空には雲一つ無く青い空がずっと続いていた。
その下にあるグラウンドは太陽のエネルギーによって熱くなっており陽炎が立つほどだった。

タッタッタッタッタ

その中を少年は一人で走っていた。 もうグラウンドを何周したのか分からない。
だが少年はまだ走る。
足腰の鍛練の為、そして体力を付ける為に走っていた。


「よし ラストスパートだ!」


少年は一気に走り出した。
体の熱を下げるために流れ落ちる汗にも構わず走り続けた。
酸素が不足しているのか息がどんどん上がっていく
心臓の鼓動リズムも全身に早く血液を循環させる為に上がっていく
それにも構わず全力で走りきり、今日のランニングを終えた。

少年は走り終えるとその場に崩れ落ちた。
そして仰向けになり手と足を広げ、大の字に寝っ転がる。


「ハアッハアッハアッハア」


酸素を一気に肺に取り込む。
胸が大きく上下する。
少年は抜けるような青い空を見つめていた。





「相変わらず真面目ねぇアンタは。」


いきなり声をかけられた。
少年が顔を声のした方へ傾けるとそこには一人の少女がいる。
腰の辺りまで伸ばした栗色の髪と見上げた空よりも蒼い瞳。
少年はその少女の事を知っていた。


「ああ、大会も近いからね。 ちゃんと体力を着けないと途中でへばっちゃうよ。
 それに僕の夢でもあるんだから。」


少年が笑顔で答えると少女は微笑んだ。
少女もまた少年の事を知っていた。


「そんなにがむしゃらにやっていると試合前にへばっちゃうわよ。」


そう言いながら少女は少年の横に座る。
しばらくの間二人は空を見ていた。


「...今度の試合、頑張りなさいよ。」


少女は空を見上げながらそう言った。





「ハハハ。」
「な、なによ。」
「ゴメン。
 妹と同じ事を言ってたから思わず笑ったんだ。
 『勝って』 ではなくて 『頑張れ』 ってね。
 ホントにゴメン。」
「ふ〜ん、相変わらず仲のよろしいことで。
 ...でもうらやましいな兄妹がいるのって。」
「居たら居たで苦労すると思うよ。」


少年はそんな事を言っているが顔は満更でもなかった。
ふと少年は妹と同じ事を言った少女にその疑問を訊ねた。


「...でもなんで優勝しろとは言わないの?」
「そりゃ〜優勝するなんて思っちゃいないからよ。」
「な、なんだよその言い方、傷つくなぁ。」
「フフッ ボヤかないボヤかない。」


少女はさらりと言い返す。


「じゃあもし優勝したらどうする?」
「そうねぇ...
 よし! 帰り道の途中にある、あのおいしいお好み焼き屋さんで奢ってあげる。
 なんなら友達誘ってもいいよ。」


少女は最初から優勝するとは思っていないのだろうか。


「その言葉、覚えたからな。」
「クスッ」


二人は笑っていた。そのかけられた言葉の裏側にある気持ちを理解していたから。





「頑張ってね。」
「ああ。」


二人はまた抜けるような青い空を見ていた。






















大切な人への想い

第参話  夢を話す難しさ











ここはシンジ達のクラスのF組−−−
入学式は既に終わり、HRに移ろうとしていた。


「は〜、ようやく終わったな入学式。
 しっかし校長の話やたらと長っかったな、なんで老人はああも長々と話せるんだ?」
「ふぁ〜...そうだねムサシ、僕なんか寝ちゃったよ。
 あ、けどちょっとだけね。」
「入学早々度胸あるなシンジ。
 けど僕も何度眠りそうになったか。
 ふぁ〜...まだ眠いや。」
「フフッ、甘いなケイタ。
 オレはぐっすり眠らせてもらったぜ。」
「あ〜! 変だと思ったらやっぱり眠ってたのね!!
 本当に神経の図太いバカなんだから!」
「いいじゃないか オレは自分に正直なだけなんだよ。
 オレの性格は知ってるだろ。」
「だったらその性格早く直しなさい!!」
「あ あのさもう止めた方がいいと思うよ。」
「シンジ君の言う通りだよ。
 全くよく飽きないね、僕には理解できないよ。」


そう言うとカヲルは肩を竦めた。
その時ドアがガラガラっと開き、このクラスの担任が入ってきた。
ザワザワッとクラス全体が騒ぐ。
それもその筈、担任の姿は美しく、腰のあたりまで伸ばした黒い髪、そしてモデルのようなはちきれんばかりのナイスバディとその顔立ち。
男子生徒達はこのクラスになれた事を神に感謝した。


「ハイハイ、みんな自分の席に着いて。」


担任がそう言うと生徒達は自分の席に着く。
全員が席に着いたのを確認すると担任は黒板に自分の名前を大きく書き挨拶をはじめた。


「え〜と、今日からこのクラスの担任を務める 『葛城ミサト』 と言います。
 よろしくねん。」


最後にクラスのみんなにウインクをした。
モデル並みの容姿をしたミサトにこんなことをされたのだ、男子生徒のほとんどが虜にされた様だった。

ガタン!

