Star Children 第三部

「Final Impact」(1)

by しもじ  







「ふぅー。今のはちょっとヤバかったわね。
 さすがのアタシもちょっと焦ったわ。」

アスカはエントリーポッドの中でそうつぶやいた。
今彼女のエヴァは小惑星の背後、相手の死角に入っている筈だ。
先程までの一連の激しい回避動作の後で、ようやく一息つくことができた。

「なかなかやるようになったわね。
 でも、アタシの力はまだまだこんなもんじゃないわよ。」

そう言って、改めて戦況を分析し、新たな作戦を立て始めた。
一時的に押されはしたが、冷静になればつけ込めるチャンスはいくらでもあった。
戦術の基本に立ち返り、相手の隙を効果的に利用すれば彼女が負ける要素は無い。
そして正に彼女が反撃を開始しようとした時に、ブザーがなった。

「何!?」

すぐに思い出した。
これは演習終了の合図だ。
と同時に、彼女の目の前にあった小惑星が消えた。
そういった舞台装置は全て、コンピューターが作った仮想現実だった。
疑似仮想空間戦闘シミュレーション、と言う訳だ。
ただし、彼女たちは実際にエヴァに乗って宇宙を飛んでいた。
無重力戦闘に順応するためである。
エヴァの感触をリアルに再現するのは非常に難しいし、
重力制御はまだ人類の手に届かぬ技術だからだ。

「ちっ。また仕留めそこなったか。」

そこに通信が入った。
演習の相手、エヴァ四号機に乗ったトウジからだった。

「どや、惣流。今日のはちょっとビビったやろ。」
「どこが!あんなの、全然大したことなかったわ。
 鈴原のほうこそ制限時間に感謝するのね。
 あと15分もあればアンタなんてズタボロにやっつけてるとこだったのに。」
「負け惜しみや。
 遮蔽物の影に逃げ込んだ奴の言うことかいな。」
「違う。あれは単なる戦略的撤退よ。
 後少しでアタシの華麗なる反撃が始まるとこだったのに。」
「まあええがな。判定はコンピュータが出してくれよるわ。
 ま、ワイの勝ちは動かんとこやろうな。」
「まさか。あんなもんで勝たれたら溜まんないわ。」

そんな会話を交わしているうちに、スクリーンに『帰投』のサインが出た。
四号機と伍号機。二機のエヴァは並んでステーションに向かった。

「鈴原。アレ。」
「なんや?」

スクリーンの端のほうに移動する光点を見つけたのはアスカが先だった。

「アレ、そうじゃない。」
「そうやな。シャトルみたいやな。」
「と言う事は、ようやく来たのね。
 これでようやく、行けるのね。」
「ああ。」

どこへ、と言う事をアスカは省略した。
そんな事は今更言うまでもない事だったから。
そのために、彼らは今ここにいるのだから。

「じゃ、先行くわよ。」

アスカの乗るエヴァ伍号機が急に光翼を広げ、加速した。
置いていかれじ、とばかりに続けてエヴァ四号機も去って行き、
宇宙は再びいつもの静けさを取り戻した。


















第十七話


あまかワルキューレ
「天翔ける戦姫」


















シャトルのドッキングは無事終了した。
慣れない無重力の空間で、乗客二名は何とかエアロックに向かった。
乗員がハッチのところで二人を待っていてくれた。
そして、ドアが開けられた。

「よう、お二人さん。えろう遅かったやないか。」

二人のパイロットが彼らを出迎えた。
黒いプラグスーツを着た方の男が言った。

「仕方ないだろ、悪天候だったんだから。」

確かに、打ち上げが二週間も遅れたのは彼らのせいではなかった。
彼ら自身もカリマンタン島のイカロスシティにある宇宙基地で、
季節はずれの暴風雨が収まるのをずっと待たされていたのだから。

「まあ、おかげでみっちり宇宙戦闘の訓練する時間もできたんやから、
 悪天候にも感謝した方がええのかも知れんけどな。」
「訓練する必要があったのは鈴原、アンタだけでしょ。」

