Star Children 第三部

「Deep Impact」(2)

by しもじ  







計画が立案されてからたったの2ヶ月。
第二次金星遠征計画は、最後の合図を待つばかりの所までこぎつけた。
これだけの短期間で準備が全て整ったのは、エヴァがあったからである。

あの日、第三新東京市をめぐる最後の闘いにおいて、
エヴァは覚醒すると共に光翼の力を手に入れた。





『惣流、もういい。充分だ。』
『アスカ、もうやめて!』

正面のスクリーンの片隅にマヤとケンスケの顔が映っている。
二人は懸命に制止の言葉をかけ続けた。
それを横目で聞き流しつつ、彼女は行動を止めようとはしなかった。

広大な基地のそこかしこで火の手が上がっていた。
滑走路には無数の戦闘機の残骸が散らかっている。
時折、ドーンと大きな音がして、さらに火柱が空高く昇る。
火薬庫か燃料庫に火が回ったのだろう。消火活動をする者はどこにもいない。
三十分以上も前から組織的な抵抗はなくなっていた。
時折、小銃が散発的に撃たれたこともあったが、今はそれすらもない。
ただ一体の炎の巨人が立っているのみだった。
無人となった倉庫を踏みつぶし、目についた物を片端から壊しまくった。
ひたすら、破壊活動を続けていた。

『停戦だ。惣流、攻撃をやめろ。』

10分近くもの間、無視をしつづけて初めて、
彼女は第三新東京からの通信に応じた。

「そんな、今更!」
『いいんだ。彼らは降伏した。もう戦いは終わりだ。』
「だからって....」

  やめろっていうの?
  こいつらは....、
  こいつらが居なければ....、

彼女は大空を仰いだ。
何かが足りなかった。
まだ、足りなかった。
心の中の空白を埋めるには。

独り宇宙から帰還した彼女の心にぽっかりと空いた大きな穴は、
一人娘であるアイとの再会と、その後の生活によって半ば埋められた。
使徒とエヴァが残りの半分を忘れさせてくれた。
闘いの中に身を置くことで、エヴァに乗ることで、彼女は甦った。

使徒と対峙した時に体を走りぬける緊張感。
セイラと互角の闘いを繰り広げた時の充実感。
エヴァと一体となった時の高揚感。
持って生まれた闘争本能に身を任せ、全てを忘れて集中できた。

しかし、今度の闘いは違った。
エヴァ・シリーズと戦った勢いでここまで来たが、
人間相手の戦いでは、常に手加減して相手をする必要があり、
彼女はかえってストレスがたまってしまった。

エヴァが手加減をしていてもなお、闘いは一方的な結果に終わった。

世界最強を自負していた国家の誇る最新鋭の戦闘機隊が、
たった一体の巨人の前になす術もなく敗れ去ったのだ。
圧倒的な破壊力と防御力を持った紅い巨人が次々に航空機を墜としていくのを
基地の司令官はただ黙って見ていることしか出来無かった。
最初の戦闘機中隊が一分と経たずに撃墜された時に、すでに彼は敗北を悟っていた。
そして最後の戦闘機の玉砕とともに、日本政府に降伏を申し入れた。
それがおよそ二十分前。戦闘開始からわずか1時間後の事である。

太平洋艦隊も、既に撤退を開始していた。
大勢の兵員たちが港に取り残された。
彼らは武装解除されて、地元の警察の管理下に一時置かれた。
その中に政府高官が一人混じっていたことがわかるのは、少し後の事である。

ウヲォォォーーーン。

エヴァ四号機が哀しく吠えた。





















第十七話


ブリュンヒルデ
「美姫は血を欲す」




















その時である、天空を光槍が貫いたのは。
亜光速で飛ぶそれは、エヴァに命中する直前にATフィールドに弾かれた。

「何!?」

アスカは改めて空を見回した。
だが、青い空の向こうには何も見えない。
所々に白い雲が浮かんでいるだけだった。

「何だったの、今の衝撃は....?」





その光景を遠く離れた所で眺めているものがいた。
超高分解能地上偵察カメラからのリアルタイム映像がモニターに映っていた。

「フフフフフ。何も知らずに。」
「良し。当たった!」
「ちっ、弾かれたか。」

男はその映像を見ながら時折叫び声をあげた。
”それ”が放った一撃がATフィールドにはばまれた時は、本当に悔しそうに表情をしかめた。
だが、すぐに元に戻って新たな命令を下した。

「一番砲、再充填急げ。
 基礎データを二番から四番にも回せ。
 全砲門、照準を合わるのだ。次は斉射だ。
 あと三十秒以内に準備しろ。」

ライト・ジャベリン。
宇宙ステーション、エンタープライズに極秘に積み込まれた兵器。
高出力の荷電粒子レーザー砲である。
総合的な破壊力では対消滅のエネルギーが加わる陽電子砲に劣るが、
より少ない出力でほぼ同レベルの貫通力が得られる利点がある。

「これで照準はあった。
 次は4門全部お見舞いしてやる。
 いかにエヴァと言えど、これは防ぎきれまい。」

ハリス・マクファーソン大佐の号令に合わせて、
オペレータ達がコンソールを操り、機械に指示を与えていった。
スクリーンの横に1から4の数字の振られたインジケータがある。
その色が、順番に変わっていった。
まず、3番、そして2番、続いて4番。
最後に少し遅れて1番の表示が、赤から緑に変わった。

「よし、撃て!」





またしても光の槍がエヴァに襲いかかった。
アスカはその直前にはっきりと見た。
空の一点が小さく光ったのを。
4本の光束は、1本にしか見えなかった。
そして、衝撃。
反射的に張ったATフィールドとせめぎあい、そして貫いた。

