場所は第壱高校の野球グラウンド−−−
時間は午後12時半−−−

ここでは第壱高、相洋学園の両陣営がこれから行われる親善試合に向けウォーミングアップを始めていた。

シンジ達、第壱高校野球部は軽くキャッチボールをしている。
それを見ている観客の数はまだ試合前だというのに、かなりの数になっていた。
少しでもいい場所を確保したいのか、だいぶ前から陣取っている者までいたのだ。

バックネット裏には仮設のテントまで設けられ、そこではこの親善試合を立案したゲンドウ、ユイ、冬月、そして教師であるミサト、リツコ、青葉、日向、マヤが座って見ていた。
学校の放送部や新聞部はこのようなイベントを見逃す筈が無く、新聞部は少しでもいい位置から写真を取る為最前列をキープし、放送部はちゃっかりとゲンドウ達のいる仮設テントの隣をキープし機材のチェックに余念がない。



試合開始は午後1時ちょうど−−−
残り30分を切っていた。






「よっシンジ、調子の方はどうだ?」
「ああ、良く眠れたし体調の方はばっちりだよムサシ。」


ムサシは自軍の先発であるシンジに声をかけた。
そしてシンジはいつもの様に返す。


「やれやれ、これから試合だっていうのに緊張もしていないのか?」


今度はケイタが聞いてきた。


「僕だって緊張ぐらいするさ。
 けど好きなんだ、この緊張感が。
 これから始まるって思うと、なんとなく嬉しくなって来るんだ。」
「どうやら最初のハードルはクリア、心配はいらない様だね。
 それよりも周りの人達の方がヤバそうだね。」


ケイタがあたりを見渡すとシンジ達以外のメンバーはガチガチであった。


「アハハハ...」


もはや笑うしかない状況だった。










「それよりもシンジ、あそこにいる綺麗な人って誰なんだ?
 さっきからずっとおまえのコトを見てる様なんだが。」
「そういえばそうだねムサシ。
 ひょっとしてシンジの姉さんかな? それとも...」
「それとも?」


シンジはムサシとケイタの問いを不思議そうに聞いていた。
どうやら二人はユイの事を言っているらしい。


「「シンジの か・の・じょ?」」


ムサシとケイタはユニゾンで聞いてきた。
それに対しシンジは耳まで真っ赤にして慌てて答えた。


「な、何言ってんだよ二人とも!
 あの人は僕の叔母さんで今の保護者なんだよ!」
「何とぼけた事言ってんだよシンジ、あの人が叔母さん? 保護者? そんな歳には見えないぞ。」
「ムサシの言う通りだぞシンジ、オレ達の間では隠し事は無しって誓い合っただろ。」


二人はシンジの言う事は全く信じていない。


「ホ、ホントだってば二人とも。」
「まだとぼける気かシンジ。」
「まあ待てケイタ。 ここは本人に聞いた方が早いと思うぜ。」


ムサシはそう言うとシンジを捕まえた。


「それもそうだね。」


ケイタもそれに賛成した。
そして二人がかりでシンジをユイの元へと連行した。
その事を見ていたユイは自分のところへと近づいてくる3人を不思議そうに見ていた。
だがそのすぐ後にムサシとケイタは自分達には信じられない様な事実を知らされた。
ユイがシンジの叔母であり人並みに歳をとっている事、ゲンドウの妻(特にここが理解出来なかったらしい)である事、そしてシンジの養父が理事長を務めている事、etc...

しばらくの間二人は口をポカンと開けて呆然として動く事は出来なかったという。



そんな中シンジに声を掛けるモノがいた。


「やあ、碇シンジ。」
「あれ、君は確か柏陵の...」
「そ、オレは柏陵野球部の水上タケシさ。
 前の事は本当にスマナイ、キミのお陰でどうやら目が覚めたよ。」


タケシは頭を下げる。


「あ、そんな事しなくていいですよ。
 分かってくれたんでしたら、それでいいんですから。」


シンジはタケシを制した。
その声を合図にムサシとケイタの硬直も解けた。


「あれ、柏陵の4番じゃないか。」
「ホントだ、何しに来たんだオメーは?」
「何しにって、見物に決まってるじゃないか。
 それと忠告にな。」
「「「忠告?」」」


シンジ、ムサシ、ケイタがその一言に注目した。


「松田ワタル、こいつには気を付けな。」
「...確か4番だよね、その松田ワタルって」
「知ってるのかケイタ?」
「...知らないのかムサシは。」


ケイタはジト目でムサシを見た。


「松田ワタル、1年の頃からレギュラーで甲子園出場。
 今大会では4番を務めてチームのベスト4入りの原動力になったと評価されているんだ。
 打率は3割台を常にキープしていてホームランの数も結構いってたよ。」


