Star Children 第三部

「Final Impact」(5)

by しもじ  







「ごめん、もう行かなくちゃ。」
「....どうして....?」
「アスカが...、彼女を助けなきゃ。」
「....そう....。」
「ごめん、綾波、カヲル君、そしてみんな。」
「謝る事はないさ。ヒトには果たさねばならぬつとめがある。
 レイ、君もわかっているんだろう?
 彼には彼の『護るべきモノ』がある、ということを。」
「ええ。」
「ならば、僕達はそれを邪魔するべきではない。
 むしろ、そのことを喜ぶべき事なんだ。」
「....そうね。」
「本当にゴメン、綾波。」
「.......。」
「また、会えるかな?」
「それは君しだいさ。
 シンジ君、もう気付いているんだろう?
 ATフィールドの本当の意味に。」
「うん。」
「なら、君が会おうと思えばいつだって会えるさ。
 だって僕達は一つなんだからね。」
「そうだね、カヲル君。」




















第十九話


 みちび
「導かれしモノ」




















「碇くん、起きて。碇くん。」
「さあ、シンジ君。起きるんだ。」

どこからか、彼を呼ぶ声が聞こえた。
深い深い意識の底に呼び声は届き、彼は目覚めた。

「う、うーん。」
「おはよう、シンジ君。良く眠れたかい。」

目を開けたシンジが目にしたもの。
それは白い空間だった。
それは見知らぬ天井どころではなく、
空間はどこまでも果てしなく続いていた。
その中に、見知った少年と少女がいた。

「うん、おはよう、カヲル君。」
「碇君、おはよう。」
「ああ、綾波も、おはようって、うわっ。」
「どうしたんだい、シンジ君。」
「どうしたの?」
「うわっ、ち、近寄らないで。」
「どこか、マズイことでもあるのかい?」
「マ、マズイことって、は、裸じゃないか、ふ、二人とも。」
「そう。だけど、どうしてマズイの?
 これは最も自然な人のカタチ。
 生まれたままの、ありのままの姿。」
「恥ずかしがることないだろう、今更?
 君と僕の仲じゃないか。」
「カ、カヲル君は...、そ、そうだけど...、 (って、そうなのか?)
 でも...、
 そ、それに...、あ、綾波だって....。」
「そうだね。だけど、それは君も同じだよ、シンジ君。」
「えっ?あ、うわっ。」

そう言われて下を見るシンジ。
そこではじめて自分も裸だった事に気付いた。
顔が真っ赤になっていくのが彼にも自覚できた。
あわてて大事なところを手で覆い隠すが、もう遅い。

「わ、わかったから、二人とも、何か服を着てよ。」
「どうして?」

綾波レイが、惜しげもなくその白い裸身をさらして、
さらに一歩前に近づいた。

「わっ、だめだよ、綾波。せめて隠してよ。」
「隠すって、どこを?」

さらに一歩前に出る。
思わずシンジは見てはいけないところを見てしまった。

「うわっ、わ、わっー。」
「碇くんは、なぜ、そこを隠してるの?
 隠す必要なんてないのに。」
「そ、そんな事言ったって。
 うわぁ、やめて、手を引っ張らないでよ、綾波。」

一次的接触。
綾波レイの柔らかい躰が、シンジの躰にぶつかる。

「ははっ、体も心も成長したようだけど、
 相変わらず変わっていないね、シンジ君。
 ぼくはとてもうれしいよ。
 レイ、君も碇くんをからかうのはそろそろ止めてあげようよ。」
「私はからかってなんかないわ。」

笑顔のカヲルに、真顔で応えるレイ。

「うん、君はそうかもしれないけどね。
 ほら、彼が困っているよ。」
「困っているの、碇くん?」
「う、うん。とっても。」
「そう。でもダメ。どうすればいいか、わからない。」

そう言って、さらに一次的接触を試みるレイ。

「ん、えっとー。」
「簡単な事だよ、シンジ君。
 君が思い浮かべればいいんだ。
 服を着た僕達の姿をね。」
「僕が?」
「そう。そしてそれは君にしかできないことなんだ。
 なにしろここは、君の世界なんだからね。」
「僕の...世界?」
「そうさ。さあ。」

とにかく何でもいいからもうどうにでもなれ、
と半ばやけになってシンジが思い浮かべた瞬間、
二人は壱中の制服を着てシンジの前に立っていた。
そして、彼自身もやはり制服を着ていた。14才の体に戻って。

「ふーん。これが君の中の僕達の姿か。」
「これが碇くんの中の私...。」
「でも...どうして?」
「覚えていないのかい?」
「うん。僕は...」





  どうすればいいんだろう。

僕は最後まであきらめずに可能性を探りつづけていた。
ふと、メインスクリーンを見上げた。
その視野の半分以上を、彼らが今周回している金星が占めていた。

  そうだ、金星に降りれば....
  だめだ。アマテラス2では大気圏降下は無理だ。
  それに、金星に降りてどうする?
  あそこの空気は呼吸できない。どっちにしろ無駄か。
  いや、ベースキャンプがあった。
  あそこに行けば、なんとかなるかもしれない。

金星の大気は二酸化炭素や硫黄系ガスが大半を占めており、人間には向いていない。
だが、金星に酸素がまったく無いわけではない。
適当な化学的プロセスによって、大気や地中から呼吸可能な空気を得ることは可能である。
そして、最初に設営したベースキャンプには、その材料がまだある筈だった。
分析用のキットであるが、改造は簡単なのではないだろうか。

