そろそろ日が暮れようとしていた。
男と少年と少女は川原でそれを見ていた。
3人は親子だった。





「二人共、おまえ達の夢はなんだ?」


父親が子供達の目線までしゃがんでそう聞いてきた。
その顔は優しさに満ちていた。


「んーと アタシおヨメさんになる!」


少女は元気よく答えた。
それを見ていた父親の顔が綻ぶ。


「そうか、じゃあ好きな男の子がいるのか?」
「うん、いるよ!
 えっとねぇ おとーさんとおにーちゃん!」
「なんだ二人もいるのか。
 けどお父さんとお兄ちゃん、二人一緒に結婚する事はできないぞ。
 それにお父さんにはお母さんがいるじゃないか。」


男は苦笑しながら少女に話した。


「やだやだ! ゼッタイにケッコンするの!」


少女は頬を膨らませ駄々をこねた。
しかし父親はその仕草があまりにも可愛く見えたので笑った。
そして少女が純粋に自分と兄の事を好いてくれている事を知った。


「オマエはどうなんだ。」


今度は少年の方に聞いてきた。


「ん〜
 ボクはおとうさんみたいになる。」


少年は自分の父親の事を真っ直ぐ見て答えた。
殆どの者が聞けばそれはあまりにも漠然としていると思うだろう。

父親はこれまた苦笑したが、少年が男の目をしている事を知った。
この少年は幼いながらも自分の父親がどのようなものかを理解していた。
とても優しく、とても強く、とても暖かく、とても懐が深く、そして強靭な意志を持っている事を知っていた。

やはり男の子は男の背中を見て育つものである。
少年は自分の背中を見て育っている。
父親はそれを知ると嬉しくなった。


「そうか、頑張れ。」


それだけを少年に言った。


「うん!」


少年もそれだけだった。
父子にとってはそれで十分だった。

父親はこれ以上ない程に幸せを感じていた。
二人はちゃんと自分を見て育っている事を知った。











少年と少女は自分達の父親の手を繋ぎ、自分達の家に帰っていった。












大切な人への想い


第伍話  譲れない想い














ミーンミンミンミンミンミーーン
蝉は自分達が生きている事を知らせる為に鳴く。

少年がいた。
照らしつける太陽を避けようとして手をかざす。


「ふぅ...今日も暑くなりそうだな。」


少年はそう呟きながらグランドを見ていた。
その先には野球部のメンバーが暑いのにも構わずに練習をしていた。

そんな野球部のメンバーをどんな気持ちで見ているのだろう。
その少年の目には光がなかった。
自分の居場所がどこだか見失ったように見える。
その少年の姿は最近よくここで見かけるようになった。

碇シンジである。

今日は野球部の練習試合の日であった。
野球部のメンバーはとても楽しそうにウォームアップに打ち込んでいる。
試合ができる事が嬉しいようだ。



シンジはそんな野球部のメンバーを見ていた。


「...なんで僕はここにいるんだ?」


シンジには自分の事が理解できなかった。





ミーンミンミンミンミンミーーン
蝉が鳴いている。



今はもう8月
夏休みの真っ最中であった。

野球部がなんでこの時期に練習試合を組んだかというと、予選は結局2回戦負けだった。

その時の事はそれはもう凄まじかった。
試合内容ではなく、その後の事である。










☆★☆★☆










「ゲームセット!」


審判がそう宣言した。
試合は終わった。 第壱高は負けたのである。
この夏の野球部の挑戦は終わった。

野球部のメンバーは泣いた。
いつのまにかムサシに感化(洗脳?)されたのであろうか全員が目指すようになった。
甲子園にである。

だが運が悪かったのであろうか、対戦相手はなんと一昨年の甲子園出場校である。
圧倒的な力の差だった。
だがその試合は貴重な経験になった。
自分達の力の無さ、自分たちに何が不足しているのか、自分たちが何をすればいいのか。
それが分かっただけでも良い経験である。

今までは、只がむしゃらにがんばってきただけであった。
甲子園に行くという想いだけではだめなのだ!!!(ムサシ談)
甲子園に行く為の問題が浮き彫りになったのである。