ケイタはシンジとムサシに説明した。


「その通り、ワタルとオレは中学時代にクリーンナップを組んでいて有名だったんだ。
 んで、甲子園に2回も出場しているんで実力の方は保証つきだ。」


ケイタの話にタケシは同意した。


「松田ワタルか...」


シンジは静かに呟いた。










「みんな集まれ!」


その時顧問の加持から集合がかかった。
試合まで残り僅かになったのだ、最後の激励を掛けるつもりだろう。


「じゃ、僕達も集合しようか。」
「「オウ。」」


シンジ達は加持の元へと急いだ。





今日も第3新東京市は快晴、試合には最高のコンディションであった。











大切な人への想い

第拾壱話  決戦! 第3新東京市立第壱高等学校











「プレイボール!」


主審がそう宣言し遂に親善試合が始まった。
相洋学園が先攻、第壱高は後攻であった。
マウンドにシンジが立つ。 無論先発の指名があったからである。
顧問である加持が出した指示は

「相手は甲子園ベスト4だ、小細工は効かないから思いっきりやってこい。」

という、なんとも心の広い作戦だった。
ちなみに第壱高のスターティングメンバーを紹介すると



1番 遊撃手 東ケイタ
2番 二塁手 美和サトル
3番 捕手  渚カヲル
4番 三塁手 若槻タツヤ
5番 中堅手 榛名ムサシ
6番 一塁手 望月ヨウスケ
7番 右翼手 西郷タクヤ
8番 左翼手 麻生ススム
9番 投手  碇シンジ



となっておりシンジ達以外はみんな2年生である。
新しく編成し直したこのチームでの試合は初めてであり、不安もあろうが試合は始まってしまった。



打席には既に一番目の打者がいて、シンジの投げるボールを待っていた。


(さて、始まってしまったねシンジ君。最初のボールはどこにしようか?)
(そうだね、最初からカウントを取ろうと思うんだけど、狙い目は内角低めかな)
(なかなかいいところを選んだね。 じゃ、いってみようか)


シンジとカヲルはそうサインのやり取りをしていた。
そして投げるコースが決まりシンジは投球体勢に入る。
以前、柏綾高校の4番と対峙した時の様に流れる様なフォームで第一球を投げた。






カキン!

打たれた。
しかし打球はラインを大きく割りファールとなる。






第壱高のメンバーに冷や汗が流れた。
自分達だったら到底打つ事が出来ない様なボールを相手は打つ事が出来たのだ。
やはり甲子園ベスト4の肩書きは伊達ではなかったのだ。

が、シンジとカヲルは至って冷静だった。
二人は相手の力を試したのである。

投げたボールはストライクゾーンには入っていなかったが、それでも限りなくストライクゾーンに近かった。
それに先頭打者の心理状態も加わったのだ。
いかに試合開始直後とはいえ格下のチームが相手になると、多少の無理は出来るだろうと踏んでいたのである。
その為に手が出た。


(ふむ、相手も中々やるみたいだねシンジ君)
(けどあのコースに手を出すとは頂けないよ)
(厳しいんだね、あれを見極めるのはかなり難しいと思うんだけど)
(けど、ベスト4だよ。 これぐらいやってもらわないと)
(ふぅ、君という人は)



シンジとカヲルがそんなやり取りをしている傍ら、バッターは驚愕していた。

(なんて球を投げるんだ、あのピッチャーは)

そう思いながら自分の痺れた手を見ていた。
流れる様なフォームで重い球を投げてきたのだ。
つまり球威に負けてしまったのである。

相手が無名の高校というだけでその力を過小評価してしまった。
先頭打者とは塁に出るのと同時に相手の力を試るという役割もあるのでそれが出来なければ失格なのである。
その事が頭に浮かびバッターの顔が引き締まった。



(おや、どうやら目が変わったようだね)
(さすがベスト4こうでなくっちゃ)
(じゃ、次はこれでいこうか?)
(OK)


二人はもはやアイコンタクトで会話をしていた。
さすがピッチャーとその女房役のキャッチャーである。

そしてカヲルの出したサインにシンジが肯き、また流れる様なフォームでボールを投げた。
今度のボールも際どいコースでミットに入った。
クサイ球には手を出すな、というわけで今回は見送ったがカウントはストライクであった。
バッターは信じられない表情で審判を見たが判定は変わらなかった。

この試合の審判団は公平を期すためゲンドウが正規のところから雇ってきて、その事は双方のチームに説明されておりジャッジのせいにする事は出来ないのである。

バッターは焦った。
たったの2球で追い込まれてしまったのだ。
しかも相手のコントロールは正確で球威もあるのだから焦るのも当然である。

そんなプレッシャーの中3球目がまた際どいコースに投げられた。
完全にタイミングを逃してしまいバットにも力が入らない状態で振ってしまう。
結果は内野ゴロで1アウトとなった。


