キン!

快音と共に打球はライトへと抜けて行った。
一塁にいたランナーは二塁を蹴り三塁を目指す。


「くっ!」


ボールを捕球したライトは三塁に向かってボールを投げた。

バシッ!

三塁にボールが届いた頃にはランナーは既に三塁にいた。



観客からざわめきが走った。
遂に試合が動いたのだ。





回は7回の表−−−−−
1アウト一、三塁−−−−−
スコアは0−0−−−−−



相洋学園がようやく得点のチャンスを手に入れたのである。
そして次の打者は4番の松田ワタル。
シンジ達、第壱高は窮地に追いやられた。


「マズイぞシゲル、遂に捕まっちゃったぞ。」
「そんなの見てりゃ分かるって。
 シンジ君一人で頑張ってきたのに...」
「こんなに頑張ってきたんだから、シンジ君達にはなんとか勝たせてあげたいですよね...」


マヤは神に祈る様にシンジ達の勝利を願い、マコトとシゲルは握り拳を作り苛立っていた。





「まずいぞ碇、ユイ君。」
「分かっています冬月先生、ここで打たれたら逆転は無理でしょう。」


冬月とゲンドウは冷静に状況を分析している。
そんな二人とは対照的にユイは落ち着きが無かった。


「二人はなんで冷静でいられるんですか?
 ああ...シンジ君。」










「ハアッハアッ...クソッ!」


シンジは肩で息をしていた。
ユニフォームの袖で流れ落ちる汗を拭う。
素人が見てもシンジが限界に来ている事が分かる。
それでもシンジの眼光は衰える事はなかった。


「一、三塁...
 大ピンチってトコか...」


シンジは一塁と三塁をチラっと見て呟く。
目の前には4番のワタルが構えている。


(さて、どうするシンジ君)
(どうするって、逃げるつもりは無いよカヲル君)
(歩かせるつもりはないのかい? キミには)
(無いよ、僕は逃げる事をやめたからね)
(こんな状況になってまで...キミって人は)


カヲルはサインを出しそれを見たシンジが頷く。

ザッ!

シンジの左足が上がり投球体勢入った。
















ビシュッ!
右手からボールが放たれた。





















シンジの投球体勢をバッターボックスで見ていたワタルの眼が鋭く輝く。
そして一気にバットを振り抜いた。

カキン!




















快音と共にボールは大空へと飛び立つ。
センターのムサシは必死になってそのボールの落下予想地点へと走るがフェンスに阻まれた。

ボールはフェンスを越えて行った。
それを呆然と見る第壱高のナイン達。


















観客は騒然とした。

一塁と三塁にいたランナーはホームベースを踏み締めた。
打ったワタルはダイヤモンドを静かに周っている。
それを複雑な表情で見ているシンジ。


「勝てるとは思っていなかった、だけど負けてもいいとも思っていなかった...」


ユニフォームの袖で汗を拭き帽子を深くかぶる。
ホームを踏んだワタルがナイン達の祝福を受けていた。
今まで点を取れなかったが一挙に3点を奪ったのだ、まるで甲子園の時の様に喜んでいた。





回は7回の表−−−−−
カウントは1アウト、次の打者は5番−−−−−
スコアは3−0で相洋学園のリード−−−−−



雲一つない大空からは太陽の光が降り続けていた。











大切な人への想い

第拾弐話 夢を共にする者達(前編)











時は移り変わり今は11月−−−−−
文化祭の時に行われた親善試合から2週間程が過ぎた。


シンジ達第壱高野球部はホームランを打たれた後は苦戦しながらも、最終回まで何とか抑える事ができた。
しかし味方の援護も無く点を取る事ができず、そのまま3−0で負けてしまったのだ。



結局ヒットは数本しか出ず完封負け。
この事は第壱高野球部にとっては衝撃的であった。
いくら投手が良くても点が取れなければどうしようもないのである。
親善試合で得られたモノは、自分達の実力の無さが分かった事であった。

それとシンジのスタミナの無さである。
6回までは何とか相洋打線を抑えてきたが7回になってスタミナが切れ、一気に得点を許してしまった。
それ以降の回は何度か打たれたが仲間の援護もあり押さえきったのである。

