「ねえ兄さん、今度の大会ガンバってね。」
「ああ、絶対に優勝してみせるよ。」
「クス。」
「な、なんだよ。」


リビングでは一組の兄妹が仲良くしゃべっていた。
妹は絨毯に寝そべって兄の方を向き、兄はソファーに腰掛けスパイクの手入れをしながら、時々妹の方を向きしゃべっていた。


「別に優勝なんかしなくていいよ。 兄さん真面目なんだから。」


妹は笑いながらしゃべった。
空色の髪に色白の肌、そして紅い瞳。
兄はその笑顔にドキリとして慌ててスパイクの手入れをした。


「優勝できなかったら悔いが残るだろ、だからだよ。」
「ふーん、カワイイんだね兄さんは。」


顔を真っ赤にして答える兄を楽しそうに見ていた。
短めにカットされた癖の無い黒い髪、母親譲りの中性的な顔立ち、一見華奢に見えるが無駄な肉が着いておらず引き締まった体、そして優しいその瞳。

妹にとって兄は憧れの存在であった。
優しいその性格によって誰にでも好かれ、努力を怠らない真面目なところもあり、そのおかげで県内でも一目をおかれる存在であった。
何よりいつも絶やさないその笑顔がとても魅力的で、多くの異性の心を奪っていた。
だが兄自身はそんな事には気付かないので、妹にとって悩みのタネでもあった。
そんな事を考えていると自然にため息が出てきた。


「はぁ...」
「どうしたの、ため息なんかついて?」


心配そうに兄が聞いてきた。


「ん〜 兄さんには分かんない悩みだよ。」
「??? なにそれ。」
「ほらやっぱり分からない。」


兄はまったく分からない様だった。
これさえなければといつも思っているのだが直らないモノは直らない。
逆に変に鋭くなると、それはそれで困ってしまう。
試合の時はナイフのような頭の切れを持ち、色恋沙汰の時は大ボケをかましてくれる。
ある意味、バランスが取れているからいいかもしれないと思った事もあった。


「応援しに行くからカッコイイとこ見せてね。」
「優勝するんだから任せてくれよ。 絶対カッコイイとこ見せてあげるからね。」
「だ〜か〜ら〜 優勝なんかしなくてもいいから。
 ...って真面目な兄さんに言ってもしょうがないか。
 気持ちは分からないでもないけどね...エイ!」


妹はスパイクの手入れをしている兄の後ろに回り、いきなり抱きついた。
兄の背中には柔らかい感触が2つできた。


「な、な、何するんだよ!」


さすがにこれには兄は焦った。
しかし妹はそんな事も気にせず、自分の顔を兄の顔に近づけてしゃべってきた。


「ま、とにかく今度の大会がんばってね、兄さん。」
「......
 ああ、頑張るよ。」

妹は満面の笑みを浮かべながら大好きな兄を激励した。
すると兄がとびっきりの笑顔で答えてきたので今度は妹の方が赤くなった。
最早兄の顔を直視できない。
兄はそんな妹の心を読むことができず?マークを何個も頭の上に作っていた。





(...兄さんの鈍感...)


妹は心の中で囁いた。

















pipipipipi  pipipipipi


突然外界からの刺激がきた。

どうやら目覚しが鳴っているようだ。
夢の世界から呼び戻されたその人は目覚しを止めるとゆっくりと上体を起こした。


「...朝か...」


碇シンジがしゃべった。











大切な人への想い

第弐話  入学











ここは第3新東京市立第壱高等学校
今日はこれから高校生活を始める人達の入学式がある日。
これから始まる高校生活に期待を抱くモノ、不安を抱くモノ、その想いは人の数だけ存在するがそんな想いを一蹴する存在もいた。


