Star Children 第三部

「Final Impact」(9)

by しもじ  







6つのヒトの姿をしたモノが、何もない空間の中に浮かんでいた。

「勝ったの、人類が?」

そのうちの一人、葛城ミサトは訊いた。
つい先程まではるか地球で起きていたと言う戦い。
ここにいるモノ達は、それぞれに大きくそれに関わっていた。

「いや、まだだ。その結論はこれからでる。
 今、この場所で...」

彼女の問いに一拍おいて答えた加持の表情は真剣だった。

「フォースインパクト....そういうことね」

さらに続けたミサトのそれは質問ではなく、確認だった。
ここにいるモノ達は皆、それを知っていたから。

闇の中、彼等を静寂が包み込んだ。
これから起こること、起こすことに思いを至らせ、
それぞれが自らのココロの中に沈みこんだ。





























第25話

プロジェクト・ノア
「方舟計画」





























「さあ、トットとやることやって帰りましょうよ。
 こんな所にいつまでもグズグズしていないで」

両手を腰に当てたいつものポーズで、勇ましく言い放ったのは彼女、
惣流アスカ・ラングレーだった。
それに対し反問の声がすぐにあがった。

「やることって言ったってね、アスカ。
 アナタはそれがどういう事かわかって言っているの?」
「もちろんよ」

アスカは即答する。

「革新よ。
 ヒトの、そしてイノチの、ね」
「革新、ね」

ミサトの、その言葉と態度には不信と嫌悪の響きがありありとしていた。

「人は変わるべきなのよ。
 いえ、変わらなくてはいけないのよ」

一方、アスカの言葉から感じられるのは自らの誇りを賭けた確信。

「『進化』=『エヴォリューション』ではなく、『レヴォリューション』。
 すなわち革新。
 進化の袋小路、そこにまで行き着いてしまった人類が
 未来を手に入れるための唯一の手段」

だがその程度の言葉ではミサトの態度は変わらない。

「ダメね。それは認められないわ」
「どうして!?
 これはチャンスでもあるのよ。
 知恵と力、その両方を手に入れた時、
 人の文明は宇宙に向けてさらなる発展が約束される。
 まさに大逆転の機会だわ。
 唯一の、そして最後のね」
「そのための手段が、人の革新、すなわち人工進化、だと言うの?」

ミサトはいきなり核心に切込んだ。

「ふん。なんだ、ミサトも知ってるんじゃない。
 そうよ。その通りよ。
 生物は常に環境に適応しつづけることで子孫を残してきた。
 時には過酷ともいえるような悪環境にも耐えてね。
 適応と進化。それが自然界の掟。
 だから今度はそれを人工的にやろうと言うだけじゃない。
 ただ偶然による変異を待っていたのでは間に合わないのだから。
 そのどこが悪いのよ」

アスカは逆にミサトに問い返す。

「あまりにも急激すぎる変化は、常に大きすぎる犠牲を伴うものよ。
 それを知らないあなたではないでしょ?」

ミサトは一見、見当違いにも聞こえる答を返した。
だが勿論、事情のわかっている人間にはその意味は通じる。

「失う事を怖れていては、先に進むことはできないわ」
「進歩に犠牲はつきもの、って事?
 他人の命で未来を贖おうと言うの?」

アスカの返答にミサトはさらに突っ込む。

「ちがう。自らの命を賭けて、未来を勝ち取ろうと言うのよ。
 インパクトによって得られる力を利用してね。
 ATフィールドを弱めれば、人は生き残れるかもしれないけど知恵を失う。
 だから結局、文明を持続させることは不可能だわ。
 残るのは今のフィールドを維持し、文明も維持し続けるために人が変わること。
 強くなるしか、そのための力を手に入れるしかないの」
「それがあなたの、そしてネオゼーレの言う、革新ね。
 現在の人間と言う肉の器を捨て、より強固な新たな身体を手に入れる事。
 ヒトの革新、すなわち人造人間エヴァンゲリオン」
「そうよ。ヒトとしての魂を維持したままでね。
 ヒトのヒトたる所以は肉体にはあらず、その精神活動にあるわ。
 だからあくまでも、ヒトのままでそれをなしとげようと言うのよ。
 その何処が悪いのよ」

アスカは強烈に反駁した。
だがミサトも怯まずに言い返す。

「そのためには如何なる犠牲も省みようとしないその姿勢よ。
 一体どれだけの命がその過程で失われると思ってるの。
 いくら科学が進歩したか知らないけど、人類全員が適格者になれるわけないのよ。
 せいぜい3割。いえ、下手をすれば1割にも満たないかもしれないわ。
 それぐらいのこと、わかってないわけじゃないんでしょ?
 それともあなた達の護ろうとしている人類の文明って言うのは、
 選ばれたモノ以外は生き残る価値が無い世界の事なのかしら?」

痛烈なミサトの一言。

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

アスカの声が一段と高くなった。

「黙ってこのまま世界が滅ぶのを指を咥えて見ていろっていうの?
 他に方法があったらとっくにやっているわよ。
 アタシだって、セイラだって、好き好んで選んだわけじゃない!」

そこまで一息で言い切ってしまい気が落ち着いたのか、音量が少し下がる。
だが、放たれる言葉に込められた力はいささかも落ちることはない。

「ATフィールドは宇宙の物理法則、第5の力、万有斥力。
 その力によって、このままじゃ人類は滅びてしまうのよ。
 生き残るために適応しようとするのは当然じゃない。
 例え半数、いえ一割しか生き残れないとしても滅亡するわけじゃない。
 そして生き残ることでしか勝利は、未来は得られないのよ!」
「だからと言って...」
「もういいわ!
 これ以上ミサトに理解してもらおうとは思わない。
 誰も協力してくれないのなら、私一人でやる!」

プンッっと、音を立ててアスカの姿が消えた。

「あ、アスカッ!」

直後、シンジの姿も後を追うように消えてなくなった。









「いいんでっか?
 センセと惣流、いっちまったで」

しばらく後、トウジがおずおずと口を開いた。

「まあ、いいんじゃないか。
 しばらくすれば帰ってくるさ」
「そうね。どうせアスカ一人じゃインパクトは起こせないし」
「エヴァ。すなわちアダムの化身。
 死と再生の儀式には、アダムとリリス、その両方が必要だからな。
 創造的破壊を司る万物の母、リリス。
 そして破壊的創造の力の象徴たる父なるアダム。
 どちらか一方だけでは目的は果たせない」

加持の説明に、トウジは冷静に指摘する。

「それは惣流かて先刻承知やろ。
 彼女の後を追って、センセも一緒に行ったんやで」
「シンジ君は大丈夫さ。
 まだ、ここに彼が残っているのが何よりの証拠だ」

そう言って、カヲルを指し示す。

「まだ始める気はないって事だ。
 仮に何かあったとしても、それからでも遅くはない」

自信たっぷりに加持は断言する。









「シンジ!」

シンジが飛び出した瞬間、待ち構えていた様にアスカが飛びついてきた。

「あ、アスカぁ」
「やっぱり来てくれると思ってた。
 あの時の様に」

十一年前、あれはユニゾンの特訓の時の事だった。
家を飛び出したアスカを、コンビニまで追ってきてくれたのは。

「アスカ」

困ったように、シンジは彼女の名前を呟く。
感情的になって飛び出した、と思ったのが、彼女は意外と冷静に見える。
シンジが戸惑っていると、彼女が解説を始めてくれた。

「わかってるわ。ああは言ったものの、一人じゃ何もできないってことぐらい。
 実際、金星についた時に一度やってみたりもしたしね。
 だから、こうすれば、アンタも必ずついてくるってわかってたから、
 そうすれば、二人で始められるから、
 だからそうしたの」
「お、お芝居、って事?」
「まあ半分は、ってとこね。
 本当に感情的になっていたのも事実よ。
 でも、それに流されずコントロールできる分だけ大人になった、と言うことなのかしらね。
 あの手の議論になったら理性的説得なんか通用しないんだから。
 一々構ってたら、人類はその間に滅びちゃうに決まってる」

