第壱高の野球部の部室−−−−−
ここではヨウスケがリュウスケ達の過去を話していた。


「...という訳でカナちゃんは、一人で何とかしようと頑張ったんだ。」


話し始めてから大分時間が経ったようで、日が暮れようとしていた。
部室内は異様な静けさに包まれ、ヨウスケ以外は誰もしゃべらない。
長い間しゃべっていたヨウスケは疲れたように椅子に座り直した。


「疲れただろうヨウスケ、後の事はオレが話すからオマエは休んでろ。」
「スマンなススム、そうさせてもらう。」
「いいって。
 じゃあ話を続けようか。」


ススムが気を遣ってヨウスケの変わりに話し始めた。
それから何が起こったのかを−−−











大切な人への想い

第拾四話  夢を共にする者達(後編)











時間は遡り、第参中野球部の練習場−−−−−


「どうした、最近調子が出ないのか?」
「ヨウスケか...ちょっとな。」


タツヤの事を心配して聞いてきた。
ここしばらく、タツヤの様子がおかしく練習にも身が入っていなかった。
最初のうちは試合が近いので神経質になっているのかと思っていたが、どうやらそうではない事を感じていた。


「悩み事でもあるのか?
 だったら相談に乗っても良いぞ。」
「いや、いいんだ...」
「何だよオレ達は親友だろ?
 ったく、リュウスケの奴も妙だし...ひょっとしてオマエ等喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩だったらどれほど良いか...
 スマン、心配してくれて。
 今はちょっと言えないんだ。」


本当に済まなそうな顔をしてタツヤが謝った。
それを見たヨウスケは、タツヤの気持ちを汲んで引き下がる事にした。


「はぁ...
 ま、何かあったら遠慮無く来てくれや。」


部活の時間は既に終わっているのでヨウスケは帰宅して行き、そこにはタツヤだけが残された。





「...アイツはまだ練習しているだろうな...」


タツヤはまだ練習しているであろう自分の妹のところへと向かった。










スパーン...スパーン...スパーン...

目的の場所が近づくにつれボールを打つ音が聞こえてきた。
だがそこには先客が居たようだ。
しかしタツヤは誰だか知っていた為、気にすることなく近づいた。


「早いなリュウスケ。」
「ん? 来たかタツヤ。」


先に来ていたのは榊リュウスケ、タツヤの幼馴染であり同じ野球部員でもある。
そして目の前には二人にとって大切な人−−−若槻カナが一人で練習をやっていた。

スパーン...スパーン...スパーン...

「確かに上手になって来ているけど...」
「それを言うなって、タツヤ。」


最初に見たときよりはマシになってはいるが、大会で通用するとは二人には思えなかった。
それこそ朝早くから夜遅くまで練習しているのに、才能という壁があるのか大会で勝てるほど強くはなっていない。



大会まで残すところ後1週間を切った。
それでもカナは諦めていない。

でなければテニス部がつぶれてしまう−−−
大好きなテニスがやれない−−−

今のカナにはそれしか無かった。





「...帰るか...」


リュウスケはこれ以上ここに居るのが辛いのか帰ろうとした。
しかし背を向けた瞬間、ボールを打つ音が途切れた。

カラン

その変わりにラケットが落ちる乾いた音が聞こえた...
そしてカナを見ていたタツヤからは絶叫が響いた...

「カナ!!」

リュウスケが振り返ったそこに見たものは、右肘を押さえて痛みを堪えているカナと、そのカナを抱きかかえているタツヤの姿だった。
二人は大急ぎでカナを保健室に連れて行った。










☆★☆★☆











時と場所は移り、現在のリュウスケの自宅−−−−−

学校から帰ったリュウスケはまだ悩んでいた。
1週間前タツヤに言われた様に自分は野球をするべきなのか否かを。

リュウスケはドアを開け自分の部屋に入る。
その部屋には数多くのトロフィーや賞状が所狭しと並んでいた。
それらの大半がテニスによる物だった。

リュウスケは部屋を見渡したが、それらのモノには何の興味は無かった。
だが机の上にある写真立ての位置で視線が止まった。
その写真立てにはリュウスケとカナだけが写っていた。
二人ともテニスウェアを着ていて、とても嬉しそうな顔をしていた。