「ハーハッハッハッハッハ!!!」


校門の前では腰に手を当て大きく胸を張って笑っている少年がいた。
褐色の肌に無駄無く鍛えられた体、光り輝く白い歯、何より自信に満ち溢れたその表情が目立つ。


「ついに ついにこの日が来たんだ。
 長かったぜ...
 この高校に合格してから早くこの日が来ることをどんなに待ちわびたことか...
 だがついにこの日がきた!!!」


腰に当てていた手を握り拳に変えて力説していた。
そんな少年を避けて通るまわりの人々、どうやら少年は自分の世界に行っていた。


「よ〜し!! オレはやるぞ!!!」


片方の拳を天に向けもう片方の手を腰に当てて叫んだ。
だがそんな自分の世界に行っちゃっている少年を現実世界に引き戻す者達がいた。

バキ!

「朝っぱらから何恥ずかしい事やってんの、このバカ!!」
「...まったくいつにも増して恥ずかしいヤツだな...」


坊主頭の少年と茶色のショートヘアの少女であった。
少年の方はこめかみに手を当てて呆れていた。
少女の方は腰に手を当てて怒っていた。ちなみに殴ったのはこの少女である。


「いてて...
 誰だ!! オレのことを殴ったのは...って
 マナ! オメーか!!」
「なに言ってんのムサシ! そのままにしたらアンタどこまで突っ走るかわかんないでしょ!」
「まったく凶暴な女だな。 ケイタ! オマエもなんか言ってやれ!」
「なーに言ってんのよ! 全く...なんでこんなのが私の幼なじみなのかしら?
 私の人生の唯一の汚点だわ!」
「けっ!! まだ15年しか生きていないのになにが人生だ。
 よし、これから沢山汚点を作って唯一じゃ無くしてやる!!」
「なんですって〜!! あんた何言ってるのか分かってんの?」
「ああ分かってるさ!! さ〜て先ずは何をしてやろうか。」


いつ果てるとも分からない二人の喧嘩を見ていたケイタと呼ばれた少年が間に入ってきた。
彼はこのままでは入学早々に有名人になりそうだと危惧したが、既に成りつつあるのを知らないようだ。


「ねえ、早く行かないと時間に間に合わないよ。」


その言葉に気付いた二人は時計を見る。
途端に顔色が変わる、青ではなく赤にである。


「な、なにぃ!! もうそんな時間なのか?」
「うそ? こんなことしてる場合じゃないわ!!」
「だから早く行こうよ。」
(全く二人とも回りの状況も見てほしいよ)ケイタは呆れていた。


3人の周りには人垣ができていたがそんなのは構わず校舎のほうに走っていった。
(二人には羞恥心というのはないのかな?)一番の被害者であろうケイタは毎回こう思うのであった。










☆★☆★☆











時間は少し前−−−
碇シンジは校門にいた。


「ここが第壱高校か。」


第壱高校は街の中心からは離れていたが、回りには緑が沢山あり、良い環境といえばその通りであった。
校舎はA棟、B棟と二つに分かれておりA棟が3階建て、B棟が4階建てになっている。
その他の施設は体育館とプールが、グラウンドにはサッカー、野球、陸上、テニスと一通りの設備が揃っている。


「そういえばクラス分けの掲示板があるはずだ。」


早速シンジは掲示板の方へ向かった。
その掲示板は桜並木の場所にあり、桜の花びらが舞い散る中にこれからの高校生活を決めるクラス分けが張り出されていた。
そこでは自分がどのクラスになったのか、また友人がどのクラスになったのかを確かめる人たちでいっぱいだった。
シンジは親しい友人がこの街にはまだいないので自分の名前だけ探した。


「あ、F組か。」


この学校の一学年のクラスはA〜Jの計10クラスに分かれていた。
自分の名前を見つけたシンジにとっては最早することが無いので、少し早いが教室に向かおうとしたが、前に会ったカヲルの事を思い出した。


