「ほら兄さん、早く早く。」
「そ、そんなに急がなくてもいいじゃないか。」
「そんな事言わないの、ほら。」


仲睦まじき二人が買い物をしている。
一見すると小さな恋人同士の様に見えるが、実際は違う。
我侭な妹に振り回される兄、それが二人の関係。

妹は幸せそうな顔をして兄の手を引っ張る。
兄は困ったような顔をしているが、満更でもなく心の内では今を楽しんでいた。

兄と呼ばれたのはシンジ−−−
兄と呼んだのはレイ−−−
二人は血は繋がらないが兄妹である。





「どこまで行くんだレイ?」
「もうすぐだよ...ほらあそこ。」
「アクセサリー店?」
「そ。」


レイに連れられて来たお店は、女の子御用達のアクセサリー店だった。
自分の妹を見て、やっぱり女の子だな。 と思うシンジ。
レイはシンジを見て微笑んでいる。 何か考えがあるのだろうか。


「さ、入りましょ兄さん。」
「いや、恥ずかしいよレイ。」
「可愛い女の子と来てるんだよ、そんな事言わないの。」
「わ、分かったから手を引っ張らないで。」
「照れない照れない。」
「レ、レイ〜〜。」


レイは久しぶりの兄との買い物を楽しむ。
今日はとても大切な日、レイの13歳の誕生日なのだ。
近頃はシンジが在籍する野球部の練習が多くなり、兄妹で出かける事が少なくなった。
休みの日も一日中練習をしていて、今日の大切な日まですれ違ったままだった。
そして忙しさの為プレゼントを買っておらず、二人で街に買い物にきたのだ。


「あ、これも良いな...けどあっちも良かったな...
 兄さん、どっちにした方が良いかな?」
「え? どっちって言われても...」
「もう、相変わらず優柔不断なんだから。
 そうだ♪ だったら兄さんが選んできてよ。」
「ええ? 僕が?」
「そうよ。
 そもそも誕生日プレゼントなんだからさ、兄さんが選んでよ。」
「う〜〜〜〜ん...」
「私はココで待ってるからさ、オ・ネ・ガ・イ。」


レイが両手を合わせて上目遣いで兄にお願いする。
これは対シンジ用の最終兵器で、これをやられるとシンジは困った顔をしながら何でもその願いを聞いてしまう。
しかしレイはその時に見せるシンジの顔が好きだった。
自分にだけ見せてくれる表情、自分だけのモノ、それだけで心が暖かくなる。


「わ、分かったよレイ。
 けど...ガッカリしないでよ。」
「そんな事無いよ。 行ってらっしゃい。」
「ハイハイ。」


レイはそんな兄の背中を見て目を細める。
いつの間にか大きくなった背中を見ると、あの頃を思い出す。
いつも自分を護ってくれたあの時を...

シンジが傍に居てくれたから今の自分がある。
自信に満ち溢れた自分はシンジが居てくれたからだと確信している。
もしシンジと巡り逢わなかったら今の自分は無く、いつも他人の目を気にしていただろうと思う。

好きである、慕っている、憧れている、愛している。
そう想うだけで胸が締め付けられる。
自分が兄であるシンジに恋心を抱いている事を自覚している。
果たしてシンジは自分の事をどう想っているのか?
シンジは兄で、自分は妹。
血は繋がっていないが兄妹である。
自分がどんなに想っても叶えられぬモノなのか?
しかしシンジの事も考えると暗く沈んで行く。
シンジを哀しませたくない。
それが全てだった。
シンジにはいつも笑っていてほしいと心から願う。
だったら今のままで...今の関係でいた方が良い。
今だけは、自分だけの兄だから...

