Star Children 第三部

「Final Impact」(8)

by しもじ  







時に西暦2025年



ついに約束の時はきた



フォースインパクト
第四の衝撃



やがて一月が過ぎ、二月が過ぎた



チルドレン
かつて適格者とよばれた若者たちは



星空に消えたまま還らずのヒトとなった



人々の祈りの中で起こされた奇蹟



黒き月の中心で生まれた一つの神話



今、それを語ろう






























第二十四話


「約束の刻」






























「ついたよ、シンジ君」

シンジの頭の中で、話しかけてくる声が聞こえた。
と同時に、真っ暗だった視界が急に開け、
彼の目の前にどこまでも果てしなく続く空間が広がった。

(宇宙(ほし)の卵、黒き月か。
 10年ぶりだね、ここにくるのは)
「そうか、カヲル君もいたんだよね、あの時」
(もちろんだよ。ぼくはずっと君と一緒にいたじゃないか。
 覚えていないのかい?)
「覚えている。あの時、混乱していた僕を助け、導いてくれたね」
(そんなにたいした事はしてないよ。
 せいぜい、シンジ君が決断しやすくなるよう手伝いをしたぐらいだよ)
「でも君達が、カヲル君と綾波がいなかったら....」
(困ったシンジ君をほっておくことなんて僕達にはできないさ。
 そう言えば、あの時もそうだったね)
「あの時?」
(初めて会った時の事さ)

ふっと頭の中からカヲルの気配が消えた。

「アレ?カ、カヲル君?」

狼狽えたシンジの耳に、すぐにハミングの音が聞こえてきた。

フンフンフンフン、フンフンフンフン
フンフンフンフン、フーンフフン

「カヲル君!」

振り向くと、そこに、あの時とまったく同じ舞台があった。
学生服を着た少年が、半ば湖面に倒れかけた像の上に腰をかけ、
目をつぶりながら気持ち良さそうに『歓喜の歌』を口ずさんでいた。

「歌はいいねえ。歌は心を潤してくれる。
 リリンの生んだ文化のキワミだよ」
「カ、カヲル君。どうしてそこに...」
「そうは思わないかい、碇シンジ君?」

そして突然シンジの方を振り向いて、あの時のセリフを口にした。
とまどっているシンジの応答にも全然構わずに。

「えっ、いや、その....」
「僕はカヲル、渚カヲル。君と同じ仕組まれたチルドレンさ」
「...あの...」

ついに返答に窮して黙ってしまったシンジをしばらくカヲルはじっと見つめ、

「つまらないな。シンジ君が乗ってくれないんじゃ」
「えっ、乗るって?」
「ジョークだよ。
 あの頃に戻りたいって、君は考えたことはないのかい?」

視線をやや落し、シンジは答えた。

「あまり....、思ったことはない。
 あの頃は、辛い事が多すぎて....」
「本当に辛いことだけだったのかい」
「もちろん違うよ、それは。
 辛い事も多いけど、確かに楽しい思い出だっていっぱいあったさ。
 僕があの街に行ったから、こうしてみんなに出会えたんだし。
 ミサトさん、父さん、母さん、冬月さんとネルフの人達、
 トウジ、ケンスケ、委員長、クラスの仲間達、
 そして、カヲル君や、アスカや、それに綾波にも...
 あれっ、そう言えば、綾波は?」
(私はずっとここに居るわ)
「君も出てきたらどうだい、綾波レイ?」
(必要があればそうするわ)
「つまり、シンジ君の中が、居心地がいいんだね」
(そう、そうかもしれない)
「本当に君は自分に正直だね。うらやましいよ、綾波レイ」
(そう?)

レイの声は、確かにシンジの頭の中からした。
決して外には聞こえない筈なのに、何故か会話が成立している。

「カヲル君には綾波の声が聞こえるの?」
「ああ。ここをどこだと思っているんだい?
 それぐらいの事、できて当たり前だよ」
「当たり前って....、じゃあ、その姿も?」
「そうだよ。この姿は碇シンジの中の渚カヲル、そのものさ。
 ここはココロの中と外が渾然一体となって存在するトコロ。
 いわば魂の位相空間なんだからね」
「魂の、位相空間?」
「わからないのかい?」
「うん。実を言うと、物理は苦手なんだ」
「要するに、なんでもあり、ってことさ」

ここには確かに以前、来たことがあった。
サードインパクトの直後、いや、まだその真っ只中か。
彼の心を捕えていた無限ループからシンジが抜け出した時、
気がついたらここにいた。

死(Death)と再生(Rebirth)、その狭間にある世界。
どこまでも曖昧で、どこまでも混沌とした世界。
それが黒き月、宇宙の卵の正体だとあの時は気付いていなかったが。

「さて、シンジ君。これからどうするのかい?」
「うん、考えてはいるんだけど....」
「結論はまだ?」
「うん」
「というより、決心がつかないだけなのかな?」
「うん」
「10年前の事、はっきり覚えているかい?」
「うん。『儀式を始めよう』って誰かが言ったんだ。
 そして、綾波が.....。
 僕は動けなかった。何もできなかった。
 アスカを助けることも、ミサトさんを救うことも....。
 そして、僕はエヴァに取り込まれた」
「できそこないの群体となってしまった人類を再び一つにまとめ、
 その新たなる力をもってヒトの完全なる世界の創造を行なう計画。
 すなわち人類補完計画。
 君はそのためにゼーレの老人達によって選ばれた人柱だった」
「うん。それは知っている。父さんが教えてくれた。
 そうだ、綾波にもすまない事をしたって謝っていたよ」
(その必要はないわ)
「綾波は知っていたんだね。父さんの事を、本当に」
(いいえ、わからない)
「ヒトは他人を完全に理解することなどできやしないさ。
 例えそれが生命の母たるリリスであってもね。
 ATフィールド、心の壁がある限りね」

そしてそれを乗り越えるための人類補完計画でもあった筈だ。
カヲルがそう言おうとした時、それに構わずに彼女は話し続けた。

(でも、あの人は私のために笑ってくれた。
 造られた私にそれを教えてくれた最初の人だった。
 だから、私は信じることができた)
「それが、綾波と、父さんとの絆なんだね」
「いつかはみんな理解しあえると言う希望。
 リリンの微笑みの中にレイはそれを見いだす事ができた。
 そしてそれを守るために、彼女は戦うことを選んだ。
 たとえ、すべての使徒を滅ぼすことになってもね」
(碇君も同じものをくれた)
「あげた? 僕が? あ....、ひょっとしてヤシマ作戦の時の...」

たった一度だけ見た、綾波レイの笑顔。
その時は確かにシンジは彼女との間の『絆』を感じることができた。
それを、いつの間にか忘れてしまい、彼女を信じられなくなり....