アスカは憤懣やるかたない、と言った表情で付け加えた。

「まったくミサトと言い、青葉といい、何でああなのかしら。
 理性的になれば、他に方法は無いってわかっているはずなのに」
「しかたないさ、ヒトはそういう生き物なんだ。
 理性だけじゃ生きていけない。
 そう言った感情があって初めてヒトなんだ。
 優しさとか、愛情とか、そう言ったモノがね」
「でも...」
「アスカの言う事はわかっているよ。
 どんな犠牲を払っても、ヒトは生き続けなきゃいけないんだってね。
 そのためのヒトの革新であり、エヴァンゲリオンなんだってね」
「なら...」
「でも、その手段を採った瞬間、ヒトはヒトでなくなるんだ」

その言葉にハッとしたようにアスカが顔を上げ、シンジの瞳を見つめた。

「ヒトがヒトで在りつづけるために大切なものを手放してしまったら、
 たとえ生きていても、心を失ってしまったら、それじゃダメなんだ」

『ヒトは、ヒトとして生き、ヒトとして滅ぶ宿命にあるのさ』
シンジにはそう歌うように言うカヲルの声が聞こえそうな気がした。

『ヒトの世界は、矛盾と哀しみに満ちているね』
ここにはいないはずのカヲルの声は、なぜかアスカの心の中にも響いていた。









「せやけどミサトはん。
 惣流の言う事に反対反対言うとるのはええんやけどな。
 このまま行っとったら、惣流の言う通り、世界は滅びんのとちゃいますか?」
「そうよ。その通りよ」
「なして滅びんのかは、ワイには難しゅうてようわからんかったけど、
 その態度もなんか無責任やと違いまっか?」
「反対するなら代案を示せ、って言う事ね」
「そうや。あるんでっか?」
「残念だけど、無いわ」

サラッと、ミサトは言い切った。









絡ませていた視線を落として、アスカはふうっと一息溜め息をついた。
張りつめていた緊張の糸がようやくにして切れたようだった。
心のどこかではわかっていたのかもしれない。こうなることが。

「つまり、シンジも反対、と言うわけね」

そう言ったその言葉には、諦めよりも、むしろ安心感の方が強く感じられた。
自らの、そして唯一と信じていた計画が否定されたにもかかわらず。

「ゴメン」
「何度注意しても変わらないわね、そう言うトコ。
 何でアンタがあやまる事があるの?
 別に悪いとは思っていないんでしょ。正しいことを言ってるんだから」
「ゴメン」
「またそうやってあやまる。
 あやまれば許してもらえるなんて思ってるとしたら、甘いんだからね」

それは、彼の瞳の中に何かを見つけることができたから。
それは、言葉で現すならば、キボウ、と言う名の一筋の光。
そしてアスカはニヤリ、と笑う。

「えっ!?」

思わずシンジは声をあげ、1、2歩、後ずさった。










「ほしたら...」

無い、と言い切ったミサトに、トウジは言葉が継げない。
だがミサトは少しも気にすることなく後を続けた。

「私には、ね。
 でも、あるところにはあるモノよ。
 そうでしょ、加持」

その一言で、全員の目はたった一人の男に向けられた。

「おいおい。そこでなんで俺に振るんだ?」

突然の振りに、慌てた様に男は答えるが、
ミサトは少しも気にする素振りすら見せずに決めつけた。

「あるんでしょ、加持」
「いや、まあ、なんだ...。
 だが、それなら葛城が説明すればいいじゃないか」
「だから言ったでしょ。アタシは知らないって」
「おいおい、知らないって....」

ミサトはトンでもなく無責任なことを平気な顔をして言った。

「じゃあ、なんなんだよ、お前のその態度は。
 自信満々じゃないか。
 いかにも全部知っますって言う口ぶりだぞ、それは」
「長い付き合いだもの、アンタとは。
 いくらとぼけようとしたって、見てれば自然とわかるわ」

加持は顎を軽くさすった。

「やれやれ。どうやら葛城に隠しごとはできないみたいだな」
「あんたは自分から進んでここに飛び込んだ。わざわざ私を連れて。
 あんたが何の考えもなく行動する人間じゃない事ぐらい、よくわかってる」
「そこらへんは葛城とは違うからな」

何も考えずに、反射的にトウジを飛び込ませたミサトとは大違いである。

「うっさいわね。
 だいたい、そういった態度に余裕がありすぎんのよね。
 とにかく、これは何かあるってピンと来るわ、誰でもね」

しかしそれだけの根拠で、普通そこまで確信できるものなのだろうか。
事は人類の未来が関わってくる大問題なのだ。
それだけ自分が信頼されているって事なのか、
あるいは単に、例の彼女の特性の表れに過ぎないのか、
(いわゆる『ズボラでガサつでいい加減』ってやつだ)
加持としても判断に苦しむ場面ではある。

「その通りなんでっか、加持さん。
 ホントに方法が他にあるんでっか?」
「まあ、な。確かにそれはある。
 と言っても、オレがそれを考え出したわけじゃない。
 オリジナルの人類補完計画。
 それが、人類を救う、オレの切り札だ」









「それだけじゃ許すわけにはいかない、って言ってんのよ、バカシンジ」

不敵な笑みを浮かべたアスカはシンジに迫る。

「さあ、洗いざらい白状しなさい。
 アンタの事なんて、お見通しなんだからね、このアスカ様には。
 アンタはミサトとは違う。
 性格から行動から、何もかもね。
 ただ感情的に反対しているわけじゃないわよね。
 何か自分の考えがあるんでしょ。
 だからアタシにもそうやって反対できるんじゃないの」

アスカがズバリと指摘した。

「う、うん」
「じゃあ、ここで話しなさい。
 いいこと、夫婦の間で隠しごとは無しよ」
「う、うん」

そして、シンジはずっと温めてきた自分の考えを話しはじめた









そして、加持は淡々と話しはじめた。

「人類補完計画は初めから一つの計画ではなかった。
 複数のシナリオが存在し、並行して進められていた。
 そして、その一つがゼーレによって実行された」
「それが、サードインパクト」

ミサトが口をはさむ。

「種としての人類の限界を越え、一つの完結した個として生まれ変わる事。
 つまり、それはヒトが自ら神になる、そのための計画」
「群体であることを止め、一人一人が自分だけの世界に生きるようになれば、
 ATフィールドは限りない未来を約束してくれる。
 だがそのためには、君達はヒトとしての殻を捨てていかねばならなかった。
 物理的にも、精神的にも、何もかもね」

ミサトの次は、カヲルが口をはさむ。

「だが、結果、この人類補完計画は失敗におわった」
「シンジ君の決断のおかげね」
「結果だけ見ればそう言う事だが、他の誰かを憑代に選んでいても結果は同じだっただろう。
 ヒトが一人で生きていくなんて、土台、無理な話だったんだ。
 ヒトのココロは、そういう風にはできていない」

そう言って、加持は言葉を切って全員を見回した。
加持のその認識に反対するものは、少なくともココにはいなかった。

「さて、実際に実行された人類補完計画が表で準備されていた頃、
 碇司令と冬月副司令は別の計画を密かに進めていた」
「でも、それは...」
「そう。それこそ正に、ネオゼーレの補完計画だ。
 実行手段や、細かい点で色々と違いはあるけれど基本的なシナリオは完全に同じものだ。
 リリスのアンチATフィールドの発動により魂の海にまでヒトを一旦還元し、
 自発的復元の際にエヴァの因子をヒトの遺伝子に取り込ませる。
 そしてヒトは『革新』する。
 彼らがやろうとしたのは、アスカがやろうとしてるのは、
 つまり、そう言う事だ」