「ガァッ!」

アスカの左半身を激痛が襲いかかる。
アスカの体がシートからのけぞるように浮き上がり、
そして再び激しくシートに叩きつけられた。

ゴボッ。

LCLの充填されたプラグの中で、
彼女の口から気泡が吐き出された。





「エヴァ四号機を直撃。」
「今の一撃で左肩から先を持ってかれました!」
「左腕蒸発。頭部にもダメージ!」
「胸部装甲板も80%まで融解!」
「アスカ!」
「どこからの攻撃だ?」
「衛星軌道からの攻撃です。」
「なんだと!」
「宇宙ステーション・エンタープライズがその位置にいます。」
「あ、あれは国連の非武装施設じゃなかったのか!?」
「ですが、他にその軌道にいる物体はありません。」
「今まで武装を隠してたな。」
「やってくれるわね。衛星軌道じゃ手の出し様が無いじゃない。」
「四号機パイロット、意識不明。心音も微弱です。」
「生命維持システム、コントロール最大。」
「心停止!心臓マッサージ開始します。」
「それだけじゃダメ!
 直接パルスを打ち込んで!」
「無茶です!この状態でそれは危険過ぎます!」
「急いで意識だけでも回復させる必要があるのよ。
 早く待避させないと。すぐに次が来るわ!」





気がつくとアスカは暗闇の中にいた。
肉体から切り離され、精神の世界をさまよっていた。

何も見えない。
何も触れない。
ただ暗闇だけが広がる世界。
その中で...

ドクン........。
ドクン........。

音だけが、聞こえた。
何か、脈打つような音。

  何の音?
  まるで、心臓の音みたい。
  誰の?
  アタシの?
  いえ....

次第にその鼓動は速く強くなっていく。

ドクン....。
ドクン....。
ドクン。
ドクン。

  ああ、そうか。

ドクンドクンドクンドクンドクンドクン・・・・。

そして、はじけた。





エヴァ四号機がゆっくりと立ち上がった。
そして再び上を見上げた。
と言っても、すでにその頭部は原形を留めていなかった。
頭部装甲は左半分が融けかかっており、本体が一部露出していた。
ゆっくりと、その頭を動かして何かを探すような動作を始めた。
目的物を見つけたかのように急に動きが止まり、四つの目が同時に光った。
その目で天をじっと睨みつけ、そして、吠えはじめた。





「フフフ。勝手に叫べ、わめけ。
 いくらお前が化け物でも、我々には手も足もでまい。
 今の一撃では仕留められなかったが、次はどうかな。」

ライト・ジャベリンは再充填中である。
次の斉射まであと数十秒かかる。
が、大佐は既に勝利を確信していた。

エヴァには成層圏のはるか上空にいるステーションを攻撃する手段はない。
唯一の脅威はネルフのポジトロンライフルであるが、
たとえ、AAの、P+の優れた管制能力を持ってしても、
これだけの距離で小さなステーションに命中させる確率はゼロに限りなく近い。
減衰率を計算に入れれば直撃以外では損害を受けることはない以上、
彼らは安全な筈であった。

エネルギーが着々と蓄えられていく。
70%、80%、90%....。
はやる心を抑えきれず、司令官はシグナルがグリーンに変わるのを待った。

その時、映像が急に変化した。
スクリーンの中で吠えていたエヴァが輝きはじめた。

「なっ!」





エヴァの放つ輝きは地上でもわかった。
そして、それは驚愕を司令部にもたらした。

「シンクロ率、急上昇。100%を突破!」
「意識が戻ったの?」
「いえ、これは....!?」
「なおも上昇中。200、300、400、...
 これ以上は計測不能です!」
「エントリープラグ内に異変発生!
 デストルドゥーが臨界を越えます。」
「ソレノイドグラフ反転。
 自我境界線が...消えていきます!」
「アスカ!」
「エヴァ内部に強力なアンチATフィールドを確認!」
「プラグ内部をモニターに出して。急いで!」
「出します。えっ、なんだ、これは。
 パイロットが...いないぞ?」
「アスカが....消えた?」
「エヴァに取り込まれたのか!」
「な、あ、あれは...。」

次の瞬間。
閃光の中心に立っている巨人の背中には、8本の光り輝く羽根があった。
巨人は再び雄叫びをあげると、飛び上がった。

「いったい...!
 エヴァに...羽根!?」
「それって....!?」
「これは10年前と同じ....。
 あの時の初号機と...。」
「マヤさん!」
「わからない。けど....
 サード、いえ、フォースインパクトが始まるの?」

すべてが一瞬に、同時に起こった。
司令室は騒然とした。
特に、マヤやケンスケは過去の真相を詳しく知っているだけに、
受けた衝撃は大きかった。
そんな中、常にかわらぬ冷静さを保っていた男がいた。

  彼女を取り込むことでついにエヴァが覚醒したか。
  四号機をサルベージしたのはこのためだったのか?
  お前の狙いはなんだ....、碇?





彼女の視界が開けた。
同時にすべての感覚が戻った。

  これは....羽根。
  アタシ....飛んでる。
  エヴァと一緒になって飛んでるのね。
  飛んでる...、飛べる...。
  アタシ、飛べるんだ!
  そう、飛べるんだ!

意識を上空に伸ばす。
そんなことも、特に意識することなくできた。
彼女はまさにエヴァと一体化していた。

  アレね。
  よくもやってくれたわね。
  見てなさい!