紅いプラグスーツを着た女性のパイロットが言った。
今度の遠征では使徒との宇宙戦闘も予測されていた。
エヴァの力を加味しても、慣れない環境での不利は免れない。
訓練し過ぎて過ぎることはない。
この先の航宙の途上でも、訓練は続けられる予定だった。

「まあまあ。で、トウジ。もう宇宙には十分慣れたか?」
「おう、任せときや、ケンスケ。」
「なに偉そうな事いってんのよ、鈴原。
 そんなことはアタシに勝てるようになってから言いなさい。」

ケンスケは地上に送られてきた情報の中に訓練記録のレポートがあったのを思い出し、
持っていた書類の中からそれを探し出して見た。
23勝0敗11引き分け。

「なんだ、惣流の圧勝じゃないか。」
「んなもん、最初は慣れてなかったんでとまどっとっただけや。
 最近の何日かはええ勝負しとるやないけ。」

数字には現れてないが、それも事実だった。
ここの所、8戦連続して引き分けが続いている。
最後の一週間に限って言えば、互角の成績だった。

「それは...。
 あんたにも自信をつけさせようと思って少し手を抜いてあげてるのよ。」
「ほぉーう。そのわりには、昨日はえらく悔しそうやったな。」
「う、うるさいわね。」
「それに今日は悪いけど間違いなくワイの勝ちやで。」

トウジは三次元的に空間を認識する事に抵抗があるようで、
無重力の空間を自由自在に動き回るアスカに常に振り回され続けていた。
最近はそんなトウジもようやく慣れてきて、なんとか接近戦に持ち込めるようになった。
トウジの本領が発揮されるのはその時である。
力勝負を真っ向から挑まれるとさすがのアスカも一歩退かざるを得なかった。

そのまま四人でメインキャビンに移動すると、先程の模擬戦闘のスコアが待っていた。

「なんやて。アレでワイの勝ちやないのか?!」
「残念でした、鈴原。初勝利は当分お預けね。」
「なんか間違っとる。絶対、間違っとるで、この機械。」

スコアは55対45。
僅差でトウジが上だが、判定上は引き分けである。
トウジが決定打を欠いた事と、序盤でのアスカの攻勢が評価されたからだろう。

「で、計画の方はどうなっているの?」

引き分けとはいえトウジに初めて優勢を許した事に若干の不満を残しつつ、
改めてケンスケの方に向き直ってアスカが尋ねた。
ずーっとこれが聞きたくて仕方がなかった質問だ。
と言うか、彼女が期待している答は一つである。
そして彼らがここに来たと言うことは、8割方はOKの筈だ。

「一週間の足留めは予定外だったけど、それでも5%も遅れていない。
 補給品もこれで最後の筈だから、最終チェックがまだ残ってるけど、
 それさえクリアすれば24時間以内に出発できる。」
「そう。じゃ...」
「いや、まだこの先のスケジュール、つまり出発日時は決定していない。
 最終的なGoサインは地上で出す事になっているからね。
 全ては、それを待ってからだ。」
「そんな悠長な事....。」
「それが決まりだからな。」
「ま、惣流の気持ちもわからへんでもないけどな、焦ってもしゃあないからな。」
「日向さんも議会対策で頑張ってる。
 多分2、3日中には許可がでると思う。」

日向マコト。
彼はつい最近になってようやく宇宙開発機構に復職した。
表向き、事故にあって長期療養していた事にはなっていたが、
ここにいる四人は全員、その真相を知っていた。

「けど、ホンマにええんか。ワシらが行ってしもたら、地球の守りは...」
「JAが残っている。まずそんなことは無いと思うけどね。
 使徒は地球にはもうやってこないと言う話だから。」
「なんでや?
 誰が保証してくれるっちゅうねん、そないな話。
 万一...」

金星の使徒についてはまだ不明なことが残されていた。
それが地球に飛来した目的すら、公表された範囲では、判明していない。
だが、スーパーコンピュータPプラスは全会一致でこれ以上の襲来を否定した。
そして、青葉も、日向も、これを肯定し、国連も勧告を受け入れた。
だがその具体的な根拠となると、いささか心もとない。
トウジの不安はもっともだった。
その時、アスカの高らかな声がトウジを遮った。

