「なあ...本当に辞めちまうのか?」
「.........」


メガネをした少年が問う。
だが問われた少年は俯いたままであった。


「どうしてだよ。
 オレ達3人は高校に入ったら甲子園に行くって約束したじゃないか。」
「.........」


俯いた少年は答えない。


「なあ、そろそろワシ達と もっぺん野球 はじめんか?」
「.........」


ジャージを着た関西弁の少年がしゃべったが俯いた少年はまだ答えない。


「...あないな事があったんやから無理ないけど
 ワシ達はオマエに元気になってほしいんや。
 ワシかてあないな事があったら落ち込むかも知れん。
 だがいつまでも落ち込んでたらアカン!
 好きな野球でもやって 気ぃ紛らわしたほーがええで。」
「.........」


俯いた少年はまだ答えない。


「忘れろとは言わないよ。
 けどあまり考えない方がいいぜ。
 どんどん悪い方へ考えが行っちまうよ。」
「.........」
「「...はあ...」」


俯いた少年はさっきから一言もしゃべらないので二人は肩を落とした。









「.........んだ。」


少年は初めて言葉を発した。
それを聞いて二人は顔を上げた。


「...もう いいんだ。
 僕は、野球を...辞める...」


俯いたまま少年はしゃべった。


「な、なんでや? なんで野球を辞めなあかんのや。
 そないな理由ないやろが。」
「そうだよ。辞める理由なんか無いだろ。
 ...それとも野球をやるのが嫌になったのか?
 そうじゃないだろ。」


その言葉を二人は予期していたが引き止めないわけにはいかなかった。

...ポツ......ポツ...ポツ
雨がぱらついてきた。





「...二人とも知ってるんだろ? 僕が野球をする理由...
 ...けど...その理由は...もう...いないんだ...
 僕には野球をする理由が...もう...無いんだ...」


少年は俯いたままその言葉を振り絞るように言った。


ガッ!

「もっぺん言ってみい!
 いつからオマエはそんなに情けのうなったんや!!
 野球をする理由やて?
 そないなもん 野球が好きだから、それだけでええやろが!」


俯いた少年の胸倉を掴んで怒鳴った。
少年は自分の大切な親友がすべてに対し諦めているのに、自分がなんの力にもなれない事に怒りを感じていた。


「...離して...くれないか。」
「ちゃんとワイの目ぇ見て話さんかい!」


自分から目をそむけて話す少年に怒鳴った。


「...もういいんだ...
 なにもやる気が起きないんだ...
 ...僕の事は...僕が居た事...忘れてくれ...」

バキィ!

少年は殴った。
自分が最も尊敬する人間を。




......ザーーーーーーーーーーーーッ
雨が降ってきた。
しかし3人には何も感じない。





「...なんやてぇ...
 勘違えするのもええかげんにせえや!!
 自分だけが苦しんどるんとちゃうで!
 ...アイツだって...アイツだって苦しんどるんや!
 オマエはアイツの事を少しは考えたことあるんか?」


少年は泣いていた。 自分の不甲斐無さに。


「...んて
 ...アイツの事なんて...
 アイツの事なんて考えるもんか!!
 アイツさえいなければあんな事は起こらなかったんだ!
 アイツさえいなければ...アイツさえ...
 僕は許さない! アイツを.........絶対に!」


殴られた少年は一気に感情を爆発させた。
その目は憎しみの色に染まっていた。


「なんやて! オマエいつからそないに冷たなったんや!!
 いつもの優しいオマエはどこ行ったんや。」
「オイ、よせって...
 今は何言っても無駄だ。」


見るに見かねたもう一人の少年が二人を止めた。


「は、放さんか!
 ワイはコイツを殴らなあかん!
 自分の事を心配しとる人間に対して、こないな事をよー言えるな!」
「もういい!
 もういいって! オマエも少し頭を冷やせって。」


なんとか殴りかかろうとする少年を押さえ殴られた少年の方を向いたとき二人は気付いてしまった。
いや、わざと気付かないようにしていたのかもしれない。 少年が泣いていた事に。