日付は3年前の夏−−−
第参中テニス部が部の存続を賭けた大会の日付と一致していた。


「カナ...」


写真立てを手に取る。
リュウスケはその写真立てを持ったままベットに寝っ転がる。
それからまた考え始めた。


「.........」





不意に手を巡らすと何かが当たった。
手に取って見るとボールだった。
しかしそれは黄色いテニスのボールではなかく純白の球−−−野球のボールだった。

リュウスケはいきなり起きて、自分の机の引出しを開けた。
するとそこにも写真立てがあった。
その写真は撮影してから長い時間が経っている様で色褪せていた。
写真には二人の少年がこれまた心底嬉しそうな顔をしていた。
タツヤとリュウスケがリトルリーグ時代の頃の写真だった。


「タツヤ...」


その写真を見た途端にある種の想いが涌き出た。
リュウスケ自身が忘れていた感情−−−
3年前のあの日に封じ込めたモノ−−−
二度と思い出す事の無い様に記憶の奥深くに閉じ込めた想い−−−

野球に対する想い−−−それが涌き出た。
写真は色褪せても、その想いは色褪せる事無く残っていた。


「...今度の夏が最後のチャンスか...」















そしてリュウスケは決心した...










☆★☆★☆











時は3年前−−−−−
第参中の近くにある病院の屋上−−−−−
ここにタツヤとリュウスケは来ていた。
そして二人の目の前にはカナの後ろ姿が見えた。



最初は保健室にカナを連れて行ったが、そこでは手におえない為病院に連れて行かれた。
そこではカナの症状が右肘の痛みの為、医者は額に汗を浮かべて慎重に診た。

そして一通り診察が終わったが医者は難しい顔をしていた。
最初に出した自分の最悪の推測、それが診断結果だった。
右肘靭帯の損傷−−−
それがカナの診断結果だった。

その事が告げられた途端にカナは奇声を上げて診察室から飛び出した。


「「カナ!!」」


タツヤとリュウスケはカナを追い、屋上でその姿を見つけた。
その姿はとても小さくて触れただけで壊れてしまいそうだった。


「カナ...」


タツヤが自分の大切な妹の名前を呼んだ。
返事は返ってこないと思っていた。
だが呼ばずにはいられなかった。
だがカナは気丈にも明るい声でしゃべってきた。


「アハハハ、私の右肘壊れちゃったみたい。
 これじゃテニスは出来ないね。
 ...テニス部の事は諦めるしかないか...」


カナが振り返り二人に話した。


「あーあ、あんなに頑張ってきたのに意外と呆気なかったね。」
「カナ......」
「ちょっと残念。
 ごめんなさい、お兄ちゃん、リュウスケさん。
 迷惑を掛けて...」


カナは冷静に話しているつもりだった。
しかしそんな思いとは裏腹に彼女の目から涙が溢れてくる。


「...あれ?
 どうしてだろ?
 何で...涙が...出てくるの?
 お、おかしいな...」


拭っても拭っても出てくる涙は止まらない。


「カナ...」


そんなカナをタツヤは優しく抱きしめる。
そしてタツヤは慈しむように自分の妹に諭した。


「泣きたい時は思いっきり泣いた方がいい...」


その言葉を聞いた瞬間にカナはタツヤの胸の中で、堰を切った様に大声で泣き出した。


「ウ...ウゥ...
 ウワアァァァァァァァァァァァァァ!!
 嫌だよ!! そんなの嫌だよ!!
 テニスが出来ないなんてそんなの嫌だよ!!
 助けてお兄ちゃん! 助けてよリュウちゃん!
 テニスがやりたいだけなのよ!!!
 どうして、どうしてこんな事に...」


カナの悲痛な叫びが二人に深く突き刺さる。
だが二人には何も出来なかった。
ただ、聞く事だけしか出来なかった。
自分達の不甲斐無さを呪った。















そして病院を後にした...















しかしリュウスケだけは病院に残った。
そこで知っている顔を見たから...


