「あの碇先輩、一緒に帰りませんか?」
「う...うん、いいけど...」
「良かった、断られないで。」


レイは部活が終わって後片付けをしていたシンジに声を掛けた。
色白の顔を赤らめている所を見ると結構恥ずかしかったらしい。
シンジも今日は部活に来てからずっとレイとの事で冷やかされていたので顔が赤い。

そう、シンジとレイの事は既に野球部全体に広まっていた。
きっかけはムサシが口を滑らしてしまい、それを聞いていたヨウスケが先輩命令を発動して根掘り葉掘り聞きだし、次々と尾鰭が付いてみんなに広まってしまった。
最後の方は嘘八百はもちろんあるのだが、二人が付き合っていると言う所で落ち着いた。


「シ〜ン〜ジ、見せつけてくれるじゃないか。」
「望月先輩、だからそうじゃないんですよ...」
「照れるなシンジ、これは自慢していい事なんだぞ。」
「麻生先輩まで...」


顔を赤くしているシンジにヨウスケとススムが絡んで来た。
シンジがチラリとレイの方を見ると既にマナに捕まっていて冷やかされている。
そこへムサシが声を掛けて来た。


「オ〜イ、シンジ。
 綾波と一緒に帰るんだって?」
「うん、そうだけど...」
「だったら今日は別々に帰ろうぜ。」
「何で?」


真顔で聞き返すシンジを見てヨウスケ、ススム、ムサシは呆れ果てた。
そんな3人を見て鈍感なシンジはきょとんとしている。


「あのなシンジ...
 オレ達はそんなにヤボじゃないぞ。」
「ヤボって、何がだよ?」
「シンジ、ムサシの言う通り綾波と二人で帰った方がいいぞ。
 綾波だってそれを望んでいる筈だ。」
「そうそう、そんでもって夕日の見える公園なんかに寄って...」



「綺麗だね、綾波...」
「そうですね、先輩。」
「けど、綾波の方がもっと綺麗だよ。」
「そ、そんな。 碇先輩、恥ずかしい...」
「綾波...」
「碇先輩...」


ヨウスケとムサシはお互いの目を見つめ、手を取り合う。
シンジは顔を赤くしてみて、ススムは呆れ果てていた。


「ってな事になるんスかね?」
「チャンスじゃねーかシンジ、オトコだったら攻めまくれ!」
「な、何言ってるんですか! 僕と綾波はそんな関係じゃ...」


ヨウスケとムサシは顔を赤くしたシンジをからかう。
最早何度目になったか分からない位にシンジは冷やかされた。
これ以上は収拾がつかないと思ったのかススムが入っていた。


「二人共その位で勘弁してやれ、これ以上は可哀相だぞ。」
「何だよススム、シンジの肩を持つ気か?
 全く羨ましいよな、シンジもオマエも彼女が居るんだから。」
「麻生先輩にも居るんですか?」
「ま、まあな。
 けどヨウスケだって居るじゃないか。」
「バ、バカヤロウ。
 アイツは違うって...」


ヨウスケから意外な事実を聞かされてムサシは驚いた。
ススムは顔を赤くしながら答える。

好きな人が居る、それだけで人は強くなれる。
その事をシンジは知っていた。
かつて好きな人の為に野球をやっていたのだから...











大切な人への想い

第弐拾参話 雨降って地固まる











シンジとレイは2人並んで歩いていた。
お互いに意識し合ってか会話は弾まず、時間だけが過ぎていた。
少しぎこちないが、まさしく交際を始めたばかりのカップルに見える。

しかし後少しで二人が別れなければならないT字路に到着する。
二人が初めて出逢った場所に。
その時、シンジの横で幸せそうな顔をしていたレイに緊張が走った。
同時にシンジはT字路である人物を見つけた。

二人にとって忘れられない人物、レイにとっては嫌悪すべき人物、シンジにとっては自分に似ている人物。
そして二人にとっては、かつて同じ野球部に居た人物、速水フジオが居た。
彼の表情は夕日の逆光によって見る事が出来ない。


「速水君。」
「.........」


シンジがフジオの名前を呼ぶとレイはシンジの後ろに隠れた。
レイにとってフジオは怖い存在であり、レイが震えている事が分かった。
シンジの制服の裾を握った手が震えている。
護るべき人であるレイ、自分に似ている人であるフジオ、シンジにとって二人は大切な人と呼べた。