エヴァの飛翔が一段と加速した。





目の前にやってくるまで、一分とかからなかった。
それは常識では考えられない程の推力であった。
地上から衛星軌道まで、エヴァはあっと言う間に急上昇したのだ。
そして、スクリーン越しに彼をにらみつけた。
彼我の距離は50mも離れていない。
まさに目と鼻の先である。

「バ、化け物め。来るな!
 私の基地に近寄るんじゃない。」

冷たいものが司令官の背筋を走った。

「そ、そうだ。ジャベリンだ。ジャベリンがある。
 充填は終わったな。」

返事はない。操作員達もパニックに陥っていた。
手元の計器を操作して、彼が手動で照準を合わせざるを得なかった。
が、この距離では手動照準でもはずすことはあり得ない。

「司令!危険です、止めてください。」

ようやく我に返った操作員の一人が、彼のしている事に気付いて慌てて言った。
こんな至近距離では、この基地もそのあおりをくらって無事ではすまないだろう。
たとえ貫通したとしても、全エネルギーの何パーセントかは反射され、
ダイレクトにこの基地に跳ね返ってくる。
それならば、命中しない方がまだましだ。
少なくとも、貫通できずに跳ね返ってくる反射波の影響はない。
司令が耳を貸さないのを知って、自分のコンソールの操作をしようとした。
照準システムに介入して、狙いをはずすために。

だが、それはコンマ数秒遅かった。
彼の手がコンソールにかかった時、司令官は発射ボタンを押した。
それは、自らの死刑執行令状にサインをするも同然の行為だった。

すべては一秒もかからずに終わった。
4門の砲門から放たれた荷電粒子流は、エヴァのATフィールドに跳ね返された。
完全に。
エヴァに全く損害を与える事すら出来ずに。
この近距離で、粒子流束を減衰させることのない真空の空間で。
覚醒したエヴァの造りだした絶対領域は、みじんの傷もつかなかった。
その瞬間、31人の人間の乗った宇宙ステーションが一つ、塵になった。





4人の男が通路を歩いていた。
先頭と最後尾の人間は警備員の制服を着ていた。
まん中の横に並んで歩いている二人の内、一人は手錠を嵌められていた。
そこに、一人の男が後方から走ってやってきた。
そして彼らにエヴァに起きた異変を告げた。

「なんだって!?エヴァに羽根!?」

男を連行している方、AA司令、青葉シゲルは驚いて叫んだ。
それで、連行されている方、元ネルフ総司令、碇ゲンドウにも内容が伝わった。

「そうか...エヴァに羽根が....。彼女が目覚めたのか。」

青葉とは対称的に、ゲンドウは全く驚いている様子を見せなかった。
そしてふとつぶやいた言葉を青葉は聞き逃さなかった。

「何かご存じなのですか、碇司令?」

だが、その青葉の質問に彼は応えなかった。
代わりに、独り言の様に呟いた。

「ならば...まだ終わっていないと言うことか。
 そうか。終わっていないのか....。」





「エンタープライズ、消失。」
「四号機、制御不能。無線も通じません。」
「四号機周辺に高エネルギー反応。」
「パターン、依然としてオレンジのまま。
 いえ、...消失!」
「結界ね、ATフィールドによる。」

すぐにインパクトが起きる訳では無い事がわかると、
発令所に拡がりかけたパニックはすぐに収まった。
それでも完全にインパクトへの恐怖が払拭された訳ではない。
オペレータ達は不安と戦いながら黙々と仕事をこなしていた。

「どう思う、ケンスケ君。」
「どう思うって、それを僕に聞くんですか?」
「だって、他に人がいないじゃない。」
「と、言われたって、僕にわかるもんですか。
 僕に言えるのは、例えインパクトが始まるんだとしても、
 ここからじゃ打つ手が無い、って事だけですよ。」

エヴァ四号機の発する強力なATフィールドの結界によって、
エヴァに対するコントロールばかりか、内部のモニタ機能まで失われていた。
何が起きているかを知るには、外部からの観測情報だけが頼りだった。

さらにケンスケは、付け加えた。

「それより、あの人に訊いたらいかがです?」

ケンスケが、身振りで示した先には、白髪の男がいた。
エレベーターを使い、ゆっくりとこちらに向かって来る所だった。
杖をついて、少しびっこを引きながら歩く様子が痛々しかった。

「おじいちゃん!」

マヤはあわてて冬月の元に駆け寄り、
彼が発令所の中央にやってくるのを支えて助けた。

「だから表でおじいちゃんと言ってはいかん、と何度も言っているのに...。」

だが、マヤの手助けを拒もうとはしなかった。
残念だが、体力の衰えは隠せないし、それを自覚もしていた。
それに『G』に撃たれた傷も、完治したという訳ではない。

その時、ハッキングした偵察衛星をモニタしていたオペレータが声を上げた。

「北米大陸に動きがあります。
 高空迎撃戦闘機隊、各基地を発進しつつあります。」
「ミサイルのサイロが開かれてます。
 これは...ICBMを発射する様です。」
「いかん。すぐに止めさせろ。
 今アレを刺激するのはマズイ。
 P+で回線に介入するんだ。」
「だめです。今からリプログラムしても、間に合いません。」
「だめでもいい。やるだけやってみるんだ、天城君。」
「そんな〜。」

