午前9時。
ベランダから下を見ると、花壇の霜も陽の光に緩んで黒く融け始めている。
向かいの棟の壁は陰になって冷たく青褪めて見える。
南向きのベランダには、冬の朝の太陽が当たっている。陽の光だけが暖かい。
風はない。絶好の日和だ。空は、青空。雲一つ無く、磨き上げられた朝。
シンジは、持ってきた雑巾で、手摺を拭き始める。
手がかじかむが、構わない。息が白く、陽の光できらめいている。
開け放った窓から室内の物音が聞こえる。
アスカが洗濯を始めているのだ。寝室の方で、ごそごそと音がするのは、きっとシーツと布団カバーを剥ぎ取っている所だろう。
「シンジィ。いいわよー。」
「ああ、今行く。」
シンジは手摺を拭き終わると、腰を伸ばして深呼吸する。
冬の冷たい空気が、気管を刺激する。
だが、シンジは冬の朝の空気が好きなのだ。厳しく、澄んだ空気。それはシンジが子供の頃には知らなかったもの。
部屋に入ると、既に外の冷気が部屋を満たしていた。まるで浄化されたように。
洗面所で、アスカが、洗濯機に洗濯物を入れている。几帳面に、一枚一枚吟味しながらだ。
『下手な入れ方をすれば、生地が傷むから。』
そういうアスカの姿が、却っておかしくて笑ったら怒られたっけ。
アスカは、もう、14歳の頃のわがままな女の子では無いのだ。
シンジは、寝室に入ると、ダブルベッドから敷布団と掛布団を抱え上げ、運び出す。
今ではシンジの方が体格も大きく、こうした作業はアスカよりもシンジの方が効率が良い。
二人の寝室。寝室の出口で、振り返り見て、シンジは安堵感を感じる。ここは二人の場所。二人で居られる場所。
運び出した布団をベランダの手摺にかけ、ベランダから乗り出して、よく伸ばす。ひんやりとした手触り心地よい。
布団挟みで止める。陽の光が、この布地の上を暖め膨らませて行くのだ。
アスカの匂いがする布団。
シンジは、もう一度寝室に戻ると、毛布を抱え上げる。
そうだ、この部屋の窓も開けて空気を入れ替えよう。シンジは一旦毛布を置くと、寝室の窓を開ける。
冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。
布団を干し終わると、シンジは台所に行き、食器を洗い始めた。朝食の分だけなので大した量ではない。
シンジは手際良く洗って行く。左手の中指、薬指、小指は伸びたまま動かないが、シンジはその手を器用に動かす。
湯沸かし器の湯で濯ぐ。湯の温かさが心地よい。
ゆすいだ食器は、流しの脇に丁寧に並べておく。
湯で濯いでおくと、乾きが早いので、後で布巾で拭くときにやりやすいのだ。
全自動食器洗い機は使わない。
二人が使うものだから、お互いに手で洗ってあげたいと思うから。
アスカのコップ、アスカの茶碗、アスカの箸。
一つ一つ、毎日の生活の中で使うものだから。愛しんで洗う。
アスカも、また、シンジの使うものを手入れするのが好きなのだ。
シンジは、手早く食器を布巾で拭いてから、食器棚にしまう
。カップや、茶碗が所定の場所に置かれていく。
それだけで、まるで二人の今の姿を表しているかのような、食器達の配置。
「シンジ、第一便!。これお願い!。」
洗濯籠が洗面所から突き出されている。シンジは慌てて取りに行く。
結構重いのだ。アスカの腕がそんなに支えきれるはずがない。
シンジが洗濯物が入った洗濯籠を受け取ると、アスカは息を付いて言った。
「あー、重かった。」それからにっこり笑う。
青い瞳がシンジを優しく見詰める。栗色の髪は無造作に後ろで縛っただけだ。
もう肌はさすがに、10代の様な輝きは無い。
相変わらず白い肌だが、優しくくすんで来た感じ。それは二人が一緒に過ごした時間を示している。
「じゃ、シンジお願いね。あと一回分は残ってるから」
そう言って、アスカは2回目の洗濯に取り掛かる。何しろ、共働きなので週末は洗濯物が溜まっている。
シンジはベランダへ洗濯籠を持っていく。洗い直した雑巾で物干し竿を良く拭いて置く。