「どうしたのかな?」
「あの...マネージャーに...一言...謝りたくて...」
「.........」


フジオは自分が悪い事を自覚していた。
謝って許してくれるとは思えなかったが、一言謝りたかった。
只一言、ゴメンと。
しかしレイはシンジの後ろに隠れたまま震えている。
フジオもまともに聞いてもらえるとは思っていなかった為、そのまま続けることにした。


「マネージャー、聞いてくれ。
 その...あの時は本当に済まなかった...
 自分でも酷い事をしたと思っている。多分あの時のオレには、余裕が無かったんだ。
 どうしようもなく追い詰められていて...
 だから...オレは...」
「...聞きたくない...」


フジオが謝る中、レイが口を開いた。
しかしその口から出た言葉は重く苦しい拒絶であった。
そしてシンジはその二人を黙って見ていた。


「そうだよな...許せる筈無いよな...
 でもオレは一言謝りたい...自分がバカだった事に気付いたから。
 綾波、ゴメン。」
「.........」


その一言は自分自身と向かい合い、そして自分自身で答えを見付けたのモノ、だから迷いの無い言葉だった。
レイはその言葉を聞いても黙ったままだった。
シンジはこのままでは行けないと思い、優しい声でレイに話し掛ける。


「...綾波、彼は本当に済まないと思っているよ。
 許してあげたら...」
「!」


シンジが言葉は信じられなかった。
あの時シンジも居た筈なのに、それでもフジオの事を許せるのか? レイはそう思っていた。
シンジの顔を見ると、いつもの笑顔があった。
シンジの制服を掴む手に力が篭る。


「...何でですか...
 何で...碇先輩は笑ってられるんですか?」
「綾波?」
「何で...
 何でそんな事が言えるんですか、碇先輩!
 アイツは私に酷い事をしたんですよ! それども許せと言うんですか?」


レイの感情が爆発する。
信頼するシンジの口から信じられない事を言われた。
消す事の出来無い心の傷、それを刻んだ張本人を許せと言われた。
レイはシンジの事が分からなくなった。


「綾波、キミの気持ちは分かるよ。
 でも僕は速水君の気持ちも分かるんだ。」
「.........」
「行き所の無い怒りと哀しみ...僕にも理解できる。
 どうしようもない孤独と拒絶、それが彼を追い詰めたんだ。
 だから綾波...彼を...」
「先輩は私の事、どう想っているんですか?」
「綾波?」


意外な言葉にシンジはレイの心が読めなかった。
しかしその言葉がレイにとって重要な言葉である事を理解していた。
だから自分の想いを正直に答えた。


「綾波の事は大切に想っている...」
「だったらどうして!」
「...碇先輩、もういいんです。
 オレがやった事は許されない事ですから...」
「けど速水君...」
「いいんですよ、許せないんだったらそれでも...」


フジオはシンジの心遣いが嬉しく思えた。
だがこれは自分自身の問題であり、自分の力で乗り超えたかった。


「あ、綾波...」
「...嫌...」


シンジはなんとか説得しようとレイを見た時、驚愕した。
レイが泣いていたのだ。
何時も笑顔を称えていたその顔は暗く沈んでいて、彼女本来が持つ魅力を台無しにしていた。
その原因が自分にある事は分かっていた。
それでもフジオを助けたかった。レイとフジオ、そして自分の為に、それぞれが後悔しない為に。
しかしその想いはレイに届かなかった。


「...碇先輩は私の事、どうでもいいんですね...」
「綾波!」
「さよなら...」


その言葉を最後にレイはシンジの前から去った。
そしてその場にはシンジとフジオが取り残された。
しかしシンジはレイの事を追わなかった。
今は目の前の少年、かつての自分に似た少年の事が心配だった。


「...スイマセン、碇先輩...」
「その事はいいよ、それよりもちょっと歩かないかい?」










☆★☆★☆











「加地先生。」
「ん? タツヤか。 まだ帰っていなかったのか。」
「じゃ、私の用事は済んだから帰るわね。」
「そうか、じゃあな葛城。」
「スイマセン葛城先生。」
「いいのよ若槻君。」


タツヤは加持に会う為、体育教官室に来た。
そこにはミサトが来ていたがタツヤの真剣な雰囲気を感じたのか席を外す事にした。
タツヤの用事はもちろん野球部の事で、特にフジオに関する事だった。