「私がするわ。この私、惣流アスカ・ラングレーが保証する。
 使徒は一匹足りとも見逃さないわ。
 いえ、見逃してたまるもんですか。」

アスカのその決意は言葉と態度にはっきりと現われていた。
その根拠はともかく、使徒を倒す、という事に関しては
アスカより強い動機を持っている人間は他にいない。

「何か文句ある?」
「いや、そう言われてもな〜。」
「それとも何?鈴原、アンタこの遠征から降りたいって事?
 それならそれで別にアタシは構わないわよ。」
「誰もそないな事、言うとらへんがな。
 ただ不安なだけなんや。なんとのうな。」
「ああ、お前の心配はわかるよ、トウジ。
 なんと言っても、愛しい奥様を地球に残していくわけだからな。
 お前がいない間に浮気でもされたら大変だ。
 地球にはお前よりいい男なんてゴマンといるからな。」
「ヒ、ヒカリは浮気なんかせえへん。
 ワイは信じとる。」
「おお、おお。お熱いねえ。」

ケンスケがトウジを囃し立てたが、
トウジはケンスケを無視してアスカに話を振った。

「お前かてわかるやろ、惣流。
 それでなくたって、初めての経験なんやで。」
「ああ。そういえば、あと一ヶ月だったわね。」
「そや。帰ってきた頃にはワシはパパや。」
「パパぁ?その顔で?」
「悪いか。」

確かにパパ、と言う柄ではない。
真っ赤になってトウジは照れていた。自覚はあるのだろう。
思わずパパと言ってしまったのは、ヒカリの口癖が移ったからだ。
お腹の赤ちゃんに向かって『パパはね〜、とっても優しいんでちゅよ。』とか
色々語りかけるのをトウジは良く聞いており、
なんとなく、『おとん』ではなく『パパ』と言ってしまったわけだ。

いいネタを仕入れたと、アスカとケンスケが徹底的にからかおうとした時、

「一ヶ月か。ちょうど金星についたころですね。」

何を思ってか、それまで黙っていた天城ミホが感慨深げに言った。
それで、三人とも黙ってそれぞれの思いにふせった。

この四人が今回の遠征隊の主要メンバーであった。
(他に10人の技術スタッフが同乗している。)
総指揮官の相田ケンスケ。
その補佐官で、チーフオペレータの天城ミホ。
黒いエヴァ、四号機パイロットの鈴原トウジ。
紅いエヴァ、伍号機パイロットの惣流アスカ・ラングレー。

宇宙船に乗って金星を目指す彼らに人類の未来は託された。









「どうだい、マヤちゃん。
 そっちの方はあれから少しは進んだかい。」

コーヒーカップを二つ手にした青葉は、マヤの個室に入るなり、訊いた。

「あ、どうもありがと。」

カップを受け取り熱いコーヒーを一口すすってから、マヤは答えた。

「うーん。まだまだね。」
「まだまだって?」
「コーヒーよ。碇司令の淹れるコーヒーには全然及ばないわ。」

ちなみに、元ネルフ総司令の碇ゲンドウ。
忘れられてるかも知れないが、喫茶店『チルドレン』のマスターだった。

「ちっ、贅沢言ってくれるよ。」
「他に贅沢する所が無いんだから、これくらいわね。
 コーヒーぐらいは自分の好みのを飲みたいじゃない。」

マヤの部屋には専用のコーヒーサーバーも置かれていた。
豆は『チルドレン』特選のオリジナルブレンドである。
ゲンドウ直々に淹れたモノには及ぶべくもないが、
それでも青葉が持ってきた自販機のカップコーヒーとは比べ物にならない。

「で、解読の進捗状況は?」
「そっちも、まだまだね。
 フェイズ・スリーまでデコードは進んでるけど、
 まだ全体の20%しかわからないわ。
 それも安全レベルの低い方から20%ね。」
「それだけ?」
「ええ。でも困難な所はすべて終わったから、後は時間の問題よ。
 P+の推定では、あと4週間もあれば8割方はいけそうね。
 それに今の段階でも、役立つ情報が無い訳でもないわ。
 ほら、これなんか。」

