「ただいま。」
「あ、おかえりなさいシンジ君♪」


ユイはキッチンから声を掛ける。
しかしシンジはユイに違和感を覚えた。
それもその筈で先程のユイの声は1オクターブ程、上がっていたからだ。

怪訝に思いチラリとユイの事を見ると、忙しそうに夕飯の支度をしている。
一目で豪華な夕飯だな、と分かる。
だがシンジには心当たりが全く無い。

(どうしたんだろ?)

シンジがそんな事を考えていると、ユイはそれに気付き声を掛ける。


「もう少し待っててね。
 あの人ももう少しで帰ってくるから、3人でゴハンにしましょう♪」
「ハ、ハァ...」


またもやユイの声は上ずっていた。
顔を見ると満面な笑顔でこちらを見ている。
もっと良く見ると、しゃもじを両手で持ちながら体をくねくねとくねらせている。

絶対に何かある−−−
シンジはそう確信したが何も思い付かない。

(い、いったい何が...それに何故赤飯なんだぁ?)

しゃもじについている赤いもち米に気付いたシンジは更に悩む。
その時のシンジはまだ知らなかった。
今日の帰りにレイと一緒に甘味屋に寄った、その事がゲンドウとユイに知られている事に。
そして野球部の練習が忙しい為、今日がレイとの初デートだった事に気付いていなかった。

彼女は彼女なりにシンジを祝いたかったようだ。





その頃、第壱高校理事長室では−−−−−
ゲンドウは帰り支度を、冬月は椅子に座って将棋を指している。


「冬月先生、後は頼みます。」
「ああ、ユイ君とシンジ君によろしくな。」


冬月の言葉を最後まで聞く事無く、ゲンドウは理事長室を出た。
その事を確認すると、冬月は窓の外に広がる景色を眺める。


「...シンジ君も可哀相に...
 あの二人が相手ではプライバシーなど無いに等しいからな。」

パチィ!

冬月一人となった理事長室に将棋を指す音が響き渡る。
彼は苦笑いをしていた。











大切な人への想い

第弐拾伍話 好きという気持ち











ボフ!
ベットに倒れ込む音がした。
アユは帰るなり自分の部屋に閉じ篭った。


「...ゥ...ウゥ...」


枕に顔を埋めても鳴咽が漏れてくる。
彼女は泣いていたのだ。
自分の想い人が自分以外の、しかも自分の親友に微笑んでいた事、その事実が彼女に襲いかかった。

タツヤとは高校で知り合った。
しかしミズホは自分より前に、中学の時にタツヤと出逢っている。
それでもタツヤに対する想いは負けていないと思っていた。
自分が一番タツヤの事を見ている、そう思っていた。
だがタツヤはミズホに微笑んでいた。
自分では無く、自分の親友に微笑みを向けていたのだ。

ミズホがタツヤに好意を寄せている事、タツヤがミズホに好意を寄せている事はなんとなく分かっていた。
その事から一時は諦めようとしたが、そう思えば思うほどタツヤへの想いは募り、諦める事は出来なかった。

自分が一人の男性をここまで想えるとは思わなかった。
いつまでも見ていたかった、自分に笑いかけて欲しかった。
だから泣いた、自分の想いが届かぬ事を思い知らされたから...


「...イヤァ...アイツを諦めるなんて...そんなのイヤだよぉ...」


アユの想いは空しく枕に消えて行く。










☆★☆★☆











「兄〜さん。」
「な、なんだカナ?」


若槻家のタツヤの部屋にカナが遊びに来ていた。
カナはニコニコしながら自分の兄を見ている。
タツヤは妹の猫なで声とその姿を見て何かあると直感した。


「ンフフフ、兄さんもやるわねぇ。
 まさかミズホ先輩と一緒に帰るなんて。」
「み、見ていたのか...オマエ...」
「ええ、リュウスケさんと一緒にね。
 けど我が高校のマドンナの心を射止めたのが兄さんだったとは、世の中分からないわね。」
「アイツまで見ていたのか?」


タツヤの顔には諦めの表情が既に表れていた。
ミズホとはココ最近よく話をするし、彼女と居ると楽しく感じられる。
自分がミズホに惹かれている事はなんとなく分かっていた。
だが正式には付き合っていない、友達以上恋人未満といった感じの所だろうか。
などとシンジ同様に鈍感なタツヤは考えている。