「結局の所、最後に彼女が選んだのは彼ではなくて君だった。
 それだけ君には人をひきつける魔力があった、と言う事かな。
 なにせ、この僕も見事にそれに引っかかったんだからね」
「な、な、な...カ、カヲル君....」
「今更、照れることはないよ、シンジ君。
 それが君だったからこそ、僕は未来を託すことができたんだ。
 君の繊細でかつ純粋な心を信じることができたからね」
「僕の心はそんなに奇麗なもんじゃないよ。
 今も、あの時もね。だって....」
「それで構わないさ。
 たとえシンジ君が弱虫で、臆病で、卑怯者で、いやらしくて、
 救いようがないぐらいダメで情けない奴だったとしても、
 君が僕達にみせてくれたキボウは本物だったと思うからね」
「.....」
「それに、君はそうなるように仕組まれていたんだ。
 ゼーレの人類補完計画のシナリオのためにね。
 それもわかっているんだろう?」
「でも....」
「でも、は無しだよ、シンジ君。
 最後に君は選択したんだ。
 それでいいじゃないか」
「本当に正しい選択だったのかな、人類が元の姿に戻るのが?
 結局、問題をこうして先送りにしただけだったわけだし、
 補完されて人類がみな幸福になったわけじゃない」
「あれからの10年間、少なくとも君は幸福だったんだろう?」
「うん。そりゃあね。
 アスカとも仲良くなれたし、それにみんなとも....」
「セカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレー。
 彼女とは、仲良くなっただけかい?
 ...まあいいか。
 レイの前だからね、深く追求するのは止めておくよ」
(.......???)
「ごめん」

つい、謝ってしまうシンジ。

(何故、謝るの?)
「何故って....」
(あなたは何か謝らなければいけないような事をしたの?)
「いや、そういうわけじゃ...」
(なら、謝る必要はないわ)
「そうだね、ごめん」
「また謝ってるよ。本当に変わっていないね、君は」
「そうかな?」
「ま、そんな所が、シンジ君のシンジ君たる所以なのだろうけどね。
 彼女と一緒にいて悪い影響を受けてしまったんではないかと心配したけど、安心したよ」

そう言ってから、渚カヲルはあたりを見回しはじめた。

「さて、そろそろかな?」
「何が?」
「何がって、君が待っていたモノさ」
「待つって、僕が? 何を?」
「何を、じゃなくて、誰を、だろ。
 それをわざわざ言う必要があるのかな?
 君だって、わかっているんだろう?」

その時だった。
突然、背後に人影が現われて、大きな叫び声と共に抱きついてきた。



「バカシンジ!」









      *      *      *









その大震動は、第三新東京から1000km以上離れたイカルス基地をも激しく揺さぶった。
揺れがおさまった時、惑星を覆っていた青い光は既に消えたいた。

「じょ、状況を知らせろ!急げ!」
「アダム、アダムはどうなった?」

日向と青葉がいちはやく反応し、オペレータに指示を出した。
ネットワークの消失と同時にすべての通信が回復したのに二人とも気付いたのだ。

「パターンはすべて消失しています」
「衛星の映像からもそれらしき物体は見当たりません」
「現地から通信。送信元はAA本部、冬月博士からです。
 つなぎますか?」
「ああ、出してくれ」

メインスクリーンに野戦指揮所にいる冬月マヤの姿が大写しにされた。
白衣を着てコーヒーを片手に何かのプリントアウトに目をやっている姿は余裕が感じられすらする。
彼女は待っていた通信が繋がったのに気付いてモニターの方を向いた。

『日向君ね。青葉司令もそこにいるのかしら?』
「ああ、いるよ。」
『ちょうどいいわ。報告の手間が省けて。
 そっちに行ったんだろうとは思ってたけど、確証は無かったのよ』
「スマン。こんなに早く奴が来るとは思ってなかったからな」
『ああ、それはいいのよ。
 これは技術部にも予想外の出来事ですもの。
 で、そっちの用事は全部片づいたのかしら?』

青葉は日向マコトの顔を横目でちらっと見てから答えた。

「いや、それはまだだ」

日向も返事をする青葉を見つめていた。

「そっちの件については決着は後で必ずつけるさ。
 が、今はそれより先に事態を見極める方が先だからな」
「結果を認めろよ、シゲル。
 我々の力がなければどうなっていたか、
 わからないお前じゃないだろ?」
「結果さえよければ何をやってもいいというわけではない。
 ...まあいい。その件は後だ。
 で、マヤちゃん。そっちの様子は?」

モニタ越しに見ていたマヤは、軽くため息をついた。

『はぁ。そっちもだいぶ複雑なようね。
 こっちもまあ、別の意味でそうだけどね。
 アダムは完全に消失したわ。それは確かよ。
 正体不明の使徒、および物体と一緒にね。
 その辺は、そっちでも観測できてたんでしょ。
 そこの装置の解像度は、聞いているわよ』
「ああ、正確な状況はともかく、だいたいは掴んでいる」
『とりあえず、私の権限でここの警戒態勢は解除したわ。
 放射能汚染の危険も無し。
 損害はこの第三新東京近辺だけに限られそうね。
 つまりアダムによる直接的な損害は、と言うことだけど』
「と言うと?」
『時田さんとサキちゃんがやってくれたわ。
 関東・東北地区一帯と、第二東京市周辺部が大停電。
 その混乱の後始末が色々とね。
 まあ、幸い人死にには至らなかったみたいだけど」

突然電車は止まり、信号が消えるなど、各地の交通システムは壊滅状態。
病院などの重要施設は、一部の例外を除き、自家発電などによって事なきを得ていたが、
一般市民の生活レベルでの被害金額は想像するも恐ろしい。
高橋首相はじめ政府要員は必死で事態の収拾にあたっている所だ。

『あとは、最後の地震の影響は今情報を集めてるわ。
 これはそちらの方が早いんじゃない?』
「あの地震、何が起きたのか、それはわかってるのかい?」
『いえ、ただの地震じゃないことはわかってるけど、それだけ。
 観測データから見ると相当な規模で時空間に歪みが生じたみたいね。
 だから地面が揺れたというより、空間そのものが揺れたという方が正しいかしら。
 推測できるのは、アダムと謎の物体の間で膨大な量のエネルギーが蓄積し、
 それが一点に収束したために空間そのものが堪え切れなくなって崩壊した。
 つまり特異点が生じたんじゃないかって事かしら』
「特異点?って言うと、ディラックの海の様な虚数空間とか異次元に繋がってるやつか?
 つまり、アダムはそこに吸い込まれた、と?」
『さあ、そこまではどうかしら。
 ただ少なくとも発生したエネルギーの大半が吸い込まれていったのは確かね。
 ATFジェネレータの出力もほとんどもってかれたわ。』
「謎の物体、とやらの正体は?」
『未確認の使徒の方はイロウルタイプの個体識別パターンを出していたわ。
 もう一つの方は完全に正体不明ね』

そう答えたマヤだったが、朧げながらも確信に近いものはあった。
光輝を放ちながら翔んでいたあの天使、あれは『先輩』だったのではないか、と。
アレを目撃した他の人間も果たして自分と同じモノを見たのかどうか、
サードインパクトの時の例もあるから慎重にならざるをえなかったが、
ジオフロントの地下深く、旧ネルフ本部に長い間放置されていたマギと、
その開発者である赤木リツコ、
彼女たちがアダムから世界を救ってくれたのではないか、と。

「わかった。その辺の情報はわかり次第また連絡を頼むよ」
『そうするわ。でも、早く帰ってきてね、青葉君。
 いい加減、司令の代行をするのも疲れたわ』
「すまない」
『で、あれもやっぱりネオ・ゼーレの仕業だったのかしら?』
「あれ?」
『ATフィールドネットワークよ。
 S2機関が少なくとも5台、おそらくは10台は動いていたはずよ。
 私達の知らない所でそれだけ用意できる組織は、他に考えられないわ』

マヤは青葉が何故ここ、日向の処にいるのか知らされていなかった。
また結界の内側にいたために、発生源の一つがここであった事も知らない。

「ああ、そうだな。調べとくよ」

青葉の返事は少し気抜けているようにマヤは感じたが、
取りあえず、それは無視することに決めた。

『じゃあ、よろしくね。
 あと、日向君。そっちで集めた情報をこちらにも回してくれないかしら。
 外部からの正確なデータがあれば、起きた現象の解析にも役立つと思うのよ。
 正式ルートでは時間がかかるからこうしてお願いしてるんだけど、いいかしら?』
「マヤちゃんの頼みとあらば、断れないよ。
 それに、こっちに隠しておくようなデータは何もない。
 いいよ。回線をそのまま開けといてくれ。
 オペレータに言ってメモリバンクを直結する」
『ありがと』

