第壱高2−Fの教室−−−−−


「...ップ
 ハハハッハーハ!!
 アーハハハ!!
 ど、どうしたんだよシンジ、その手形は?」


シンジの頬に付いている紅葉を見て大笑いしているムサシが聞いて来た。
それを見ているクラスメイト達もその理由が気になっていた。
第一シンジは結構人気があるのだが女の子との噂、浮いた話は全くと言っていいほど無かった。
それが今朝遅刻して来て頬に紅葉が出来ているとなると、誰もがその理由を知りたがるのは無理もない。


「...ムサシ、そんなに笑うこと無いだろ?」
「ッククク、いや悪い悪い。
 けどシンジもやっと女に興味を持ったか。」
「な、何だよその言い方は?」
「違うのか?
 俺はてっきり女に迫って...」
「ち、違うよ!!
 これはだね。」


ムサシが言い終わる前にシンジが口を挟んだ。
しかしそれは更に深みにはまってしまう罠だった。


「何々シンジ君。
 これは...って何があったの?」
「霧島さんまで...」
「オレ達も興味あるな。
 なあ、カヲル。」
「誰なんだいシンジ君?
 君にそんな事をする不届き者は。」
「いや、だからね...」


マナ、ケイタ、カヲルもその話に加わって来た。
シンジは観念して今朝起こった事を話した。











大切な人への想い

第拾六話 気になる人











第壱高は2年に進級する際にはクラス替えというものは行わない。
従って1年の時と同じメンバーで構成されていた。
そのお陰でシンジ達5人は離れずに済んだ。


「なにーーーーー!
 そ、それでオマエ、その女のパンツ見たのか?」
「いや、見たって訳じゃないけど...ちらっと。」


ムサシが心底羨ましそうにし、シンジがそれに言い訳するように答える。


「かーーー、なんて羨ましい奴!」
「何言ってんのムサシ!
 全く男の子って...」
「アタタタ、勘弁してくれよマナ。」


マナがムサシの耳を引っ張る。
シンジはマナの言葉を聞いていたので謝った。


「ゴメン...」
「あ、シンジ君はいいのよ、ワザとじゃないんだから。
 問題はムサシなのよ。 ホントにHなんだから。」


シンジに答えながらもマナはムサシの耳を引っ張ったままである。
それを見ていたカヲルとケイタは仲良くハモった。


「「平和だねぇ。」」





ようやくマナから開放されたムサシがシンジに話し掛けた。


「痛たた、まだ痛てーや。
 ところでシンジ、重要な話なんだが...」
「重要な話?」
「...その子可愛かったか?」

バコ!

「ムサシ!まだ懲りてないの!」


マナの鉄拳によってムサシはKOされた。
しかしムサシの言葉によってシンジが顔を曇らせた事を知る者はいなかった。










☆★☆★☆










時間は経ち放課後−−−−−
シンジ達は野球部へと向かった。


「今日が入学式だったよね。
 そうすると新入部員が来るんだろ?」
「その通り!
 オレ達が入部してからもう1年が経ったんだよな。」


ムサシとケイタが嬉しそうに話している。


「今年はどのくらい入部するのかな?」
「女子マネージャーが入ってくれると嬉しいんだがな。」
「マナだけじゃ駄目なのか?」
「当ったり前だ。 あんな狂暴な女じゃ駄目だね。
 やっぱりマネージャーってのは、こう優しい子じゃないとな。
 な、シンジ...ってあれ? カヲルも居ない?
 ケイタ、二人を知らないか?」
「ム、ムサシ後ろ...」


ケイタが脅えるようにムサシに危険を教える。


「? 後ろがどうしたって?」

バッコーン!

振り向こうとした瞬間ムサシの頭に拳骨が炸裂した。
無論マナの仕業である。


「フンッ!」


ムサシの事を一瞥して去っていくマナ、痛みを堪えて一人佇むムサシ。
それを見ているシンジ達は3者3様の事を言い出す。

「相変わらずだね、あの二人も。」「恥ずかしい...」「あの二人の事は僕には理解出来ないよ。」
「ほらみんな、早く部活に行くわよ。」
「ムサシはどうするの?」
「放っときなさいあんな奴!」


シンジ達はマナの一言でムサシを置いて野球部へと向かった。










☆★☆★☆










野球部グラウンド−−−−−
既に入部希望者が集まっていた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ......
 凄いなタツヤ、20人越えているぞ。」
「そうだな。
 けど最終的にどれだけ残れるかが不安だがな。」
「けど例年よりは多いぞ。
 な、ヨウスケ。」
「ああ、それに女の子も居るぞ。」


