Star Children 第三部

「Final Impact」(3)

by しもじ  







第三新東京市からちょっと離れた丘にある墓地。
そこからは街が一望に見渡せた。
彼女は呼び出されてそこにやってきた。

その丘に登ったことは何度かあったが、
一人でやってきたのはこれが初めてだった。
これまでいつも彼女の隣にいた青年は、今はもういない。

わざわざ彼女のために門を開けてくれた守衛さんに微笑みかけ、
それからゆっくりと、彼女は坂道を歩いて登っていった。



切り立った崖の上にある展望台のすぐそばに、柵で囲まれた特別な一角があった。
その敷地の中央に、一つの像が立っていた。
その等身大の像はいつも空を見あげていた。
『月に祈る少女』という。

敷地の中には、像のほかに並んで立っている墓碑があった。
そして、一番左の墓碑の前で男が待っていた。
男の予想通り、彼女は五分遅れて待ち合わせの場所に着いた。


















第十九話


たましい
「ゼーレ、魂の


















「髪、切ったのね。」
「ああ。」
「似合わないわね。」
「....。」

開口一番、いきなり彼女はそう言った。
男が髪を切ったのは、らしくない感傷的な理由によるものだ。
それによって、男の外見や雰囲気が以前より随分と変わって見えたのは事実。
ただ、本人は短髪も結構いけてると思っていただけに、
いきなりのアスカの放った軽いジャブにショックを受けたようだ。

「ここね。」
「ああ。」

その一番左にある墓碑は最近立てられたものだ。
正確には五日前。彼女が宇宙にいる間のことだ。

「良くこの場所が確保できたわね。」
「交渉にはさすがにちょっと時間がかかったけどね、
 どうしても、この場所に葬ってやりたかったんだ。」

  フィフス・チルドレン、渚カヲルの隣にね。

男、青葉シゲルは心の中で、そう付け加えた。

「彼女もチルドレンだからね。その権利は当然ある筈だ。
 ああ、それを見るのは初めてだったね、君は。」

青葉は彼女を振り返った。
彼女は2つ隣の石の前で立ち止まっていた。

「一年ぶり、ってとこかしら、ここに来たのは。
 私は、あの時もここには来れなかったから。
 だけど....」

彼女も青葉を直視して、その墓石を指差した。
『カヲル・ナギサ』と『レイ・アヤナミ』
そう書かれた墓石に間に挟まれているモノを。

「こんなものはただの飾りに過ぎないわ。」

それも最近作られたモノだった。
だが、彼女はそれを見るのはこれが初めてだった。
儀式の時も彼女は欠席した。

「ここには何も埋められていないもの。」
「それはそうだ。」
「こいつだけじゃない。
 ファーストだって、フィフスだってそう。」

綾波レイ。彼女はサードインパクトの直後、消えていった。
渚カヲル。使徒の肉体はすべて研究の対象となり、処理された。
そして、碇シンジ。金星はあまりに遠い。

「セイラだって、ここに来たからって、生き返る訳じゃない。」
「時がたてば、思い出は必ず風化していく。
 人が生きていくと言うのは、そう言う事だ。
 だが、決して忘れたくない事もある。
 忘れてはならない想い、と言う物がある。」
「......。」
「オレは、それを確認するためにここに来る。
 セイラがそれを教えてくれる。」

  そして、その想いが、今のオレをつき動かす。

「あんたはそれでいいのかもね。
 でも....私は違う。」

  そう。アイツはこんな所にはいない。
  いいえ、アイツはまだ死んでいない。
  アタシが迎えに行くまでは。
  アタシの許可無く一人で逝くなんて、死んだって許すもんですか。

「死にに行くつもりか...金星に?」
「なんっ....」

黙り込んだ彼女の様子を見て、青葉は本題を切り出した。
いきなり図星をつかれて、彼女は一瞬言葉につまった。
ごまかそうとはしても、浮かんだ表情までは隠しきれなかった。

「さあ、どうかしらね。」
「だったらやめるんだな。
 そんな事をしてもシンジ君は喜ばないだろう。」
「どうして、どうしてそんなことがアンタにわかるのよ。」
「男だから...かな。」
「はん!だからどうだって言うのよ。
 アンタに残された私の気持ちが.....!」

途中まで言いかけて、彼女は気がついた。
セイラもまた、彼を護るために命を投げ出した。
青葉はそれを目の前で見ていたと聞いている。

「ゴメン。そうだったわね。」

彼女は冷静さを取り戻そうと努力し、それに成功した。
この先の話題には、慎重に対応しなければならない。

「で、それが言いたくて、アタシをここに呼び出したの?」
「そうだ。」
「どうして?」
「君は自分の立場をわかっていない。
 いや、多分わかっていてやっているんだろうが。」
「ええ。そのつもりよ。」
「君が、エヴァが握っているのは全人類の未来だぞ。
 この間も、危うくインパクトに至る所だった。
 そうなれば.....」
「どうなっていたかしらね。
 なんの制御の用意もなくATフィールドを開放すれば、
 人類が滅んでいてもおかしくは無いわね。」
「ああ。第一使徒、アダムの復活を防げたのは奇跡に近い。」