「オレは榛名ムサシです!! よろしくお願いします!!」


いきなり席を立ち、直立不動の体勢でムサシは自己紹介をした。

バキ!

「い、いきなりアンタは何恥ずかしい事やってんのよ!!」


マナが顔を赤くしてグーで殴った。
ケイタは、またはじまるのか、と思って呆れている。
カヲルは涼しげな顔をしている。
シンジを含めたクラスの全員は硬直した。


「元気いいのね、ムサシ君。
 元気のいい人は先生大好きよん。」
「本当ですか、葛城先生! ありがとうございます!!」


ミサトは笑顔で答える。
それに対し、ムサシは殴られたところを手で押さえながら答えた。


「ミサトでいいわよん♪ムサシ君。 それからみんなもね。」


オオオオオオオ クラスからは歓喜と感嘆の声が響いた。










☆★☆★☆











「さて、じゃあみんなにも自己紹介をしてもらおうかしら。
 それじゃあ最初の人は そうね...
 キミ! 廊下側の一番前のキミからはじめて。」


一番目はケイタであった。
ケイタは立ち上がり前を向いて自己紹介をしようとした時ミサトに止められた。


「違う違う、私にじゃなくってみんなに自己紹介するのよ。」


ミサトはニコニコしながら言った。
ケイタは頭を掻きながら少し恥ずかしそうにみんなの方を向いて自己紹介を始めた。


「え〜と 東ケイタです。 出身中学は第壱中です。
 基本的に体を動かすのは好きなので中学では野球をやっていました。
 ポジションはショートでした。
 みなさんよろしくお願いします。」


自己紹介が終わると拍手が起こった。

(...野球か...)シンジは心の中で呟く。

「へー 野球をやってたんだ。
 じゃあここでも野球をする気なんでしょ、先生も応援するから頑張ってね。」


ミサトにそう言われるとケイタは顔を赤くして席に座った。





「ケイタ君の次はその後ろね。」


ケイタの後ろのシンジは考え事をしているのか気付いていない。
そこへケイタが小声でシンジの名前を言ってようやく気がついた。


「シンジ、シンジ。」
「え? ぼ、僕の番?」
「そっ、キミの番よ。
 自己紹介のネタでも考えていたの? 先生期待しちゃうわよん。」


どっと笑い声が響きシンジは顔を赤くし、そのまま自己紹介へと移る。


「えっと...僕は碇シンジといいます。 中学までは関西の方にいました。
 クラッシックをよく聞いていたせいかチェロを弾く事ができます。
 第3新東京市にはまだ慣れていないので、みなさんよろしくお願いします。」


シンジは笑顔で自己紹介をした。
その笑顔は破壊力抜群でクラスの女子生徒達の心を奪い、それを見た男子生徒達はブスッとした。
しかしシンジにはまったくその自覚が無かった。

(これは面白くなりそうね)

葛城ミサト29歳 色恋沙汰には目がなかった。





廊下側の列の紹介が一通り終わると次は隣の女子の列にきた。
二人ほど女子の自己紹介が終わると次はマナの番が来た。


「霧島マナです。 第壱中から来ました。
 体を動かすのが好きなんですが中学では野球部のマネージャーをやってました。
 だからこの学校でも野球部のマネージャーをやるつもりです。
 というわけでみなさんよろしくお願いします。」
「あら それじゃあケイタ君のことは知っているのね。」


ミサトが聞いてきて、マナがそれに答えようとした時−−−

ガタン

「実はその通りなんですよミサト先生!
 オレとケイタは野球部員でコレがマネージャーをやってたんですよ。
 いや〜 これでも結構強い方だったんですよ。
 ホント、ミサト先生にもこの榛名ムサシの勇姿をお見せしたかったな〜」

バキィ!

「何勝手なこと言ってんの! 今は私の自己紹介でしょ!!
 それになーにーがあんたの勇姿ですって! あんたそんなに活躍してた?
 第一うちは弱かったじゃない!
 いっつも一回戦負けで練習試合でもあんまり勝てなっかったくせに!!!
 そ・れ・か・ら 私のことをコレですってぇ(怒)何様のつもりよ!!!!」


グーでまたもや殴るマナ、それをまともに受けてぶっ飛ぶムサシ。
二人のあまりにも壮絶な姿を目の当たりにして、彼らの事をよく知っているもの以外はまたも硬直してしまった。


「霧島さん、どうやらムサシ君は気絶しているようだよ。」


さらに追い討ちをかけようとしているマナに対し一人涼しげな顔をしていたカヲルが、ムサシの目に光を当て瞳孔が開いているのを確認して冷静に言った。
その一言でクラスの何人かは硬直が解けた。