タツヤ、リュウスケ、ヨウスケ、ススムの3年生達は入部希望者達を見て品定めをしていた。
そこに顧問の加持がやってきた。
タツヤ達に話しながら入部希望者達を見た。


「よ、どうだ今年は?
 おお、こんなに集まるとは...
 やっぱり文化祭の時の影響なのかな?」
「そうですね。
 既に20人を超えています。
 2、3年の部員数よりも多いんですよ。」
「ハハハ
 一気に部員が倍になるか。
 まとめ役としては大変だなタツヤ。」
「そう言う先生は顧問じゃないですか。」
「オレはオマエ達みたいな優秀な先輩達が居るから、何の心配もしていないさ。」
「センセー。」


加持とタツヤはこれからどうやって野球部の面倒を見ようかと考えていた。


「なあヨウスケ、シンジ達はまだ来ていないのか?」
「ああ、まだ来ていないぜ。
 どっかで騒いでいるんじゃないのか?」
「これから先輩になるってのに...」
「チワー」
「お、ちょうど来たみたいだぞ。」


ススム、ヨウスケ、リュウスケが話している時タイミングよくシンジ達が到着した。


「おお、結構来てるじゃないか。」
「ホントだ、こんなに居るとは思わなかったね。」
「ムサシ、女の子も居るぞ、良かったな。」


ケイタの声にムサシが過敏に反応した。


「どこだどこだ!」
「へー女の子も居るんだ。」


シンジもムサシにつられて探してしまう。


「ほらあそこ。」
「ホントだ。
 しかも可愛いじゃないか。」


ケイタが指す方向を見ると、ムサシが正直な感想を洩らす。
しかしシンジは


「あれ、あの黒いショートカットはどこかで見たような...
 それにこっからだと良く見えないな。」


シンジはもっとよく見ようと、ジーッと女の子を見た。
すると女の子もその視線に気付きシンジの方を見る。


「「......」」


シンジと女の子の視線が合う。
そして−−−







「「アーーーーーーーーーーーー!!」」

「今朝の女の子!!」
「パンツ覗き魔!!」



お互いの事を指しながら叫んだ。
野球部のグラウンドには二人の声が響き渡った。










☆★☆★☆










「...それじゃ最後のキミ、自己紹介をしてくれ。」


シンジの事を 『パンツ覗き魔』 と呼んだ女の子を見て加持が促した。
入部希望者に自己紹介をさせていたのだ。
内容は−−−
名前、出身校、中学の時の所属部(野球部ならばポジションも)等である。
今回の入部希望者は全員、中学時代は野球部であった。
この事はシンジ達には嬉しい事だった。
経験者というのは、何処でも歓迎されるものらしい。


「ハイ
 第四中から来ました 『綾波レイ』 です。
 中学で野球部のマネージャーをやっていましたので、高校でもやりたいと思ってここに来ました。
 皆さんよろしくお願いします。」


ペコリとお辞儀をして自己紹介が終わった。
レイは先程シンジと言い争った時とは全く違う顔でニコニコしていた。
シンジはレイ以外は視界から消えてしまうように、ジーッと綾波レイを見ている。


「...レイ...」
「!
 ベー!」


レイがその視線に気付きアッカンベーをする。
それを見たシンジはガクッと肩を落とす。

綾波レイの、碇シンジの第一印象は最悪であった。










☆★☆★☆











自己紹介も終わり部員達は練習を始めた。
新入部員達もそれに混じって練習している。

結局今回の新入部員はレイを含めて合計22人だった。
ポジション的にも一通り揃っており、今後の練習や試合等でもバリエーションに幅が出来た。
中でも注目すべきは投手だった。


「へー、まさか第弐中のエースだった 『速水フジオ』 がウチに来るとは...」
「そうだな。
 てっきり柏陵に行くと思ってたんだが。」
「この街で強い...というか実績があるのは柏陵くらいだもんね。
 相洋学園は遠いし...」


ケイタとムサシは中学時代同じ地区だった速水フジオを見て驚いていた。
何しろフジオは中学1年で既にエースで4番の座を獲得しており、まさしく負け無しの成績だった。
彼は変化球を得意としており、特にスライダーの切れ味は最強と言う言葉が付くほどであった。


「うーん。
 スピードのシンジと変化球の速水フジオ...
 面白そうな組み合わせだな。」
「知ってるのかタツヤ?」
「そうかリュウスケは知らないよな。
 速水フジオはオレ達が中3の時にデビューしたんだ。
 それでアイツの持つ変化球で、あっという間に最強の称号を手に入れたんだ。
 しかもバッターとしてのセンスもかなりいい線いっているんだ。」
「投げてよし、打ってもよしか、いいねぇ。
 甲子園も大分近づいたな。」










☆★☆★☆










タツヤとリュウスケがフジオについて話している時マネージャー達は...