周りの連中は二人の事をそうは思っていないのが現実である。
タツヤとミズホがツーショットで話していたり、下校したりする所はかなり目撃されている。
それどころか二人が互いに対して微笑んでいる所を見られている、その事から二人は付き合っている噂がチラホラと出ていた。


「...で、兄さん達っていつから付き合い始めたの?」
「な、なんだよ付き合うって...須藤さんとはそんな仲じゃないって...」
「え? だって噂になってるよ。
 二人は相思相愛だって...って、兄さん達まだなの?」
「まだって当たり前だ! 全く...須藤さんに迷惑掛かんないといいけどな...」


タツヤのその言葉にカナは目を光らせる。
その言葉の裏に隠された気持ちを知る為に一計を巡らせる。

実を言うとカナは自分の兄であるタツヤの事をちょっと心配していた。
優しくて真面目な性格、運動も出来て勉強も上の下辺りを常にキープしている、ルックスも悪くはない。
その優良物件がフリーの身なのに、恋人が居ない事が不思議だったからだ。


「じゃあ兄さんは迷惑じゃないの?」
「グ...それは...」
「私のカンなんだけど、ミズホ先輩は迷惑だなんて思っていない筈よ。」
「本当かそれ!?」
「フフ〜ン、やっぱり好きなのね。」
「あ...」


あまりの事にタツヤは大きな声で聞いてしまった。
カナを見るとニッコリと笑っている。
タツヤは根が単純なのか、それともこういった関係には疎いのか、見事にカナの策に嵌まってしまった。

タツヤがミズホに対して踏み込めない理由、それは断られた時が怖い、その想いがあるが他にも理由があった。
ミズホの事を想えば想うほど気持ちは膨れ上がるのだが、同時に 「それでいいのか?」 この想いが現れる。
その想いがタツヤを悩ませ、ミズホに対して踏み込む事が出来なかった。

タツヤはその事に悩み、睡魔が襲って来た頃には辺りが明るくなっていた。










余談ではあるがその日の夜遅く−−−−−


「...では次のシナリオに進まなくてはならないな...」
「ええ、そうですね。
 ですがその前にやっておきたい事があるんですが。」
「なんだ?」


薄暗い部屋の中で密談が行われていた。
一人は男で、暗いのに色眼鏡を掛けていて目を読む事が出来ない。
もう一人は女で、そんな彼の考えを手に取る様に読む事が出来る。


「そろそろ先方に御挨拶をした方がよろしいのでは...」
「おお、それもそうだ。
 流石だなユイ、すっかり忘れていたぞ。」
「...ですが問題は時期ですね...
 こればかりは慎重に事を進めなければなりませんからね。」
「うむ、失敗は許されん...」


ゲンドウとユイは次なるシナリオの準備に勤しんでいる。
二人の目の前には 『碇シンジ補完計画』 と書かれた台本が置かれていた。










☆★☆★☆











次の日の野球部の朝練−−−−−
朝っぱらからタツヤはヨウスケに絡まれていた。
内容はもちろん須藤ミズホとの事だった。


「ヨウスケ...いい加減に勘弁してくれよ...」
「イヤ駄目だ、どうしてオマエがミズホと居たんだ!
 オレなんかアイツのお陰で一緒に居る事すら出来ないんだぞ...」


ヨウスケは血の涙を流す様な勢いでタツヤに掴み掛かる。
野球部ではこの二人のやり取りは珍しい事でもないので、他の部員達は自分の練習に励んでいる。
タツヤは助けを求め、他の部員に視線を送るが無駄な努力だった。
しかしそこへ天の助けが舞い下りた。


「コラ、ヨウスケ!
 サボってないで練習しろ!」
「げ...ミドリ...」
「ハハハ、という事だ、練習に戻ろうぜ。」
「あ、オイ、タツヤ!
 オレの質問は終わってないんだぞ、逃げるな!」
「逃げてるのはアンタでしょ!
 さっさと練習しなさい!」
「わ、分かってるよ...」