ベランダには物干し竿が3本、並行して吊るしてある。
一番外側にはタオルなどを伸ばして干す。
こうすると内側のものには日が直接あたらなくて乾きは良くないのだが、アスカが気にするので、なるべく内側に下着類を干す様にしている。
一つ一つ、干す前に良く伸ばして形を整えて干していく。
干し物の並べ方にも技がいるのだ。
シンジは細心の注意を払って干す順序・場所を考えながら干していった。
あと一籠分残っているからその場所も空けと置かねばならない。
籠の中身をすっかり干し終わると、洗面所に空いた籠を置きに戻る。
アスカは空いた籠を受け取ると洗濯機から洗い終わったものを籠に入れていく。
洗濯機も、乾燥機まで付いた全自動だってあるのだが、アスカはなるべく手で洗いたいと主張したので、未だにこんな具合なのだ。
洗濯をするのはアスカの方が多いが、時にはシンジが担当することもあった。
シンジも、こうやって手をかけて洗濯する方が好きだ。
「はい。」
アスカが差し出した洗濯籠を受け取ると、シンジは再びベランダに戻って行く。
アスカは洗濯した後の洗面所を片づけると、納戸から電気掃除機を取り出す。
これも現在では聊か、アナクロな代物だ。だが、アスカは、ハミングしながら、コードを引き出しコンセントに差し込み、スイッチを入れる。
掃除機の音は、多少心を落ち着かなくさせるものがあって、本当はアスカは好きでは無い。
でも掃除をすることは苦じゃない。
ダイニングキッチンから掃除を始める。ベランダの外ではシンジが洗濯物を干している。
洗濯物とシンジが、部屋の中に陰を落とす。
アスカは、陽にあたった床板に、丹念に掃除機をかけていく。
二人で作業している。静かに。何でもない事だけど、こんな日曜の朝が好き。
シンジが自分の傍らで家事をしている。お互いに、お互いの為に。
干し終わったシンジが、空の籠を下げて、洗面所に戻る。
すれ違う時、目が合う。アスカは胸が、きゅんと締め付けられたように感じた。
あたしの、シンジ。すっかり大人の顔だけど、少しも猛々しいところがない。
静かな山間の湖を思わせる黒い瞳。髭は薄い方。
穏やかな笑い方は、あれだけ厳しい青年時代を過ごしたのに少しも喪われていない。
シンジは洗面所に入ると、風呂場のドアを開け、風呂場の掃除を始める。
風呂場の磨りガラスから外の光が柔らかく、風呂場の中を満たしている。
この時間の風呂場は、どこか聖堂を思わせるものがある、なんて言ったらアスカは笑うだろうな。
シンジが風呂場の掃除を終えた頃、アスカは寝室の掃除に取り掛かっていた。
シンジの方が先に手が空いたので台所に行き、ヤカンに水をいれて火にかける。
そして急須と湯飲みを2つ用意する。多分、アスカが掃除を終えた頃には湯が沸くだろう。
本当は朝食の時に湯を沸かしてポットに入れておけば良かったんだけど。
全てが完璧な朝、という訳にはいかないな、とシンジは苦笑する。
湯が沸くまで、シンジは窓の外を眺める。陽は高くなり、昼の光に変わりつつある。
静かだ。マンションの下の道を通る人影は殆ど無い。どこかで子供の笑い声がする。
湯が沸いた頃、アスカが寝室の掃除を終えた。
シンジは、急須に茶葉を入れ、湯を注いだ。
アスカが掃除機を納戸に片付け、その外の細々したものを片づけて、リビングに戻ると、丁度煎れたてのお茶がアスカを迎えた。
「取り敢えず午前中の仕事は片付いたわね。」
「うん。」
ソファに二人並んで座って居る。アスカは、軽く頭をシンジの肩に預けていた。一仕事終わった後の、心地よい安らぎ。
今、二人はこうして一緒に居るのだ。お互いの体が接している事が切ないくらいに心を満たしてくれる。
シンジは右手で、アスカの髪をなでる。
アスカは、見上げるようにしてシンジの目を覗き込む。そうして二人はしばらく見詰め合っていた。
シンジは、軽くアスカの唇にくちづけする。
何も付けていないアスカの唇は乾いていたが、その感触もシンジにとっては暖かいものに感じられた。
