Star Children 第二部

「大地の鎮魂歌 / Requiem for the earth」(8)

by しもじ  







男が一人医務室から出てきた。
頭から血を流し、足元が少しふらついていた。
脳震盪から完全には回復しきっていなかったようだ。
よろよろと男は通信室に向かって歩いていった。

「ああ、頭が痛い。よくもやってくれたな、くそジャップめ。
 本国に急いで要請しなくては。
 ファットメンだ。ファットメンを使ってやる。
 この国を灰にしてやる。何も残らぬ灰燼にしてやるぞ。」




















第十六話


「遥かなり、神々の座」






















「たった今、アメリカを大型輸送機が12機離陸しました。」
「エヴァ・シリーズね。止められなかったの?」
「無茶ですよ。モードCまでしかこっちは発動していないんですよ。」
「今からモードFまで行ける?何とか引き返させられないかしら。」
「無理ですね。離陸してから無線封止を続けています。
 NORADの管制コンピュータをクラックしても止められませんよ。」
「そう。ここまでどのぐらいかかるかしら?」
「超音速で飛びますからね。あと10時間足らずって所ですか。
 厄介ですよ、あのステルス機は。突然降りて来ますからね、エヴァが。」

青葉司令が不在の発令所をマヤが実質的に仕切っていた。
それをケンスケが的確に補佐し、AAは何とか機能していた。

「それまでに、歩兵部隊が侵攻を始めなければ、ね。」
「それは大丈夫ですよ。地上兵力はこちらが優勢です。
 敵さんの航空機はJAとJタンクだけでも対処できるでしょう。
 それにいざとなればまた....。」
「それはあまり当てにしない方がいいわ。
 まだATフィールドの発生源はわかってないのよ。」
「ユイさんは昏睡中。アレが味方とは限らない、って事ですか。」
「ええ。そういう事。
 で、エヴァの方はどうなの?」
「四号機は修理中です。左腕以外は大したダメージは受けてません。
 左腕も10時間もあれば何とか80%は回復する、と報告を受けてます。」
「伍号機は使えないのね。」
「ええ。特殊装甲も非道く損傷してますが、これは交換できます。
 ですが、コアが受けたダメージの方は深刻だそうで。
 何せ直接高温で焙られた訳ですからね。
 シンクロしてたセイラさんもたまったものじゃなかったでしょうね。」
「ATフィールドは...」
「惣流の話では、使徒のフィールドを中和するのに手一杯だったそうです。」
「じゃあ...」
「ええ。軽傷ですんだ、とは思えませんね。
 最悪の場合、ショックで...」
「できれば、彼女に直接会って事情を聞いて見たかったんだけどね。」
「案外、青葉司令がもう聞き出した頃かも知れませんよ。」
「青葉君が!?そう言えば....。何か知ってるのね、ケンスケ君。」
「随分前の事になりますが、18号通路から誰かが外に出ていった、と言う報告は有りましたね。」
「何で、止めなかったの!」
「止められませんよ。発令所を出て行く時の青葉さんのあの顔を見たら。」
「顔?!」
「僕は最後にちらっと見ただけでしたけれど、
 あれはいかにも、自分でケリをつけてやる、って感じでした。
 男としては、止められる訳無いじゃないですか。」
「でもあの時の青葉君は...あんなつらそうな顔を....」
「それはそうでしょう。結末を考えたら誰だって....。」
「結末?」
「直接会って話をするだけならともかく、
 あの人の事ですから、自分で直接手を下すことだって...。
 いやむしろ、その方が....」

  それで、そんな事を考えて、あなたは悩んでいたの...?
  青葉君。早まった事をしなければいいんだけれど....。

マヤもケンスケも知っていた。彼がネルフ情報部の出身であることを。
そして、かつてネルフ特殊監査部所属だった男がどうなったかも。

「まあ多分、大丈夫だと思いますよ。あの人は。」
「そうね。とにかくそれを心配していてもしょうがないわね。
 それよりも今はこっちの心配をしないと。
 アスカは?」
「寝てます。と言うか、無理矢理に寝せました。睡眠薬を飲ませて。
 今日はずっと戦い通しでしたからね、彼女は。
 ヒカリ...、いえ鈴原夫人がついてくれてます。」
「そう。トウジ君の方はいいの?」
「順調だそうです。明日の朝には回復してるだろうとドクターが。」
「そう。それは良かったわ。
 ケンスケ君もそろそろ休んだら?
 ここの所、働き通しでしょう。それに明日も忙しくなりそうよ。」
「僕はもう一晩くらいは大丈夫です。まだ若いですから。
 そう言うマヤさんの方こそお休みになられた方がいいのでは?
 だいぶお疲れの様子ですが...」
「はあ。やっぱり隠せないわね。私ももう年かしら。
 昔はこれくらい、なんでも無かったのに。」
「あまり無理をなさらない方が....。」
「そうね。お言葉に甘えてちょっと仮眠してくるわ。
 何かあったらすぐに起こしてね。」
「ええ。では、お休みなさい。」





オレは第三新東京市に戻った。
まず最初に彼女の住んでいたマンションに向かった。
思えば、そこに入るのは初めてのことだ。
彼女と会う時は、いつも外のホテルかオレの部屋だったから。
そこで、オレは色々なものを見つけた。
彼女の日記。アルバム。そういった類いのものだ。

カプセルは彼女の言った通りの場所に隠されていた。
中のチップを取り出して、机に置いてあったリーダーにかけた。
オレにあてた彼女のメッセージでそれは始まっていた。

『ごめんなさい、シゲル。』

それが始まりの言葉だった。
そしてオレは、さらに隠されていた多くの事情を知った。





セイラ・モルゲンシュテルン・ローレンツ。
仕組まれた最初の子供。チルドレン。

父親は人類補完委員会の議長、ゼーレの総帥、キール・ローレンツ。
遺伝子上の母親は...不明。
人工授精によって誕生し、ハンナ・モルゲンシュテルンと言う女性が産んで育てた。

やがてE計画が開始される。
それと同時に死海文書に基づいてチルドレンの選抜が始まった。
彼女は真っ先に、チルドレンの候補者に上げられた。

だが、ファーストチルドレンは綾波レイに決まった。
ゲヒルン(後のネルフ)で育てられた身寄りの無いクローンの少女。
その心の奥にリリスの魂が宿されていた事はゼーレ側には秘密だったが、
クローンである事は実験上色々と有利なので、ゼーレも反対はしなかった。
そして、彼女の乗るエヴァンゲリオン零号機が建造された。

次に日本で建造された初号機は、後に実験中の事故により永らく封印される事になった。

続いてドイツで弐号機の建造が始められた。
セイラはその弐号機のパイロットとして訓練を受けた。
まだ彼女が幼児の時から英才教育が始められていたのだ。
だが、弐号機にも事故が起きた。
そして、弐号機はパイロットを選ぶようになってしまった。
そこで、惣流アスカ・ラングレーがセカンドチルドレンに決まった。

