カキン!

鋭い音がグラウンドに響く。
そのグラウンドでは第壱高校野球部が今日も練習に勤しんでいた。
いつものメンバーで、いつもと変わらぬ練習メニューをこなしていく。
しかしいつもとは違う所があった。 それは...

ズバァン!!

シンジの投げたボールがミットに突き刺さる。
それと同時にフェンスの外から黄色い声が上がる。

「「「「「キャー 碇ク〜〜〜〜ン!!」」」」」

シンジはその声に一々反応して顔を赤く染める。
だがそれでもシンジは投球練習を続ける。
何故ならばシンジの事を絶えず監視するレイの視線を感じていたのである。
レイを怒らすとどうなるか−−− それはとてもとても怖い事...ちなみに経験済み。
緒戦突破を果たした次の日の練習は、今日のように黄色い声援によりシンジは練習に身が入らなかった。
レイはその事で何度も注意したが(シンジと観客達を)一向に直る気配ナシ。
結果レイの逆鱗に触れてしまい、しばらくの間口をきいてくれなかった。 とにかくシンジだけを徹底的に無視し、精神的に攻めていったのである。 そして最後にはシンジが泣きを入れて許してもらったという。
以後シンジは尻に敷かれてしまい、レイに頭が上がらなくなってしまった。

このように周りの環境が変わってしまい、野球部の練習は最初の頃はやりにくかったが、最近になってようやく慣れて元の状態に戻ってきた。
この人気の上昇は、先にも話した緒戦の対戦相手である相洋学園を倒したのが利いているのである。
甲子園ベスト4を3−2の僅差で打ち破った事は、第壱高校だけでなく近隣の学校にまで及ぶ。
その為か観客の中には明らかに第壱高校でない制服のモノまで見かける。 実際に偵察まがいのモノまで出た。
以上のように野球部は今までとは違い、数々の視線を浴びながら練習をする羽目になった。
そしてその事を危惧する老教師が居た。

「碇、いいのか?」
「どうしたんです、冬月先生。」
「野球部の事だ。
 相洋学園に勝ったお陰で色々と問題が出ているぞ。」

理事長室から野球部のグラウンドを見て冬月が話す。
だがゲンドウは動ずる事無くいつものポーズを決めていた。

「問題ありませんよ。
 緒戦のデータさえ持っていれば今の野球部の全てが判ります。
 ですから今頃来る学校などシンジ達の相手ではありませんよ。」

ゲンドウの言う事は正確で、その言葉通りシンジ達は緒戦で自分達の持てる力をフルに出し切っていた。
しかし冬月の心配はそれだけではない。

「それはそうかもしれんが...ならばあの観客達はどうする。
 あのお陰で野球部の練習は停滞していたと聞いているぞ。」
「心配はいりませんよ。
 加持君の報告によればその事はすでに改善の方向に進んでいるそうです。
 それに修正できる範囲内ですよ。」

いつもと変わらぬ表情と口調で話す。
だが冬月とて伊達にゲンドウと長く付き合っているわけではない。

(ただ単にオマエはシンジ君が有名になったのが嬉しいだけだろう...)

自分の子供が頑張っているところを喜ばない親はいない。
それが例え血が繋がっていなくともである。
ゲンドウがこうなのだからユイもまたシンジの事を喜んでいた。
近所の奥様方と井戸端会議での事−−−

「そういえば碇さんの息子さんは野球部でレギュラーでしたよね。」
「ええ、そうなんですの。
 それで先日予選がありまして、そこで昨年の甲子園出場校に勝ちましたの。」
「あら羨ましいですわ、碇さん。
 それに引き換えウチの息子ときたら...」

その後延々と自分達の息子の話が続き、ユイは終始笑顔でいたという。











大切な人への想い

第参拾七話 約束











「お疲れ様でした、碇先輩。」
「ありがとう、綾波。」
「じゃあ後片付けが終わったらいつもの場所で。」

シンジが差し出されたタオルを受け取と、レイは名残惜しそうに他の部員の面倒を見に行く。
いくら一緒に居たいといってもマネージャーとしての責務は守らなければならない...とは言うものの、お互いの気持ちについては一応の決着は着いてしまったのだ。
ではいつかと言うと、先日の試合が終わった直後の事である。