「アスカ。」
「なに?。」
「・・・・長い悪夢から醒めたみたいな感じがするんだ。」
「どうして?。」
「分からない。こうしているととっても幸せで・・・」
「・・・・シンジは、一杯苦しんできたから、だからその想い出が、そんな風に感じさせるのよ。」
「そうかもしれないね。」
アスカは、テーブルの湯飲みを手に取る。そうしてしばらく、茶碗の温もりで手で味わうようにしていた。
「ねぇ。これからどうする?。」
「どっか行きたい?。」
「ううん。別に。
それより、こうして一緒に居たい。」
「そうだね。僕もだ。」
いつもの休日の朝なのに、何故か二人とも、久しぶりの様に感じて居た。
*****
午後二時を過ぎると陽射しも、夕方を思わせる陰りが混じってくる。そろそろ布団を取り込もう。
シンジはベランダに出ると、布団叩きで軽く布団を叩いた。
陽の光を十分に吸って布団は暖かい。触っていると、その感触の心地良さに、そのまま眠りたくなる。
布団挟みを外して布団を外し、寝室に運ぶ。
寝室の中に穏やかな陽射しが入ったかのようだ。
ベッドに布団を敷く。
アスカが寝室に入ってくる。シーツと布団カバーを持っている。
シンジは、干してある毛布を取り込むために寝室を出る。
後ろで、アスカが布団カバーを布団に付けて居る。
毛布を持って寝室に戻ると、アスカが、ベッドに敷いた布団に頬を摺り寄せていた。
目を閉じてうっとりとした表情をしている。
シンジは、入り口に立ったまま、苦笑して眺める。
シンジに気が付くとアスカは、身を起して赤面しながら言った。
「だって、あったかくって気持ちいいんだもん。」
シンジは毛布を布団の上にかけると、ベッド脇の床に座ったアスカの横に腰を下ろした。
「わかるよ。」
そういって、シンジもアスカのがさっきしていたように、ベッドの上に顔を乗せる。アスカは思わず笑ってしまう。
「でも、このままお昼寝する訳にはいかないわね。」
「うん、残念だな。」
「そう。残念ね。」
天気が良いせいか、洗濯物は、乾いていたので取り込んでしまう。
リビングの床で、二人は取り込んだ洗濯物を二人で畳む事にした。
アイロンをかけなくてはならないものは、取り分けて置く。
それから二人は、残った分を一緒に畳んでいく。洗濯物はどれも、暖かくなっていた。手先の感触が気持ち良い。
畳み終わったら、手分けして仕舞う。何時もの事なので、手際が良い。
それぞれのものがタンスの所定の場所に瞬く間に仕舞われていく。
「ねえ。昔、ユニゾンの練習したわよね。」
「うん。」
「楽しかったね。」
シンジはちょっと以外な気もしたが、素直に同意した。
「ああ、楽しかったね。本当に。」
そう、シンジにとっては、楽しかったのだ。アスカがとっても可愛かった。
可憐で、凛々しくて、ちょっと意地悪で、でも精一杯背伸びをしてて意地らしい少女だった。
その少女も今は大人となって、こうして自分と日々の生活を共にしている。
何だか胸に込み上げてくるものがあった。
「やだぁ。シンジ。なんで目潤ませてんのよ!。」
「そういう、アスカこそ。」
アスカも実は、思い出して切なくなったらしく、目が涙に潤んでいたのだ。
「やだぁ。」
「・・・っぷ!」
笑い出す二人。
*****
陽が傾いてきていた。布団も洗濯物も無くなったベランダはガランとして、寒々しい。
晴れた空。遠くまで青く澄んでいる。どこまでも。
見ていると、そのまま遠くに連れ去られてしまいそうな気がしてくる。
世界の中で、自分の存在の儚さに不図気が付く時。
寒々とした光景。
冬の午後には、そんな残酷さがあった。
不安?。
シンジは、そんな光景を眺めながら、寂しくなって、アスカの方を振り返る。
お互いの瞳の中に、拭い切れない寂しさが浮かんでいる。
二人は抱き合った。
痛いほど幸せ。
痛いほど寂しい。
痛いほど哀しい。
何故?。
もしシンジがこの世から居なくなってしまったら?。
もしアスカがこの世から居なくなってしまったら?。