「じゃ、よろしくね綾波さん。」
「こちらこそよろしくお願いします、霧島先輩。」
 それから私の事は、 『レイ』 でいいです。」
「フフ、ありがとレイちゃん。
 私の事も 『マナ』 でいいわよ。」
「ハイ、分かりましたマナ先輩。」


という具合で結構ウマが合っている。










☆★☆★☆










「なあタツヤ、フジオと勝負させてくれないか?」


唐突にヨウスケが聞いて来た。


「な、何言ってんだヨウスケ!
 フジオはまだ入部したばかりだぞ。」
「そりゃそうだけど、是非勝負してみたいんだよ。
 中学ン時は打てなかったけど、今なら打てそうな気がするんだ。」
「あのなヨウスケ...
 もし打てなかったらどうするんだよ。
 いや、打てたとしてもそれが原因で自信を無くされたらどうする。」
「う...それは...」


タツヤに痛い所を突かれてしまいヨウスケは言葉が詰まった。



フジオはどちらかというと天才肌である。
何の努力も無しにセンスだけで投げていた。
その反面、一度でも挫折してしまうと取り返しの着かない事になるかもしれない。
タツヤ達はそれを怖れていた。
その一方シンジは以前に松田ワタルに負けたが、それをバネにしてレベルアップしてきた。
何より努力を怠らない、この性格のお陰でタツヤ達は余程の事が無い限り心配する事は無かった。










☆★☆★☆











シンジとフジオは投球練習をしていた。
シンジはカヲルと組み、フジオはリュウスケと組んでいた。
フジオに興味を持ったリュウスケが実力を見る為に名乗り出たのだ。

スパーン
スパーン


それを遠巻きに見る部員達。
2、3年の部員達はシンジの強さを良く知っており、新入部員達はフジオの強さを良く知っていた。
となると全員の関心は、 『どちらが強いか?』 それだけだった。
シンジは相変わらずストレート一本の地味な投球だが、フジオは変化球が殆どで見ていた部員達を驚かせていた。


「すごい変化球だな。」
「あれだけ曲がるんだ、打てるわけないな。」
「天才ってやっぱり居るもんだな。」


新入部員達は間近で見るフジオの投球に魅入っていた。
しかし2、3年の部員達はそうは思っていなかった。


「確かに良く曲がるよな。」
「けど何か足りないような気がするな。」
「やっぱりそう思うか。
 シンジと比べると何か足りないんだよな。」


見ている方はその 『何か』 が分からなかったが、ボールを受けているリュウスケ、同じ投手であるシンジ、正捕手のカヲルにはその『何か』が分かった。


(惜しいな...)
(まだ一年生だから これからだね)
(...やっぱりシンジ君の方がいい...ポッ)


その一方フジオは


(碇先輩か、確かにコントロールとスピードはすごいな。
 これで変化球を持っていれば...
 けど第壱高のエースはこのオレだ)


シンジに対抗心を燃やしていた。









☆★☆★☆











「...話には聞いていましたけど、碇先輩ってすごいんですね。」


シンジの投球を見ていたレイが感想を洩らす。
それを聞いていたマナが得意げに話す。


「フフ、シンジ君はまだ全力で投げていないわよ。」
「ええ?!ホントですか?
 さっきのボールなんてすごく速かったじゃないですか。」
「本気のシンジ君はこんなものじゃないわよ。」
「ふえぇぇ〜、すごいんですね。
 あんな奇麗なフォームなのに...」


レイはシンジに魅入っていた。
シンジはいつものボケボケっとした表情ではなく真剣な顔で投げていた。
レイはそのシンジを、ボーッと見ている。

(あんな顔もするんだ...)


「見直した?シンジ君の事。」
「う...
 野球に関しては...ですけど...」
「けど...何?」
「...男の子としては...許せません。」


レイはしばらく考えた末にマナに話した。


「原因は今朝の事?」
「...ハイ...って知ってるんですか?」
「聞いたのよ、シンジ君からネ。
 気持ちは分かるけど不可抗力ってヤツじゃない?
 それにシンジ君だって反省してるし...ネ?」
「.........けど...」


マナの言う事は分かるのだが、レイはどうしてもシンジの事が許せなかった。
というより何故か気になった。
乙女心は難しい...