この二つの問題は第壱高野球部の今後の大きな課題となった。





「やっぱり打線が駄目なんだよな。」
「ああ、まさか全然打てないとは思ってもいなかったな。」


場所は野球部のグラウンド−−−−−
部活が終わり今はミーティングを行っていた。


「やはり地道にバッティングの練習をするしかありませんね。」


その問題を解決するのに一番無難な答えが出て来た。
こういった問題を打開するには地道な練習が必要である。 いくらなんでも短期間で結果を求めるには無理がある内容であった。
だがそこに新たな問題を提示する者がいた。


「けど、オレ達のチームに足りないモノがあるだろ。」
「「「足りないもの?」」」


チーム全員はその一言、 『麻生ススム』 の言葉に注目した。


「そう、主砲の存在だ。
 相洋学園には松田ワタル、柏陵高校には水上タケシ...
 このように名のある学校には必ずチームの象徴たる主砲が存在する。」
「そうだな、4番のタツヤには悪いが...ウチには主砲が居ない。」
「ちょ、ちょっと麻生先輩に望月先輩 そんな言い方無いじゃないですか。」
「いや、確かにその通りだな。」


シンジが反論したが意外にもそれを制したのはタツヤであった。


「自分で言うのは何だが、オレに4番は向いてないな。」
「何言ってるんですかキャプテン。
 ウチではキャプテンが一番打っているじゃないですか、それがどうして...」


冷静に自分を判断するタツヤが続けて言う。


「確かにオレはウチでは一番打っている、だがオレが相洋の松田ワタルや柏陵の水上タケシと比べてどう思う?
 あいつらには、ここぞとばかりの一発がある。 それに比べてオレには...
 打率だけでは主砲とは言えないぞ。」
「じゃ、じゃあどうすれば良いんですか...」
「これから育てて行くしかないだろう。
 ウチはまだまだ弱いから今は地道に行くことだな。」


親善試合から何度も議論してきたが、結局最後にはこの結論に達してしまう。
だが今回は違う意見が出て来た。
答えたのはカヲルだった。


「他から引き抜いて来る、というのはどうですか?」
「なるほど、そいつは手っ取り早いな。」
「オイオイ、そんなに簡単に決めちまっていいのか?
 それに引き抜くったって...すぐに見つかると思うか?」
「そうだな...それに見つかったって野球部に入ってくれるかな?」
「う〜ん、結構いい案だと思ったんですけどね。」


カヲルは反論を聞くとそれに納得したのか自分の出した提案を諦めようとした。
しかし一人だけカヲルの提案に傾いている者が居た。
キャプテンのタツヤだった。


「...引き抜きか...」
「あれ、キャプテンはカヲル君の提案に乗り気なんですか?」
「ん? あ、ああ 悪くは無いんじゃないか?
 可能性は低いかもしれんが...考えておくのも良いんじゃないかと思う。」
「...確かに何もしないでいるよりは遥かにマシですね。」


シンジはしばらく考えた後にカヲルの提案に賛成した。


「シンジ君 僕の提案を受け入れてくれるんだね。
 やはりキミは優しいね、好意に値するよ。」
「ア、アハハハハ 当然じゃないかカヲル君(汗)」
「なんだなんだ、また始まったぞウチのバッテリーは。」
「ハハハ 今日は何回目だ?」
「まさにイヤーンな関係だな。」


シンジとカヲルが話している時、タツヤは一人考えていた。
周りはシンジとカヲルの方に視線が集まっていて、タツヤがしゃべった言葉には気が付かない。


「もしかしたらアイツをもう一度...」










☆★☆★☆











翌日の部活の時間−−−−−


「どうだケイタ、見つかったか?」
「やっぱり そう簡単には見つからないよ。」


ムサシとケイタは練習には参加せずに野球部とは違う運動部の練習を見ていた。


「それに探すのはウチのチームの4番になりそうな人だろ。
 たったこれだけの練習内容を見ただけでは先ず駄目だろ。」
「う...
 だ、だけどさケイタ 運が良ければ見つかるかもしんないんだぜ。」
「ムサシが見ていたのって陸上だろ?
 ここだと足の速い人ぐらいだぜ、見つかるとしたら。」
「ぐ...そう言うケイタだって体育館に行っていたんだろ?
 何で室内競技なんか見てたんだ。」


ムサシは何とか話しを逸らそうとした。


「オレが見たのは剣道部なんだよ。」
「剣道部だって?
 ...なるほど、バットと竹刀 獲物を振るってトコが同じだからか。
 で、どうだった?」
「さっき言っただろ、見つからないって。
 オレも最初はムサシと同じ考えだったんだけど、やっぱりバットと竹刀は違うみたいだよ。
 ウチの剣道部で強い人が必ずしも野球で通じるとは思えなかったよ。」
「ふむ、それはウチの剣道部の連中が弱いって言ってるのかな、ケイタ君?」
「そ、そそ、そんな事思っていないよムサシ。」


ムサシの鋭いツッコミにケイタは焦った。










☆★☆★☆











場所は変わり野球部グラウンド−−−−−
シンジとカヲルは投球練習をしていた。
シンジは軽く肩を慣らすように少し力を抜いてボールを投げる。

ビッ!

