Star Children 第三部

「Final Imapct」(7)

by しもじ  







「地下から高エネルギー体が急速上昇中!」
「第二班、トレースお願い。急いでっ!」
「なおもセントラルドグマを上昇中。」
「どこに出るの、計算結果は?」
「推定位置、出ました!
 第三芦の湖の湖底です。」
「各機、発射準備。
 出てきたところを一斉に叩くわよ、いいわね!」
「S2機関、臨界に到達。いつでもいけます。」
「1号機、接続完了。」
「2号機もOKです。」
「いいわよ....あっと、
 5番砲のタイミングが0.3遅れてるわよ。
 相乗効果でゲインは倍増するんだから。
 シグナルをしっかり同期させて!」

第三芦の湖の湖底からぶくぶくと気泡があがってきた。
やがて、泡が大きく、激しく変化していった。

「沸騰してやがる。なんてエネルギーだ。」
「来たぞ、あれだ!」

中心部に水柱がたった。

「今よ!」









(くっ、邪魔をするな。)
(このままあなたを行かせるわけにはいかないわ。)
(無駄だ!)
(まだまだ!)

2色の光がもつれ合うように地底の奥底から上昇していた。
それはさながら天に昇る二匹の竜を思わせる光景だった。

(これで終りだ。)
(くっ。)

追いすがる一方を振り切って、一匹の竜が天井の壁を突き破った。
ジオフロントに水が滝のように降り注ぎはじめた。

(逃がしはしないわよ、アダム。)

先行した光の塊は、湖の水を沸き立たせながら空を目指した。
その時、

(なんだ!)
(マヤね。ナイス!)
(くっ、リリンめ。小細工をしおって。)

光の網が竜を捕らえた。
竜は咆哮をあげ、大地が震動した。





















第二十三話


ひかりそら
「光の宇宙






















「うおっ。」
「始まったか。」
「第三新東京との回線が切断されました。」
「ATフィールドは観測しているか?」
「はい、我々の運んだ2号機も稼働してるようです。
 パターンに特徴が見られます。」
「そうか。あちらには、ありったけの手助けが必要だろう。
 我々も参加するぞ。
 現在組立中の3号機を急いで仕上げるんだ。
 なんとしても間に合うように始動させる。」
「無茶です。」
「無茶でもやるんだ。」
「電源はどうするんですか?
 装置を動かすにはここだけでは足りませんよ。」
「手に入る物をすべてかきあつめろ。
 全動力線をここに急いで引っ張ってこい。」
「しかし、そんなことしたら他の研究施設が....。
 責任問題になりますよ。」
「構わん。責任は私がとる。必要とあらば施設の破壊も許可する。
 誰か、コンピューターの得意な奴はいないか!
 福島発電所からの送電システムを乗っ取っちまえ。」

先端技術研究所第二研究所(筑波)の所長、時田シロウ。
彼は日本重化学工業連合体のJAプロジェクト技術主任だったあの日の事を忘れてはいなかった。

  こんなに思いっきり言えたのは初めてだな。
  これでようやくあの女に借りを返せたのかな。
  今までずっと気にかかっていた。
  ああ、あの時、彼女に叱り飛ばされてからな。
  オレだって、オレだって.....。

「先技研筑波の、技術者の意地とプライドに賭けて、
 あと15分で仕上げてみせろ!」
「おう!」









「はい、はい、はい、.....しかし、それは判事....。」

青葉シゲルは、そのとき国連司法裁判所の判事と電話で話をしている所だった。
日向マコトの見ているその目の前で。

「ですが...えっ、彼が直々に?
 いえ、しかしあそこは中立を守ると...
 政治レベルで既に決定された事って、しかし....
 あれ?」

電話が突然切れた。それが最初の兆候だった。

「おかしいな。切れたぞ。」

その直後、イカルス基地全体に警報音が響き渡った。

ヴィーッ。ヴィーッ。ヴィーッ。

「なんだ?」
「どうした?」

青葉が連れてきた憲兵達が動揺してあたりを見回した時、
緊急放送がスピーカーから流れてきた。

『日本の太平洋岸を震源としてM9オーバーの地震を探知。
 太平洋沿岸諸国にクラスSの津波警報発令。』

赤道直下の高原にあるこの人工都市は津波の影響はないだろう。
が、太平洋沿岸の諸都市の多くは甚大な被害を免れまい。

「始まったな。」
「ああ、どうやらそのようだ。」

青葉シゲルと日向マコト。
二人の視線がこの日、初めて合った。









「空が、光ってる...?」

まず最初にそれに気づいたのは、ヘリのパイロットだった。
南の空が、不気味に光っていた。

「この輝きは....ATフィールド。
 そう、始まったのね。」
「始まった...、間に合わなかったのか。」

その隣に座っていた朝霧サキがつぶやくと、
JAに乗ってヘリに追随しているパイがそう応じた。

「でも、せっかくのATフィールド発生装置だもの、使わない手はないわ。
 そうでしょう、パイ君。」
「使うって?」

サキはパイロットに尋ねた。
それが、パイへの返答でもあった。

「この辺で一番大きい送電施設か変電所はどこですか?」









「第三新東京市にATフィールドを確認。」
「市全域が結界のようなものに覆われており、連絡がとれません。」
「リアルタイム衛星、配置につきました。
 映像をモニターに出します。」

日向と青葉は、そのまま基地のオペレーションセンターに移動していた。

「ATフィールド発生装置か、それともアダムか。
 どっちなんだ?」

思わずそう呟いた友人に対して、基地の実質的責任者でもある日向が答えた。

「多分、その両方だろう。
 あのATフィールドがアダムなら、当然パターン青も検出される。
 だが、それはない。
 ならば、あのATフィールドはマヤちゃん達の出したものだ。
 そして、彼女がなんの意味もなくこれだけの出力を出させるわけがない。
 アダムが発現し、それを必死で抑え込んでいるのだろう。」