元々は、アスカはサードチルドレンになる筈だった。
将来、建造されるであろうエヴァ参号機のパイロットとして。
そのために彼女も特別な訓練を受けていたのだ。
ゲヒルン・ドイツの優秀な二人の科学者の娘。
5才にして初等教育を終え、10才にして大学入学を認められた天才少女。

それはセイラも同じであった。
そして五年間の間、ドイツにおいて二人の軌跡は交錯した。
6才で中等部、8才で高等部に入学する生徒など、普通はめったにいない。
が、その学校にはそれが二人もいたのだから目立たない筈は無かった。
いやおうなしに、二人は互いを意識せざるを得なかった。
周りの人間もそれをあおった。
試験の成績、体力テスト、クラスの人気、身長。
果てはバストサイズまで。
(といっても、周囲の中学生・高校生に比べても、所詮は子供である。
 比べるほどの物がこの年齢で実際にあったわけではない。)

しかし、もしアスカがセイラの事をもっと知っていたらそんなものでは済まなかっただろう。
セイラには依然としてパイロットとしての訓練が続けられていた。
しかもその内容は正規のものと同等か、それ以上に濃い訓練であった。
予算縮小のあおりを受けて、参号機の建造は無期限延期となったにもかかわらずである。
本人と、一部の関係者を除いてはすべてが伏せられたまま、影でひっそりと。
彼女は、来るべき時に備えての、ゼーレの隠し球であった。
ゲンドウがいずれ裏切るであろうことは、既定の事実として認識されていた。

唯一の正式なチルドレンである、という事実がアスカのプライドを支えていた。
そしてそれゆえに、アスカは自分が他人に劣ることを許さなかった。
本来チルドレンは自分がなる筈だった、という意識がセイラにもあった。
それで、生来攻撃的なアスカだけではなく、セイラもアスカの事ではムキになった。
しかし結局の所、二人が望むような形での決着はつかなかった。
昔も、そして今回も。

10才になって、二人のチルドレンは大学に進むことが決められた。
進学先は大人達の手によってあらかじめ定められていた。
アスカはボンへ。
セイラはケンブリッジへ。
学友達の間で『紅いバラ』『白いユリ』と囃し立てられた二人のライバル。
その軌道は再び別れ、その後15年間、二人が直接会うことは無かった。

イギリスで、彼女は初めて自分の父に会った。
そして、真相を、すべての事実を教えられた。
ある少年から。
その少年の名は『渚カヲル』と言う。





「ふーっ。」

『将軍』は大きな息をついた。
受けた報告はかんばしくないものであった。
伍号機を連中に奪われてしまったのは非常にまずい。
憑代となるパイロットも失ってしまった。
このままでは計画はほぼ間違いなく失敗するだろう。
いや、もう成功の見込みは30%もあるかどうか。

打つ手がまったく無い事はなかった。
タイミングが決め手だが、不可能ではない。
その前に第三新東京市を落せれば、の話だが。
それも一刻でも早く。

このシナリオの変更は、二重の意味で彼にとって都合が良かった。
エヴァ四号機を得るか、エヴァ・シリーズを失うか。
どちらに転んでも彼に損はない、そう彼は計算していた。

ガチャ。
ドアが開いた。

思いも寄らなかった男がそこから入ってきた。

「お前は....。」
「こうして直接会うのは初めてだな、将軍閣下。」
「ユーリ。ユーリ・ボリソフ。
 お前がロシアから出てくるとはな。一体、どうしたことだ。」
「なあに。ちょっとした気まぐれだよ。
 それにここにくればゲームの進行具合もすぐにわかるからな。」
「それはイタリアの博士の所でも同じことだろう。」
「いや。彼女は今とても忙しいそうだ。」
「ほう。」
「AAの連中がまたハッキングを仕掛けてきたのでな。
 かなり形勢は不利で、オレに構ってるヒマはないそうだ。
 そういえば、こっちもうまくいっていないのではないかな。」

壁の大型スクリーンに部隊の展開状況が表示されていた。

「エヴァ伍号機を失ったそうだな。それにパイロットも。」
「取り戻せない損失ではない。」
「強がるのはよせ。それに彼女は我々委員会の議長でもあった。」
「計画が始まってしまえばただのパイロットにすぎん。
 他に適当な憑代さえ見つかれば、所詮、消耗品だ。」
「その意見は認められんな。が、まあいいだろう。
 将軍の計画に落ち度があったと言うわけではないからな。
 あれは不可抗力だ。あるいはむしろ咎めるべきは....」
「なんだ?」
「いや。
 それで、何か手を打ったのか?」
「ああ。もうかなり前になるが、ファットメンを発進させた。
 東京から要請があったのだが、無くてもそうするつもりだったからな。」
「無駄な事を。」
「無駄かどうかやってみなければわからんだろう?
 四号機もある。チルドレンもいる。不可能ではない。」
「チルドレン?洗脳でもするつもりか?
 そんな事をしてもインパクトは起こせんよ。」
「蝕に入るまでまだ時間はある。
 手元にチルドレンがくれば、後は如何にでもなるさ。
 人間の精神なんてもろい物だからな。」
「...だからこその補完計画でもあるのだがな。
 だが、結果は知れているぞ。勝てはせんよ、オリジナルには。」
「そうかも知れない。が、このままただ敗れるわけにもいくまい。
 せっかく造ったエヴァシリーズだからな。」
「軍人としての最後の意地、という奴か。
 だがその意地のために、また多くの人間が死ぬのだぞ。」
「どうした。感傷か、ユーリ。お前らしくないな。」





白い悪魔は空を舞い降りてきた。
あの時のように翼を広げ、ゆっくりと円を描くように。
10年前の悪夢を再現するかのように。

「来ました。量産型エヴァ・シリーズ。
 数は...1、2、3....、12体です。」
「JAは待機してる?」
「ええ。Cブロックでもう狙撃を始めてます。」
「そう。エヴァは?」
「第2ケージです。惣流はエントリー完了。いつでも出れます。」
「つないでくれる、ケンスケ君。」
「はい。」

スクリーンにアスカの顔が大映しになった。

「どう、アスカ。行ける?」
『もっちろん。』

いつものアスカだ。
数時間の睡眠ですっかり回復している。
若いっていいわねぇ、と思わずうなる冬月マヤ35才だった。

『無理せんでええで、惣流。
 なんならわしが代わってやるさかいに。』

横から割込みが入った。

「トウジ!」
「鈴原君!」
『鈴原!』

黒いプラグスーツに着替え、準備万端整っている事をアピールしていた。

「もう平気なのか、トウジ。」
『まあ、ボチボチやな。』
『ダメよ、マヤ。私は譲る気は無いわ。
 今も昔もエヴァのエースパイロットはこのアタシ。
 惣流アスカ・ラングレーなんだから。』
「ええ。エヴァはアスカに任せるわ。
 トウジ君は待機していてちょうだい。」
『あの不格好な奴は空いとんのとちゃいますか?』
「そうね。Jタンクは今どうなってるの?」
「Bブロック、第7ケージです。補強も完了したそうです。
 ただ例のキリなんとか一尉は徹夜で不寝番をしてましたからね。
 まだパイと交替してから2時間も経ってません。」
「少しでも戦力になるなら出さない手はないわね。
 いいわ、トウジ君。お願いするわ。」
『おおきに。ほな、ケージに向かいます。』