カヲルはシンジの投げたボールをど真ん中に構えて受け止める。

スパァン!

いつもと同じ様に練習に励んでいた。


「ムサシとケイタはどこに行ったのか知ってる、カヲル君?」
「そう言えば今日は見ないね。」


シンジとカヲルはあたりを見渡したが、ムサシとケイタはどこにもいなかった。
そこにマナが入ってきた。


「あの二人は助っ人を探しているのよ。」
「助っ人って...もしかして昨日のカヲル君の提案した...」
「そっ 他のクラブにウチの主砲が務まりそうな人を探しているわけ。」


マナは幾分ため息混じりに話した。


「随分と張り切っている様だね、あの二人は。
 けど、見つかるのかな?」


カヲルは自分が出した提案だが、簡単に見つかるとは思っていなかった。


「そう簡単に見つかるとは思えないわ。」
「どうしてなの、霧島さん?」


すっぱりと言い切るマナにシンジは疑問をぶつけた。


「そんな人がいるんなら、とっくにあの二人が騒いでいるわよ。」


二人の性格を知り尽くしている者だけが言えるセリフだった。


「ハハハ そうだね。」










☆★☆★☆











「ウオオオォォォォオォォォオオォォォォ!!
 す、すげ〜ぞケイタ!」


ムサシは一人で騒いでいた。
それをケイタが止めようとしている。


「ム、ムサシ 止めろって! ...恥ずかしいじゃないか...」


二人の目の前ではテニス部の女子がスコート姿で練習に励んでいた。


「ムサシ、オレ達はそんな事をする為に来てるんじゃないんだぞ!」
「いいじゃねーかケイタ、少しくらい。」


当初の目的を忘れかけているようだ。


「ムサシ!! いいかげんにしろって!
 ...マナに言いつけるぞ...」
「ケ、ケイタ オマエ何言ってるんだよ? それだけは...
 ってオイ ケイタ!! アレ見てみろよ、アレ!」
「何言ってんだよムサシ、冗談だよ冗談。」


ケイタにはムサシが慌てて話を逸らそうとしているのだと思った。


「違うってケイタ。 アレだよアレ!
 ほらキャプテンだよ!」
「キャプテンだって?」


ムサシの指差す方へと視線を向けると確かにキャプテンのタツヤが居た。


「ホントだ、キャプテンが居る...」
「なんでこんなところに居るんだ?」


タツヤはテニス部の練習場に入って何やら話をしているようだ。
その話し相手はどこから見てもスポーツマンという出で立ちで、髪はさっぱりと短く切られており、身長は180台後半、肌は日焼けしている様に黒く、体はがっしりとしている。


「誰なんだキャプテンと話しているヤツは?」
「どれどれ...
 あれ? もしかして2年生の 『榊リュウスケ』 先輩だったかな?」
「...誰それ?」
「......」


相変わらず何も知らないムサシに呆れるケイタ。


「はぁ...
 いいかムサシ、榊リュウスケ先輩はだな......」
「ふむふむ......」


一から説明を始めるケイタとそれを真面目に聞くムサシ...
そろそろ日が暮れる頃だった。










☆★☆★☆











「よ! 相変わらず精が出てるなリュウスケ。」
「オウ タツヤじゃないか。」


テニス部の練習場ではリュウスケとタツヤが話していた。


「それよりも見たぜ文化祭の時の試合。
 まさかウチの野球部が相洋学園相手に頑張るとはな。」
「結局負けちまったけどな。」
「何言ってんだよ、甲子園ベスト4相手にあれだけやれりゃ 十分だぜ。
 それに次の大会まで十分期間があるんだ。
 甲子園の可能性大だぜ。」