理屈はあっていた。
しかし....。

  ATフィールド発生装置、それにアダム。
  一体、どこまで知っているんだ、お前は。

「だが、いつまでアダムを押さえつづけられるかな?
 この程度ではいずれ限界がくるのは目に見えているぞ。」

日向マコトは、まるでそれを確信しているように、そう言い切った。
それを隣で聞いていた青葉シゲルにもその事はわかっていた。
だがしかし、日本にあれば使徒と戦うAAの総司令であり、
また国連からネオ・ゼーレ摘発のための権限委任を受けている彼も、
今、この場所では、黙って日向マコトが部下に指示するのを見ているしかない。
その事が、はがゆくてどうしようもなかった。









「ATフィールド砲、アダムと正体不明の光を完全に捕捉。」
「1番砲から6番砲まで、シンクロ誤差0.1」
「ジェネレーター出力120%。順調です。」
「それでも、押されてるわね。」
「それは...、でもまあ、良くやってる方だと思いますよ。」
「それにこのままいったとしても...」
「大丈夫ですって、冬月博士。
 S2機関の動力は尽きることがないのだから、
 なんとかなりますよ。」
「楽観的でいいわね、村雨君は。」
「それが僕の処世術ですからね。」
「サキちゃんとはうまくやってるの?」
「うっぷ。こんな時に何を言い出すんですか、博士。」
「こんな時だからよ。」
「....まあいいですけどね。
 彼女とは、真面目にお付き合いさせていただいてますよ。
 今のところはお互い、満足してるんじゃないですか。
 そりゃまあ、時には色々とトラブルもありますけどね。」
「そう。良かったわね。」
「ま、いずれ真剣に考えなきゃいけないのも僕はわかってますけどね。 
 ああいう子ですし。
 取りあえず、今日を生き延びてから、先のことは考えますよ。」
「明日があればね。」
「有りますって、絶対。
 博士がそれを信じないで、どうするんですか。」
「そうよね....。」

そう言っておもてを見上げたマヤの視線の先には、
絡み合って動かない二匹の光竜がいた。









(まずいわね。このままじゃ、ジリ貧だわ。)

こんな状態でも、リツコは優劣を冷静に分析していた。
双方同じ膠着状態とはいえ、条件は全く同じではない。
こちらは、彼女も人間達もアダムの動きを押さえるのに今は精一杯、
完全に手詰まりなのに対し、アダムの方はそうではない。

(おそらくは、これから先、黒き月の事も考えているのでしょうね。
 あそこで待ち受けているのは、三機のエヴァンゲリオンと、それにリリス。
 そういうことか....)

なんらかの事情によりアダムが全能力を解放していないのが感じられる。
その理由もある程度まで正確に予測することができた。

(せめて少しの間でもいいから、アダムの気を逸らす事ができたら....。
 まだなの、母さん....。)









突然、第三新東京市を包んでいた空の色が変わった。
アダムも、リツコも、そして下で彼らを見つめていた人間達も、
ほぼ同時にそれに気付いた。

(何?ATフィールドが強くなった。
 まだ余力を残していたの、マヤ?)

「どうしたの?」
「わかりません。突然、こんなふうに....。」
「まさか、いえ、外部からの干渉、それしか考えられないわね。
 筑波で3号機が稼働したとしたら...、共鳴増感波は検知できる?
 村雨君、シミュレートして。」
「了解。」

計算機にデータを打ち込む音がしばらく続いた。
沈黙の数十秒の後、答えが返ってきた。

「間違いありません。3号機からの干渉です。」
「やはり。やるわね、時田さん。」
「この様子だと、出力は2号機の50%から70%と予測されます。」
「それは、S2機関がないのだから、仕方ないでしょ。」
「ええ。それでも消費電力は大都市の二つ分は軽く越えますけどね。
 どうやって手に入れたんでしょうかね。」
「さあ。あの時田さんの事だから、まさか、とは思うけどね。」
「そうですね。こういう面ではお堅い官僚の見本みたいなヒトですからね。」









その、まさか、だった。

「よし、間に合ったな。」
「しかし、いいんですか?
 東北地方南部は今頃は大停電でパニックですよ。」
「やっちまったものは仕方ないだろうが。
 それに勝てば官軍。誰も文句を言わないさ。
 負ければどうせみんな死ぬんだしな、フォースインパクトで。」










「こんな大電流を流して本当に持つんでしょうか。
 実験機なんでしょ、これ。大丈夫ですかね。」

変電施設の技術員が心配そうに聞いた。
装置の設置も終わり、サキは装置の立ち上げ作業で手が離せない。
代わりにパイが答えた。

「確かにこれは松代の先技研で使っていたテストマシンですけれど、
 だからこそ、少々の無茶ではびくともしないようになってるんです。
 量産を前提に造られたプロトタイプである1号機や、
 今、第三新東京で動いている量産機とは訳が違います。
 定格の10倍や20倍、どうってことはありませんよ。」

経済効率を重視する量産モデルと、採算を度外視できるテストタイプの違い。
もしスケールが同じなら、基本性能ではどちらが上か比べるまでもない。
要するに、ガンダムとジムの違いのようなものである。

「それにこいつは惣流博士のお手製なんですよ、
 このATフィ−ルド発生装置は。」

アメリカ生まれ、ドイツ育ちのアスカの事だ。
象が踏んでも壊れないぐらいに頑丈に造っているに決まっている。

「基本設計の規模が違うから量産機ほどの出力は出せませんけど、
 今は少しでも多くの力が必要なんです。
 こんなのでも共鳴増感させれば、ATフィールドは何倍にもなるんですから。」

本来はこの装置もJAを使って第三新東京に移設する予定だった。
それを急遽予定を変更してこの場で稼動させることになった訳である。

「準備完了。送電をはじめてください」

コンソールを操作していたサキが振り向いて言った。

「了解。」

技術員がブレーカーをあげる。

「これで、首都の電力の三分の一がこいつに投入されるわけだ。
 それだけの効果を挙げてくれるといいが」

半ばボヤくように、技術員はつづけた。

「しかし、あっちでも相当混乱してるでしょうな。
 電圧が少なくとも30%は低下するに違いない」
「多少の混乱は仕方がないわ。
 でも、重要施設はそれなりに停電対策を持っているはずよ。
 自家発電システムとかね。
 それに首相に直に話をつけたから、今ごろ対応措置をしてるでしょう」

