「オ〜イ!! みんないる〜〜〜!!?」


何処へとも無く大声で辺りを確認する。
が、しかし凄まじい勢いで吹き荒れる風に、その声はかき消されてしまう。
大声を出した者の名は碇シンジ。
彼の周りには誰も居ない、一人孤立していたのだ。


「やっぱりはぐれちゃったな...」


シンジは辺りに気を配るが返事は何処からも返ってこない。
諦めたように呟き、その吐く息は白い。
そして此処にいてもしょうがないと思ったのか、シンジは移動を開始した時...


「...オ〜イ...」
「!」


微かにだが自分を呼ぶ声が聞こえた。
まさしく天の助け! シンジはそう思うと声がしたと思われる方向に歩き出す。

辺りは吹雪、見渡す限り雪、雪、雪、で視界は極めて最悪。
シンジはそんな中に一人で居たのだ。
ワラにもすがる思いで声のした方向を目指す。

だがその時、ガサリと後ろの方で音がした。
シンジは不審に思い、後ろを振り向く。
そして彼が見たモノは...










「グオオオォオォォォォオオ!!」

「ウワアアァァアアアアァ!!!」











冬眠に失敗した熊だった。
はっきり言ってシンジの人生最大のピンチ!
自分の命に係わる事だから、これをピンチと言わずになんと言う。










とにかくシンジは逃げた。
しかし所詮雪の中、パワーのある熊には叶わない。


「アワワワ...」
「グルルルルル...」


あっという間に追い着かれ、最早シンジの命は風前の灯火か?
そう考えた時、一発の銃声が響き渡る。










ターーーーーーーン!










シンジの目前で熊は糸が切れた人形のように倒れ込む。
ズシ〜ンと大きな音と雪煙を撒き散らし、熊の息の根は一発の銃弾によって止められた。
そしてシンジの元に走ってくる三人の影。
どうやらこの三人がシンジを助けたようである。
しかしその三人を見た時、シンジはまた驚いた。


「加持先生!
 それにミサト先生にリツコ先生!?」
「大丈夫かい、シンジ君。
 それにしても間に合って良かった...」
「一体どうして...
 それになんでそんな格好を...」


シンジが見た三人は 「マタギ」 の格好をしていた。
その驚く中、ミサトはシンジに抱き着く。


「シンジ君、大丈夫!?
 心配したんだからぁ...」
「ミサト先生、苦しい...」


心配のあまり、手加減無しで抱きしめるミサトの腕力は想像を絶する。
加持はそんな二人を見て心の中で呟く。


(シンジ君、もっと体を鍛えた方が良いぞ。
 葛城のあの抱擁はかなりヤバイからな...オレも何度死線をさ迷ったことか。
 ま、それよりもいいモノが手に入ったな。 熊鍋とシャレこみますか)


加持は目の前に横たわる熊を見ながらそんな事を考える。
そしてリツコはポケットから無線機を出して連絡を取る。


「こちらマタギ班、シンジ君の身柄を確保。
 これより帰還します。」
(マ、マタギ班って...い、息が〜〜)


シンジはミサトの抱擁を受け、目の前が真っ白になり意識が遠のく。
一瞬お花畑が見えたような気もするが、防寒着を着ている筈のミサトにしては、やけに感触がリアルだな、という考えに及ぶ。
その時、シンジの後頭部に何かが 「ドカ!」 と当った。
そして途端に意識が回復し、視界が戻って彼が最初に見たモノは...


「...なにコレ...それに柔らかい...」


目の焦点が合っていないのか、はたまた近すぎるのか、シンジには目の前にあるのが何がなんだか分からない。
だが感触は分かり、人肌程度の温かさがあるのも分かる。
シンジが目覚めたのが原因なのか、目の前のモノがモゾモゾっと動き、シンジの頭の上の方から声がした。
それもヤケに色っぽい。


「うぅ〜ん...」


その声により意識が完璧に回復、シンジは再起動した。
頭をフル回転させて、今まで何があったのかを思い出す。
それと同時に目の前のモノから音速の速さで離れる。 何か思い当たる節があったのだろう。
そして目の前にあるモノ、手繰り寄せた記憶からはっきりと思い出す。


「ウワアァ!? ミ、ミサト先生!?」


そして後ろに下がり過ぎたのか、バランスを崩して派手に転ぶ。
しかし転んだ割にはあまり痛みが無い。
それもその筈、転んだシンジの下にはムサシがいた。
どうやらクッション代わりされたようだ。
だが何事も無かったかのようにムサシは寝ている。