試合を終えてシンジ達がベンチに戻ってくると、スタンドは野球部の勝利を称えていた。
で、レイは涙を流しながらも笑顔を作りシンジを待っており、シンジはそれを見て笑顔で言った。

「お守りのお陰だよ。
 ありがとう、綾波。」

レイは自分にだけ掛けられた笑顔と言葉により、我を忘れてそのままシンジに飛び込んだ。

「碇先輩!!」
「うわぁ、綾波ぃぃぃ!?」

トップロープからのフライングボディアタックのように、スタンドから両手を大きく広げてシンジに飛び込む。
まさかシンジはこのまま避けるわけにもいかず、ただオロオロとするだけ。
そのままレイはシンジに突っ込み、シンジはなんとか支えようとするが、努力空しく崩れ去る。
しかしレイだけは守りたかったらしく、見事下敷きとなりレイには怪我一つ無かった。

「先輩、先輩ぃ...」
「...綾波。」

レイはそのまま抱きつきシンジの事を呼び続け、シンジは落ち着かせる為に優しくレイの頭を撫でていた。
その姿があまりにも鮮烈過ぎたので、そこから二人は公認の仲となったという。
ちなみに応援に来ていたゲンドウはそのシーンを余す事無く記録しており、ユイは流れる涙をハンカチで拭いていた。

「よくやったな、シンジ。」
「おめでとう、シンジ君。」

その言葉は試合に勝ったことに対してなのか、はたまた今の二人に対してなのか...
ともかくこの日からシンジとレイの噂が広まり、翌日には野球部の緒戦突破の吉報と共に全校内に広まってしまった。





「碇先輩、お待たせしましたぁ。」

レイは走ってきたお陰で息を弾ませていた。
もちろんそれは少しでも長くシンジと居たいが為である。
シンジもそんなレイを見て思わず顔が綻ぶ。

「じゃ、行こっか。」
「ハイ♪」

シンジの横にピッタリと着き、並んで歩き始める。
二人の身長差は頭一つ分かそれ以上なのだが、歩くスピードは一緒であった。
それはもちろんレイの事を気遣っている為であり、わざとレイのスピードに合わせていた。
無論レイはその事に気付いていた。
ちゃんと自分の事を考えてくれている−−− そう想うだけで心が満たされていく。
そして二人は帰宅ルートを進み、初めて出逢ったT字路へと向かう...のだが、最近は違う。

「じゃあここで。」
「練習、頑張って下さいね。」

途中でシンジは野球の特訓の為に神社へと向かう。
一年ほど前からずっと続けているムサシ達との特訓である。
ここで二人は一旦別れてシンジは特訓を行い、レイは家に帰って差し入れを用意して神社でまた会う。 という具合である。
甲子園の予選は既に始まっているので、時間はいくらあっても足りないのだ。










☆★☆★☆











「ちょっと休憩しようぜ。」

場所は神社の一角−−−
シンジ達が特訓に精を出している時、ムサシが切り出す。
さすがに放課後の練習から神社の特訓と立て続けにやれば疲れが見えてくる。
そんな時に嬉しいのが差し入れというモノで、それに関してはレイとマナが持ってきてくれていた。

「ハイ、碇先輩。」
「ありがとう、綾波。」

レイはスポーツドリンクをシンジに差し出す。

「オウオウ、相変わらず仲が良いなぁシンジ。」
「なに言ってんだよムサシ、そんなんじゃないって!」

ムサシに茶化されシンジは慌てて否定しようとするが、レイがすかさず沈んだ声を出す。

「...碇先輩、そんな...」
「あ、あわわ...そうじゃないんだ綾波ぃ...」
「じゃあ私の事、どう想っていますか...?」

目を潤ませ、上目遣いでシンジに答えを求める。
もちろんそれはレイの悪戯なのだが、シンジはそれに全く気付かない。
女のコの涙にはとことん弱いのか、もはや陥落寸前だった。

