだけのために....?」
「最後に会った時、あの夜君は言っただろ。
 『もう少し時間を頂戴』って。
 もう充分な時間が経った筈だ。
 教えてほしい。君が知ってる全てを。」
「エヴァ...伍号機はどうなったの?」
「ぐちゃぐちゃだよ。オレの見たところ修理にはかなりかかるね。
 それに、君達の元にはもう無い。
 さっき、四号機が伍号機を抱えて退却していくのを見た。」
「そう。......わかったわ。」

そして、彼女は少しずつ話しはじめた。
オレは、そこではじめて、人類補完計画の意味を知った。
それはサードインパクト後の調査委員会でも明らかにされなかった話だった。
最初のキーワードは『渚カヲル』、フィフスチルドレンだった。
概要だけだったにもかかわらず、語り終えるまでに随分と時間が立っていた。

「だけど、伍号機は失われてしまったわ。
 これで私達の計画は終しまい。
 あとは、彼らがどう動くか。あるいは素直に滅びの宿命を受け入れるのか。
 いずれにせよ、もう私の出る幕はなさそうね。」
「なら、オレと一緒に来ないか。」
「えっ!?」
「もう君は必要ないのだろう。ならいいじゃないか。
 みんなはオレが説得する。
 キール議長の娘セイラでも、6thチルドレンのセイラでもなく、
 一人のセイラ・モーゲンスタインとしてオレと一緒に行こう。」
「それは.....。
 そうしたい。そうしたい、けれど....」

その時、突然ドアが開いた。
ロックはしていたはずなのに。
男が一人、そこに立っていた。
拳銃を構えて。

「おやおや。
 計画が失敗したと思ったら、早速男を引っ張り込んで逃亡の相談ですかな?
 案外、伍号機を大破させたのもワザとだったりしてね。」
「何を!」
「お前は...。」
「お初にお目にかかります。青葉司令。
 こんなところで護衛も連れずにいらっしゃるとは思いもよりませんでしたよ。
 私はマスト。オーウェン・マスト。
 北米連合大統領府所属の安全保障問題担当主席補佐官ですがね、
 あなたがたの言う『ネオ・ゼーレ』が派遣したお目付け役と言う方がわかりやすいでしょうな。」
「それが...どうした!?」
「おやおや。もう少しご自分の立場と言う物をわきまえた方がよろしいですよ、青葉司令。
 ま、それは置いといて。世の中には、盗聴器という便利な物が有りましてね。」

男はそう言って、セイラのまくら元に近付き彼女の髪留めを手にした。
セイラは一瞬ハッと顔を上げたが、すぐにうつむいて顔を逸らした。
悔しそうに唇をかんでいるのがオレにはわかった。

「敵への秘密の漏洩。逃亡計画。
 これだけで充分死に値しますな、議長殿。」
「議長!?」
「ほーう。それは教えていなかったのですか。
 いいでしょう、特別に教えてさしあげますがね、
 彼女が、『ネオゼーレ』、我々は『聖なる新月』と呼んでますがね、
 その提唱者であり、主導者であり、そして五人委員会の議長なのですよ。」
「そう...なの...か?」

彼女は応えなかった。
それが、彼女の答だった。

「さて、このくらいでいいでしょう。
 青葉司令には特別室にお越しいただくといたしましょうか。
 ローレンツ議長。あなたには後でたっぷりと...」
「ちょっと待て。もうお前達の計画は潰えた筈だ。
 これ以上、何をする必要がある。今となってはすべて無駄なことだろう。
 それに、たとえ議長だろうと彼女に用は無い筈だ。」
「そうはいかないんですよ。
 五人委員会の中には特別に頭のいい方がおられましてね。
 はっきり言うと、私のボスのことなんですがね。
 こうなることぐらい最初っからお見通しだったってわけですな。
 ちゃんとこの後の計画も立ててあるんですよ。
 彼女にはきちんと責任を取っていただかないとね。
 まあ、AA司令と議長の仲を考えると...そうですね。
 シナリオを多少変更した方がより効果的になりますな。」

彼は手にした銃でオレに、先に出て行けと促した。
その時だった。
後ろを向いた男にセイラが飛び掛かったのは。
男もまさか重傷を負ったセイラが動くとは思わず、油断していたようだ。
一瞬の事だったので、オレは二人が揉み合うのを見る事しか出来無かった。
が、すぐに二人は離れた。
セイラはお腹のあたりを抱えてうずくまった。