ゆっくりと大空を舞うエヴァシリーズはパイの格好の標的となった。
4丁のポジトロンライフルを順番に構え、一機ずつ狙いをつけていった。
四機までは順調に命中していった。
五機目に狙いをつけた時、五番目のエヴァがこっちをむいてニタッと笑った。

「っ!」

パイの背中を悪寒が走った。
『ぬっぺらぼう』が口を開いて笑ったのだ。
目も鼻もなく、顔の半分までに裂けた真っ赤な口だけを開いて。
その不気味な光景に、子供のころ祖母に聞かされたお化けの話を思い出した。

突然、そのエヴァが向きを変えて勢いよく突っ込んできた。
それまでのゆるい降下から一転しての急降下だった。
よけようとしても体が硬直して動かなかった。
やられた!と思った直前、黒い影がパイの視界を遮った。

「危機一髪ってとこね。」
「あ、ありがとうございます、アスカさん。」
「気をつけなきゃだめよ、パイ。」

脇から躍り出たアスカのエヴァがぬっぺらぼうを捕まえていた。

「どぉりゃあああーーー!」

そのまま空に高く放り投げて、自らも飛んで空中でエヴァに組みつき、
エヴァの腕と足をしっかり極めたまま、頭から地面に叩きつけた。
首まで地面にめり込ませ、白い悪魔は逆さに立った。

その間にもう、残りのエヴァシリーズは全部降下してしまっていた。

「ちいっ。半分も落せなかったようね。」
「すいません。」
「謝る必要はないわ、パイ。」
「落ちた奴も早くとどめを刺さないといけませんね。」
「ええ。いつ復活するかわからないからね。」
「見ろや。もう復活しはじめとるで。」

陽電子流に体を貫かれた機体があちこちに散乱していた。
だが、既に体の再生が始まっていた。
少しずつ、少しずつ、四つんばいになって体を持ち上げはじめていた。

「パイ。とどめを刺すのは任せたわよ。」
「ハイ。」
「こうするのよ。」

パレットガンを取って逆立ちのエヴァに突きつけ、発射した。

「ここに、コアがあるわ。
 これをやれば、もう再生もできないでしょ。」

コアの位置もアスカには手に取るようにわかっていた。
白い悪魔は、その場に崩れ落ちた。

「まずひとつ。」

アスカは右の方を向いた。
そこに、無事に降り立ったエヴァシリーズが七体。
固まって立ってこちらの様子を窺っていた。

「鈴原はパイを援護して。
 あんたは動きが鈍いんだから、充分気をつけるのよ。」
「わかっとるわい、そんなこと。」
「じゃ、行くわよ。」
「ハイ。」
「おう。」

アスカはエヴァシリーズに向かって走り出した。
エヴァシリーズはのろのろと散開をはじめた。
アスカがかなり近づいた時、悪魔達は突然牙をむいた。

「そう。こいつらにも、私は借りがあったんだっけ。」

緩から急へ。
この突然の展開にもアスカはひるまなかった。
見たものを震え凍りつかせる悪魔の笑みも、彼女には効かなかった。
逆に、不敵に笑った。

「体調も万全!」
「時間制限もなし。」
「七対一じゃ、ハンデがちょっと少ないくらいね。」

七体の白い悪魔が紅いエヴァに一斉に躍りかかってきた。
混戦の中、アスカの攻撃は的確無比を極め、苛烈で容赦がなかった。
絶え間ない敵の攻撃を、寸前で見切り、あるいは柳に風の様に受け流した。
防御と攻撃の動作を続けながら、一語一語区切りながら彼女は叫んだ。

「傷つけられた」
「プライドは」
「百万倍にして」
「叩っ返してあげるわ!」

一機のエヴァが不用意に突っ込んできた。
すかさずカウンターで蹴りを腹に叩きつける。
グシャっと音がして、コアにひびがはいった。
もう一台のエヴァの攻撃をこのエヴァを盾にして防いだ後、
とどめとばかりに稲妻のようなパンチを放った。
一秒間に五発のパンチが、すべてコア一点に集中して叩き込まれた。

「ふたぁーつ!」

コアをつぶされたエヴァは、粉と化し、跡形もなく消え去った。

六体のエヴァがアスカを取り囲んだ。
背中から一斉に凶器を引き抜いて襲いかかった。
アスカは空中に飛び上がってそれを躱すと、
先程までアスカが居た空間に折り重なるように叩きつけられた武器の上に着地した。
そして、その場で右足を軸に回し蹴りを放つ。
円周上に並んだ六体のエヴァの顔に見事にヒットした。
最後の一体だけに裏拳を追加したあと、さらに頭を掴んで膝蹴りを見舞い、
そのまま頭を放さずに体を飛び越え、首投げをきめた。
首の骨が折れた。
プログナイフを抜いて、すかさずコアに止めを刺す。

「みぃーっつ!」

コアからナイフをひきぬく動作が少し遅れた。

「チィッ!」

その隙に、エヴァの手にした鈍器が左腕に叩きつけられた。
イヤな音がして、腕が折れた。

「グハッ」

『左腕損傷。』
『A10神経回路がオーバーロード。ブレーカー緊急作動!』
『四号機、トータルダメージ15%に上昇。』
『アスカ!大丈夫!?』

紅いエヴァがゆっくりと立ち上がった。
左腕は肩から力なくぶらさがっている。
モニター越しに見えるアスカの顔も苦痛に一瞬ゆがんだ。
だが、その闘志はまったく衰えてはいなかった。

「片腕ぐらい無くたって!」

残ったエヴァシリーズが再び遠巻きにしてアスカを囲む。
だが、なかなか攻撃を仕掛けては来なかった。
まるでアスカの反撃を警戒しているかのように。

「あんた達なんかに負けてらんないのよ!」

『シンクロ率、99.5%まで上昇!』
『ハーモニクス誤差、認められません。こんな....』

「私は、」

四号機の目が突然輝いた。
蒼い流星が戦場を駆け巡った。

瞬速の動きで一体のエヴァに近づいたかと思うと、あっと言う間に背後をとった。
振り向くよりも早く白い巨体に一撃を加え、
跳ね飛ばされた相手に途中で追いついてさらに攻撃を重ねる。
いったい何回それが繰り返されたのだろう。
彼女の動きが止まった時、コアを破壊された一体のエヴァが戦場に残されていた。

エヴァが身に纏ったATフィールドの作り出した蒼く淡い光。
発令所で見ていた者にはその残像しか映らなかった。

『は、疾い。』
『何? 今のは....。』

エヴァ四号機が大空に向かって吠えた。

「私は惣流アスカ・ラングレー!」

『S2機関出力上昇中。レッドゾーンまで後0.8。』
『信じられないわ。完全にエヴァを乗りこなしてる...。』
『ダメージ、回復していきます。』

「これでよっつ目!」

残り四体となったエヴァシリーズは、円周上をゆっくりと動いた。
少しずつ、加速しながら。
手にしていた盾のような鈍器が次第に変形していった。

『あ、あれは....。』
『ロンギヌスの...槍!?』

「みんなが見ている!
 力を貸してくれている!」

『危ない、アスカ。避けて!』

「負けてなんか、いられないのよ!」

四本の槍が同時に投げられた。
アスカのエヴァに向かって。

アスカは避けなかった。
避けても無駄だということを半ば本能的に察知していた。
たとえ避けても、ロンギヌスの槍はエヴァを追ってくるだろう。
この状況下でも彼女の冷静さは失われていなかった。

代わりにアスカは落ちていた盾を拾った。

  見えた!