「何しに来たんだオマエ達?」


リュウスケの前にはテニス部員達が居た。
そして彼らに冷たい声で話したのだ。


「...カナが怪我したって聞いたから...」
「オマエ達には関係の無い事じゃないのか?」
「...そ、それは......」


テニス部員達は言い返せなかった。
自分達がカナを、テニス部を捨てたから−−−



「...右肘の靭帯損傷。
 カナはもうテニスが出来なくなった...」
「!」


テニス部員達に戦慄が走り、それと同時に罪悪感を感じた。
カナの怪我の原因が無理な練習にあったのを知っていたから。
自分達が勝手に見捨てて、カナ一人に全てを押し付けた為−−−その結果である。
カナが一人で頑張って来た事は知っていた筈なのに何もしなかった。
その結果が一人の少女から大切な物を奪った。


「.........」


テニス部員達は押し寄せる罪悪感から何も話せなかった。
それをリュウスケが睨みつける。
誰も目を合わせられなかった。

テニス部員の一人が後ろを向き、病院を出ようとした。


「ちょっと、どこ行くのよ?
 ...カナには会わないの?」


それを止めようとする他のテニス部員が居た。
しかし病院を出ようとしたテニス部員は振り返らずに答えた。


「会える訳無いだろ!
 オレ達にはカナに会う資格が無いんだ。
 だからオレはオレに出来る事をやるだけだ。」


それだけ言うと病院を去った。
そこには強い意志が込められていた。

その事を聞いていたリュウスケはある決心をした。


「自分に出来る事か...」













そして時は進みテニス部の大会と野球部の大会当日になった。













野球部の大会会場−−−−−
第参中野球部は試合前のミーティングをやっていた。
そこで野球部の顧問の先生が一人足りない事に気付いた。


「榊の奴はどうした?」


その一言に部員達は反応して辺りを見渡した。
するとその時タツヤが顧問の先生の前に来た。


「若槻は知っているのか?」
「リュウスケからです。」


顧問の先生の言葉に答える様にタツヤは1枚の封筒を渡した。
その封筒を見た顧問の先生は驚愕した。


「な、何だと?」


封筒には 『退部届』 と書かれていた。










場所は変わりテニス部の大会会場−−−−−
ここにはカナを除いたテニス部員全員が集まっていた。


「さて、大会が始まったな。」
「ええ、けど私達勝てるのかしら...」
「そんな事考えてどうする!
 また諦めるのか?
 そんな事したらオレ達は本当に最低な人間になるぞ!」
「そうだよね、カナだって最後まで頑張って来たんだから私達も頑張らないとね。」
「そういう事だ、不戦敗なんて一番情けないからな。
 それに何かの都合で勝てるかもしれないからな。」


全員の気持ちは一致した。
最後まで諦めずにやってみて、それでも駄目な時は本当に諦めがつく。
そう思えるようになった。
一人の部員のお陰で−−−

その時、部員達の背後で音がした。
そこにはテニスウェアを着ていたカナが居た。
その右肘にはまだ包帯が巻かれたままであった。


「みんな...どうして...」


カナが全員に問うと部員達は答える。


「最後まで頑張ってみようと思ってね。
 でもカナは何故ここに?」
「私は...
 最後になるから...
 ここに来たかったから...」


カナは今にも消えてしまいそうな小さな声で答えた。


「前は悪かった。
 謝って済むとは思えないけど、せめて大会には出ておこうと思ってね。
 運が良ければ何かの都合で勝てるかもしれないからな。」
「練習していなかったのは悔やまれるけど最後まで頑張ってみるよ。」
「みんな...」


カナは泣いていた。
ここに来てようやく分かり合えたのだ。


「ゴメンなさい、カナ。」


以前と同じ言葉だが拒絶ではなく謝罪−−−カナの想いを理解した為の言葉であった。


「ありがとう...」


カナにとって最早勝敗などは−−−部の存続などは関係なかった。
確かに部が無くなるのは悔しいが、それよりも大切なものを手に入れる事が出来たのだから。













「...で、オマエ達は運任せで部の廃部を賭けるのか?」


その声に気付いて振り返ると、そこにはリュウスケが居た。


「リュウスケさん何でここに?
 それに今日は野球部も...」


カナが尋ねた。
居る筈の無いリュウスケが今ここに居るのだから。
そこへリュウスケは1枚の封筒を差し出した。
そこには 『入部届』 と書かれていた。


「ああ、オレも混ぜてもらおうと思ってね。」
「リュウスケさん、入部届って...野球部はどうしたんですか?」
「辞めた。」
「辞めたって、お兄ちゃんはこの事知ってるんですか?」
「タツヤには昨日話した。
 そしたら 『そうか』 ってだけ言ってたぞ。」
「そんな...」