  いや、仕組まれていた奇跡、か。
  例のATフィールド。
  謎が多すぎるな。

「だが、次は無い。」
「二度と取り込まれる気は無いわ。」
「その必要も無いだろう。
 今の君なら、自分の意思でエヴァと一体化できるのだから。」
「アタシだけじゃないわ。」
「だが、トウジ君に教えたのは君だ。
 そして、彼の事は心配していない。」

  ヒカリ君がいる。護るべきものがここにあるからな。
  君にだってアイちゃんがいるだろう、アスカ君。
  そのつもりで、この街に呼んだんだが....。

「それでアタシに釘を指しているつもり?」

とぼけたり隠したりしてもどうせ無駄だろう。
それを悟って、アスカは本音で答える事にした。

「さあ、どうだろうな。
 まあ、どうも無理じゃないかと言う気がしてきた。」
「そうすると、どうなるの?」
「仕方ないが、君を宇宙(そら)に行かせるわけにはいかない。」
「アタシをここで足留めしたら、エヴァはどうするの?
 鈴原一人で、エヴァ一台で使徒と戦えるとでも思っているの?」
「予備はすでに上にいる。」
「予備!?
 まさか、相田の事じゃないでしょうね。」
「ご名答。」
「はん。アイツがエヴァを操縦するなんて、ちゃんちゃら可笑しいわ。」
「だが、シンクロは可能だ。
 光翼も使える。」

あの事件の後も、四号機の光翼は消えなかった。
チルドレンの適性が再チェックされ、
鈴原トウジ、相田ケンスケの両名にも光翼が使えることが確認された。
ケンスケの場合、相変わらず起動指数ギリギリのシンクロ率だったが。
パイ・ツェロンの方がシンクロ率は高いのだが、彼には光翼が使えなかった。
さらに、改修なった伍号機でもアスカは簡単に光翼を開いた。
彼女はチルドレンとしての能力を完全に開花させていた。

「すべて計算済みってわけ。」
「ああ。君の答はある程度予測できた。
 ここに呼んだのはどこまで本気か確かめたかったからだ。」
「相田じゃ、実戦では役に立たないわよ。
 私を今ここで除いたら、戦力はガタ落ち。
 使徒には勝てっこないわ。」
「勝てないかどうか、やってみなければわかるまい。
 そのためにトウジ君を君に鍛えてもらったわけだし、
 彼らだって必死に訓練してる。
 何より、インパクトを君に起こされるよりは、
 半減した戦力でも使徒を倒せる可能性にオレは賭ける。」

  あくまでも、人類補完計画に反対するつもり?

「気付いているの、青葉。
 それはセイラの遺志とは正反対じゃないの。」
「オレは彼女じゃない。彼女の遺志を継ぐ気も無い。
 オレはオレが正しいと思った道を進むだけだ。」

  そうか。これでわかったわ。
  コイツも意地になってるのね。
  アタシも同じ、か。

「補完計画は必要なんじゃないの?
 人類が生き延びるためには。」
「人の姿を捨ててまでか?
 それでは意味がない。」
「それでは苦しみも永久に終わらないわ。
 インパクトは同時に解放でもあるのだから。」
「随分と詳しいんだな。」
「調べたわ。」
「裏死海文書。読んだのか?」
「松代レポートもね。
 プロテクトには結構苦労したけど、
 アタシが本気を出せばちょろいもんよ。」

気がつくと、周りを黒服の男たちが囲んでいた。

「そう。実力行使、ってわけ。」
「やむを得ない処置、と言う事だ。
 メインパイロットは急病のためしばらく入院、と発表する。
 おとなしく付いてきてくれれば、手荒なことをするつもりはない。」

黒服の男たちが距離を一歩つめた。

「はん。アタシもなめられたものね。
 たった10人で、アタシをどうこうしようって言うの?」
「君が訓練を受けたチルドレンであることは知ってるが、彼らはみなプロだ。
 出し抜けるなどと考えないほうがいい。」
「そんな事、考えてもいないわ。腕にも覚えが無い訳じゃないけどね。
 アタシの武器は力じゃなくて、この美貌と知恵だって事、アンタ忘れてない?
 だいたい、説得に失敗したら次は力ずく、なんて発想が前時代的なのよ。」
「ん?」
「要するに、アタシが何の準備もせずに
 こんなところまでノコノコ来る訳ないでしょ、って事よ。
 こんな事はこっちも全てお見通しなのよ、最初から。」

そう言って、彼女は腰の当たりをまさぐると、携帯電話を取り出した。
ボタンを押してから、青葉に渡した。 
と同時に、聞き慣れた、そして最近は久しく聞いていなかった声が飛び込んできた。

『シゲル、シゲルだな。』
「マコト!お前か。」
『話は全て聞かせてもらったよ。彼女の胸についてる送信機を通してね。
 どういうつもりだ?
 彼女を止めるのは越権行為だぞ。
 明らかにAAの司令としての権限を逸脱している。
 わかってるんだろうな、シゲル。』
「なっ!」
『今、迎えのヘリがそっちに向かっている。
 彼女をそれに乗せるんだな。』

パタパタパタパタ。
こうした日向とのやりとりの間に、ローター音が近づいて来るのがわかった。
やがて、崖の下から大型輸送ヘリが姿を現した。





大型輸送ヘリに乗って、アスカは去っていった。
10人の黒服を従えて、青葉はそれを見送った。
この場は見送るしかなかった。

  第一幕はこっちの負けって事か。
  だが、お前がそっちに回るとは思ってもみなかったよ、マコト。
  少なくとも、こうして大ぴらに対立する事になろうとはな。
  何があったんだ、マコト。