少年は泣いていた...涙を流さずに。
涙はとうの昔に枯れ果てていたのである。


殴った少年の怒りは急速に萎んで行った。
自分には結局この少年を救えないことが分かった。
もう一人の少年が落ち着いた口調で話し始めた。


「今はもうなにも言わない。
 だけどオレ達は待ってるぜ、いつまでも。」


殴られた少年をまっすぐに見て話した。





「...僕は戻らないよ...」
「いや、オマエは戻ってくるよ。 絶対にな。
 オレ達は信じている、オマエの事を。」


そう言って二人は後ろを向き離れていった。


「...待っとるからな...グラウンドで。」


後ろを振り返らずそう言い残して去っていった。
少年は雨に濡れたまま動かなかった。




















そして一人の少年がグラウンドから去った...



















大切な人への想い

第四話  本当にやりたいこと











「...ジ君...シンジ君。」
「え、あ...
 なに? カヲル君。」
「どうしたんだい、さっきから呼んでいるのに。
 ...あ、外を見ていたのかい。
 そういえば午後になって降ってきたよね。 ひょっとしてカサを忘れたのかい?
 今は梅雨なんだから、折り畳みのカサぐらいはいつも持ってきた方がいいよ。」
「あ、カサの心配じゃないんだ。
 ちょっと考え事をしてたんだ。
 ゴメンねカヲル君。」


だがカヲルにはシンジの見ていた先には野球のグラウンドがある事に気付いていた。
そこに同じ部員の女の子が話かけてきた。


「なあんだ、カサの心配じゃないんだ碇君。」
「せっかく碇君と一つのカサで帰ろうとしたのに。」
「キャーーー 積極的ねぇアナタ。」
「うっそぉ ホントなの、碇君。
 私が誘ったときは断ったのにぃ。」
「えぇ? アナタ碇君の事を誘ったの? 抜け駆けは厳禁のはずよ。」


女の子が次々と話しかけてくる。


「え?え?」
「「「「キャハハハハ カッワイー 碇君。」」」」


顔を赤くして答えを詰まらすシンジを女の子はからかった。





シンジとカヲルは吹奏楽部に入部していた。
入部したての頃はここは廃部同然の人数しかいなかったが、シンジとカヲルが入ってからは入部してくる人が跡を絶たなかった。
が、しかし入部希望者はなぜか女子しかいなかった。
その理由は中性的な綺麗な顔立ちを持つシンジとカヲルである。
そんな二人を女子は黙ってみている筈も無く、これを機会に知り合いになろうと我先に入部してきたのである。

それを見かねた顧問の 『青葉シゲル』 は入部テストを設けてきた。
だが内容は簡単なもので好きな楽器を使って演奏をする。 ただそれだけであり、上手下手は関係なかった。
まあ吹奏楽部に入るのだから楽器の一つぐらいは弾いてほしいという青葉の苦肉の策であった。
それでもそのテストを受けた人数はかなりいて、通ったものは20名を超えていた。


最初はシンジやカヲルと知り合いになろうと考えているものばかりであったが、シンジの演奏を聴いたものは誰もが驚いた。
シンジの弾くチェロの音色に魅了されたのである。
強弱緩急を自在に繰り出し、チェロが持つ音色の全てを操っていたからである。
これには部員たちだけでなく青葉も驚いた。
どこか専門のところで習っていたのかと聞いても 「独学ですよ。」 と答えるシンジ。
(とんでもない逸材が入部したもんだ)青葉は正直にそう思った。
軽音楽だけでなくクラッシックの方にも少し知識がある青葉であった。





しかし最近のシンジはおかしかった。
気付くと野球のグラウンドの方を見ているのである。
その事については最早、全部員が気付いていた。
だがカヲル以外は声を掛けることができなかった。

その理由はシンジの目であった。
グラウンドを見つめるときのシンジの目には生気がなかった。
とても高校一年の少年ができる目ではなかった。
そしてその後に弾くチェロの音色には悲しみの音色しかなかったのである。
そう、聴くものに全て涙させる様なとても深い悲しい音色であった。



「さて、じゃあもう一度最初から弾こうか。」
「うん、そうだね。
 けどこの曲難しいから大丈夫かな。
 そろそろ演奏会もあるけど...」
「そうだね。 けど今は頑張るしかないよ。
 そうは思わないかいシンジ君。」
「そうだね、じゃ はじめようかカヲル君。」


そう言うとシンジはチェロを弾きだした。

〜〜〜〜〜

がいきなりカヲルはトランペットを吹き出した。

パーーーーププ〜〜〜〜〜〜〜〜

(ホントにこれで大丈夫なのかな...)