そう言って、マヤは机の上に大量に積み上げている書類の中から、
一束を取り出して、無造作に青葉に放り投げた。
この山の束が、要するに、解読作業中のデータの中身なのだろう。
とんでもない量だな。全部読んでったら1年はかかるぜ。
と思いながら、手にした書類を青葉は眺めた。

「これは....?」
「そう。『G』の受けた仕事の一覧よ。」
「どうしてこんなものが....。
 まだ保安レベルの低いところなんだろ、ここは。」
「さあね。上にはもっと凄い情報があるって事なんじゃない?
 それより、そこ、そこを見て。」
「これは...法王暗殺から、全部載ってるな。
 凄いぞ、ロフト大統領も奴の仕業だったのか。
 ロックフォードの個人認証コードもある。これは、イケルぞ。」
「まあ、不法に入手した情報だから、正式な裁判では使えないけどね。
 UNにも昨日、判明した時点ですぐに連絡したわ。
 パリ(国際司法警察)とハーグ(国際司法裁判所)が動くそうよ。
 FBIにも知らせたから、上院の連邦派も弾劾に賛成するんじゃない?」
「ああ。間違い無いな。」

北米連合合衆国の大統領、ガブリエラ・ロックフォード=パートリッジは、
合衆国の歴史上三人目の不名誉な大統領として、弾劾裁判にかけられていた。
(セカンドインパクト前の北米連合成立以前の記録も含めての話である。)
国連派の優勢な下院で可決されるのは間違い無しと見られているが、
それと同時に連邦派が多数派を占める上院でも3分の2の賛成を得る必要があった。

基本的には連邦派の議員達も有罪を認めている節も見られなくもないが、
証拠を提供したのが敵対していると考えられるAAと言う組織であった事、
裁判の矢面に立たされている筈の本人に反対尋問の機会が与えられていない事、
などを理由に、裁判の引き伸ばしをはかろうとしていた。

それら自体は正当な主張であり、法治主義の側面からは好ましい事ではある。
あの出所不明の映像を除けば、弾劾に値する確たる証拠はまだ上がっていなかったからである。
ネオ・ゼーレとの密約でさえ状況証拠に過ぎず、腕の良い弁護士ならば
それを大統領個人のプライベートなスキャンダルとして片づける事ができたかもしれない。
大統領自身が、そのカリスマを持って国民に語りかける事をしたならば、の話であるが。

その一方で、連邦派のこの抵抗は、党利党略とも無縁の物ではなかった。
大統領不在のここ数ヶ月の間、国務長官が代理として政務に当たっていた。
ここで大統領の弾劾が成立すれば、憲法に従って第三位の継承者である下院議長が大統領に任命される。
下院議長は、下院で多数派を占める国連派から出ていた。そういう事だ。

今回の発見は、どうやら状況を動かす事につながりそうだった。
現職の大統領が前大統領暗殺の当事者だったと言う事にでもなれば、
そもそも副大統領の繰り上がりの時点で問題が発生していた事になるからだ。
時間を遡及しての副大統領の解任という可能性も法制上は有りえた。

その当事者である大統領本人はあの事件の直後に姿を消した。
戦闘終結から五時間後に世界中のネットワークに流されたあの映像が
その原因であると言うのがもっぱらの見方であるが、
この問題絡みで、ロシアンマフィアに命を狙われているという情報も流れていた。

合衆国始まって以来の不祥事が、今後さらに発展して行くのは明らかだった。
これに比べれば、エドガー・フーバーやリチャード・ニクソンなど可愛いもんだし、
ビル・クリントンのセックススキャンダルなど子供のままごとのように見えた。
さらに弾劾が成立すれば、彼女の名前は合衆国初の女性大統領としてではなく、
建国以来の初めて弾劾によって職を追われた大統領として歴史に刻まれる事だろう。
同時に、メイフラワー号以来の名門、ロックフォード家の威信も地に堕ちる事になる。