間に合わないのは明らかだった。
なにせ、今目の前でサイロの扉が開きかけているのだから。
そして、今まさにロケットが着火されて、飛び立とうとしてた。

が、その目の前で信じられない事が起こった。
サイロから飛び出したミサイルが、空中で失速して次々と墜落しはじめたのだ。
それは他のミサイル基地でも同様だった。

「あ、アタシ、まだ何もやってないのに。」

ミホは思わずつぶやいたが、誰も彼女が何かしたとは思っていなかった。
P+の制御コンソールにも、彼女はまだ座ってなかったのだから。





『ふん。取りあえず、おかえしよ。』
『別にアレは私たちを狙っていた訳では無いと思うけどね。』
『あんた、自分が死にそうだったってのに、良くそう冷静で居られるわね。』
『冷静?私が冷静に見える!?』
『えっ。いや、そう言われてもね...。タハハ。』
『復讐というのはね。もっとも相手の痛い所をついてこそ、効果が上がるモノなのよ。』
『要するに、アンタも怒ってるわけね。』
『まあね。ラフィは....。』
『わかった。それ以上はいいわ、言わなくても。
 どうする?
 一発ミサイルをお見舞いしてやる?
 ホワイトハウスに?』
『それじゃあダメね。あの女は英雄になってしまうもの。
 それよりも、もっといい手があるわ。』

世界中のネットワークにあの映像が流れたのはその一時間後である。
それを契機に北米連合の女性大統領は権威を失墜し、
逆に犯罪者として追求され、地下に逃れる事になった。





ミサイルは全て大気圏を越える前に墜落して落ちた。
だが、すでに発進した戦闘機群はどうしようもなかった。

各基地より発進したF−29SAを主力とする高空迎撃用戦闘機隊、合計58機が
それぞれ一個ずつのASATミサイルを抱いて高度12万フィートまで上昇を続けた。
そして、予定の位置に到達するとそこで抱え込んでいたミサイルを解き放った。
ミサイルは埋めこまれたプログラムの指示に従って成層圏を突き進み、
音速を遥かに越えて加速しながら一路エヴァを目指した。

だが、それでも今のエヴァには遅すぎた。
亜光速の荷粒子砲に反応するエヴァにとっては止まっているようなものであった。
体にたかってくる蝿や蚊を打ち払うかのように、ミサイルは次々に破壊された。
エヴァに傷一つ付ける事すら出来ずに。





「それ見た事か。まったく無駄な事をする。
 そんなに彼女を刺激して、インパクトを起こしたいのか。
 いや、それが狙いなのか?」

  いや、そんな事はない筈だ。
  何といっても、この状況では彼らにも制御のしようがあるまい。

冬月は声に出さず、自問自答をはじめた。

  この攻撃は何か狙いがあるな。
  まだエヴァを倒しうる武器があるというのか、彼らには。

エヴァに通用する武器。
人類の科学兵器でも通用しないものがない訳ではない。
荷電粒子砲やポジトロンライフルは出力しだいではATフィールドを破る事が出来る。
とはいえ、今のエヴァのATフィールドを破るにはどれだけのエネルギーが必要か。
ロンギヌスの槍があれば話は別なのかもしれないが、
それも、コピーでは通用しないことはエヴァシリーズとの闘いで既に示されていた。

  ロンギヌスの槍を彼女が持っていないだけ、まだマシか。
  だが、それでも時間の問題だぞ。
  黒き月がもうすぐおとずれる。
  覚醒したエヴァの呼び声に応えてな。
  それまで黙って見ているしか無いのか?

冬月は懸命になって打開策を考えていた。
だが、決定打は思いつかない。
他に彼らの持っている武器でエヴァに対抗し得る可能性があるものといえば、
他にはこの街に設置されているアンチATフィールド砲があるぐらいであるが、
いかんせん、射程距離も出力も全く足りなかった。

「エヴァ四号機、移動を開始しました。」
「どこに向かっている?どっちに?大まかな方向だけでもよい。」
「ひ、東に。」





東の空に、エヴァ四号機を狙うもう一つの衛星があった。
エヴァから地球を3分の1周した所で、その衛星は静止していた。
その攻撃の意識をエヴァは本能的に察知したのだった。

『雷帝』。
ロシア共和国連邦が打ち上げた秘密攻撃衛星。
現在は地球の影に隠れて、エヴァからは死角になっていた。
それは必ずしも、自分からも攻撃ができない、ということではない。
『雷帝』は高出力のレーザーを発射すべく、エネルギーを蓄えはじめた。

それと同時に『雷帝』とエヴァを結ぶ円周上にある幾つかの衛星が動きはじめた。
内蔵されていた超高反射コーティングの施されたパネルが開かれた。

『雷帝』が『ハンマー』を発射した。
出力3万5千キロワットの硬紫外線レーザーが3万キロを一瞬で駆け抜けた。
それは4個のミラー衛星を経由して地球を4分の3周し、
反対側からエヴァを直撃した。

続けて、北側から、南側から。
10秒の間隔を置いて、規則正しくエヴァに向かって連射された。
重力レンズや分子による散乱まで精密に計算して一点に収束された光線は、
結界を易々と貫通した。
エヴァがATフィールドを強化すれば跳ね返せるのだろうが、
全方位を同時に強化したフィールドで包むことは出来無いようだった。
ATフィールドに弱められ、一発一発が与えるダメージは軽微だったが、
零ではない。
さらに再生しつつあるエヴァの左半身は装甲板が取れてむき出しになっている。
そこに命中すれば、かなりの成果が期待できる筈だった。





四方八方から飛んでくるレーザー砲の攻撃は五分以上続いていた。
エヴァの装甲が少しづつ融けだしてきたのが発令所でもわかった。

  これが奴等の切り札だったようだな。
  先程の航空機による攻撃も、このための陽動だったと言うわけだ。
  だが、いつまで続けられる?
  彼女の反撃はこれからだぞ。

冬月の懸念は的中した。

エヴァの光翼の輝きが一段と増し、
エヴァの飛翔速度が加速した。

地球を半周するのに10秒とかからなかった。
そして、一撃で『雷帝』をたたきつぶした。

  エヴァの飛翔能力を過小評価し過ぎたな。
  いや、そもそもエヴァが飛ぶ事すらデータになかったのだから、
  それも仕方のない事だがな。





まだ彼ら5人は通路にいた。

  何を言ってるんだ、碇司令は?
  終わっていない?
  何が?まさか、補完計画か?
  何を知ってるんだ。

一同を先導すべき青葉が立ち止まって考え込んでいたからである。

「何をしている?」

ゲンドウの言葉で青葉は我に返った。

「行かないのか?」

  行く?
  どこへ?

