カキーン

「オラ、声出して行け!」
「「「ハイ!」」」

パシ!
ザザッ!




1年生達が入部してから早いもので2週間が過ぎようとしていた。
新入部員達は予想以上の練習量に戸惑っていたが、今のところ脱落者は出ておらず何とか先輩達に着いて行こうと頑張っていた。











大切な人への想い

第拾七話 最初のハードル











第壱高野球部の練習内容は−−−
最初にランニングから始まりストレッチ等準備運動をしてから守備練習、打撃練習、筋力トレーニング等、各自のメニューに散らばって行く。
新入部員達は筋力トレーニングや先輩達の練習のサポート等をしている為、まともな練習には参加していないのが現状だった。



しかし例外と言うのは居るもので、速水フジオだけは2、3年生に混じって練習をしていた。
フジオは今、シンジ達と一緒に投球練習をしている。
シンジとフジオが同時に投げる...

スパーン
...スパーン

ボールがミットに突き刺さる音が響く。
シンジのボールが届いた後にフジオのボールが届く。
2週間同じ事をやっていたが二人同時に投げると、ボールの届く順番が変わる事は無かった。



チラッ
フジオが隣で投げるシンジを見る。
そこには真剣な表情で投げるシンジの横顔があった。

程よく汗をかき、肩が暖まっている事が分かる。
フジオも同じように暖まっているのだが、シンジのスピードには着いて行けない。
全力で投げたとしてもシンジはそれを上回るスピードを叩き出す。

フジオはこの2週間でスピードでは勝てない事を悟った。
自分でも他の投手よりスピードを持っていると思っていたが、それはシンジに会うまでだった。

流れるようなフォームでボールを投げる。
その放たれたボールは速さゆえに、一瞬で捕手のミットに突き刺さる。

その一連の動作があまりにも綺麗なので思わず見惚れてしまうほどである。
フジオもまた例外ではなく、目を奪われていた。



フジオにとってシンジは今までに会った事が無いタイプの投手なので戸惑っていた。
綺麗なフォームとそのスピード、そしてコントロール。
どれもが初めてだった。

最初はシンジの事を 『すぐに全てを越えてやる』 と思っていた。
フォームは今更変える事は不可能で、それに勝ち負けには関係無いので真っ先に諦め、 スピードは筋力的に遥かに及ばなく、それと自分は変化球がベースである為に保留...

となると最後はコントロール。
これはどの投手にも付き纏う問題の為、逃げる事は出来なかった。
しかし毎日シンジの正確なコントロールを見ていると、最後の砦も崩れ去ろうとしていた。



(はぁ...結局碇先輩の全てを超えることは不可能なのかな?
 残ったのは変化球だけか...けど碇先輩は変化球なんて投げないからな...)



結局フジオは勝ち負けに拘り過ぎてチームワークの事など考えていなかった。
実際に中学時代のフジオはそんな事は考えていなく、ただフジオの強さだけでチームが勝っていた。
強い者に勝つ事により他人に自分の事を認させてきたのだ。

そうなると自分の強さが否定された時、自分より強い者が現れた時、
今まで築き上げてきた自信が崩れ去ってしまう。
その事にフジオはまだ気付いていなかった。





「どうしたフジオ?」


フジオが考え込んで手が止まっているのを気にしてタツヤが声を掛けた。


「あ、スイマセン。」


注意されて投球練習に戻ったが集中できないのか、投球に力が入らない。

スパーン
...スパーン

シンジのボールは今までと変わらなかったが、フジオのボールには勢いが感じられなかった。
その事は部員全員が気付いていた。










☆★☆★☆











「フジオはどんな調子だ?」


小休止を取っていたリュウスケがタツヤに聞いてきた。
タツヤは困ったように答えた。


「ああ、なーんか調子悪そう。
 原因はなんとなく分かるけどね。」
「やっぱりそうか...前途多難だなタツヤ。」
「...それに一年達にも不満が出る頃だしな。」
「そうだな、最近の練習じゃ口数が少ないモンな。」
「そろそろ何かのイベントを考えないといけないかな?」
「イベントって言うと紅白戦でもやる気か?
 オレは止めた方が良いと思うぜ。」
「フジオの事か...まだ早いと思うか?
 チーム全体の事を考えると、そうも言ってられないだろ。」


タツヤにはリュウスケの言わんとする事が分かっていた。
しかしフジオ一人の事でチーム全体が嫌な雰囲気になることを恐れていた。


「今年の一年はデリケートな奴が多いからな。」
「そうなんだよな...去年はムサシのような奴等だったから、違う意味で手を焼かされたんだ。
 ...全く個性的な奴ばっかだぜ。」
「アハハハ...」


暗くなりそうなのでリュウスケは茶化すように言ったが、タツヤは本気で答えを返してくる。
引きつった笑いしか出ないリュウスケだった。










☆★☆★☆











ここにもタツヤとリュウスケト同じようにチームの事で悩んでいる者が二人居た。
二人ともショートカットで一人は茶色の髪、もう一人は黒い髪の少女−−−
言わずもがな野球部のマネージャーのマナとレイである。