男が凶器を振り上げた。
オレはその腕を蹴りあげ、それはベッドの向こうに飛んでいった。
さらにもう一度、今度は男の頭を蹴った。
その一撃で男は意識を失った。

血....。
彼女の服が次第に真っ赤に染まっていった。
どくどくと流れ出すそれを止めるすべは無かった。
それが致命傷なのは一目でわかった。
多分、彼女にもそれはわかっただろう。

「シゲル....」
「セイラ....」

彼女の目がオレの目を捉えた。

「私の...うち...机の...スタンド...ある...」
「話すな。じっとしていろ。」

だが彼女はやめなかった。

「カプセル...ゼーレ...秘密...」

彼女が伝えたいことが、それでわかった。
オレは、わかった、というように頷いた。
彼女は微笑した。

「思い出...あなた...楽し...シゲ」

そこまでだった。
彼女の顔は、微笑んだまま凍りついた。
今までの人生で、それは最高に美しい笑顔だった。

不思議と涙は出なかった。
オレの涙はもう枯れているのかも知れない。

男が持っていた凶器をオレは拾いあげた。
銃声がしなかった筈だ。
男の持っていた銃は、銃身とサイレンサーが一体化した特殊な奴だった。





オレは彼女を抱いて甲板に上がっていった。
オレを止めるものはいなかった。
いたとしても、今のオレは気にしなかっただろうが。

太平洋に沈む夕日が見えた。
海は真っ赤に染まっていた。





今回の使徒・・・一匹  
アラミエザル    


1998年10月 初出  




次話予告




「なんだ。前回の予告でせっかく格好付けたのに、僕の出番はたったのこれだけ?」

『まあいいじゃないの。第3稿ぐらいまで君は壮絶な死を遂げる筈だったんだよ。
 帰マンの郷秀樹か、ガン○ムのリュウみたいに、使徒に特攻してね。
 ジェット機の操縦免許を持っていない事が君にとっては幸いだったね。
 それに比べれば格段の進歩だよ。次号への引きも入ってるし。』

「あの、『香港ルート』うんぬんのセリフですか?」

『そう。』

「じゃあ、まだ出番はあるんですね。」

『うん。君も、青葉君も生き残ったからね。』

「『生き残った』?するとシゲルも死ぬ予定だったのか。」

『なんせ第二部は『鎮魂歌』でサブタイトルも『血に染めて』だから。
 どうするか(誰を殺すか)色々と迷って何度もリテイクしたんだよ。
 中にはユイやゲンドウも死んじゃうシナリオもあったんだから。
 トウジについても、心がエヴァに取り込まれるってのは考えたね。
 最終的にはオリジナル(ガ○ダム)に最も近い形に落ち着いたけど。』

「まあ、私たちには関係ない話ね。どうせもう、一回死んでるんだから。」
「それに死んでしまってもまだ出番はある、と言う実例でもあるわね。」
「死んだと見せかけて、実は生きていた、というケースもある。」
「私が死んでも代わりがいるもの。」
「生と死は等価値なんだ、僕にとってはね。」

「カヲル君!そこにいたの!?」

「やあ。僕を待っていてくれたのかい?」
「いや、別に...あぅ、そんなつもりじゃ。」
「今日は?」
「あの、15話も終わったし、その、あとは次号予告をやって帰るだけだけど。」
「僕は君ともっと話がしたいな。
 一緒にやっていいかい?」

「えっ」
「次号予告だよ。これからなんだろ。」
「う、うん。」
「ダメなのかい?」
「イヤ、別に、そう言うわけじゃないけど。」


   エヴァを失い「聖なる新月」の企ては潰えた。
     おや。もう終わりなのかい?

   だがそれは、正しい選択だったのだろうか?
     僕にはわからないよ。
     僕だってわからないよ、カヲル君。

   人類に果たして未来は残されたのか?
     未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ。

   5番目のチルドレン、渚カヲル。
     僕の事だね。

   6番目のチルドレン、セイラ・ローレンツ。
     人間は淋しさを永久になくすことはできない。人はひとりだからね。
     何を言ってるんだい、カヲル君。

   隠された過去が、今明かされる。
     忘れることができるから、人は生きていけるのさ。
     何かバレると都合の悪いことがあるのかい?


「僕は、君と次号予告をするために生まれてきたのかもしれない。」




次回、第十六話

「遥かなり神々の座」




「人の運命か。人の希望は悲しみに綴られているな。」





第十六話 を読む

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