ヘリのローター音が頭の中からまだ消えない内に、
青葉シゲルも霊園を立ち去った。









「ワルキューレ、発進します。」
「出力12%。加速中。」
「第一脱出速度まであと120。」

カリマンタン島に設けられたイカルス基地。
彼、日向マコトは住み慣れたこの街に戻って来た。
第二次オデッセウス計画の遂行のために。
金星の使徒を倒し、人類に平和をもたらすために。
そして、人類補完計画の結末を見届けるために。

国連宇宙開発機構の特務次官の身分は変わっていない。
彼が犯した罪、すなわち旧ネルフの持っていた機密情報の漏洩、
アダム細胞、および伍、六号機のパーツの持ち出し、
こういった一連の不法行為は表沙汰にはならなかった。
それに関する物的証拠が何故かまったく挙がらなかったのである。
AAが押収したトリニティの記録にも日向マコトの名前は出ていなかった。

それでも青葉は自分の友人を告発する事を考えないではなかったが、
それは法的に困難であるばかりでなく、政治的には不可能だった。
欧州、北米ともに政治的にも経済的にも大混乱に陥っている現状では、
彼のような有能な人材を失うのはあまりにも大きな損失であるためである。
宇宙空間に可及的速やかに解決すべき問題が山積みしている現状に即して、
療養期間もそこそこに、職場復帰が速やかに要請された。

かくして、日向特務次官は優れた指導力を発揮して第二次オデッセウス計画を主導し、
長い衛星軌道上での待機の末ようやくワルキューレは発進したのである。





彼らは爆撃のあった3日後に研究所から50kmも離れた洞窟で発見された。
救助されたのは彼と、ハインツ・クラウザーの二名だけである。

「地震?」
「いえ、違う。これは....!
 そう、これがガビーの切り札だったのね。
 こんなものまで使うとは...、迂闊だったわ。」
「何ですか!?」
「核攻撃よ。でも、これは直撃ではないわね。」
「では...。」
「電波妨害のために成層圏で核爆発を起こしたみたいね。
 通信関係の装置がさっきから全部悲鳴を上げてるわ。
 ネットワークも....やられたみたいね。当然だけど。」
「だが、攻撃の目的はここなのだろう?」
「そうでしょうね、ハインツ。
 ここでは何発もの直撃には耐えられない。
 さっ、こっちへ。早く。」

そう言って、彼女は二人を奥のドアに案内した。
ドアを開けると、下に続いている階段があった。
日向は持っていた懐中電灯で前方を照らした。
階段は果てしなく続いており、先は見えなかった。

「これは....?」
「行けばわかるわ。さあ、急いで。」

始めのうちは階段はコンクリートで固められていた。
それがやがて、自然の岩を人力で加工した物にかわり、
岩の材質も火成岩から石灰岩質に変わっているのに日向は気付いた。
空気がひんやりとして、歩くのをやめたら凍りつきそうだ。
寒さに震えながら、日向マコトはラフィニアに尋ねた。

「これは...鍾乳洞ですか?だいぶ降りてきた様ですが。」
「ええ、そう。でもこのあたりの石灰岩はもろいわ。」
「ここではまだ危ない、って事ですね。」

そのうちに、開けた空間に辿り着いた。
そこにはどこから電気を引いているのか、照明もあった。

「おお。」
「ここは?」
「古代ローマ時代の遺跡。
 地下教会よ。」
「地下教会!?」
「そう。キリスト教がまだ新興宗教に過ぎなかった時代。
 彼らはローマ帝国によって迫害され、弾圧されていたわ。
 福音を知った人々はそれでもなお信仰を捨てなかった。
 カタコンベと呼ばれる教会を地下に作り、守りつづけた。
 そして、この地のキリスト者達は地下を掘ってここを見つけたの。
 それがおよそ1800年前。」

目の前に装飾の施されたドアがあった。
彼女はそれを開けた。
ちょっとした広間と、奥に続く長い廊下があった。
壁には様々な絵画、主として宗教画がかけられていた。
その中には美術の教科書で見かけるような名画も数多くあったが、
複製画なのか本物なのか、日向には見分けはつかなかった。
三人は歩きながら会話を続けた。

「やがてゴート人が大挙してローマにやってくると、
 人々はイタリアを捨て、東へと逃げていった。
 その時にこの洞窟も封印された。記録とともにね。」

「それが再発見されたのが18世紀末。
 発見者はフランスのイタリア遠征に従ってきたオランダ人だった。
 その男はここを公表することなく、自分一人の秘密とした。」

「彼は世界統一を本気で夢見て、一人の英雄に従っていたの。
 やがて、その英雄も歴史の露と消えていった。
 だけど、その男はあきらめなかった。逆に力を伸ばしていった。
 歴史の影に住みつづけながら。」

「やがて彼が死ぬ時、その息子と友人達に後を託した。
 それがすべての始まりよ。」
「始まり?」
「着いたわ。」

話をしながら歩いているうちに、さらに開けた空間に行き着いた。
差渡し100メートルかける30メートルぐらい。
天井までも10メートルはあるだろう。
下から上に向けられた弱い照明が天井の鍾乳石に乱反射して
部屋全体に微妙な陰翳を醸し出していた。