第三新東京からの送信はそこで切れた。
マコトはすぐに部下を掴まえて、やることを指示した。

「いいのか?」
「何が?」
「ネオ・ゼーレの事。回線をオープンにしたら、隠しておくことはできないぞ」
「隠しておく必要はないさ。隠さねばならぬ事も無い。
 我々は常に公明正大にやる。それが新しいオレ達のやり方だ。」
「?」
「本来のゼーレはあんな組織では無かった。
 ただ、状況が彼らに、彼女達にあの道を進むことを強いたのだ。
 セカンドインパクトの混乱を収めるには、キール・ローレンツのやり方がベストだった。
 彼の娘とロンバルト博士には時間が限られていた。
 その中で組織を再建し、計画を遂行する力を手に入れるには、連中と手を組むのが最も効率的だった。
 たとえそれが汚れた力である事がわかっていてもな。
 だが、どういう手段を選ぼうと、ゼーレの理想は今も昔も変わらない」
「すべて、仕方のないことだった、と言うのか?
 理想の実現のためには、どんな犠牲にも目をつぶれ、と言うのか?
 そんな言い訳が通ると思っているのか?」
「言い訳じゃない、事実だ。
 罪は罪として償わねばならない事はわきまえている」
「ならば素直に逮捕されるんだな。
 お前の犯した罪、決して軽くはないぞ。
 機密情報の漏洩だけならまだしも、アマテラス2へのサボタージュ、わかってるんだぞ。
 たとえ使徒がいなくても事故は金星で起こるはずだった。
 そのように仕組まれていたんだ。
 計画の最大の不確定要素たるシンジ君を取り除くために」
「オレはそれには関与していない、と言っても信じはすまいな」
「弁明なら裁判所で聞こう」 
「今はまだその時期じゃない。
 組織の立て直しを始めたばかりでオレが抜けるわけにはいかない。
 まだ改革は終わったわけじゃないからな。
 ゼーレも、そして人類も。
 オレはオレのやり方でやる。
 お前はお前のやり方を追求すればいい。
 そして新・補完計画の本命は、これからだ」

そう言って、日向マコトは頭上にある大スクリーンを指差した。
そこには、ハッブル3から送られてくる金星の望遠映像が映っていた。

「シンジ君は金星で死んだわけじゃない。
 お前がここにくる直前、初号機が現れたのを確認した」
「何、初号機?エヴァ初号機か?」
「ああ。今、すべての鍵を握っているのは間違いなく彼だよ、シンジ君だ」

だからこそ、彼の前任者達は事前にシンジを舞台から降ろそうとしたのだ。
金星で、アマテラス2のS2機関を暴走させることによって。
その結果生じるであろうディラックの海に彼を封じ込めることによって。
だが、使徒と、そしてエヴァ初号機の介入により事態は計画とは違う方向に推移した。

「そうか。お前、それを知っていたな。
 それでアスカ君を....」
「勘違いするなよ、シゲル。
 彼女は自発的に協力してくれたんだ。
 我々ゼーレには彼女のATフィールド発生装置が必要だった。
 今日、この日のためにな。
 そして彼女は、シンジ君に再び会う、その事を望んだ」
「その手段が、フォースインパクトか?
 それじゃ、あの頃の碇司令と同じじゃないか」
「そう言われてみれば同じだな」

フム、とマコトは顎に手を当てて少し考え、そして言った。

「だが、それが悪いことなのか?
 碇司令だって、そりゃ私的目的のためにネルフを利用していたのは事実さ。
 初号機の中に消えたユイさんを取り戻す、という目的のために。
 だけど、それで終りじゃない事は彼だって知っていたはずだ。
 なんらかの、彼独自の人類補完計画があったはずだ。
 それは結局、表に出ることはなかったが」
「『方舟計画』、か。
 ここに来る直前、マヤちゃんから報告があった。
 正確に言えば、司令ではなくユイさんの計画だがな。
 そして彼女がエヴァに取り込まれた事からして、その計画の一部だった。
 人類の情報をすべてエヴァの中に取り込み、後世に残すための計画。
 いつか復活するその日のために」
「やはりそうか。
 いや、そんな事ではないかと考えてはいたが....。
 お前も知っての通り、記録には残っていなかったからな」
「それで、お前達の計画は?」
「そんなものはどこにも無いよ、シゲル。残念ながらな」
「無い?
 そんなバカな!」
「バカと言われてもしょうが無いか。
 だが今回に限っては、干渉の余地はほとんどないんだ。
 勿論、彼女に必要なことはすべて教えた。
 それが、精一杯だ。
 最後に決めるのは、あくまでも、彼らだからな」
「都合の良い情報だけ彼女に教えてシンジ君を操り、
 お前達ゼーレにとっての理想社会とやらを作るつもりじゃないのか?」
「そんなこと最初からするつもりもないが、たとえあっても無理だろうね。
 お前だって知っているだろう?
 彼も彼女もバカじゃない。立派な大人だよ。
 少なくとも、オレ達がネルフに入った頃に比べれば雲泥の差さ」

あの頃、彼らはただ諾々と上司の命令に従うことしかしなかった。
それに比べれば、今のシンジ達は自分で判断し、行動する能力がある。
航宙のためのトレーニングに二年間付き合ったマコトはそれを知っている。

「じゃあもう、オレ達にすることは残されていない、というのか?」
「ああ。いや、違うな。
 一つだけできることがあるか」
「なんだ?」

旧友の問いに対する彼の答えは、こんな場面で最も使い古された言葉だった。

「祈る事さ」









      *      *      *









「バカシンジ!」



「うわっ!?!?」

突然、背後から抱きつかれて、シンジは思わずよろけそうになった。
物理的にも、そして精神的にも。

「捕まえた。もう逃がさないわよ、絶対に。」
「あ、アスカぁ」
「アスカぁ、じゃないでしょ。まったくこのトンチキは」

その言葉と同時に、回した腕にさらに力が込められた。

「い、痛いよ。力、ゆるめてよ」
「痛くしてるんだから、当たり前よ。
 アタシを置いていった罰よ。
 それにゆるめたらまたアンタ、逃げて行っちゃうかも知れないじゃない」
「そんな、逃げたわけじゃないよ。
 僕にはここでやらなければならないことが...」
「アタシを置いていった事に変わんないでしょ。
 このバカシンジがぁーーー!」
「うわっ、い、痛いって...」

カヲルはそれを少し離れた所で涼しげな顔をして眺めている。

「これもリリンの愛情表現の一つかい?
 見ていて微笑ましいものがあるね」
(そう?)
「セカンドチルドレン、惣流アスカ=ラングレー。
 彼女の性格がとっても素直じゃないということは噂には聞いていたが、
 どうやらそれは本当だったようだね。
 綾波レイ、君は僕よりも彼女の事を知っているはずじゃないのかい?」
(知らないわ。彼女は他人に心を開こうとはしなかった)
「それは君も同じだろ?」
(そう。そうかもしれない)
「ヒトはけして一人では生きてはいけない。心は寂しがり屋だからね。
 それなのに互いに心を閉ざし、壁越しに相手を傷つけあう。
 そして次の瞬間には互いの傷をなめ合って、一つになろうとする。
 あまりにも複雑な生き物だよ、リリン、君が選んだモノは。
 おや、状況が変わったようだ。
 今度はシンジ君の反撃だよ」