すぐには返答できなかった。

「行かないのならいい。
 発令所には独りで行く。」

  発令所へ?
  そうだ。まずは状況を見極めなくては。

「よし。発令所に行こう。」

決断すると、後ろを向いて発令所に向かうエレベーター目指し歩きはじめた。
護衛の一人に先導させ、青葉はゲンドウの斜め後方に控えた。
そうした方がいい、油断するな。
頭の隅で、何かがそう囁いていた。





「圧倒的ですね。」
「ああ。彼らの切り札もまったく通用しなかった。
 こうなっては、誰も彼女を止められんよ。
 エヴァを止められるのは、やはりエヴァしかないのだからな。」

ケンスケの呟きに、冬月が答えた。

「このままインパクトが起きるのを指をくわえて見ていろと?」
「そうは言っておらん。だが....
 ん?
 エヴァ?
 そうか、エヴァがあったか。」

冬月はマヤの方を振り向いて確認した。

「確か、敵のエヴァ伍号機を回収していた筈だな。」
「ええ。今、下で修理中です。
 ですが...」
「どうした?」
「パイロットがいません。
 鈴原君は新小田原に、パイ君も新沼津にJAとJタンクで出ていますから、
 今から呼び戻しても相当な時間がかかります。」
「そうか。それは困ったな。」

Jタンクは勿論、JAにしても機動力の点ではエヴァにはるかに及ばない。
JAが全力で走ったとしても、一時間以内に戻ってくるのは不可能だった。
せっかく思いついた作戦なのに。
冬月の顔に失望が浮かんだ。

だが、その話を横で耳にして、目を輝かせる男がいた。

『チャーンス。』

小さく小声でガッツポーズ。
眼鏡がキラリンと怪しく光る。

「パイロットは僕にやらせてください。」
「相田君...。」
「僕もパイロット適性を持っている筈です。
 エヴァに乗った事も一度だけ、あります。」
「それは...そうだが....。
 パーソナルデータは...?」
「あります。三ヶ月前に記録しました。」
「ホントかね、マヤ君。」
「ええ。本人にどうしてもってせがまれまして。
 一生の記念にするからって。
 まさかこんな事になるとは思わなかったんですけれど....。」
「では彼もシンクロできるのだな。」
「ええ。JAの起動試験には成功しています。
 本当なら、あんなことはしてはいけなかったんですが...。」
「済んだ事はいい。その程度の規則違反なら大したことでもない。
 では、いけるんだな。
 相田君。君も本当にいいのかね。
 相当、危険な仕事だぞ。」
「それでインパクトを防げるのなら、構いません。
 むしろ本望であります。」
「その覚悟は立派だがな。
 ....死ぬなよ。」
「はい。」
「良し。パイロットは彼にお願いする。
 下の技術部につないでくれ。
 整備状況を確認したい。」

村雨がコンソールを操作して、スクリーンにケージが映し出された。
技術部の面々が懸命にエヴァの補修作業に取り組んでいた。

「責任者は?」

小声でマヤに確認する。

「時田さんです。自ら整備の陣頭指揮を取っておられます。」
「よろしい。時田君、時田君はいるかね。」
『はい、時田です。』
「エヴァの整備状況を教えてくれ。どうなっている。」
『おや、これは冬月教授じゃないですか。
 ついに御大自らお出ましですか。』
「こちらは急いでいるのだ。嫌みは後にしてくれ。」
『これは失礼。癖なもんで、つい。
 エヴァの状況ですか?
 全力で当たってますが、こんな状況ですからね。
 1週間。早くても五日は見ていただかないと。』
「完治している必要はない。取りあえず、動くだけでもよい。」
『それならば、二日もあれば。』
「そんなヒマはない。」
『と言われましても...。そうだ。
 動く、と言うのは移動する、という意味ですか?』
「どういうことだ?」
『例えば、立っているだけでいいと言うのなら、
 ギプスを急造して下半身を固定すれば今すぐにでも使えますが?』
「それでは役に立たん。」
『移動には他の手段が使えます。
 鉄道に乗せるなり、Jタンクの様に台座に乗せてもいい。』
「それで上半身は動くのか?
 ポジトロンライフルは撃てるのか?
 照準システムは?」
『片腕しかありませんが、問題はない筈です。』
「わかった、やってくれ。
 これから技術第一課がコアの変換に取り掛かる。
 その作業に...」

マヤの方を冬月は向いた。
マヤは指を三本立てた。

「30分かかる。
 その間に出来る限りの事をしてくれ。
 頼む。」
『おやおや。冬月教授じきじきに頭を下げられては、
 断るわけには行きませんな。
 この時田シロウの名にかけて、時間内にモノにして見せますよ。』

そういってスクリーンから消えた。
整備員達にハッパをかけに行ったのだろう。
自ら工具を持って整備を手伝いに行ったのかもしれない。
現場が好きなのも事実だが、それ以上にパフォーマンスの好きな男。
そういうヤツである。
だが、その腕は信頼できた。

「私は三時間と言う意味で...」

会話の終わった冬月にマヤが声をかけた。
しかし、それも冬月に遮られた。

「30分だ。それ以上の余裕はない。
 それでも遅いくらいだ。」
「でも微調整をしないと....」
「緊急事態なんだ。それくらい何とかしたまえ。」
「何とかって言われても...」