  エンジン....はだめか。
  自由落下では.....
  まず助からないだろうな。
  どこに落ちるかもわからないし。
  移動手段もいるよな。

その時、頭に閃く物があった。

  そうだ。アマテラス1。
  まだシンクロ出来るかもしれない。
  もしかしたら、間に合うか....。

アマテラスとシンクロして使徒を攻撃してから、まだ30分も経っていなかった。
爆発の直前まで僕は回避行動に専念していたんだ。
さすがに無事着陸するところまで見届けられなかったけど、
損傷が軽ければ、あるいは再び離陸できる可能性はあった。
それで急いでコックピットに向かったんだ。

電気系統はまだ生きていた。
シートに座ってドアをシールする。
徐々にピット内が液体で満たされていった。

  良かった。
  これならなんとかなるかも知れない。





「覚えてるのは、ここまでだよ。
 それで、シンクロしようとたら、衝撃がきて...。」
「君の乗っていた艦が爆発したんだね。」
「うん。多分、そうだと思う。」
「わからないのかい。」
「うん。君が、カヲル君が、それに、綾波が、助けてくれたの、僕を?」
「違うよ。君を助けたのは、君自身の力さ。」
「僕の...力?」
「私達がそこに着いた時は、もう爆発した後だった。」
「そこでね、見つけたんだ。
 LCLの泡に守られて眠っている君を。」
「ATフィールドが碇くんを優しくつつんでいた。」
「ATフィールド! でも、誰が?」
「もちろん、君だよ。シンジ君。」
「僕が...?」
「忘れたのかい?
 ATフィールドは誰もが持っている心の壁だと言う事を。」
「ヒトの魂に宿る聖なる光。」

レイとカヲルの身体が、青い光に包まれた。
それに感応するように、シンジの身体にも光が覆いかぶさる。

「あっ....。」

シンジも理解した。
いや、正確には思い出した。
10年前に身をもって感じ、
そして忘れていたモノに。

「でも、今までどこにいたの?
 どうして、来てくれたの?」
「ずっと遠くの宇宙から。
 恒星系の外縁部を僕達は漂っていた。」

カヲルが最初の質問に答えた。

「碇くんが呼んだから。
 生きることを願ったから。」

レイが二つ目の問いに答えた。

「ありがとう、綾波。
 ありがとう、カヲル君。」
「大した事ではないさ。
 友達が困ってるのを見捨てては置けないからね。」

カヲルがウィンクした。
レイは何も言わないが、赤い瞳が語っていた。

  碇くんはワタシが護るもの。

シンジは二人に微笑みかけた。
目が少し涙で潤っているが、
それでいっそう笑顔の破壊力が増していた。

「さて、シンジ君。
 状況が飲み込めたところで、他に何か質問はないのかい?」
「えっ、質問って?」
「相変わらず、のんびりしてるね、君は。
 不思議に思わないのかい?
 何故、僕がレイと一緒にここにいるか、とか、
 そもそもここはどこなのか、とか、
 いつになったら戻れるのか、とか、
 どうすれば戻れるのか、とかだよ。」

相変わらず、アルカイックな笑みを浮かべたまま、カヲルが訊く。

「あ、ああ。
 君達にまた会えて嬉しかったんでつい、忘れてた。
 そうだ、アスカ。アスカは?」
「彼女なら、無事よ。」
「それに、時間なら気にすることはない。
 この世界には時間軸が存在しないからね。」
「でも、こうして時がたってるように感じるけど?」
「君の主観世界ではね。
 縮退した時空軸も形而下では展開される。」
「ここは第一の世界。
 ATフィールドが生まれた世界。
 そして、まだ時間の存在しない世界。」
「時間はね。君の心の中でだけ、流れてるのさ。
 君達リリンは、それは僕達もそうだけど、
 時間を操作することに慣れていないからね。」
「時間と空間は等しい存在よ。」
「勿論、リリスは別だけどね。」
「リリスは...、最初の存在だから。」
「そして、宇宙を造り、生命を産んだ。」
「すべてはリリスに始まり、リリスに還るの。」
「だから生と死は等価値なんだ。」

カヲルとレイの話が交互に重なった。
シンジは混乱した。

「う。良くわからないや。
 けど、時間はあるって事なんだろ。
 ゆっくり説明してくれるかい、カヲル君、綾波。
 もっとわかりたいんだ、
 みんなの事も、世界の事も。」
「ああ、勿論だよ、シンジ君。
 他人に、物事に興味を示し、関心を隠さない。
 大人になったね。」
「うん。あれから随分と時間が経ったからね。
 少しも成長していなかったら、それこそ情けないよ。」
「いいことだよ。
 君もそうは思わないかい、レイ。」
「わからないわ。」
「あそこも随分成長したようだし。」
「な、カヲル君、やめてよ。」
「ナニを言うのよ。」

ほんの少しだけ、レイが頬を赤らめた。









「これが、魂の座。そして、リリンか。」

破壊を免れた洞窟の中に、男は一人立ってつぶやいた。
トンネルも鍾乳洞も崩れ落ちた。聖堂も例外では無かった。
だが、聖なる座の周辺だけは、何故か無事だった。
半径5メートル程の球状の空間があいていた。
完全なる密室、そこに男はふってわいたように現われた。

