野球部グラウンド−−−−−

部員達は練習を始めている。
昨日勝負をしたシンジとリュウスケもそれぞれの場所で練習をしている。
シンジは投球練習を、リュウスケは打撃練習を。

だがシンジの隣で練習をしている筈のフジオはそこには居なかった。
シンジは怪訝に思って辺りを見るとフジオはリュウスケの方へと向かっていた。


「どうしたんだろ?」
「榊先輩...」


フジオはリュウスケに話し掛けた。


「どうしたフジオ?」


リュウスケが問う。



そんな二人の事をシンジは見ていた。





「オレと勝負をして下さい。」
「「は?」」


フジオの言葉にリュウスケとシンジは驚いた。











大切な人への想い

第拾八話 挫折












「まずいな...」


リュウスケは打席でそんな事を考えていた。
自分は打席に立って、フジオはマウンドに居る。
他の部員達は二人の対決を興味深く観ている。


「シンジ、やっぱり榊先輩が勝つと思うか?」


ムサシが尋ねた。


「うん、十中八九ね。
 榊先輩は目も良いし、バットの振りも早い、何より読みが鋭いんだ。」
「...じゃあ何でオマエは勝てるんだ?」
「僕?
 そりゃあカヲル君が居るからね。
 ウチのチームで1番読みが鋭いのは榊先輩かカヲル君なんだ。」
「な、なるほど...」


ムサシは初めて聞く事実にちょっと驚いた。
しかしシンジとカヲルの二人だからこそ勝てる事は分かっていた。


「それにね、決定的な物があるんだ。
 それを何とかしない限り、速水君に勝ち目は無いよ。」
「決定的な物?
 何だそれ? 何でオマエが知ってるんだ?」
「僕も投手だからね。
 けど榊先輩やカヲル君もその事に気付いているよ。」
「決定的な物か...」


シンジは黙って二人の対決を見る。
ムサシは以前フジオの投球に感じた物足りなさを思い出していた。










「何か妙な事になっちまったなタツヤ...」
「どうなっても知らないぞヨウスケ。」


こっちではタツヤとヨウスケが二人の対決を見ていた。


「どうって...ひょっとして1年達の事か?
 いい機会だろ、自分達の力というのを認識させるには。」
「ヨウスケ...軽く言うなよ。
 これでもし自信無くされたらどうするんだよ?」


タツヤは本当に困っていた。
折角入部してくれた貴重な戦力なのに最悪の場合それが無に帰してしまうのだから。
だがヨウスケの考えは違っていた。


「タツヤ、これは遅いか早いかの違いなんだ。
 大切に育てたい気持ちは分かるが、それだけじゃ上手く育てることは出来ないぞ。」
「もし駄目だったらどうする気なんだヨウスケ?」
「...その時はキッパリ諦めるしかないな。
 所詮それまでの奴だからな。
 シンジを見てみろ、親善試合と言う大舞台で敗けたにもかかわらず着実に力を着けている。
 フジオにその気があるんだったら良い機会じゃないか。
 その気が無いんだったら...そんな奴はウチのチームにはいらねーよ。
 オレ達は甲子園を目指しているんだぜ。
 半端な気持ちじゃ駄目なんだよ!」
「そうだな...そうだよな。」


タツヤはヨウスケの野球に対する想いを聞いて納得した。










「どうすりゃいいんだよ...」


リュウスケは今、非常に困っていた。
フジオに勝つ自身はあるのだが、その後の事を考えるとどうすればいいのか分からなかった。


「どうします榊先輩?」


捕手であるカヲルが尋ねた。
彼もまたフジオに勝ち目が無い事は分かっていた。


「さっき話して来たら、配球は自分に任せてほしい。
 だそうですけど...」
「弱ったな...」


困り果てたリュウスケは助けを求めるようにキャプテンであるタツヤを見た。
しかしタツヤは小さく頷くだけだった。
それを見た二人は腹を決めた。


「しょうがないか...」
「キャプテンが言うんですから全力で闘って下さい。」
「そうと決まれば...」


いきなりリュウスケの目が変わる。
シンジと闘う時の目の色−−−闘う時の目に変わった。


「フジオ!
 いつでもいいぜ!」
「お願いします。」




そして闘いの火蓋は切って落とされた。










☆★☆★☆











マウンド上に居るフジオは様々な想いを馳せていた。

(変な気分だな...
 ここにはいつも居たのに、こんな気持ちになるのは初めてだ...
 けど榊先輩に勝たなければ意味が無い。
 でなければ碇先輩にも勝つ事が出来ない...
 ...もし勝てなかったら...負けてしまったら...
 その時は......)