彼女はヨウスケの言うアイツこと 『出雲 ミドリ』 そしてミズホの親友である。
それが証拠に彼女の横にはミズホがいた。
この彼女、出雲ミドリこそがヨウスケの恋人にして最大の天敵である。

「女グセの悪いヨウスケを相手にするんだから、半端な気持ちじゃ持たないわ。」

というのが彼女の口癖である。
何にしてもタツヤはようやく解放されて練習を再開出来た。
そしてミドリの横にいるミズホに視線を送らせる。
ミズホはそんなタツヤを見て笑いかけた。

(私のカンなんだけど、ミズホ先輩は迷惑だなんて思っていない筈よ)

不意に昨日のカナの言葉がよぎる。
本当にミズホはそうなのだろうかと不安になる。
自分は彼女の事が好きだと分かっている。
だがタツヤは更に考える。

(自分は彼女に相応しい人間なのか?
 彼女の事を好きになっても良かったのか?)

自分に自信が持てなかったのだ。
才色兼備のミズホに対し、自分が相応しいとは思えない。
自分よりも彼女に相応しい人がいるのでは? と何度も思い悩んで来た。

自分に誇れるモノが欲しいとタツヤは何度も願った。
そうすれば自信を持って彼女に伝えられる。




















(キミの事が好きです)




















☆★☆★☆











「さ〜 メシだメシ、学校で唯一の楽しみだからな。」


昼の時間の到来と共にムサシは喜ぶ。
あれから時間は過ぎ去り、お昼の時間となっていた。
生徒達は思い思いの席に座り、至福の一時を過ごす。
シンジ、ムサシ、マナ、ケイタ、カヲルの5人はいつも通り中庭で昼食を取ることにした。
しかし今日はいつもと違い来訪者が現れた。
その名は綾波レイ。


「先輩、一緒にゴハンを食べていいですか?」
「え? いいけど...」
「やった。」


レイはシンジの返事を聞くと嬉しそうに彼の横を陣取る。
ムサシ、マナ、ケイタ、カヲルは二人の仲は知っているのだが、目の前でそんな事をやられると当てられて仕方が無い。
季節はまだ初夏だというのに、彼等の体感気温は30℃を突破していた。

しかしシンジと一緒にいるだけで幸せな気分になれるレイにも最近悩みがあった。
原因はこの昼食である。
レイはチラリとシンジの弁当を見る。
彼の弁当はもちろんユイお手製のモノで、味はそこら辺にある高級レストランの比ではない。
以前レイは友人に 「好きな彼には手作り弁当でイチコロよ」 とアドバイスをされたのだが、ユイが相手では玉砕しかねなかった。

(いつ見てもスゴイお弁当ね...見てるだけで涎が出そう...)

レイはシンジの弁当を見ながらそんな事を考えていると、その事にシンジは気付いた。
笑顔を作りながらレイは弁当を見ている。
するとシンジの鈍感な思考回路は勝手な方向に突っ走る。

(ひょっとして綾波は僕のお弁当に興味があるのかな? よし、だったらココは...)
「綾波、僕のお弁当食べる?」
「あ、いえ...そうじゃなくて...」
「どれでも好きなモノをあげるよ。」


シンジはそう言ってレイに微笑む。
その笑顔の破壊力は桁違いで、それを初めて見る女の子ならば一撃で倒される。
それを何度も見て免疫が出来ているであろうレイですら心を大きく揺さ振られる。

(そんな顔をされると...ああ、碇先輩...私は...は! これはチャンスじゃない、先輩のお弁当の味を調べられるのよレイ!)

この間、僅か0.03秒
レイは瞬時に決心した。


「じゃあ、いただきます。」
「うん、どうぞ。」


シンジが笑顔を傾ける中、レイはお弁当の中から卵焼きを選ぶ。
まじまじと卵焼きを見て、思い切って口に運び込み咀嚼する。
すると口いっぱいに卵焼きの豊潤な味が広がる。
次の瞬間レイの目から涙が滝の様に流れ落ち、それを見たシンジは慌てる。