そう考えているとシンジが帰ってきた。
その手に一つの首飾りを握って。


「決まった?」
「うん、これだけど。」


シンジは自分が選んだ物を見せる。
皮の紐で吊られた水晶の原石だった。
相変わらず地味と言うか渋いと言うか...それがレイの感想であった。
だが自分の為にシンジが選んでくれた、そう思うと嬉しくなる。
いつの時代もそう言う想いは不変なモノである。
しかしシンジは付け加えた。


「何でも水晶の原石には 『幸せに恵まれます様に』 って言う願い事が篭められているみたいなんだ。
 だから...ネ。」
「!」


それを聞いただけでレイは涙が零れた。
いつも不器用だが自分の事を想ってくれる事が嬉しい。
自分の幸せを願ってくれている事が分かる。
それだけで胸がいっぱいになる。

しばらくの間黙っていたのでシンジが声を掛けた。


「...どうしたのレイ?
 やっぱりダメかな?」
「え? ううん、そんな事無いよ。
 ...そっか、兄さんは私に幸せになってほしいのネ。」
「あ、当たり前だろ。」
「ありがと、兄さん。」


そう言いながらレイはシンジに抱きつく。
どれだけ感謝しているのかをシンジに示すように。
しかしシンジにとってはたまったモノではない。


「うわ!? ちょっとレイ!
 こんな所で抱きつかないでよ。」
「嬉しいんだから良いじゃない。
 そうだ私も同じのを兄さんにプレゼントするよ。」
「え? 今日はレイの為...」
「いいのよ兄さん。
 私も兄さんに幸せになってほしいからネ。」


レイは自分が泣いている事を気付かせないように抱きついたまま話す。
大切な人に気付かせない様に、心配を掛けない為に、何よりも大切な人を想う為に。


(お揃いのモノ...大好きだよ兄さん)


心の中で呟く。
今日はレイにとって最高の誕生日だった。















それは今から3年前の出来事。
シンジが幸せだった頃のある一日だった。
















pipipipipipipipi...カチッ

「...もう朝か...」


目覚ましの電子音と共に碇シンジは目を覚ました。
睡魔を振りきる様にベットから出る。
そして机に置かれている首飾りを取り、しばらくそれを見る。


「また夢か...
 でも今までとは違う...目覚めがいいや。」


微笑みながら首飾りに話す。
自分にその首飾りを贈ってくれた妹に話す様に。


「さて、起きるかな。」


シンジは学校へ行く為、着替え始めた。
朝から良い事があって顔が綻んでいるのが分かる。
そして着替え終わると最後に首飾りをポケットに仕舞う。

今日も天気は晴れ。
まるでシンジの今の心を現すかの様だった。












大切な人への想い

第弐拾弐話 幸せの形











「いってきまーす。」
「ハイ、気を付けてね。」


いつも通りユイに見送られ学校へと向かう。
しかしそれはT字路までだった。
遠くからでも見間違える筈の無い、自分の事を好きだと言ってくれた少女、自分の妹にそっくりな少女、綾波レイがT字路で待っていた。


「おは...おはようございます、碇先輩。」
「お、おはよう、綾波...
 どうしたの今日は?」
「一緒に...学校に行きませんか?」
「う、うん、いいけど...」
「やったネ♪」


レイは嬉しそうにシンジの横に着く。
まるでそこが自分の居場所のように満足げな顔をしている。
シンジは突然の申し入れに戸惑い、そして不思議な感覚を覚えた。
懐かしい感じ、妹と二人で登校した昔を感じていたのだ。


「どうしたんですか?」
「え? いやちょっと...」


不意に聞いて来た綾波レイと妹のレイが重なる。
それと同時に昨日の告白を思い出して顔を赤くする。
それに気付き、レイもまた赤くなる。


「あ、あの...碇先輩。
 昨日の...事は...あ、あんまり...気にしないで...下さい。」
「でも綾波...」
「返事はいつでもいいんです。
 只、今は野球に専念して下さい...頑張って下さいネ。」
「うん、ゴメンネ綾波。」


会話はそれだけで、二人は顔を赤らめながら登校した。
なんとなく気まずい時間、いつもだったら直ぐ学校に着くのに今日は長く感じる。
同じ風景なのに、いつもと違う様に感じる。
そう二人は思っていた。

しかしそんな平和な一時をぶち壊すかの様に、妙な視線を送る輩が居た。
通常だったら今この時間に居る筈の無い女性、彼女を知っている者が見れば卒倒するような事実、葛城ミサトが今この朝早い時間に出勤しているのだ。
ミサトは遊び道具を得た小猫よりも興味津々な目をシンジとレイに向け、含み笑いを漏らす。


「ヌフフフフフフフフフフフフフフ。
 いいモノ見ちゃった♪ 早起きは3文の得とは、昔の人も良い事言うじゃないの。
 顔を赤くして二人仲良く登校か〜
 これは事件よ大事件、グズグズしてられないわ。」


ギャギャギャ!
タイヤを派手に鳴らし、ミサトの愛車はカっ飛んで行く。
いつになってもこの手の話が好きな先生であった。

葛城ミサト−−−確か30になった筈だが...