「...カヲル君もこの学校に入学するんだよな。」


シンジはしばらく考えた末、カヲルの名前を探し始めた。


「え〜と...渚カヲル、渚カヲル...と。」
「呼んだかい? シンジ君。」
「カ、カヲル君?」
「おはよう、シンジ君。」


突然後ろから声をかけられシンジは驚いた。
そしてそこには、前に会った時と同じ笑顔があった。


「もしかして僕の名前を探してくれていたのかい?
 そうだとしたらうれしいな。」
「あ...ハハハ
 探していたんだけど、まだ見つけていないんだ。」


カヲルが笑顔で聞いてきたせいかシンジは慌てて答える。
無論シンジの顔は赤い。


「そうかい、ところでシンジ君はどのクラスになったんだい?」
「僕はF組だよ。」
「じゃあF組から探そう。」


さらりと答えるとカヲルはF組から探し始めた。
一緒にシンジも探したがカヲルの方が先に自分の名前を見付けた。


「...あった。」
「え、本当カヲル君?」


F組のところにしっかりとカヲルの名前が書かれている。


「一緒だね、シンジ君。」
「これからよろしくね、カヲル君。」

シンジは嬉しかった。矢張り知った人がいると嬉しくなるものである。
しかししばらくしてカヲルがF組のところを見ていると、視線がとまった。


「あれ、彼らも同じクラスなんだ。」
「彼ら?」
「あ シンジ君は知らないよね。彼らというのはだね...」
「ようカヲル、クラス分けどうだった?」


突然後ろからの声に気付くと、二人の少年と一人の少女が立っていた。


「やあムサシ君、ケイタ君、霧島さん、おはよう。
 ちょうど良かった、シンジ君こちらの3人が彼らなんだ。」
「え、何々?カヲル、それからその人誰なの? カヲルの友達?」
「やれやれ、せっかちな人だね霧島さんは。」


カヲルがその問いに答えるようにシンジを3人に紹介した。


「こちらは碇シンジ君、少し前に友達になったんだ。
 とは言っても一度しか会っていなかったんだけどね。」
「碇シンジです。 最近こっちに引っ越してきたんです。 よろしく。」


シンジは笑顔で答える。
それに対し3人も自己紹介を始めた。

「そうか、オレはムサシ。 『榛名ムサシ』 って言うんだ。
 オレの事はムサシでいいぜ。 よろしくなシンジ。」
「私は 『霧島マナ』 マナって呼んでいいからね。
 よろしくねシンジ君。」
「最後に僕はケイタ 『東ケイタ』 。 僕たち3人は幼なじみでカヲルとは
 中学からの付き合いなんだ。 よろしくシンジ。」


一通り挨拶が終わるとカヲルが話してきた。


「さて、挨拶は終わったかい。
 ムサシ君、ケイタ君、霧島さんはちょっと変わっているけど、みんないい人だよ。」
「なに言ってんだよ、おまえが一番変わってるくせに。
 それよりもシンジ、よくカヲルと友達になれたな。
 こいつ結構人見知りが激しくてなかなか友達になれないんだぜ。」
「え、そうなの?とてもそんな風には見えないけど。」
「ううん本当よ。 3年間カヲルと同じ中学にいたけど
 友達と呼べるのは私たち3人だけだったわ。」
「ちょっと待ってくれないかい。
 それだと僕が友達を作るのが苦手だと思われてしまうよ。」
「ハハハ けど僕たち3人とは会ってすぐに友達になったね。
 それと同じなのかな。」


5人は笑った。
ふとシンジが時計を見ると時間があまり無いのに気付いた。


「そろそろ教室に行かないと遅刻するよ。」
「そうそう、キミたち3人は僕とシンジ君と同じくF組だから。」
「え、そうなんだ。」
「あ、本当ね。」
「じゃあ早く行こうぜ。」















そして5人は急いで自分達のクラス、F組の教室に向かった。
これから始まる高校生活の最初の出発点となるF組へと...



第弐話  完

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