「これは...教会?」

奥の方に祭壇と思われる台のようなものがあり、
そのさらに奥の壁には太さが二メートルはある大きな石筍があった。
おそらく、それがこの教会のシンボルなのであろう、と日向は見当をつけた。
それは、幼子を抱いている聖母マリアのように見えなくもない。

「そう、ここがこの地下教会の大聖堂。
 最後の聖地、魂の座。」
「魂の座?」
「これの事よ。」

彼女が指したモノ、魂の座とは、大聖堂の中央にある平たい石の事であった。
横倒しになった黒いモノリス。
それこそが正にこの教会のシンボルであり、
ゼーレが握っていた力の源泉でもあった。

「これは...?」
「そんなに時間はかからないから、
 近寄って、上から覗いてごらんなさい。
 面白いものが見えるから。」

それが自然の手によるものでない事は明らかであった。
この様な直線を自然が作り出すことはあり得ない。
同時に、それが人間の手によるものでないことも、すぐにわかった。
その石は限りなく黒く冷たかった。
そして、その中には.....ヒトがいた。

「なんと、まさか、これは....。」

日向の隣から覗きこんだハインツも驚いて黙り込んだ。
不透明な筈の物体の中が、特定の角度から覗くと何故か透視できるのだ。
良くできたホログラムとも違い、確かに存在感があった。
手を伸ばせば届きそうなのに、事実手が吸い込まれる様に感じたが、
どうやってもそれに触れることはできなかった。

「古き時代の伝承では、これはイエス・キリスト、その復活した肉体、  と言うことになっているわ。
 最後の審判の日までこの地下聖堂で眠り続けているのだとね。
 でも、違うわね。
 これは、リリン。最初の人間。
 そう私は確信しているわ。」

「死んでいるのか、眠っているだけなのか。それはわからないわ。
 でも、荘厳な地下聖堂に、石になったマリアの像。そしてこのイエスの柩。
 舞台装置としては完璧でしょう。」

「事実、バチカンを掌握するのに手間はかからなかったそうよ。
 あとは宗教的権威を利用して、政治・経済に手を伸ばし....」
「そして、世界の歴史を裏から操ってきたんですね、ゼーレは。」
「それは違うわ。
 そう見えるように仕向けたのは事実だけど、
 現実は小説や映画の世界とは違うものよ。
 たった数人の、一つの組織の思惑で動くほど単純では無いわ。」

「彼らはただ一つの方向を示し、きっかけを与えたに過ぎないわ。
 最後の決断をしたのは常に、政治家であり、議会であり、国連だった。
 人類補完委員会にしてもそう。
 あれだって、国連に正式に認められた諮問機関ですものね。」
「しかし....。」

まだ反論しようとする日向をハインツが遮った。

「ラフィ。何故、こんなものを我々に見せる?
 我々を懐柔しようとしているのか?」
「別に他意は無いわ。
 ただ単に、脱出路に沿ってこういうものがあっただけよ。
 せっかく横を通るのだから案内しないのも無粋でしょう。
 それより、次の間に行きましょう。」

彼女は反対側にあるドアを開き、先に行くように促した。
日向達がドアをくぐった時、突然ドアが閉ざされた。

二人は暗闇の中に放りだされた。
一瞬、何が起きたかわからなかった二人だが、すぐに状況を理解した。
そこに、ドアの向こうから声がかかった。

「あなた達はこのままお進みなさい。
 この洞窟はこのまま海まで抜けています。
 少し時間はかかるけど、辿り着けない事はないでしょう。」
「えっ?」
「ここも多分安全ではないわ。
 ガビーもここの事は知っていますからね。
 どうせやるなら徹底的に破壊しようとするでしょうね。」
「しかし、博士。あなたは....」
「私にはまだもう少しここに用事があるのよ。」
「ロンバルド博士...」
「早く行きなさい。」

それ以上返事はなかった。
彼女がドアの向こうに去って行くのがわかった。
そのドアは遥か昔に作られたにもかかわらず、頑丈にできていた。
日向は全力を込めて開けようと努力したが、果たせなかった。

「日向君、もうやめたまえ。無理だ。」
「しかし、彼女が...。」
「彼女は自らの意志でそれを選んだのだ。
 たとえ可能だとしても、私は止めようとは思わない。」
「....。」
「それより、早くここを脱出しよう。
 彼女の言うとおり、ここも長くは持つまい。」

その後は、ひたすら暗い洞窟の中を歩き続けた。
食糧もなく、所々にあった湧き水だけで餓えをしのいだ。
そして三日目、ついに電池もライターのガスも切れて動けなくなった。
ハインツはその場で力尽きた様に座り込んだ。
日向はなおも手探りで進み続けた。
そのうちに、洞窟が完全に真っ暗では無い事に気がついた。
最初は目が慣れてきたためだろうと思ったが、違った。
さらに進み続けるとはっきりわかった。
洞窟の入り口から陽光が差し込んでいた。

そのまま何も道具も持たずに元の暗闇に戻る事はかなわなかったので、
日向はそのまま街に向かい救助を求めた。
街もそれどころではなかったが、どうにか道具と数人の人手を得て、
洞窟に残ったハインツを連れ出せた時にはさらに18時間が経っていた。