『加持君!
 まさか、生きてたなんて....。』

その直後、女の声が響き渡った。
だがしかし、声はすれども姿は見えず。
そんなに広い空間では無いというのに。
隠れる場所など無いというのに。

「この声、リッちゃんか。」

予想外の出来事に、さすがに男も動揺を隠せなかった。
だが、すぐに冷静さを取り戻す。
そう。自分が生きていたのだ。
彼女が生きていることだってあり得ないことじゃない。

『でも、どうして....?』

ショックを受けたのは女も同様だった。
そして、ある可能性に思い当たった時、彼女の疑問はほぼ氷解した。

『まさか!
 そう、使ったのね、アレを。』
「多分、そのとおりだ。」
『アダム。どこで手に入れたの?』
「ま、長い船旅だったからね。細工をする時間は十分にあったわけだ。
 この件に関しては、オレに護衛を命じた碇司令が軽率だったな。」
『だからって、自分に射つことは無いじゃない。』
「最初はそうまでするつもりは無かったさ。
 だが、時間が無かった。他に真実を知る機会は無かった。」

  補完計画。
  真実を手に入れるためなら、なんでもやったさ、オレは。
  たとえ葛城や、リッちゃんに迷惑をかける事になったとしてもな。

「それは碇司令も同じだ。
 禁じられたアダムとリリスの融合。
 それを果たすために、彼も自らの中にアダムを取り込んだ。」
『そうね。』

  やはり、知っていたのね。

  やはり、知っていたんだな。

「君の方こそ、どうして?」
『MAGIのダナン666防壁の展開と一緒に、
 例のプログラムを起動させたの。
 本部を自爆するとき、母さんと一緒に行きたかったから。
 あの人と一緒に行きたかったから。』
「成功したのか?」
『いいえ。カスパーに自爆決議を否決されたわ。
 そして私は撃たれて死んだ。』
「でも、君はこうして生きている。」
『そう。その辺は何故だか良くわからないわ。
 レイか、あるいは母さん達の仕業かもね。』
「生きている事を恨んでいる様なセリフだな。」
『あるいは、そうかもね。
 時に、ヒトの形が恋しくなることがあるわ。』
「だが、補完された人類の一つの形ではある。」
『確かにそうね。
 それにここでなら、この場所でなら、こんな事だってできる。』

暗闇の中に、淡い輝きが生じ、中にヒトの姿が現われた。
ATフィールドによって作られた、ヒトの形。

「でも完全では無いわ。ヒトの心が残ってる限りね。
 ヒトの想いを捨てられぬ限り、寂しい気持ちは消えないの。
 アタシはともかく、特にミサトはね。」
「ミサト?
 葛城も、いるのか?」
「ここにはいないわ。
 今は金星の筈よ。」
「金星?ワルキューレにか?
 まずいな。」
「どうして?」
「あそこは今、力の焦点になりつつあるからな。
 黒い月、ジオフロントがあそこを目指しているのも、それが理由だ。
 まもなく、初号機が、リリスが目覚める筈だ。」
「では、いよいよ始まるのね。」
「ああ。人類補完計画。その第二幕の幕開けだ。」

問題は、それが一筋縄では行きそうにないこと。
少なくとも、彼にギアス(制約)を科している主は、それを望んでいない。
その事を彼は良く理解していた。

「助けに行くの?」
「ああ。」
「アダム。彼はいいの?」
「知ってたのか!」
「天才科学者を甘く見るものでは無いわ。
 第一、彼をミサトに引きあわせたのはこの私なのよ。」

  それがまさか、こんなことになるとわね。
  知らなかった事とはいえ、これも運命ってやつなのかしら。
  いいわよ、加持君。行ってらっしゃい。
  後の事は私達に任せて。

だが、口に出てくるのはそれとは違う言葉。

「妬けるわね。」
「すまない、リッちゃん。」
「あなたが謝る必要はないわ。」
「だが...。」
「言わないで。」

無言の男と女。
その視線が絡み合った。

「それで君はどうするんだい?
 ここでただ見ているつもりかい?」
「そうね。昔のわたしならそうしていたかしらね....。
 加持君、あの人の居場所はわかる?」
「碇司令なら多分、ターミナルドグマにいるはずだ。」
「そう。」
「行くのかい?だが、碇夫人は...」
「わかってるわ。」

  でもね。やっぱりケリを付けておきたいのよ。
  もう一度。

言葉にならない彼女の想いを読み取ったかのように、男は言った。

「ロジックじゃないからな、男と女は。」
「だから面白いんでしょ、人生は。」
「ああ。」
「フフッ。」

男、加持リョウジの身体が、赤い光につつまれ、消えた。
同時に、女、赤木リツコの立体映像も、かき消すように消えてなくなった。









病室に寝ている女性が一人。
その扉の外に二人の兵士が見張りに立っていた。
そこを訪れた白髪の老人。
兵士は敬礼をし、彼を病室にいれた。

窓の外をなんとはなしに眺めていた女性は、
老人に気がつくとニッコリと微笑んだ。

「あら、冬月先生。また来てくださったのですね。
 お忙しいのだから、無理をせずともよろしいのに。」

たしかに、もう70近い老体の身では首都とここの間を往復するのはかなり堪える。
だが、このひとときは、孫達の相手をしているときと並んで、
彼にとっては至福の時間だった。
彼女の気遣いには感謝するが、
彼女がここにいる限りやめるつもりはなかった。