再び間を置いて、それから続けた。

「ゼーレの進めていた表の計画。そして碇司令の裏計画。
 これが人類補完計画のすべてである、皆がそう信じている」
「そうじゃないの?
 インパクトの後に、マギのデータは全てサルベージされたわ。
 公開はされなかったけど、私はそれを全部のぞき見ることができた。
 リツコのおかげでね。
 それによれば他にも数多のアイディアが何度も何度も検討されたけれど、
 その中から実際に実行可能な計画は一切浮かび上がってこなかった筈よ」
「それは事実だ」
「じゃあ、どういうことよ」
「それも当然のことなのさ。
 何しろマギの記録は2010年、ネルフ創立の時に始まっているんだからな。
 言っただろ、オリジナルの補完計画だって。
 この計画、プロト・マギよりも先に生まれて、マギの完成前に終わった」
「終わった?」
「封印したのさ、碇司令が。
 これでは彼の望みを達成することは叶わないとわかっていたからね」

碇ゲンドウが望んだこと。それは再びユイと生きて交わること。

「それに実際上の問題もあった。
 なにより発案者が消えてしまったからね。
 すべての秘密を抱えて。
 この計画は、まさに彼女の独創によるものだった」
「消えた?死んだって事?
 彼女って...?」
「文字通り消えたのさ。エヴァの中に」
「!」

ミサトはチラっとシンジの方を見ようとして気がついた。
今、その場所に彼はいない事に。
いたら今、どんな反応を示していただろうか。
その事件は相当なトラウマを少年の心に残した筈だ。
そして少年はその後、何年もそれを抱えて生きていかなければならなかった。

「ユイさん、か」
「そう。そして他に計画を知るものは碇司令のみ。
 何度も試みたサルベージは失敗し、ユイさんは帰ってこなかった。
 そして計画は封印され、新しい人類補完計画に取って代わられたのさ」

少し間を置いて、加持は続けた。

「計画は彼らの頭の中にだけ存在し、文書にも残っていなかった。
 もっとも、ゼーレの老人達も計画の名前くらいは掴んでいたようだがな。
 それにしても、その具体的な中身までは知りうべくも無い」
「じゃあ、どうして加持はんにはわかったんでっか?」

トウジの問いに、加持はさらっと答えた。

「蛇の道は蛇。オレに調べられないことなどないさ、と言いたいところだがね。
 実際は、碇司令本人がオレに教えてくれたのさ」
「碇司令が?」
「そう。アダムとの最終決戦を控え、俺に教えてくれた。
 旧本部の地下の隠し部屋に籠っていた彼に会いに言った時にね」

ゲンドウが積極的に教えてくれた、という訳ではない。
だが、加持はそれを詳細にわたって知る事ができた。
それは、加持の使徒としての力がゲンドウに優っていたと言う事なのか、
ゲンドウが加持に伝えるために障壁を抑えていた、と言う事なのか。

「それがN計画、すなわちプロジェクト・ノア。
 またの名を『方舟計画』とも言われるオリジナルの人類補完計画だ」









「アンタ、ずーっとこんな事を考えていたのね?」

それは質問ではなく単なる確認だった。
シンジは黙って首肯した。
アスカの目が怒りに燃えていることは彼にもわかった。

「いつから?」
「うーん。考えはじめたのはサードインパクトの時、かな」
「つまり、11年も前ってことね」
「うん」
「それからずっと、私にも黙ってたのね」
「うん、まあ...、その...」
「私にも黙って、ずっと一人で考え続けてたのね」
「う、うん。だけどそれは...」
「男だったらグズグズ言い訳しないの」
「じゃあ、その...、ゴメン」
「今度はそうやって謝って誤魔化そうとする」
「でも、アスカが言い訳するなって...
 謝るしかないじゃないか。アスカに黙ってたのは事実なんだし...
 それでこうやってアスカを怒らせちゃったんだから...」
「はぁ。だからアンタは...。
 もう。アンタは自分で考えて、正しいと思った事をしたんでしょ。
 正しいと思ったから、アタシの事を考えてくれたから、ずっと黙っていたんでしょ。
 何でそれをアンタは謝ろうとするわけ?」
「.....。」
「アタシは別にアンタに怒っているんじゃないの。
 アンタは正しい事をした。アタシだって、きっと同じことをしたわ。
 だからその事を怒るのは筋違いよ。いえ、それよりもシンジの事、誇りに思うわ。
 もし、アタシが怒っている様に見えるとしたら、それは別の事よ」
「別って?」
「アタシのプライドの問題って事。アタシはアタシに怒っているの。
 アンタのそんな様子に全然気が付かなかった事にね。
 それにアンタの役にもまったく立てなかった。
 ううん、逆に足を引っ張ってたのかもしれないわ。
 このアスカ様ともあろう者がね」
「そんなことはないよ。
 アスカがいなかったら僕は...」
「ありがと。でもそう言ったことは、もうどうでもいいの」

そう言ったアスカの表情からは、もう怒りの色は消えていた。
逆に、面白がるような表情が今は浮かんでいた。









「方舟計画。プロジェクト・ノア、ね」

思いも寄らぬモノが出てきた事で、ミサトは小さく呟いた。

「どんな方舟なのかしらね。
 聖書にあるように、男女一組しか救えないんじゃ意味は無いわよね」
「幸いにして、そうではない。
 この方舟には乗客を好きなだけ乗せられる。
 たとえ人類全員だとしても、問題はないさ」
「巨大宇宙船?
 恒星間植民船の様なものなのかしら?」

そうしてミサトは推測を口にする。

「そやけど、そんなモン、大きさには限度っちゅうモンがあるわい。
 S2機関を使うにしてもや、いろいろと面倒な制約だってあるんやろし、
 全人類を乗せられる船なんて造れるわけあらへん」
「巨大な精子・卵子バンクならどうかしら?
 これなら必要なスペースもそんなに大きくはないわ。
 そうでしょ、加持」
「黄金樹(ユグドラシル)作戦、か?」

加持はこの極秘作戦の事も知っていた。
だが、それにも首を振りながら答えた。

「惜しいな。でもかなり近い」
「たとえそれがどんなものであるにしろ、今から造ってたんでは間に合わないわね」

なかなか答を言わない加持に焦れながら、結局、否定的な見解に落ち着いてしまう。

「これから造るんじゃない。
 もう既に人類は方舟を手に入れている」
「そんな話、聞いたこともないわ」
「まあ、そうだろうな。
 聖書の方舟は木で出来た大きな船だったが、
 現代の方舟はそんなハードウェアには頼らない。
 船、というイメージは捨てた方がいい。
 単なる象徴に過ぎない」

それでもまだ、加持は直截的な返答を避けて答える。

「ちょっと。いい加減に教えなさいよ。
 いつまでももったいぶってないで」

焦らすのもここら辺が限界かな。
もう少しお楽しみの時間を取っておきたかったんだが...
ま、後が怖いからな。

そんな事を考えながら、仕方がない、という風に加持は肩をすくめて、

「そうがっつくなよ、葛城。
 この計画は本当に独創的なアイディアなんだぜ。
 キーワードは...」

そこで意味ありげに間を入れ、全員の顔を見回す。

「バーチャルリアリティ。つまり仮想現実って奴だ」









「しっかし、よくもこんな事、思いついたもんね。
 あのミサトでさえ、こんな作戦、考えたりはしなかったわよ」
「そ、そうかな」
「そうよ。大体、発想がまともじゃない。
 ホントにできると思ってるの?」
「で、できるさ」