「あ、あ...
 き、霧島さんありがとね。
 ...ムサシ君大丈夫なの?」


そこにはピクリとも動かないムサシの姿があった。


「多分大丈夫です。 自分の番が回ってくる頃には気付くと思いますよ。」


その問いにはケイタが答える。
彼らの事を良く知る者だけが言えるセリフであった。
おとなしく座るマナと頭を押さえて呆れ果てているケイタ。


「結構苦労しているんだね。」
「もう慣れたよ...シンジもこれから大変だぞ。」
「ア、ハハハ...(汗)」


二人の幼なじみであるケイタに言われると不安が急激に増してきた。
乾いた笑いしか出ないシンジであった。










自己紹介がまた始まり何人か終わるとカヲルの順番が来た。


「渚カヲルです。
 ムサシ君、ケイタ君、霧島さんと同じ第壱中から来ました。
 彼ら3人とは違って僕は運動はあまりやらないほうですね。
 まあ、なにはともあれよろしくお願いします。
 ...あ、そうそう。 彼等3人はああ見えても仲がいいんですよ。
 彼等とは友達なので誤解しないでくれるとうれしいですね。」
「な、なんですってカヲル!!
 どーして私がこのバカと仲良くしないといけないのよ!!」


カヲルの発言を聞いてマナは勢い良く立ち上がって反論した。
彼女の指差す方向には屍と化したムサシが無様に横たわっている。


「あれ?違うのかい?霧島さん。
 だとしたら僕には霧島さんの事が理解できないよ。」
「な、な、な...」


顔が真っ赤になってなにも言えないマナ、そんな彼女を冷やかすクラスメイト達
ミサトはしばらく傍観を決めていたが、これ以上はさすがに可哀相に思えてマナを助けた。


「ハイハイ、みんなそのぐらいにしましょ。
 カヲル君ももうマナちゃんをいじめないでね。」

(これ以上やったら私がからかえないじゃない)

葛城ミサト29歳 他人の恋愛には興味深々であった。


「そうですね。 ゴメンね霧島さん。
 というわけでみなさんよろしくね。」
「だからなんで私とムサシの事でアンタによろしくなんて言われなきゃいけないの!!」
「何がだい? 僕は自分の事を言ったのに。」
「あ...」


どうやらマナは大きな勘違いをしていた。
またもクラスメイトから冷やかされるマナ。
担任のミサトは、そんなクラスのみんなを微笑ましく思っているのか、笑顔を絶やさずに見ていた。
しかし頭の中はこんなモノ...

(ちっ、やるわね彼は。 とにかくムサシ君とマナちゃんは要チェックね)

ミサトはそう思いながらノートに二人のことを書いていた。
ノートの表紙には極太明朝体で、でかでかと”極秘”と書いてあった。
しかしこの中で一番かわいそうな人は気絶したまま放置されているムサシであった。





そう思っていたらすぐにムサシの順番になった。


「えーと次はムサシ君の番なんだけど
 ...彼、意識回復した?」


ミサトが困っているとマナがツカツカとムサシの方に歩いていき、彼の胸倉を掴んでいきなりビンタを炸裂させた。

スパパーーーン!

「こらムサシ! いいかげん起きなさい!!
 それとも自己紹介しなくても言いの?」
「はっ、オレはいったい何を...」
「なに言ってんのムサシ! さっさと自己紹介する!!」
「なにぃ! もう俺の番なのか?」


自分の置かれた状況を理解したムサシはいきなり教壇の前に走っていった。


「オレの名前はムサシ、榛名ムサシだ。
 前にいた第壱中では野球部に所属していた。
 もちろんここでも野球をやるつもりだ。
 そして狙うは無論、甲子園だ!
 やっぱり野球をやるものにとって甲子園は聖地だからな。
 だからオレにとってそれは今まで夢だった。
 しかしそれはもう夢ではなく現実として目指す事ができるんだ!!
 だから野球部に入る人はオレと一緒に頑張ろうぜ!
 野球をやらない人はオレ達の事を応援してくれ!!
 みんなよろしくな!」


言いたい事を言うとムサシは自分の席に戻った。
シンジを含めたクラス全体は唖然としていた。
何故そこまで夢についてみんなの前で話せるのかと思っていた。
しかし何人かは微笑んでいた。 ムサシの幼なじみのケイタとマナ、親友のカヲル、そして担任のミサトであった。

高校生ともなるとこうも簡単に自分の夢を話せるのはそうもいないだろう。
だから彼の事を理解している者達、夢を話す事の難しさを知る者達は微笑んでいたのだ。




...だがシンジは違う意味で唖然としていた。
ここにも甲子園を目指す者が居た事にである。


「...甲子園か...」















シンジの顔が曇る。
だがシンジの頭には甲子園の文字が刻み込まれていた。



第参話  完

第四話を読む


sugiさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る

inserted by FC2 system