  だが、これももう最後か....。

「そんなことより、ユイ君。
 君の方こそ大丈夫なのか?
 先日はここを抜け出してマヤ君に会いに行ったそうだな。
 力をだいぶ使ったんじゃないのか?」
「あら、私は大丈夫です。
 ほんの少し使っただけですから。
 あの位では、消えたりはしませんわ。」
「ならいいがな。
 今、君がいってしまっては、哀しむモノが大勢いるからな。
 20年前とは違うんだ。大事にしてくれよ。」

たとえ病状が好転したとしても、彼女に無許可の外出が許される筈はなかった。
実質的に、彼女はこの病室に拘禁されているのだから。
ということは、なんらかの形で力を使い、
見張りの兵士たちの目を誤魔化したに違いないのだ。

研究室に籠りがちのマヤは知らなかったが、
冬月はその事を良く知っていた。
そして、その後遺症か、先日ここを訪ねた時よりも、
ユイはいっそう疲れている様にみえた。
よりいっそうはかなげで、
そして透明に見えた。
まるで今にも消えてしまいそうなくらいに。

「『箱船』。アレをマヤ君に渡したんだってな。」
「ええ。今の私には、他にできることが何もないんですもの。」
「アダムの話。やはり本当だったんだな。」
「ええ。でも、先生が気付いておられなかったとは知りませんでしたわ。」
「そもそも存在すら、知らなかったからな。
 てっきり、リリスに還ったものだとばかり思っていた。
 碇に、そして赤木博士に見事に嵌められた、と言う事だな。
 だが、どうして今まで黙っていたのだ?」
「私が力を持っていた時は、必要がなかったんですの。
 十分彼を抑え込めると思ってましたから。」
「リリス。聖杯の力か。
 だが、それは失われてしまった。」

  ヒト同士の戦いで、貴重な力を費やしてしまったというわけか。
  無様なモノだな。

「碇は、あの男は、それを止めるために消えたのか?」
「ハイ。」

静かにユイはうなずいた。
それを見て、その表情を確認して、冬月は訊いた。

「ユイ君。君は行かなくていいのかね。」

ユイはさらに哀しげな表情をして応えた。

「私の力は、もう失われてしまいました。
 かえって足手まといになることでしょう。」
「だが、アイツはきっと待っているぞ。」

それは冬月の確信だった。

  それに、ユイ君。
  それは君も同じだろ。

それ以上何も言わずに、ユイをじっと見下ろした。
その瞳を見返したユイは、その中にある慈愛の念を深く感じた。

  先生...。

それが、ユイの決意を促した。

「ええ、そうですわね。
 冬月先生、後を頼みます。」

  そうだ、それでいい。

「ああ。それと、アイツに会ったら伝えてくれ。
 『今度生まれ変わっても、絶対お前にはかかわらんぞ。』とな。
 まったく、ヤツと知り合ったばかりにろくな目に逢わなかった。」

  ああ、そうだ。
  アイツを私に紹介したのは、確か君だったのだな。

「あら、まだ終わっていません事よ。」
「どちらにしろ、この年寄りには同じことだ。
 どうせもう長くはないからな。」

  そう。この年寄りの命でよければ、いくらでもくれてやるのに。

「それに、先生?」
「なんだ。」
「この次の生があるとして、また巡り逢えたとして、
 あの人は、また先生をお誘いすると思いますわよ。
 そして、先生は必ず協力してくださるわ。」
「そんな事はない。」
「いいえ。絶対そうなるに決まってます。
 だって、先生は『いいひと』ですもの。」

  『いいひと』か。
  喜ぶべきなのか、哀しむべきなのか。
  判断に苦しむ所だな。
  まったく、ユイ君。君って女性(ヒト)は。

「ユイ君....。」
「さて、そうと決まったら、さっそく行きますか。」
「ならば、ワシにも協力させてくれ。
 力はできるだけ温存しておいたほうが良いからな。」
「ありがとうございます、先生。」
「車椅子は...」
「ベッドの下ですわ。」
「おっ、そうか、これか。」

早速、折り畳み式の車椅子を組み立てはじめる冬月。
ガウンを着こんで、ユイは寝間着のまま行くことに決めたようだ。
着替えは別に風呂敷につつんで持っていた。

「外の見張りはどうなさるおつもりですの?」
「こうするのさ。」

内ポケットから取り出したのは、なんの変哲もないボールペンに見えた。
だが、ドアを開け兵士にそれを向けた時、ペン先から出てきたのは催眠ガスだった。

「ネルフ特製の催眠ガス銃だよ。
 15年前のものだが、取っておいて良かったな。」
「いいんですの?
 こんなことしたら、先生のお立場が...。」
「なあに、気にする事はない。
 人類の存亡、アダムとの闘いに比べたら、ささいなことだ。」
「しかし...。」
「それより早く行こう。」

あらかじめ段取りがきっちりつけてあったのだろう。
ジオフロントの入り口への道のりはスムーズだった。
冬月のパスでロックを開け、エレベーターに乗って地下に降りる。
ターミナルドグマへの最終ロックの直前まで、冬月は付き合ってくれた。

「ワシにできるのはここまでだ。
 残念だが、ここからは君の力で行ってもらうしかない。
 すまないな。ユイ君。」
「いいえ、私の方こそ、ここまで付き合っていただいてありがとうございました。
 みんなのこと、お願いしましたよ、冬月先生。」
「ああ。碇によろしくな。」