「どうしてこんな証拠を記録に残しておいたのかな。
 普通だったら、こんな記録、真っ先に破棄するもんじゃないか?」
「さあ。あらかじめ彼女の裏切りを想定して脅しのために、とは考えられないかしら。」
「うん。あり得るな。というか、他に考えられない。
 そうすると、あの映像もやはり報復戦術としてトリニティから発信されたのかな。」
「その可能性は有るわね。トリニティからでは無いと思うけど。
 どこかにそういう仕掛けを隠しておいた可能性は否定できないわ。」
「そうすると、かなりアレ、信憑性が高いって事か。
 ちょっと信じられないけどね。大統領の殺人なんて。」
「だけど、合成とは思えないわ。少なくともPプラスには証明できなかった。」
「役者に演じさせたのかもしれない。」
「声紋は一致してる。口や表情、身振り、背景の音。
 なにから何まで完璧よ。
 あれが作り物であるなんて、0.0000001%も無いわ。」
「だけどゼロじゃない。」
「何が言いたいの、青葉君。
 彼女が無実だとでも?」
「いや、そうじゃない。彼女の両手は血に塗れているさ。
 少なくとも、この第三新東京市への攻撃の件だけでもオレには充分だ。
 オレが言いたいのは、そうじゃなくて、うーん、なんて言うかな、
 まあ半分以上オレのカンに過ぎないんだが、
 なんかできすぎていないか?」
「すべて仕組まれている、と言う事?」
「それに近いかな。誰かの掌の上で躍らされているというか。」
「誰って、まさか、碇司令?」
「うーん。その可能性も否定できないが、良くわからない。
 なんとなく、この件は彼じゃないと思う。」
「他にも誰か、いえ、何かがいると言うの?」
「ああ。例のATフィールドの件だって、未解決なんだろ。」
「そういわれれば、そうね。」

沈黙の時間がしばらく流れた。
その沈黙を打ち払うようにコーヒーをズズっとすすってから、マヤは訊いた。

「それで、あなたの方はどうなの?
 碇司令の捜索。見つかった?」
「見つかってりゃこんなところ来るもんか。」
「冬月司令の言っていた、ココって、どういう意味なのかしらね。」
「知るもんか。少なくともこの街にはいない。
 それだけは確かだ。」
「下も?」
「下?ジオフロントかい?
 真っ先に調べたさ。
 何もない空洞が拡がっているだけだから調べるのは簡単だったさ。
 LCLの湖にはダイバーを潜らせて徹底的に捜索した。
 さっき、最後のエリアの報告があってね。」
「だめだったのね。」
「ああ。」
「とかくこの世は謎ばかりって、ね。
 実感するわね。」

一つの事実が見つかるたびに、三つの疑問が浮かびあがる。
まさにそんな感じだった。
何故、どうして、何の為にこんな事を。
まだまだ解決しなければならない問題が山積みされていた。

「ところで、こんな話をしに、ここに寄った訳?」

  そんな筈は無い、か。
  青葉君だって仕事は山積みされてる筈よね。
  少なくとも、私と同じぐらいには。
  こんな所で世間話をしているヒマは無い。
  ということは....。

「いや、これはただの前置きさ。」
「本題は...何?
 人類補完計画?」

最近、青葉は変わった、とマヤは思う事がある。
それは単に外見だけを指して言っているのではない。
外見も確かに物凄く変わったのだが、それ以上に内面の変化が気になった。
普段は今までと変わらない、いつものあの青葉なのだが、
ある特定の話題に対しては反応が以前にも増して鋭くなっている。
これは、取り憑かれた、と言うべきか。

まあ、あんな事があった後ではねぇ、と思わないでもない。
目の前で、彼を助けるために、セイラは撃たれて死んだらしい。
その前後のいきさつも詳しく知る事ができた今となっては、
人類補完計画を目の敵にする青葉の気持ちも良くわかる。

ゼーレ。
使徒、渚カヲル。
エヴァ。
人類補完計画。

得体の知れないものに取り憑かれた者達が産み出した悲劇。
そして、舞台の幕はまだ降りたわけではない。

「ああ。もう評価は終わったんだろ?」
「ええ。」

  やっぱり知っていたのね。
  秘密にしていた筈なんだけど....、まさか、盗聴?
  いえ、それはないか。

「報告書が僕の所に来ていないようだけど。」
「おじい、いえ冬月特命相が検討中よ。」
「僕の所を素通りしてかい?」
「これはAAの権限外の事ですからね。」

AAはその名称を変えずに、国連の正式部門に格上げされた。
だがそこにネオ・ゼーレ残党の追求という任務は含まれていない。
当然ながら、人類補完計画も彼らの仕事の範疇ではない。
公式にはこれは個人的に彼らがやっている事に過ぎないのである。