胸を張ってシンジは答える。
まあ、それが半ば虚勢であることはシンジも認めざるを得ない所だが、
男として、それをアスカに見透かされるのはイヤだった。

「ふーん。ま、それでもいいけどね」

そのシンジに、しっかり見透かしているようにアスカは応じた。

「何事もやってみなけりゃわからない、って事はあるし。
 『為せば成る、為さねば成らぬ』て言葉もあるしね」

最近はあまり難しいことわざの使い方を間違えなくなってきたアスカである。

「この際、『当たって砕けろ!』ってのもいいかもね」
「う、うん....」

あんまり砕けたくはないんだけどな、と思いながらシンジは頷いた。









「本当にそんな事ができるの?」

加持の説明を受けて、ミサトが訊いた。

「ヒトの心を完璧にデジタル化する事なんかできないって、リツコは言っていたわ。
 たとえできたように見えても、それは良くできたまがい物、フェイクに過ぎないって」
「ダミープラグか?」
「そうよ」
「リッちゃんのその言葉は間違ってはいないが、同時に完全でもない。
 頭につく枕詞が抜けているからな」
「何よ、枕詞って?」
「人類の技術では、ってやつさ。
 『今の』って言葉も入れておいた方がいいのかもしれないが。
 可能性と言う範囲においてはそれは前世紀の中ごろには既にわかっていた事だ。
 デジタル化には常に量子化に伴う誤差がつきまとうが、
 不確定性限界を越えてデジタル化できればそれは単に統計の問題に過ぎなくなる。
 つまり完全なデジタル化は理論上は不可能ではない、ということだ」
「じゃあどうしてリツコは...」
「もちろん、容量の問題さ。演算速度の問題でもある。
 かつて人類が生み出した最高の人工知能と言われたスーパーコンピューター、
 マギをもってしても、それは容易なことではなかったんだ。
 あれだって、象徴化されたヒトの意識に過ぎない。
 赤木ナオコと言うヒトの持つ、三つの側面に投影された単純な意識。
 ましてダミープラグに、そんな事ができるわけはないだろ。
 エヴァに『ヒトの心の様なモノ』を認識させるのがダミープラグの目的だ。
 だからアレはアレで良かったんだ。いや、良くなかったんだが...」

だから初号機はその力を解放し、攻撃本能に身を任せ、参号機を蹂躙した。

「じゃあ、できるのね」
「できるさ。エヴァの力があればな。
 仮想現実だろうと何だろうと、ヒトの心は変わりはしない。
 そして信じることさえできれば、繋がりは消えたりしないさ。
 だからヒトはエヴァの中でも生きていける。
 ユイ夫人は自らそれを実証した」
「アレは事故ですよ、加持さん」

カヲルが冷静に指摘した。

「知っているよ。だが事実には変わりない。
 彼女はその事を知っている。そしてお前もだ、葛城。
 お前やリッちゃんの今ある姿、それが身を持って示しているじゃないか。
 エヴァの中にココロの世界を造りだす事は決して不可能ではない」
「仮想現実、なぁ〜。いまいち実感がわかへんなぁ〜」

トウジが再び心配そうに言う。

「心配することはない。良くできた仮想世界は、現実と区別することは難しい。
 前にも言ったと思うが、ここだってそうなんだ」
「それはわかっとるんやが....」

今でも完全に納得したとは言い難い。
まだエヴァに乗ったままであることは頭ではわかっていても、
確かにこの世界にはそれらしい現実感があった。
まさに実際に目の前に加持やミサトがいて話をしているような。

「それは実感が湧かないぐらいこの世界が真に迫っていると言う事さ。
 もちろん、背景やなんかはいくらでも作り替える事ができる。
 それは、心と身体に確かな質感を与えることに比べたら、遥かに容易なことだからな。
 うまくいけばインパクトが起きても誰にも気づかれはしない。
 朝起きてみたら、いきなり仮想現実の中に移住しているって寸法だ。
 そして勿論、すべてはうまくいくさ」
「地球そのものを、エヴァの中に再現しようというの?
 ただの仮想現実の世界ってだけじゃないのね」
「限りなく現実に近い仮想の世界だ。
 それに地球だけじゃない。宇宙を取り込むんだ。
 決して不可能なことじゃないさ。
 エヴァ3台とリリス、それにアダムの力を加えれば、な」

加持の大胆な提案に、二人とも言葉はない。

「仮想現実の世界でなら、人類は滅亡する事はない。
 ATフィールドを含め、あらゆる物理法則の制約から解放されるんだからな。
 そして仮に失敗したとしてもいくらでもリセットが効く。
 まさに理想的な解決手段だとは思わないか?」

しばらく考えてからミサトが頷いた。

「確かに...、そのようね」

トウジもそれに同意を示した。
カヲル一人が、我関せずといつもの顔で3人を見守っていた。









「あんたの考えてる事はこれでわかった。
 私に隠してた件は、まあさっき言ったように怒るわけにはいかないわね。
 けど...」

まだ何かあるの?と心配そうにシンジはアスカの顔を覗きこんだ。

「どうしても、許せないことが一つだけあるわ」

そしてアスカは迫力と共に指を一本だけのばしてシンジに突きつけた。

「アンタ、結んだばかりの約束をいきなり破ろうとしたわね」
「そ、そんなこと...、し、してないよ」
「いいえ、確かにしたわ。
 ずっと一緒と言っておきながら、一人だけでやろうと考えたでしょ」
「そ、そんな...。チラッと考えただけじゃないか。
 それだってアスカの事を思って...」
「チラッとでもダメ。アタシのためでもダメ。
 第一、ファーストにいなければ、今だってどうなっていたか。
 これは、あいつに感謝すべきかしらね。
 その気になれば、シンジと一緒に二人っきりで行けたのに。
 少しはイイとこあるじゃない。このバカシンジよりもね。
 見直したわ」
(...感謝の言葉...)
「へっ」

突然、頭の中に聞こえた言葉に、アスカは妙な声を上げてしまった。
それが、綾波レイの声であることに気づくまでに、さらにコンマ何秒かの時間を要した。

「な、何よ、突然。ファースト、あなたなの?」
(ありがとう...感謝の言葉...)
「どういうこと?何を言いたいのかわからないわよ」

シンジが苦笑いしながら通訳を買ってでた。

「つまり、感謝するならありがとう、って言葉で言ってくれって事じゃないかな」
(感謝の言葉...。
 碇君にしか言ったことのない、大切な言葉。
 まだ碇君にしか言ってもらったことのない...)
「わ、わかったわよ。
 ありがとう、ファースト。
 貴女には、感謝しているわ。
 金星でこのバカシンジを助けてくれただけでなく、
 アタシを置いて行こうなんていうバカなマネをするのを止めてくれたんだもんね。
 ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 何回だって言ってあげるわよ。
 ありがとう、ファースト、いえ、レイ」
(...5回...)
「へっ?もっと言って欲しい?」
(いえ、いい。
 ただ...初めてだから)
「初めて?」
(こんなに一度に感謝の言葉を聞いたのは...)

そしていつの間にか、アスカの中からレイの意識は消えていった。

「まったく、なんなのよ、あの子は。
 わけのわかんないとこ、全然変わっていないじゃない」
「綾波は...綾波だから」

シンジもわかったようなわからないような返事を返す。

「ほら、いつまでもニヤけてるんじゃないの。
 だいたい、私はアンタに怒ってたとこなのよ。変な邪魔がはいっちゃったけど」
「う、うん...」
「まあいいわ。この件も特別に大目に見てあげるわ。
 今ので気勢も削がれちゃったしね」
「えっ??」
「何言ってんのよ。許すって言ってんだからもっと喜びなさいよ」
「うわーい」

この状況でミサトにステーキを奢ってもらえると言われた時と同じ喜び方をしては、
アスカにキッと睨まれても自業自得と言えるだろう。

「まったく。
 今回は特別に許してあげるけど、今度こんなことしたらタダじゃ置かないかんね。
 いい、わかった?」
「はい」
「わかったら、今回自分がやったことを反省して、誠意を示しなさい」
「誠意?」