「フジオの件なんですが、アイツの事はもう少し待ってもらえませんか?」
「退部届の事か。」
「そうです。
 昨日、偶然アイツと話す機会がありまして...」


タツヤは昨日の件を話した。
加持はそれを黙って聞いている。
日は暮れかかり、窓の外は茜色に染まっていた。
加持がお茶を飲み終わり、湯のみを机に置く頃にはタツヤの話は終わっていた。


「そうか...フジオ君がようやく...」
「ハイ、ですからアイツが出した退部届は、もう少し待って下さい。」
「そうだな、タツヤも痛い思いをしたんだからな...
 分かった、フジオ君の方はもう少し待つとしよう。」
「ありがとうございます。」
「それからスマンな...野球部の方を任せっきりにして。」
「構いませんよ、オレはキャプテンですから。」


タツヤは笑顔で返した。
加持はタツヤがキャプテンで本当に良かったと心から思った。
二人は窓の外に見える夕日を眩しそうに見ていた。











☆★☆★☆











シンジとフジオは公園に来ていた。
落ち着いた所で話をしたかった為、この場所に来たのだ。
そしてシンジが話を切り出した。


「綾波、許してくれなかったね...」
「いいんですよ、オレが悪いんですから。」


意外な事にフジオは落ち着いていた。
こうなる事を全て予測していた、だから許してもらえなくても落ち着いていたのだ。


「でも、これからどうするんだい?
 野球部には戻って来るのかな?」
「出来れば戻りたいんですけど...
 マネージャーが許してくれるまで戻れませんね。
 それよりも先輩はいいんですか? マネージャーをあのままにして来て。」
「その事は、後でどうにかするからいいんだ。
 あの時はキミの事が心配だったけど、もうその必要は無いみたいだね。」
「ハイ...キャプテンに言われました。
 自分だけが辛いんじゃないって...結局逃げてばかりだったんです、オレは。」


フジオが自分で見付けた答え、シンジは嬉しく思えた。
自分の様になってほしくなかった。 あの時の思いはしてほしくなかった。
目の前の少年はその事を乗り越えてくれた。 それが嬉しかったのだ。


「碇先輩はどうしてオレの事を庇ってくれたんですか?
 マネージャーの事を考えれば...オレの事を憎んでいても可笑しくないのに。」
「僕かい...
 キミには僕と同じ思いをしてほしくなかったんだ。」
「同じ思い?」
「そう...僕は以前キミと同じ様に...どうしようもない怒りと哀しみに襲われた事があるんだ。
 その時僕は...親友に当り散らしたんだ。 そして傷つけ...逃げ出した。
 誰も悪くないのに...僕は親友と呼べる大切な人を拒絶した。」


フジオは何も言わなかった。
シンジが自分と同じ思いをしていた、だからこそ自分の事を心配してくれた。
不意にタツヤの言葉が頭に過る。


(でなければあんな目は出来ない...)


シンジが昔に自分と同じ事を経験し、それを乗り越えた事が分かった。
人は辛い事を経験すればそれだけ人に優しく出来ると言う。
目の前に居るシンジが、どれだけ辛い思いをして来たのか分かる。
そして自分が勝てない訳が分かった。


「そして僕は第3新東京市に来たんだ。 全てを捨ててね...いや、逃げてきたんだ。
 けどそんな僕を心配してくれる人も居た...カヲル君、ムサシ、ケイタ、霧島さん...彼等が僕を助けてくれた。
 だから僕は彼等の為に、そして自分の為に野球をやり直したんだ。
 彼等の願い 『甲子園』 その手助けをする為に、そしてもう一度親友に逢う為にね。」
「親友ですか?」
「そう、僕がココに来る前の親友にね。
 もう一度逢いたい...逢って謝りたいんだ、あの時の事を...
 グラウンドで待っているんだ、約束していたんだ、僕達は。
 許してくれるかは分からない、けどもう一度逢いたいんだ。 逢って謝りたい。
 キミと同じ様にね。」
「そうですか。」


二人は同じ思いを経験し、そして乗り越えた。
シンジは親友と再び逢う為に、フジオは野球に対する想いの為に闘う。
想いは違えども、切っ掛けが同じ二人は不思議な親近感を覚えた。


「碇先輩、心配して下さってありがとうございます。
 そろそろ行きます、オレ。」
「綾波の所にかい?」
「ハイ、何とかしてマネージャーに許してもらいます。
 やっぱり野球がやりたいんで...
 それからオレも微力ながら手伝わせてもらいますよ、甲子園に行く為に。」
「ありがとう。
 それから月並みだけど...頑張ってね。」
「ハイ。」