シンジはなんとか腕をかんぬき閉めから抜く成功していた。
アスカががっちりとベアハッグを仕掛けている事に変わりはないが、
これでシンジにもようやく反撃の手段が手に入った。
シンジはゆっくりとアスカの両わき腹に手を添えた。
後ろ向きではあるが、密着しているのでツボを見つけるのは簡単だった。

コチョ。
コチョコチョ。

「あっ、キャッ、イヤッ、バカッ、
 ヤッ、やめなさいっ、ヤダッ、やめてったら...」

もうベアハッグどころではない。
本人以外にはシンジしか知らない彼女の急所を攻撃されて、
(なんでシンジが知っているのかは、言うまでもないだろう)
思わずアスカは絡みつけていた両手を放した。

その隙をついて、シンジは体位を入れ換えた。
今や二人は向かい合っており、シンジの両腕もあいていた。
そしてアスカに立ち直る時間を与えずに、今度はシンジの方から組みついた。

アスカも女性としてはやや長身の部類に属するが、シンジの方がだいぶ背は高い。
相手のあばら骨を締めつけるには、彼女の身体を抱きかかえるように持ち上げなくてはならない。
シンジはそうした。

「シンジ君の逆襲だね。
 あえて彼女と同じ技を使うというのかい?
 それは芸が無いよ、いや、少し違うようだね」

あくまでそれは、必要にして最小限の力。
まるで彼女が壊れやすいガラス細工でできているかのようにそっと持ち上げ、
そして間髪入れずに彼女に顔を近付け、
その唇に、そっと触れた。

いや、訂正。
思いっきり触れた。
右手で彼女を優しく抱え、左手は彼女の頭をガッチリとホールドしている。

「ムグッ、ムッ、ムグググッ、ムムムンムン、ムー!」

アスカは何か叫んでいたが、唇にしっかりと吸いつかれていて声にはならない。
そのうちにシンジの舌までも彼女の口腔内に侵入してきた。

「ムッ、ムムム、ムーン、ムムン、ムムンムーン」

密着した互いの身体と身体。相手の体温を直に感じ取れる。
ドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動まで伝わってきそうだ。

彼女の頬に赤みがさしてきたのは、決して息が出来無くて苦しいからではない。
いつの間にか彼女は抵抗を止めていた。
むしろ積極的に、シンジの舌を受け入れ、自らも舌を絡ませる。

「うーん。ディープだね」

レイは返事をしない。
だが、意外な所から反応があった。

「大人のキスね」
「なかなかやるもんだ、シンジ君も」
「見ちゃおれへんで、センセ」
「あら〜、鈴原君は別に無理して見なくてもいいのよ」

いつの間にかカヲルの背後に彼らはいた。

「おや。ネルフの作戦部長にしてシンジ君の保護者、葛城ミサトさんじゃないですか」
「ミサト、で良いわ。作戦部長なんて肩書き、今は昔よ。もう忘れたわ。
 それに保護者として十分なことをしてやれたとも言い難いわね、今思うと」
「自覚してるんだな、その辺は。
 シンジ君に家事一切の面倒を見てもらっていたものな」
「うっさいわね」
「それに、そちらはあの有名な加持リョウジさんですね。
 ネルフ特殊監察部の所属にして、日本国政府内務省のスパイ、ゼーレの『鈴』」
「ほう。オレの事も知っているのか。それは光栄の至りだな」

カヲルは加持のおどけた言葉を無視して続けた。

「しかしてその実体は『日出ずる国より来た種馬』、でしたね」
「ず、随分と余計な事まで知っているんだな、君は」
「僕のいたネルフ・イングランドでも有名でしたからね。
 かつてはネルフ・ドイツの妙齢の女子職員全員を制覇したらしいですね」
「ほーう、それは初耳ね。詳しく教えてもらおうかしら」
「い、いや、葛城。すべては今は昔の物語だ。忘れた方がいい」
「なーに言ってんのよ、アンタは!」

カヲルはそんな二人の掛け合いを見て、また笑みを浮かべた。

「お前、ほんと意地の悪いやっちゃな」
「そうかい?
 僕は自分の思った事を口にしただけなんだけれどな」
「天然かい。なおさらたち悪いわ」
「そう言えば、君とは初めてじゃないね、鈴原トウジ君」
「お前、ほんとにあの『夢』にでてきた渚カヲルっちゅう奴かい」
「何故、君はアレを夢だと思うのかい?
 では何故これも夢ではないと言えるのかな?」
「どういうこっちゃ?」
「今、君が自分の身体だと思っているのは本当に君の身体なのかな?
 すべて君の精神が作り出した幻にすぎないってことだってあり得るさ。
 現実と夢。君はいったい、どうやってその区別を付けられるというんだい?」
「胡蝶が夢、だな」

ミサトの攻撃を口撃でふさがなければならなかった加持が、
その唇を彼女から離して横から話に加わった。
ちなみにシンジとアスカはまだ続いている。

「ふう。ちょっと、もう、やめてよね」

とか言いながらも、ミサトも服を直しながらやってくる。
(と言うことは、口撃だけじゃ終わらなかったってことですね)
次の瞬間には彼女の心の中で完全にモードが入れ替わっている。
女としての葛城ミサトから、仕事人としての葛城ミサトに。

「夢と現実の区別はつくわ。
 だって、夢の世界は閉じているもの。
 現実はそうじゃない」
「リアルな世界にしか真実は存在しない。
 だが、夢を見ている時にそれに気付くことはできないぞ、葛城」
「それもそうか。でも、『ここ』は、現実よね」
「間違いなくそうですよ、ミサトさん。
 でも、『この世界』で実体が意味を持たないのもまた事実。
 それはわかっているんでしょう、あなたなら」
「そうね。私やあなたにとっては、そうかもね。
 でも彼らにとっては違うわ」

そう言った彼女の視線の先には、固く抱き合っている二人の姿。

「そう。だからこそ、彼をここに連れてくる意味がある」
「たとえ仮染めの肉体に身を包んでいたとしてもね」
「なんや?やっぱりこの身体、ワイのもんやないんか?」
「ま、一言で言えば、そういうことになる。
 自分の中の心の声に耳を傾けてみるんだな」
「心の...?
 なんや、これは!?
 ああ、ほうか。これは....、エヴァ?」
「そう。君はまだエヴァの中にいるのさ。
 自らの心を持たぬエヴァでは肉体を維持できないんだ、この世界ではね」
「だから操縦者であるトウジ君、あなたの中に一体化してしまった。
 でも、そこに存在していることに変わりはないの。
 ただ、そう見えているだけで」

思わず右手をあげてニギニギしてみるトウジ。

「自分でもわからないほど完全にシンクロしているだけさ。
 だが、こういったことが何か違いを与えるわけじゃない。
 君は、君なのだからな」
「夢と現実の狭間の世界、
 心がすべてを形作る『魂のゆりかご』、
 黒き月の中心核にようこそ、鈴原トウジ君」

まだ戸惑いの表情が消えぬトウジに、あらためてカヲルがあいさつをした。

「あ、ああ」
「戸惑っているのかい?」
「ん。まあ、そやな」
「別に気にすることはないよ。
 さっき加持さんが言ったように、トウジ君はトウジ君なんだからね。
 それが最も大事なことだと思うよ」
「ああ」

その時、固まっていた二人の間にようやく動きがあった。

「ぷはぁー」
「はあぁーーーあ」

シンジがやっと彼女の唇を離すことに成功したのだ。
(ただし、離したのは唇だけである)
いつの間にか主導権をアスカに取り戻されていた。
たっぷりとシンジを味わったアスカが満足したように言った。