何の事かわからずにキョトンとするシンジ。

「誠意って言ったら誠意よ」
(誠意?...感謝?...感謝の言葉?)
「ちがうわよ」

声のした虚空をギロッと睨むアスカ。
そして、途方に暮れるシンジ。

「ああもう。アンタ、本当にわかんないの?」

黙ってうなずくシンジ。

「まったく。女のアタシにそれを言わせようって気?
 結婚して子供まで作ったってのに、進歩がないわねぇ。
 女心のわからない所は相変わらずなんだから。
 これよ、これ」

そう言って、唇を突き出すような仕草をアスカはした。
それを見てようやくシンジも合点がいったようだ。

「まぁ誠意を見せるだけでいいんだからから軽くでいいわよ、ホンの一瞬だけでね。
 その間にアンタの本当のココロを込めてくれればね。
 まったく。普段だったら金のネックレスかダイヤの指輪ぐらいプレゼントしてもらうとこなんだけど、
 状況が状況だし、アンタの安月給も知っているからこんなもんで勘弁してあげようって、
 ホント、感謝しなさいよね、このアタシの寛大さと言うか....」

ぶつぶつ言い続けているアスカの顔は、言っている事の正反対の気持ちをあらわしている様に見えた。

そして、不意に、その言葉は途切れた。

それは長い、長ーい一瞬であった。









「でも、シンジ君はどう思うかしらねぇ。
 この話、知っているの、彼は?」
「さぁ。いや、多分、知っているだろうな。
 なんせ、サードインパクトの中心にいたのは彼だからな」
「そうね。間違いなく、知っているわね」

加持に頷いてみせるミサト。

「じゃあ、どうかしら?
 彼は賛成するかしらね?」
「それはオレにはわからない質問だな。
 オレにわかるのは、他に方法が思いつけないって事だけだ、少なくともオレにはね。
 それと、シンジ君の意思はこの世界では確かに重要だが、
 インパクトを起こすのに彼の同意は必ずしも必要ではないって事だ」
「それは違うと思いますよ」

カヲルがやんわりと否定する。

「そうかい?
 インパクトを起こすのに本当に必要なのはリリスだ。
 エヴァはアダムの代用品にすぎないのだからな。
 シンジ君...、初号機の力は絶対に必要なわけではない」
「なるほど。だが、リリス、綾波レイがあなたの言う事を聞きますか?
 シンジ君がそれに反対だったとしたら」
「まあ、反対はされない事を願っているがね....。
 仮にそうなっても、レイだって話を聞けばわかってくれるさ。
 そのへんはどうなるか、まあ、その時になればわかる事だ。
 今はシンジ君とアスカが帰ってくるのを待っていればいいさ」

その瞬間、空間の中に物体が一つ、現われた。

「その必要はないわ」

少女の姿をしたそれは、現われるなりいきなり言った。

「レイ!」
「綾波やないか...」

驚く声に耳もかさず、加持の方を向いて言葉を続ける。

「結果はもうわかってるもの。
 私はアナタには従わない。
 そして碇君は、アナタに同意しない」

そういうレイの頬が、少し紅潮しているのをカヲルは見逃さなかった。

「何かあったのかな、綾波レイ」
「いえ、何もないわ」
「そんな事はないだろう?
 君は少し動揺しているように見えるよ、レイ」

渚カヲルは優しくレイにそう言った。

「動揺?私...そんなこと、ない」
(動揺?動揺しているの、私。
 あのヒト...。セカンドチルドレン。惣流アスカ・ラングレー。
 でも碇君は...)
「そうかな。シンジ君に何か言われたのかい?」
「少しだけ、二人だけにしてくれって。
 2、3分、いえ、5分程したらすぐに戻るからって」









「レイは行ったの?」
「うん」

身体を密着させたまま、ようやく唇を話してアスカが訊いた。

「そう」
「じゃ、これでしばらく二人っきりね」
「でも、そんなに時間はないよ、アスカ。
 5分したら戻るって言っておいたから」
「ふーん。5分ねぇ。
 まあいいわ。
 この際ぜいたく言ってらんないし、それだけあれば充分かもね」
「充分って?」
「ホント、鈍いわねぇ。
 二人っきりになってヤることといったら決まってるでしょ。
 さっきはちょうどこれからってところで邪魔をされたけど、今度はそうは行かないわ。
 さあ、シンジ!覚悟なさい!」
「あ、アスカ!」
「5分あれば、どれだけ気持ちよくなれるかって事、
 今からたっぷりと教えてあげる!」
「あ、アスカぁ〜〜〜〜〜〜〜」









「なるほど。そういう事か」

カヲルは納得顔で頷いた。

「それで、彼女は残してきたのかい?」
「ええ。碇君は、何も言わなかったし、
 あのヒトは気づいていないみたいだったから...」
「なるほどね」

(後で面白い話が聞けそうだな...)
などと思いながら、カヲルは密かにほくそ笑んだ。

「まあ、それは置いといて、
 どうしてシンジ君は反対するのかな?
 君が、シンジ君と対立してまで加持さんに従うとは思わなかったけど、
 彼が反対するかどうかまで、どうしてレイ、君が知っているのかい?」
「それは...絆だから」
「絆?シンジ君との?」
「いえ、碇君の」
「つまり、シンジ君の持っている何かが、それを拒絶するって事かい?」
「そう」
「なるほどね。なんだろうね、その絆って?」

だが、その問いかけにはレイは答えなかった。

「まあいいさ。それはシンジ君に直接聞けば済むことだからな」

いつまで待ってもこれ以上の答えが帰って来ない事を加持は悟った。
そして質問を切り替え、レイの説得を試みることにした。

「だが、君はどうなんだ、レイ?
 生命の母たるリリス、その魂を司る君がなぜ反対する?
 シンジ君が反対だから、君も反対なのか?」

その答えは、誰も予期していなかったモノだった。
レイは、一言、答えた。

「あなた、誰?」









「はぁ、はぁ、はぁ...っ!ア、アスカぁ!」
「シンジ、シンジ、シンジ!も、もぅっ!あぁん!シンジぃっ!」
「アスカっ!アスカぁっ!!」









「誰って、そりゃ、決まってるさ、加持リョウジだよ。
 おいおい。まさか、忘れちまったのか?
 そりゃ、そんなに親しい付き合いってわけじゃなかったけどな。
 特殊監査部は、チルドレンとは縁が薄い職場だったし...」
「加持さんなら知ってる。
 内務省との2重スパイだった事も、それ以外の事も。
 でも、あなたは違う」

加持の弁明にもレイは取りあわなかった。
紅い瞳をじっと開いて、加持を見据えている。
それを見て、ミサトの顔にも不審の影がよぎった。

「おいおい、葛城まで...
 信じてくれよ。
 まいったな」

顔に手をあて、途方に暮れるポーズの加持。

「葛城。このオレの目を見ろ。
 このオレが信じられないのか?」
「それは...、アタシだって信じたいわよ。
 でも、レイが...」

チラッと、レイの方を盗み見る。

「さっき、お前に言った言葉。
 あれが、オレがオレであることの証明だ。
 あの言葉に嘘はない。
 そうだろ?」

数秒の沈黙の後、ミサトは答えた。

「....わかったわよ。
 信じる。信じるわ。
 でもね。レイだって嘘をついているようにも見えない。
 そんな理由はどこにも無いもの。
 どう言うことなのか、説明が必要ね。
 何か隠している秘密があるんじゃないの?」
「わかった。後で必ず葛城には教える。
 ...今はこれで勘弁して欲しい」
「いいわ、今はそれで」

まだ何か秘密があることだけは、その言葉で確認できた。
信じると決めたからには、それでミサトは満足するしかなかった。








「はぁ、はぁ、はぁ」
「さあ、準備運動はこれぐらいでいいわね。
 どうしたの、まさかもうダウンしたんじゃないでしょうね?
 これからが本番よ!」
「そ、そんなぁ〜」









