大切な人への想い

第壱話  第3新東京市





「へ〜 いい眺めだな。 公園からこの街を一望できるなんて。」


そこには夕焼けに染まる街並みがあり、少年がそれを眩しそうに眺めていた。
そして少年は目を細めて呟く。


「綺麗だ...
 第3新東京市か...なかなか良さそうなところだな...」


公園ではまだ子供たちが遊んでおり少年はそれを見て微笑んだ。
しばらくの間子供たちを目で追っていたが、それに飽きたのかまた街並みを眺めた。
赤く染まった景色を見ていると突然少年の頬に一筋の涙が伝った。


「...また思い出しちゃったな...何度もやめようと決めたのに...」


そう呟き、涙を手で拭う。
するとどこからか歌が聞こえてきた。

......〜フンフンフンフンフン♪


少年があたりを見回すと少し離れたところで自分と同じように街並みを眺めている少年を見つけた。
どうやらこの少年が歌っていたらしい。

(いつのまに僕の横に来たんだろう?)

そう思っていると突然歌っていた少年がしゃべり、こちらを向く。


「歌はいいね。
 歌は傷ついた心を癒してくれる。
 人が産みだした文化の極みだよ...
 そうは思わないかい...キミ?」


驚いた。 自分の心の内を見透かされたようだった。
それと同時に自分の心がその少年に惹かれて行くのに気付いた。


「...キミは誰?」
「やれやれ、人に名前を訊ねるんだったら先ず自分から名乗るものだよ。」


その少年は微笑みながらそう言った。


「あ...ゴ、ゴメン」
「ハハハ、こちらこそ謝るよ。
 いきなり話してきたのはこっちだからそういう風に言うのは当然さ。
 僕はカヲル、 『渚カヲル』 よろしく。」


するとまた渚カヲルと名乗る少年は微笑んだ。


「僕は六ぶ... じゃなかった。
 碇、 『碇シンジ』 こちらこそよろしく。」


シンジも微笑みながらそう答えた。
しかしカヲルの姿を見たときシンジは驚いた。
髪の色は鮮やかな銀色、中性的なその顔立ち、自分と同じく華奢な体
そして一番驚いたのはその瞳の色である。
瞳の色は燃えるような赤であった。
それは夕日に照らされている為では無く、生まれつきであろうことがシンジには分かった。


(この人...同じだ...)
「碇...シンジ君か...
 僕はこの辺に住んでいるんだけど...キミは見かけない顔だね。
 どこに住んでいるんだい?」
「あ、僕は最近ここに引っ越してきたんだ。
 だから見かけないのは当然だよね。」
「そうなのかい。
 どうだい、この街は?
 気に入ってくれたかな?」
「もちろん気に入ったよ。」


シンジは街並みを見ながら答えた。
カヲルも同じように街並みを見た。










「...人は出逢い、愛し合い、そして別れ、また巡り逢う。
 人生は悲しい事ばかりじゃないよ。
 生きていれば幸せになれるチャンスはいくらでもあるさ。」
「!」


シンジは驚いてカヲルの方を向いた。
しかしカヲルは街並みを見いて、また歌いはじめた。

〜フンフンフンフンフン♪

シンジもまた街並みを見た。










☆★☆★☆











コロコロコロコロ...
シンジの足元に野球のボールが転がってきた。
そのボールを拾い、それを見るシンジの顔がわずかに曇る。
だが気付くと少し離れたところにグローブを着けた小さな子供がいた。

「これ キミの?」シンジが聞くと子供は「うん!」と元気よく答えた。
「それ!!」シンジもまた元気よく答えボールを投げ返えした。
「ありがとう。」とボールをキャッチした子供は屈託の無い笑顔でお礼を言った。
シンジはそんな少年に微笑んで手を振った。


「優しいんだねシンジ君は。」
「そ、そんなことないよ。」


シンジは顔を真っ赤にして答える。










☆★☆★☆











太陽はそろそろ大地に還ろうとしていた。
二人でそれを眺めていた。


「...綺麗だね、渚君。」
「カヲルでいいよ。」
「じゃあ、僕のこともシンジでいいよ。カヲル君。」
「ありがとう。シンジ君。」
「フフ」「ハハ」


二人は笑った。










「・・・ちゃ〜ん そろそろゴハンですよ〜」


しばらくすると どこからかそんな声が聞こえてきた。
すると「ハーイ!」と元気な声が聞こえてきた。
どうやら子供を迎えに来た母親だった。
そしてうれしそうにその子供は母親と手をつなぎ家に帰っていった。

(もうそんな時間なんだ)

そうシンジが思っているとカヲルが聞いてきた。


「そういえばシンジ君はどこの学校に入るんだい?」
「あ、僕は高校の入学に合わせてこっちに来たんだ。
 学校は第壱高校だよ。」
「じゃあ僕と同じ学校だね。僕もこれから入学するんだよ。」
「え?本当?じゃあ同じクラスになれたらいいね。カヲル君。」
「そうだね シンジ君。」
「フフ」「ハハ」


二人はまた笑った。










☆★☆★☆











「ただいま。」
「あら おかえりなさい、シンジ君。」


そう答えたのは 『碇ユイ』 シンジの母親の姉にあたり、シンジの叔母である。
40歳近い年齢にもかかわらず、その容姿はとても美しく20歳代後半でも通用する。
そしてシンジの母親と姉妹でもあるので、姿や雰囲気はよく似ていた。


「もうすぐゴハンができるからちょっと待っててね。」
「ハイ。」


シンジは自分では気付かなかったが笑顔で答えた。
そんなシンジにユイは気付いたが 「なぜ?」 とは聞かなかった。
シンジは自分の部屋に向かおうとしたが、後ろからユイに声をかけられた。


「今日はどこへ行っていたの?」
「丘の上の公園です。
 いいところですね、あそこは。
 この街を一望できましたよ。しばらくの間そこでこの街を眺めていました。」
「そう、よかったわね。
 あそこから見るこの街はとても綺麗よ。
 私もたまに行くときがあるわ。シンジ君と同じように夕暮れ時にね。」
「そうなんですか。でもこんな時間に行ったら夕飯の支度が遅れませんか?」


シンジが笑っていたのでユイは驚いた。
いつになく多弁なシンジに、そして笑っていたのである。
シンジがこの家に養子として来た頃は笑ったとしてもそれは作った笑いであり、本当は笑っていないことにユイは気付いていた。
だが今のシンジは心から笑っていたのである。


「フフ そういうときはちゃんと下拵えをしてから行きますから大丈夫よ。」


シンジの笑顔が消えないようにユイも笑顔で答えた。





ガチャ
ドアが開く音がするとそこにはユイの夫の 『碇ゲンドウ』 の姿があった。


「あらおかえりなさい、あなた。」
「おかえりなさい、叔父さん。」
「...ああ...」


ゲンドウはそう言うと自分の部屋に向かった。
シンジは少し困った顔をしてその姿を見ていた。
シンジはどうやらゲンドウは苦手らしい。


「クス、あの人照れているのよ。
 シンジ君におかえりと言われて。」
「そうなんですか?」


シンジが不思議そうに聞くとユイは優しい顔をしていた。


「それにシンジ君が笑っていたのにあの人も気付いたのよ。」
「!」
「フフ、さて夕飯の支度をしなきゃ♪」


シンジは驚いた。自分が自然に笑っている事に。
そしてそのシンジを見たユイは、嬉しそうにキッチンに向かった。









(そういえばこんな風に笑ったの久しぶりだな...)シンジはそう感じた。



第壱話  完

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