フジオは打席に立つリュウスケを真っ直ぐに見ていた。
そしてリュウスケもフジオの事を見ていた。

(手加減はしないぞフジオ。
 この勝負が吉と出るか凶と出るか...それはオマエ次第だからな)

リュウスケはグリップを握り締めた。





フジオは大きく振りかぶりボールを握る手に力を入れる。

(先ずは様子見で外へのストレートだ)

フジオの腕が勢い良く振り下ろされ、ボールは放たれミットに向かって走る。

スパーン!

リュウスケは動かなかった。
フジオの投げたボールはストライクゾーンからは外れていた。

(矢張り最初は様子見か...)

リュウスケは足場を確認し態勢を立て直す。





フジオは捕手のカヲルからボールを受け取り、初球の事を考えていた。

(ピクリとも動かないか...やはり読まれたか。
 ...ふぅ、それにしても何て威圧感なんだ榊先輩は...
 よく碇先輩はやっていられるな、神経が擦り減ってくるよ)

改めてシンジとリュウスケの力を知った。
そして気持ちを新たにして次に投げるボールが決まり、2球目のモーションに入る。

(次は懐に切り込むシュートで行くか...)

フジオが投げるとボールはキャッチャーミットに向かって走る。
しかし今度は変化球の為、徐々に曲がっていく。





だがし今回のコースはやや甘く、思っていたよりシュートの切れがなかった。

(マズイ!)
(いける!)

二人は同時に思った。










ガキン!










ボールは明らかにホームランだと分かる勢いで一直線に飛んでいく。
しかしポールの外側に行ってしまいファールとなった。


「ふぅ...あんなに簡単に持ってかれるなんて...
 ミスは許されないか。」


コースが僅かに甘かっただけで、あわやホームランにされる所だった。
返球されたボールを受け取りながらフジオは冷や汗を流した。

(次はどうする...)

フジオは先程より考えていた。





(ちょっと狙いすぎたかな?)

打席でバットのグリップを握り直しながらリュウスケは考えていた。


「さすがですね榊先輩。
 あのボールを打つなんて。」


カヲルが聞いて来た。
リュウスケは当たり前だ、と言わんばかりの表情で答える。


「オレが見逃すとでも思ったか?」
「でも、彼は自分の弱点に気付いていないみたいですね。
 ...それとも認めたくないだけなんですかね?」
「恐らくは後者だろう。
 だがそれを認めない限り、克服しない限りアイツはそれまでの男だな。」
「...辛いですね。」
「そうだな。」


二人は次のボールを待った。





「今の打球で彼、相当追い込まれたわよ。」


マナはいつになく真剣な顔で二人の対決を見ていた。
その横には心配そうに見ているレイが居る。


「...どうなるんですか?
 やっぱりフジオ君、負けちゃうんですか?」
「今の榊先輩を見る限り、手加減はしていないわ。
 シンジ君でも、今の榊先輩には勝てるかどうかも分からないからね。」


マナの声には感情が篭って居なかった。


「じゃあ...」
「そう言う事ね。」
「.........」


レイの不安はマナの一言で一気に増加した。







ザッ
フジオが動いた。




















グッ
合わせてリュウスケも動く。




















(どうするフジオ君?)

カヲルは緊張した。




















(下手な小細工は通じない...だったら決め球で勝負する!)

ビッ!
フジオは決め球であるスライダーを投げた。




















しかしリュウスケはそれを読んでいた。

(ストレートも駄目、甘い変化球も駄目、となると...決め球のスライダー以外ない!)
ザッ!
スライダーに的を絞り左足を踏み込む。
ボールは予想通り曲がっていく。



















ガキン!
バットの芯に綺麗に当たる。


(な、打たれた!?)

フジオは愕然とした。
こうも綺麗に打たれ、しかも完璧に読まれていた。










打球は大きく伸びていく。


「行ったな。」
「うん、行ったね。」


ムサシとシンジは只それだけ話した。



ボールはフェンスを大きく越えて行った。
それを呆然と見ている1年生部員達。
何の感動も無く見ているシンジ達。










そして−−−










打たれた事を信じ様としないフジオ。



「うそだ!
 オレの投げたボールが打たれてたまるか!
 偶然だ! たまたま振ったバットに当たっただけだ!
 オレの投げたボールが打たれる事は無いんだ!
 オレが負ける筈は無いんだ!」



フジオは力の限り叫び現実を信じようとはしなかった。
今まで決め球であるスライダーで多くの打者を打ち取って来たのにこうも簡単に打たれたのだ。
しかも完全に読まれていた。
フジオの自信は崩れ始めた。
それに対してリュウスケは自分を正しく見ようとしないフジオに対して厳しく言い放つ。


