ここは第壱高野球グラウンド−−−−−
そこでは二人の球児が相対していた。

マウンドにはシンジが、バッターボックスにはリュウスケが、それぞれが自分の居るべき位置に立っていた。
二人の間の緊張感は極限までに達していた。

シンジが左足を動かして投球体勢に入る。
それを見ていたリュウスケもシンジに合わせて構える。

そしてシンジの流れるようなフォームからボールが放たれた。
それと同時にリュウスケは踏み込み、一気にバットを振る。
すると鋭い音と共に打球は左中間を抜けて行った。
それをシンジは恨めしそうに見ている。





「悪いなシンジ、今日もオレの勝ちだな。」
「...今日こそは、と思ったんですが...
 もう4連敗ですよ...」


リュウスケは白い歯を覗かせながらシンジに言った。
シンジは悔しそうに答える。



たった一打席−−−
これが二人の勝負だった。



シンジとリュウスケはここ数週間、野球部の練習が終わると、このように勝負をするようになった。
毎日一打席の勝負、そのお陰でシンジとリュウスケは確実にレベルアップをしていた。
最初の頃はシンジが勝っていたが、ここ最近のリュウスケの上達ぶりは目を見張るものがあり、相洋の松田ワタルや柏陵の水上タケシと比べても何ら遜色の無い実力を着けてきた。



11月の中頃にリュウスケが入部してから早いもので、既に4ヶ月以上が経っていた。

今は4月−−−
シンジ達は2年に進級し、後輩が入学してくる季節となった。











大切な人への想い

第拾伍話 二度目の出逢い
















トントントントン...

キッチンで料理をする音が聞こえる。
シンジは窓の外の夕日を見つめていた。


「もう御飯の時間なのか。」


トントントントン...

ギシッ
シンジは音の発信源へと向かった。
しかしキッチンに向かう途中、なんとなく違和感を覚えた。
キョロキョロと辺りを見渡す。


「あれ?
 何か変だな...
 どうしてこんな所にソファーが...
 それにテーブル変えたのかな?」


家具の位置や形が違う事に気付いた。
シンジはじっとそれらを見つめる。


「うーん。
 どこかで見たような...」


違和感を感じながらもどこかで見たような物−−−
シンジは既視感を覚えた。



トントントントン...
料理をする音に気付き、シンジはそちらの方に目を向けた。
そこには見慣れた人の横顔が見えた。


「叔母さん?
 ...?
 じゃない...」


料理をしている人は一瞬自分の叔母−−−碇ユイだと思ったが、何故かシンジは直感で否定した。


「誰?
 ...でもあの横顔、料理をしているあの姿は知っている。」


どこかで見た光景、しかしいつも見ていた光景でもあった。
そして記憶の糸を手繰り寄せて行く、するとシンジはある大切な記憶を呼び起こした。
その時シンジの目が大きく開かれ驚愕する。
そして振り絞るような声で、その言葉を綴る。


「ま...さか...
 かあ...さん?」


いつも見ていた姿−−−
いつも聞いていた音−−−
いつも香っていた匂い−−−


「間違える筈が無い...
 あれは母さんだ...」


その言葉を言い終わった瞬間、シンジの目からは涙が零れた。
ふらふらと頼り無い足取りで自分の母の元へと歩き出す。
そして−−−−−



「母さん!!」



シンジは叫び母の元へと走り出した。
リビングに居た自分、キッチンに居る母、距離としては短い筈なのにシンジにとってはとても長く感じた。
手を母の元へと伸ばし、少しでも速く届こうとする。
母の事を呼び、少しでも早く振り向いて欲しいと願う。
そして二人の距離が零になる瞬間、シンジの手が届いた時−−−−−





スウッ
シンジの手は母の体を突き抜けた。


「え?」


シンジは愕然とした。


「何で?
 どうして?」


シンジは母に触れられない事が信じられず、再び手を伸ばす。
スカッ
先程と同じように母のからだを突き抜ける。
シンジは愕然とした。


「...何で?
 どう...してだよ...」
声が震える。
それと同時に体も震えていた。
母の体を突き抜けた手を、母の事を触れられなかった手をグッと固く握る。



そして−−−



「どうしてなんだよ!!」


シンジの感情が一気に爆発した。


「どうして!
 どうして触れないんだよ!
 何で気付いてくれないんだよ!!
 こんなに近くに居るのに何で見てくれないんだよ!!!
 母さん!
 僕の事に気付いてよ!!
 僕の事を触ってよ!!
 僕の事を見てよ!!
 僕の名前を呼んでよ!!!」



力の限り叫んだがシンジの母−−−ユミは気付かない。





「どうして...」


肩を落とし絶望する。
夢−−−−−
シンジは自分の母が最早この世にはいない事を再認識した。

いつも自分の事を見ていてくれた母−−−
いつも自分の事を心配してくれた母−−−
いつも自分の事を愛してくれた母−−−

最早いない事−−−
最早会えない事−−−
それが現実である事−−−



シンジは泣いた。
そして最後にもう一度だけ母の事を呼ぼうとした時、自分の他に自分の母を呼ぶ声がした。


「母さん。」
「なあに?」

そしてユミはその声に反応し振り向いた。
シンジはその顔を見ると自然と涙がまた出た。
あの時と何も変わらない笑顔が、そして優しさがそこにあった。


「母さん...変わっていないや。

 ...って、何で変わってないの?
 最後に会った時より若いかも...
 何故?」


シンジがそんな事を考えているとユミが自分を見ていない事に気が付いた。
ユミの視線を追って後ろを振り向くと子供が立っていた。


「???
 この子どっかで...」


シンジが考えているとユミがその子の名前を呼んだ。


「もう少しでお父さんが帰ってくるから、
 待っててねシンジ。」
「? えええ ??
 この子が僕だって?」


驚いたシンジはその子をジッと見つめた。


「...確かにこの子は僕だ。
 どうなっているの?