ほぼ同時に槍は飛んでくる。が、完全に同時ではなかった。
今の彼女とエヴァには、それで充分だった。
一秒足らずの間に、襲ってくる槍を盾で一本一本たたき落とした。
落ちた槍は、再びエヴァシリーズの手元に飛んで帰っていく。

「そこ!」

アスカは手に持った盾を一体のエヴァに向けて投げた。
そしてすぐにそいつに背を向けて、他の3体に視線を放った。
結果は見なくてもわかっていた。

「あと3つ。かかってきなさい。」

投げた盾は、途中で槍に変わり、見事にエヴァのコアを射貫いていた。

残されたエヴァシリーズはフォーメーションを変えた。
3体にまで撃ち減らされては、包囲作戦の有効性は落ちる。
一旦遠く離れて、3体が一直線に並んだ。

その隊形を見ただけで、ケンスケは作戦を見抜いた。

『多段連続攻撃か!厄介だぞ、これは。』
『えっ。』
『一体目は捨て身の囮。その間に二体目が攻撃する。
 たとえそれを躱しても、三体目の攻撃まで避けることはできない。
 伝説の必殺戦法ですよ。
 これを破ったものは、これまでに一人しかいないと聞く...。』

三体のエヴァがケンスケの洞察通り縦に一列で突っ込んできた。
一機目の死角になって、アスカからは二機目以降の姿は見えない。

『気をつけて、アスカ。』

だが、その心配も杞憂に過ぎなかった。
一瞬の事だった。
一機目の斬撃を躱し二機目を飛び越え、
全てが終わった時、三機目のエヴァが自ら持っていた槍で体を串刺しにされていた。

『エヴァを....。』
『踏み台にした....?』

「さあ、残りは2つ。
 どっちから死にたい?」

アスカが残った二機のエヴァに対してすごんだ。
(もっとも、相手に聞こえている訳はないのだが。)
白い悪魔達が戦場に出現した紅の修羅に怯えているかのように見えた。
怖れを持たないダミープラグの筈なのに。





その間、空中で迎撃されたエヴァをパイとトウジは着々と仕留めていった。
大ダメージからの回復途中にあっては、さすがのエヴァも機動力は落ちる。
JAでも充分に相手ができた。
ロンギヌスの槍も、『人の造りしモノ』、JAには効かなかった。

「これで四体目。全部完了やな。」
「トウジさん。三体目の時のフォロー、ありがとうございました。」
「これからは気をつけるんやで。
 倒れとるからといって迂闊に近づくもんやない。
 死んだ振りしとる卑怯もんもたまにおるからな。」
「はい。気をつけます。」

その時、アスカから緊急通信が入った。

「しまった。一体そっちに行ったわ。鈴原、気をつけて!」
『まずい。機動力が劣るJタンクではヤバイ!
 トウジ、逃げろ!』

機動力で劣っていて逃げれるわけは無いのだが.....。
そんな事にツッコミを入れる余裕も無かったが、とにかくトウジは逃げなかった。
鋭利な二本の先端を持った槍を手にし、ステップを踏んで襲いかかるエヴァ。
スクリーンを眺めていた者たちは、次の瞬間、信じられない物を見た。

3秒後、戦場に横たわっていたのは白いエヴァの方だった。

『アレは...、噂に名高い幻の技『大雪山おろし』!
 トウジの奴、いつのまにあんなマニアックな必殺技を...。』
「ちゃうで、ケンスケ。
 これはワイのオリジナル技『六甲おろし』や。
 大昔の合体ロボットアニメと一緒にすんなや。
 さあ、行ったるで〜!
 六甲おろしに颯爽と〜♪」

トウジは調子に乗って唄いはじめた。
だが、すぐに気付いた。

「ありゃ、もう終わりかいな。」

その通りだった。
トウジが倒したのが、最後のエヴァシリーズだった。





『渚カヲル』
ゼーレによって送りこまれた17番目の使徒『タブリス』
マイクロチップは、その正体もオレに教えてくれた。

24年前、南極のアダムの力の開放に呼応して目覚め、
一瞬にして東京の街を焼け野原に変えた二番目の使徒。
それが彼の正体だった。
第一使徒アダムの再封印とともに彼も力を封じられた。
調査隊が焦土と化した街の中で発見した一人の赤ん坊。
隊長だった渚ススムが法律上の親として登録し、日本国籍が与えられた。
2000年9月20日。セカンドインパクトから一週間後の事である。

この赤ん坊が普通の人間でないことはすぐに判明した。
そして、ゼーレが乗り出してきた。
赤ん坊はイギリスに連れていかれ、そこで育てられた。
研究材料として。
彼については存在以外の情報はネルフにも隠されていた

彼の身体はほぼ人間と同じ構成を持っていた。
科学者達には、彼と、普通の人間の違いを明確にすることができなかった。
しかし、彼は記憶と能力を持って生まれてきた。
彼は人間に非常に協力的だった。
彼の記憶や様々な検査結果を元に『死海文書』は書かれた。
それに基づいてE計画が生まれ、A計画、そして人類補完計画が考えられた。

彼は成長し、ハンサムと言って良い美少年になった。
成長するにつれて、彼は色々なものに興味を示すようになった。
協力の見返りとして、科学者達は彼に自由を与えた。
少年は街に出て、人にふれあい、文化を満喫した。
ロンドンの町でパンクに熱狂し、劇場でシェークスピアを鑑賞した。

そして少年は、少女出会った。



その時の様子をセイラは日記に克明に記していた。
場所は大英博物館。歴史的遺物の展示ブロックの一角だった。



『やあ。何か探し物かい?』

銀色の髪をした奇麗な少年が明るい声で聞いた。

『いいえ。ただ色々と見て回ってるだけ。』
『そうかい。博物館はいいよねぇ。
 人類の歴史と文化がここにある。
 そうは思わないかい?』
『えっ?』
『僕はカヲル。渚カヲル。「カヲル」って呼んでくれないか。』
『えっ!?あ、あの、私は...』
『セイラ。セイラ・モルゲンシュテルン、だろ。』
『ど、どうしてそれを...』
『知らないものは無いさ。
 僕も君と同じ仕組まれた子供、チルドレンだからね。
 失礼だけど、君はもう少し自分の事に気をつけた方がいいよ。』
『えっ?』
『例えばそこと、あそこにいる黒服の連中。
 君のことを警護しているんだろう?
 けど、博物館にはとっても似合わないとは思わないかい?』