ユイがロックに手をかざすと、ヘブンズドアはあっけなく開いた。
ATフィールドの前に、電子的なロック機構は用をなさなかった。
そのさらに奥。誰も知らない秘密の聖室、リリスの柩に彼はいるはずだった。
ユイが十字架の麓まで歩いて行った時、
ヘブンズドアが閉ざされた。

  『箱船計画』
  君は、アレを実行するつもりなのだろう?
  20年前の、あの時のように。
  今度はしっかり碇のヤツも連れていくんだぞ。
  アイツが血迷って、変な事をしでかさないようにな。

冬月はユイが消えていったドアをいつまでも見つめていた。

  すまないな。これくらいのことしかしてやれなくて。
  願わくば、君達が比翼の鳥、連理の枝にならん事を。
  エヴァと共に、永遠の幸せが与えられんことを。









病室に寝ている女性が一人。
第二東京大学付属病院の産科病棟である。
そこを訪れた二人の女性。
控え室にいた黒髪の看護婦に挨拶すると、
彼女は黙ってロックを解き、病室にいれてくれた。

窓の外をなんとはなしに眺めていた女性は、
二人に気がつくとニッコリと微笑んだ。

「あら、コダマお姉ちゃんにノゾミ。
 二人揃ってお見舞いに来てくれるなんて、珍しいわね。」
「たまたま駅でばったりあっちゃたのよ。」

先に答えたのは姉のコダマ。
仕事帰りのスーツ姿。途中で買った花を花瓶に活けながら答える。

「ホント、偶然ってあるもんよね。」

水色のワンピースに白いカーディガン。背中にはデイパック。
いかにも大学の帰り道、という感じである。

そこにノックの音。
ヒカリが返事をすると、ドアから先程の看護婦が入ってきた。
片手にはお盆。
来客にお茶を入れてきてくれたようだ。

「ああ、ありがとう、マユミさん。
 ついでにあなたもどう?
 一緒にお茶しませんか?」

そう言って、ヒカリは横の戸棚をカサゴソして
お茶請けを人数分取り出そうとしたが、その前に、

「いえ、私は仕事がありますので。」

と言って、控え室に戻ってしまった。
多分、また窓際の椅子に座って、先程の様に本でも読んでいるのだろう。

「ね、ヒカリ。あの人、だーれ?
 それにどうしてこんな豪華な個室にいるのよ、あんたが。」
「そうそう。前に来た時は六人部屋だったじゃない。
 お産が近くなると、こんな豪勢な所に移れるの?
 あ、わかった。お姉ちゃんがあまりにも仕切るもんで、
 みんなに追放されたんだ。」

少し苦笑しながら、ヒカリは答えた。

「そうじゃないわよ。
 大体、どこからそういう発想が出てくるのよ、あんたは。」
「だって、相変わらず『委員長』してたじゃない、お姉ちゃん。」
「たまたまアタシがあの中で最年長だっただけよ。」
「ま、そういう事にしておいてあげるから、早く説明なさい、ヒカリ。」
「しておいてあげるって....。まあ、いいわ。
 でね、アタシもホントはみんなと一緒の方が楽しかったんだけど、
 マスコミの人達にどこからか嗅ぎつけられちゃったのよ。
 それからはもう、毎日うるさくってうるさくって。
 それで、冬月先生にお願いして上の方にかけあってもらって、
 こういう形になった、と言う訳。みんなに迷惑かけられないじゃない。」
「で、あの看護婦さんは?」
「実は看護婦さんじゃないのよ、マユミさんは。
 ああ見えて、実は凄腕のSPなんだって。」
「SPって、何よ。お姉ちゃん。」
「要するにボディガードみたいなものよね、ヒカリ。
 わからなかったら、あんたはちょっと黙ってなさい、ノゾミ。
 って事は何?アンタ、いきなり重要人物に格上げされちゃったの。」
「うん、まあ。でも微妙な時期だからね、今は。
 あっちの方も、そろそろ....。」
「あっち?ああ、トウジ君か。確か、そろそろだったわね。
 といっても、TVじゃやってないから、
 アタシもこんな仕事してなきゃ知りえないことだけどね。」

洞木コダマ。
先技研の研究員として『オデッセウス計画』には最初から関っていた。
『アマテラス』のボディの設計は彼女の部署で行われた。
そう言った関係で今回の計画についても、情報はある程度入ってきていた。

「ねえねえ、そろそろって、何?」
「ん、トウジ君達が、そろそろ金星に到着した、って言う事よ。」
「ふーん、そうなんだ。
 じゃ、夫婦そろって大変だね。
 なんて言っても、決戦は明日だもんね。」
「ええ。」
「怖くない、ヒカリお姉ちゃん?」
「そりゃ、怖いし、心細いわよ。
 色々な意味でね。」
「またまたぁ。大丈夫よ。
 アンタなら立派なお母さんになれるわよ、ヒカリ。
 それにトウジ君もきっと大丈夫。
 人の想いで動くんでしょ、エヴァは。
 だったら大丈夫よ。
 アンタがそれを信じないで、誰が信じるのよ。」
「ん。ありがと、お姉ちゃん。」

一拍おいて、コダマが尋ねる。

「それはそうと、名前、どうするの?
 さすがに彼が帰ってくるまで待ってる訳には行かないわよね。
 お役所にも届けを出さないといけないし。」
「うん。それはもう決めてあるの。
 出発前に二人で話し合って決めたのよ。
 男の子だったら ──、女の子だったら ──、って。」