フジオは決意を胸に秘め、公園を出る。
シンジはその後ろ姿を見えなくなるまで、ずっと見ていた。










☆★☆★☆











場所は変わり綾波家−−−−−
レイは家に帰ってくるなり部屋に閉じ篭ったまま出てこなかった。
それを心配に思いレイの母親が何度かドアを叩いたが、一人にしてくれの一点張りだった。


「どうしちゃったのかしら?
 昨日はあんなに嬉しそうにしていたのに...」


レイの母親が考えていると不意に呼び鈴が鳴り、ドアを開けてみるとそこにはフジオの姿があった。


「えーと、同じ学校の速水フジオって言います。
 あの...綾波レイさんには会えないでしょうか?」
「レイのお友達ですか。」


レイの母親は戸惑ったが、帰って来てからのレイと突然の訪問者のフジオ、この二人に何かがあった事に気付いた。
その事を察してレイの事を説得しようと再びドアの前に来たが、レイの答えは変わらなかった。


「ごめんなさい、速水君。
 一人にして欲しいって言って出てこないの。」
「やっぱりそうですか...」
「レイとはどういう関係なのかね?」


そこにレイの父親も入って来た。
二人の問題の様な気もしたが、自分の娘が普段のそれと違うのを見かねて、間に入って来たのだ。
そしてフジオから事の経緯を聞くと、いきなり殴り飛ばした。


「二度とウチの娘に近寄らないでくれ。」
「あなた...」
「いいんですよ、悪いのはオレですから...
 ご迷惑をお掛けしてスイマセンでした。」


殴られた所を手で押さえながらフジオは出て行った。
街の3人組に殴られたよりも、タツヤに殴られたよりも、今まで殴られた中で一番効いた様だった。
フジオは綾波家の門の前で立ち止まる。


「ここで逃げるわけにはいかないよな。
 オレを心配してくれたキャプテンの為、碇先輩の為、そして自分の為にも逃げるわけにはいかない。
 もう一度野球をする為に...」


フジオは門の前でレイを待つ事にした。
その事に家の中に居るレイの両親は気付いた。


「彼、家の前で待っているわよ...
 それに殴り飛ばすなんて...」
「ああでもしなければオレの気が済まなかったんだ。
 後はレイの判断に任せるとしよう。」
「そうですね...」


しかしレイの部屋への扉は固く開かれる事はなかった。










☆★☆★☆











プルルル... プルルル... プルルル... プルルル...ガチャ

フジオとの一件が終わってから数時間後、綾波家の電話が鳴った。


「ハイ、綾波です。」
「夜分遅くスイマセン。
 レイさんと同じ野球部のマネージャーをやってます霧島と言いますが、レイさんはいますか?」
「あ、ちょっと待って下さい。
 レイ、霧島さんから電話よ。」


レイの母親は、これならばと思いレイの部屋の子機に電話を回した。
最初はレイも無視していたが、いつまで経っても鳴り止まない為、渋々と出る事にした。


「...何ですかマナ先輩...」
「何だとはご挨拶ね。
 それよりもご機嫌斜めみたいじゃない、シンジ君と喧嘩でもしたの?」
「.........」


マナは冗談で言ったのに、それが的中していてレイは何も言えなくなった。
そしてレイはマナの促されるまま、事の経緯を説明し、全て話し終わった時、レイの目から涙が流れていた。


「なるほどね...そんな事があったんだ。」
「先輩...私、碇先輩の事...分からなくなってしまいました...
 何で私の事、分かってくれないんですか...碇先輩は。」
「ハァ...ホントに手の掛かる二人ね、アナタ達って...」


マナはまるで姉が妹に諭す様に話し始める。
シンジの過去に何があったのか、そしてシンジがどんな人間なのか。
自分が見て、感じて、そして聞いた事を全て話した。

そして数十分後、マナの話を聞き終わりレイはシンジの事を考える。
家族を失った事、その時のシンジの想い、そして今のシンジの事。
シンジがどれだけ辛い想いをしてきたのかが、そして何故シンジがフジオを心配していたのかが分かる。
結局自分が分かろうとしなかっただけだった。 シンジの事、そしてフジオの事を。


「どうしよう...これから...」










☆★☆★☆











その頃碇家では−−−−−
シンジはフジオとの会話を思い出していた。


「キミと同じ様に...か。
 速水君、大丈夫かな?」


ベットの上に寝っ転がり、自分と同じ思いを経験したフジオの事を心配する。
その手には妹からの贈り物の首飾りが握られている。
そして虚ろな目をして自分の過去を想い出す。
辛かった過去もあれば、楽しかった過去もある。
それらの過去がいつの日か、笑って話せる時が来るのだろうか。