☆★☆★☆











キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

ここはシンジ達のクラス−−−−−
朝練が終わりSHRの始まりを示すチャイムが鳴り響く。
それと同じにドアを開け、担任のミサトが入って来た。


「オハヨー、みんな。」
「オハヨーゴザイマス。」「今日は早いですね。」「ミサト先生、オハヨー。」


ミサトの挨拶に生徒達が挨拶を返して行く。
そしてミサトが教卓に着く頃には全員席について待っていた。
ミサトはクラス全体を見渡して欠席者が居ない事を確認する。


「今日もみんな来ているわね、先生嬉しいわ。
 連絡事項はこれと言って無いからSHRはここまで。
 じゃ、今日も一日頑張ってね。」
「「「「「ハイ!」」」」」


ミサトの締めの一言で男子生徒が元気に返事をする。
いくら三十路に入っても容姿だけは衰えず、その美貌を保っている事を示していた。
いつも通りにSHRが終わり、一時限目に移ろうとしていたが、ミサトが何か思い出したかの様に立ち止まった。


「そうそう、忘れるトコだったわ。
 ウフ♪ シ〜ンちゃ〜ん。」
「な、何ですかミサト先生...」


シンジはいきなりのミサトの猫撫で声に悪い予感を覚えた。
顔を見ると妖しく笑っている。
大抵ミサトがこう言った態度に出るとロクな事が無い。
その事を身を持って知っているシンジはゾッとした。


「んふふふ〜、そんなに緊張しなくていいのよ。
 でないとこれから大変よ〜、カ・ノ・ジョと居る時。」
「何〜シンジ! オマエという奴はぁ!
 オレはオマエだけは裏切らないと信じていたのに(号泣)」

「ご、誤解だよムサシ!
 ミサト先生! 先生が変な事言うからムサシが誤解しちゃったじゃないですか!」
「あっれ〜 だって今朝一緒に歩いていたじゃない。
 確か1年生のコだった様な...」
「え!? いや、あれは...」


確信を突いてくるミサトの攻撃にシンジは何も言えなくなる。
更に追い討ちを掛ける様にムサシが仕掛ける。


「1年生って、まさか綾波の事か!
 オマエ等いつの間に仲良くなったんだ!」
「ワー! ムサシちょっと黙ってよ誤解なんだってば!」
「へ〜、綾波さんって言うんだカノジョ。」
「ミサト先生、からかわないで下さい!!」
「チクショウ! シンジ、オマエ等どこまで行ったんだよ!」
「違うってムサシ! 只、告白されただけなん...」


そこまで言ってシンジはマズイと思った。
しかし運が悪い事にミサトの耳に入ってしまった。


「コ・ク・ハ・クゥ〜
 やるわね〜シンちゃん。 オネエサンは嬉しいわ。」
「な、何言ってるんですか!
 そう言うミサトさんはどうなんですか!
 30を過ぎているのに結婚もしないで!」
「オイ、シンジ、ヤバイってそれは...」
「あ...」


最早止まらなくなったシンジは触れてはいけない物に触れてしまった。
慌ててムサシが止めようとするが、時既に遅し。
ミサトは顔は笑っているが漂う雰囲気が豹変した。
辺りに絶対零度の闘気を撒き散らしながらシンジへと歩き出す。
そしてシンジの口を手で横いっぱいに開いていじめる。


「ん〜、この口かな〜、いけないのは。
 シンジくぅ〜ん、女性の事を悪く言うのはいけないわよ〜。
 カノジョに嫌われちゃうぞ(怒)」
「ミ、ミヒャヒョヒェンヒェイ、ヒュビマヒェ〜ン(涙)」


哀れシンジは授業が始まり担当の先生が来るまでミサトに弄ばれた。
周りでは恐怖に怯えて見ているだけのクラスメイト。
触らぬ神に崇り無し、とはよく言ったものである。

こうして平和な一時?がこのクラスを過ぎて行った。





余談ではあるがシンジの 『30』 と言う言葉の所で−−−−−


「クシュン!
 あらやだ、風邪かしら?」


科学準備室からくしゃみが一言聞こえてきた。
もちろん金髪、黒眉毛、泣きボクロの女性。
そしてもう一ヶ所...