「ほら、気になってシンジ君がこっち見てるわ。」
「え?」


レイが顔を上げてシンジの方を見た。
その瞬間目が合ってしまい言葉を失ってしまった。


「あ...」


一方シンジは顔を赤くして固まった。
それにつられてレイも赤くなる。


「あら〜
 レイちゃんどうしたのかな〜?」
「あ...あ...な、何でもありません!
 どうしてパンツ覗き魔なんかと...」


レイは否定するが語尾の方は小さくて聞き取れなかった。


「フフ、真っ赤になって否定しても説得力無いわよ。」
「ち、違いますってマナ先輩!
 もう知りません!」

プイッ
レイは顔を真っ赤にしたままそっぽを向いた。

(どうして私が碇先輩の事を...)

しかし心に内とは裏腹にレイの視線は、チラチラとシンジの方へと向けていた。










☆★☆★☆










「じゃ、今日の練習はこれまで!」
「「「お疲れ様でした!」」」


加持の一言で今日の練習は終了した。
2、3年生は着替えに行き、1年生はグラウンドの整備に入った。
マナとレイのマネージャー達は備品のチェックや雑用をこなす。


「...これでOKと...
 マナ先輩、備品のチェック終わりました。」
「ありがとうレイ。
 でも本当に助かったわ。
 今まで私一人だったから大変だったのよね。」


マナは本当にそう思っていた。
今まででさえ忙しかったのに、新入部員が入って来たらどうしようかと困っていたほどであった。


「じゃあこれを部室に返したらおしまいね。」
「私が行って来ます。」


マナは名簿を返しに行こうとした時レイが名乗り出た。


「そう、お願いするわ。
 よろしくね。」
「ハイ。」


レイは部室までパタパタと走った。


「レイちゃんか...
 中々いい子で良かったわ。
 ......レイ...
 でもどっかで聞いた名前よね...」


レイの後ろ姿を見ながらマナは考えていた。










☆★☆★☆










校門ではマナの事を待っているシンジ達が居た。
しかしシンジは忘れ物がある事に気付いた。


「あ、いけない。
 部室にカギ忘れちゃった。」
「だったら早く行った方がいいぞ。
 マナが来ちまう。」
「そうする。
 急いで行ってくるから待ってて。」


シンジは急いで部室に向かった。










☆★☆★☆











部室ではレイが名簿を返し終わった。


「これで終わり。
 さて、帰ろうかな。」


レイが最後に部室を出る事になったので何か異常が無いか見渡した。
そこで机の上でキラリと光るものを発見した。


「...カギだ。
 誰のだろ?」


レイがカギを取って見た。
その時、部室のドアが開きシンジが部室に入って来た。
そしてまたしても目が合って顔が赤くなる。


「「あ...」」


シンジはドアを開けたまま、レイはカギを持ったまま、お互いの事を見て動かなくなった。

(な、何でレイ...いや、綾波がここに? ...それにしても似ているよな...)
(何で碇先輩が? やだ...先輩が見てる。どうして?)


シンジがあまりにもジッと見ているのでレイは真っ赤になって俯いてしまった。
そしてギュッと手を強く握った時、カギを持っている事を思い出した。

(そう言えばこのカギ...ひょっとして先輩のかな?
 そ、そうよ先輩はカギを忘れたから取りに来たのよ)

何とかこの状況を打破する為、レイはカギの事を尋ねる事にした。


「あの...このカギ、碇先輩のですか?」
「え...あ、それ僕のだ。
 良かった、途中で忘れていたのを思い出したんだ。」


シンジは自分のカギだと確認すると受け取ろうとしてレイに近づいた。










...がシンジは何かにつまずいた。
ガタッ

「うわ?!」「キャッ」
ガタタッ、ドサッ












「イタタタ...大丈夫?

 ...え?」












気付くとシンジの下にレイが倒れていた。
知らない人が見るとシンジがレイを押し倒している態勢である。
さすがにこのままではマズイとシンジは離れようとした。




















フニッ
「え?」




















シンジの右手に柔らかい感触が走った。
ツーと冷や汗が流れる。
恐る恐る自分の右手に視線を送ると...


「あ...」


予想通りシンジの右手はレイの左胸の上に乗っかっていた。


「ゴ、ゴメン!
 あ...あの、えっと...僕っ」


謝ろうとしてレイの方を見ると...レイは顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。
そして黒い瞳には怒りの色に染まっていた。


「ワ、ワザとじゃ...ないんだけど...」


レイの表情を見て言い訳をするシンジ。





ニコッ

不意にレイが笑顔を見せた。


「え?」


シンジは不思議に思った。
すると...
















バッチーン!!















本日二枚目の紅葉がシンジの頬に出来た。



第拾六話  完

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