そこで彼女は初めてそう言った者の存在に気付いた。

『君とはいい友達になれそうな気がするな。
 セイラ、って呼んでいいかい?』
『えっ。いい...けど...』
『そっ。じゃあセイラ。
 あんな奴等は忘れて、もっといいところに行かないかい?
 怒り、哀しみ、そして喜び。
 リリンが産んだ文化の極みと言うべきものがこの街にはあふれている。
 これから二人でそういった世界を探検して見ないか。』



それから二人の仲は急速に接近していった。
切り札のチルドレンであるセイラが彼と親しくなる事を好まない者は大勢いたが、
使徒でもある渚カヲルを掣肘できるものなど、この世には存在しなかった。



ある晩、彼女はカヲルに打ち明けられた。
それは、二人が初めて口づけを交わしたそのすぐ後のことだった。

『僕はね、リリン、つまり君達人間とは違った存在なのさ。』
『何を言うの、カヲル。』
『何故君はエヴァにのる訓練を受けているのか、説明は受けたかい?』
『起こるべきサードインパクトを未然に防ぐため。
 セカンドインパクトを起こした謎の怪物を倒すため。』
『では、使徒、と言うのを聞いたことがあるかい?』
『使徒?』
『そのセカンドインパクトを起こした怪物の呼称さ。』
『でも使徒って...。』
『そう。神様の使い。選ばれし僕。』
『それが、なぜ....?』
『文字通り、神様=リリスとアダムの僕(しもべ)だったからさ。
 僕はね、その17の使徒の一人、タブリスなのさ。
 知っているかい?君達人類もリリンと呼ばれる使徒の末裔なのさ。』

そして、彼は話しはじめた。
かつて楽園と呼ばれた所があった事を。
そこから逃げ出して、神を封印したリリンのことを。
永い時の間にリリンの末裔から失われていった力の事を。
そして、人類補完計画の事を。

絶対領域の中で、誰にも邪魔されずに少年は話し終えた。
この不思議な力を見せつけられて、彼女も少年の言うことを信じた。

『なぜ、私にそれを...?』
『勿論、君を気に入ったからさ。』
『気に入った...?』
『好きってことさ。』
『カヲル...。』
『僕はね、僕達使徒は感情なんて物は絶対持てっこないと思ってたんだ。
 僕はずっと人の文化を勉強してきた。
 文化とは、つまりは感情だ。
 歴史の中で蓄積され、色々と変形された感情表現。それが文化だ。
 理屈では分析する事ができても、決してわかることはできなかった。
 それがね。君と出会ってから変わってきたんだ。』
『変わってきた...?』
『例えば、さっきのキス。
 しいてる最中に思わず、君を抱きしめたくなった。
 君と一つになりたくて仕方がなかった。』
『それって...私と...その...メイクラブしたいって事?』
『そう。おかしいだろ。基本的に僕達使徒は単性のはずなのにさ。
 しかも生殖、という概念すらないのにね。
 何せ単体で無限の命を与えられているのだから。
 これがどういうことか、わかるかい?』

少年は少女の瞳をじっと見つめた。
少女は少年の紅い瞳に吸い込まれる様に感じた。

『可能性さ。』
『可能性...。』
『希望でもある。』
『希望...?』
『人が、わかりあえる、という、ね。
 種と言う枠を越えて...。』
『枠を越えて....わかりあう....』



次の日の夜。
二人はまた街に抜けだした。
ひとしきり騒いだ後、彼女は宿舎に帰るのを拒んだ。
そしてホテルに行き、少年の前ですべてをさらけだした。
その夜、少年と少女は大人になった。

第三新東京に15年ぶりに使徒が現われたのは、その24時間後の事である。



第三使徒サキエルは封印を解かれた初号機によって倒された。
その後も使徒は次々と現われては倒されていった。
そして第16使徒アルミサエルが倒された後。
大人たちは少年を第三新東京に送ることを決めた。

使えなくなったセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーの代わり、
フィフスチルドレンとして。

時計の針を進め、サードインパクトを起こさせるために。



別れ際に少年は言った。

『そうだ。リリンの真似をして一つ詩を作ってみたんだ。
 いつか、君の役に立つ事もあるかもしれない。
 覚えておいて欲しいな。』
『えっ。』
『サービスだよ。
 大人達の考えた今回の計画は成功するとは限らないからね。』

少年は不思議な微笑を浮かべた。
まるでその紅い瞳には未来が映されているかのように。

『ただし、気をつけるんだよ。
 残されたチャンスは一度しかないからね。
 特に裏切りは失敗を招くことになるだろう。』

ふっと一瞬だけ、その言葉を言う時だけ、少年の表情が曇った。
  「裏切り」
それが、過去の苦い記憶に起因するのか、将来に何か不安を感じたためなのか
少女にはわからなかった。

『できればそんな必要は無いといいね。
 君には幸せになって欲しいからね。』
『カヲル....』
『そろそろ飛行機が出る様だ。
 じゃ、これでお別れだ、セイラ。』

そう言って、少年は去っていった。



その詩は彼女の日記に丁寧に記されていた。
そのページは、折り目に型がつくほど繰り返し開かれていた。

「女神の星が蒼く光り輝く時」
「楽園の門は三度開かれ」
「追われし子らは土に還る」
「聖なる卵は星の方舟」
「我らが御魂を導かん」





「ゲームは終わった。ミシェール。我々の負けだ。」
「まだ終わっていない。終わったのは君達のゲームだ。
 私がここにいる限り、私のゲームに終わりはないのだ。」
「往生際が悪いな。現実を見つめたまえ、将軍。
 最後のエヴァシリーズも敗れた今、補完計画は失敗したのだよ」
「補完計画か。こうなっては私にはそんなものは関係ないな。
 いいか、ユーリ。我々の計画は失敗し、人類は補完されなかった。
 ならば人類の世から戦争が無くならないわけだ。兵士は常に求められる。
 そして、その兵士達が指示を仰ぐ栄光の座。そこに私がいるのだ。
 全欧州の兵権は私が握っているのだよ。そこの所を忘れてはいけない。」
「すると補完計画などは最初からどうでも良かったわけか。」
「どうでも良いわけではなかったさ。それで平和な世になると言うのならばな。
 それはそれで一つの理想ではある。喜んでそのために働くつもりだったさ。
 綿密な計画を立てて、最後の最後まで努力したことは君も認めるだろう?
 だが、私は優れた戦略家だからな。保険をかけておくのは当然の事だ。
 成功しても、失敗しても私が常に勝者になれるようにな。
 計画は予定通りにはいかなかったが、まだ私の考えた範囲内に留まっている。
 すべては、これからなのだよ。」
「お前が考えただと?あの女の入れ知恵じゃないのか?」
「何!?」
「あの女の考えそうなことだ。
 お前に兵権を与え、そしてアイツは政権を一手に握ろうとでも言うのだろう。
 悪者はAAの連中と、あとは私とラフィーあたりか。
 俗物のバカ者共が。」
「何だと!お前こそ自分が聖人にでもなったつもりでいるのか。
 ロシアの犯罪者あがりのくせに何を言うか。
 『欠けた心の補完』だと?どうせお前も本気だったわけではあるまい。」
「やはりその程度にしか理解していなかったのだな、将軍。
 補完計画の目的、欠けた心の補完というのは副産物に過ぎん。」
「要するにこのままでは宇宙が滅びる、とか言うのだろう。
 だが、それは後何百年か何千年かもわからぬ先の話だ。
 その頃にはオレもお前も死んでいるじゃないか。
 それより、今生きている我々の、私の兵士達の事の方が重要だ。」
「ふっ。所詮貴様はその程度の男だったわけだ。」
「何を言うか。」
「やはりあの権力亡者の女に躍らされるだけの小物だな。」