「個人的な評価でいい。それでも駄目かい。」
「それならいいわ。どうせわかる事だし。」
「それで?」
「可能よ。彼らの計画は。
 補完率はおよそ50%。それも正しい数字ね。」
「破局の可能性の方も?」
「可能性と言うレベルを通り越してるわね。
 ユイさんの理論が正しければ、いえ、事実そうなのだけど、
 人類の文明は十年前に崩壊していた筈よ。
 自らのATフィールドによって。」
「だが、現実にはそうならなかった。」
「それは二つのインパクトの影響ね。
 特にサードインパクトの影響は大きくて、
 その効果を定量的に見積もることは難しいけどね。」
「だから次のクライシスは予測不可能と。」
「ええ。一年後か、十年後か、ひょっとして百年後かも知れないわ。
 でもいつかそれが訪れるのは確実ね。」
「そのための人類補完計画、か。」

碇ユイが25年前にある学会誌に投稿した論文は、ゼーレの目に止まるや否や回収され、
現在は記録にも残っていない。
回収の目を逃れた物もあるにはあったが、セカンドインパクト後に全て散逸した。
今やリアルタイムで読んだ人間の記憶にかすかに残るのみである。
唯一の例外。冬月が保存していたオリジナルの草稿のコピー。
それとセイラの残した手記を頼りに、マヤは理論を再構築した。
いずれトリニティの記録がすべて解読されれば、それは裏づけられるに違いない。

「やはり、反対なの。」
「ああ。」
「それなら何故、今度の金星遠征計画に賛成したの?
 今エヴァを宇宙に出せばどうなるかはわかってるんでしょ。」
「ああ、当然わかっている。
 だが、使徒は撃滅しなければならない。
 それも事実だ。」
「だからエヴァを出した。」
「そうだ。」
「インパクトはどうするの?
 もしエヴァが接触してしまったら?」
「その為の保険は一応かけてある。」
「ケンスケ君ね。」
「ああ、そうだ。」
「だけど、そうなるともう補完のチャンスは消えて無くなるわね。
 後は座して崩壊の時を待つばかり。
 それでいいの?」
「わからない。
 これが最後のチャンスだとすれば、確かに見逃すことはできない。
 けど、その結果が彼らの言う補完計画だとすれば、それも認められない。」
「典型的なアンビバレンツ(二律背反)ね。」
「ああ。言ってる事が矛盾して聞こえるのは認めるよ。
 ヒトは生きていこうとする処にその存在意義がある。
 それはわかる。
 だが、ヒトの形を捨ててまで、そこまでして生き続けねばならないのか。」
「それを決めるのは私じゃないわ。」
「彼らでもない。」
「でも、誰かが決めなければならないのよ。」
「だが....、
 いや、もうよそう。
 ここで議論をしても始まらない。
 また来るよ。
 その時は、新しい情報をまた頼む。」
「ええ。」

  エヴァ。
  人類を未来へ導く福音。
  それが...何故?
  死んでいった者。
  そして残された者。
  アスカ、青葉君....。
  また繰り返さなければならないの、人類は。
  あの、十年前の悲劇を。
  いえ、もう繰り返しはじめてるわね。
  私達は。

青葉が去った後、マヤは誰にともなく呟いた。

  先輩。
  補完計画の意味って、何ですか?
  人が肉体を捨てて、それでも良いのですか?
  他に答が、何か無いのですか?
  教えてください、先輩。

だが、他に誰も居ない部屋では、返事が聞こえる筈も無かった。
ただディスプレイのカーソルが新たなコマンドを求めて点滅しているばかりだった。









「おはよう、ミホ。」
「あら、ケンちゃん。もう交替の時間?」
「ああ。どう?変わりはなかった?」
「ええ。相変わらず。」
「何か新しい指令は?」
「朝の定期連絡に、今日のテストのスケジュール。
 あ、日向さんからの命令書があったわ。」
「作戦開始の命令、なんて事はないんだろうな、今度も。」
「そのようね。緊急度はレベル2だもの。
 一体、いつまで待たせるのかしら。」
「まあ、まだ時間的に余裕があるから、
 下の連中としてはギリギリまで引き伸ばしたいんじゃないか?」