名前の所だけ、ヒカリは小さな声で呟くように言った。

「ね、今なんて言ったの?
 聞こえなかった。もう一度言ってよ。」
「ちゃんと教えてよ、お姉ちゃん。」
「だめよ。生まれるまでは二人だけの秘密ですもの。」 
「でもさ、男か女かなんて、調べりゃわかるじゃん。
 二つとも決めておく必要はないんじゃない?」
「わざと調べなかったのよ。
 赤ちゃんは神様からの授かりモノなんだから、
 その方が良いと思って。」
「でもさ、それじゃ双子だったり三つ子だったりしたらどうするの?」
「検査はちゃんと受けたのよ。
 標準手続きだし、もしもの事があるとイヤだから。
 彼の子供らしくとっても元気だけど、確かに一人だって。」
「元気、ね。やっぱり男の子かな。」
「あら、赤ちゃんの時は女の子のほうが元気なんだって聞いたわよ。」
「さあ、どっちでしょうね。」
「今は?」
「おとなしく寝てるみたい。
 明日の本番に備えて、体力でも溜めてるのかしらね。」
「ふふっ。」

それから3人はしばらくの間、雑談を続けた。
主にノゾミが大学の授業やサークルでの出来事を話す。

「ところで、ノゾミ。
 ちゃんとレイちゃんやアイちゃんの面倒を見てるんでしょうね。」

碇レイ。ゲンドウとユイの間に出来た子供。7才。
碇アイ。シンジとアスカの間に出来た子供。4才。
色々と両親の家庭にやむを得ぬ事情があったため、
二人まとめて鈴原家で預かっていた。
ヒカリが出産間近になって入院したので、
今度はその実家である洞木家にペンペン共々お世話になっている。

「二人とも、とってもいい子ね。
 レイちゃんはちょっと年の割に落ちついている感じだけど、
 いいつけはちゃんと守るし、お手伝いだってしてくれるのよ。」
「アイちゃんは、ちょっとやんちゃだけど、とってもお利口さんね。
 お洋服も一人で着られるし、歯磨きも嫌がらずに自分でちゃんとするのよ。」
「それにあの笑顔。あれは、はっきり言って反則よね。
 怒ろうとしてもあの笑顔を見せられると、つい気が抜けちゃうのよ。」
「そうそう。」
「それにペンペンが良く二人の面倒を見てくれてるから。
 いっつも一緒にいるわよね。あの3人。っていうか、二人と一匹だけど。」
「うん。二人とも学校から帰るとすぐにペンペンと遊びたがるのよね。」

二人とも飛び級で、レイは小学校2年生。アイも幼稚園の年長組にいる。
本来の学力的にはもっと上の学年にもついて行けるのだが、
日本の法律では、2学年以上の飛び級は認められていなかった。

「ペンペンが面倒を見てくれるのはいいとして、
 それそろご飯の時間じゃない?
 ペンペンだって、お料理まではしてくれないでしょ。」
「でも買い物はしてくれるわよ。」

お金を入れた財布を首にかけ、買い物かごをもって歩くペンギン。
それはもはや商店街の名物と化してした。
時々、注文書には書いてなかった魚が入ってたりもするのだが、
ペンペンがどうやってそれを手に入れているのか、ノゾミは知らない。

「ノゾミ!あんた、まさかサボってペンペンに買い物させてるの?」
「時々よ。たまにゼミが忙しくって、帰りが遅くなる時だけだって。」
「大丈夫よ、ヒカリ。あの鳥、ホントに頭いいわよね。」
「でも、本当に、そろそろ帰ったほうがいいんじゃなくって?」
「そうね。ああ、もうこんな時間か。」
「夕飯、どうする?コダマお姉ちゃん。」
「そうね。途中でデパートによって、何か買っていきましょ。
 じゃ、ヒカリ。明日も来るからね。」
「明日こそは、名前、教えてね。」

二人の姉妹はそう言って帰っていった。
一人病室に取り残されたヒカリは、ブラインドを開けて窓越しに星を見つめた。

「いよいよ明日、私はお母さんになるのね。
 トウジ。あなたは今、戦ってるのかしら。
 お願いだから、無事に帰ってきてね。
 そうしたら、二人で、笑顔で向かえてあげるわ。
 この子と一緒に....。」

サイドテーブルの上のフォトスタンドを取って、
愛する夫の顔をじっと見る。

「アスカ。相田君。
 みんなで協力して、全員無事で帰ってきてね。」

前日に3人の間にあったトラブルをヒカリは知らない。

「お義父さん。碇君。お願い、トウジを守ってあげて。」

トウジの乗るエヴァの中に、彼の父の魂が取り込まれている。
エヴァは人の想いで動く。

シンジが死んだと言う事は、友人として受け入れたくはない事実ではあるが、
もしそうなら彼の事だ、
その魂は惑星の周りを彷徨ってアスカを助けてあげようとするのではないか。
それならば、その力を少しだけ、トウジにもわけてあげて。

「トウジ......。」









長い時間がたったようにシンジは感じた。
そして、彼は友に別れを告げた。
大事なヒトが待っているから、と。

気がつくと、見慣れた場所に彼は居た。

「ここは....?」
『エヴァ初号機。そのエントリープラグだよ、シンジ君。』

頭の中で彼に話しかける声。

「ここも、やはり僕の中の世界なの?
 僕が戻りたいって考えて、それで...初号機なの?」
『いえ、現実よ。』
『戻ってきたのさ。僕達の世界に。』
『碇君を護るために、ここに取り込んだの。
 エントリープラグは魂の入れ物だから。』
『初号機の中に、他に君を収容できる場所があるはずはないさ。』
「じゃ、どうしてさっきは...。」
『碇君と話したかったから。ずっと。』
『君とわかりあいたかったからさ。時を越えてね。』