二人で居ても、世界の中では二人はこんなにも儚い。
でも、だから、お互いに愛し、求めずには居られない。
*****
夕方、二人は食事の買い物に出掛けた。
コンビニからの帰り道、二人は例の、壱中下の公園に寄ってみる事にした。
二人にとって数々の想い出のあるあの公園。
5時を過ぎていたので、もうすっかり暗くなっていた。
辛うじて、西の方の地平線が紅く光っているだけ。
公園の街灯には既に灯かりが入っていた。
二人は、公園の端の、街を見下ろす手摺近くに立って、第3新東京市の夜の輝きを眺めていた。
かつて、二人が守ろうとした街。
綾波の自爆で湖となってしまった街。
『何故、昔通りの姿なんだ?』
「考えちゃ駄目!。」
シンジは気が付いた。
そうだ。僕たち何時結婚したんだ?。
確か、僕はずっとここで待っていた筈なのに。
「止めて!。思い出さないで!。」
そうだ、アスカは、ドイツに居た筈なのにどうしてここにいるんだ。
「お願い、止めて!。思い出さないでぇ!。」
アスカはシンジに泣き縋る。
「アスカ。」
シンジはアスカの泣いて居る顔を見る。
恐ろしい瞬間。
「止めて。どうして?。
夢じゃ駄目なの?。
どうして醒める必要があるの?。
夢で会うのじゃ駄目なの?。」
シンジは、アスカの両肩を強く、しかし優しく掴む。
分かったのだ。
「ごめん。
・・・
アスカ。会えて嬉しかった。
......でも、僕は諦めない。
何時か、本当にこういう日が来るんだ。
僕は、本当にアスカに会うんだ。
・・・
だから、僕は行かなくちゃ。」
「シンジ!。
お願い、行かないで!。」
たった一人だった。
5時を少し回っている。すっかり暗くなっている。
目の前の第3新東京市は、未だかっての中心部の縁に張り付く小さな街に過ぎない。
ベンチに座ったまま眠ってしまったのだ。
体はすっかり冷えていたが、それにも増して、生々しい夢の記憶に心は痛めつけられていた。
ここはアスカの居ない町。
アスカを恋求め続けて未だかなわない現実。
『アスカ!。』
何故、目覚めてしまったのか?。
あのまま夢の中に止まりつづけて、この身は凍死してしまってもよかったのに。
僅かばかりの街の灯かり。
シンジは、声を上げずに泣いていた。
返事がない。
ヒカリは仕方が無いので、そのまま入る事にする。
全く、朝食が片づかないったらありゃしない。
ヒカリが、その部屋に入ると、アスカは、窓際のソファに座ったまま眠っていた。涙を流しながら。
「シンジ、お願い、行かないで!。」
「アスカ!。どうしたのよ。」
ヒカリは驚いてアスカを揺すった。
*****
「シンジ君ね。」
「そうよ。シンジの夢を見たわ。」
アスカは泣き付かれた子供のように不貞腐れて見えた。
「そんなに悲しい夢?。」
「ううん。違う。幸せな夢だった。
でも最後には醒めなければならなかったから悲しかった。」
やれやれ。そんなに会いたければ会いに行けばいいじゃないか。
ヒカリは、かつての親友が、相変わらず26歳になっても意地っ張りなのに呆れていた。
大体、この部屋は何?。壁一面シンジ君の写真ばっかしじゃない。
殆ど、これって異常だと思うわ。そのうち、等身大のフィギュアまで用意したらどうしよう。
あたしの親友が変態さんなんて嫌だわ。
「ごめん。ヒカリ。朝食だったね。
今行くから。」
*****
ヒカリは、4歳になる息子のケンジの口を拭いてやりながら、言った。
「アスカ。さっさとシンジ君に会いに行ってらっしゃいよ。」
それまで何事も無い様に振る舞っていたアスカの顔が引き攣る。
「嫌よ。」
「何で、あんたそう意地はんのよ。
全く。中学ん時からかわんないじゃない。
進歩ないよ。」
「意地じゃない。」
「じゃ何なのよ。シンジ君、ずっと待ってるんでしょう?。」
「ええ。待っててくれる。」
「それって酷くない?。」
「・・・・酷いことくらい・・・・承知してる!。
でも、あたしは会いに行けない!。