それまでゆっくりと加速しながら地球に向かって飛んでいた筈の黒い月が、
突然進路を変えて金星に向かいはじめたのがわかったのが二ヶ月前。
ちょうどあの事件から一ヶ月が経った頃の事である。
今回の金星遠征はそれを受けて急遽、決められた。

新たに宇宙船を作る時間的余裕がなかったので、このワルキューレが徴発された。
ワルキューレはネオ・ゼーレの最後の切り札とも言える宇宙船で、
黒き月を捕獲し、月と地球のラグランジュ点に誘導する役目を帯びて建造され
ヨーロッパが混乱の真っ只中にいる時に、密かに進宙していた。
先の事件の時は既に月と地球の間のラグランジュ点に到着しており、
そのためエヴァ四号機による破壊を免れることができた。

黒き月の正確な現在位置をもたらしたのはそのワルキューレのクルーだった。
予定通りの地点で待ち構えていたら突然目標が反転して遠ざかりはじめ、
これを報告しようにも地球との連絡がいつのまにか途絶してしまっており、
独自の判断でようやく地球に帰還してみたらすべてが終わっていた。
僚艦とも言うべきエンタープライズも雷帝も軌道にはなく、組織も壊滅状態で、
あわててイカルス基地に連絡して救助のシャトルを出してもらったのである。
(ワルキューレに大気圏突入用の装備はなされていなかった。)

ワルキューレは動力源にS2機関を搭載し、荷電粒子砲二門を装備している。
武装は、月にいると考えられていた使徒を迎撃するためのものである。
食料や推進剤のためのタンクを増設するだけで、遠征のための改造は済んだ。
それら改造のための資材はすべて、エヴァに宇宙まで運ばせる事ができた。
シャトルは人間を輸送する時以外必要とせず、経費と時間が大幅に節約された。
だから二ヶ月足らずの間に出発の準備が整ったのである。

「あと一週間出発が遅れても、まだ半月は先行することができるからな。
 それだけ有れば金星の使徒を全滅させるのには充分だ。
 そうすれば一件落着ってわけだから無理して急ぐ事もない。」
「金星空域に我々を長期滞在させる訳には行かない、って事かしら。
 偶発的インパクトの危険性を抑えるために。」
「そういう事。」



手早く引き継ぎを済ませると、ミホは睡眠を取りに自室に向かった。
入れ違いにアスカが入ってきた。

「んっとにもう。まだなの〜。」

オペレーションルームに入ってくるなり、アスカは叫んだ。
ここの所、これが毎朝の日課と化している。
ケンスケ達が乗り込んでから既に一週間。
思った以上に待機は長引いていた。

「惣流。新しい命令が来てるぞ。
 本日中に地上に戻って、1500時にセンターに行けってさ。」
「何よ。なんでわざわざ日向の所に行かなくちゃならないのよ。」
 この忙しい時期に。
「忙しいのはトウジだけだろ。」
「アイツはいいのよ。訓練も兼ねているんだし。
 大体、地上に返れば愛しのヒカリ様に会えるんですからね。
 一人で喜んで荷物運びをやってればいいのよ。
 だからって、このアタシが...」

トウジの黒い四号機はここの所、毎日地上との往復を繰り返している。
補給は終わったとアスカは聞いていたのに、どうやら違ったらしい。
先日のテストで部品に欠陥が見つかったため、だとか
単にトウジの練度を上げるために往復させているだけだ、という話もあるが、
トウジも良くわからずに命令に従って飛んでいるような事を言っていた。
どちらにしろ、アスカの紅い伍号機の出番はなかったので彼女には関係ない。
アスカの関心は、それよりも、いつ出られるのか、の一点にあった。