野球部のメンバーは泣いた。
特にムサシである。
球場に響く彼の慟哭はやかましかった。
野球部のメンバーは何とかそれを押さえようとしたがそれが無駄だと分かった。
こうなると気の済むまでほっとくしかない。

すると応援に来ていたミサトが現れた。
突然ムサシが起き上がりミサトに抱き着付き、そしてミサトのはちきれんばかりの胸の中で泣いた。
それらは計算し尽くされた動きであった。
野球部のメンバーは絶叫した。


「「「「なんてうらやましいやつ!!」」」」


全員の考えは一致した。
だが次の瞬間ムサシの体は天高く舞い上がった。

バキィ!!

そして空中コンボが決められる。

バシ!バシ!ドカ!!

ムサシはマナにKOされた。





というわけで今年の野球部の挑戦は終わったが野球部は試合に飢えていた(特にムサシ)
このままではムサシが野獣と化してしまうのは時間の問題であったのでそれを危惧し、監督である加持が練習試合を組んだのである。










☆★☆★☆










ミーンミンミンミンミンミーーン
蝉が鳴いていた。

陽炎の立つグラウンドの向こう側から練習試合の相手校がやってきた。
相手は第3新東京私立柏綾高等学校、惜しくも決勝戦で力及ばず甲子園に行けなかった高校である。
野球部のメンバーはその対戦相手を見て驚いた。
それもそのはず加持は伝えていなかったのである。

「相手校? それは秘密さ。」 男臭い笑みで加持はそう伝えただけだった。




「試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だ試合だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


満月でもないのに野獣に変身するムサシであった。
相手校もまた試合に飢えていた。
甲子園に一歩及ばなかったから当然であろう。

2校の考えは一致していた。










☆★☆★☆











「プレイ!」


練習試合が始まった。

ミーンミンミンミンミンミーーン
いつ果てる事無く蝉は鳴く。






相手校が先攻で始まった。

カキーーン
相手校が打つ、第壱校が守る、ランナーが走る、ボールを拾ったサードがファーストに送るがセーフになる、盗塁をする、キャッチャーがセカンドに投げる、アウトになる、ピッチャーがきわどいコースに投げる、バッターが打つ、詰まりながらも外野に抜ける、一塁を蹴り二塁を目指す、ライトが二塁に投げる、クロスプレーになるがセーフになる、次のバッターも打って一塁、三塁になる、四番の登場でびびる第壱校、四番が打つ、外野フライになる、三塁ランナーはタッチアップする、ボールがホームに帰ってくる、クロスプレーになる、きわどいがセーフになる、すかさず抗議する第壱校、しかし却下される、野獣ムサシが暴走する、口を大きく開け雄叫びを上げる、相手チームが恐怖する、ムサシを止めようとメンバーが飛び掛かる、オレンジ色の光の壁が発生する、加持が避難する、マナがキレた、本能で感じたのか野獣ムサシが恐怖する、ムサシが瞬殺される、とりあえずその場が収まる、ムサシが担架に乗って退場する加持が相手チームに謝罪する、試合再開............








「ゲームセット!」


試合は終わり結果は惨敗。
相手は甲子園を逃したがその実力は甲子園出場校に匹敵するから無理もない。

12対1 負傷者6名(一人は保険室行きになったがすぐに復活) 金属バット4本 グローブ3個 ロストボール17個の被害を出した。
見学に来ていた二人の教師の会話


「若いっていいわねん。」
「無様ね。」







シンジは結局最後まで見ていた。
その目には何が映っているのか、じっとグラウンドを見たままであった。
そして右手には野球のボールを握っていた。
どこかで見つけたのであろうそのボールを最初の内は弄んでいたが試合が最後の方になると握ったままであった。
その握る手には無意識に力が込められ、汗ばんでいた。







「まったくなんでこんな弱小チームと試合しなきゃなんねーんだ!?」


相手のチームからそんな声が聞こえた。
その発言をした者は苛立たしげに地面を蹴る。
なんとかその言葉を言ったものを同じチームのものが押さえようとしたがさらに続けた。