国連欧州軍総司令官にして、戒厳令下における全権を有する将軍は激発した。
椅子から立ち上がって、顔を真っ赤にして叫んだ。

「副官、副官はいるか。
 この無礼者を引っ捕らえて営倉にぶちこんでおけ。」

だが、だれも部屋に入ってくる者はいなかった。

「悪いね、将軍。
 戦場ではあなたは人も恐れる猛虎かもしれないが、
 政治の世界に入ればただの猫にすぎないのだよ。」
「なんだと?」
「あの秘書はね、実は私の部下なんだ。
 人を呼んでも誰も来んよ。そう手配させておいたからな。
 ついでに言えば、その前の秘書。
 彼女をここに送り込んだのはガビーだよ。
 実は彼女こそが例の六番目のチルドレンで、
 つまり我々五人委員会の議長だったんだがね、
 彼女に手を出したのは失敗だったねぇ。」

そう言って、彼は素早く右手をあげ、すぐに下げた。

「な、なんだ、これは。」

何かダーツの様なものが将軍の首に刺さっていた。
手練の早業だった。

「毒矢だよ。私も商売柄、色々な敵に狙われた時代があってね。
 その頃に身につけた技だ。身を護るためにね。
 言っておくが、解毒剤なんか用意していないから安心したまえ。」
「なんだとぉ〜!」

将軍は立ち上がって机を回ってユーリの元に来た。
彼は平然として椅子に座ったまま逃げなかった。

「おやおや、即効性の毒だと聞いていたのにな...。
 そうか、将軍閣下は血の巡りが悪い。そうだったな。」
「何を〜!」

将軍の指がユーリの首にかかった。
じわじわと絞めはじめる。
将軍の顔の方も、毒が回ってきたのか赤くなり血管が浮き出始めた。
それでも首を絞める力のほうは一向に衰えなかった。

「無駄なことを。
 ほおっておいても、もうすぐ私は死ぬのにな。
 まあ、この方がおもしろいか。
 真相を知らぬ者達は、この事件をどう解釈するかな。」

だんだん彼の意識も遠くなってきた。
頭の中に生じた幻に向かって、彼は語りかけた。

  キール。これで良かったのかな。
  私はお前の友人としての努めを果たせたのか。
  少なくとも、お前の娘に対する義理は果たしたぞ。
  だが補完計画はまたしても失敗した。
  それこそが、まさに予定されていた事だったのか.....
  キール.....。





彼女はすぐに敗北を悟った。
彼女もまた戦っていた。
研究所の、暗い、地下室で。
侵入して来ようとする何者かと、孤独な闘いを行っていた。

最後の防壁が破られたのは、第三新東京で最後のエヴァが倒れたのとほぼ同刻であった。

「やはり、ダメであったか。」

その言葉は、鉄壁のトリニティの事を指していったのか、
あるいは失敗に終わった人類補完計画の事を意味していたのか。



『ようやく侵入できたわ。さすがは、ラフィニアね。
 このアタシがこんなにてこずるなんて。』
『知ってるの?』
『まあね。一応、同業者だったから。
 「東の赤木、西のロンバルド」と、親子揃って並び称された事もあったわ。』
『ふーん。そんな有名だったんだ。』
『ま、昔のことよ。とにかく目的は果たしたんだし....』
『そうね。なんとか間に合ったわね。
 危うく出番が無くなるところだったけれど。』
『あら。これは...。面白いわね。ふーん。
 ちょっといたずらしちゃいましょうか。』
『何よ、リツコ。あら?』



暗闇の中に、ブンっと音を立ててモノリスが一つ浮かび上がった。
ラフィニア・ロンバルド博士はそれを見ても驚かなかった。

「おや、早速仮想会議システムまで使えるのか。さすがだわね。
 これだけの時間で私のシステムを破るだけの事はある。
 ならば話が早い。直接話をさせてもらうとするか。」

そう呟いて、手にした端末からコマンドを打ち込んだ。





「Pプラス、トリニティの防壁を突破しました。」

天城ミホが誇らしげに端末から顔を上げた。
作業を開始してから徹夜でハッキングに精力を傾けてきた。
そして、その努力が報われたのである。

続々と秘密情報が第三新東京のシステムに送られてきた。
ここにあるMAGI−UP(旧式のMAGIUシステムを改良し可搬性を高めたもの。
大きさはちょうどトラック一台分である。)のメモりはすぐに一杯になり、
あふれた分はどんどん先技研の大型システムの方に転送されていった。

マヤはその様子を見て、『あとで整理するのが大変だわ』と密かにため息をついた。
トリニティ・システムは先技研のペンティアムに匹敵する大型システムなのである。
その情報量は、10年前にMAGIのフル解析をした時の比ではないだろう。

その時、メインスクリーンが切り替わって、モノリスの立体映像が映った。

『エンジェル・アタッカーズの皆さん、ごきげんよう。』

その声は、日本語だった。
(仮想会議システムには自動翻訳機構も組み込まれていた。
 相手の音質まで見事に再現する高性能のシステムである。)

『青葉司令、冬月マヤ博士、それに名は知らぬけど優秀なハッカーの方。
 私が誰なのか、あえて言う必要はないでしょうね。』

マヤがいち早くそれに応えた。

「ドクター・ロンバルドね。」
『この声は...冬月マヤ博士か。二回程、学会で会ったことがあったわね。』
「いいえ、三回よ。あなたが覚えてないのも無理はないけどね。
 そのころの私は赤木博士のおまけに過ぎなかったから。」
『冬月教授。あなたもそこに居るのでしょう。』
「ああ。」
『ゲンドウ・イカリも居るの?』
「イヤ。奴はいない。ユイ君に付き添って今は病室だ。」
『そう。彼女、だいぶ悪いのかしら?』
「命には別状はないよ。君がそれを心配してくれるとはな。」
『まあ心配してると言えばそうだけど、そう言う意味ではないわ。
 彼女、まだ力を持っているのかしら?』
「敵である君にその情報を教える必要を認めんな。」
『今更、敵も何もないでしょう?
 私達にはもう打つ手は残されていないわ。
 素直に負けを認めます。』
「だが、まだ太平洋艦隊は退却を始めてはいない。」
『それも時間の問題に過ぎないわ。エヴァを失った今となってはね。
 だから教えて。彼女の能力は失われたの?』
「どうして君はそれ程までにユイ君にこだわるのだ。」
『アナタにはわかっている筈よ。
 なんと言っても彼女はあなたの教え子なんですからね。』