 母さんが若くて、僕がこんなに小さい。
 で、父さんも居るって言ってた。

 ...!
 そしたらレイは?
 レイはどこに居るんだ?」


シンジはレイを探したがどこにも居なかった。
だがユミと幼いシンジはそれが当然のようにしている。


「...どうなってるんだ?」


シンジは不思議に思っていると手元に新聞が置かれているのに気が付いた。


「新聞か...
 ...!」


その新聞の日付を見た時、レイが居ない事に納得した。
とても大切な事に気付き、シンジの顔が喜ぶ。


「そうだ、この日か、そうなのか。」
「ただいまー
 今帰ったよ。」


懐かしい声が玄関の方から聞こえる。







そう、9年前のこの日−−−








「あ、父さんだ。
 お帰りなさーい。」

パタパタパタ...







父さんを迎えようとして玄関で−−−








「やっと帰って来たのね。」

スタスタ...







母さんと一緒に出逢ったんだ−−−








「シンジ、ユミ、聞いてくれ。」







父さんの横に居る不安そうな顔の女の子に−−−








「今日から新しく家族になる...」







空色の髪、色白の肌、紅い瞳の少女−−−








「...レイだ。」







それが僕とレイの初めての出逢い−−−








「シンジ、オマエの新しい妹だ。」







僕の妹−−−








「よ、よろしく、レイちゃん...」







僕の初めての兄妹−−−








「.........」







新しい僕達の家族−−−








「レ、レイちゃん?」







新しい絆−−−








「...............よ、よろしく。







初めて現れた僕の−−−








「うん。よろしくね。」







護るべき大切な人−−−








それがレイ。
















☆★☆★☆
















朝日がサンサンと降り注ぎ、とある部屋を照らす。


「...う〜〜〜〜ん。
 朝か...起きないと...」


少年が目を覚ました。
気だるそうにベットから起きる。
その姿は幼い顔立ちを残してをいるが、引き締まった体をしていた。
眠気を覚ますように頭を少し振る。
少年の名は碇シンジ、今月−−−4月から高校2年生になったばかりである。


「目覚し...鳴ってないや。」


その事に気付き目覚し時計を見ると...AM3:30頃で止まっていた。
その事実に気付き眠気が一気に晴れる。

シャッ!
カーテンを勢いよく開けると日は既に昇っていた。
ツー...
冷や汗が流れる。
チラ
机に置いてある腕時計で時間を確かめると...


「もうこんな時間なのーーー!!!」


絶叫が響き渡る。

ドタドタドタドタ
ガラッ


「何で起こしてくれないんですか!!」


シンジはいつもだったらそこで朝食の準備をしているであろうユイに向かって話した。
しかしそこには誰も居なかった。


「って...居ない...
 ...!」


そこでとっても重要な事を思い出した。


「そう言えば叔父さんと叔母さん、今朝は居ないんだっけ...」


叔父であるゲンドウは出張に行っていて、叔母であるユイは大学時代の友人と旅行に行っていて、両方とも今日の夜にならないと帰らない事を思い出した。


「ど、どうしよう...
 って考えてる場合じゃない、早く用意して行かないと。」


ドタドタドタ...バタン、ガラン...ドタン、カラカラ...バタン!

「鍵を締めて...よし!
 いってきまーす。」


大急ぎで用意して家を出ていった。















☆★☆★☆
















タッタッタッタッタッタッタッタ...
大急ぎで休まずに走るシンジ。
野球部で鍛えた事がこんな形で役に立つとはと苦笑いする。


「このペースだと間に合いそうかな?」


腕時計を見ながら判断する。
そして少し行った所にT字路が迫る。


「あそこを曲がったらペースを下げるか...」


そう決めるとラストスパートを掛けスピードが上がる。
そしてそのまま曲がろうとした時...



ガツン!



「痛たたた...」


誰かとぶつかってしまった。
痛みに耐えながら、ぶつかった人に謝ろうとしたシンジが見たものは...
























「...白だ。」


間の抜けたような声で言った。
その言葉を聞いた途端、シンジとぶつかった人−−−女の子は乱れたスカートを押さえた。
その恥ずかしそうな顔を見た瞬間シンジの思考は止まった。





女の子の黒い髪、黒い瞳。

それ以外は見間違える筈も無い少女−−−
最早逢う事は叶わない大切な人−−−
自分が護る事が出来なかった女の子−−−
自分の大切な兄妹−−−





















「...レイ...」














目の前の女の子は妹のレイと黒い髪と瞳を除けば瓜二つだった。
シンジは呆然とし、信じられなかった。

しかし次の瞬間にはそんな事など考えている暇は無かった。














「エッチ!!」
スパーン!














乾いた音が辺りに響き、シンジの頬に真っ赤な紅葉が出来た。



第拾伍話  完

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