「命令なんでね。それはとにかく...
 それが済んだら、第三新東京市にも寄るようにって。」
「ん?命令はイカロスシティだけじゃないの?」
「いや、こっちは非公式の依頼だ。青葉さんからのね。」
「非公式?ふーん。」
「いいじゃないか。寄っていきなよ。
 ついでにアイちゃんにも会えるだろ。」
「でも...。」
「大丈夫、どうせ、まだ出発しないのは確かだからさ。
 明日は兵装関係の最終チェックをするみたいだから。
 これをクリアするまで出発できないんだってさ。」
「それが、最後のチェックだってのは本当なの。」
「本当だって。保証する。」
「アンタのその言葉は聞き飽きたわ。」
「今度こそ間違い無いって。」
「ん。信用はしないけど、まあいいわ。」
「じゃ、寄るんだね。」
「そうね。最近アイとも話していなかったから、
 最後にもう一目会っておくのもいいかもね。」

パイロットはそう言って栗色の髪を翻して部屋を出ていった。
彼女の娘、アイを引き合いに出したのがうまくいったようだ。
しかし青葉さんもあんな所に彼女を呼び出してどうするんだろう、
と思いながらケンスケはシートに深く腰を沈めた。
当直の間に暇つぶしに考えるタネを、彼は充分に持っていた。

『エヴァ伍号機、惣流アスカ、いきます。』

10分も経たないうちに、発進の合図がした。
相当急いだのだろう。

オペレーションルームのスクリーンに深紅の鎧に身を固めたエヴァが映った。
やがてそれは左右に4枚ずつ、合計八枚の光翼を広げ、飛翔を開始した。
シンクロ率の上昇に伴って羽根の金色が輝きを次第に増して行き、
ATフィールドの淡い残像を残して、スクリーンから消えていった。

「疾いな。さすがは惣流。
 天空を翔けるヴァルキリーの名は彼女にこそ相応しい。
 こんなノロマな宇宙船なんかじゃなくて。
 だが....」

ケンスケは独り、スクリーンを見つめていた。

「エヴァンゲリオン。
 できるのか、僕に。」





あの第三新東京市をめぐる最後の闘いから3ヶ月が経っていた。







次話予告




「さあ、最終章のスタートね。」
「そうね。」
「この話も、もうすぐ終わりなんだね。」
「ええ。」
「出番、ありますよね。」
「私は?」

『まあ、その辺はおいおいわかるでしょう。それより...』

「そう言えば、今回は久しぶりに短いわね。
 ここの所、ずっと50キロバイト台が続いていたのに。」

「元は一話だったそうだよ、今の17話から19話までで。
 全部で100キロバイト越えそうだったから分割したんだって。」

「ふーん。それでつながりが変なのか。
 いきなりエヴァに羽根が生えて、宇宙を飛んでいたり。」

「連行された筈の父さんがどっかに消えてちゃったりね。
 日向さんも実は助かっていたみたいだし。」

「じゃあ、次の話はそのあたりの説明になるのかしら?」
「シナリオではそうなっているわ。」
「タイトルは、っと。ふーん、美しい姫ね。
 当然、私のことね。」

「私かもしれないわ。」
「あんたじゃないわよ。まだ出番も無いくせに。」
「一度だけあったわ。」
「ジャージ男の夢の中じゃない。」
「でも出番は出番だわ。
 それに、碇くんと一緒。(ポッ)」

「(ちっ、それだけは負けるわね。)
 おっと、『美姫』の続きは『血を欲す』ですって。
 なんか、よく考えればイヤなタイトルね。
 わかった。あんたに譲るわ、ファースト。」

「(勝った。嬉しい。)」
「ついでに予告も頼んだわよ。
 って聞いてないわね、アンタ。」



   美姫、美しい姫、キレイな姫
   それは誰、それは誰、それは誰?
   それは私
   綾波レイ、という名の私
   魂の容れ物
   血を流さない女
   血
   紅い色、好きじゃない
   赤い土から作られた人間、エヴァ
   人から生まれた人間
   碇くん
   碇くんの血
   美姫は碇くんの血を欲す
   そう、私は碇くんの子供が欲しいのね
   碇くん....



「うーん。なんて言ってるのか良く聞き取れないわ。
 でも、なんか悔しいわね。」

「って言うか、二人ともシナリオ完全に無視していない?」


次回、第十八話

「美姫は血を欲す」



「フライングボールの反則王を甘く見ないでね!」





第十八話 を読む

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