核攻撃にさらされた街は3日経っても酷い有り様だった。
特に研究所のあったトリノ郊外は、集中爆撃によって深い大穴が開けられた。
無論、研究所もその地下施設も、跡形も無く蒸発していた。
ラフィニア・ロンバルド博士の遺体も、見つからなかった。

彼らは二人とも、地下で目にした事については、何も言わなかった。
ただ言葉少なに、研究所から地下洞窟を抜けて脱出した事を
収容された病院でのインタビューに答えて語るだけであった。





「主エンジン、異状無し。」
「出力40%まで上昇。」
「予備加速、上限に達しました。」
「アルファ・ポイントまであと5、4、3、2、1」
「S2機関スタート。」
「臨界点突破。」
「主エンジン始動準備良し。」
「推進剤注入。第二次加速、開始。」

ワルキューレは地球を加速しながら離れていった。
日向はその一部始終を地上のスクリーンで見ていた。
彼が他の惑星に艦を送り出すのはこれが二度目である。
前回の遠征は苦い結果に終わった。
今回はどうだろう。

少なくとも、できるだけの準備はした。
二ヶ月という限られた時間の中で、最善は尽くした。
だが、どうしても不安が沸き起こるのを抑えられなかった。
人類補完計画は成功するのだろうか。
それとも.....。









真っ暗な部屋の中は机と椅子が1つあるだけで、他には何の調度品もなかった。
その机に向かって碇ゲンドウは独り椅子に腰かけていた。
部屋にまったく明かりが無いわけでもなかったが、
せいぜい、ぼんやりとだが物が見える程度の照明でしかない。
そんな薄暗闇の中でも彼はサングラスを外そうとはしなかった。
両肘を机の上にのせ、顔の前で指を組んで、黙って座っていた。
ただじっと、何も無い空間を見つめながら。

ガチャっと音がして、その部屋にある唯一のドアが開けられた。

「お久しぶりです、碇司令。」

ゲンドウの方からは逆光になり、入ってきた男の顔は見えなかった。
だが、その声には聞き覚えがあった。間違えようもなかった。
その十年ぶりに耳の入ってきた声には。

「君か....。」

彼は座ったまま、応えた。

「良くここがわかったな。」
「ま、勝手知ったるなんとやら、です。
 ここら辺の施設は、昔隅から隅まで調べさせていただきましたからね。」
「そうだったな。
 しかし生きていたとはな.....」
「まあなんとか。
 生き伸びた、と言うより、生かされた、と言うべきかもしれませんが。」

そう答えた男の声には、かすかな苦渋の響きがあった。
よほど注意して聞いていても、常人なら見過ごしていただろうが。

「この感じ....。
 君だったのだな、『G』は。」
「いやはや、やはり気付かれましたか。」
「何故、私に銃を向けた。」
「いや、別にあなただとわかってて狙撃したわけじゃないんですがね。
 そうだと知ってたら、もっと別の手を使っていたでしょう。」
「そうか....。
 記憶喪失、そうなのか?」
「まあ、そんなところです。」

男はドアを閉めた。
部屋はまた暗くなった。
男の姿は暗闇の中に完全に没した。
ただ気配だけが、男の存在をゲンドウに教えていた。

「ここに来たのは、改めて私を殺すためか?」

眼鏡に手を当てて、ズレを直す。
サングラスの奥にある瞳が鋭い眼光を放ち、
予期せぬ侵入者を睨みつけた。

「おやおや、まだわかっていらっしゃらないのか、
 それとも例によってとぼけておられるのか。
 いいでしょう。
 『アダムの使者』。
 そう言えばおわかりでしょう、碇指令。
 僕はあなたと同じですよ。」

暗闇の中、ポケットに両手を突っ込んで立っている男の姿が浮かび上がった。
ATフィールド。
男の足は、地面に付いていなかった。

「すぐにやめたまえ。彼らに検知される。」
「大丈夫です。センサーにはしばらく眠ってもらってます。
 ここがバレることはありません。」
「何が目的だ。」
「それはこっちの質問です。
 何が目的です?碇司令。
 こんな所に篭って、戦うおつもりですか?
 アダムと。」
「......。」

沈黙。それがゲンドウの答だった。
男は軽く肩をすくめ、続けた。

「無茶ですな。」

男は良く知っていた。
所詮コピーはコピー。
オリジナルに敵うべくもない。
碇ユイ、リリスの聖杯の力添えがあればまだしも、
単独では1%の勝ち目だってありはしない事を。

「だが、それでも戦わねばならぬ時もある。」
「人類の未来のために、ですか?
 失礼ながら、あの碇司令のお言葉とはとても思えません。」
「ここにいるのは10年前の私ではない。」

男の目がゲンドウの顔を探るように覗きこんだ。
ゲンドウも目を逸らさず、サングラス越しに見つめ返した。

「どうやら探していたモノを見つけられたようですね。」
「君はどうなのだ?
 真実、とやらは見つかったのか?」
「いえ。あいにくと、まだです。」

男が求めていた真実は、実は彼のすぐそばにあった。
だが、それはあの時、永遠に失われてしまった。
彼は何もできなかった。
彼は間に合わなかったのだ。

「さて、それはともかく、あなたの事だ。何か策があるのでしょう?
 そう、例えばエヴァ四号機。
 ディラックの海からサルベージしたのはあなたの発案ですね。
 エヴァを使って...、それは違うか。
 あの時はまだアダムは目覚めてはいなかった。」
「ああ。」
「だが、覚醒したエヴァならアダムに対抗する事もできる。」
「愚問だな。エヴァの力はまだアダムには及ばない。
 それは先日の事件で証明された。」
「それでも、駒の一つにはなるでしょう。
 いや、寄せ餌、ですか。
 そして本命はエヴァンゲリオン初号機か。」
「すべては君の勝手な想像に過ぎん。」