ここに移動する途中のヘリから、サキは高橋首相にコンタクトした。
状況報告と送電施設使用の許可を得るためである。
青葉から教えられた首相個人の携帯の電話番号が役に立った。

今の首相は、いざとなれば自らの決断で事を進めるのを躊躇しない。
そこが従来の日本の政治家とは大きく違う点であった。
このために、外交では時々ポカをやったり、官僚にも嫌われてはいるが、
市民派、清潔といったイメージと合わせて、幅広く国民の支持を受けていた。
今回も、その『緊急に際しては即断即決』のモットーが役に立った。

「じゃ、はじめるわよ。
 スイッチ、オン」









「変だぞ。また干渉が始まった。」
「調整でなんとかならないの?」
「それはやってますが...。」
「方向が...、また干渉源が増えた見たいです。」
「また?」
「どうも、今度は北からの様ですね。
 近くの弱いフィールドか、遠くの強いフィールドか。
 そんな感じがします。」
「情報も何も無しに複数のフィールドを同調させるなんて、
 向こうがあわせに来てくれない限り、無理ですよ。」
「そうね。このままじゃ、ただのノイズ。
 いえ、それよりも悪いか。」









予想に反して電圧の低下は平均で15%しかなかった。
このため、まったく影響の現われなかった施設も数多く有り、
また、病院などでは自家発電システムがこれを補った。
しかし、世の中には予想外の事態はつきものである。

「なんで装置が止まっちまうんじゃ。」

白衣を着たその男、佐渡は傍らの婦長に怒鳴った。
怒鳴られたほうとしても迷惑だが、いつものことなので黙っていた。

「今日はこれから16人も」
「いえ、18人です。二件は双子ですので。」

言いかけた医師の言葉を遮って、冷静に婦長は訂正した。

「そうか、まあいい。
 おっ、戻ってきたな、ススム。
 どうなってるか、わかったか?」
「はい。どうも供給されている電圧が低下しているようなんです。
 それで、定格にたりなくなった電子機器の幾つかが誤作動して...」
「そういった時のための自家発電システムだろう。」
「それが...、電圧低下がほんの少しだったんで、
 切替システムが停電だって認識してくれなくて...」
「なんてこったい。」
「今、手動でなんとかしようと真田さん達がマニュアル片手に頑張ってますが、
 何分素人ばかりなもので。」
「いつ動きはじめるかわからない、って言うんだな。」
「はい。」
「予備システムは?
 バッテリーもあった筈だよな。」
「はい。しかしそれはICU等に優先的に回してますから、
 こちらへの割り当ては期待できないかと...。」

ふう、と軽くため息をついて、気持ちを切り替える。

「仕方がないか。
 おい、薬でなんとかなるクランケには、それで明日まで伸ばしてくれ。
 どうしても待てないクランケのみ、処置しよう。
 それで...、何人だ?」
「はい、7人です。
 加藤さん、斉藤さん、島さん、鈴原さん、山本さん...」
「名前はいいよ。
 そうか、もう調べてあったか。
 さすが、森君は優秀だな。」

傍らの若い看護婦の方が聞いた。

「それで、処置ってどうするんですか?」
「決まってるじゃないか。
 ああ、これだから今時の若い者は...」
「自然出産よ。」

セミロングの髪を黄色く染めた、睫毛が長くて美人の婦長が代わりに答えた。

「ま、100年昔はそんなもん当たり前だったんだ。
 分娩補助装置が無くたって、なんとかならぁな。」

実際、セカンドインパクト直後の一時期は、
彼もそうやって何人もの赤ん坊を取り上げた経験がある。

「しかし、感染症の危険は...」
「赤ちゃんに明日まで待ってくれって言っても聞いてくれないだろ。
 さて、そうときまったらさっそく準備だ。
 ワシはちょっと消毒液を用意してくるから、頼むよ森君」
「消毒液って...ダメですよ、お酒は...って」

気づいた時にはもう、産科医、佐渡酒造の姿は消えていた。

「まったくもう。沖田院長に言いつけちゃうから。」









「そうか。サキちゃん達ね。
 どこかに設置して動かしたに違いないわ。」

ようやくマヤは北の干渉源に思い至った。

「彼女の持っているデータは3号機のパターンが入っていないわ。
 修正はこっちでできる、村雨君?」
「ええ、わかってますよ。」









「北と東から、ATフィールドの同期増幅か。
 これで当初の3倍増しに増強されたな。」
「ああ。」
「だが、アダムを押しこめるにはまだ足りない。」
「ああ、そうだな。」
「日本にはまだ、ATフィールド発生装置はあるのか?」
「いや、無い。無いはずだ。
 大体、筑波の3号機だって現時刻では想定外だった。
 松代のテストタイプにしたって、そうだ。
 だが、それを聞いて、どうしようと言うんだ、マコト。」
「オペレーション・ラグナレク。
 完成させるには、あと何台の装置が必要なんだ?」
「何故、それを知っている。」
「お前が思っているほど、それは秘密でも何でもなかった、という事さ。
 少なくとも、ゼーレのネットワークの前ではな。」
「ゼーレ。それを認めたな。」
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろ。
 それで、何台あればいいんだ。3台か、それとも4台?」
「最低であと3台。しかし、完全に第三新東京に同期していないとだめだ。
 中国で2台、インドで1台、欧州でも2台が製作に入っているが、
 だが、今からではとても間に合わん。」
「悲観的だな、シゲル。お前らしくもない。」

そう言ってから、日向マコトは部下の方を向いて合図した。

「何だ、今の合図は?」
「それより、見ろよ、ほら。」

その行為を咎めようとした青葉を無視して、
日向は中央の世界地図の書かれた大スクリーンを指差した。

ドイツ、シベリア、エジプト、アメリカ、そしてここイカルス基地から、
黄色い矢印が続々と第三新東京目指して伸びていった。
少し遅れて、南半球にも黄色の点がポツポツと現れはじめる。