シンジは少し安心した様に微笑みを浮かべた。

  いつも一緒なんだね、僕達は。
  カヲル君、綾波。

今度は口にも出したわけではなかったが、返事が帰ってきた。

『勿論だよ、シンジ君。』
『.......。』
『それよりシンジ君。急がなくていいのかい?
 この世界でも、時は流れていくんだよ。』
「えっ、あ、ああ。でもどうすればいいの?
 それに、ここはどこ?」

にっこり笑う渚カヲルのイメージ。

『まだ、わからないのかい?』
「う、うん。」
『ここはね。いわゆる異世界、君たちの宇宙とは別の、もう一つの宇宙だよ。』
「もう一つの宇宙?」
『あのまま、金星にいつまでもいるわけにはいかなかったからね。
 君もそれを望まなかっただろう?』
「よくわからない。でも、戦いたくはない、と思う。」
『今は?』
「その気持ちはかわらない。
 でも、なんとかしなくちゃいけない、と思う。」
『良い答えだ。さすが、ボクのシンジ君だ。』

そこに綾波レイのイメージが重なる。

『動きはじめたわ。』
『そのようだね。』
「わかるの?二人とも。」
『まあね。さ、シンジ君、集中して。』
「何に?」
『君が今、一番望んでるモノ、だよ。』
『碇君が還りたい場所。』

  望んでいるモノ....。
  還りたい場所....。
  もちろん、決まっている。

「でも、どうやって?
 別の宇宙なんでしょ、ここは。」
『見ていればわかるわ。』
『ATフィールドに不可能はないさ。
 知恵の実と生命の実。
 その二つを兼ね備えた存在だからね、エヴァは。』
『道を開くのよ。』
『ワームホール。リリンの科学者達はそう呼んでいるね。
 ミクロ宇宙をつなぐプランクの掛け橋。』
「なんか、『ディラックの海』みたいだね。」
『本質的には同じものさ。
 『ディラックの海』が多重量子収縮に基づくオイラーの相変位であるのに対し、
 『プランクの掛け橋』は重力崩壊によるミンコフスキー時空開裂だ、
 という細かい違いはあるけどね。」
「細かいの、それって?」
『帰ったら、赤木博士にでも聞いてみるといいよ。
 詳しく教えてくれるはずだ。』

  赤木博士....。リツコさんか。

『一週間は解放してくれないわ。
 ばあさんはうんちくが好きだから。』
「.....。」
『はっ、何を言ってるの、私。
 わからないの。
 そう、あなた、一人目ね。』
「.....?」
『問題無いわ。多分、私は二人目だと思うから。』
「あやなみ....(汗)」

・・・・閑話休題・・・・

「そう言えば、リツコさんって生きてたんだ。
 でも、どうしてだろう。
 カヲル君、綾波。知ってる?
 あれも、君たちの、僕のやったことなの?」
『そうだとも、そうでないとも言えるね。
 僕にも、君にもその覚えはないからね。』
『それは、彼女がやったことだから。』
「彼女?」

キュゥゥゥゥゥウーーーン

金属音が聞こえてきた。
そう、あれは.....。
それが、『彼女』の返事だった。

「そうか、わかったよ。」
『何しろ『彼女』はリリンの心と物理的融合を果たした唯一の使徒だからね。
 どうしても、助けたかったんだと思うよ。』
『それが唯一、彼女が知っていた方法。』
『ATフィールドがあれば、ヒトは自らの形を保つことができる。
 肉体を捨て情報だけの存在になっても、生きていけるからね。
 ちょうど彼女がそうであるように。』
「他のみんなもいるんだよね。」
『ああ。感じることができるだろう。
 サキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル......。』
「この名前は...?」
『使徒。Angelと呼ばれるモノ達。』
『僕がつけたのさ。聖書に出てくる天使の名前を取ってね。
 なかなか良い出来だと思うだろ、シンジ君も。
 裏死海文書を書くのは、結構大変だったんだよ。
 色々と資料を集めるのに苦労したんだ。
 まあその甲斐あって、収穫も多かったけどね。』

  リリンの『文化』を体験することができたからね。
  それに最大の収穫は....。
  あれは、大英博物館だったっけ。

「何が?」
『さあ、始めよう。レリエルがさっきから待ちくたびれているよ。』

  ....誤魔化さないでよ、カヲル君。

『準備はできているわ。』

レイの言葉を合図にシンジは集中した。
モニターの前に、黒い球体が浮かび上がる。
小さな、本当に小さなブラックホールの素。
元は、寿命の尽きかけたG2型恒星。
それをATフィールドで『チョイ』と押してやればよかった。
世界の『こちら』側については。