「バカシンジ、......」
「えっ、何?」
「もうアタシから離れてっ行っちゃ、ヤだからね。
 あんなこと、二度としちゃ、ダメだからね」
「えっ、でもあの場合、ああするしか...」
「たとえそれがアタシを助けるためだとしても、よ。
 もしアタシがシンジを置いて死んじゃったりしたら、どうする?」
「そんな!
 そんなのイヤだ」
「その後、平気で生きていける?」
「そんなわけないじゃないか」
「アタシだってそうよ。
 アンタが死ぬなんて、それもアタシの目の前で...。
 そんなの耐えられる訳ないじゃない」
「ゴメン、アスカ」

相変わらず、身体を密着させながらの会話が続く。

「約束して」
「えっ?」
「二人はいつも一緒にいるって。
 どんな時でも一緒にいるって」
「アスカ...」

アスカの視線はシンジを捉えて放さない。
シンジはその視線に応えるように、力強く言った。

「わかった、約束するよ」
「もっとはっきり言って」
「僕、碇シンジは、何があっても二度と惣流アスカを離しません。
 どんな時でも僕達はずっと一緒にいる事を誓います。
 これで、いいかい」

二人の心臓の鼓動がぴったりとシンクロしているのがわかった。
今、彼らの間を遮っているものは何もない。

「今の約束、忘れないでよ。
 もう、放さないんだからね、絶対。
 何があっても、どんな時でもよ。
 たとえ、インパクトが始まったって、一緒なんだからね」
「知っていたの、アスカ...インパクトの事...」
「当ったり前でしょ。アタシを誰だと思っているの。
 伊達に博士号を6個も持ってないわよ」
「6個って、1個増えてない?」
「仕事にでも打ち込んでいなきゃ、やっていられなかったのよ。
 アンタの事、忘れられるぐらい研究に没頭していたら、いつの間にか増えていたわ。
 でも、やっぱりそんな事はできなかった。忘れる事なんて...。
 いくら夢を見たくなくても、いつかは寝ないわけにはいかなかったし。
 コンビニ弁当を食べても、アンタの顔が頭に浮かんだわ。
 アイがいなかったら、アンタの後を追って自殺してたかも知れない」
「えっ、そんな!?」
「ホントよ。特に酷かったのは、地球に還ってきてすぐの頃かしら。
 10年前とは比べ物にならないくらい、精神的にまいってたもの。
 救命ポッドで独り生き残って、しまいに幻聴まで聞こえてきて...」
「幻聴?」
「死んだはずのミサトやリツコがアタシを呼ぶのよ。
 『みんなで一緒に行きましょう』って感じでね」

決してそれは幻聴などではなかったのだが....。
それと、『生きる』と『逝く』を聞き違えているし....。

「酸欠と精神的ショックの副産物ってとこかしらね。
 いつのまにか、心が10年前に戻っていたわ。
 ヒカリの事すらわかんなくなってたくらい。
 ま、変な使徒が現れてくれたおかげでなんとかなったんだけど...」
「変な使徒?」
「ええ。あ、使徒の仕業だってわかったのは後の事だけどね。
 夢の中にママやシンジがでてきてアタシを苛めたの。
 でも、変なのはそれから。
 もうダメ、耐えられない、って思ったらいつの間にかお花畑にいたわ。
 そこにシンジが出てきていつものようにやさしい声で、
 『大丈夫かい、アスカ』って慰めてくれたの。
 おかげで助かったけど、使徒って何考えてるか、わからないわ。
 精神攻撃したり、人の心を癒してくれたり」

そこで、シンジの頭の中で誰かが囁いた。

(そう。あの時突然いなくなったと思ったら、そんな事もしていたのね)
(えっ、やっぱり、マズかったかな)
(いいえ。別に問題ないわ)
(本当に?)
(ええ。あなたは彼女に会いたかったのね)
(ああ、そうかもしれない。
 あの時は、まだ覚悟が決まってなかったからね)
(今は、もういいの?)
(うん。もう大丈夫。
 こうして直にアスカにも会えた事だし)
(そう...)

どこか、寂しげに聞こえるレイの『声』。
だがシンジはそれには気付かなかった。

(では、あなたは何を悩んでいるの?)
(悩んでる?僕が?
 そう。そうだね。確かに悩んでる)
(彼女をどうしたらいいか、それで悩んでいるのね) (お見通しなんだね、僕の事)
(一緒に生きたいの?一緒に行きたいの?)
(わからない。そうしたい。でも...)
(でも、は許されないわ。
 彼女ははっきり言ったもの。
 碇君もそれにはっきり答えた)
(えっ?ああ、うん...)
(ココロを縛るモノ。ココロを繋ぐモノ。
 約束。それは絆)
(.....ありがとう、綾波)

そのやりとりはホンの一瞬の事である。
だが、そのホンのちょびっとの間でも気が逸れた事をアスカは見逃さなかった。

「どうしたの、シンジ?」
「ん、いや、なんでもないよ」
「ウソね。一瞬だけど、目を逸らしたもの。
 間違いないわ。他の女の事、考えてたでしょ」
(土器ッ) <-シンジです

恐るべしは女の勘か。

「図星ね。はっ、まさか...あの女じゃないでしょうね」
「あの女?」
「ファーストよ」
(ドキドキッ)

別にやましいことがあるわけではないが、何故か動揺してしまうシンジ。

「そう言えばアンタ、初号機に乗って現れたわよね。
 確か初号機には....。 
 何があったのか、説明してくれる?」
「え、ああ」

そう言って、シンジは自分が助かった経緯を話しだした。
気がついたら、いつの間にか初号機の中に居たことを。
それからずっと、自分が待っていた事を。
時が満ち、すべての準備が整うまでの間、待ちつづけていた事を。
初号機の中で、カヲルや綾波レイと話した事を。
アスカの危機を予見して、予定より少し早めに出てきてしまった事を。

「じゃ、ホントにファーストがそこにいるわけ?」
「うん、綾波はここにいるよ。
 それにカヲル君も....って、アレ?」
「何よ、どうしたの?」
「おかしいな、いないんだ」
「いない?誰が?」
「カヲル君が....。さっきまでそこにいた筈なのに...」

その時、隠れていた全員がパッと現れた。

「カヲル君!
 それに...みんな!」
「みんな?
 ミ、ミサト?
 それに加持さーん。
 ゲ、なんであんたまで」

全員にこやかに、シンジとアスカに手を振っていた。

「はーい」
「よう」
「おっす」
「やあ」









      *      *      *









ワルキューレから放たれた4本のロンギヌスの槍によって黒い月の結界がこじ開けられ、
そこに鈴原トウジの乗るエヴァ四号機が吸い込まれるように消えてしまってからもうだいぶ時間が経過していた。

「生命維持システム、レベルDで安定。問題は発見できず」
「火器管制システム、完全に制御下に戻りました」
「航法システム、セルフテスト終了。オールグリーンです」

その間、彼らは動きたくても動けない状況にいた。
何者かに全コンピュータシステムを乗っ取られていたためだ。
『彼女』が悪意を以ってそれをやったのでは無いことは承知していたが、
宇宙空間で安全を最優先するためにシステムの再チェックは必要な手続きだった。
ましてや、『彼女』がある意味でいい加減な性格をしていたことは、よく知っていた。
彼の親友の半ば愚痴まじりの話を聞かされて。
それが『家族』の証なのだとしても、命を賭ける気にはならない。

「これから私たち、どうなるのかしら?」
「さあね。どっちにしろ、なるようにしかならないさ」

不安の色を隠せない天城ミホの問いに彼はそう答えた。

「観測・調査システム、第3次チェックすべて終了。異常なし」
「目標、発見できません」
「エヴァ、全機応答なし」
「消えちまったか。エヴァ3機を懐に抱いて。
 もう我々の手の届かない所に行っちまったな。
 それで、地球の方は相変わらずか?」
「はい。依然、ATフィールドに包まれたままです」