「なんだ?」

センターに唯一設けられた窓からは、シャトルの発着場が見える。
ついさっきまで、そこから発射を待っているスペースシャトルが一機見えていた。
その向こうにはずっと青空が拡がっていた...筈だった。

「空が....!?
 これは...ATフィールド!」

黄色い矢印が各地から発されたATフィールドを示しているのはもう間違い無かった。
ということは、ゼーレもATフィールド発生装置を完成させていたのか。
一体、いつから....?
疑問が青葉の頭の中を駆け巡った。

「マコト.....」
「ふっ。アダムの事、ゼーレが知らないとでも思っていたのか、シゲル。
 もちろんずっと前から掴んでいた訳ではないけれどな。
 我々の組織が何の対策も取らずにいるわけがないだろう。」
「だが、ATフィールド発生装置は ....、
 そうか、アスカ君か。」
「御明察。
 彼女の協力無しにこれをつくるのは無理だからな。
 彼女とはちょっとした取り引きをした。
 快く教えてくれたよ。」

取り引き....その内容には敢えて触れる必要は無いだろう。
そう、日向マコトは判断した。
完全では無かったとはいえ、結果として彼女との約束は果たした。
そう。碇シンジは確かに戻ってきたのだから。

半年前の例の金星での爆発の直後、何が起こったのか彼は見当をつけていた。
それは、後日わかった事だが、当たらずといえども遠からず、という所だった。
その情報と、封印された松代レポートのアクセスコード。
これが彼が彼女に提供したものだ。
彼の教えたアイデア、『碇シンジを召喚する方法』はサービスだ。

爆発直後、地上の観測機器はすべて使用不能になった。
『昆崙』の送ってきたデータは、状況を再構成するには不十分なものであった。
唯一の生存者、惣流アスカも証人としては不適当だった。
そして、過去よりも未来の出来事に対応する事が優先される状況だった。
だから事件の検証はなおざりにされても仕方がなかった。

使徒襲来を警告するための目として生体情報識別装置が各地に配置され、
この基地が統合情報センターとしての役割を与えられ、情報が集まった。
その結果、彼はある事に気付いた。
冥王星の外軌道に当然観測されるはずの『パターン青』。
それがいなかった。
他のあらゆる方法で探してみたがだめだった。

金星の使徒の数が激減した事も傍証となった。
静止軌道上にあったアマテラスを襲った使徒の数と、
地球に飛来した使徒の数がまるで合わないのだ。
『共食い説』だけでは説明がつかなかった。
観測体勢が再び整うまでの短時間の間に何があったか。
金星の爆発と同時に突然消えたエヴァ初号機。
それが鍵であった。

エヴァ初号機が金星に現れたに違いない。
そして、アマテラスに群がる使徒を葬り去った。
それも一瞬で。
そしてどこかに消えていった。
何の、いや、誰のために?
それは言うまでもないだろう。

だが、何を考えているのかわからないゼーレの事を恐れ、
彼はこの見解を敢えて公表せずにいた。

「あとはマヤちゃん次第だな。」

話を当面の事に限定すべく、彼はそう切り出した。

「こっちからは、何とかできないのか?」

追求はすべてが終ってからにしよう。
そう割り切って、青葉もかつての親友に答えた。

「無理だな。アダムと直接対峙しているのは向こうだからな。
 ゼーレの持つ12台のフィールド発生装置でネットワークを作っても、
 彼女の方で同期をコントロールしてくれなけりゃどうしようもない。」

  12台ね。
  まだそんなにゼーレの協力者が残っていたのか。
  1台はドイツあたりだな。
  ハインツ・クラウザー博士かな?

青葉は心の中にそっとメモをする。

「結界の中では連絡もとれず、か。」
「ああ。作戦をどうするかは彼女の決断にかかっているよ。」

頼むから決断してくれよ。
日向は思う。

彼女なら決断するさ。
青葉は思う。

「オペレーション・ラグナレク。
 お前達の目から見て、成功の確率は?」
「良く言って、五分五分だな。
 だが、現状ではこれ以上の作戦が思いつかないのも事実だ。
 エヴァや、エヴァシリーズ全機を投入しても勝算は3割あるか。」
「その程度しかないのか?」
「そんなもんだ。
 だが、奇蹟は待っているだけじゃ起こってくれないからな。
 手を伸ばして、つかみ取ってこそ、その価値が生まれるものだ。」

  奇蹟を待つより捨て身の努力。
  そうですよね、葛城三佐。









「力がどんどん増えていってる。それも急激に。
 これは...一台や二台増えたって、いくら共鳴増感してるからって、
 それで可能になる数字じゃない。」
「どういうこと?」
「少なくともここと同等の装置が5台。」
「5台も?戦力倍増じゃない。」
「なおも増加中。
 すごいぞ。まるで世界中からエネルギーが集まってるみたいだ。
 南方、西方、東方からの発振が確認できます。」
「シンクロは?おかしな干渉は無いの?」
「調整の必要なし。向こうでこっちに合わせてます。」
「一体誰が....?
 いえ、そんな事を気にしている場合じゃないわね。
 ハーモニクスを3.0上方修正して。
 他機が追随してきたら、一気に行くわよ。」
「えっ、でも、ラグナレク、アレは...。」
「これはチャンスなのよ、村雨君。
 アダムに対して私たち人類がはじめて攻勢に出るためのね。」









そして、五分後。

地球は淡い光につつまれた。









      *      *      *









「なんや、ここ。
 どうなっとんのや?」

彼は訝った。
確か、エヴァに乗って黒い月に飛び込んだはずだ。
それが今はどうだ。
たった一人虚空を漂っている。
エヴァの姿形も見えない。
勿論、先行したシンジやアスカのエヴァもだ。