「...トウジ...ケンスケ...
 二人は許してくれるかな...僕の事...」


かつての親友の事を想い出す。
苦楽を共にして来た、最後まで自分の事を心配してくれた掛け替えの無い人。
目を閉じるとかつての想い出が映し出される。
そこには親友達、家族、そして幼馴染みの姿がある。


「けど...僕は許せるかな...アイツを...」










☆★☆★☆











チュン、チチチ...
スズメ達は太陽の光を浴びて今日の活動を始める。

窓から朝日が差し込む。
その光を受けて少女は夢の中から覚醒する。
眠たい目を擦りながら少女は起きた。


「もう朝なの...
 いつの間にか寝ちゃったのね。」


黒い髪と瞳は日の光を浴びて輝く。
少女の名は綾波レイ。
彼女は小さく伸びをして朝日を全身で浴びる為にベランダに出た。
スズメ達は彼女の姿を見ると近くに舞い下りる。


「みんなオハヨ。
 ちょっと待っててね、今ゴハンをあげるから。」


スズメ達にゴハンをあげる事、それが毎朝の日課だった。
今日もまた、いつも通りに一日が始まろうとしていた。
しかし門の所に視線を送らせると人影を見付けた。
その人影、レイには心当たりはあったが信じられなかった。


「まさか...」


レイは急いで玄関に行く。
そしてドアを開けてみるとフジオの姿があった。
フジオは門に寄り掛かって静かに寝息を立てている。
時折寒さからか身を縮こませる。


「...うそ...」


フジオは一晩中ここに居た。
レイの事を思う為、許してもらう為、自分の為、自分の事を気に掛けてくれた人の為、ここで待っていた。
そして右手には野球のボールを握っている。
もう一度野球をやる為に、二度とその想いを忘れない為に握っていた。
レイの頬に涙が零れた。


「...バカ...
 男の子って...ホント...バカなんだから...」


フジオの想い、そしてシンジの気持ちが分かった。
レイは涙を拭い大きく息を吸う。 そして...















「コラー! 起きなさいフジオ!」
「ウワ!? な、なんだぁ?」


いきなりの声にスズメ達は驚き飛び回る。
フジオは眠たい目を開けて辺りを見回す。
その視界にレイの姿が映し出された。


「マ、マネージャー...」


レイはフジオの前で仁王立ちしていた。
その顔はなんとなく怒っている。
フジオは今まで謝るセリフを考えていたのだが、レイの姿を見て言葉が詰まる。
レイはそんなフジオには構わず話し出す。


「何考えてるのよキミは!
 こんな所で寝るなんて!」
「いや...その...」
「キミはホントに野球をする気はあるの?
 それとも無いの?」
「あ...それは...ある...けど...」


フジオはレイの意外な勢いに負けているのか曖昧な返事をしてしまった。
その曖昧さがレイの怒りに油を注ぐ。


「聞こえない!
 やる気あるの! 無いの! どっちなの!」
「あ、あります!」
「よろしい。」


レイはその返事を聞いて安心した。
フジオは何がなんだか分からず混乱している。
しかし良く考えると自分がレイに謝っていない事に気付いた。


「マネージャー...オレは...」
「いいよ、その事は...
 結局私も悪かったんだから...キミの気持ちも分からずにね。
 だからこれでおあいこ。」
「けどオレは...」
「何? 許さなくていいわけ?
 私に貸しを作ると後が怖いわよ。」
「いや、ゆ、許して欲しいです。 ハイ。」


レイは笑顔を見せるがフジオには悪魔の微笑みにしか見えない。
それを見て慌てて取り消そうとして、情けない顔と声でレイに許しを乞う。
レイは自分の思惑通りに話が進んだので笑いを堪えていた。
そして最後の仕上げとしてフジオに条件を出す。


「だ〜め、やっぱり許さない。」
「そんな〜。」
「だったら二度と弱音を言わない事、それが条件よ。
 許して欲しかったら今の言葉、忘れないでね。」
「それだけでいいのか?」
「うん。」
「分かった、二度と弱音を吐かないと約束するよ。」




















その日からフジオは野球部に復帰する。
自分の為に、そして自分に懸けられた期待に応える為に。



第弐拾参話  完

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