その時、ラフィニアの後ろで、誰も入って来ない筈のドアが開いた。
『聖墓所』と呼ばれる薄暗い部屋に明かりがさした。





オレはすぐに行動に移す事に決めた。
ある意味、それはセイラの時と同じくらい辛い決断だった。
多分、彼を拘束しなくてはならないだろう。
彼の犯した罪は明確であった。

オレはそれを例の特殊工作艦で最初に締め上げた技術者から聞いて知った。
旧ネルフの持っていた機密情報の漏洩。
アダム細胞、および伍、六号機のパーツの持ち出し。
彼とは、高校時代からの永年の友人、親友だったのに....。

それに、彼らからも話を聞く必要があるだろう。
彼らが何らかの罪に問われるのかどうかは、調べて見ないとわからないが、
彼らも明らかに人類補完計画について情報を隠していた。

オレは、この一件を全て自分の手で決着をつける事を決めていた。
それが、彼女へのオレの手向けだった。

オレは彼女のアルバムから4枚の写真を抜き出した。
そして、部屋を出ていった。





「さて、僕にもそのお話、詳しくお聞かせ願えませんか?
 ラフィニア・ロンバルト博士。」

入ってきた青年が言った。
光を背後にしているために、彼女からはシルエットだけが見えた。
だが、その声には聞き覚えがあった。

「宇宙開発機構の坊やか。良くここがわかったわね。」
「まあ、色々とつてがありましてね。」
「香港ルート、とかいう奴かしら?」
「まあ、それもありますが...」

一人の男が日向の後ろから前に歩み出た。

「私が、その『つて』だよ。」
「ハインツ!お前か。」
「ああ。久しぶりだな、ラフィ。」
「そうか、お前が手を貸したのか。」

ハインツ・M・クラウザー。
ドイツ科学界の重鎮、ハウスホルツァー研究所の所長。
それよりも元ネルフ・ドイツ支部の技術部長と言う方がわかりやすい。
そして、かつて惣流キョウコ・ツェッペリンの夫であり、
惣流アスカ・ラングレーの実父でもある。

日向マコトが再び口を開いた。

「あれは、どういう意味があったのか。
 全てを教えしてもらいたいですね、博士。」
「私も知りたい。これだけ大勢の人間を犠牲にする価値があったのか?
 私の義理の息子の事も含めてね。」
「あなたは言った。これは必要な事なのだと。
 使徒を倒し、人類の再補完を行なう事がどうしても必要なのだと。
 人類の未来のために。
 あなたは詳しいことは教えてはくれなかった。
 だが、僕はそれを信じた。
 あなたの目を見てわかったからだ。
 嘘を言っていたとは僕には思えない。今でもね。
 それがどうしてこんなことになってしまったのか....。」

それまで、沈黙していた部屋の中のモノリスが再びしゃべった。

『どうしたんだ、ロンバルド博士。誰かそこにいるのか。』
「あ、ああ。ちょっと待って。今回線を別に開くわ。」

遠く離れた第三新東京にあるAA発令所のスクリーンに新たなモノリスが二個加わった。

「冬月教授、お久しぶりです。ドイツのハインツです。」
『おお、クラウザー博士か。どうして君がそこに...。まさか、君も...?』
「いや、あなたの所の若い者に連れられてね。
 ここに入るには色々と手続きが必要だからと、無理矢理駆り出されました。」
「冬月司令。ご無沙汰です。日向です。」
『おお、日向君か。』
「色々と事情がありましてね。
 けじめをつけなくちゃならないんです。」
「長い話になるわよ。」
「構いません。すべて、お聞かせ願えるのなら。」
「そう....。
 どこから話したものかしらね......
 あれはセカンドインパクトの起こる少し前の事だったわ。
 あの論文を目にしたのは。」
「論文?」
「そう。あれは革命的な論文だったわね。
 あれを初めて目にした時の衝撃は今も覚えているわ。
 生物学者に物理学上の大発見で先を越されるなんてね。
 しかもそれを書いたのがまだ大学の学部生だと言うのだから。
 覚えてますか、冬月教授。」
『ああ。あの日の事は忘れようにも忘れられんよ。
 あの時私があれを目にしなければ、あるいはその価値に気付かなければ、
 未来は今と違った世界になっていたかもしれないのだからな。
 いや、少なくとも私に関しては絶対に違っていた筈だ....。』
「論文って、どんな論文のことなんです?」
『私が、ユイ君と連名で学会誌に発表した論文だ。
 もっとも、私がやったのは考察の不備をいくつか指摘して文章を英訳しただけで、
 ほとんど彼女が独力で書き上げたようなものだったのだがな。』
「あの論文か。覚えているよ。
 妻と...、キョウコと興奮しながら徹夜で議論したよ、アレをな。
 彼女はそれ以来、あの理論に取り憑かれてしまった....。
 確か『The Force of the Entropy: the Fifth Element in the Universe』
 とか言う題名だったかな。」
『そうだ。そして、それが元で彼女はゼーレに目をつけられ、全てが始まった。』
「なんです、その...『エントロピーの力』って。
 『第五の要素』って何の事ですか?」
「それが...ATフィールド。
 この宇宙に存在する5番目の力、万有斥力よ。」

その時、突然研究所が大きく揺れた。

「ヴァス・イスト!」
「地震?」
「いえ、違う。これは....!
 そう、これがガビーの切り札だったのね。
 こんなものまで使うとは...、迂闊だったわ。」

数分後、研究所のあったトリノ地方一帯は瓦礫の山と化した。
廃墟の上空には、放射能を帯びた磁気嵐が荒れ狂っていた。





「あなたにもう用はないわ。
 おとなしく消えて頂戴。」

フフフッと彼女は笑った。
深夜の大統領執務室。
その笑い声を聞いているものは誰も居ない。





相模湾と駿河湾。太平洋艦隊は二ヶ所に別れて展開していた。
駿河湾側の主力艦隊は使徒によって全滅に等しい損害を受けていたが、
相模湾側の空母オーバー・ザ・レインボウを旗艦とする分艦隊は全くの無傷で、
反攻をもくろんでいる極東国連軍(すなわち日本の戦略自衛隊)にとって
依然として脅威であった。

だがその無敵艦隊を率いていた総司令官は、再攻撃も撤退も決断できずにいた。
1日前ならそんなことは無かった。自分達の力に絶対の自信があった。
だが目の前で、使徒の、そしてエヴァの驚異的な力を見せつけられた今、
その自信は大きく揺らいでいた。