「アハハハ、ジョーダンですよ、碇先輩♪」
「え? ...綾波?」
「「「「「ハハハハハハハハ。」」」」」

困り果てた表情を見て、これ以上は可哀相に想いレイは笑顔を向ける。
その笑顔に完全に毒気を抜かれ、なにも言えないシンジ。
今日の特訓も平和だったとさ。



でもって特訓が終了して帰り道での事−−−

「碇センパーイ、機嫌直してくださいよぉ。」
「.........」

ブスッとした表情でレイの前を歩く。 よっぽどからかわれた事が頭にきたのだろう。
レイはその後ろをチョロチョロと付き纏ながら話しかける。

「ねぇん碇センパァイ。」
ガタ!

ちょっとだけ艶かしい声で呼ぶとシンジはその場でズッコケル。

(フフフ、それにしても先輩もオットコの子だね、私の悩ましい声に反応するなんて。
 私ってば罪な女)
「あ、綾波...」

シンジは大粒の汗をかくがレイは反対にニコニコ顔。
結局はその笑顔に勝てる筈も無く、レイを許してしまう。
だがシンジは悪い気はしておらず、自分の前で笑顔を向けているレイを微笑ましく想っていた。
そしてそのままレイの家まで送っていく。

「いつもゴメンなさいね、シンジ君。」
「いえ、こちらこそ遅くまで付き合せてしまって申し訳ありません。」

綾波家の玄関先での事−−−
シンジはレイの母親、レイカと話していた。
この二人がこうして話すのは初めての事ではない。
まあ、初めての時はレイカが強引に中に招き入れてシンジの品定め(?)をしたという。

「ほらレイ、ちゃんとお礼を言う。」
「ハーイ、お母さん。
 今日もありがとうございました、碇先輩。 それから明日もよろしくお願いしますネ。」
「レイ! まったくこの子は...シンジ君、ゴメンなさい。」
「いえ、気にしないで下さい。
 僕のわがままに付き合せてしまってるんですから当然です。
 じゃあおやすみ、綾波。」
「お、おやすみなさい...」

最後の所は飛びっきりの笑顔であった。
それをまともに受けたレイはシンジの顔を直視できなくなる。

「...私には言ってくれないのネ、シンジ君...」

レイの母は頬に手を当てて困った顔でポツリと言う。
もちろんこれは悪戯なのだが、この二人にはそうは聞こえなかった。

「ゴ、ゴメンなさい、レイカさん。
 おやすみなさい!」
「お母さん!!」





余談ではあるが、レイカもシンジの叔母であるユイと同様にかなり若く見える。
街中をレイと母子で歩いていると、時々姉妹に間違われる事もあり、実際シンジも初めて会ったときも間違えた。
買い物のため街中を歩いているといきなり知った声に呼び止められ、振り返るといつも傍に居る女の子と良く似た女性が居た。

「碇先輩!」
「ん? あれ、綾波じゃないか。
 ...えーと、ひょっとしてお姉さんですか?」

初対面なのでちょっと緊張するシンジ。
一方のレイカはニコニコと笑顔で返す。

「アナタがシンジ君ね。
 それにオネエサンだなんて嬉しいわ♪」
「?」

何がなんだか全く判らないため、シンジはキョトンとしたまま動かない。
レイはため息を着いて自分の横に居る女性を紹介した。

「あの...母...なんです。」
「...え?」
「初めまして、レイの母です。
 私の事はレイカって呼んでネ♪」

それ以後シンジはレイの母親をその言葉通りにレイカと呼んでいる。
けどそれを言う度にレイが面白くない顔をするのをシンジは知らなかった。










☆★☆★☆











ガチャ
部屋のドアを開けてムサシは中に入る。

「はぁ〜、今日もおつとめご苦労さんってか。」
バフ!