「オレ達はあと少しで甲子園に行けたんだぜ!
 それがこんなチーム相手に付き合わされるとはオレ達も甘く見られたもんだな。」
「オイ! やめんかタケシ!」


同じチームの一人がタケシと呼ばれたものを注意した。
彼の名前は 『水上タケシ』 愛称はジャイアン、柏陵野球部で4番を務めていた。
だが彼の事を愛称で呼ぶものはいない。
言ったら最後、彼の自称華麗なる歌声で昇天させられるからだ。



そこまで言われると黙ってはいられないムサシとマナであった。


「な、なんだって! てめーもう一度言ってみろ!!
 その口二度と聞けなくしてやらあ!!!」
「そーよそーよ! 強いからっていばらないでよ!」


いくら強くても他人を馬鹿にしてはならない。
例えどんな相手であっても全力で戦う、それが礼儀である。


「へっ 何を言ってやがる。おまえらが弱いのは事実だろーが
 そんなオマエ等にオレ達がわざわざ遊んでやったのに生意気なこと言うんじゃねー!
 だいたいオマエ等は全てに置いて劣ってんだよ。」


ムサシが殴りかかろうとするのをメンバー全員が押さえる。
そのままにしたら間違いなく殴り飛ばしていただろう。
しかしタケシはそんなムサシに近づき、さらに言った。


「オマエ達は攻撃力、守備力、機動力、投手陣、控え、経験、全てが平均以下!
 ひたむきさだけで勝てると思ったら大間違いなんだよ。
 オマエ等みたいなハンパなやつらが甲子園を目指すんじゃねー!」


そこまで言われるとムサシを押さえていたメンバーも怒りを覚えた。
目つきが変わり頭に血が上り、心の中で蠢く黒い感情が湧き上がった。

最早、一触即発の状況であった。
見学していた二人の教師も黙ってはいなかった。


「あそこまで言って覚悟はできているのかしら?」


そう言いながら怪しげな機械を出す。
それを見たミサトは直感で 「ヤバイ。」 と思った。
自分達の生徒まで巻き添えを食うことがわかった(暴言を吐いた相手のことは気にしていない)ので隣で一緒に見ていた教師を止めた。


「ちょっ やめなさーいリツコ!!」


その教師の名前は 『赤木リツコ』 という。
これまたミサトに勝るとも劣らずの美人であった。
キリリとしたその顔は美しく知的な雰囲気が漂う。
泣きボクロが特徴的であったが金髪に黒い眉毛はもっと特徴的であった。
白衣を着ているところから理系の人だと分かる綺麗なオネーサンであった。


ミサトがリツコを止めようとしている頃、一人の少年がグラウンドで繰り広げられる一触即発の状況に入った。


「なんだ、オマエは?」


タケシはその少年に向かって言った。
その少年はシンジだった。
ムサシ達はシンジを見ていた。 いやシンジから視線を外す事ができなかった。
今までの感情がうそのように消えていく。
シンジから何か見えないモノ、凄まじいほどの威圧感を感じたからである。
静かではあるが、他人をひれ伏せるほどの威圧感を発していた。
彼を知るものは驚愕した、あの優しい少年からこんな威圧感を発することは今までに一度も無かったから。

タケシは驚いていた。
シンジが発する威圧感だけではなく、自分だけがその目を見たからである。
その目は一介の高校生ができる目ではなかった。
『獣性』 それがシンジの目には宿っていた。
だがそれは一瞬であった。
次の瞬間にはもうそれは消えていた。


「それは少し言い過ぎだね。
 君等は確かに力はある。だが君等だってはじめからそうだったわけではないだろ?
 努力をして多くの経験を積み今の君等がある。 違うかい?
 いくら力があるからって他人の夢を悪く言う権利は無いよ。」
「...」


タケシの体は何故か萎縮する。
シンジから発せられる威圧感からか何も言えなくなってしまった。


「...君達は強さの意味を勘違いしているよ...」
「...強さの意味だと?
 そんなものは力に決まっている!
 力がなければ負けちまう!
 力が無いやつはみんな弱いんだよ!」