「なんか元気無いですね、みんな...」
「そうね、一年生達にはちょっと不満かな?
 まともに練習に加わっているのはフジオ君だけだからね。」
「も〜
 ほら!みんな頑張って!!」
「「「オウ!」」」
「はぁ〜
 駄目ね1年生は...」


レイが激励を飛ばすと2、3年からは返事が返ってくるが1年からは返ってこなかった。
マナがそんな事を考えているとシンジがこちらの方を見ている事に気付いた。


(ありゃりゃ? シンジ君がこっち見てる...けど、はぁ...こっちはこっちで問題があるわ)


チラリとレイの方を見ると怒ったような顔をしてそっぽを向いている。
二人は初日以来ずっとこの調子だった。
シンジが心配そうにレイのほうを見ても知らん振りで、たまにレイが話し掛ける事があっても事務的でしかも短い。
マナがいくらフォローを入れてもレイは頑として聞き入れなかった。
シンジの方も 「しょうがないよ」 と言うだけだった。


(けどシンジ君らしくないわね...)


マナの考える事はもっともだった。
シンジがあんな事を仕出かしたのに、レイに対して謝るどころか言い訳すらしないのだ。
普段のシンジらしくない、それどころか避けているような気もする。
そのくせ気になるのかチラチラとレイの方へ視線を送らせるのだった。


(う〜〜〜ん...完っ璧に何かあるわね)





「よーし今日はここまで!!」
「「「オウ!」」」
「あ、今日はもう上がりみたいね。
 レイ行くわよ。」
「ハイ!」


キャプテンの終了の号令を合図にマナとレイはみんなにタオルを渡す為に走って行った。

「「お疲れ様ー はいどうぞ。」」


二人は部員達一人一人に渡して行く。
しかしマナはシンジには渡そうとしなかった。
シンジとレイが話すきっかけを作ろうとしているのだ。

だがレイは他の部員達とは明らかに違う態度、事務的な仕草で渡すだけだった。
用が済めばそそくさと別の場所に行ってしまう。
シンジもシンジで、ただ 「ありがとう」 の一言だけしかしゃべらない。
マナにはそれがもどかしくてしょうがなかった。


「あ〜もう、何やってるのよあの二人は!」
「二人ってシンジとレイの事か マナ?」
「あ、ムサシ。
 そうなのよ、全くあの二人はずっとあの調子なんだから...」
「でもおまえの事だから色々とお節介を焼いたんだろ?
 それでも駄目なのか...相当重傷だなこりゃ。」


最早打つ手無しの状態であった。










☆★☆★☆











「なあリュウスケ、最近はやらないのか?」
「!  ヨウスケか、何だいきなり?」


後ろからいきなり声を掛けられリュウスケは驚いた。
だがヨウスケは気にせずに喋り続ける。


「勝負だよ! シンジとの勝負!」
「そういや最近やってなかったな...」


リュウスケとシンジの勝負は1年が入ってきて以来やっていなかった。
タツヤとこれからの事を話していてその事をすっかり忘れていたのだ。


「どうだ? 景気付けに一発?」
「...いや、今日は止めとくわ。」


リュウスケはシンジと勝負をする事により、1年が自信をなくす事を恐れた。
それにも増して本気のシンジを見て、フジオに対する影響を考えていた。
フジオの実力はかなりの物だが、リュウスケなどに言わせればまだ実力不足である。
やはり上を見ればきりが無く、今のフジオに匹敵する投手など全国にはゴロゴロ居る事が分かっていた。

もっと真面目に練習をすれば−−−と常々思っていた。
実際にフジオは練習は好きな方ではなくセンスだけで投げていた。

そんな事を考えているとそのフジオから声がかかった。


「勝負って何ですか榊先輩?」
「フジオ?
 あ...いや、その...」


フジオはプライドが高く「勝負」と言う言葉には結構敏感だった。
そのドモっているリュウスケに代わりヨウスケが答えた。


「ああ、リュウスケとシンジの1対1の勝負なんだ。」
「ホントですかそれ?
 オレも見てみたいです!」
「榊先輩と碇先輩の勝負だって?
 オレも見てみたいです!」


フジオの声につられてあちこちから声が聞こえてくる。


「ヨ、ヨウスケ...」


時既に遅し...1年もその二人の対決が見たくて目を輝かせている。
それを不安そうに見ているタツヤ、それ以外は二人の対決に喜んでいた。



結局リュウスケとシンジの対決が始まってしまった。









☆★☆★☆











ザザッ!
シンジはマウンドに、リュウスケはバッターボックスに立った。
ちなみにカヲルも捕手として参加している。


(それにしても久しぶりだねカヲル君)
(1年生が入部してからやっていなかったからね)
(でもこっちとしては好都合だったよ)
(アレを投げる気かい?)
(うん、1球目から行くよ)


シンジとカヲルの相談は終わり投げる態勢に入る。
しかしシンジは普段とは異なり、念入りにボールの握り方を調整している。
その事にムサシとケイタは気付いた。


「シンジの奴、やる気だね...」
「遂にアレが日の目を見るか...」
「どうしたの?
 『やる気』 だとか、 『アレ』 って何なの?」


二人のやり取りを見ていたマナが質問して来た。


「マナか...
 見ていれば分かる。」


二人は今まで以上に緊張して見ていた。
その迫力に押され、マナも仕方なく見ている事にした。




















ザッ
シンジはいつもと同じフォームで投球態勢に入る。
だがボールの握り方だけは違っていた。
人差し指と中指でボールを挟み込んでいた。




















ビッ
いつもより若干遅めのボールだった。
そのボールはいつも通りまっすぐに進んでいく。




















(打てる!)