シンジの投げるボールは正確でしかも球威もある。
それにカヲルの巧みな状況判断も加わり、続く2番3番の打者もあっという間に打ち取ってしまった。




「出足好調だなシンジ。」


ニコニコしながらムサシがよってきた。
しかしシンジはあくまで謙虚である。


「いや、運が良かっただけだよ。 それにみんなのフォローもあったしね。」
「それにしても相手はホントにベスト4なのか? 拍子抜けだったな。
 てっきり外野のオレの所まで打球が飛んで来ると思ってたのに。」
「あれはシンジが投げたからだよ、他のヤツが投げていたら何点取られている事か。」


ムサシの話にキャプテンのタツヤが加わってきた。
タツヤの言う事は正しい、彼らはやはりベスト4なのであり少しでも甘い球がくれば見逃さずに打ちに行く。
その打球は鋭く外野まで抜ける事は明白なのだ。
それをシンジは3人で終わらせてしまったのだからシンジの投球は、甲子園で投げてもなんら遜色の無い事が伺える。


「ふーん けどこれだったら勝てるかもしれないな、ベスト4にさ。」
「いや、そうでもないよムサシ。」


あくまで楽観視なムサシに異論を唱える者が居た。


「あれ、ケイタじゃないか。
 どうしたんだよオマエが一番だろ?」


もっともな疑問をムサシが言う。
するとケイタの背後には2番と3番のバッターがいた。


「カヲルに美和先輩まで、どうしたんだ?」


ムサシがそんな事を考えていると相洋のナインはベンチの方へと入っていく。


「だからオレ達の攻撃は終わったんだよ。 3人で。」
「なんだってぇぇぇ!」


たったの3人で攻撃が終わってしまった、しかもこんなに早く。
ムサシには信じられなかった。
しかし事実は事実であり1番のケイタ、2番のサトルは三振でカヲルは打つ事は打ったのだが内野フライに終わってしまった。


「いや、さすがベスト4ですね。 全く歯が立ちませんでしたよ。」
「カヲルはまだいいさ。 オレとケイタなんか三振だぜ。」
「さ、早く守備につきましょうか。」
「「「「「オウ!」」」」」
「...こんなに早く...」


カヲルの一言で第壱高のナインは守備に散ったがムサシだけは呆然としていた。










そして回も進み二回の表となった。
打席には4番の松田ワタルが既に立っていた。
彼が打席に入ると周りは静かになった。

そしてマウンドにはシンジがいる。
誰もがこの時を待っていたかのように緊張が走る。

二人の対決を水上タケシが見ていた。
シンジがまだ本気を出していない事はタケシには分かる。
あの時の対決ではシンジは打たせて取るような投球ではなく、三振をとるピッチングであった。


「さて、どこまでやるのか見せてもらうぜ、ワタル、そして碇シンジ。」





(さて、この打者はどうしようか)
(うん、下手な小細工は多分通じないと思うから本気でいくよカヲル君)
(OK、思いきり投げてくれ)


シンジ達の考えがまとまり投球のモーションに入る。
その時僅かにだがシンジの顔が引き締まり眼光が鋭くなった。


「来るか。」


シンジのその僅かな変化を肌で感じたタケシが呟く。
ワタルはバットを握る手に力が篭めた。
どうやら初球から狙う気であった。










ビッ
ボールが投げられた。























誰もが目を疑った。






















シンジの投げたボールは今までとは違いかなりのスピードが出ていたのだ。
誰もが打てないと思った。
いやそんな考えすら思い浮かばなかった。
それ程にシンジの投げたボールは速かった。






















しかしボールは高く打ち上がった。






















あたりは静寂に包まれたままであった。




















打球は遠くへと飛んでいた。























誰もが入ると信じていた。
それ位にいい当たりだった。























しかしボールはある位置で失速してしまった。





















そしてそのままボールはセンターの定位置へと落ちてきてムサシがそのまま取った。






















「アウト!」


審判がそう宣言した時グラウンドは騒然とした。





シンジは安堵のため息を漏らした。
まさかあのボールを打てるとは思ってもいなかったようだ。

「ふぅ。 さすがはベスト4の4番か...
 取り敢えずは1勝かな、勝負はまだこれからだけど。」


そうである今回は以前の水上タケシのように1回の勝負ではなく、最低でもあと2回は打席が回ってくるのだ。
1回目の打席でしかも初球でシンジのあのスピードに着いて来たのである。

次の打席では下手をすれば負けてしまう−−−
そうシンジの頭によぎったが同時に嬉しくもあった。
自分が全てを懸けて挑む相手が現れた事に。





「まだ始まったばかりか...」


ワタルは自分の痺れた手を見ながら呟いた。
シンジの投げたボールは想像以上に速く重い、その為球威に負けてしまったのだ。
ワタルにはシンジが実力的に自分と対等の位置にいる事を思い知らされた。





そんな二人を複雑な思いでタケシは見ていた。


「ワタルのヤツ いつの間にあんな力を...
 だが碇のヤツ球威はあるが...あの時の気迫はなかったな。」


タケシはそう肌で感じていた。





















そして試合は投手戦へと移って行った。



第拾壱話  完

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