一方の加持は、取りあえずミサトをなだめることに成功したが、
現状ではレイの説得も不可能である事は間違いなかった。

「となると、後はシンジ君たちが帰ってこなければ話にならないな。
 だが、ただこうして二人が帰ってくるのを待っていても仕方ない。
 限られた時間は有効に利用しないとな」
「そうね。でも、どうするの?」
「そうだな....。
 歴史の講義ってのはどうかな?」
「講義って...」
「いや、そこの彼が、色々と知りたいことがあるんじゃないか、と思ってね。
 そうだろ、鈴原トウジ君?」

この突然の振りを予期していなかったトウジは、戸惑いながらも自分の考えを述べた。

「そやな。確かにワシには聞きたいことがぎょうさんある。
 アンタが何モンなんかようはわからんけど、 色々と知っとるみたいやしのう。
 けど、ワイが知らんでもうまく行っとるならそんでええ、と思っとった」

元はと言えば、自分は単に巻き込まれた第三者に過ぎない。そう考えていた。
自分は、某国連特務機関元作戦部長の声に、とっさに従ってしまっただけなのだ。
別にその判断を後悔しているわけではない。
あの時はそうするのが一番だと思えた、だからそうしただけの事なのだから。
ただ、何も役に立てない自分に、ここで出来ることは何も無い。
漢として、それは悔しい事だけれども、認めざるを得ない事実だったから、
彼としてはそのように達観するしかなかったのだ、この世界では。

「それはダメだな、トウジ君。
 君には是非、知っておいて欲しいんだ。
 それが、ここにいる、君の果たすべき役割だ」
「そうなんでっか?」
「そうだとも。君が今ここにいるのは、単なる偶然じゃない。
 一見そう見えることが、必ずしも真実とは限らない。
 全ての物事には、必ず隠された意味と言う物があるんだ」

自信たっぷりに、加持はそう言った。









「ああ、シンジぃ〜。ソコ、ソコよぉ〜!」
「うっ、もうダメだ!イクっ!」
「来て!来て!シンジぃっ!」
「あ、アスカぁぁあああ!!!」
「シ、シンジィぃぃいいいい!!!」










「さて、何処から始めたものかな...」
「全ての始まり、本来ならそこから語るのが筋でしょう?」

出だしを迷った加持に、カヲルが助け船をだした。

「そうだな。すると、ビッグバン、その辺から、かな?」
「そうですね」
「ビッグ・バン?
 何よ、それ?!」

ミサトが思わず声をあげる。
勿論、『ビッグバン』と言う単語を彼女が知らないわけではない。

「それが始まりだからですよ」
「すべての、な」

事もなげにカヲルが言い、加持も同意する。

「すべてではありませんよ。少なくとも僕達にとっては」
「いや、同じ事さ。抽象存在は、概念としてはあり得ても実存ではない。
 存在が認識されるためには、認識するモノとされるモノが必要だ。
 観察者と被観察者。自分と他人。同質と異質。
 それはATフィールドの基本原理でもある」
「ええ」
「ならばリリスが、アダムが、あるいは使徒がこの宇宙の外からやってきたとしても、
 少なくともそれ以前に『存在』と言う言葉をあてはめることはできないな」
「形而上学的な論法ではそうなりますかね。
 でも、彼が望んでいるのはそんな話じゃない」

話に置いてきぼりにされつつあるトウジをカヲルは示した。

「まあそうだな。話しを戻そう。
 ビッグバン以前は、宇宙は量子の海を漂うモノ・パーティクル(単一素粒子)だった。
 空間も時間もなく、当然重さもない。ただの点、ゼロ次元の世界だ。
 それがある時突然のように変化を始める。それがいわゆるビッグバンだ」

時間の存在しない世界の話である。『ある時突然』と言うのはあてはまらない。
ただ彼の説明は科学的正確性を欠いてはいたが、必要なだけの情報は満たしていた。
時間の無い世界。あるいは無限の時間が同時に存在する世界と言ってもよい。
たとえ極小の確率であっても量子揺らぎによって真空が相転移するのは統計学的必然である。
ただ、それを時間の概念を使わずにヒトに説明するのは難しいことなのだ。

「一回目の相転移によって内部の均ー性に偏りが生じた」

空間の誕生である。
完全に等方的な世界では上下左右前後の方向を定める基準は存在しないし、
等質な世界では距離を測るためのゲージ(物差し)も存在しないからである。

「やがて偏りは運動をはじめ、それを測るための時間が生まれた。
 これが二回目の相転移だ」

この時に誕生した(原初の運動を支配した)力、それが重力である。
さらに宇宙は真空の相転移を繰り返し、その度ごとに新しい力を生み出した。
それぞれ電磁気力、強い力、弱い力、として知られているモノである。
同時にクオークやレプトン、さらにはそこから派生した様々な素粒子が誕生した。
その間にも宇宙はインフレーションによってエネルギーを自ら発生させて膨張を続け、
わずか10のマイナス20秒後にはほとんど今日の宇宙の原形となる姿を造りだしていた。
まだ遥かに高温で、生命はおろか恒星や銀河すら生まれていなかったが。

「ATフィールドもその時生まれたの?」

そういった加持の話を聞いてミサトが質問した。
2006年に完成された大統一理論は(話だけは)彼女も知っていた。
何しろ、彼女の父親がその完成に深く関わっていた研究の事なのだ。
だがその後の改良されたS2理論でもATフィールドの起源は説明されていない。

「いや、ATフィ−ルドは最初からあった。
 もちろんそれが力として作用するために、独立した時間と空間の存在は必須だ。
 あるいは情報をエントロピーとして定義するためにも、な。
 だから厳密には時空分離が起きた2回目の相転移の時と言えるかもしれない。
 だが、それ以前にも、1回目の相転移のときに既に存在はしていた」
「認知できなければ存在していないのと同義だ、と言ったのはあなたですよ」

カヲルが加持の前言を咎め、茶化す。

「そうだったかな?ま、なら前言を撤回するさ。
 それは存在していた。いや、宇宙と同時に存在を始めた。
 ATフィールドは宇宙の原理、そのものだ、と言っていいと思う。
 対称性を支配し、宇宙を現在の形に作り上げた根本の力。
 実在を定義し、変化と維持の均衡をコントロールする力。
 それが、ATフィールドだからな」

ATフィールドは物体の存在そのものに作用する。
重力のパラメータが質量であり、電磁力の場合は電荷であるように、
そのパラメータは情報エントロピー(正確にはその変化量、一次微分)。
言い換えるならば自己同一性。
他者に反発し、自己を保存しようとする力。

量子的揺らぎで生じた対称性の崩れが、宇宙に定着したのはこのためである。
完全に等質な状態では力は存在しないが、一旦偏りが生じるとそれは加速される。
エントロピーは常に増大しつづける。
それがATフィールドの本質である。

「なんかわかったような、わからんような話やな」

トウジがボヤく。

「もし、今、ATフィールドが消えてしもうたら、世界はどうなるんや?」

しばらく考えてから加持は答えた。

「そうだな。ミクロレベルでは大した影響はすぐに現われないかもしれない。
 だが、マクロで見ると...、まずトンでもない事になるな。
 ほとんどの赤色巨星は自重を支えきれずに超新星になるだろうな。
 銀河系どうしの運動にも当然影響はでるのは避けられない。
 それに宇宙そのものだって大変だ。
 これまで膨張していたのが急に収縮に転じるのはまちがいない」









「シンジ...」
「アスカ...」

しばらくの間、そうして二人は互いを見つめ合った。

「大丈夫だよ、アスカ。きっと成功する」

力づけるようにシンジは言った。

「心配はしてないわ。だって...」

成功しても、失敗しても、シンジと二人。
怖れることは何もない。

「さあ、もう行かなくっちゃ。
 みんなが待ってる」
「ええ、そうね。行きましょ。
 そして...」









「そのATフィールドが、どうして人類を滅ぼすことになるんや?」

トウジが再び質問した。

「ヒトはリリンによって知恵を与えられた。
 力なきヒトの祖先は、知恵によって社会を造り、力とした。
 単体としての不完全さを、群体として機能することで補おうとした」