「センセはどこ行ったんや?
 それに惣流も。」

勢いで飛び込んでみたのはいいけれど、
何もわからずにただ不安だけがつのってくる。

「ワイ、戻れるんやろか?」

  ヒカリ....。

思わず弱気がつい口に出そうになる。

「いかんいかん。しっかりせにゃ。
 ワイがやらんで誰がやるんや。
 センセと惣流を助けて地球を救うんや。
 そやろ、鈴原トウジ。
 地球でまっとるヒカリのためにも、
 生まれてくる子供のためにも....。」

  そういや、そろそろやったな、予定日。
  頑張るんやで、ヒカリ。

「しっかし、どないせいっちゅうんねん。」

なんとか気力の維持には成功したものの、
すっかり途方に暮れる鈴原トウジであった。









「なによ、コレ。」
「なにって、これが黒き月、その実体さ。」
「こんなの、聞いていないわよ。」
「そりゃあ、そうだ。実は俺もはじめてだからな。
 ま、こんなもんだろうとは予想していたが。
 なんと言っても、『カオス』そのものだからな。」
「なによ、それ。」
「おいおい、そんな事も知らずにここに来たのかい?
 相変わらず無鉄砲な奴だな。」
「悪かったわね。」

  ま、そんなお前に惚れたんだがな。

「いや、変わってなくて何よりだ。」
「どう言うことよ!」
「ま、それより、だ。
 いいのかい、例のトウジ君。
 その様子だと、何の策も与えずに飛びこませたんだろ。」
「あの時は、他に方法が思いつかなかったのよ。
 それにエヴァがあれば何とかなるだろうし...。」
「いやはや。良くそれで作戦部長が勤まったものだな。
 じゃ、シンジ君達の所に行く前に、彼も拾っていくとするか。」
「できるの?」
「ああ、多分な。」

そこで男は女をシゲシゲと眺めた。

「だがその前に、その格好、何とかしておけよ。
 俺はもう慣れてるからいいんだが、
 ちょっと刺激が強すぎるぜ、葛城。」

そこではじめて自分が裸であることに気づく女。

「あっ、ちょ、ちょっと、やだ。」
「昔に比べると、腰の辺りはちょっと締まったかな。
 ここは相変わらずだが。」

ツンツン。

「あん。」
「ふむ。感度は落ちていないな。」
「何すんのよ、この、バカ!」









「バカシンジの奴...、どこに行ったのかしら?」

アスカは一人、暗闇の世界を漂っていた。

「まったく、なんて世界なのよ、ここは。
 暗いわ、寒いわ、果てしないわ。
 おまけにエヴァもどっか行っちゃったし。
 いったいどうすりゃシンジの所に行けるのよ。」

(後悔しているの?)

心の中で声がささやいた。

「そんなわけないでしょ。
 あそこで行かなきゃ、どうするのよ。
 もう誰かを失うのはイヤなのよ。」

反射的に返答してしまってから、アスカは気付いた。
その声の存在に。

「......?!
 あなた、誰?
 何者なの?
 私の中で、私に話しかけるのは。」

だが、その声はアスカの問いかけを無視した。

(そんなに彼に会いたいの?)

アスカは即答した。

「もっちろん!」

(そう、なら、ついてくるのね。
 彼は....こっちよ。)

  誰なの、この声は?
  あたし.....、知ってる。
  どこか、懐かしい感じがする。
  でもママ...じゃない。
  そう、誰だったっけ....。









      *      *      *









ジオフロント地下。
旧ネルフ本部の第一発令所。
そこに、その男はいた。

「始まっているようだな。」

かつて、10年前まで、その男はそこに立っていた。
少年少女を率いて、世界を守るために....使徒の脅威から。

「だが、ここは静かだ。
 最期の時を迎えるにはちょうど良い。」

10年前のあの時から電力供給は止められている。
森閑とした無人の発令所に男の独り言が響き渡る。
暗い部屋を照らすのは、男が持ちこんだ1本のロウソクだけ。

「いずれにせよ、今日ですべてが決まるわけだ。
 金星でも、今頃は最後の決戦の真っ最中だろう。」

男の頭に、20年前に自分をここに連れてきた一言が浮かぶ。

  『冬月。人類の新たな歴史をつくらないか?』

あの男の、碇ゲンドウのその言葉がなければ、
自分はここにいなかっただろう。

「人類に未来が与えられるか、否か。
 そして人類が本当に変わることができるか、否か。」

突然、足元に振動が伝わった。
それと同時に、暗かった部屋に明かりがともる。

「何だ?!」

ギュイィーーーーン

音はすぐ直下から聞こえてきた。
聞き慣れた音。10年前には日常的に聞こえていた音。
思わず身を乗り出して確認してしまう。

「マギ?!」









「うまくいってるようですね。
 だいぶ、苦しんでるように見えますよ。」
「まだわからないわ。」

オペーレーション・ラグナレク
全人類の総力をあげて、神を葬り去るために考え出された作戦。

今、全地球上にATフィールドのネットワークが張り巡らされていた。
力場は地球を一周するごとに同期増幅され、輝きをましていく。
地球全体が巨大なリングレーザー、あるいは円形加速器になった様なものだ。
既に第三新東京を覆っていた小さな半球状の結界はなくなっていたが、
全地球規模のネットワークド・フィールドがその代わりの役目を果たしていた。
そして、そのネットワークから力の供給を受けた6門のATフィールド砲が、
膨大なエネルギーを持った力場を収束させアダムに照射し続ける。

その時、

「ジオフロント地下に、再び高エネルギー反応!」
「今度は何!?
 まだ何かいたの?」
「パターン青。使徒です!」
「使徒!?
 何故.....?」









「そうか、ナオコ君。
 君はずっとここにいたのだな。」

動きはじめたリフトを使って、階下に降りた。
三台のユニットに囲まれたその中央に彼は立った。

『マギは、三人の私ですわ、冬月先生。
 世界初の人格移植OSを採用したスーパーコンピューター。
 あの時、できると言ったことがようやく証明できましたわ。』
『これだけではまだ証明にはならんよ。
 ヒトの思考をマネている、シミュレートしてるだけに過ぎん。』
『それで充分なのですわ。』
『チュ−リング・テスト。それをいいたいのかね。』
『ええ。この子は人間と同様の会話が確かに出来ますわ。
 さらにヒトの心の持つジレンマすら再現しています。』