シンジは苦笑いをしながらチェロを弾いた。
吹奏楽部の部室からは外の雨に負けないようにトランペットの音色が響いていた。

パーーーーププ〜〜〜〜〜〜〜〜





シンジとカヲルは来月に予定されている演奏会に向けて練習していた。










☆★☆★☆











ちょうどその頃叫び声をあげて階段を勢いよく駆け登る者がいた。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


「ウオリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


ムサシである。
彼は入学と同時に野球部に入部し、彼の夢でもある甲子園に向けて日々精進していた。


「ま、待ってよムサシ   ...ゼェゼェゼェ」


彼の事を追いかけるのは彼の幼なじみであり同じ野球部のケイタであった。
更にその後から息を切らせて続く野球部の部員達
ムサシとケイタの体力だけは人並み以上のモノを持っていた様だ。

一気に階段を駆け登ったら今度は一気に階段を駆け降りるそしてまた駆け上がり...
言い忘れたが階段は一段一段ちゃんと駆け上がらなくてはならない。
今日の練習はこれの繰り返しであった。
雨が降っている為、グラウンドが使えないからである。


「なんで雨なんか降るんだ? お陰でグラウンドが使えないじゃないか。
 なあケイタ。」
「ゼェゼェ...
 そ、そうだね ムサシ。」


そう答えるのが精一杯なケイタであった。
しかし近くで見ていたマネージャーのマナが激を飛ばす。


「ほらそこ! 無駄口たたいてないでさっさとやる!」


アカンベーをしながら駆け下りていくムサシ、手を小さく上げて駆け下りていくケイタ、二人がいなくなるまで見ているマナ。
3人の夢は一緒だった。








しばらくその練習が続くとどこからか一人の男が現れた。
長身で無精ひげを生やし落ち着いた雰囲気を持っている男、名は 『加持リョウジ』 と言う。


「よし、ラスト一本だ! 全力で行け!」


そう指示を出すとムサシとケイタから返事が返ってきた。


「わっかりました 加持監督!」
「ゼェゼェ... ハイ!」


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
先程よりもスピードを上げ二人は駆けていく。
それを見ていた加持監督と呼ばれたものは嬉しそうな顔をしていた。


「やっぱりあの二人はいい素質を持っているようだ。
 今年からは期待できるな。」


加持の横にいたマナは自分の幼なじみの事を言われたので嬉しくなった。
無論加持はそんな彼女の心を見抜いていた。


「そういえば霧島君はあの二人とは幼なじみだよね。
 キミから見てあの二人はどう思う?」
「ん〜 そうですね...」


マナはしばらく考えて言った。


「ケイタは足が速くテクニックもありますから打順では一番がいいんじゃないですかね。
 それに守備でもミスが少ないですからね。
 結構いいと思いますよ。」


それはそのはずケイタは100mを11秒台で走る。
守備もうまくて、事実高校受験の際に特待生の話も出ていた。


「ムサシのバカは体力だけですね。
 まあ強肩でもあるから外野にでも使ってもらえれば...」


最後の方になるほど声が小さくなる。
そのマナの顔を見て顔が綻ぶ加持、全てお見通しであった。
しかしムサシもまた素質があった。
その有り余る体力と守備範囲の広さは中学校時代その筋では有名な話であった。
それがなぜ第壱中の野球部は強くなかったというと、それ以外が平均より下だったからである。














「オリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

パーーーーププ〜〜〜〜〜〜〜〜

第壱高校では叫び声と奇怪なトランペットの音色が響いていた。














いまは6月の終わり。
入学式が終わって3ヶ月ほど経っていた。



第四話  完

第伍話を読む


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