冬月がスゥーっと目を細めた。
マヤはそれ以上の抗弁を諦めた。

「わかりました。何とかやってみます。
 サキちゃん。ミホちゃん。村雨君。手伝って頂戴。」

マヤは三人のオペレータを引き連れてケージに向かった。
発令所に残った幹部は冬月一人。
ここからの指揮は彼にゆだねられた。
かつて副司令としてネルフを切り盛りしていたことは皆に知られており、
その力量に不安を持つ者は誰一人いないだろう。

「良し。なんとしても30分時間を稼ぐ。
 移動可能なロケットを備えた人工衛星は幾つある?
 その中で、適当な位置にいるモノは?」
「どうするんですか。」
「決まってるじゃないか。ぶつけるんだよ。
 今度は彼らに犠牲になってもらおう。」
「うまく調整すれば、確かに時間稼ぎにはなりますね。」
「ああ。うまくエヴァの注意を引きつける事ができればな。」
「その次は?」
「そうだな。
 ロシアのミサイルも使おう。
 アメリカの残存するミサイルもな。
 多少の犠牲者がでるのは止むを得まい。
 担当のものはクラックした戦術コンピューターにプログラムを仕込んでおけ。
 タイミングを忘れるなよ。」

30分が過ぎるのはあっと言う間だった。
P+の綿密な計算に従って、10秒から最長3分程度の間を置いて、
ランダムにエヴァに対する攻撃がしかけられた。
この時間潰しは有効に機能している様に見えた。
少なくともその間にインパクトは起きなかった。
それだけでも充分であろう。

エヴァの起動準備が整ったのは25分後の事である。
マヤ達がそれだけ頑張ったという事だ。





『どう、ケンスケ君。調子は?』
「ばっちりです。」

LCLの満たされたエントリーポッドの中で、緊張気味のケンスケが答えた。
黒いプラグスーツを身に纏っている。
時間がなかったのでトウジのスーツ間に合わせるほかなかった。
二人の体格が大きく違わなかったのが幸いだった。

『じゃ、始めるわよ。
 何度も言ったけど、エヴァとのシンクロはJAとはちょっと違うから注意して。
 危ないと思ったらすぐに止めるから、注意するのよ。』
「わかりました。」

ケンスケの返事と同時に起動シークェンスが開始された。
ケンスケが違和感を感じたのは一瞬だった。
気がつくと、エヴァは起動していた。

『シンクロ率21%。起動指数ギリギリです。』
『動けばいいわ。とにかく起動したんだし。』
『ハーモニクス正常。誤差0.6。ちょっと大きめですね。』
『それはこっちの方で修正します。』

マヤがオペレータ達と話している会話がプラグの中でも聞こえた。
しかし、ケンスケはそれを気にする余裕もなく、
シンクロしたエヴァが与えるイメージに夢中になっていた。

「これが...エヴァ。
 シンクロするって事なのか....。」
『どう、エヴァの感じは。おかしな所はない?』
「えっ。あ、ああ。感じ...ですか?
 なんか...変ですね。
 暖かい..っていうか、
 不思議な感じがします。
 みんな、こんな感じの中で戦っていたんでしょうか。」
『さあ、それは...。
 個人差も大きいし、エヴァによっても随分違うようだから。
 セイラさんの影響が大きいのかも。
 コアのベース設定を大きくいじってる時間がなかったから。
 まあ、それはともかく。行けるわね。』
「ええ。いつでもどうぞ。」
『12番を使って射出します。
 エヴァ伍号機、出撃。』

衝撃。
射出される時にかかるGの大半はLCLが吸収してくれた。
上昇が止まった時、エヴァ伍号機は第三新東京市の路上に立っていた。
いや、立っていたというのは正確ではない。
下半身は特殊ベークライトによってカチカチに固められていた。
地上班がそれに鋼索をかけ、大型トレーラーの五重連で牽引した。

「作戦は?」
『ポジトロンライフルは持ってるわね。』
「ええ。」
『エヴァ四号機をおびき寄せ、
 ATフィールドを中和、あるいは撹乱した上で撃つ。
 それ程大した作戦ではない。』

途中から冬月が代わって説明した。
ケンスケ以外の人間はすでに説明を受けていた。
P+も他に有効な手段は提示できなかった。

『覚醒したエヴァのATフィールドを君のエヴァで完全に中和するのは無理だろう。
 アンチATフィールド砲もどこまで有効かどうか。
 だからできるだけエヴァを引きつけて撃たなければならない。
 一方で君の方はATフィールドによる防護は使えないぞ。』

当然、ケンスケの方もアンチATフィールドの影響をうけるためである。
シンクロ率が低いのがこの場合逆に幸いして、
ケンスケへのフィードバックは小さいと予想された。
しかし、同時に機動性は著しく落ちている。

『こちらのエヴァの移動能力はほとんど無いに等しい。
 動きの捷い四号機を捉える事はできまい。
 逆に向こうがこっちを捕まえに来た時が唯一のチャンスだ。
 その一瞬を逃すんじゃないぞ。勝負は一度きりだ。
 零距離射撃になった場合、その反動で....』
「それはいいです。
 危険は覚悟の上ですから。
 しかし...、僕に惣流を撃てと。」
『あれを操縦しているのはアスカ君ではない。
 もはや完全にエヴァに取り込まれてしまっている。
 今エヴァを動かしているのはオリジナルのアダムの本能だ。』
「それは....」
『迷っているヒマはない。
 覚醒したエヴァが黒き月と接触すれば、インパクトが起きる。
 そうなれば、今度はどうなるかは予測も出来ないぞ。
 これには人類の未来がかかっているんだ。』