このままではシンジに飲まれてしまうと感じたタケシは強気に出た。
だがその時シンジの発する威圧感が更に上がった。


「...そうかい、君は強いんだね。」
「そ、そうだ オレは強い。」
「じゃあ 僕と勝負をするかい?」
「な、なに?」


シンジは笑っていた...
しかもただの笑いではなかった。
闘う事への歓喜からであった。
強いモノを求め闘う事への欲求が溢れ出ていた。

タケシは動けなくなった。
自分でも闘う事に喜びを感じることができる筈なのに、目の前の少年は彼の理解を遥かに超えてた。


「それとも怖いのかい? 僕の事が。」
「!」

(オレがこの少年になめられている)

そう思うと怒りが湧き上がった。

(なぜオレが素人にここまで言われなければならないんだ オレにはコイツらとは違って力があるんだ)

タケシは決めた。
この少年に大恥をかかせてやろうとタケシは決めたのである。


「いいぜ。勝負をしてやる!
 だが覚悟はできているんだろうな、そこまで言ったんだから。
 オマエのトコのチームはオレ達には勝てなかったんだぜ。
 それを野球部でもないオマエが勝てるとでも言うのか?」
「じゃあ決まりだね。」


それだけ言うとマウンドに向かって歩きはじめた。
シンジの表情はその間、一度も変わらなかった。
その時ムサシとケイタが話しかけた。


「オイ、シンジ大丈夫なのか?
 オマエ運動は得意な方じゃないんだろ?
 オレ達の事を思って言ってくれたんならもう十分だよ。」
「ムサシの言う通りだよ。
 第一アイツには勝てっこないよ。
 ...悔しいけどアイツの言う事は正しい。
 オレ達には力が無くアイツにはそれがある、ただそれだけの事だよ。」


ムサシとケイタは自分の親友であるシンジを止めようと説得した。
シンジは二人の事を見た。
その顔にはいつもと違う優しさがあった。


「二人とも心配してくれてありがとう。
 けど、僕にはアイツの事を許せない。
 自分の親友をバカにされて黙っていられるほど、僕はお人好しじゃない。」


シンジは男の顔をしていた。
もはやシンジを止める事はできなかった。


「じゃあルールを説明しようか?
 君がバッターで僕がピッチャーだ。
 君が僕の投げるボールを打つ事ができたら君の勝ち、 だが僕が君を仕留める事ができたら僕の勝ち。
 それでいいね。」


シンジはマウンドの上に立って言う。


「いいぜ。
 オレが勝ったらオマエが土下座しな。
 もしオマエが勝ったんならオレがやってやる。
 それでいいな。」


二人はこのルールに同意した。


「なんだかすごい事になったわね。」
「意外ね。」


ミサトとリツコはこの展開に驚いていた。
あのおとなしいシンジが喧嘩を売ったのである。
強打者相手に野球のルールで。
そこに加持が二人の傍に来て話し掛けてきた。


「ねえリッチャン、ひとつお願いがあるんだけどいいかな?」
「あら珍しいわね加持君。」
「ちょっと何やってんのよ加持君
 アンタ顧問でしょ。 だったらあれ何とかしなさいよ。」


ミサトは一応まともな事を言うが、止める気はさらさら無かった。


「いや、止める必要は無いんだ。」
「あらそうなの? それに私にお願いって何かしら?」


さらりと言う加持に対しリツコは質問した。


「あ、そうそう。 リッチャンはスピードガンなんてものを持っているかい?
 あったら貸してほしいんだけど。」
「ええ、あるけど...まさかシンジ君に使う気なの?」


リツコは白衣のポケットからスピードガンを取り出した。
それを見ていたミサトが呆れる。

(なんでそんなモノを持っているの?)

そう思ったのだがあえて口には出さなかった。
以前にそんな事があってリツコに尋ねたら

「こんな事もあろうかと作っていたのよ。」 と返事が返ってきた。

(こんな事ってどんな事なのよ...)ミサトには理解できなかった。

加持はスピードガンを受け取りシンジにそれを向けながら言う。


「あれ? リッチャンは葛城から聞いていないのか?」

























「シンジ君は中学の時に野球をやっていたんだよ。」



第伍話  完

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