会いに行きたい。
でも会いに行けないのよ!。」
「なぜ?。
あたしには全然分からないわ。
こうして今、ドイツに居るけど
あなた、仕事で日本に行くチャンスが多いんだから会えない事なんてないじゃない。
会えるのに会わないなんて、不自然よ。
アスカ。
あなたの場合は、会おうと思えば会えるのよ。」
「分かってる。ヒカリ。
ごめんね。」
アスカは、叱ってくれる親友の事を思って心が痛んだ。
『あなたの場合は、会おうと思えば会えるのよ。』
ヒカリの場合にはもう会えないのだ。
お似合いの二人だったのに。
沈んだ様子のアスカに、ヒカリもさすがに声をかける事が躊躇われたのか、もうそれ以上何も言わなかった。
*****
朝食後、アスカは、またあの部屋に閉じこもってしまった。
ヒカリには、どうしようもなかった。
アスカの様子から、アスカは未だにシンジの事を愛しているのは確かだ。
でも、何故会えないのかヒカリには全く理解できなかった。
ただ聡明な親友の事だから必ず、道を切り開くだろう。そう思うしか無かった。
*****
ソファに顔を埋めながら、アスカはシンジを想っていた。
(
会える筈が無い。
確かに、シンジが釈放される前までは、お互いが余りに離れていすぎた事で、
会ってもどうにもならない隔たりが出来てしまったと思ってた。
でも、それは間違ってた。
あたしは、それでもシンジの側に居て、シンジに近づこうとするべきだったし、そうしたいんだもの。
シンジからメッセージを貰ったとき、あたしはやっとシンジをどうしようもない程愛している事に気が付いた。
シンジが欲しい。
でも、その後で知った。
シンジを奈落の底に突き落としたのには、実はあたしも荷担してたことを。
あのカールスルーエでの馬鹿な研究のせいで......。
どうして会えるのよ。
彼の全てを奪っておいて。
今、シンジに会えば、きっとシンジはあたしを許してくれる。
でも、シンジに他にどうできる?。
許すしか無いところへ追い込んでい置いて、それで許されるの?。
シンジ、ごめんね。
ごめんね。
あたし酷い女だよね。
ごめんね。
ごめんね。
でも会いたい。
会いたい。
会いたい。
あの夢みたいに。
一緒に居たい。
)
そうして暫くアスカは、動かなかった。
やがて、すっくと立ち上がると壁を見回し、一枚の写真の前に立った。
それは一番最近のシンジを写したもの。
日本に駐在している者に頼んで盗み撮りして貰ったものだ。
(
ええい!。
惣流・アスカ・ラングレー様ともあろうものが!。
いつまでぐじぐじ悩んでんのよ!。
あたしには使命があったでしょ!。
そうよ!
あたしはシンジを守るの。
この世界丸ごとね。
シンジ。あたし絶対にシンジ守ってみせるからね!。
)
アスカには、それが自分の能力の射程圏内に入った事を確信していた。
既に激しい感情は去り、再び心には、穏やかだが強かなアスカへの思慕が蘇ってきた。
少し夜風が出てきた。冷たい風。
シンジはコートの襟を立てた。頬を風が切って行く。
それはシンジの体の中に熱いもの掻き立てる。生きている。
冬の空気の底で、この街でシンジは生きている。
シンジは立ち上がった。そして息を大きく吸い込むと叫んだ。
「僕は、アスカが好きだ。」
声は、暗い夜の中に飲み込まれていった。
シンジの心は澄んでいた。
この世界にアスカは生きている。
僕も生きている。
僕は決して不幸じゃ無い。
アスカが生きている限り。
僕はこの想いで自分を満たし、世界を満たして行く。
シンジは、空に向って手を大きく広げた。
頭上には星々が、世界を覆い尽くしている。
この世界全て。
この宇宙全て。
アスカ。
後書き
えっと。外伝と続編の違いって...(~_~;)???
続編のシリーズの方書いててあまりの暗さに辟易して、その反動で
この短編を書きました。
なるべくLAS全開になるように書いた積もりですが、どうやったって最後まで会えない設定
ですからねぇー。ま、こんなもんでしょう。