『さあ、もうすぐ入り口は完成だ。』
「でもさあ、カヲル君。
 勝手に別の宇宙でブラックホールなんか造って、平気なの?
 だれか、迷惑する人達がでないかな?
 例えば、この世界の物理学者とかさ。」
『そうだね。外力を想定しないと物理学的にはあり得ない現象だからね。
 これをリアルタイムで観ている者がいたら、説明には困るだろうな。
 チャンドラセカールの上限質量には全然及ばないからね、この星は。』
『でも大丈夫。ブラックホールは蒸発するわ。』
『ホーキングの理論通り、ブラックホールの寿命は質量の三乗に比例する。
 特異点を維持するATフィールドが消えたら、あっと言う間だよ。
 百万年、という所かな、せいぜい。』
「それが『あっと言う間』なの?」
『「すべては相対的なモノ」なのよ。』
『宇宙の寿命から見れば、ごくわずかな時間に過ぎないさ。』
「僕達も?」
『いい質問だね。今のリリンにとってはそうだ。
 だが、それで全てではないことはもうわかっているんだろ?』
「うん。」
『ああ。話している間に用意ができたようだね。』
『まだよ。向こう側にチャンネルを開くには、エネルギーが足りないわ。』
『それも計算済みさ。ダイブする際に恒星を喰えば良い。』
『そうね。ATフィールド全開。』
『じゃ、行くよ、シンジ君。』
「うん。カヲル君。」

エヴァ初号機はそのままミニブラックホールに飛び込んだ。
シュワルツシルト限界を超え、ATフィールドに守られながら、
中心部にある『暗黒の特異点』を目指し加速していった。
恒星の残存質量を取り込み、S2機関でエネルギーを貯えながら。

エヴァの内部エネルギーがどんどんと脹れ上がっていくのがシンジにもわかった。
もう少し、もう少しで彼女に会える。
そうわかると、はやる気持ちを抑えられなくなってきた。

「まだか、まだか、まだか、まだか・・・・・・」
『焦らなくても大丈夫だよ、シンジ君。
 十分に間に合うさ。』

カヲルの冷静な声が頭の中に聞こえる。

『それより準備をしておいたほうがいい。』
『出たらすぐに始まるわ。』

「何が?」とは聞き返すまでもなかった。

「そうだね。」

突然、視野が開けた。
ワームホールを抜けるのにかかったのは一瞬だった。

「アスカ!」

シンジの叫びにあわせるかのように、初号機が吠えた。

「フォォォォオッーーーーーー!」





「ウソ!」

モニターに映し出されたエヴァ初号機に、
そして、開かれた通信ウィンドウに映し出された懐かしい顔に、
状況を忘れて、アスカは思わず叫んだ!

「シンジ!
 シンジなの!?」

彼女の瞳から液体がにじみでたが、それはすぐにLCLに溶けてしまった。
喜びのあまり自分が泣いていることに、彼女は気付かなかった。









「初号機が目覚めたか。
 良くやった、シンジ。」

だれもいない、ターミナルドグマ。
そこで彼、碇ゲンドウはつぶやいた。

「アダムよ。次はお前の番だ。」







次話予告



「と言うわけで、僕は初号機の中で生きていたんだ。」
「バカぁ。ホントに心配したんだからぁ〜。」
「ごめん。もっと早く出てきたかったんだけど、作者が出るなって言うから。」
「このバカ作者がぁ〜。」
「ワイの時には助けに出てくれよったな、そう言えば。」
「みんなずっとエヴァの中で、ヒマだったからね。」
「暇つぶしかい。」
「そ、そんな事ないって。
 ほら、トウジを助けないとアスカもヤバかったからさ。」

「結局は、それかい。」



「と言うわけで、オレも実は生きていたんだな。」
「こんのブぁ〜カが。生きてるんならもっと早く出てきなさいよ。」
「と言ったってな、アダム因子を自分に注射したのはいいんだが、
 その後、頭を一撃ちされたあげくに火葬にされちゃったんで、
 再生に時間がかかった上に記憶も失ってたんだよ。
 それに葛城。お前だって似たようなものだろうが。」

「あたしはもっと早くに出てたわよ。」
「出番だけならオレの方が先だぞ。」
「いいえ。アタシの方が先よ。
 第一話でペンペンの鳴き真似したのはアタシだもの。」




「と言うわけで、私も生きてましたのよ、司令。」
「すまない。本当に君は....」
「何がすまないですって? 今更、謝っても遅いわよ。
 人にあんな事や、こんな事までさせておいて....。
 きちんと落とし前をつけてもらいますからね。」

「いや、だから本当にすまないと....って、落とし前?」
「ハイ、これ。」
「ん? なんだ、これは。」
「愛人契約書。
 ま、正妻の座はユイさんがいるから仕方ないとして、
 せめてこれぐらいはしていただかないと。」

「し、しかしだな....、月々の手当てとは...。
 ワタシはもうネルフの司令じゃないんだぞ。
 それに、週3回もか? いくらなんでも多すぎる。」
(ただでさえ、ユイに絞られて大変だというのに....。)

「あら、これぐらい当然ですわ。
 それとも、全部ユイさんに教えて差し上げましょうか?
 色々と興味を持って聞いて頂けそうな話がたくさん有りますわね。」

「わ、わかった。わかったから、それだけは...。」

「ひっ。ユ、ユイ!
 何故、ここにいる?」

「あなた。話は全部聞かせてもらいましたよ。
 覚悟はいいですわね。」

「ゆ、許してくれ。ホンの出来心なんだ!」
「ま!出来心ですって!?
 母さんの自殺で悲嘆にくれていた私を無理矢理手籠めにしておいて!」

「あなた!」



次回、第二十二話


「神々の黄昏」




「自業自得だな、碇。」
「父さんには失望したよ。」





第二十二話 を読む

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