「綾波どうしたの!?」
「と、と、と、と...」
「と...って綾波?」
「とてもオイシイですぅぅぅぅ。」


あまりの上手さに涙を零すレイ。
シンジはそのレイを宥めるのに忙しい。
その二人の周りに居るムサシ、マナ、ケイタ、カヲルは 「もうやってらんねー」 という表情で自分達の昼食を取っていた。










その頃体育教官室では、一対一の壮絶な死闘が繰り広げられていた。
二人の間に置かれた物体を中心に互いが互いを牽制し合って、少しでも自分の有利な方向に持って行こうとしている。


「か、葛城...これはなんだ?」
「何って、見れば分かるでしょ。
 お弁当よ、お・べ・ん・と・う。」
「...それは分かっている...
 オレが言いたいのは、何故カレーなんだと言う事だ。」
「何故って決まってるじゃない。
 普通のお弁当じゃ芸が無いでしょ。」
「芸など考えなくていい...
 それにオレは普通が大好きなんだ。」
「何? じゃあ食べないって言うの?」
「いや...そこまでは言ってないだろう...」


最後の切り札を使い、勝利の女神はミサトの元に降りて来る様だった。
いや、この場合は加持の元に疫病神が取り憑いた、とでも言うべきだろうか。
数分後、加持は原因不明の腹痛により保健室で校医の伊吹マヤの御世話になった。
そして御見舞いに来た科学担当の某教師は、御決まりの文句と御手製の薬を残して去って行く。
加持はその残された薬を飲むべきか止めるべきかで更に悩んだ。










☆★☆★☆











「ねえミズホ、その卵焼き頂戴。」
「うん、いいよミドリ。」


場所は移り屋上の一角−−−−−
ミズホとミドリは二人だけでお弁当を食べていた。


「ハァ、やっぱりミズホの料理っておいしいわ...
 同じ女であるのに、なんでこうも違うのかしら?」
「そんな事ないわよミドリ。
 私は小さい頃からやってただけだから...
 それにミドリだって頑張ればこれ位出来るわよ。」
「容姿端麗、成績優秀、気立ても良ければ料理も出来る...
 これじゃ人気があるのも無理ないか。」
「ミ、ミドリ...私はそんなんじゃ...」


ミズホは顔を真っ赤にして否定する。
自分が学園内でどう見られているのかは、目の前に居るミドリから聞いている。
先程ミドリが言った様に完璧な女性像、それが彼女の評価である。
しかし彼女はそれを否定するのだ。


「照れない照れない。
 けどこれで彼氏が居ないのが不思議なのよね〜
 理想が高すぎるのか...それともお目当ての人がいるのかな?
 例えば...」
「ミ、ミドリ、から揚げ食べない?」


ミズホにはミドリが言わんとする人物が分かった。
彼女は自分の親友の性格をしっかりと把握しており、このままだと際限無くその話をされる為に話を逸らそうとした。
いつもだったらこれで話は終わるのだが、今日のミドリはそのまま話を続ける。


「あのねぇ私達はもう高校3年生なのよ。
 恋の一つや二つ経験したってバチなんか当たらないわよ...
 それにアンタ達が学園内でどういう風に噂されてるか知ってる?」
「え? どうって...何が?」
「ハァ...ここまで来ると国宝級ね...
 いいミズホ、タツヤとアンタが付き合っているって噂が流れてるの!」
「え? ええ?
 そんな...私は...」


ミドリの一言にミズホは顔を真っ赤にして聞き返す。
最後の方は蚊の鳴く様な声で聞き取れない程小さかった。
それを見たミドリは真面目な顔をして更に続けた。


「タツヤと話していると楽しいでしょ?」
「うん...」
「タツヤと一緒に居られると嬉しいでしょ?」
「...うん...」
「気が付くとタツヤの事ばっかり考えてるでしょ?」
「......うん...」
「.........」
「.........」
「...夜になるとタツヤの事を考えて...一人で...」
「.........うん......って何言ってんのよミドリ!」
「アハハハ、ゴメンゴメンちょっとからかってみたかったのよ。」


ここら辺は年相応の女の子なので、それなりの知識は持っているようだ。
だがミズホにとっては、ものすごく恥ずかしい質問に答えそうになったので、赤かった顔から今度は湯気まで出て来た。
それを見て無責任に笑うミドリ。