カヲルが唐突に、一見まったく関係ないような事を話しはじめた。

「それが、文明の始まりだよ」

そして哀しみの始まりでもあるね、リリン。
その思いは口には出さず、カヲルは話を続けた。

「お互いに理解しあう事がなければ、社会を動かすことはできない。
 だからヒトは言葉を発明した。
 ココロを閉ざす聖なる壁を乗り越えるためにね」

歴史上、人類の最大の発明。
それは石器や土器のような道具ではなく、火の使い方を覚えた事でもない。
言葉である。
基本的な意思の伝達が可能になった時、人類の文明が始まったのである。

「だけどヒトが力を得れば得るほど、その壁は高くなっていくのさ。
 本当に乗り越える事などできっこないんだよ。
 人類が貯えた知識。それもATフィールドの力の源なのだからね」
「どう言うこっちゃ?」

わけがわからなくなったトウジの問いに加持が答える。

「もう少しきちんと話した方がいいな、タブリス。
 リリンが我々の遠い祖先の存在に与えたもの、いわゆる『知恵の実』。
 本来なら地上の生物が持つことのなかった禁断の果実。
 その正体はATフィールドを制御する能力。そのための遺伝子」

加持は聖書に例えてそれを説明し、自らそれを補足した。

「知識とは、すなわち脳の中に蓄積された情報に他ならない。
 そしてそこから生み出されるもの、それが知恵だ。
 ATフィールドは情報エントロピーに対して働く力だってさっき説明した筈だが、
 何十億もある脳細胞でおこる一見無秩序な化学反応を整理して情報として取り出す作業、
 思考とは、まさに脳内部のATフィールドを制御することに他ならないんだ」
「そして僕達の、あるいはリリンの遺伝子をダイブさせて初めて、それが可能になる。
 リリンがそれをしなければ、君達はまだ海の中を泳いでいたかもしれないね」
「そうなればインパクトの事なんて考える必要もなかったわ」
「考えることだってできやしないさ」

カヲルが補足し、ミサトが反論し、加持がつぶやく。

「ほんで、どうなるんや?」

トウジが先を促した。

「情報を記憶し、それを保持し続けようとする力。それがATフィールドだ。
 だから異なる情報に対しては反発し、混じり合う事を拒絶する力が働くわけだ。
 個人の内部では、それはうまく働き知恵として有効に活用する事ができる。
 だがヒトの集団に対しては、それは拒絶し、反発し、崩壊させる方向に働く。
 完全に同じ人間は、二人としていないからな」
「個性、パーソナリティ、って事ね」
「そうだ、それがいわゆる『聖なる光』、『ココロの壁』と言うやつの力の根源だ。
 そして使徒という存在は、それを意識して外部に作用させる事ができる」
「力の絶対的な大きさ。それはいいんですか?」
「ああ、勿論それもヒトと使徒の大きな違いのひとつではある。
 個としてのヒトの持つATフィールドは使徒に比べて圧倒的に弱い。
 だが、それはヒトが群体としてその情報の多くを共有しているからに過ぎない。
 種全体としてみれば、ヒトは、使徒に及ばないにせよ比較しうる程度の力は持っている。
 そして、その事はついさっき、地球で証明された。
 使徒、それもオリジナルのアダムを、エヴァなしで封じ込める事ができたのだから」
「いいでしょう。それは認めますよ」

カヲルがそう言って引き下がると、加持は話を本筋に戻した。

「知恵を発達させた人類の祖先は、過酷な自然の中で生き抜いていくために、
 物理的な力の不足を補うために大規模な群れ、集団で暮らす道を選んだ。
 そして意思の疎通をはかり、集団を維持していくために言葉が生まれた。
 言葉はやがて法(ルール)と結びつき、知恵を蓄積し、集団は社会になった。」

言葉の存在しない、原始的集団も自然界には多くある。
例えば鳥には集団で生活し一団となって渡りを行なう種が多くあるが、
本能に基づく親子・家族の関係を除けば、助け合って生きていると言うわけではない。
集団生活はあくまでも個々の生存活動の延長線上にあって、
餌を見つけたり外敵から実を護るのに便利だからにすぎない。
社会として機能するためには適切な役割分担による相互扶助が不可欠であり、
本能を越えてそれを行なうには、互いの意思の疎通が絶対に必要なのである。
だから言葉なくして人類の文明に発展はあり得なかった。
テレパシーでも使えれば話は別だが、ATフィールドがあるかぎりそれは不可能なのだから。

「だが、どんな言葉を以ってしても乗り越えられない溝は存在する。
 いや、むしろ言葉を使うがゆえにかえって対立が深まる事の方が多いくらいだ。
 それが、言葉の限界なんだ」

単純な感情をただ相手に伝えれば済むことなのに、
言葉に頼ろうとするから、それができない。

「エントロピーは常に増大しなければならないからね。
 何かを表す言葉を口にした瞬間に、それでは表し切れない何かが誕生するのさ。
 情報は生きているんだ。そして成長し続ける」
「それが....、使徒?
 あなた達もそうやって生まれたの?」

ミサトが問う。

「さあね。僕にはわからないよ」
「だが、可能性はある。あるいは別の宇宙で...」
「あるいはね。だけど今はもう、どうでもいいことさ。
 現に僕達はこうしてここにいるんだからね」
「ズイブン醒めてるわね」
「使徒、ですからね」

ミサトの言葉をカヲルは軽くいなした。
そしてまた、話を元に戻して続ける。

「人の歴史は戦争の歴史でもある。
 それがATフィールドの呪縛なんだ」
「つまり?」

トウジが加持の方を向き、脈絡のないカヲルの言葉の解説を頼んだ。

「人はその反発しあう力をも利用して、社会を発展させてきた。
 そう言う事さ。
 その手段の一つが、つまり、戦争、と言うわけだ」
「外部への反発の力を逆用して、内部の対立を抑え込む、と言うわけね」
「そうだ。最初の頃はそう難しい事ではなかった。
 少なくとも社会の周辺に強力な外敵があまたいる間はな」

最初の敵は、自然環境であり、捕食動物であった。
それに対抗して人は土地を耕し、武器を手にするようになった。

「自然界の脅威を克服した社会は、次に進むために新たな敵を見つけなければならなかった」

そして、獣の代りに人が新たな敵となった。
やがて村は町になり、国になり、連邦となった。
科学の力は自然を制し、ついに人類に敵はいなくなった。
かに見えた。

「ATフィールドがあるかぎり、敵はなくならないよ。
 本質的に排斥力だからね、この力は。
 抑え込むモノがなくなったら...」
「なくなったら?」
「暴発するんだ。
 まるで先端の詰まった鉄砲のようにな。
 行き場を失った力は、まっすぐに撃った本人に返ってくる」
「そう。外に敵がいなくなれば、中に敵を見いださざるを得ないからね。
 そして手当たり次第に周囲を犯し、破壊し、同時に自らをも傷つける」

カヲルの目が、その哀しみを表していた。

「文明が発展したがゆえに滅びのときを迎えつつある、
 それも自らを護るために利用してきた力によってね。
 哀しくも矛盾に満ちた存在だよ、君達は」
「そう。世の中はまさに矛盾だらけなのさ」

加持が応じた。

「でも、だからこそ、生きていく意味があるのだと僕は思います」

闇の中から、声がした。









「シンジ君!
 アスカ!」

最初にミサトが反応した。
考え込んでいたトウジもすぐに顔を上げた。

「よう、遅かったじゃないか」

加持がそう言って、二人を冷やかした。
ミサトもそれに乗ってからかい始めた。

「わッかいんだもの、仕方ないわよねぇ。
 アスカ、お肌がつやつやじゃない。いいわねぇ〜。
 あら、シンジ君。少しやつれたかな?ちょっと見ない間に...
 今まで何、やってたのかなぁ〜」