すでにその状態が30分以上続いていた。

「ラグナロク計画か。しかし間に合うとは思っていなかったな。
 惑星規模のATフィールドが生んだ聖なる陽。
 黒き月、エヴァ初号機、そして、アダム。
 まさにドンピシャのタイミングだな。
 偶然?.....いや、必然か」

ワルキューレの乗組員達の中でただ一人、彼だけは知らされていた。
そして、そのためのワルキューレでもあった。
万が一の時の保険だよ、と出発前に青葉は言っていた。
『ラグナロク』作戦の陰にある『ユグドラシル』と呼ばれる裏計画。
ヒトが、人類の科学の力が、アダムを抑える事に失敗した時、
すなわちフォースインパクトが地球で起き、人類が地上から一掃された時、
ワルキューレは最後の砦となる。

艦の倉庫には、密かに収納され冷凍保存されているものがあった。
そのための施設とともに。
各地から集められた1万5千人分の雑多な遺伝情報の元。
エヴァによらない、もう一つの『方舟』計画。
『黄金樹(ユグドラシル)』計画。

それを、いつ乗組員達に公表するか、それもケンスケの抱えている難題の一つだった。
最悪の場合、地球がダメなら月か金星にコロニーを建設する、と言う、
無限のエネルギー源たるS2機関と十分な量の資材があれば理論上は不可能ではない、
しかし現実にたった12人で成し遂げるには荷が重すぎる課題、すら含まれていた。

その時、震動が艦を襲った。
と同時に、それまで動きのなかった地球の映像も変化した。

「なんだ?」
「ち、地球が...」
「輝きが...消えていく...」
「どっちだ。勝ったのか...、それとも負けたのか...」

状況が判明するまでに、しばらく時間がかかった。

「通信です。イカロス基地からです。
 無事です。人類は...生きてます!」

通信担当のオペレータの声は、震えていた。

「よっしゃ!」
「勝った。勝ったんだ!」

歓声が管制室を支配した。
涙を流して喜んでいる者もいる。
席を立ち上がって抱き合う者たちもいる。

  ふう。これであっちはなんとかなったか。
  帰るところがなくならなくて何よりだ。

そしてケンスケは、もう一つの、今は何も映っていない方のスクリーンを見つめた。

  あとはこっちを何とかするだけ、か。

とはいえ、虎の子のロンギヌスの槍もすべて使い果たした今、
彼にインパクトに干渉するだけの力はない。
事態を船の中で眺めていることしか彼にはできない。
そこで彼は、唯一彼にできることをした。
つまり、祈ったのである。

  トウジ、惣流、それにシンジ。
  後はお前達にまかせたぞ。









      *      *      *









「はーい」

赤いジャケットの下にネルフの制服でキリリと決めた葛城ミサト。

「よう」

ミサトとは対照的に、制服を少し着崩してとぼけた挨拶を返す加持リョウジ。

「おう」

トレードマークの黒ジャージに身を纏い、腕組みしながら応える鈴原トウジ。

「やあ」

14才の時のままの学生服で、アルカイックなスマイルと共に渚カヲル。

4人4様のスタイルで、彼らは再び現れた。

「そんな、みんな...。いつから....?」

そこで初めて、シンジは周りにいる者たちに気付いた。

「フフッ。シンちゃんが大人のキスを極めた処、かな」
「僕は最初からずっといたけどね」
「つまり大事なところは全部見逃さなかった、って事だな」
「不潔。不潔や、二人とも」
「えっ?」
「つまり大事なところも全部見えているぞ、って事だ」
「あらー、若いんだもの。それくらい、いいじゃない」

文字どおり『二人の間を遮っているもの(物質)は何もない』状態だった。
この仮想現実の世界では、ココロで意識しなければ衣服も存在しない。
互いの存在を感じることに夢中になっているうちに、邪魔な服が消えてしまうことはよくあることだ。
あわてて意識してプラグスーツで身を隠したところで、一つ疑問が思い浮かんだ。

「まったくみんな。ミサトさんはともかく、トウジや加持さんまで....って、
 あれ、なんで加持さんが?」
「わからないかい?」
「えーっと...、この感じは...!?
 アダム!」
「正解だ」
「じゃ、使ったんですか、アダムを?
 父さんと同じように...」
「まあ、そう言うことだな」
「なんのためにそんな事を...。
 相当、危険を伴うんでしょう?」
「まあな。確かに無傷、と言うわけには済まなかったな。
 なんのために、か?
 そうだな、『オレの中の真実』を確かめたかったから、かな」
「自分の中の...真実?」
「そうだ」

加持のその言葉に、ミサトが怒ったような反応をみせた。
あの日、あの留守番電話を聞いた日の事を思い出したのに違いない。

「バッカじゃないの、この男は。
 そんなもののために命まで掛けて、
 ヒトを心配させて....」
「その事は、すまなかった。
 だが、お前だってそうじゃないか。
 お前だってシンジ君のために自分の命を省みなかっただろ」
「だってシンジ君は家族じゃない。当たり前よ。
 あの時は、エヴァの中が一番安全だと思ったから...」
「それが、お前にとっての真実なんだよ、葛城。
 お前はそれを意識できずにすることができる。そういう人間なんだ。
 オレは違う。リッちゃんもそうだ。おそらくは碇司令も。
 いつも自分の中の真実を求めつづけていかなくちゃならないのさ」
「加持さんの言う『真実』って、ヒトによって違うものなんですか?」
「そうだな」
「そやけどな、真実ちゅうんがそんなぎょうさんあったらややこしいで。
 ホンマに正しいことはいつでも一つしかないのとちゃいますか?」
「実際に起きた事、事実、というのならば正しいモノは一つしかない。
 そして人間がそれを完全に知ることができたならば、真実もまた然り。
 だが現実にはヒトは事実をすべて、完全に知ることはできない。
 知ったこと、理解し得たことのみが、その人間にとっての真実を形作る。
 だから、真実がヒトによって違うのはあたりまえだ」

話しながら加持の視線は、トウジからシンジに移っていった。

「それが正しかったかどうか、それもわかるのはずっと後の事だ。
 時が移れば、自ずから真実と言う奴も姿を変える。
 だからその時その時で、正しいと思ったことをするしかない。
 しなかった事、できなかった事を後悔するぐらいならな」

そして最後に、ミサトと目があった。

「オレはかつて、ある事ができなくて後悔した事がある。
 あの頃はオレもまだ若くて、わかっていなかったんだな。
 それからは、同じ想いはすまい、と心に誓ったのさ。
 もちろん、それからだって後悔した事は何度もある。
 だが、前を向いて倒れるのは、後ろ向きに倒れるのよりはずっといい。
 それがわかった時にはもう遅すぎたけれどな」
「加持....」

そこで目を伏せたのはミサトの方だった。

「あの事は...、悪いのはワタシの方よ。
 逃げたのはワタシだもの」
「葛城....」
「そうね。あの事は人生で二番目くらいに後悔してるわ。
 一番目はお父さんとの事。
 加持とはあの後また会えたから...ね
 前の時みたいには、結局うまくいかなかったけど、ね」