男の言葉を一笑に付そうとしても、無駄だった。
次に発せられた男の言葉は、核心をついていた。

「シンジ君はまだ生きている。
 それがアナタの切り札ですね、碇司令。」

ゲンドウの顔に初めて動揺のような物がうかんだ。

「わかりました。それが僕の聞きたかった答です。
 人類補完計画はまだ終っていない。
 今はそれさえわかれば充分です。」

男が後ろを向いた。
束ねた髪が頭の後ろでゆれていた。

「待て、シンジには手を....」

そこまで言いかけた時、男の姿が既にこの部屋には無いことに気付いた。
狭い個室の空間にゲンドウはまた独り取り残された。

「アダム。やはり目覚めていたか。」

暗闇の中、ゲンドウの呟き声が響いた。

「ならば、補完計画。一筋縄ではいかんな。
 全てはリリス次第か。」









29日の航宙の末、ワルキューレはついに金星の重力圏に到着した。
最初の軌道修正を行ない、金星を一方の焦点とする細長い楕円軌道に乗った。
そのまま少しづつ惑星に接近しながら細かく軌道修正を繰り返し、
最終的には24時間周回軌道に入った。
最後の軌道修正を終えて1時間後、操縦室にアスカが入ってきた。

「どう、相田?地上の様子は?」
「ん。まだ惑星全面を走査した訳じゃないけど、思ってたより少ないな。」
「少ないって、使徒が?」
「ええ。とりあえず、9体までは確認しました。
 いずれもパターンは青。間違いなく使徒です。」

オペレータ席のミホが割込んで答えた。

「そうね。確かに少なすぎるわね。」
「ああ。最後に確認した時には100体は観測されてた。
 地球に飛来したのが9体。それを差し引いても全然計算があわない。」
「パターン・オレンジ、とかセピアとか、とにかく他の反応もないのね。」
「もちろんそれも調べているさ。でも見つかってない。
 今もまだいろいろと調べてるところだけどね。
 怪しいシグナルは2、3ある。でも、それでも全然足りない。」
「そう....。で、その9体ってのは何処にいるの?
 まさか大気圏外、このすぐそばとかって言うんじゃないでしょうね。」
「いや、全部地表にべったり張りついているよ。」
「そう、なら良いわ。
 じゃ、少しアタシは外に出るから、あと、よろしくね。」
「外に....?
 ああ、そうか。わかった。」

その時、メインスクリーンのモニタに映像が入った。

『なんや、惣流。外にってのは。
 まだ交代の時間は早いんとちゃうか?
 なんかあったんならワイが出たるで。』

彼はメインキャビンでの会話をモニターしていたようだ。
現在は彼の持ち時間で、エントリープラグに入ってスクランブルに備えていた。
この状態から最低でも38秒あれば即出動できる態勢である。
この当直中に何事もなかったので退屈でしかたなかった様子だった。

「いいんだ、トウジ。
 これは彼女一人の用事だから。
 彼女が行かなくちゃ。」
「ありがと、相田。」

独り蚊帳の外に置かれたトウジはプラグの中で呟いた。

『なんや、どういう事や?』
「トウジ。お前には後でゆっくり説明してやるよ。
 今は彼女を一人でいかせてやれ。
 あっ、そうだ、惣流。
 ついでにオレからの伝言も伝えておいてくれ。
 『この大バカヤロー』って。」
「わかったわ。」

彼女はエアロックに向かった。





アスカが出て行くと、ケンスケの顔つきが変わった。
予想される事態に備え、彼には果たすべき仕事があった。

「ミホ、フォローを頼む。」
「ハイ。」
「エヴァの軌道を表示。」
「ハイ。」
「黒い月の位置はわかるか?」
「天空図をモニターに出します。」
「地球と金星、まだその中間を越えた所ぐらいか。」
「ええ。今の軌道だと早くてもあと一ヶ月はかかります。」

黒い月は、その名の通り、完全に黒かった。
つまり、赤外から紫外まであらゆる光を完全に吸収するのである。
その吸収は、マイクロ波、長波のような電磁波や、X線、γ線なども例外ではない。
このため通常の光学観測は不可能であり、位置測定には特別な機器を必要とした。
現時点で一番確実なのは、宇宙放射の穴を探す事である。
これで方向を求め、移動してから同様の事をすれば、位置を決定できる。

「だが、だんだん加速しているのが気になるな。」
「何を動力源にして、アレは加速してるのかしら。」
「そんなこと、どうでもいいさ。
 それより問題は、何を目指してアレが飛んでるのか、だよ。」

サードインパクト直後に第一宇宙速度を越えて虚空の彼方に飛んでいった黒い月。
それが偶然内惑星軌道内で再観測されてから三年が経つ。
それ以来、『月』は物理学の常識を越えた迷走を続けている。
まるで『月』そのものに意思があるかのように。
あるいは、意思を持った何者かに操られているかのように。