「そうか、だったらオマエの気が済むまで相手をしてやるぜ。」
「な、バカにしやがって!」


フジオはその一言に怒り、冷静さを失っていた。










「自分の負けを認めないとは見苦しい奴だな。
 シンジ、やっと分かったよ、アイツに足りないモノ、アイツの弱点が。」
「そう、速水君の弱点は...
 球威が無さ過ぎなんだよ。」
「ああ、榊先輩がオマエの時より力を入れていなかったからな、しかもワザと。
 それでもあんなに飛ぶんだ、誰だって分かるさ。」


ムサシの言う通りリュウスケはそんなに力を入れてバットを振っていなかった。
力の入っていない軽いボールなど、バットにさえ当てれば長打は確実である。


「才能があるってのも考えモノだな。
 センスだけで投げて下積みを疎かにしてしまう。
 その結果がアレか...もったいない。」



リュウスケとフジオの勝負はそれからまだ続いた。
しかしリュウスケを打ち取ることは無く、次の日からフジオは姿を見せなかった。











☆★☆★☆












「とうとうアイツが来なくなってから1週間が経ったな。」
「やっぱりショックだったんだろうな。」
「それに1年達も結構辞めて行ったしな...」


フジオが負けてから1週間が過ぎていた。
あまりにも一方的なリュウスケの勝利の為、1年生達は自信を無くしてしまい次々と退部して行く。
やはりフジオですら勝てなかったのに自分達がどう足掻いても無駄だと思い込んだのだろう。

その為、入部当初22名居た新入部員は既に半分を切っていた。
マネージャーであるマナとレイも、そんな1年生部員達を見ていた。


「部員、減っちゃいましたね...」
「そうね、でも半分ぐらい残っているから良い方じゃないの?」
「でもそれじゃあ...」
「いい、レイ。
 あなたの言いたい事は分かるわ。
 けどこれが現実なのよ。
 アレ位で自信を無くすようなら、この先着いて行けないわ。」


マナは冷たく言い放った。


「そうなんですか...」
「ええ、そうよ。
 弱ければ去るしかないわ。
 けど強ければ...その時は戻ってくるわ。」










☆★☆★☆











「お疲れ様でした。」「お先に失礼しまーす。」「お疲れです。」


部活の時間が終了し、部員達がそれぞれの帰路に着こうとしていた。
マネージャーであるマナとレイはその役割から一番最後まで残っていることが多く、今日もまた部室を最後に出た。


「カギも閉めたし、忘れ物は無いわね。
 さ、帰りましょうレイ。」
「あ、スイマセン。
 私今日約束あるんで...」


いつものレイならはっきりとしゃべる筈なのに、この時に限って言葉を濁した。
その仕草からレイの真意を読み、マナは真摯な態度で話した。


「いい、これだけは忠告しておくわ。
 最後に結論を出すのは自分自身、私達はその手助けしか出来ないのよ...
 ...シンジ君も榊先輩も自分自身で答えを見つけたからここに居るのよ。」
「碇先輩も榊先輩もってどう言う事ですか?」
「つまり、そう言う事よ。
 さ、行きなさいレイ。」
「あ、ハイ...」


レイは二人に何があったのか聞きたかったが辞めて行った部員達の事も気になっていたので、そちらの方を優先にして行くことにした。
マナはそんなレイの後姿をずっと見ていた。









☆★☆★☆











「よ、遅かったなマナ。」


マナが帰り支度終えて校門に来るといつものムサシ達四人が待っていた。


「ん? ちょっとね。」
「なんだそりゃ?
 ま、早く帰ろうぜ。」


ムサシが促したがそこにカヲルが入ってきた。


「そう言えば綾波さんがまだ来ていなかったけど...」
「え、レイ?
 何か用事があるから遅くなるって言ってたわ。」
「え? 遅くなるって、綾波が?」


そこにシンジも入ってきた。


「うん、そうだけど。」
「へー、遅くなるんだ。」
「女の子が遅くまで残る、そして帰りは一人かな...」


マナ、ケイタ、ムサシは順々にシンジを見て話す。
無論3人の目は笑っているが鈍感なシンジはそれに気付かない。


「あ、ゴメン。
 ちょっと忘れ物があったから戻るね。
 遅くなると思うからみんなは先に帰ってて。」


それだけ言うとシンジは校舎の方に戻って行く。


「やっぱりレイの事が心配なのね。」
「全くだ、もっと素直になればいいのにな。」
「ひょっとして恥ずかしいのかな?」
「シンジ君、僕じゃ駄目なのかい...」


ムサシ達はそれぞれ勝手な事を言っていた。







その頃、レイはある部員を探していた。
辞めて行った大半の部員達は放課後になると早々に帰るのだが、一人だけ遅くまで学校に残っている事を知っていた。
その部員は辞めて以来、屋上から野球部の練習風景をずっと見ていた。


「もう帰っちゃったかな?」


レイは大急ぎで屋上に向かった。
そして屋上には目が死んでいるフジオが只一人、呆然と立ち尽くしていた。



第拾八話  完

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