カヲルは例によって例の如く、ただ微笑んでいる。
その脇で、複雑な表情を見せているのはレイ。

「どうしたんだい」

小さな声で、誰にも聞こえないように彼女にカヲルは話しかけた。

「どうもしてないわ」
「そうかな?
 まあいいさ。
 でも、もう少し、もう少ししたらその時がくる。
 その時には、本当の自分の声に耳を傾けた方がいい」
「本当の自分?」
「もっと自分のココロに素直になれ、と言う事さ。
 そう、彼女のようにね」

カヲルの指し示す先には、シンジと腕を組んでいるアスカがいる。

「僕はそうするつもりだ」
「そう?」
「シンジ君たちと一緒に行けないのは残念だけどね」

カヲルの表情に、ちょっとだけ、羨ましさの影がのぞいた。

「その時、キミはどうするのかな、綾波レイ?」









「さて、と。それで、それはどう言う意味なのかな?」

一段落したところで、加持がシンジに声をかけた。

「言った通りの意味ですよ、加持さん。
 人の生きる意味。それは希望なんですよ」
「希望のために生きるのではなく、生きる事がすなわち希望なのかい」
「そうです」
「なるほど...」

そう言ったきり、しばらく加持は黙って考え込んだ。
シンジの言葉は目的と手段が逆になっているような気がするが、
シンジははっきりと言い切った。

「それで、やはりシンジ君は反対なのかい?
 レイが言ったように」
「ええ」
「聞かせてくれるかい、訳を?
 彼女はそれを『絆』だと言ったが...」
「絆...?
 そう、そうかも知れませんね。
 今迄そんな風に考えたことはなかった。
 でも、今の僕があるのも確かにその『絆』のおかげですから...
 うん。そうだ。僕と、みんなとを結んでくれた絆だね、綾波」

コクン、と黙ってうなずくレイ。

「どういうことかな?」

加持の問いに、一言で答えた。

「逃げちゃダメだ」

ミサトが目を剥いて、奇声をあげた。

「へっ??」
「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」

シンジは真言をさらに3回、繰り返した。

「逃げちゃ、ダメなんですよ、加持さん」
「別に逃げているつもりはないんだが...」
「避けられない滅びの宿命と言う現実を前にして、
 仮想空間という楽園へ逃避しようという、それが方舟でしょう?
 逃げてますよ」
「逃避じゃないさ。方舟の本来の目的は時間稼ぎだ。
 人類が厳しい現実に立ち向かえるだけの力を貯えるための、な」
「いつ、それだけの力を人類は手に入れることができるんです?
 温室の中で保護されていては、永遠に手に入れられませんよ」
「別に人類を保護しようというつもりはないさ。
 人類を鍛えるための試練なら、方舟の中でいくらでもセッティングできる」
「それを行なうのは『神』の仕事ですね。
 それがあなたの目的ですか、アダム?」

シンジの目は、いつになく厳しいものだった。
初めて会った時から10年余、それ以来多くのときをシンジの側で過ごしてきたアスカでも
こんなシンジは見たことがなかった。

「そうかもしれない。だが、そうはさせない」

答える加持の表情からも、余裕の笑みは消え、厳しさだけが残る。

「できますか?」
「厳しい戦いになるのは覚悟の上だが、勝算はある。
 何より、オレには勝利の女神がついているからな」

ちらっと、ミサトの方を見る。

「でも...」
「これはオレの問題、オレの戦いだ。
 シンジ君と言えど、口出しはさせない」
「わかりました。でも方舟計画は、譲れませんよ」

そこまで言われては引き下がるを得ないシンジだったが、
きっちりと自分の意志を主張する事は忘れなかった。

「だが、それならシンジ君はどうしようと言うんだい?」
「せや。なんぞ、ええ代案でもあるんやろな?」
「もっちろんよ」

代わりに応えたのはアスカ。
これにミサトが反応した。

「まさか、補完計画?
 ヤルつもりなの?」

もしそうなら、生命に賭けてもそれだけはさせない。
そう意気込むミサトに、軽く微笑みながらシンジは答えた。

「いいえ、違います」
「じゃ、どうするの?」
「逃げるのがイヤなら戦うしかないでしょう?
 そう、僕に教えてくれたのはミサトさんじゃないですか」
「そりゃ、そんな事、言ったかも知れないけど...」

むろん、ミサトだってそれを覚えていないわけではない。

「それが僕の答えですよ」

微笑みつづけるシンジに少し戸惑いながらも、ミサトは重ねて訊ねる。

「答えって...?」
「戦う事」
「戦うったって、誰と?」
「決まってるじゃない」

アスカが割込んだ。

「もっちろん、宇宙よ!」







次話予告



「やあ、遅かったじゃないか?」
「ゴメンなさい」

「まったく、アタシをここまで待たせた男は初めてだわ」
「ゴメンなさい」

と言うわけで、ようやく第25話をお届けすることができました。作者のしもじです。
とってもとっても遅くなってしまったことを、お待たせしてしまった読者の方におわびさせていただきます。
んでは、次号予告の方、キャラの皆さん、よろしくお願いします。

「って、まだ続ける気?
 25話で終わるはずじゃなかったの?」

「『1年以上に渡る休載の後だ。シナリオにない事だって起こる。
  委員会の老人共にはいい薬だ』ですって」

「何でアンタが答えるのよ、優等生」
「絆だから...」
「相変わらず、何わかんないこと言ってんのよ、アンタは。
 それにしても、24話の時もそんな事言ってなかったかしら...
 まあいいわ。それで、次号はどうなるの?
 今度こそ、最終話になるのかしら?」

「予定では今度こそそうなるらしいよ。
 それにネタも尽きたから、短くなりそうだって。
 あっ、でも...」

「でも、何?」
「恐竜ネタやファーストインパクトの話は残ってるって」
「どうでもいいわ。それより、締め切りは守るんでしょうね」

多分...

「自分に自信がないのね?」
「仕方ないよ、綾波。こんなに遅れた後だもの」
「失いかけた信用はっ!」
「地道に回復していくしかないよね」
「まあそうね。100倍にして叩き返すわけにもいかないもんね」

「それよりさぁ〜。シンちゃんとアスカ、二人っきりで、何やってたのかな〜?」
「な、なんにもシてないですよ、ミサトさん」
「そうよ、何もシてないわよ」
「隠すことはないだろ?
 どうせ後で彼女に聞けばわかる事なんだ。
 彼女って誰だって?
 それは秘密だよ。いずれわかる時もあるさ」

「ナルシスホモは黙ってなさい!」
「ホントに何もヤってないなら、アスカもムキになることないじゃない?
 まあ、そうね。たった5分だものね。
 普通だったら、なんにもできないわよね、たったそれだけじゃ」

「そうだな。いくらなんでもちょっと早すぎるな。
 だが、そう言えば劇場版でもシンジ君は随分早かったよな」

「...」
「それにアスカのあのお肌のツヤ!
 と言う事は...」

「シンジ君。一言だけ言わせてもらうと、だな。
 君はまだ若い。それに色々と溜まっているモノがあったと言う事はわかる。
 だが、あまり早すぎるのは男として問題だぞ」

「そうね。少し鍛えた方がいいかもね。女性の立場から言わせてもらうと...」
「早射ちシンジ。明日からそう呼ばせてもらいますわ、センセ!」
「僕は気にしないよ、シンジ君。君がいくら早くても...」
「あ〜っ!うるさいわね、まったく!
 アタシのシンジのモノを、アンタ達に文句言われる筋合いはないわ!
 5分で3発だって、それでこのアタシが満足だって言ってんだから、いいじゃないの!」

「ア、アスカぁ...」
「あ...」



 次回、今度こそ最終回!!


   「エヴァよ、永遠に」



「なんだ、やっぱりヤってたんじゃない」





第二十六話 を読む

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