「うう〜ズズ...
 どこかで美人がオレの噂をしているな...」


花壇に水を上げている体育教師がくしゃみをしたと言う。










☆★☆★☆











タツヤは部室のドアを開けて挨拶をする。


「チワー。」


今日の授業も終わり部活の時間がやってきた。
タツヤ達が来た頃には既に何人か来ていたが、フジオの姿は無かった。
既に周りの人間は諦めていたが、タツヤは昨日の事があったので気にしていた。

そこへムサシ達も入って来た。


「チュース。」
「オウ、オマエ等。」
「あ、キャプテン。 今日は早いですね。」
「ムサシ何だその言い方は、オレは遅刻の常習者か?」
「ハハハ、スンマセン。
 けど最近来るの遅かったじゃないですか?」
「そ、そうだったかな?」


タツヤは何故か言葉を濁す。
しかしムサシ達のメンバーを見て一人足りないのに気付いた。


「あれ? シンジの奴はどうした?」
「ちょっと...先生の所に呼ばれていて...」
「何だ居残りか?
 けど意外だな、シンジの奴が残るなんて。」
「いや、居残りって訳じゃないんですが...
 少ししたら来る筈ですんで。」
「? なんだ?」
「なんでしょうね? アハハハハハハ...」


いまいち事情が飲み込めないタツヤ。
ムサシ達は只、笑って誤魔化すだけだった。










☆★☆★☆











その頃シンジは生活指導室に居た。
もちろん目の前にはミサトが居る。


「シ〜ンちゃ〜ん。
 これからオネーサンが女のコとの付き合い方について、色々と教えてア・ゲ・ル♪」
「あ、あのミサト先生。 僕、部活があるんで...」
「いーのいーの。 加持には私から言っとくから。」
「そう言う問題じゃないと思うんですけど...」
「先ずは 『STEP1』 女のコとのデートの仕方ネ...」


こうして何時果てるともしれない講義が生活指導室で続いた。
しかしミサトはまだ重要な事について知らなかった。


(そう言えば僕、綾波に返事してないよな...返事どうしよう?
 綾波は、今すぐじゃなくていいって言ってたけど...やっぱり早いほうがいいよね)


まるで他人事の様に聞いているシンジは、マシンガンの様にしゃべるミサトの言う事は耳に入っていなかった。
それをイライラしながら見る男が居た。
その男は生活指導室を上から見ているようなTVモニターで見ていた。
無論それはMAGIシステムの監視カメラで、見ている男はゲンドウ。


「シンジは何をやっているのだ、
 折角葛城君が助言をしてくれているのに...」


だだっ広い理事長室、そこには二人の男が居た。
いつもの腕組をしたポーズでモニターを見ているゲンドウ。
その横には、椅子には座らず立ったままの冬月が居る。


「碇...」
「...何ですか、冬月先生。」
「全く、オマエも葛城君も...
 そっとしておいた方がいいのではないか?」
「冬月先生、これは我等のシナリオには無い事なんですよ。
 このシナリオの修正、容易ではありません...
 しかしチャンスでもあるんです。 上手くすれば...」
「.........」


最早ゲンドウに何を言っても無駄だと分かった。
苦虫を潰した表情で外の風景を見る冬月。
その目は遠い目をして昔を思い出していた。


(全く、私が若い頃は...)










綾波レイに告白された次の日、あっという間に二人の関係は広まってしまった。
本人達の思惑とは裏腹に、周りの連中が動き回り、かき回そうとする。
レイはシンジにぞっこん、しかしシンジは今だ自分の気持ちに整理が着かずにいる。
シンジは不意に妹からの贈り物である首飾りを思い出す。


(幸せか...僕って幸せなのかな?)


その首飾りに篭められた想い、妹の願い、『幸せに恵まれます様に』 との謂れ。
しかしシンジは気付いていない、今が幸せである事に...



第弐拾弐話  完

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