そしてシンジの方に彼女は向き直った。

「昔、あなたに良く言ったわよね。
 『逃げちゃだめよ』って。
 『現実から、そして、自分から』って。
 あれは、ワタシの事でもあるの。
 私の人生も、逃げることの繰り返しだったわ」
「葛城...」
「その度に、激しく後悔した。自分がイヤになった。
 ネルフに入ってからもそう。
 使徒と戦えば、お父さんの仇を討てば、何か変えられると思った。
 でも、そうじゃなかった。
 シンジ君を引き取れば、家族になれば、何かできると思った。
 でも、何もできなかった」
「それはミサトだけのせいじゃないわ」
「と言うことは、やはり私のせいでもあるわけよね、アスカ」
「う....」
「どんな理由があろうと、苦しんでいるアナタ達を助けてやれなかったのは、事実だわ。
 もしこれが本当の家族だったら....」
「『家族ゲーム』。いつだかリッちゃんがそう評していたな」
「その的確にして容赦のない言い回し、リツコらしいわ。
 でもその通りよ」
「だが、そう言ったリッちゃんも、少し羨ましがっていたのかも知れない」
「えっ」
「家族なんて言うものに、こうじゃなきゃいけないなんて決まりはないんだ。
 互いの事を思いやる気持ちさえあれば、それでいいんじゃないか。
 それが、家族なんだ」
「さっきミサトさんだって言ったじゃないですか。
 僕の事を、『家族じゃない。当たり前よ』って。
 うれしかったです」
「シンジ君....」
「一応言っておくけど、アタシが家族って認めるのは、
 このバカシンジと、アイと、ユイさんとお義父さんと、
 ドイツのパパとママと弟と、もう一人のママと、
 それにミサト、あんただけなんだからね。
 感謝しなさいよ」
「アスカ....。
 ありがとう、二人とも」
「そんな。僕達、家族じゃないですか」
「遠慮することはないわよ、ミサト」
「ありがとう...本当に...二人とも...」

思わず涙がでそうになるミサトに追い打ちをかけるように加持が言った。

「良かったな、葛城。二人ともいい弟と妹になったじゃないか。
 お前達は立派な家族だよ。ゲームなんかじゃなくてな。
 ところでだな....、オレもそいつに加えてみる気はないか?」
「えっ???」
「家族の一員にオレも加えてみる気はないか、と訊いているんだ。
 お前がいつもオレの中に『お父さん』を求めていた事は知っているが、
 オレにはそうするつもりはない。
 兄貴、っていうのもちょっと願い下げだな。
 だが、それ以外の形でなら、お前の家族になってやりたい。
 いや、なりたいんだが、それでいいかい?」
「加持さん!それって...」

加持の言葉に反応したのはシンジだった。
ミサトには何の事を言っているのかすぐにはわからなかったようだ。

「18年前に、ああ、随分長いこと時間が経っちまったけど、
 18年前に言えなかった言葉を今こそ言うよ。
 葛城、愛してる。
 一生ついてきてくれ」
「バ、バカ加持が.....」

ミサトはそれしか言えない。
やっとこさ続きを絞り出したのは、しばらく経ってからのことである。

「こんなに...待たせて...、
 こんなになって...から...プロ...ポーズなんて...、
 どう...するつもり....よ...。
 もう...こんな時に...いきなり...」

心の底から湧き上がるモノを懸命になってこらえようとしているせいか、
その言葉もしばしば途切れがちになる。

「こんな時だからさ。
 今言っておかないと、あとで思いっ切り後悔する事になるからな。
 それで、葛城。あの、返事は?」
「バカ!」

返事の代わりは男に向かって投げ出された自らの身体。
それを優しく抱き留める加持。
そして交わされるキス。
ミサトの双眸からついにこぼれ落ちる涙。

シンジとアスカから祝福の歓声があがる。
もちろんそんなものは、今の二人には聞こえない。





いつの間にか、祝福の輪からはずれた所に立ってカヲルは呟いた。

「リリンはいいねぇ。
 ガラスの様に繊細でいて、それでいて、鋼鉄のように力強くもある。
 壁によって隔てられているから、その壁を越えることができると言うことか。
 やはり未来は彼らに与えられるべきなんだね」

その頭に直接語りかけてくる声。

(涙。泣いているの、あの人、葛城三佐)
「ああ。彼女は今、とても幸せなのさ。
 だから泣いている」
(そう。嬉しい時にもヒトは泣くのね。)
「まだ君にはヒトの感情がわからないのかい、リリス。
 それとも本当はわからないふりをしているだけなのかな、綾波レイ」
(何を言いたいの?)
「別に。だが、君ももう少し変わるべきだと思うよ」
(変わる?どうして?) 「君はリリスであると同時に綾波レイと言う一個のリリンでもある。
 君が君であるというその事に、理由なんかいらないさ」
(良く....わからない)
「そのうち時がくれば、わかる時がくるさ、君も。
 もし、僕達にもまだ時が許されるならば、の話だけどね」
(......。)









      *      *      *









地上に向けて穿たれた穴から淡いブルーの光が射しこんできたのも束の間、
震動と同時に一瞬の閃光が走り、ジオフロントは再び闇に閉ざされた。
地上の喧騒から完全に隔離された地下空間で男は立ち尽くしていた。

「....リツコ....君....」

男は小さく呟いた。
誰にも聞こえぬように。
男は決して涙を流さなかった。
それは、男のスタイルでは無かったから。
彼には彼のやり方があった。
ただ黙ってじっと立ち続け、
はるか天空を見あげていた。

ふと、間近に聞こえた足音で我に返った。

「あなた.....」

背後から彼女は男に抱きついてきて、その両腕が男の身体にしっかりと回された。
薄い制服の生地越しに、彼女の体温が男に伝わってきた。

「....ユイ」

男は彼女の行動に、応えた。

「終わりましたね、すべて」
「ああ」

本当のところ、すべてが終った訳では無い、まだ始まったばかりであることは、二人とも承知していた。
だが、確かに彼らにとっては終ったも同然だった。
手に入れた力を既に使い果たした彼らにとっては。

「最初のモノ、アダムは滅びた。
 これでもう、彼らの邪魔をする者はない」
「月は、黒い月はどうなりました?」
「消えてしまったよ、我々の手の届かない所に。
 死と再生の儀式は、もうすぐだ、ユイ。
 必要なモノはすべて揃っている。
 問題ない.....はずだ」

再び二人は黙り込んだ。
沈黙を破ったのは、今度は男の方だった。

「シンジは...、シンジはうまくやれるだろうか?」
「ええ、心配ないですわ」

少し間をあけてから、彼女は続けた。

「だって、シンジは私たちの子ですもの」

男は身体の向きを変え、彼女の顔を見つめ返した。
そして、他の誰にも見せたことがない表情を彼女に与えた。

「ああ。そうだったな、ユイ」
「ええ、そうですとも」

彼にならってユイも明るく笑って見せる。
この場はそうするべきなのだ。
行ってしまった彼女のためにも。
行こうとしている彼らのためにも。

二人は穴の真下に並んで立って、
黙って空をみつめていた。









      *      *      *









「あのー、ところで、リツコさんは?」

ようやく加持とミサトが一段落したところで、おずおずとシンジが聞いた。

「リツコぉ?彼女なら地球に残ったわ。
 なんかやり残したことがあるって」
「やり残したこと?」
「知らないわ。教えてくれなかったもの。
 案外、碇司令の所に行ってたりして。
 そんでユイさんに昔の事、洗いざらいぶちまけたりね」
「いや、葛城。お前の言う通りだ」
「えっ?でも、司令の居場所は....?」
「オレが教えた」
「って事は、会ったの、リツコに?」
「ああ。リリンの聖洞でな」

その言葉に真っ先に反応したのはカヲルだった。

「よく見つけましたね。あそこはゼーレでも知る者ぞ知る場所なのに」
「そこは『蛇の道は蛇』ってやつさ、渚カヲル君」
「では、あなたも見たんですね」
「ああ。見させていただいた」
「どう感じました?」
「そうだな。彼の、いや、彼女のかな、意思は確かに伝わってきたよ。
 なんと言うのかな。『変化』、いや、『可能性』かな」
「『未来』かしら。暖かい感じがしたわ」
「『キボウ』では?」
「ああ、そうかもしれないな」
「そうね」