「人間が機械と長い時間会話して機械の返事が人間と全く見分けがつかないのならば、
 ── その際、インターフェースがキーボードとディスプレイでも、それは関係ない ──
 その機械は、いかなる常識的な定義に照らし合わせても思考していると言うことができる。」
それが20世紀の情報科学の巨頭、アラン・チューリングの定義だった。
この定義は、ACクラークという作家の書いた小説に採用されて一躍有名になった。
HALと名付けられた有機コンピュータの名前と共に。

『所詮は疑似的なもの、フェイクだよ。生物の脳はもっと複雑かつ繊細だ。
 こんなモノを以って思考と言うのなら、私は研究を止めるよ。』
『あなたは本当に頑固な自然崇拝主義者ですね。』
『科学者らしくないかね。だが、それが真実だ。
 ヒトは神になることは決してないのだ。』
『人間にはそれは無理でも、科学には可能性が残されてますわ。』
『科学も、文明が産み出したモノだ。』
『いいえ、科学は宇宙そのものですわ。』

新しい生物学の一分野である形而上学的生物学の先駆けを自認していた自分と、
時代をときめく生体有機コンピューターの第一人者赤木ナオコ。

『思考とは何か』、『意思はどこから生まれるか』、
『真に思考する機械は存在しうるのか』

学生の頃から互いに研究室を持って独立するまでのまだ若かりし頃、
オフィシャルにも、プライベートでも、
彼女とは良くそう言った論争を繰り広げていたものだ。

その彼女を、ジオフロントで見つけた時は本当に驚いた。
だが、すぐに納得もした。
確かに、こんな所でしか、彼女の望む研究は実現できなかったであろう。
エヴァにしてもそうだが、彼女の作ったこのマギにしても、
一国が買えるだけの予算が注ぎ込まれてやっと完成した様なものなのだから。


3個の光球が、天空まで開けられた穴をゆっくりと上昇した。


あの頃の議論は、どちらが正しかったのだろうか。
科学は意思を作り出すことができたのだろうか。
ヒトは神になることができるのだろうか。









(母さん。
 来てくれたのね。)









第三新東京市の地上に居たものは皆、それを目撃した。

「あ、アレは....」

マヤもはっきりと見た。
絡み合っていた物体の一方が、他方から離れて下から来た光を迎えに行ったのを。
その過程で、光の固まりは手と足を生やし、ヒトの身体へと変形していった。

「赤木....先輩?!」

その顔は、紛れもなく、彼女が敬愛して止まなかった赤木リツコのものだった。
柔らかそうな羽根を伸ばし、彼女は天使のようにみえた。

それと時を同じくして、中空に取り残されたアダムも制約が解かれ、
本来の姿へと変形をはじめていた。

フォオオオーーーー

一度軽く身体をうねらした後、抱えこむようにして小さく丸くなる。
そして弾けるように身を翻し、同時に大きく咆哮をあげ大地を震わした。
人々は、湖の中心に禍々しいばかりの姿をした光の巨人を見た。

「光の...巨人。
 24年前のデータと全く同じ.....。
 そう、セカンドインパクトはこうして起こったのね。」

次の瞬間、閃光とともに熱風が人々を襲った。
兵装ビルが一瞬にして融け、崩れ落ちていく。
悪魔の光は守られていない人々を容赦なく飲み込んでいく。
背中が割れるようにして羽根が現れ、それがゆっくりと張られていく。
やがて天空に広げられた4本の羽根が、軽く羽ばたいた。

24年ぶりに束縛から解き放たれたアダムは、大空を見上げた。
人類最期の砦、人工ATフィールドの網の向こうに星の世界が広がっている。

「そんな.....、
 効いていないというの?」

効いていないわけではなかった。
ただ、それ以上に、アダムの意志が勝っていただけだ。
第一の使徒アダムの持つ、唯一絶対のノゾミ。

(リリス....。もう少し、もう少しだ。)

研ぎ澄まされた力を槍の様にのばし、網を突き破る事。
容易ではないが、できるはずだった。
そのためにはせっかく取り戻した力の大半を費やさねばならないが、
その先、ほんのわずか1億キロメートル先に黒い月が、
すべての始まりが彼を待っているのだ。

いざ、力を解き放ち大空へ羽ばたこうとするアダム。
だが再び、その前に立ちふさがるモノ。

(さあ、アダム。
 これでおしまいにしましょう。
 アナタの望んでいたモノを与えましょう)
(望んでいたもの...だと?)

それは...リリス。
始まりの存在、生命の源。
それに黒き月。
宇宙の卵、原初のカオス。

だが、彼女の示したものは異なっていた。

(永遠の終り。完全なる死。すなわち消滅。
 アナタが望んでも決して自分の力では手に入れられなかったモノ)
(ムッ、それは....!?)

赤木リツコの顔を持つ天使は、後ろに3つの光球を従えてアダムに対峙する。

「せん....ぱい....。」

正三角形の頂点にある玉は、赤と青と緑、三色に輝いていた。
マギ=バルタザール、科学者としての赤木ナオコ。
マギ=メルキオール、母としての赤木ナオコ。
そしてマギ=カスパー、女としての赤木ナオコ。

(エナジーフロー・ディストラクション。
 さあ、付き合ってもらうわよ、アダム。)
(そんなことをすれば....
 わかっているのか、お前は。)

だがリツコはそれに答えず、ひたすらに内部エネルギーを収束させていく。
内むきのATフィールドに支えられたそれは、既にライマン限界を越え、
1立方センチメートルにも満たないごく狭い空間に、
超新星爆発にも匹敵するエネルギーが蓄えられていた。

「なんだよ....これ。」
「計器の計測ミスじゃないのか?」
「ばかな。地球もろともふっ飛ばす気か?」
「先輩....、まさか!?」

(このあたりが今の身体では限界かしらね。
 さすがにモノパーティクルには遠く及ばないけどね。
 でも、限定された空間で真空を相転移させるにはこれで充分。
 いくらアナタでも、素粒子崩壊を止めることはできないわよね。)