「そっか、あれから宴会になって...」


シンジは頭を振り周りを見渡す。
「死屍累々」 そんな言葉が良く似合う。
辺りには空になった酒のビンと泥酔者が所構わず寝ている状況だった。

ムサシを見ると、シンジの頭があった場所に彼の右足が置かれている。
この事からシンジを覚醒させた原因、後頭部に走った痛みはこれだと分かる。

シンジはちらりとミサトに視線を送り、顔を赤くする。
赤くなった原因はこれだ。
浴衣が着崩れ、胸の辺りが大きく開いて見えそうで見えない。
シンジは先程までこの胸の中で寝ていた。

顔を赤くし、あられもないミサトの姿を見ないようにして、布団を掛けてあげる。
ここら辺は紳士である。 まさしく好意に値する。
更に親切な事に周りの連中にも風邪を引かないように布団をかぶせる。

一通りの作業が終わり、完全に目が覚めたシンジはふらふらと部屋を出る。
足元がふらつくのは酒が抜けきっていない為だろう。

しばらく歩き、時は既に午前1時、場所はこの建物の中庭。
雪が舞い散る中、シンジはそこに立っていた。
そして一言


「冬合宿...なんかとんでもない所に来ちゃったな。」


暗闇から舞い下りる白い雪を見上げ、実感の篭った言葉だった(涙)











大切な人への想い 外伝

平穏な日常

〜これって冬合宿なの?(前編)〜











カラカラカラ...

シンジは窓を開けて外の空気を思いっきり吸う。
そこから見える景色は、辺り一面銀世界だった。
冷たい空気と差し込んでくる太陽の日差しが気持ち良い。

けど後ろで寝ている者にとっては寒くてしょうがない。
その証拠に布団の中で縮こまっているのが一目で分かる。

シンジ達野球部は冬休みを利用して冬合宿と称する旅行に来ていたのだ。



念の為に説明しますが本編とこのお話は時間軸が合っていません。
では何時なのかというと、シンジ達がまだ1年生の頃の冬休みのお話なんです。

で、どうして冬合宿に来ているかというと、第壱高校ではこういった時期、こういったクラブに対して特別予算と称してお金を出してくれるのだ。
それを利用してシンジ達野球部は冬合宿と称する旅行に来ていた。
「川岸旅館」 シンジ達はそこに宿泊する事になった。
そして何処で聞き付けたのか、ミサトとリツコまでその話に便乗して来たのだ。
でもって初日の晩はミサトの勢いに負けてしまい、シンジ達の部屋で宴会になり今に至る。



シンジは朝日を受け、背伸びをして体をほぐす。
その時、庭の方からシンジを呼ぶ声が聞こえた。
加持リョウジ、野球部の顧問である。


「おはようシンジ君、昨日は大変だったな。」
「おはようございます。
 それにしても知ってたんですか、ミサトさんがああなるって...」
「ハハハハハ。」


その問い掛けに笑って答える加持。
大学時代からの付き合いだから知っていても可笑しくないだろう。
いや、知っていなくちゃ可笑しい。

挨拶が終わると加持は近くを散策する為に消えてしまった。
彼は元来こういった自然に囲まれた所が好きらしい。
その加持を見送ると後ろの方から声がした。 いかにも眠たそうな声で...


「オハヨ〜、シンちゃん...」
「あ、おはようございます、ミサト先せ...って、ウワァ!?
 なんて格好してるんですか!!」


シンジが見たモノはあられもない姿のミサトだった。
普段はピシッと(一応)しているんだが、寝起きはダメ。
シンジは顔を真っ赤にしてなんとか目を背けるが、結局チラチラと見てしまう。
まあ、この歳の男子だったら当然の事だ。










☆★☆★☆











「オハヨー、シンジ君。」
「オハヨウ、霧島さん。
 結城先輩もおはようございます。」
「おはよう、碇君。」


シンジが旅館の廊下を歩いている時にちょうど声を掛けられた。
心なしか緊張している。 その理由はマナの隣にいる結城モモコという女性の所為だ。
モモコは3年生で既に引退しているが、野球部のマネージャーをやっていた。 いわゆるマナの直属の先輩に当たる。
落ち着いたその仕草、浴衣の上からでも良く分かるその肉体、そして濡れた髪とほんのり赤くなったその顔。
マナとは違い、「女性」 を感じさせる。 男だったら涙を流して喜ぶ所だね。
というわけで、彼女のその姿を見ると風呂に入ってきた事が分かった。
良く見るとマナもそうである。 彼女達からは湯気がほくほくと昇っている。