リュウスケは瞬時に判断し、タイミングを合わせてバットを振り抜く。
バットは寸分の狂いも無くボールに向かって行く。




















ストン!
ブン!










だがボールに当たることは無かった。
バットに当たる瞬間にボールが落ちたのである。
落ちるタイミングとコントロールは絶妙で、リュウスケにとっては何が起きたのか分からなかった。


「まさか...フォークボール...」


かろうじてタツヤがしゃべった。
シンジが変化球を投げるとは思っていなかったのだ。
今までは誰よりも速い球とコントロールで勝負をして来たが、そのシンジが変化球を身につけた。
最後にリュウスケと勝負をしてから僅か2週間足らずで、完璧にフォークボールを使いこなしたのだ。
これには誰もが脱帽した。



今までの速球に加えてこのフォークボールが加わった。
この事はリュウスケにとってショックだった。
只でさえシンジとの勝負には神経を擦り減らされていたのに、今まで以上のプレッシャーが掛るのだ。


「何て奴だ...」


それに加えて鋭い読みのカヲルも居る。
カヲルは常に裏をかいてくる。
その読みでリュウスケは痛い目に会っている。
しかしそれは極稀な事であり、滅多にカヲルがでしゃばる事は無かった。

(まずいな...)

リュウスケは心で呟いた。
しかし心で思っている事は表情には出さなかった。
表情に出たら最後、シンジとカヲルのプレッシャーに負けてしまいそうだった。










ザッ
シンジが再び投球態勢に入る。
帽子のツバから見える目はいつもより鋭く感じられる。
普段からは想像も付かない眼光であった。







(ス...スゴイ...これが本気の碇先輩なの?)

その鋭い目に惹かれる者、綾波レイがシンジに魅入られていた。
普段はシンジの事を 『いやらしい男子』 と思っていたが、初めて本気のシンジを見てその印象は急変した。
ただ優しいだけの人ではなく、闘う男の一面も持っている事を知り、ちょっとだけシンジの事を見直したようだった。



レイがそんな事を思っているとは知らず、シンジは2球目を投げた...









☆★☆★☆











結局その日の勝負はリュウスケの負けだった。
しかも1球もバットに当たる事は無かった。
やはり最初のフォークボールが効いていたらしくかすりもしなかったのだ。

この事には2、3年生は狂喜乱舞したが、1年生にとってはショックだった。
2週間も経てばリュウスケの実力というのが分かったのだが、シンジの場合は2週間経って初めてその実力の一片を見る事が出来たのだ。
いつもボケボケっとしていながらフジオより速く正確な球を投げていたが、それが全てでは無かった。
1年生達は改めてシンジの実力を知った。



フォークボールを投げた事−−−
それはフジオにとっても衝撃的だった。
変化球だけは自分が勝っていると思っていたが、その自信も崩れ始めて来た。
シンジはたった1球のフォークでリュウスケに勝ったのだ。
自分だったらどう変化球を駆使すればリュウスケに勝てるかと、いや勝てるかどうかも分からなかった。


「けど、このままじゃいけないよな...」


フジオにとってシンジとリュウスケは初めて経験する大きな壁であった。
そしてここにもシンジに対する認識を新たにする者が居た。


「碇先輩ってスゴイんですね〜。」
「やっと気付いたようねレイ。
 けど今日のシンジ君には私も驚いたわ。」


マナとレイである。


「まさかシンジ君が変化球を投げるなんてね。」
「そうですよね。
 いっつもストレートしか投げなかったのに...
 練習じゃそんな事していなかったのに、いつのまに投げれるようになったんですかね?」


何気ないレイの言葉だったがマナの目がキラリと光った。


「へ〜、口ではシンジ君の事を嫌がっていても結局気にしてるんだ。」
「あ...」


途端にレイの顔が赤くなる。


「ち、違います!
 マネージャーとして部員達の状況を把握する為に...」
「レイちゃんってホント可っ愛いんだから。」
「先輩〜。」


マナには勝てないレイだった。


「でも、榊先輩と闘った時の碇先輩...いつもと雰囲気違いましたよね。」
「ひょっとして惚れたとか?
 シンジ君って意外とカッコイイからね。」
「ち・が・い・ま・す!!
 只、あんな顔もするんだなって思っただけです!」
「フフ、確かに普段とのギャップがあるわね。
 けどそれだけ野球が好きなのよ。」
「そうですね...」


1年生は全員シンジに対する見方が変わった。
そして次の日、フジオはある決意を秘めて部活に挑んだ。

























「榊先輩、オレと勝負をして下さい。」



第拾七話  完

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