そう言って、ゆっくりとアダムに近づいていく。

(く、くるな。)

後退しようとする巨人。
だが、天空を覆っている網を破らない限り、逃げ場はどこにもなかった。

(さあ、覚悟はいいわね。)

少しずつ、天使と巨人の間の距離が縮まっていくのをマヤは見ていた。
ATフィールドを使い果たしつつある天使の身体は既に消えかかっていた。
だが、その心臓に輝く光の玉は、いっそう明るさを増していた。

そして、二つの存在は融合した。

さらに一段と輝きを増した光が周囲を照らした。
敏感な計測器はもとより、人々の視覚・聴覚もマヒして使えなくなる。

そんな中、マヤは、光の巨人が叫び声をあげるのを確かに聞いた。
いや、どこかで感じた。

(我(ワレ)はアダム。
 第一の存在にして唯一完全なる存在。
 その我(ワレ)が、こんな形で終るわけにはいかない。
 ならば....)

そして、まばゆいばかりの閃光が一瞬にして消えた時、
光の巨人とリツコの顔を持った天使は、もうどこにもいなかった。









      *      *      *









おんぎゃあ、おんぎゃあ、おんぎゃあ。

元気な赤ん坊の泣き声が響き渡った。

「はいはい、ソラ君。
 そんなに泣かないの。今、ミルクをあげるますからね。
 誰に似たのかしらね。ホント、食いしん坊なんだから。」

誰に似たのかなんて今更言うまでもない事だが、
赤ん坊はミルクを飲みおわると、満足したように眠りに入った。

あれから三週間がすでに経っていた。
彼女は、混乱のさなか、元気な男の子を出産した。
その子の名前はあらかじめ話し合って決められていた。

男の子だったら『宇宙(ソラ)』、女の子なら『海美(ウミ)』

両方の場合に備えたのは、検査は行ったがあえて性別は調べなかったからだ。
父親となる男性曰く、「神様からの授かりモンやからの。そのほうがええやろ」
彼女もその意見に賛同した。

子供の名前を提案したのは彼の方だった。
天に広がる宇宙のようにスケールの大きな子に育ってほしい。
生命を育む海のように包容力豊かな優しい子になってほしい。
そういう願いの込められた、良い名前だと思う。

彼に名前の理由を聞いた時、
「いや、ワシが宇宙に行っとる間に生まれる子やからな。」
「二人で沖縄に遊びに行った、ほら、あん時の子やからな。」
と、とんでもない事を答えたのは、きっと照れ隠しに違いない。
そうに決まっている。
本気のはずはない、と思う。たぶん。

しかし、その父親である彼はここにはいない。
彼が金星に向けて地球を旅立ったのはもう何年も昔のような気がするが、
ほんの二ヶ月ほど前のことにすぎない。
そして今、彼はここにも、金星にも、どこにもいない。
黒き月と共に、3台のエヴァは金星から消えてしまった。
3名の若きパイロットを乗せて。

あの時、地球を光の網が覆いつくした。
それがATフィールドネットワークと言うものだと後で知った。
彼女が産みの苦しみと戦っているとき、あの街でも死闘が行われていた。
彼女がついに耐えぬいて新しい生命を手に入れたのとほぼ同時刻に、
光の巨人は自ら開いた闇のなかに消えていったと言う。
人類も未来を勝ち取ったのだ。

だが、その一方、帰って来なかった者達もいる。
帰還の途についた金星遠征隊は、往路より2名、員数が減っていた。
遠征隊の隊長はギリギリまで金星に留まる事を主張したが、命令には逆らえなかった。
万が一に備え、大量の補給物資と無人探査機を衛星軌道に放出したうえで、
一昨日、ようやく軌道を地球に向けて変更したらしい。

らしい、と言うのは、公式にはなんの発表もなされていないからだ。
多くの人々は、金星で何が起こったのかすら、知らされていなかった。
彼女も、当事者の妻でなければ、中枢部に友人がいなければ、知る事はなかっただろう。
先日、彼女は金星の軌道にいた友人と話す事ができた。
だが、彼は多くを語らなかった。
ただ一言、「みんな、消えてしまったよ。」とだけ彼女に答えた。
その一言に、彼の無念さが良く現れていた。

今、
彼らがどうなっているか、知る手段を人類は有していなかった。
彼らを現世界に連れ戻す、その手段を人類は有していなかった。

今はただ、信じてじっと待つ事、それしか彼女にはできなかった。
でも、それができる間は、喪失感は彼女にとって現実的なものではなかった。
やがていつかは、それも変わっていくのかもしれない、という不安を
そこはかとなく感じながらも。

「トウジ......。
 今どこにいるの、あなた達は。
 お願い、早く帰ってきて。
 私、いつまでも待っている.....」




1999年8月 初出  




次話予告



「『光の宇宙(ヒカリのソラ)』、そうか、そういうことか、リリン。」

『いや、まあ、そう言うことなんですよ。
 じゃ、最終回を前にして、皆さんに一言ずつ。』

「最終話直前に美味しい話を持ってきていただいてありがとうございます。
 光の精霊だの、天使だの。もう最高だわ。」

「なんでリツコばっかり。アタシより年増なのに。」
「なんか言った?」
「いえ、なんにも。」

「まあ、いいじゃないか、葛城。
 とにかく生き返れたし、それなりに見せ場もあった。
 そして何より、今の俺の横には葛城がいる。
 言う事なしだな。」

「あんたはそうでもね。アタシは原作のヒロインの一人として...ムグッ
 ...プハー。
 ちょっと止めてよね、こんなところで。」

「いや、それ以上言うとな、ほら、彼女達、気にしてるから。」
「あ、そうか。ヒーローとかヒロインって言葉、禁句だったわね。」

「ま、いいんじゃないんすか。
 最近出番が少ないけど、原作にくらべたら...
 最後の見せ場はエピローグか。」

「第3部に入って、ボクは出番が増えましたからね。
 ゼーレ側って立場はともかく、ようやく個性が発揮できましたよ。」

「私もこんなものかしらね。
 第3部はハードSF路線でいくって言ってたから、
 もっと出番があると思ってたけど....
 でも、納得はしてないです。」


「出番は少なかったが、読者に私の渋味を堪能してもらえたかな?」
「年寄りがあまり無理をするなよ、冬月。」
「なんだと?」
「ほらほら、冬月先生。あまりお怒りになられると、血圧が上がりますよ。」
「ユイ君まで.....
 あまり私を年寄り扱いするんじゃない。
 今に見ておれ。」