リュウスケはまるで自分の事の様に喜んでいる。


「で、テニス部のエースであるオマエの方はどうなんだ?」
「オウ! こっちも絶好調だ!
 今度こそ全国制覇しないとな。
 オマエには悪いが先に全国を制するのはこっちだろうな。」
「やれやれ、こっちの方は問題点が続出してるってのにうらやましい事だ。」


タツヤは溜め息混じりにしゃべった。
リュウスケはタオルで汗を拭いている。


「...問題点って打線の事か?」
「そういう事だ。」
「やっぱりそうか...」


タツヤとリュウスケは互いの顔を見ないで話している。


「どうだリュウスケ、もう一度...」
「少し...少し考えさせてくれないか、タツヤ?」
「そうだよな...考えといてくれ、リュウスケ。」
「.........」


二人の会話はそれで終わった。










☆★☆★☆











「たっだいまー。」


部活をサボって助っ人を探していたムサシとケイタが野球部のグラウンドに帰ってきた。


「遅いぞムサシ! で、どうだった?」
「ふむ、さすが霧島さんだね。
 ムサシ君の事をよく理解している。」


マナがいつもの様に怒らないのでカヲルが茶化した。


「な、ななな、なに言ってんのよカヲル!
 わ、私はただ...」
「フフ、『幼馴染として』でしょ。 でも本当にそれだけなのかい?」
「そ、そうよ! それ以上でも以下でもないの!!」
「ふーん、そうなのかい。」


顔を真っ赤にして答えるマナに対しカヲルはいつもの様に涼しい顔で答えた。


「二人とも何やってんだよ。
 それよりもスゲー事が起きてるぜ。」
「「「すごい事?」」」


シンジ、カヲル、マナはムサシの方に耳を傾けた。
ムサシはそんな3人を見て得意げに話す。


「キャプテンが助っ人を探していてな、そのキャプテンの白羽の矢が立ったのがなんと!」
「なんと?」
「榊リュウスケだろ?」
「「「「「え?」」」」」


意外なところから名前が出てきて5人は振り返った。
そこには 『望月ヨウスケ』 と麻生ススムが立っていた。


「知ってるんですか先輩?」
「ま、ちょっとな。」
「そういう事だ。
 この件に関してはタツヤに任せてほしい。
 念を押すが邪魔はするなよ、特にムサシ。」
「けど先輩達は榊リュウスケ先輩の事を知ってるんですか?」


一方的に決められたがシンジは疑問に思った事を言った。
それを聞いたヨウスケとススムは微笑んで話した。


「ああ、オレとススム、タツヤ、そしてリュウスケは同じ中学でな、それで知ってるんだ。」
「シンジの時はオマエ達に任せたが、今回はタツヤに任せておけ。」
「「「「「はぁ...」」」」」


シンジ達は納得するしかなかった。










☆★☆★☆











「お疲れ様ー。」「お疲れー。」「お先にー。」

場所は変わってテニス部の練習場−−−−
どうやら部活が終わった時間である。
その中に一際元気な女の子がいた。
その女の子は後片付けをしているリュウスケを見つけるとそちらの方へと近づいて行った。


「お疲れ様でしたー リュウスケさん。」
「あ、カナか。 お疲れ。」
「?
 どうしたんですかリュウスケさん?
 何かあったんですか?」


カナは妙に鋭く、リュウスケに何かあった事に感づいた。


「ああ、ちょっと今日...タツヤが来たんだ。」
「え? それ本当ですか?
 でもどうして...」


カナはタツヤが来た事に驚きリュウスケを見たが、リュウスケはカナの方を見ていなかった。
リュウスケのその仕草から二人の間に何があったのかが分かった。


「...どうするんですか?」
「分からないな...」

「.........」


先程まで元気だったのに今のカナの表情は暗く俯いていた。










☆★☆★☆











野球部のグラウンドではシンジが先程の事が気になっていた。


「ねえ、どう思う? キャプテン達の事。」
「いまいち見えてこないよね。」
「けど先輩達が中学校時代に、何かあった事は確かよね。」
「何かって...実は榊先輩は野球をやっていたけど、何か理由があってやめてしまった−−−とか?」


シンジの方を見てムサシがからかう様にしゃべった。


「ハハハ まさか。」
「けどそれなら十分ありえると思わないかい?」


シンジは軽く否定するがカヲルはそうは思っていない様だった。
その一言でシンジ達は考え込んだ。


「「「「「うーーーーーーん......」」」」」










「...調べてみるか。」


長い沈黙の後、ケイタがその一言だけ発した。



第拾弐話  完

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