左舷後方に突然水しぶきが上がった。
すぐに、大音響と振動が続いた。
被弾した。それは明らかだった。

「どうした!?何が起こった!?」
「潜水艦です。対艦ミサイルをくらいました。」
「なんだとぉ。対潜哨戒はどうした!?」
「見事に裏をかかれたようです。」
「味方の潜水艦部隊だっているはずだろう、この海域には。」
「先程から調べてはいるのですが...」
「どうした?」
「どうやら全部撃沈されたようです。」
「我が国の原潜が日本のディーゼル推進のおもちゃにか?バカなことは言うな。」
「いえ、相手も間違いなく原潜です。」
「原潜!?ロシアのか?」
「中国です。」
「漢(ハン)級はクズだ。そんなことは考えられん。」
「漢級は確かにクズです。ですから漢級以外の原潜という事になります。」
「では何だ?....まさか、龍(ロン)級か。もう就役していたのか。」
「そうとしか考えられません。」
「損害は?」
「レーガンは艦底に魚雷を七発くらいました。それほど長くは保たないでしょう。
 本艦も二発ミサイルをくらいましたが、幸い喫水線の上でした。
 火災は既に沈下しており航行に支障はありません。」
「護衛艦隊の方は?」
「巡洋艦カスケード、メンドシーノは今、沈みつつあります。
 タナーは火薬庫に直撃をくらって跡形もなく吹き飛びました。 
 セルロンは浸水は一応食い止めたものの、電気系の修理が必要だそうです。
「レーダーも使えないのか。」
「はい。SAMだけでなくCIWS(コンピューター制御の対空火砲)も、
 ともかく制御に電気を使う装備は一切使用不能だそうです。」
「それでは防空能力が皆無ではないか。艦隊の防空は...」
「まともに機能しているのはコヴィントン一隻だけです。」
「畜生、セカンドインパクト前の旧式艦一隻だけでは役に立たん。
 見事な戦術だ。的確に目標の防御能力を削ぐとは。だが、すると...」
「はい。次は航空攻撃が予想されます。ですが....。」
「そうだ。本艦の戦闘機は健在だ。レーガンの部隊も沈む前に空に出しておけ。
 本艦で給油した後、厚木に収容させる。
 厚木の部隊の直援があれば、相手が日本の戦闘機だろうと中国のだろうと、
 我々の敵ではない。それに本国にはまだまだ予備兵力もいる。
 艦隊の一時的損失は、補充が済んだらいずれ埋め合わせをさせてやる。」

総司令官に今までの強気がよみがえった。
炎上する艦隊が、一時的に彼の戦意に火をつけたのだ。
だが、それも束の間の事だった。
占領している厚木の基地司令から連絡が届くまでの。

『誠に遺憾ながら、1600時を持って、我々は停戦に同意しました。』
「な、なんだと!!」
『基地を明け渡す事を条件に、彼らは我々の帰国を保証しました。』
「そ、それがどういうことかわかってるのか。
 命令違反だぞ。き、貴官の独断で停戦など....」
『残念ながら、我々にはもう継戦能力がありませんので。』
「な、な、...貴官の配下の航空戦力は....」
『それはもう全滅しました。侵攻してきた巨大ロボットの手によって。』

ここに至っては、彼もあきらめるしかなかった。
戦いを続ける意欲は、もはや残ってはいなかった。





病室で、一人の男が電話で話をしていた。

「それで冬月先生、彼らに生存の見込みはありそうなのか?」
『無いことは無いがかなり厳しいな。研究所は跡形もなく消滅したよ。
 それに放射能汚染も相当のレベルに達している。
 あれではこれから数十年、欧州全域と北アフリカの農産物は食い物にならぬ。
 まったく酷い事をする奴だよ。』
「そうか。」
『そっちの具合はどうなんだ、碇。ユイ君の様子は?』
「大丈夫だ。心配ない。」
『今、起きているのか?』
「いや、さっき眠ったところだ。」

その時、病室のドアが開いた。

「碇司令、いや、特別顧問。」
「青葉君か。どこに行っていたのだ?」
「申し訳ありませんが、あなたの身柄を拘束させていただきます。
 高橋首相には既にお話ししてあります。」
『おい、どういうことなんだ、碇?
 そこにいるのは、青葉君か。どうしたんだ?』

その言葉を無視して、男は静かに受話器を置いた。
男は、たった今入ってきたばかりの男の目を静かに見つめた。
相手もしっかりと見つめ返してきた。

「そうか。知っているのか?」
「はい。セイラから聞きました。」
「セイラ?君の副官か。そして...キール議長の娘か。
 彼女は...?」
「....。」
「そうか。気の毒なことをした。」
「では、よろしいですね。今度こそ、全てお話し願います。」
「このまま何事もなければ、最後まで黙っているつもりでいたのだがな。
 すまないが、ユイが起きるまではここにいていいかね。
 一言、言ってから行きたいのだが。」
「それは構いません。それに、ユイさんも回復し次第、拘束されるでしょう。」
「ああ。
 冬月はどうするんだ? 確かに奴も裏の事情を少しは知っている。
 だが、あいつぐらいは残しておいた方がいいのではないかな。」
「そのつもりです。
 一応、お話を伺うことにしてはいますが。
 それにもうお年ですし.....。」
「それを本人の前で言わない方がいいぞ。気にしてるからな。」

ユイが再び目覚めるまでそんなに長い時間はかからなかった。
短い会話を交わした後、ゲンドウは武装した兵士に囲まれて部屋を出ていった。
二人の武装兵士がユイの病室の扉の外に残された。
その兵士の存在は、彼女もまた拘束されている、という事を示していた。

「そう、彼女も亡くなったの。
 神々の座、人類は永遠に辿り着くことはできないのかしら。」

彼女が呟いたその言葉は病室の虚空に吸い込まれ、消えた。









第2部 完







次話予告



いや、ここまで実に長かった。連載開始から7ヶ月。
『万有斥力』の登場で、やっとハードSFの世界に入れます。
もちろん、今まで通りチルドレンやエヴァも活躍しますので、
SFに興味のない方も引き続き第三部をよろしくお願いします。

では、恒例のキャラクター達による次話予告です。



「ウソだ、ウソだ、ウソだ!
 カヲル君がバイ(両刀)だったなんて。」

「事実よ。受け止めなさい。」
「カヲル君は、僕の事、好きだ、って言ってくれたんだ。なのに...」
「アンタバカ〜!
 そんなの、ウソに決まってるじゃない。」

「何故なんだ、どうしてなんだ。答えてよ、カヲル君!」
「男と女はね、僕にとって等価値なんだ。」
「不潔。」
「でも、まだ早いよ、そういうことは。お互い子供じゃないか。」
「『そういうこと』? いや〜!不潔よ〜。」
「僕もアダムより造られしモノだからね。
 14才に見えても、実は1万5千とんで14才だったのさ。」

「渚って、実はロリコンなだけとちゃうんか?」
「いや、それは違うな。そう見えるだけさ。
 使われし徒と書いて使徒と読む。所詮、空の向こうの存在なんだな、使徒は。」
  --> (なんか意味不明)

「で、次号予告は誰がやるの?」
「命令があれば、私がするわ。」
「誰も、命令なんてしてないわよ。」
「そう。良かったわね。」
「やっぱ、変わった子ね、ファーストって。」

「ハイハイハイハイ〜!
 次号予告は、この相田ケンスケ、相田ケンスケにおまかせください。」

「いいわ。やってちょうだい。」
「了解であります、小隊長殿。
 では、次号予告をやらせていただきます。」


   地上から使徒は消えた。
   残るは金星の使徒のみ。
   戦士たちは宇宙を目指す。
   ヒトという種の未来のために。

 第三部の舞台は、再び宇宙であります、小隊長殿。」





次回、最終章(第三部)突入!




第十七話

「天翔ける戦姫」



「もう負けてらんないのよ、私は!」





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