「まあ、ジイさんは置いといて、だ」
「あなた、冬月先生のことを『ジイさん』だなんて、失礼でしょう。
 ちゃんと『おジイさん』とお呼びしないと。」

「そうか?まあそれでもいいが、とにかく、だ。
 我らの望みを妨げるモノはもうすでに無い。
 もうすぐだよ、ユイ。」

「ええ。太陽と月と地球と、それにアナタがいる限り大丈夫。
 だって生きているんですもの。
 幸せになるチャンスはどこにでもあるわ。」


「そう、『お』をつければ良かったのね。
 おバアさんはいらない、おバアさんはしつこい、おバアさんは用済み、
 クスクスクス。
 これでもう、首を絞められることはないわ。」

「この〜、あんたの代わりなんていっぱいいるのよ〜!
 はぁはぁはぁ。」

「ちょっと、女の母さん。大丈夫。」
「あらリッちゃん、大丈夫よ。
 女のアタシはストレスが溜まりやすいだけだから。」

「母ノワタシノ言ウ通リデスヨ。
 時々コウヤッテ発散サセルノガ健康ニ良イノ。」


「あ、アタシは、とっても満足です。
 エヴァには乗れなかったけど、ちゃんと出番もあったし、
 題名にまで採用されちゃって。それにソラ君もいるし。
 これでトウジさえ戻ってきてくれれば...」

「心配すんなや、委員長。
 ワイはきっと帰ってくるで。
 男、鈴原トウジに二言は無いんや。」

「ま、エヴァに乗れただけでも良しとするかな。
 俺みたいなのが贅沢言ってちゃキリないからな。
 でも、ホントはもう少し活躍したかったな。」


「SFはいいねえ。リリンの産んだ文化の極みだよ。
 そうは思わないかい、綾波レイ。」

「別に。」

「ちょっと、あんた。ほら、そこの作者。
 一体、何なのよ、この扱い。
 アタシがヒロインだって言うから、出演をOKしてやったのに。
 全然、目立った出番が無いじゃない。」

「いえ、間違いなくあなたが主人公よ。
 それだけは作者も保証できるそうよ。
 第1話から最後の24話まで、全部に必ず出てるのはあなただけだもの。」

「アスカ、皆勤賞よ。誇りに思っていいのよ。」
「そ、そう?」
「例えて言うなら大リーグの鉄人リプケンね。
 誰にでもできるって記録じゃないわ、これは。」

「そ、そうかな。」
「そうよ。アスカが主人公じゃなけりゃ、
 他に誰が主人公をやれるって言うの。ほら、自信を持って。」

「それは、たまたま他の人が目立ってたりすることもあるかもしれないですけど、
 それも全部、主人公であるアスカの存在が裏にあってのタマモノなんですから。」

「そ、そうよね。
 やっぱり、天才かつ美人のこのアタシがヒロインじゃなきゃね。
 そうよ。誰が何と言おうと、主人公はこのアタシ。
 そう決まってるんだから別に悩むことなんてなかったのよね。」


「ふぅ。『ブタもおだてりゃ』とは昔の人は良く言ったものね。
 意外と簡単に木に登ってくれたわ。」

「木登りは得意な筈よ。だってSALだもの。」
「あら、こっちはもっと深刻みたいよ。
 思考がクライン空間に閉じこめられてロックされてるわ。」

「ディラックの海よりタチが悪いですね。」

「ミサトさん、アスカ、綾波。誰かボクに優しくしてよ。
 誰かボクに出番をくれよ。」

「言いたいことは、それだけか、シンジ。
 子供のダダに付き合っているヒマはない。」

「やっぱりぼくはいらない主人公なんだ。グスン。」

「ちょっと、だれよ司令を呼んだのは。逆効果じゃない。」
「無様ね。」

「シンジ君。」
「もういいんです、加持さん。ほっといて下さい。」
「そうはいかないな。いいから聞くんだ。
 いいかい、お話には必ず『流れ』と言う物が存在するんだ。
 『印篭を出すのは40分を過ぎてから』とか、『光線技はタイマーが赤くなってから』とかな。」

「何のことです。」
「『お約束』だよ。」
「ヒーローは最後に颯爽と現われてこそ、格好いいんや。」
「『♪疾風の様にやってきて〜、疾風のように去っていく〜』ってね。」
「『なんとかの君』とか『なんとかの騎士』とか、色々あるじゃない、碇君。
 ヒロインがピンチの時にだけさっと現われる白馬の王子様みたいで、いいわ〜。」

「ほら、最近だと憧れのタ○シード仮面様とか、」(って全然最近じゃないぞ、ミサト)
「ま、それはとにかく、だ。
 要するに、出番の量よりインパクトって事だ、シンジ君。」

「本当に?じゃ、ボクはここにいてもいいの?」
「勿論だよ、シンジ君。」
「そうか、ボクは出番の少ないボクが嫌いだ。
 でも、好きになれるかもしれない。
 ボクは主人公をやりたい。
 出番が少ない主人公だって、いてもいいんだ。
 ボクはここにいてもいいんだ。
 ボクは主人公をやっていいんだ。」

『おめでとう。』パチパチパチ



って、何とか主人公達が補完されたところで、

 次回、ついに最終回!!


   「エヴァよ、永遠に」



『♪だ〜れ〜よ〜りも光をはな〜つ、
  しょ〜お〜ね〜んよ、神話にな〜れっ!』






第二十四話 を読む

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