そして昼休みも終わりが近づき二人が教室へと帰ろうとした時、一人の知った顔が目に止まった。
女子の割には背が高く、一見すると怖そうな印象を受けるが実は優しい心の持ち主、そして彼女達の親友でもある。
名前は野上シズカ、彼女達3人は中学の時からの親友であった。


「あれシズカじゃない?
 オーイ、シーズーカー!」
「ん? ああ、ミドリとミズホか。
 二人とも屋上で食べていたのか?」
「うん、そうよ。
 今日は天気も良かったから。」
「あれれ? 相方のアユはどうしたの?
 いつもだったら一緒に居るのに。」


ミドリはシズカと同じ部にして、彼女の一番の親友のアユが居ない事に気が付いた。
そう言えばとミズホも気が付き、辺りを見回すが居ない。
するとシズカは困った顔をして二人に事情を説明した。
どうやらアユは体調が優れない為欠席した様だった。
それを聞いたミズホとミドリの二人は互いに見合わせ信じられない表情で聞き返す。


「アユが欠席?
 信じらんないわね、あの元気娘が...」
「大丈夫なのアユちゃんは?」
「ああ、そこら辺はまだ分からないんだ...ま、ウチに帰ったら電話するけどな。
 二人も心配だったら連絡入れてやってくれ、きっと喜ぶぜアイツ。」


口調は男言葉だが自分の親友を気遣うシズカ。
この為に男子より女子に圧倒的人気を誇るのだった。
本人はその事について以前はかなり気にして悩んでいたが、理解ある恋人(ススム)が出来たお陰でその悩みは解消されつつある。
何故現在進行形かと言うと矢張り彼女も女の子であり、自分の好きな人の為に女らしくしようと頑張っているのだ。
全ては好きな人の為に、この想いはいついかなる時代であろうとも変わる事は無い。


「それよりもシズカ、アンタどこのクラスでお昼食べたの?
 確かシズカのクラスはアンタの来た方向じゃないよね。」
「あ、いや...それは...」
「あれ? なんで赤くなっちゃうの?」
「ミドリ...シズカが可哀想よ...」
「いいのよミズホ、幸せいっぱいなんだからシズカは♪
 愛する旦那様と一緒に昼食とは、羨ましい限りですねぇ奥様。」
「か、勘弁してくれよミドリ...」


こうして平和な午後の一時が緩やかと流れて行く。
しかし緩やかにと言ってもそれは彼女達の間だけであって、現実には始業ベルがとっくに鳴っているのに気付かなかった。
そして彼女達3人はめでたく先生の御叱りを受けてしまったと言う。










☆★☆★☆











コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
そこはアユの部屋だった。
しかし彼女からの返事は無い、だが居るのは分かっている。
昨日から...そう、昨日タツヤがミズホに笑顔を向けている所を見て以来、アユはずっとこの調子だった。
既に時刻は午後4時を刻み、本日の授業は終わりを告げクラブ活動の時間へと移り変わっっていた。

ガチャ
返事も無いのにノックをした者はドアを開けた。
部屋に入った者は辺りを見渡してアユを探す。
アユの部屋はカーテンが閉めきってあり薄暗かった。
そしてベットの上に彼女の姿を見付けた。
その姿を見付けた時、部屋に入った者は驚いた。
アユはベットの上で体操座りをして膝に顔を埋めていたのだ。
そして時折聞こえてくる彼女の嗚咽、彼女を知る者にとっては信じられない光景だった。
部屋に入った者はそんなアユに優しくその名前を呼ぶ。


「...アユ...」
「レイコ...オネェ...ちゃん...」


アユの顔は泣いた事により赤く腫れ上がっていた。
そこにはいつもの笑顔が無く、恋に敗れた一人の少女でしかなかった。
レイコはアユの近くに座り優しく諭す。


「アユ、辛い時は声を出して泣いた方がいいわ。
 そしたらその分だけ辛い事が薄れていくわ、だから...ネ。」
「オネェ...ちゃん...オネェちゃん...」




















そしてアユは声を出して泣く。
姉の胸を借りて、自分の想いの分だけ大声で泣いた。
自分がどれほど一人の男を想っていたのかを示す様に...


第弐拾五話  完

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