  命の選択....ってわけか。
  一人の親友を取るか、全人類の未来か。
  究極の選択だな。

『ケンスケ君。』
「畜生!
 わかりましたよ。
 やりますよ。やるしかないんでしょ。」





  すまないな、相田君。
  それにアスカ君。

冬月は心の中で謝罪しながらも、次の命令を出した。
今の彼にはそうすることしかできなかった。

「では、作戦開始を開始する。
 S2機関は動いているな。
 制御は?
 良し。では出力上昇。」

冬月の指示に従って、S2機関の出力は徐々に上げられていった。
それに伴ってエヴァ伍号機のATフィールドは次第に強さを増していく。
それは大気圏外にいるエヴァ四号機にも確実にわかった筈だ。
今の伍号機は仕掛けられた餌であり、同時に罠の一部でもあった。

エヴァを捕らえる檻を形成するのは六台のアンチATフィールド砲。
そのほぼ中央部にエヴァ伍号機は引きだされ、固定されていた。
各砲ともその伍号機に焦点を合わせ、四号機が来るのを待ち構えていた。

アンチATフィールド砲は惣流アスカの設計による。
もし彼女の意識がエヴァの中にあれば、これを出し抜く事もあり得るかもしれない。
いやその前に、彼女だったらこんな見え透いた罠にかかる事からして無いだろう。
エヴァが本能のままに動いている。
それが狙い目だった。
アダムならば自分と同じ波長を持った存在、エヴァを無視はできまい。

「よし、かかったぞ。
 エヴァ四号機、こちらに向かって移動を開始しました。」
「十分引きつけたら、予定通りS2機関の出力を下げろ。」

まっすぐにあの速度で飛び掛かってこられてはたまらないのである。
確実に捉えるためには、ゆっくり接近させるよう誘導する必要があった。
断続的にS2機関の出力を変化させる事で、それを実現しようとしていた。

光翼をきらきらと輝かして直上までやってきたエヴァはそこで目標を喪失した。
しかたなく第三新東京の街路に着地し、あたりを探るように見回し始めた。
依然、背中の光翼は輝きを消えていない。
観測されるATフィールドの強度も計測限界を上回っていた。

少しずつ、少しずつ。
P+の計算通りに四号機は移動を始めた。
そして、ついに四号機は立っているだけの伍号機を見つけた。
伍号機に飛び掛かって、その肩にその手がおりようとした瞬間、

「アンチATフィールド砲、照射。」

冬月の号令に従って、アンチATフィールドが最大出力で二機のエヴァを包んだ。
四号機の動きがわずかだが鈍った。

『許せ、惣流。』

ケンスケが引き金を引いた。
銃口から射出された反陽子の奔流は、
四号機のATフィールドとぶつかって行き場を失くし、
二機のエヴァの間で対消滅を起こしながら拡散した。
反動で、伍号機は後ろ向きに派手に吹き飛ばされる。

「くっ。これでも出力が足りないのか。」
「どうして。ATフィールドは確実に弱まっている筈なのに。」
「出力の次元が違うのだろうな、根本的に。」
「まずいわ。ケンスケ君が...」

はね飛ばされた伍号機は必死で態勢を整えようとした。
しかしいかんせん、下半身が固定され、片腕だけの状態では無理な話だった。
四号機は獲物を見つけると妖しく目を光らせて、
背中を少し屈めた格好からジャンプした。

「シンクロカット!」
「プラグ射出、急いで。」
「だめです、間に合いません。」

四号機の拳が伍号機に叩きつけられ、胸部装甲板が引き剥がされた。
むき出しになりつつあるコアに狙いをさだめるエヴァ。
左手でギュっとコアを鷲づかみにして引っ張りあげた。





やられた、と誰もが思ったその時、全ての計器類がホワイトアウトした。
それと同時に、エヴァ四号機は突然動きを止めて、ガクンと沈みこんだ。
そしてそのまま動かなくなった。
光翼も輝きを消した。
だが、発令所の者達はその瞬間を見ることはできなかった。
映像が回復したのは、エヴァがすでに凍りついたように動かなくなった後だった。

「なんだ、どうしたんだ?」
「わかりません。
 何かが起きたとしか....」

それでは全然説明になっていない。
だが、その場にいる誰にも説明のしようが無い。

「モニタ、回復します。」
「四号機、制御下に復帰。」

エヴァ伍号機のモニタと共に、四号機のモニタも回復した。
四号機が停止し、ATフィールドの結界が消えた事で、
四号機の制御系統も復活したのだろう。
伍号機の方では、ケンスケが気絶していた。
鼻から血が流れ出し、LCLの中で尾を引いていた。
早く救出しなければならないのは確かだが、
取りあえず命に別状は無い事はすぐに確認できた。

一方、四号機の方は、

「アスカ、アスカ。
 戻ってきたのね。
 良かった。」

映像を見たマヤの瞳に涙が流れた。
モニタには気を失っているアスカの横顔がはっきりと映っていた。
生命維持システムの告げる数値はアスカが無事生きている事を示していた。

「取りあえず、良かった。
 だが、それはそれとして、何が起きたんだ?
 ホワイトアウトの直前の記録はどうなっている?」
「異常は有りません。」

実は一瞬だけパターン青が観測されていた。ホンの100ミリ秒の事だが。
しかし直後に計器類が全てマヒしたために、それはノイズとして片づけられてしまった。

「P+は?」
「全会一致で解答不能です。」
「くっ。
 何だと言うんだ、いったい。」

その時、部屋に静かに入ってきた男が言った。
男は腕に手錠を嵌めていた。

「ATフィールドだよ、冬月。
 それも極端に指向性を強めた高出力のな。
 今のエヴァのATフィールドを破るにはそれしか方法がない。
 先の電磁気的擾乱は、その干渉が生み出した余波に過ぎない。」
「だが誰が、どうやって?
 それだけの出力を得るのは我々には不可能だぞ。」
「そう。アレは人間には不可能な技だ。」
「なんだと!
 まさか、ユイ君か。」
「いや、ユイではない。彼女はまだベッドで寝ている。」
「では誰が。」
「それはまだ明かすことはできない。」