「あれ、お風呂に入ってきたの?」
「うん、そうだよ。
 やっぱ露天風呂って良いわね。」
「風呂は良いね、風呂は人が作り出した至高の存在だよ。」


そこへいつもの聞き慣れた声がした。
渚カヲル、その人である。
良く見ると着替えと洗面用具一式を入れた桶を持っていた。 どうやらこれから入るらしい。


「中でも露天風呂は最高だね。
 好意に値するよ。 つまり好きって事さ。」


カヲルがいつもの調子で、笑顔と白い歯を輝かせながら言い終わる頃にはシンジ、マナ、モモコは既にいなかった。
屋根から雪が落ち、「ドサッ!」 という音がヤケに響く。
カヲルは一瞬だけ寂しそうな笑みを浮かべるが、すぐに立ち直る。


「まあいいさ。
 それよりもお楽しみはこれから...」


ゴソゴソと桶の中からお酒を出してくる。
それはもちろん露天風呂で雪見酒とシャレこむ為のモノである。
彼はそそくさと露天風呂の方へ消えていった。










☆★☆★☆











「イィ〜〜〜ヤッホ〜〜〜〜ゥ!!」
ザザッ!


ムサシが気持ち良く滑って行く。
シンジ達一行は朝食も取り終わり、早速スキーを楽しんでいた。

ムサシは勉強はダメだがスポーツ万能なのでスキーはお手の物。
マナはムサシと違い、勉強も出来てスポーツは大抵のモノはこなしてしまうので心配無用。
ケイタは...人並み程度には滑れるようになってきた。
カヲルはまだ露天風呂。

その他のメンバーも思い思いに楽しんでいたが、シンジは何故かスキーはあまり上手ではないらしい。
その為に足をひねってしまい、大事を取って旅館へと帰って行った。
ちなみにゲレンデから旅館までの距離は結構近い。










ガラガラガラ

「ただいまー...って家じゃないんだった。
 さてと、スキー道具を返さなきゃ...」


シンジが旅館でレンタルしたスキー道具を返し、広間に来た時にリツコと会った。
いつもとは少し違い、リツコは眼鏡を掛けている。
視線をずらすとその手には本を持っていた。


「あらシンジ君、スキーをやってたんじゃないの?」
「ちょっと足をひねってしまって...
 あれ、その人は?」


ちょうどシンジの死角にいた少女が出てきた。
黒く艶やかな髪と大き目の眼鏡、そして大人しそうな仕草をした少女だった。
その少女はシンジに向かって話す。
話し方は遠慮がちに聞こえるのだが、その目には強い意志が感じられる。


「大丈夫ですか?
 診ておいた方が良いと思いますが...」
「いや、軽くひねっただけだから大丈夫...」
「ダメです! そういう思い込みが危険なんです!
 私が診ますからそこに座って下さい。」
「ハ、ハイ...」


強い押しには叶わないシンジであった。
しかも女の子からだと尚の事である...

その少女は手早くシンジの足を診る。
シンジにはその時の顔が真剣でとても綺麗だったので、思わず見惚れてしまった。


「...これくらいならテーピングで固めておけば大丈夫ですね。」


そう判断すると少女はこの旅館に備え付けてある救急箱を持ち出し、中から出したテーピングでシンジの足首を固めて行く。
しかもその作業が素早かったので、隣で見ていたリツコもシンジと一緒になって驚いた。
そして一通りの手当てが終わるとシンジに笑顔で終わりを告げる。


「これで大丈夫です。
 激しい運動はダメですが、普通に歩くくらいなら問題ありませんよ。」
「ありがとう。 え〜と...」
「あ、ゴメンナサイ。 自己紹介がまだでしたね。
 私の名前は 『川岸 マユミ』 です。」
「僕は碇シンジです。
 ありがとう、川岸さん。」


いつも通りに笑顔で答えるシンジ。
その笑顔に早くも撃墜されてしまったのか、マユミの顔は赤くなってしまう。
元が色白だけに目立つのだが鈍感なシンジには分からない。
それを不思議に思ったシンジはジッとマユミの顔を見てしまい、赤くなった顔は更に赤くなる。
さすがにマユミの事が可哀相に思ったのかリツコが間に入った。


「シンジ君、女の子の顔をジロジロ見るのは失礼よ。
 彼女はこの旅館の娘さんなの、シンジ君と同い年よ。
 この辺りの事は良く知っているから彼女に聞くのが一番ね。」
「そうなんだ。
 よろしくね、川岸さん。」
「よ、よろしく...」


シンジに笑顔を向けられ、マユミはまともに正視すら出来ない。
しかしシンジに他意は無い。
リツコはそんな二人を見て苦笑する。


(全く、ミサトがこの場にいたらどんな事になるのか分からないわ)


だがこの3人は知らない。
物陰に隠れてミサトが見ていた事を...

彼女はどんな事が起きても、こんなおいしいモノを見逃す筈が無い。



平穏な日常 〜これって冬合宿なの?(前編)〜  完

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