カヲルは真面目な顔になって周囲を歩きながら話した。

「遥か昔、人類がまだこの地球に存在すらしなかった頃。
 僕達はこの世界にやってきた」
「この世界?」
「この宇宙、と言ってもいいよ。なんならね」
「ちゅう事は、別の宇宙から来た、ゆう事か、使徒は?」
「別の宇宙じゃないよ。単に宇宙の外って言うだけさ」
「またわからんようになってきたわ。
 宇宙の果てのさらにその外があるんか?」
「まあ、それもちょっと違うけれどね。
 そう思ってくれてもいいさ」

カヲルはトウジに笑いながら言った。

「外とか内と言うのは、そもそも空間を識別するための記号にすぎない。
 だから時間や空間の定義ができない世界では意味は持たないんだ。
 時間は重力の発生と同時に空間から分化した」
「ビッグバンだな」
「空間は、いつの間にかそこにあった、としか言いようがない。
 誰かの気まぐれで始まったようなものだからね、宇宙は」
「気まぐれ?量子的な揺らぎ、の間違いじゃないの?」
「ああ、そうとも言うね。だが、同じようなものじゃないか」
「全然違う。第一、科学的じゃないわ」
「細かい事にこだわるのは良くないことだよ、
 セカンドチルドレン、惣流アスカ=ラングレー君」
「細かくなんかない。
 それと、いちいちフルネームで呼ばないで。アスカでいいわ」
「じゃあ、アスカ君。
 あまり怒ってばかりだと、美容に良くないよ」
「大きなお世話よ」
「まあまあ、アスカ。ここは抑えて。
 とにかく、そうやってこの宇宙は誕生したのね。
 渚君。あなたはそれを見てきたの?」
「いいえ。別に見たわけじゃない。どんな意味の『見る』にしても。
 ただ『知っている』だけです」
「とにかく、ガモフ以来のビッグバン宇宙論は正しかった、と言うわけね。
 大筋としては」

ジョージ・ガモフ(1904〜1968)、ロシア生まれのアメリカの理論物理学者である。
彼が最初にビッグバン理論を提唱した時、誰もそれを信じなかった。
だがその後、彼の理論はインフレーション仮説や大統一理論を巻き込み、
証明こそされていないが有力な学説として確立し、現代に至っている。

「まあ少なくとも始まりに関してはね」
「終り方は違うと言うのかい。確か色んな説があった筈だが」
「そうね。前世紀のホーキングを筆頭に、諸説入り乱れているわね」
「僕は予言者じゃないからね。
 どんな物理理論を用いても、未来を正確に予測することは不可能さ」
「因果律ってものがあるぞ。
 原理的には未来は計算可能なんじゃないのかい?」
「そんなもの、前世紀の70年代にとっくに否定されているわ。
 量子レベルでは未来はつねに不確定だって事は証明済みなのよ。
 もちろん、量子論に関しても統計的予測は依然として有効だけど、
 宇宙を方程式で表わそうなんてしても、カオスの渦に飲み込まれるだけよ」
「『ラプラスの魔』は現実には存在しないか。
 そして、使徒も例外ではない」
「そう言うことです」
「それで、結局何が言いたいわけ?」

逸れそうになった話をアスカが強引に戻す。

「使徒がこの宇宙の産物でない、ってとこまで進んでたわよね。
 そして、石器時代より遥かに昔ここにやってきた、って」
「正確に言えば、使徒ではなく、リリスが、だけどね。
 それはこの黒き月にしてもそうさ。
 そして、君達がS2機関と呼んでいるもの。アレもそうだ」
「ATフィールドは?」
「あれはこの世界に元からあったもの、万有斥力だよ。
 すべてのモノが持っている、自分と違うモノに反発する力。
 一つ一つは極めて弱いものだけれどね、集まれば大きな力になる。
 何故、この宇宙には反物質が存在しないのか、考えたことはないのかい?」
「量子対称性の崩れ、か」

その程度の知識は、加持も何かで読んだことがある。

「万有斥力....。ハッブル定数も...」
「よく知っているね。さすがは惣流博士...アスカ君」

ジロッと一睨みされて、カヲルはあわてていいなおした。

「でも、証明はされていないわ」
「その必要はないさ。宇宙が膨張し続けるのは事実なのだから。
 この作用にはミクロもマクロも、例外はないんだ」
「ヒトも...」

そう呟いたのはシンジ。

「君達にはリリンの血が流れているからね。
 遺伝子...DNAと言うんだったかな?」
「ヒトと使徒の遺伝情報は99.89%が一致している....」

かつて赤木リツコ博士が第4使徒の残骸を前に言った言葉をミサトが復唱した。
それに応えたのはまたも加持リョウジ。

「構成物質が違えば、形態が違ってくるのは考えられることだ。
 それに、大半を占めるジャンク遺伝子の機能は未だにわかっていない」
「そう言うこと...か」
「一言で言えば、遺伝子を、情報を喰う化け物だ、と言うことだな、使徒は」
「情報を喰う?寄生するってこと?」
「同じことだ」
「違いますよ。それに化け物とはヒドイ。
 あなただってもう、同じ使徒なのに。
 そうでしょ、『唯一』のアダム」
「それにも気付いていたか」
「わかるんですよ」

何を言っているのかわからなくなったアスカが訊いた。

「どういうことよ。何を言ってるの?
 加持さんが唯一のアダムって...」
「リッちゃんは碇司令の元に行った。
 そして碇司令はジオフロントの最深部にいた」
「父さんが?そんな所で何をやって....」
「わからないかい?
 戦うためさ」
「「「「戦う?」」」」

全員の言葉が重なった。

「ああ。そうだ。」
「でも、誰と?」
「最初の使徒、アダムとだ」
「そんな。無茶だよ。オリジナルのアダムと戦うなんて」
「無茶は承知だったろうな、君のお父さんは。
 だが、戦わなければ人類に未来はない。
 それは、マヤちゃんや青葉君、日向君も同じだ」
「でも、勝てる訳ないじゃない、エヴァもなしで...」

ミサトの悲観的言葉に反対したのはアスカ。

「そんなの、やってみなければわからないわ。
 アダムのATフィールドだって無敵じゃない。
 人類にだって、戦う武器がないわけじゃない」

ATフィールド発生装置の製造法を日向に教えたのは彼女なのだ。
まさか、それがアダムと戦うためだとは気付かなかったが。

「だからリッちゃんは行ったのさ」
「それで、どうなったの?まだ戦っているの?」
「いや、アダムは消えたよ。プシュッとね」
「勝ったの、人類が?」

一拍おいて答えた加持の表情は真剣だった。

「いや、まだだ。その結論はこれからでる。
 今、この場所で...」







次話予告



「何よ、24話で終りじゃなかったの?」
「話が長くなったから、25話に続くそうよ」
「また?話が長くなって構成を変更するの、確か二回目じゃない?」
「『1MB近い長編の連載だ。シナリオにないことも起きる』ですって」
「予告とタイトルも違ってるし」
「『誤報だ、委員会にはそう伝えろ』って」
「委員会って何よ」
「知らないわ。多分、私、3人目だと思うから」



 次回、今度こそ最終回!!


   「エヴァよ、永遠に」



『♪だ〜れ〜よ〜りも光をはな〜つ、
  しょ〜お〜ね〜んよ、神話にな〜れっ!』






第二十五話 を読む

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