カチャリ。
撃鉄を起こす音が背後で聞こえた。

「どうあっても、今話して頂きましょう、碇司令。
 あなたは何を知っているのか。
 そして、それをどうやって知ったのか。
 どうやら悠長に尋問などしている場合ではないようだ。」

影の中から、青葉シゲルが出てきた。
銃口がゲンドウの後頭部に当てられた。

「撃てるのか、君に。この私を。」
「ええ。今なら。」
「だが、私を撃てば、答を知ることもできんぞ。」
「こうなっては、それでも仕方ありません。
 それ以上に、あなたはどうも危険過ぎるようだ。
 僕にとっては、エヴァより、今のあなたの方が怪しく見える。」

  コイツが怪しいのは昔からだぞ。

この状況で茶々を入れる気には、冬月はならなかった。

「全てを今話すか、それともここで死ぬか。
 あなたの選択肢は二つに一つです。」
「おい、青葉君。それはやりすぎだぞ。」
「僕は本気ですよ、冬月司令。
 碇司令。おわかりですね。」
「ああ。」
「3つ数えます。その間に決めてください。」

グリップにも自然と力がこもる。
だが、それは必要以上の力を決して越える事はない。
銃口はピクリともゆるがなかった。
青葉は静かに数を数えた。

「ひとつ。」

やおら、ゲンドウが口を開いた。

「3まで数える必要はない。」
「では、お話いただけるんですね。」
「いや。やはり話すわけにはいかない。」
「病室では全てを明かすおつもりだった。」

それは疑問ではなく、確認である。

「あの時とは事情が変わった。」

  エヴァの事か?やはり....。

「それにあの場には眠っているユイも居た。
 なるべく騒ぎは起こしたくはなかったのだ。」
「騒ぎにはなりませんよ。あなたが話せばね。」
「だから、まだそれはできない、と言った筈だ。」
「ならば、あなたが死ぬだけだ。」
「私も死ぬわけにはいかない。
 全てを見届けるまではな。」

この死と隣り合った状況で、ゲンドウはあくまでも冷静だった。
それが青葉には気にかかった。

「ここからは逃げられませんよ。」
「そうかな?」

ニヤリ。
口元にかすかな笑みが浮かんだ時、
ゲンドウは、溶けるように消えて行った。

この光景から「不思議の国のアリス」を思い浮かべるものはまず居ないだろうが、
冬月には、その『ニヤリ』がわずかに遅れて消えていった様に思えてならなかった。

あまりの事に、瞬間、我を忘れた青葉だったが、
いちはやく気がついて冬月の方に向き直った。

「冬月司令?」
「ヤツが今、なんの事を言おうとしていたのかは私にもわからん。
 こっちが聞きたいくらいだよ。
 だが、今ヤツがどこにいるのかなら、わかる気がする。」
「そ、それはどこですか。」
「ここだよ。」

そう言って、冬月は足元を指差した。



1999年3月 初出  




次話予告



「チャーンス。」
 キラリン!

「チャーンス。」
 キラリン!

「チャーンス。」
 キラリン!

「ああ、もう。鬱陶しいわね。何やってんのよ。」
「練習に決まってるだろ、決めゼリフの。
 いいじゃないか。僕だってたまには目立っても。」

「私の真似じゃない。
 微妙に色なんか変えちゃってさ。
 大体なんなのよ。この『キラリン』ってヤツは。」

「もちろん、効果音さ。
 このさ、振り向くときの微妙な角度が重要なんだよね。
 照明の向きを計算してうまくカメラの方に反射させないとさ。」

「そんなのどうでもいいのよ。アンタは邪魔なの。
 読者はアタシの華麗な活躍を期待してるんだから。
 所詮あんたなんか噛ませ犬に過ぎないのに、作者が甘やかすもんだからつけ上がって。」

「この話で活躍したのはあなたじゃないわ。エヴァよ。」
「そうや。お前は取り込まれとっただけやないか。」
「セリフすら無かったヤツに言われたくはないわ。」
「うっ。」
「ギクッ。」

「まあ、特別に、お情けで、出番の無かったアンタにも次号予告をさせてあげるわ。
 この寛大なアスカ様に感謝するのね。オホホホホ。」

「ケッ。何がお情けや。くそオンナが。
 誰が感謝するかって〜の。」

「聞こえてるわよ、鈴原。」

「ま、ヒカリにもエエとこ見せとかんとならんからな。
 そんじゃ、はじめるで。」


   ゼーレ、って言いよるけったいな組織があったんねん。
   次はそいつの話が中心になんねんやと。
   つう事はや、その本部に忍び込んどる日向さんの出番、って事や。
   なんでも、爆撃から逃れる途中でな、ある物を見たんやと。
   ま、そういう事や。あんじょう期待しとってや。

「どうやろか。ワイのセリフもぎょうさんあるんかいな。
 えっと、ひぃのふぅのみぃ。なんや、たったこれだけかい。」

「だから言ってるでしょ。主役であるアタシの許可無くして、
 脇役のアンタ達のセリフはあり得ないの。
 これで少しは身にしみたかしら?」



次回、第十九話

「ゼーレ、魂の座」



「良し。今度こそぼくが主役だ。」
「アンタばか。何度も言ってるじゃん。
 主役はこのアタシよ。」






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