「まあいいさ。あと一ヶ月も経つ前に使徒は全滅させてやる。
 そうすれば一件落着ってわけだからな。」

  あとは、惣流さえ自分を抑えてくれれば....。

それは声には出なかった。





1時間後、彼女は目的の場所にたどりついた。

「この辺ね。」

そう言って、彼女はあたりを見回した。

「本当に何も残っていないのね。
 あまり期待はしていなかったけど、せめて....」

万に一つの希望を込めて、エヴァのセンサーの感度を最大に上げる。
ATフィールドも全開にして、様子を見た。
だが、何も感じ取れはしなかった。

「シンジ.....」

小さく呟く。

『大丈夫。
 ここで、金星で待っている。
 キミが迎えに来てくれるのを。』

それが、彼女が聞いた彼の最後の言葉。
それを信じて、万に一つの希望を抱いて、彼女はここまでやってきた。

「迎えに来たわよ。早く出てきなさいよ、バカシンジ。」

エントリープラグの中で叫ぶ。

「アンタに会えるんだったら、インパクトでもなんでも起こしてやるわよ。
 さあ、どうすればいいの!」

アスカは精神を集中した。
シンクロ率が次第に100%に近づいていき、
エヴァの光翼が一段と輝きを増した。

次第に頭の中に光があふれ出す。
その中心にあるものを、彼女は抱きしめた。
その鼓動に、彼女の心を重ね合わせた。
やがて彼女は光の中に融けだした。





「エヴァ伍号機、シンクロ率上昇中。」

伍号機の様子をモニターしていたミホが警告した。

「ミホ。DSS砲、準備。」
「ハイ。」

DSSとはダブル・スパイラル・スピアの頭文字である。
つまり複製された小型のロンギヌスの槍に電磁加速をかけて撃ち出すのである。
これが宇宙船ワルキューレの隠された最後の武器であった。
だが、パイロット達にはその存在すら知られていなかった。

「シンクロ率、100%を突破。」

これは、使徒を倒すための兵器として積み込まれたのでは、なかった。
ネオ・ゼーレはこの槍のコピーを使って黒い月に干渉しようとしていたらしい。
そして、今回の遠征でも同じ目的で使用することも可能である。
あるいは....。
全てはケンスケの采配次第である。

「エヴァ、S2機関起動。」
「シンクロ率、200%。さらに上昇中。」
「自我境界線、消失。」
「ポッド中のパイロットをロスト。」

淡々と状況を告げるミホ。
彼女はあえて感情を殺し、報告に徹していた。

「撃ちますか?」
「いや、まだだ。」

緊張の時間が一秒一秒過ぎていく。





そうして何分、エヴァと同化していたのだろう。
それでも何も変化は起きなかった。
元に戻った時も、エントリープラグの中で彼女は一人だった。

「....やっぱり、だめか。」

そう、小さくつぶやいて失望を表した。





「エヴァ内部に再び変化。
 パイロットをディテクト。
 異常、見られません。」
「そうか、良かった。」

事前の想定では、パイロットをロストした時点で優先順位が入れ替わる。
それ以降は使徒を倒す事より、インパクトを防ぐ事が第一義とされ、
そのためには手段を選ばず行動しなくてはならない事になっていた。
だが、ケンスケはこの時最後の決断を下すことはしなかった。

黒い月、ジオフロントがまだはるか遠くにある事がその理由だった。
ケンスケはこの時、インパクトが起きないことに賭けた。
その判断は、果たして正しく報われた。
それでもケンスケは自問する。

  俺は撃たなかったのだろうか、それとも撃てなかったのだろうか。

仮にも友人と呼べる仲間を槍の標的にするのは、
例えインパクトを防ぐためとはいえ、さすがに躊躇われる。
この次はどうだろうか。『月』は今以上に接近している事だろう。
ケンスケは自問し続ける。

  人類の未来。俺の両手にはあまる。





出発前に地上であの男が親切にもいろいろと教えてくれた。
覚醒した彼女とエヴァなら、インパクトを起こせる可能性がある事を。
シンジを取り戻せる可能性がある事も。
あの男がインパクトを起こしてどうしようと言うのか、それは関係なかった。
シンジが帰ってくる可能性がわずかでもあるならば。

補完計画については地上にいたわずかな間に彼女もできるだけ調べた。
ここでなら、地球に影響を出さずに済むかも知れない。
あの男は、そうも言った。
100%信じた訳ではないが、賭けてみる気だった。
例え補完計画が発動されてしまっても、それはそれでいい。
アイはもう大丈夫。
あの子は特別だから。
アタシは....。
シンジがいない世界ならば....。

しかし、インパクトは起きなかった。

思いを振り切って、アスカは予定していた作業に移った。
今思えば、失敗する事を半ば予期していたのかも知れない。
まず、プラグ内のLCLを全て排出する。
続いて、ヘルメットをかぶりシールを確認する。
今回のプラグスーツは簡易宇宙服としても機能するように改良済みである。
よって、煩わしい船外作業服を着なくても短時間なら平気であった。
バックパックを背負う。これには生命維持システムの電源等が内臓されている。
移動用のジェットノズルもこのバックパックに組み込まれていた。
ヘルメットの中の集音マイクを入れ、エヴァの制御システムと接続する。