疲れきった体を投げるようにベットに寝っころがる。
チラッと窓を見ると向かいの部屋の明かりは着いていた。
その部屋はムサシの幼馴染にして、同じ部のマネージャーである霧島マナの部屋である。
カーテンに映るマナの影をムサシはボーっと眺める。
それは今までずっと見ていた光景であり、物心が着いた頃からずっと見ていたモノでもある。

「ガキの頃は夜遅くまでしゃべってて良く怒られたな...」

懐かしさの為に目が優しくなる。
思い出は思い出を呼び、7年前に初めてマナを護りたいと思った時の事を思い出す。
時を重ねてもその事は色褪せる事無く心に残っていた。 自分の闘う理由であるから−−−

「あの時の約束...今年こそ、果たせそうだな...」

カーテンに映る影を見てそっと呟く。
その時のムサシは、普段は絶対に見る事ができない顔をしていた。










「...ゥウ......グズゥ...」

場所は比紀神社−−−
街を一望できる高台で一人の少女が膝を抱え、肩を震わせ、叶わぬ夢の為に涙を流す。
周りには誰も居なく、少女は寂しく自分の想いの為に泣いていた。

「ハァ...ハァハァ...やっぱりココだったか。」

少女の背中に話し掛ける少年が居た。
泣いている少女の事を探し廻ったのか、肩で息をしてどれだけ目の前の少女の事を心配していたのかが分かる。
少年は整わぬ呼吸にも拘わらず少女の元に近づこうとしたが、少女の心の壁が立ちふさがる。

「何しに来たのよ!
 こんなバカな女を笑いに来って言うの!」

膝を抱えたまま、少年に顔を向けぬまま怒鳴り散らす。

「アンタはいいわよね、男の子なんだから...
 それでワタシは女、たったそれだけの事で...なんでよぉ...
 どうしてワタシの夢は叶えられないのよ...」

男と女、少年と少女、性別の違いだけで分けられてしまう理不尽さが少女の心の壁を強固にする。
しかし少年はその壁を乗り越えなければならなかった。
友達のような、兄弟のような、幼馴染という関係。
なにより少年にとってそこに居て当たり前の、そして大切な人の為に何かをしてあげたかった。
少年は握り締めたこぶしに更に力を入れる。

「バカヤロウ!
 甘ったれんな!!」
「!」

少年のその一言に少女は大きく反応する。
それはいつも聞いていた声ではなく、本当に少女の事を案じていた為であった。
そして少女が振り向いたそこもいつもの少年は居なかった。
振り向いたそこには幼いながらも男の顔をした少年が立っていた。
少女は少年を見てただ驚くだけだった。

「夢が否定されたから?甲子園に行けなくなったから? 馬鹿な事言ってんじゃねーよ。
 オマエの気持ちはそんなものだったのかよ! 何で無理だと決め付けるんだよ...」

少年は自分の正直な想いをぶつける。

「諦めるな! もっとあがいて見せろよ!!
 夢なんだろ? 叶えてみたいオレ達の夢だろ!
 そんな簡単に諦めるような事だったのか? オマエにとって...」

少女が見た夢がウソではない事を伝えたかった。
それは少年が見た夢と同じモノだから...

「......それでも駄目だったら...オレが...オレが連れてってやるよ! 甲子園に!!」
「...ムサ...シ...」
「だから...元気出してくれよ...マナ...」

マナと呼ばれた少女は、少年の強い想いに打たれる。
ムサシと呼ばれた少年は、泣いている少女の夢の為に闘う事を決意する。
夜空に星が瞬く中、二人の夢は今この瞬間から動き出す。

二人の夢−−− それは甲子園に行く事。
全国の球児が求めてやまない聖地で闘う事を二人は夢見る。
マナはムサシの心に触れ、どれだけ自分の事を想ってくれているかを知り、涙する。
そしてムサシはマナの夢を護れるだけの強さがほしいと願う。



それは今から7年前の、とある夏の夜の出来事だった−−−


第参拾七話  完

第参拾八話を読む




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