自分の為−−−カナにはタツヤとリュウスケの想いが分かった。


「カナ、オレは高校になったら野球をすればいい。
 だけどテニス部は今が大変なんだろ?
 及ばずながら力になるぞ。」
「リュウスケさん...」


そしてその日からリュウスケは野球部からテニス部へと移籍した。










☆★☆★☆











「...というわけでリュウスケは野球からテニスに部を移籍したんだ。」


場所は戻り第壱高野球部の部室−−−−−
ススムがようやく説明を終えた。


「そんな事があったんですか...」


リュウスケ達にそんな事があったとは予想していなかったのでシンジ達は呆然としていた。
同時に興味本位でリュウスケの事を調べていた事を恥じた。


「これで少しはリュウスケの事が分かっただろ?
 だからオレ達はアイツの事を本当に尊敬している。
 アイツが本当の強さを持っているからな。」
「ハイ...本当にスイマセンでした。」


シンジ達は謝る他は無かった。
しかしカヲルは説明の中で最後の疑問になった事を話す。


「でも何故榊先輩は高校では野球部に入らなかったんですか?」


そうである。 今までの話しの事は全て中学時代の事であり、高校になれば今一度野球を始められるのに何故未だにテニス部なのか−−−その事が最後の疑問として残った。
その言葉に気付きヨウスケが説明しようとしたその時ドアが開き、そこにはタツヤが立っていた。


「何だオマエ達、まだ残っていたのか?」


残っていたメンバーが意外に思えた為に尋ねた。
するとヨウスケが済まなそうにタツヤに答えた。


「スマナイ、タツヤ実は...」


シンジ達に何を教えたのかを、リュウスケの事を教えた事をタツヤに話した。










☆★☆★☆











プルルル プルルル プルルル


「ハイ若槻です。」


場所は変わり若槻家−−−−−
カナが電話に出た。


「カナか、オレだ...リュウスケだ。」
「リュウスケさん...どうしたんですか?」


カナは驚いた。
それにも増してリュウスケがこれから何を話すのかが不安で堪らなかった。


「話したい事があるんだ...
 電話じゃなくて直接オマエに伝えたいん...
 いつもの場所で待っている...」
「...分かりました。」


電話はそれだけで終わった。
だがカナは受話器を置いたまま、しばらく動けなかった。










☆★☆★☆











場所は戻って第壱高野球部の部室−−−−−
ヨウスケはここで何があったのかを、何を話したのかをタツヤに伝えた。


「そうか...シンジ達に教えたのか。」
「スマンタツヤ、悪いとは思ったんだが...」
「いや、気にしないでくれヨウスケ。
 いずれは話そうと思ってたんだ。」


タツヤはシンジ達を責めるつもりは無かった。
しかし知られたくない事を知ってしまった為、シンジ達は罪悪感からか何も言えなかった。


「それからの事はオレから話そう。
 リュウスケがテニスを続けた理由は 『辞められなくなった』 からだ。」
「それってキャプテンの妹さんの...」


ムサシが恐る恐る聞いてきた。


「ま、それもあるんだがな。
 リュウスケはその大会で優勝したんだ。」
「え?? だって榊先輩はテニスをやった事あったんですか?」


ムサシは自分の耳を疑った。
今まで野球部に居たのに、それが運動センスが良いからと言って優勝するとは思えなかった。


「いや無いぞ。
 だけどアイツは優勝したんだ。
 県大会出場者など強豪を倒してな。
 そうなると周りからは 『天才』 だと囃し立てられ、当然ライバルも出てくる。
 だから辞められなくなったんだ。
 周りの期待が、ライバルが、そしてカナが居たからな。」
「けど納得できない奴等も居たんだぜ。
 ...オレ達だけどな。」


ススムはヨウスケの方を見てタツヤの話しに付け加えた。


「その時のオレ達は理由を聞いていなくてな、一時期リュウスケを恨んだ事もあった。
 けど理由を知った時、あの教頭を殴り倒した時のリュウスケを見た時、オレ達はリュウスケの事を尊敬したんだ。」
「教頭先生を殴ったって...いったいどうしてですか?」


ススムの意外な発言にシンジは驚いた。


「ああ、大会で良い成績を残すと学校で表彰されるだろ?
 教頭はその表彰の場に居てな、テニス部が表彰される時に凄く嬉しそうな顔をしていたんだ。
 生徒会でやってた部の縮小と予算削減、それを教頭が裏で指示を出していた事はみんな知っていたんだ。
 最初のうちはテニス部を潰そうとしていたのに、成績を残した途端に態度を変えやがって...
 だからそんな教頭の顔を見た時、リュウスケは怒りを抑え切れず殴ったんだ。」
「.........」