「生命維持システム動作確認。」
「モニター、異常なし。」
「プラグ内、予備排気開始。」
「プラグスーツの与圧、異常なし。」
「完全排気。」

すべて、マニュアル通りの作業を淡々とこなしていった。
たちまちのうちに、エントリープラグは外界と同じ真空になった。

「プラグ排出。」

ギュイーーーン
モーターが音を上げて動きだし(勿論、真空中では音は伝わらないが)、
ゆっくりと背中からプラグが突き出した。

「ハッチ、オープン。」

静かにハッチが開いた。
アスカは上を見上げた。
大きな惑星が、視界のほとんどを占めていた。
ゆっくりと外に出た。
そのままプラグの壁伝いに反対側に回った。
視界も180度反転し、惑星は下になった。
彼女の上方には無限に広がる大宇宙があった。
あたりを見回した。
太陽は出ていない。今は惑星の反対側にある筈だ。
そして、探していたものを見つけた。

「あれが、地球ね。」

ヘルメット内の情報支援システムがなければ、わからなかったかもしれない。

「ほんと、ちっぽけな星ね。」

視界内では最も明るい星ではあったが、たがだかマイナス二等星に過ぎない。

「でも、あの星で、あの小さな星で、私達は生まれ、育った。
 そして、こんなところまでやってきた。
 不思議なものね....。」

しばらくそのまま星を見つめていたが、すぐに我に返った。
彼女はどこからか花束を取り出し、宙に放った。
真空中に出しても弾けないように、ドライフラワーの花束だ。

「バカシンジ。
 また、来るからね。
 今度は、アイも連れて。
 何度でも、何度でも。
 アナタが現れるまで何度でも...」

それだけ言って、彼女は再びエントリープラグに戻っていった。

紅い巨人は、四本の羽根を大きく開いて飛び去った。
虚空にはただ紅いバラの花束が残された。
それはしばらくの間、静かに真空中を漂っていたが、
やがて闇の中に吸い込まれるようにして消えていった。








次話予告




「いやはや、出番はもう無いんじゃないかと思ってたよ。
 さて、みんなの所にちょっくら挨拶に行きますか。」



「こら〜、バカシンジ。
 このアタシがわざわざ呼んでるんだから、とっとと出てきなさい。」

「う〜ん、もう少し寝かせてよ〜、アスカ。」
「何、寝ぼけたこと言ってるのよ、早く出てきなさい。
 キャー。エッチバカヘンタイ、信じらんない。」

「仕方ないだろ、朝なんだから。」


「相変わらず凛々しいなぁ、アスカ。」
「加持さん!」
「無事だったんですね、良かった、加持さん。」
「ま、色々とあってね。
 それよりシンジ君。アスカちゃんと結婚してるんだって?
 やるじゃないか。 で、どうだい?
 アスカの寝相。相変わらず治ってないのかな?」

(な、ちょっと、何言ってんのよ、加持さん。)
「ミサトさん程じゃないですよ。」
(シンジもシンジだわ。それになんでミサトの寝相を知ってるのよ。
 これはもう、真相を聞き出した上にお仕置きが必要ね。)


「ほう。切り返しもズイブン上達したな。」
「それよりこんな事所で油を売っていていいんですか、加持さん。
 ミサトさんに言っちゃいますよ。」

「その前に、その口を塞ぐよ。」
「僕、男ですよ。」
「シンジ君、やまなしおちなしいみなしと書いてヤオイと読む。
 葛城の胸の中も良いが、美少年の華奢な身体も捨てがたいものさ。
 だから面白いんだな、人生は。
 アレ?」


「やれやれ、アスカに引っ張られていっちゃったよ。まあいいか。
 おっ、あっちから来るのはりっちゃんじゃないか。」



「少し、痩せたかな?」
「そう?」
「出番が少ないからだ。」
「どうして、そんな事、わかるの?」
「ただ、わかった様な気がしただけさ。
 どうだい、これから一緒にお茶でも。」

「これから口説くつもり?
 でもだめよ。こわ〜いお姉さんが見ているわ。」


ジィーーーー。
フン! <--鼻息の音

「お久しぶり、加持君。」
「やっ、しばらく。」
「しかし加持君も、意外と迂闊ね。」
「こいつのバカは相変わらずなのよ。
 アンタ、スナイパーの仕事が済んだんならさっさと帰りなさいよ。」

「今朝、出番の依頼が届いてね。ここに居続けだよ。
 また三人でつるめるな。
 昔みたいに。」

「ちっ。」
「おや、つれないなぁ、葛城。
 君と俺の仲だろう?」

「あのね、あなたのプライベートに口をだすつもりは無いけど、
 この非常時に私のシンジ君に手を出さないでくれる?」

「君の管轄でもないだろう。葛城ならいいのかい。」
「これからの返事しだいね。
 地下の碇司令とアダムの秘密、知っているんでしょ。」

「はて?」
「とぼけないで。」
「他人に頼るとは、君らしくないな。」
「なりふり構ってらんないの。余裕ないのよ、今。
 都合よくエヴァに羽が生える。その裏は何?」

「一つ教えておくよ。
 アダムの実体は存在しない。
 陰で操っているのは○△○△そのものさ。」

「○△○△そのもの...。まさか、□×が?」
「コード110を調べてみるんだな。」
「110...。消防署を?!」

(ナイスなボケだ、葛城。だが消防署は119だぞ。)



次回、第二十話

「楽園を追われしモノが見る夢は」



「もういいの?」





第二十話 を読む

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