リュウスケの想いがこんなに深かった事を感じてシンジ達は感動した。
そのシンジ達の姿を見てタツヤ達は安心した。


「だからオレはアイツがテニスを続けると言っても、それで良いと思っている。
 アイツ自身が決めた事だからな。」


タツヤは迷いの無い顔で話した。
ヨウスケとススムもまた同じであった。
親友であるリュウスケの事を尊敬しているから。

シンジ達はそんなリュウスケの事を羨ましく思った。










☆★☆★☆











第参中の近くにある公園−−−−−

リュウスケはそこでカナを待っていた。
小さい頃3人でいつも遊んでいた場所、そこがリュウスケ達がいつも待ち合わせに使う場所であった。
リュウスケはしばらく待っているとカナが静かに現れた。


「悪いな呼び出したりして。
 オマエに伝えたい事があるんだ...」


リュウスケはいきなり本題に入った。
あまり長引かせたくはないのであろうか、リュウスケは切り出した。
カナはこうなるであろうと予想していた為、冷静に答える。


「野球の事ですか...」
「そうだ。
 やっぱりオレは野球が好きらしい...
 いや、好きなんだ。

 カナにはスマナイと思っている。
 勝手に期待させてしまって、結局その期待には応えられないから...

 ...オレはもう一度野球がやりたい。
 今度の夏が最後だから...アイツ等ともう一度一緒に野球がやりたいんだ。」


リュウスケは自分の正直な想いをカナに打ち明けた。
今まで抑えていたモノ全てをカナに話した。


「リュウスケさん...」


カナにはリュウスケの気持ちが痛いほど分かった。
かつての自分も同じだったから。
それら全てを理解した時カナは決心した。

あの時はリュウスケに助けられた。
それからずっとカナはリュウスケに寄りかかって来た。
リュウスケが傍に居たからこそ自分が立ち直れた事を知っていた。

だが今のリュウスケはその時の自分と同じだった。
だからこそ、今こそリュウスケの為に、自分の愛する人の為に力になろうと決心した。





カナはリュウスケの胸に自分の額を当てた。
その表情は優しさで溢れていた。
そして目を瞑り、自分の想いを話す。


「分かっていました。
 リュウスケさんが野球の事を忘れられない事...

 優しいから...リュウスケさんは私の事を想ってくれたから...
 だからテニス部に...いつも私の傍に居てくれたんですね。
 私の願いを...私の分まで頑張って...

 ありがとう...私はもう大丈夫です...
 傍に居てくれて...私の事を愛してくれて...

 だから今度は...
 兄の為に...野球部の為に...そしてリュウスケさん、あなた自身の為に頑張ってください。
 待っています...待っていますから...あなたの事を...ずっと...」


カナの頬に一筋の涙が零れた。
その涙は悲しみのものではなく、大切な人を心から想う為に自然に出たものであった。


「ありがとう、カナ...」


リュウスケは自分の事を心から愛してくれる女性の頬に触れた。
そして流れ落ちる涙を拭う。


「待っていてくれ、必ずオマエのところに帰ってくるから...
 オレの帰るべき場所はカナ...オマエだから...
 愛している...カナ...誰よりも深く...」


リュウスケは微笑んだ。
カナもまた微笑んだ。

カナが目を閉じる。
そして二人の距離が縮まる。

公園の外灯に照らされて出来た二つの影が一つに重なった。
止まっていた二人の時が再び流れ始めた...

























その翌日からリュウスケはテニス部から野球部に移籍した。



第拾四話  完

第拾五話を読む
後書き



やっとリュウスケ君が野球部に入ってくれました
まさか話がここまで延びるとは予想外でした
当初の予定ではリュウスケ君のエピソードは一話分にもならない筈だったんですが...

とにかく、これでレギュラーが
シンジ、ムサシ、ケイタ、カヲル、タツヤ、リュウスケ、ヨウスケ、ススム
と8人揃って残りは一人
長いようで短い道のりでしたが、これで 〜シンジ君一年生編〜 は終了
次回からは一気に話は飛び 〜シンジ君二年生編〜 に突入し甲子園に向けて本格始動します











時は進み、シンジ達は2年生に進級

それと同時に野球部には新入部員が入ってくる

そこでシンジは意外な人物と出逢った...











てな調子で話は進んで行きますので今後ともよろしくお願いします。




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